• 検索結果がありません。

[ 概要 ] 地球温暖化の進行が懸念される中 それを回避するためには温暖化効果の大きいメタンや CO2 等のいわゆる温室効果ガスの排出量削減を図ることが最も効果的である その排出起源で影響の大きなものとして 1 電力発電時に排出されるもの 2 産業界における製造工程で排出されるもの 3 自動車走行時

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "[ 概要 ] 地球温暖化の進行が懸念される中 それを回避するためには温暖化効果の大きいメタンや CO2 等のいわゆる温室効果ガスの排出量削減を図ることが最も効果的である その排出起源で影響の大きなものとして 1 電力発電時に排出されるもの 2 産業界における製造工程で排出されるもの 3 自動車走行時"

Copied!
106
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

博士論文

地球環境に優しい自動車用薄鋼板と

その製造メタラジーに関する研究

国立大学法人 岡山大学大学院

自然科学研究科

川﨑 薫

2015 年 3 月

(2)

[概要]

地球温暖化の進行が懸念される中、それを回避するためには温暖化効果の大きいメタンや CO2 等のいわゆる温室効果ガスの排出量削減を図ることが最も効果的である。その排出起 源で影響の大きなものとして、①電力発電時に排出されるもの、②産業界における製造工 程で排出されるもの、③自動車走行時に排出されるものがある。各分野における排出量の 削減対策として、①では化石燃料を使用しない、例えば太陽光や風力等による発電方法の 普及・拡大が進められている。②では、鉄鋼業においてはとくに排出量が多いことから、 燃焼効率の向上対策に加え、これまでの鉄鋼製造工程を簡・省略したプロセスでの製造方 法や、スクラップの有効活用方法が日々検討されている。さらに③では、車体軽量化によ る燃費向上を図るために、最適構造設計に加え、より強度の高い鋼板の使用によるゲージ ダウンが追求されている。そこで、本論文では、②及び③の視点から地球環境保護に寄与 する自動車用薄鋼板を対象とし、とくに高強度化と製造工程短縮化の視点から、1)析出物制 御による焼付硬化特性の付与、2)窒化処理を活用した高強度化と硬度分布制御、3)薄スラブ 連続鋳造法での析出物制御による自動車用薄鋼板の最適製造条件、4)急速加熱技術を活用し た短時間焼鈍プロセスにおける集合組織制御について言及する。

(3)

目次 第1章 緒論 1 参考文献 第2章 析出物制御によるTi 添加極低炭素冷延鋼板への BH 性付与の検討 8 2-1 緒言 8 2-2 実験方法 9 2-3 実験結果 10 2-4 考察 15 2-4-1 S 及び Mn 添加量による析出物の変化 15 2-4-2 析出物の析出量変化 18 2-4-3 Thermo-Calc による多相間平衡計算 20 2-4-4 BH 量に及ぼす TiC 析出の効果 23 2-5 結言 25 参考文献 第3章 熱処理特性を活用したハイテン化 28 3-1 緒言 28 3-2 実験方法 29 3-3 実験結果 30 3-4 考察 34 3-4-1 窒化処理による析出挙動 34 3-4-2 窒化層深さに及ぼす Cu 添加の影響 38 3-4-3 窒化層深さに及ぼすCu 添加の影響 38 3-4-4 窒化処理による表層部特性 40 3-5 結言 41 参考文献

(4)

第4章 薄鋼板材質特性に及ぼす製鋼-熱延工程短縮化の影響 44 4-1 緒言 44 4-2 実験方法 46 4-3 実験結果 47 4-4 考察 57 4-4-1 材質特性に及ぼす鋳片厚みの影響 57 4-4-2 材質特性に及ぼすMnS 析出挙動の影響 57 4-4-3 熱間加工性に及ぼす液相晶出とMnS 析出の競合 60 4-4-4 MnS の析出と熱延板組織の関係 62 4-4-5 MnS の析出と冷延・焼鈍後の材質との関係 64 4-4-6 鋳片組織の影響 65 4-5 結言 69 参考文献 第5章 軟質冷延鋼板の材質特性に及ぼす焼鈍時加熱速度の影響 73 5-1 緒言 73 5-2 実験方法 74 5-3 実験結果 76 5-4 考察 82 5-4-1 再結晶挙動に及ぼす加熱速度の影響 82 5-4-2 再結晶集合組織形成に及ぼす加熱速度の影響 86 5-4-3 再結晶集合組織形成に及ぼすステップ加熱条件の影響 88 5-4 結言 95 参考文献 第6章 結論 98 謝辞 102

(5)

1

第1章 緒論

昨今、CO2に代表される温室効果ガスの多量発生は、地球温暖化による異常気象の発生 と生態破壊の主因となっていることから、その削減が急務となっている。そして、その主 な発生源が、先進国における経済活動や一般市民の日常生活の利便性向上にあることも明 らかである一方、ますます活発化する BRICS 各国での経済活動により、一層の増加傾向 にあることも事実である。こうした国々においては、とくに鉄鋼業をはじめとする素材産 業や、自動車産業に代表される工業化の進展に拍車がかかることに加え、消費活動におい てもその意欲は留まるところを知らず、ますます旺盛となっている。このように、世界規 模でCO2排出量が増加し続けている現状を鑑み、先進国においては2000 年に締結された 京都議定書において、各国にはCO2削減目標が設定された。それに基づき種々の業界にお いて懸命な努力と取組が実施されているものの、これまでのところ設定された削減目標へ の到達は困難な状況にあるばかりでなく、むしろ増加傾向にあることが危惧されている。 こうした中、鉄鋼業界では省エネ技術の一つとして、鉄源としてスクラップ使用比率を高 める新製鉄法/1/や、熱源としてこれまでのコークスに代わり、廃タイヤを多量使用する製 鋼法/1/が開発され、実用化されている。また、ミニミルを中心に薄スラブ連鋳法を採用す る製鉄法も確立され/2/、地球に優しい製鉄プロセスとしての位置付けも強く意識されてい る。 一方、自動車業界においては、燃費向上による排出ガス削減の視点より、高強度鋼板(ハ イテン)適用部材を増やし/3~7/、車体軽量化をますます推進していくことに加えて、モー ターを併用したハイブリッドシステムの開発により、燃費向上を実現するための技術開 発・実用化がますます活発化している/8~11/。とくにハイテン適用部材の拡大については、 衝突安全性を図る上でも有効な手段であるとの認識から、各自動車会社におけるハイテン 化比率の増加として現れている。代表的な自動車部品における部材強度の変化の例を表1 -1に示す。斜線部はこれまでに使用されてきた鋼板の強度レベルを示している。それと 比較すると、各部材とも使用される鋼板の強度は高くなっており、とくに骨格部品におい て顕著であり、適用されるハイテンの強度も590MPa 以上の部材が増えている。しかし、 こうした鋼板強度の増加は、利用特性という視点からすると、とくにプレス成形性の確保 が課題である。これに対しては、鋼板の延性、伸びフランジ成形性及び穴拡げ性といった 鋼板特性の向上だけでなく、鋼板特性に基づいた成形方法や成形時の不具合予測といった

(6)

2 表1-1 代表的な自動車部品に使用される鋼板強度の変化 将来予測強度(MPa) フード ~340BH、390 ドア ~340BH、390 フェンダー ~340BH、440 サイパネ ~390、440 トランク ~340BH、390 フロア ~340、390 ホイルハウス ~370 サイドメンバー (析出、DP、TRIP)590~980 サイドシル 440~980( 〃 ) ピラーR/F 440~980( 〃 ) ドアビーム ~1570 バンパー ~1570 用途 外   板 内   板 構   造   部   材 リアクォーター センター フロント リア フロント リア ルーフサイド サイドシル センターピラー フロント リア フロント リア ルーフ フロントフェンダー フード ドア 外   板 部 位        TS パーツ トランクリッド 内   板 構   造   部   材 足 廻 り サイドパネル フロア ドア サイドパネル (R/F含む) サイドメンバー クロスメンバー ホイルハウス フード トランクリッド ダッシュパネル バンパーレインフォースメント 270 340 340BH 270BH 370 390 440 490 540 590 690 780 980 1180 1270 ドアインパクトビーム ホッ トスタンプ(1 4 7 0 ) サスペンションメンバー サスペンションアーム アクスルハウジング

(7)

3 視点からも研究開発が行われている/12~14/。さらに最近では、材料特性を種々の手法で 測定し、それぞれの鋼材に特有の材料パラメータを決定することにより、車体としての衝 突性能を高精度に予測する技術も開発されている/15~18/。また、プレス成形前にオース テナイト域まで加熱し、続いてプレス成形を行うと同時に金型への接触によって焼きを入 れる工法に使用されるホットスタンプ材に代表されるように、1470MPa を超える強度を 有する部材も実用化されており/19~21/、各部品について必要とされる部材特性を考慮し た鋼材の選択が行われている。とくに延性や深絞り性に優れた成形性を有するハイテンと しては、DP 鋼や TRIP 鋼がその代表鋼種であり/3/、最近では局部成形性を向上させる視 点から、伸びフランジ成形性及び穴拡げ性に優れるハイテンとして、高バーリング鋼/5/を 適用する自動車部品も増加している。 主な自動車部品とそれに適用される鋼材を図1-1に示す。大きくボデー部品とアンダ ーボデー部品に分けられる。前述した部品には主に冷延鋼板が使用され、後者は熱延鋼板 が適用される。前述した2つのハイテンについては、成形性に加えて、衝突時にエネルギ 吸収特性に優れた鋼としても知られている/22,23/。そのため、とくにフロントサイドメン バーに代表される軸圧縮時の平均荷重を高めることを狙い、その使用量が増加している。 また、B ピラーやサイドシルといった部品については、側突の際に受ける曲げ変形時のエ ネルギ吸収特性を高めることも必要となる。 一方、ドアに代表されるパネル類については、剛性と耐デント性が要求される。こうし た特性を具備する鋼板として開発されたものが焼き付け硬化(BH)型鋼板である/24,25/。当 該鋼板のBH 特性は、焼鈍後に残存する固溶炭素(C)によって決まる。そのため、熱延板段 階で析出している炭化物を焼鈍中に適切量固溶させることが必要である。このBH 特性は、 焼鈍後に残存する固溶C 量に比例するが、あまり多量に残存させるとスキンパス圧延を施 しても、ひずみ時効を抑制できなくなるためプレス成形時にストレチャーストレインとし て表面欠陥が生じる。こうした視点より、焼鈍後に固溶C を適切に残す視点から、熱延板 段階で形成される炭化物の制御が必要となる。 さらに、自動車部品にはその製造工程において、浸炭や窒化といった熱処理を利用する ものも多くある。とくに耐摩耗性を確保するために、表面硬度を高めて利用される部品が その一例である。例えば、トランスミッション部品はその一つであるが、必要な鋼板特性 としては、プレス成形性に加えて、加工後に実施される熱処理後の特性として耐摩耗性の 付与があり、そのために板厚方向の硬度分布が要求される部品もある。こうした視点より、

(8)
(9)

5 成形性と熱処理後の硬度分布制御に視点を置いた鋼材開発にも着目した。 ところで、最近では、スラブ厚が100mm 程度の薄スラブ連鋳法を適用したミニミルの 台頭により、当該プロセスを用いて薄板製品が製造され、その生産量も年々増加している /2/。その設備列の一例を図1-2に示す。しかし、自動車用鋼板に要求される材質という 視点で本プロセスを見た場合、とくに厳しいプレス成形性が要求される自動車部品に対し ては、課題が多いものと考えられる。とくに、スクラップを利用する電炉材のため、表面 性状の視点からも自動車会社の高い表面品質への対応は困難と考えられる。しかしながら、 材質面での可能性として、薄スラブ連鋳法を適用することを想定した場合、現行材質を確 保する視点でメタラジーを確立することは重要であり、また、薄板一貫製造プロセスとし ての適合性を評価する上では必要と考えられる。 また、焼鈍プロセスについては、過去に箱焼鈍/26/から連続焼鈍への移行により、画期 的な工程省略プロセスが実現された。とくに新日鐵住金では、加工性と時効特性に優れた 低炭素アルミキルド(低 C-Al-k)鋼を当該プロセスによって製造する技術を開発/27/すると ともに、当該プロセスについては、加工性を有するハイテンの代表であるTRIP 鋼を製造 できるプロセスとしても着目される。しかし、さらに工程短縮化を図るために、電気加熱 技術の適用がその手段となるものと考えられる。すなわち、よりコンパクトな焼鈍プロセ スの可能性を検討する必要があるものと考えられる。 そこで、本論文では、地球環境保護の視点から、ハイテン化と薄板製造プロセスの再構 築の可能性について述べる。そこで、まず第2章では、パネル用鋼板のハイテン化に対し て有効とされるBH 特性に及ぼす影響因子として、Ti 添加極低炭素冷延鋼板について、熱 延板段階での析出物に着目して検討した。さらに第3章では、トランスミッション用鋼板 を対象とする。すなわち、軟窒化処理される工程を考慮し、その熱処理温度に着目した表 面硬化特性に及ぼす添加元素及び熱処理条件の影響について言及する。さらに、第4章及 び第5章では、製造工程の大幅な短縮化を念頭に置いた薄板製造プロセスの構築を念頭に 置き、加工性が要求される自動車用鋼板を対象としてその製造プロセスの可能性について 述べる。すなわち、前者では、製鋼-熱延工程に着目し、後者では、連続焼鈍工程に着目 してその可能性について論じる。

(10)
(11)

7 (参考文献)

1) 新日本製鉄(株):「鉄と鉄鋼がわかる本」(日本実業出版社)

2) CSM:2006 International Symposium on Thin Slab Casting and Rolling 3) 高橋学:Tetsu-to-Haganè,100(2014),82 4) 高橋学:新日鉄技法,378(2003),2 5) 高橋学、河野治、林田輝樹、岡本力、谷口裕一:新日鉄技法,378(2003),7 6) 野中俊樹、後藤貢一、谷口裕一、山崎一正:新日鉄技法,378(2003),12 7) 藤田展弘、楠見和久、松村賢一郎、野中俊樹、友清寿雅:新日鉄技法,393(2012),99 8) 薮本政男、開道力、脇坂岳顕、久保田猛、鈴木規之:新日鉄技法,378(2003),51 9) 開道力:電磁鋼板の最新情報/電気自動車の開発と材料,シーエムシー(1999),120 10) 新日本製鐵カタログ:無方向性電磁鋼板,Cat. No.DE106 11) 新日本製鐵カタログ:方向性電磁鋼板,Cat. No.DE105 12) 吉田亨,上西朗弘,磯貝栄志,佐藤浩一,米村繁:新日鉄技法,392(2012),65 13) 吉田亨,磯貝栄志,佐藤浩一,橋本浩二:新日鉄技法,393(2012),4 14) 吉田博司、吉田亨、佐藤浩一、高橋雄三、松野崇、新田淳:新日鉄技法,393(2012),18 15) 上西朗弘,吉田博司、栗山幸久、高橋学:新日鉄技法,378(2003),21 16) 樋渡俊二、上西朗弘、吉田博司、米村繁、広瀬智史、野村成彦:77-20095395(2009) 17) 広瀬智史、吉田博司、米村繁、上西朗弘、樋渡俊二:自動車技術会 78-20095400(2009) 18) 広瀬智史、上西朗弘、米村繁、樋渡俊二:新日鉄技法,393(2012),25 19) 末廣正芳、真木純、楠見和久、大神正浩、宮腰寿拓:新日鉄技法, 378(2003),15 20) 楠見和久、野村成彦、真木純:新日鉄技法, 393(2012),47 21) 匹田和夫、西畑敏伸、菊地祐久、鈴木貴之、中山伸行:まてりあ,52(2013), 68 22) Uenishi A.,Suehiro M.,Kuriyama Y., Usuda M.:IBEC’96,Automotive Body Interior & Safety Systems. Automotive Technology Group Ins., Michigan U.S.A., 1996, 89 23) 高橋学:ふぇらむ,34(2002),7

24) 山田正人、徳永良邦、伊藤亀太郎:製鉄研究,322(1986),90 25) Tanioku T., Hobo Y., Okamoto A., Mizui N.,:SAE(1991),91023 26) 松藤和雄:塑性と加工,vol.7,66(1966),376

(12)

8

第2章 析出物制御による

Ti 添加極低炭素冷延鋼板への BH 性付与の検討

2-1 緒言 自動車部品の中でも、ドア、ルーフ及びボンネット等に代表されるいわゆるパネル部品 については、剛性の確保に加えて耐デント特性/1/が必要とされる。耐デント性とは、走行 時に発生する小石等の跳ね上げによってその表面に圧痕が形成されることを抑制する特性 で、ドア材では必要特性の一つである。そのため、板厚を上げれば部材としての変形強度 を高めることができるが、これでは部品重量が重くなってしまう。一方、鋼板の降伏強度 を高めると、プレス成形時に面ひずみ/2/が発生し、自動車部品としての価値を損なうこと になるため、単純なハイテン化では対応できない。そこで、自動車製造工程の中で塗装焼 付け工程(塗装後、170℃×20min の焼付け処理を実施)を活用し、いわゆる焼付け硬化性 (BH:Bake Hardenability≧30MPa)の付与が検討されてきた。これまでにも焼付け硬化 性に及ぼす鋼成分の影響については種々の知見があり、とくにプレス成形性と時効性を考 慮して極低炭素鋼をベースとした鋼板が開発されてきた/3~9/。その一つは固溶炭素(以後、 固溶 C と記す)をある程度安定して残存させるために、製鋼段階で成分調整を行い、例え ばTi、Nb 及び V といった炭化物形成元素を鋼中に含まれる C 量に対して原子数比で少な く添加し、焼鈍温度によらず一定のBH 付与する方法である/8/。一方、鋼中に含まれる C 量に対して原子数比で多く炭化物形成元素を添加し、形成された炭化物を焼鈍中に再固溶 させ、焼鈍後に適量の固溶C を残存させて BH を付与する方法がある/10/。とくに炭化物 を焼鈍中に再固溶させて固溶C を確保する場合には、冷延前すなわち熱延板段階で形成さ れる炭化物の組成によって、焼鈍後に残存する固溶C 量が変化することが考えられる。一 方、Ti 添加極低炭素冷延鋼では、鋼中に含まれる S 量を低くすることにより BH 性が付与 されるという報告がある。これは、S 量を低くすると TiC の析出核となる TiS の析出が抑 制され、その結果として炭化物が析出しないことから固溶炭素が残存することによるもの と説明されている。また、Ti を添加した極低炭素鋼の熱延板における析出物を詳細に調査 した結果では、Ti 及び S の添加量や熱延加熱温度により、加熱中に析出する Ti 含有硫化 物の組成が異なることが明らかにされた/11/。析出する硫化物に着目すると、①Ti 量が多 い場合あるいはS 量が少ない場合、硫化物は主として Ti4C2S2が、Ti 量が少ない場合ある いはS 量が多い場合には TiS が析出することが見出されている。また、②こうした析出物 の変化は、鋼の成分だけではなく、熱延加熱温度によっても変化し、加熱温度が高い場合

(13)

9 は、TixSy(x≦y)が主体として析出し、低い場合には Ti4C2S2が析出することも知られてい る/12/。さらに、Mn を添加すると TiS が析出せずに MnS が析出するという報告もある/13/。 つまり、鋼成分あるいは熱延加熱温度による硫化物の変化は、これに伴う炭化物の析出挙 動にも影響を与えるものと予測される。そしてそれにより冷延・焼鈍後のBH 性に影響を 与えるものと考えられる。 そこで、本章では、Ti を添加した極低炭素鋼(Interstitial Free(IF)鋼)において、とくに 熱延板段階における硫化物の析出挙動に着目した。すなわち、冷延・焼鈍後のBH 性に及 ぼす影響を調査するため、硫化物を形成するMn 及び S 添加量を変化させ、熱延板段階に おける析出物、とくに硫化物の析出挙動の影響を詳細に調査した。そして、それらの析出 挙動が冷延・焼鈍後のBH 性に対して与える影響について系統的に検討した。 2-2 実験方法 本研究に用いた供試鋼は、表2-1に示すTi を添加した極低炭素鋼で、いずれも真空 溶解炉で溶製した。S 量を 0.0015(steel1~3)及び 0.0050mass%(steel4~6)の 2 水準で変 動させるとともに、それぞれにさらにMn 量を 0~1mass%の範囲で 3 水準変化させた計 6 鋼種である。 粗圧延により50mm とした鋼片を 1050℃で 1h 加熱した後、6 パスの圧延により 4mm 厚の熱延板にした。仕上圧延温度はAr3変態点以上の930℃とし、圧延後 50℃/sec の冷却 速度で700℃まで散水冷却を行った。冷却後直ちに 700℃で 1h の保熱による巻取り処理を 行った。得られた熱延板を酸洗後 0.8mm 厚まで圧下率:80%で冷間圧延し、連続焼鈍に 相当する熱処理に供した。赤外線加熱炉で10℃/sec の加熱速度で 800~850℃まで加熱し、 1min 保持した後 100℃/s で室温まで冷却した。さらに 1%の調質圧延を行って JIS5 号試 験片による引張試験及び時効指数(AI:Aging Index)の測定を行った。ここで AI は圧延方 表2-1 供試鋼の化学組成(mass%) steel C Si Mn P S Al Ti N 1 0.0017 0.01 0.009 0.009 0.0015 0.031 0.038 0.0019 2 0.0018 0.01 0.500 0.010 0.0011 0.031 0.040 0.0020 3 0.0020 0.01 0.980 0.010 0.0021 0.034 0.040 0.0020 4 0.0017 0.01 0.007 0.009 0.0054 0.040 0.044 0.0019 5 0.0025 0.01 0.490 0.010 0.0055 0.032 0.039 0.0018 6 0.0027 0.01 0.980 0.009 0.0060 0.034 0.039 0.0021

(14)

10 向に 10%の引張予ひずみを与えた後、100℃で 1h の熱処理を実施し、再度引張試験を行 った際の降伏応力の上昇量である。また、BH 量は 2%の引張予ひずみを与え、焼付塗装に 相当する170℃で 20min の熱処理を施し、AI 同様に、再度の引張試験による降伏応力の 上昇で定義される。なお、熱延板についても巻取り処理後の固溶炭素量を調べるため AI の測定を行った。さらに、冷延・焼鈍後のr_値については、15%の引張予ひずみを付与した 後、引張試験前後の寸法変化から求めた。すなわち、圧延方向(r-L)を 0°とし、45°方向 (r-X)、90°方向(幅方向:r-C)の平均値として、r_値=(r-L + 2×r-X + r-C)/4 で求め た/14/。 一方、熱延板の析出物についてはその同定と析出量変化を調べるために、抽出レプリカ による透過電子顕微鏡(TEM)観察と、抽出残さの化学分析及び EDS(Energy Dispersed Spectroscopy)による分析を実施した。 2-3 実験結果 850℃で熱処理を実施した 6 鋼種の機械的性質を図2-1に示す。降伏点(以後 YP と記 す)及び引張強度(以後 TS と記す)については、S 量によらず Mn 量の増加に伴い増加する。 これはMn の固溶強化によるものである。そのため、全伸び(以後 El と記す)及びr_値は Mn 添加量に伴って低下し、1mass%の添加により、El は 10%程度低下する。一方、r_値 に対する Mn 添加量の影響は、S 添加量によって異なる。すなわち、0.005mass%S 材で は、1mass%の Mn を添加してもr_値の劣化は比較的少なく、1.8 以上の高い値を示した。 まず、図2-2に焼鈍板のAI を示す。S 添加量によって Mn 添加に伴う変化が異なる。 すなわち、S 量が 0.0015mass%と少ない場合は、Mn の添加量によらず 10MPa 以上の AI を示す。一方、S 量が 0.0050mass%と多くなると Mn 量が 0.5mass%までの低い領域では、

AI は 0MPa であるが、1mass%まで添加されると 10MPa 以上の AI となる。なお、いず

れもAI としては時効性には問題のない値である。ここで、熱延板での AI は示さないが、 いずれの鋼についても0MPa であったことから、熱延板段階では炭素(以後 C と記す)及び 窒素(以後 N と記す)は全て析出物として固定され、固溶 C 及び固溶 N は残存していない ことが確認されている。 850℃で焼鈍を実施した焼鈍板の BH 量に及ぼす両元素の影響を図2-3に示す。S 量 が0.0015mass%と少ない場合は、Mn 添加量よらず 30MPa 程度の BH 量を示すものの、 その添加量に対してやや低下する傾向を示す。一方、S 量が 0.0050mass%と多い場合は、

(15)

11

(16)

12

図2-2 冷延・焼鈍後のA.I.に及ぼす Mn 及び S 添加量の影響

(17)

13 逆に Mn 添加量の増加に伴って BH 量が大きくなり、1mass%まで Mn が添加されると 25MPa 以上の値を示す。ここで、BH 量と AI はその測定条件において予ひずみ量と熱処 理温度が異なるだけで、鋼板中に存在する固溶C 量ないしは固溶 N 量のみに依存するも のであることから、AI 及び BH 量の変化は良い相関を示したものと考えられる。 図2-4にMn 量に伴う BH 量の変化を、焼鈍温度をパラメータとして整理したものを 示す。S 量が 0.0015mass%と低い鋼(steel1~3)では、いずれの焼鈍温度においても、図2 -3での変化と同様にMn 添加量の増加に伴い BH 量は低下する傾向を示す。また、焼鈍 温度が高いほど高いBH 量を示しており、前述したように 1mass%の Mn を添加した steel3 では、850℃では 25MPa 以上の BH 量を示す。一方、S 添加量が 0.0050mass%と高い鋼 (steel4~6)は、Mn が添加されていない場合にはいずれの焼鈍温度でも BH 量は 0MPa で あるが、Mn 添加量の増加あるいは焼鈍温度の上昇に伴い BH 量は上昇し、1mass%まで 添加されると、850℃で 25MPa を超える BH 量を示す。したがって、こうした BH 量の 変化はS や Mn 添加量及び焼鈍温度の影響を受けていることから、両元素の添加量によっ て、BH 性を得るために必要な固溶 C 量が確保できる焼鈍温度も異なる。つまり、前述し たようにいずれの鋼も熱延板のAI が 0 であったことから、熱延板段階では固溶 C は 0 で あったものと考えられるため、S 添加量が低い場合には、Mn 添加量によらず焼鈍温度を 800℃以上とすれば C を再固溶させることができる。一方、S 量が高い場合には、0.5mass% 以上のMn を添加しないと 800℃以上でも C を再固溶させることができないものと考えら れる。

(18)

14

(19)

15 2-4 考察 2-4-1 S 及び Mn 添加量による析出物の変化 前節までに述べた AI や BH 量の変化に及ぼす影響因子として、炭化物が考えられる。 すなわち、焼鈍中に再固溶する C の状況が異なることが予測される。そこで、0.0015 及 び 0.0050mass%の S を含む鋼について、Mn の有無による熱延板での析出物の変化を

SPEED 法/15/により作製したレプリカを用い、TEM で調査した。S 量が 0.0015mass%と

低い鋼では、写真2-1に示すようにMn 添加の有無によらず 0.05μm 以下の析出物が主 体であり、いずれもEDS による分析ではそのほとんどは Ti の化合物と同定された。熱延 板でのAI が 0MPa であったことを考慮すればこれらの化合物は Ti の炭化物(TiC)及び窒 化物(TiN)と推定される。なお、写真2-1(a)の一部には Ti4C2S2が、(b)の一部に MnS も 析出していた。 一方、S 量が 0.0050mass%と高くなると写真2-2(a)に示すように、Mn 無添加の鋼 (steel4)では、0.05μm 以下の微細な析出物と 0.1μm 程度の析出物が存在し、いずれも EDS による分析の結果、Ti4C2S2と同定された。また、Mn を 1.0mass%添加した鋼(steel6)

でも、写真2-2(b)に示すように 0.05μm 以下及び 0.1μm 程度の析出物が観察され、 EDS による分析の結果、0.1μm 程度の析出物は MnS と同定された。一方、0.05μm 以 下のものはTi の化合物と同定され、やはり熱延板における AI が 0MPa であることから TiC 及び TiN と推定される。したがって、写真2-1での結果と比較すると、S 添加量が 多い場合、Mn の添加は Ti4C2S2の析出を抑制してMnS の析出が促進されると同時に、C はTiC として析出してくるものと推察される。 析出物の同定には、EDS による分析で検出される元素のピーク高さの比から行った。 とくに鋼中のTi 及び S を含む析出物については、すでに TiS や Ti4C2S2の存在がX 線回

折により確認されていること/11,16/、また、Liu ら/17/は EDS と SIMS を用いて Ti4C2S2

の析出挙動を調査した結果、EDS で示されるピーク高さの比が、析出物に含有される元素 の比にほぼ対応するものと判断して同定した。また、写真2-1及び2-2を比較すると S が 0.0050mass%と高い鋼では、析出物の大きさが S 量の低いものに比べて大きいこと もわかる。これは、硫化物の析出とその成長に対し、それを構成する元素の比に起因した ものであり、析出物を構成する元素の比が大きいほど、核生成・成長の駆動力が大きくな るため/18/と推察される。そのため図2-1に示した冷延・焼鈍後の機械的性質において、 細かい析出物が少ない高S 材の方が低 S 材に比べて焼鈍後の結晶粒径が大きくなり、高い

(20)

16

a)0.

00

15S

0Mn(st

eel

1)

b)0.

00

15S

1M

n(s

teel

3)

写真2

-1

st

eel

1

及び

steel

3

熱延板

で観

察さ

れた析

出物

(21)

17

a)0.

00

50S

0Mn(st

eel

4)

b)0.

005

0S

1Mn

(steel

6)

写真2

-2

st

eel

4

及び

steel

6

熱延板

で観

察さ

れた析

出物

(22)

18 El とr_値を示したものと推察される。 2-4-2 析出物の析出量変化 前述したように、熱延板段階で析出している析出物が、冷延・焼鈍後の機械的性質に及ぼ すことは明らかである。そこで、これらの析出物の析出状況を調査するために、熱延板か ら採取した抽出残さについて化学分析を行った。図2-5は、0.0050mass%の S を含有す る鋼において熱延板段階で析出したS 量、つまり、析出する硫化物の Mn 添加量に伴う変 化を調べたものである。なお、S 量が 0.0015mass%と低い鋼では、析出 S 量は検出され な か っ た 。 こ れ は 硫 化 物 の 析 出 量 が 少 な い こ と に 起 因 す る も の と 考 え ら れ る 。 0.0050mass%の S を含む鋼では、鋼中の S はそのほとんどが硫化物として析出している ことが示唆された。これにMn を添加すると、その添加量の増加に伴って MnS の析出量 も増えることがわかった。その結果、1mass%の添加でおよそ半分の S が MnS として析 出している。このことから、前述したTEM 観察結果を踏まえると、全析出物における析 出S 量と MnS として析出する S 量との差は Ti4C2S2として析出するS 量と考えることが できる。したがって、Mn 添加は Ti4C2S2に先立ってMnS を析出させ、その結果、Ti4C2S2 の析出を抑制する効果があることが明らかである。 図2-5 熱延板段階の析出物中S 量に及ぼす Mn 添加量の影響

(23)

19 図2-6は、熱延板に析出したTi 量について図2-5と同様の調査を実施し、析出し ている析出物に含まれるTi 量に対して整理した結果である。添加 S 量によって析出物に 含まれるTi 量の、Mn 添加量に対する変化が異なっている。まず、Mn 無添加の鋼では S 添加量の多い鋼の方が析出するTi 量が多い。また、硫化物の析出が少ない 0.0015mass% のS を含む鋼では、Mn 添加量によらず析出 Ti 量はほぼ一定値を示している。このことは、 写真2-1での観察結果を考慮すると、Ti4C2S2の析出量が少なく、析出するTi は TiN 及 びTiC が主体であったことと一致する。一方、0.0050mass%の S を含む鋼では、Mn 添加 量の増加により、析出するTi 量が減少していることがわかる。これは写真2-2及び図2 -5での結果から、Mn の添加により MnS の析出が増加する半面、Ti4C2S2の析出が減少 することに起因するものと考えられる。このように、S 及び Mn 添加量によって熱延板段 階で析出する析出物の種類とその析出量が変化することがわかった。 図2-6 熱延板段階の析出物中Ti 量に及ぼす Mn 及び S 添加量の影響

(24)

20 2-4-3 Thermo-Calc による多相間平衡計算 そこで、熱延板段階で観察されたS 及び Mn 添加量の変化に伴う析出物の析出挙動に ついて、熱力学平衡計算による検証を試みた。その結果を図2-7及び2-8に示す。な お、計算は Liu ら/19/の用いた熱力学データ及び標準自由エネルギ関数を Thermo- Calc(Version G) /20/に導入して多相間平衡計算を行い、Liu らの結果とも良く対応するこ とを確認した上で実施した。計算条件として成分はC:0.002mass%、N:0.0015mass%、

Ti:0.04mass とし、S 及び Mn 添加量をそれぞれ 0.0015 及び 0.0050mass%、0 及び 1mass% と変化させた。また、計算温度範囲はオーステナイト(γ)域とした。Mn 無添加の場合は、 図2-7に示すようにS 量の多少によらずγ域では TiN と Ti4C2S2が析出することが示唆 された。また、S 量の少ない鋼では Ti4C2S2の析出量が大きく減少することも示唆してい る。したがって、鋳造後から熱延での圧延終了までに析出するものはTiN と Ti4C2S2であ るが、S 量が少なくなると Ti4C2S2の析出量が大きく減少するため、C は巻取り時にさら にTiC として析出してくるものと推察される。ところが、これらの鋼に Mn を添加すると その析出挙動が変化する。すなわち、図2-8に示すように、Mn を 1mass%添加するこ とにより高温域から MnS が析出するようになるが、1200℃より低い温度域になると、 Ti4C2S2が析出し始める。その結果としてMnS の析出量が減少し、今回の実験条件である 加熱温度:1050℃では MnS は全く析出しないことになる。なお、S 添加量の低い場合は、 高い場合に比べてMnS の析出量も少ないが、Ti4C2S2の析出量も少ないことも示している。 ところで、これらの計算は、あくまで各成分の鋼を各温度に保定した場合の完全平衡状態 での結果を示すものである。したがって、鉄鋼製造工程として凝固から熱延終了までの温 度履歴を考慮すると、Mn を添加した鋼では、計算上 MnS と Ti4C2S2の両方が共存析出で きない温度域でも、実際には鋳造後の冷却中に MnS が Ti4C2S2に先立って析出し、加熱 段階では完全には再固溶せずに残存し、熱間圧延終了までに両析出物が共存したものと考 える方が妥当であろう。そのため、今回のように1050℃に再加熱し保定した場合には、 Ti4C2S2の析出量は図2-8の計算結果に比べて大きく減少し、前述の S 量の少ない鋼の 場合と同様に、C は巻取り時に TiC として析出してくるものと考えられる。以上の計算結 果から、(1)S 添加量が多く、Mn が添加されていない鋼では、鋼中の C は加熱時にそのほ とんどがTi4C2S2として析出するため、加熱段階で固溶C はほとんど無いものと推定され ること、(2)S 添加量が少ない鋼、あるいは S 添加量が多くても、Mn が添加された場合は Ti4C2S2の析出量が減少するため、鋼中のC はそのほとんどが加熱時には固溶状態で存在

(25)

21

図2-7 熱延板段階での析出挙動に及ぼすS 量の影響(0mass%Mn)

(26)

22

図2-8 熱延板段階の析出挙動に及ぼすS 量の影響(1mass%Mn)

(27)

23 することが予測される。これは熱延中及び熱延後に、(1)では TiC は析出しないこと、(2) ではTiC が析出することを示唆するものであり、前述した TEM 観察での析出変化及び化 学分析による析出量変化とよく一致するものである。 2-4-4 BH 量に及ぼす TiC 析出の効果 ここでは、以上の観察結果及びThermo-Calc による計算結果から、熱延板段階で析出 する析出物は、TiN、MnS、Ti4C2S2及びTiC であると限定する。また、N は熱延前の加 熱段階に全てTi によって TiN として固定されるものと仮定して考える。それにより、化 学分析から求めた析出S 量及び析出 Ti 量から、熱延板段階で TiC として析出する C 量を おおよそ見積もることができる。その結果をMn 添加量に対して示したものが図2-9で ある。また、熱延板段階で析出する炭化物に着目すると、Ti4C2S2あるいはTiC によって、 焼鈍工程でのこれらC を含む析出物の再固溶挙動とも関連することから、焼鈍板での BH 量の結果もあわせて示した。0.0015mass%の S を含む鋼では、Mn 添加量によらず C は熱 延板段階でほぼ全てが TiC として析出していることがわかる。一方、0.0050mass%の S を含む鋼では、Mn 添加量が 0.5mass%以下と少ない場合、熱延板段階で C はそのほとん どがTi4C2S2として析出するため、TiC がほとんど析出していない。つまり、これらの結 果は前述した計算結果と良く一致するものである。また、熱延板段階でTiC として析出す るC 量と焼鈍板の BH 量は良く対応しており、TiC として析出する C 量が多いほど BH 量 は高い値を示すこともわかる。これは Liu ら/19/が熱力学的検討を行っているように、 Ti4C2S2はTiC に比べて溶解度積が小さく安定であることから、炭化物は熱延板段階では TiC として析出させた方が、冷延後の再結晶焼鈍において BH 性を付与するための C が再 固溶しやすくなることによるものと推察される。さらに、図2-10は0.0050S-1Mn 鋼 のフェライト域におけるTiC の析出量変化を、Thermo-Calc で行った計算結果である。 この結果からもTiC は今回の焼鈍条件で再溶解しうることがわかる。 したがって、Ti を添加した極低炭素鋼において焼付硬化性を付与するには、S 添加量を 極力低下させるか、あるいはS 添加量が高い場合でも、Mn を添加して Ti4C2S2に先立っ てMnS を析出させることにより、熱延板段階で C を TiC として析出させることが有効で ある。また、Mn 以外にも Ca 及び REM 等といった硫化物を形成しやすい元素を添加して も、同様の効果が得られるものと推定される。すなわち、いわゆるIF 鋼での BH 性付与 が可能であるものと考えられる。つまり、熱延板段階での硫化物の析出を通じた炭化物制

(28)

24

図2-9 熱延板段階のTiC 析出及び冷延・焼鈍後の BH 量に及ぼす S 及び Mn 添加量

(29)

25 御の重要性が見出されたものと考える。 2-5 結言 本章では、Ti を添加した極低炭素冷延鋼板について S 及び Mn 添加量を変化させ、さら に熱延加熱温度を変化させることにより、熱延板段階での析出挙動を調査した。そしてそ れが、冷延・焼鈍後の材質として、とくにBH 性に及ぼす影響について調査した結果、以 下の結論を得た。 (1)S 添加量が 0.0015mass%の鋼では、Mn 添加量によらず 25MPa 以上の BH 量を示 す。一方、S 添加量が 0.0050mass%と高くなると、1mass%の Mn の添加により 25MPa 以上のBH 量が得られる。 (2)熱延板の析出物は、S 及び Mn 添加量により変化する。すなわち、S 量が 0.0015mass% と少ない鋼では、ほとんど硫化物は析出せず、TiN 及び TiC が析出している。一方、S 量 が0.0050mass%と高い場合、とくに Mn 無添加の鋼では、炭化物は S とともに Ti4C2S2 図2-10 0.0050S-1Mn 鋼のフェライト域における TiC の析出量変化

(30)

26 として析出する。しかし、Mn の添加に伴いその析出量が減少し、かわりに S は MnS と して、C は TiC として析出する。 (3)Ti 添加極低炭素冷延鋼板に焼付硬化性を付与するためには、熱延板段階で Ti4C2S2 の析出を抑制し、炭化物をTiC として析出させることが必要である。それには、S 添加量 を低減するか、あるいは、S 量が高い場合には Mn を添加して硫化物を MnS として析出 させることが有効である。 (4)S 及び Mn 添加量の調整により、約 30MPa の BH 量を有し、YP:150MPa、 TS:300MPa、El:50%、r_値: 2.0 の焼付硬化性及び加工性の優れた冷延鋼板を製造でき ることを示した。

(31)

27 (参考文献) 1) 薄鋼板成形技術研究会:「プレス成形難易ハンドブック(第 3 版)」,日刊工業新聞社, 524 2) 周藤悦郎:「ストレッチャ・ストレイン」(金属学新書),日本金属学会 3) 福田宜雄、清水峯男:塑性と加工,13(1972),841 4) 秋末治、高階喜久雄:金属学会誌,36(1972),1124 5) 橋本修、佐藤進、田中智夫:Tetsu-to-Haganè,67(1981),1962 6) 高橋延幸,柴田政明、古野嘉邦、浅井徹,山下康彦:Tetsu-to-Haganè,68(1982),S588 7) Akisue O., Yamada T. and Takechi H.:Int. J. of Vehicle Design, IAVD Congress on Vehicle and Component, (1986), B79

8) 山田正人,徳永良邦,伊藤亀太郎:製鉄研究,322(1986),90

9) Kino N., Yamada M., Tokunaga Y. and Tsuchiya H.:Metallurgy of Vacuum-Degassed Steel Products, TMS-AIME Fall Meeting, India. U.S.A., (1989), 197

10) Tanioku T., Hobo Y., Okamoto A. and Mizui N.,:SAE(1991),91023 11) 佐柳志郎,川﨑薫,河野彪:材料とプロセス,2(1990),1814

12) 吉永直樹,潮田浩作,赤松聡,秋末修:Tetsu-to-Haganè,80(1994),54 13) 岡本篤樹,水井直光:鉄と鋼,76(1990),422

14) Lankford W.T., Snyder S.C. and Bauscher J.A.:Trans. ASM, 42(195), 1197 15) 黒澤文夫,田口勇,松本龍太郎:Tetsu-to-Haganè,66(1980),S21

16) Ball C. J:Met. Sci., 18(1984), 577

17) Liu W. J., Yue S. and Jonas J. J.:Metall. Trans. A, 20A(1989), 1907 18) Akamatsu S., Senuma T. and Hasebe M.:ISIJ Int., 32(1992), 275 19) Liu W. J. and Jonas J. J.:Metall. Trans. A, 20A(1989), 1361

(32)

28

第3章 熱処理特性を活用したハイテン化

3-1 緒言 図3-1に駆動系部品の一例/1/を示す。こうした駆動系部品に使用される鋼材に対する 要求特性として、①冷間鍛造性、②耐摩耗性及び③部品成形後の強度がある。①は、部品 形状的な特徴から一つの部品内で板厚が変化し、もとの鋼板板厚に比べ、薄い部分と厚い 部分が形成されることから、それぞれの部品に求められる強度及び剛性の確保に寄与する。 また、②は、加工後の部品性能として重要な特性であり、稼働時に生じる他部品との連続 的な接触に伴う摩耗性に対する抵抗である。従来、このような性能が要求される自動車部 品の製造方法として、部品に成形後、浸炭や窒化といった熱処理/2/により表層部の硬度を 高める方法が一般的である。とくに浸炭法については、焼入れ処理と併せて施すことによ り、板厚中心部の硬度も十分に高めることができる熱処理方法である。しかし、この熱処 理方法は焼入れ処理のため、マルテンサイト変態に伴うひずみの導入により、成形後の部 品形状の変化を余儀なくされる。そのため、形状矯正のためにプレス工程が追加されるの が一般的であり、製造コストを高める一因となっている。また、鋼板製造工程におけるい わゆるインラインでの窒化処理を活用する方法も考案されている/3/。さらに、こうした部 図3-1 駆動系部品例

(33)

29 品についても使用する鋼板の高強度化により、板厚の低減による部品重量の軽量化の可能 性もあるものと考える。しかし、通常施される鋼板の高強度化は、プレス加工時の成形不 具合/4/を生じやすいことから、成形前の鋼板強度はできるだけ低く抑えた方が好ましい。 一方、使用済み自動車や飲料缶、家電製品のリサイクル/5/が積極的に行われるようになっ たことから、とくにそれにより発生する Cu 含有屑については、その有効利用を目指した技 術開発が活発に実施されている/6/。とくに、自動車用鋼板を対象としたメタラジーに着目 すると、Cu を添加した極低炭素鋼の機械的性質として、固溶限を超えて添加されると、500 ~600℃の温度域で Cu が析出し、その析出強化により590MPa程度の強度が得られること が知られている/7/。また、こうした特性がとくに冷延鋼板に活用されると、極低炭素鋼で はr 値の高い高強度鋼板が得られることも知見されている/7/。ここで、この Cu の析出温度 域に着目すると、熱処理として一般的に利用される軟窒化処理温度域にも一致しているこ とから、とくにCu を添加した鋼板における窒化処理特性に着目した。 そこで本章では、Cu を添加した極低炭素鋼をベースとし、これに種々の窒化物形成元素 を添加した鋼について、軟窒化処理後の特性を調査した。本研究において知見された軟窒 化処理による板厚方向に生じる硬度分布については、その要因解析として、窒化元素とし て添加される元素の影響に加え、軟窒化処理により形成された析出物の形態とその分布状 態について詳細調査を実施した。さらに、軟窒化処理材の疲労特性が大きく向上するメカ ニズムについても考察を行った。 3-2 実験方法 表3-1に示すように、Cu を添加した Ti 添加 IF 鋼(Ti-IF)をベースとして、窒化物を 形成する元素であるCr、Al 及びVを選択した。これらの元素を単独あるいは複合添加した 鋼を実験室で溶製した。得られた鋼塊を熱間圧延により4mm の熱延板とした後、表層部を 機械研削して2mm の板とした。この時に実施した熱間圧延の条件は、加熱温度:1250℃、 仕上温度:930℃、巻取温度:室温とした。ここで、巻取温度を室温とした理由は、熱延板 表3-1 供試鋼の化学組成(mass%) steel C Si Mn Ti Cu Cr Al V N base 0.0026 0.08 0.10 0.068 1.36 - 0.036 - 0.0019 0.5Cr 0.0031 0.07 0.23 0.045 1.29 0.49 0.015 - 0.0015 1Cr 0.0016 0.08 0.24 0.046 1.39 0.86 0.024 - 0.0011 1Cr-0.3V 0.0021 0.08 0.24 0.047 1.39 0.86 0.039 0.28 0.0015 1Cr-1Al-0.3V 0.0024 0.08 0.24 0.047 1.38 0.86 0.974 0.28 0.0021

(34)

30 段階でのCu の析出を極力抑制するためである。得られた熱延板の機械的性質を表3-2に 示すが、いずれの鋼もTS:440MPa 程度の強度を有する。これらの熱延板について軟窒化 処理として 570~600℃×3~10hour の軟窒化処理(塩浴軟窒化処理(タフトライド)/8/)を 実施した。得られた熱処理材については、ビッカース(荷重:500gf)により板厚方向の硬度 分布を測定した。また、光学顕微鏡によるミクロ組織観察を実施するとともに、一部の試 料については、平面曲げ疲労特性の調査を行った。とくに窒化後の試料については、透過 電顕(TEM)及び 3 次元アトムプローブ(3D-AP)/9/による析出物調査を実施した。さらに、一 部の試料については、X 線を用いて残留応力を測定した。 3-3 実験結果 窒化処理後(570℃×3hour)の各鋼について、板厚方向の硬度分布を測定した結果を図3 -1に示す。いずれの鋼についても、板厚中心部の硬度は熱処理により増加しており、熱 処理前(Hv:100 程度)に比べ、Hv:200 程度(TS:590MPa レベル)まで増加している。また、 base 鋼と比較すると、窒化元素として添加した元素の種類及びその添加量により、板厚方 向に生じる硬度分布が異なる。すなわち、最表層部の硬度で比較すると、Cr を単独に添加 したもの(0.5Cr 鋼、1Cr 鋼)、あるいは V を複合添加したもの(1Cr-0.3V 鋼)では、Hv:600 ~700 程度であるのに対し、さらに Al を添加した鋼(1Cr-1Al-0.3V 鋼)では、Hv:1000 と極めて高い値を示す。なお、base 鋼では、Hv:400 程度と最も低い。しかし、板厚方向 の変化で比較すると、base 鋼が最も深く窒化されているのと比較すると、1Cr-1Al-0.3V 鋼が最も浅い。すなわち、添加する窒化元素の種類とその添加量により、板厚方向の硬度 分布が変化することがわかった。 写真3-1に窒化処理後の光学顕微鏡組織を示す。いずれの鋼も最表層部には 10μm程 度の化合物層が形成されている。一方、表層部及び中心層部分における結晶粒については、 表3-2 熱延板の引張特性

steel

YP(MPa)

TS(MPa)

El(%)

base

364

458

29.1

0.5Cr

376

460

26.1

1Cr

339

452

33.5

1Cr-0.3V

357

473

31.2

1Cr-1Al-0.3V

364

452

30.9

(35)

31 変態点(Ar3 点)の違いにより粒界の形状が異なるものの、その粒径についてはほぼ同程度の 大きさとなっている。したがって、図3-1に示した板厚方向に生じた硬度分布の差は、 熱延板組織の差に起因するものではないものと言える。 図3-2及び3-3に、1Cr 鋼について実施した熱処理温度及び熱処理時間が及ぼす窒 化深さへの影響を示す。熱処理温度が高くなるほど表層部の硬度は低下するが、硬度分布 はより深くなり、窒化が進んでいる。また、熱処理時間の延長に伴い窒化深さが深くなる。 したがって、窒化処理条件によって板厚方向の硬度分布を制御することも可能と考えられ る。 こうした板厚方向の硬度分布、とくに表層部での硬度が高いことに着目し、1Cr 鋼の窒化 処理材について、平面曲げ疲労試験を実施した。その結果を図3-4に示す。比較として TS:440MPa 材(SAPH440)、base 鋼及び窒化処理を施していない 1Cr 鋼を使用した。窒 化処理を実施していない1Cr 鋼でも、SAPH440 に比べて疲労限で 25%程度高い疲労強度 を示す。一方、窒化処理を施すことにより疲労限は大幅に増加し、とくに 1Cr 鋼では、図 3-2に示すような中心層における硬度上昇にも起因し、550MPa 程度の疲労限を示す。

0

100

200

300

400

500

600

700

800

900

1000

1100

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

H

v(

500

g)

Ditance from surface /mm

base 0.5Cr 1Cr 1Cr-0.3V 1Cr-1Al-0.3V 熱処理前硬度 熱処理による硬度up(中心部) 図3-1 窒化処理後の硬度分布に及ぼす添加元素の影響

(36)
(37)

33

0

100

200

300

400

500

600

700

800

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

H

v

(

300

g)

D i stance f rom surface /mm

570℃ 600℃ 620℃

熱処理前硬度

図3-2 窒化深さに及ぼす熱処理温度の影響(3h)

0

100

200

300

400

500

600

700

800

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

H

v

(

300

g)

D i stance from surface /mm

600℃×3h 600℃×7h 600℃×10h

熱処理前硬度

(38)

34 3-4 考察 3-4-1 窒化処理による析出挙動 Cr 添加量による軟窒化後の板厚方向の硬度分布を図3-5に示す。最表層面の硬度は Cr 添加 0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6

Distance from surface /mm

Δ H v (5 0 0 g ) base 0.5Cr 1Cr 図3-5 Cr 添加量に伴う軟窒化処理(570℃×1hour)後の硬度分布

0

100

200

300

400

500

600

700

800

10000

100000

1000000

10000000 100000000

繰り返し数

 

/

M

P

a

母材(Cr添加)

軟窒化材(Cr添加)

軟窒化材(Cr無)

SAPH440

1Cr

図3-4 平面曲げ疲労特性に及ぼす軟窒化処理の影響

(39)

35 量の増加に伴い高い値を示すが、深さ方向の硬度分布については、Cr 添加量が少ない方がより 深い位置まで硬化しており、無添加鋼が最も深くまで窒化が進んでいる。また、Cr 無添加の base 鋼とは明らかにその硬度分布が異なることから、軟窒化処理によって生じる板厚方向の析出物分 布の相違によるものと推察される。 そこで、こうした軟窒化処理後に生じる硬度分布の原因を解明するために、1Cr 鋼について 板厚方向における析出物の析出状況を調査した。表層下0.1mm 及び 0.8mm の部分から薄 膜を作成し、TEM 観察を実施した。写真3-2には、表層下 0.8mm の領域で観察された 析出物を示す。10nm 程度の粒状の析出物(矢印)が多数観察され、格子回折像より Cu 粒子 と推定された。また、写真3-3には、表面下 0.1mm の領域で観察された析出物を示す。 中心層部分で観察された析出物とは形態が全く異なり、格子回折像より(001)方位と平行に 析出した板状の析出物が観察された。したがって、板厚方向で表層部と中心部では観察さ れる析出物が異なる。 写真3-2及び3-3で観察された析出物の析出状況を詳細に調査するため、1Cr 鋼の同 じ窒化処理材から針状のサンプルを作製し、3D-AP による調査を実施した/10/。図3-6に 表面下0.8、0.28 及び 0.16mm の位置における元素マッピングの結果を示す。表面下 0.8mm の部分では、写真3-2でも示したように10nm 程度の Cu 粒子のみが分散していることが 確認された。一方、表面下0.28mm では Cr 窒化物が析出しており、その窒化物は全て析出 Cu と対になっていることがわかる。また、こうした窒化物の周りにおいては、明瞭な Cr の欠乏層は形成されていない。さらに、表面に最も近い領域として、表面下 0.16mm での 測定結果を見ると、Cr のほとんどが窒化物形成に寄与しており、とくに Cu と対になって 析出し、その結果としてCr 窒化物の周囲には Cr の欠乏層が形成されている。さらに板厚 方向の硬度分布は、析出するCu が表層からの窒素の拡散に伴って Cr 窒化物とペアとなっ て析出することで安定化し、粒成長が抑制されたことにより析出強化に寄与したものと推 察される。このことは、図3-7に示すCu の析出に着目した 3D-AP によるマッピングか らもわかるように、明らかに表層部ではCu の析出は微細化し、オストワルド成長が抑制さ れていることが確認された。これは、岸田ら/7/が調査したように、570℃付近の温度域では Cu がすでに 1min 程度で析出していることから、窒化処理中にまず Cu が析出し、Cr 窒化 物がそれを核として析出したことに起因するものである/11/。したがって、このような Cu の析出挙動を考慮すると、窒化物を形成させる元素の種類とその添加量によって板厚方向 の硬度分布を制御することができるものと考えられる。

(40)

36

50nm

[100]

[001]

[010]

写真3-2 1Cr 鋼の表層下 0.8mm で観察された析出物(TEM) 写真3-3 1Cr 鋼の表層下 0.1mm で観察された析出物(TEM)

(41)

37

(42)

38 3-4-2 添加元素による表層部硬度分布の違い 図3-1に示したような添加元素による硬度分布の差が生じた原因として、各元素の窒 素との結合力の違いや、Cr 窒化物の析出に誘起されたことが原因と推察される。すなわち、 宮本ら/12/の報告にもあるように、Al や V は Ti と同様に窒素との結合力が非常に強いこと から、Cr 窒化物よりも先に析出するものと推察される。そのため、1Cr-0.3V 鋼や 1Cr- 1Al -0.3V 鋼において、表層部硬度が 1Cr 鋼よりも高く、とくに 1Cr-1Al -0.3V 鋼で は、Cr 窒化物の析出に誘起されて Al 窒化物が析出したことにも起因するものと考えられる /12/。また、両鋼の硬化層深さは、1Cr 鋼と比較して浅く、とくに 1Cr-1Al -0.3V 鋼では、 0.2mm 程度に留まっている。これは、Al 窒化物が窒素の拡散を妨げるためとの推察もある /13/。 3-4-3 窒化層深さに及ぼすCu 添加の影響 前述したように、軟窒化処理によるCr 窒化物の析出は Cu の析出に影響を受けているも のと考えられる。そこで、軟窒化処理後の板厚方向硬度分布に及ぼすCu 添加の有無による 変化を調査した。表3-3に示すように、極低炭素鋼をベース(steel1)として、Cr 添加量を 0.15 及び 1mass%添加した steel2 及び 3 と、steel1 に Cu を添加した steel4 をベースとし

て同様にCr を添加した steel5 及び 6 を真空溶解し、3-2に示した方法と同様に、熱間圧 延を行った。得られた熱延板について軟窒化処理として 570℃×3hour の軟窒化処理を実施

800m

m

280m

m

160m

m

10nm

図3-7軟窒化処理した1Cr 鋼における Cu の析出状態

(43)

39 し、ビッカース(荷重:500gf)により板厚方向の硬度分布を測定した。得られた結果を図3 -8に示す。最表層部の最高硬度及び中心部の硬度に差は無いが、Cr 添加量や Cu 添加の 有無によって深さ方向の硬度分布が異なっている。まず、Cr 添加量の影響として、 0.15mass%と少ない鋼(steel2 及び 5)では、最表層部から 0.3mm 程度の領域での硬度増加 量は少ない。しかし、1mass%に増加した鋼(steel3 及び 6)ではその硬度分布が大きく変化 する。すなわち、最表層部ではHv:500 を超える硬度となっている。さらに、Cu 添加によ り、表層部での窒化深さが深くなることがわかる。これは前述したように析出した Cu を核

0

100

200

300

400

500

600

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

H

v

(500

g)

Distance from surface /mm

steel1(base)

steel2(+0.15Cr)

steel3(+1Cr)

steel4(base+1.3Cu)

steel5(+0.15Cr)

steel6(+1Cr)

図3-8 軟窒化処理後の硬度分布に及ぼすCu 及び Cr の影響 表3-3 供試鋼の化学組成(mass%)

steel

C

Si

Mn

Cu

Cr

Al

N

1

<0.001

<0.01

<0.01

-

-

0.020

<0.001

2

<0.001

<0.01

<0.01

-

0.15

0.020

<0.001

3

<0.001

<0.01

<0.01

-

1.00

0.020

<0.001

4

<0.001

<0.01

<0.01

1.30

-

0.020

<0.001

5

<0.001

<0.01

<0.01

1.30

0.15

0.020

<0.001

6

<0.001

<0.01

<0.01

1.30

1.00

0.020

<0.001

(44)

40 として Cr 窒化物の析出が促進されたためと考えられる。また、Cu 無添加鋼では窒化深さ が浅くなるばかりでなく、中心部では Cu による析出強化が無いため、硬度分布の低下も急 峻である。 こうした視点から、図3-1に示したような窒化元素による硬度分布の違いは、N との 結合力とその添加量によって変化するものと考えられる。このことは工業的には、例えば 必要な強度や耐摩耗性は、添加される元素の種類とその組み合わせや添加量によって調整 が可能と考えられる。また、図3-2及び3-3に示した軟窒化処理温度やその処理時間 による硬度分布の変化は、Cu の析出挙動を利用することにより、窒化物形成元素の選択と 合わせ、窒化処理後の硬度分布制御の可能性を示唆するものである。 3-4-4 窒化処理による表層部特性 図3-9に板厚方向の窒素量をEPMA によって分析した結果を示す。これは、図3-1 に示す硬度分布と対応した分布を示していることや、写真3-3及び図3-6に示したよ うに、表面に近いほど析出密度が高くなっていることから、表層領域の硬化は主にこうし た窒化物の析出状態によるものと考えられる。

0.0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

0.8

0.9

1.0

0

100 200 300 400 500 600 700 800 900

N

c

o

n

tent

/

m

as

s%

Depth /μ m

図3-9 軟窒化処理後の板厚方向の窒素濃度分布(1Cr 鋼)

(45)

41 図3-4に示したように、窒化処理後の平面曲げ疲労強度が著しく高くなった原因につ いては、1Cr 鋼について板厚方向の残留応力測定により考察を行った。得られた結果を図 3-10に示すが、前述の図3-5に示したような硬度分布を示す領域では、圧縮の残留 応力が生じている。したがって、窒化処理材で高い疲労限が得られた原因として、窒化処 理により表層部の硬度が高くなったことに加え、窒化物の形成によって表層部が体積膨張 し、この領域に圧縮残留応力が形成されたためと推察される。すなわち、疲労試験中に生 じる亀裂の発生とその伝播が抑制されたためと考えられる。 3-5 結言 Cu を添加した極低炭素鋼に Cr、Al 及び V を単独あるいは複合添加した熱延板について、 軟窒化処理を施した結果、以下のような知見が得られた。 (1)添加する元素によって窒化挙動が異なり、窒化深さとしては,Cr 単独添加が最も深 くなる。 (2)1Cr 鋼について窒化処理後の析出物を TEM 観察した結果、窒化処理によって生じる 硬度分布は、中心部ではCu の粒子による析出強化に起因し、表層~中心部では、窒化物に -500 -400 -300 -200 -100 0 100 0 200 400 600 800 1000

Distance from surface /μ m

R e s id u a l s tr e s s / M P a 図3-10 軟窒化処理後の板厚方向の残留応力分布(1Cr 鋼)

(46)

42 よる析出強化と窒素による固溶強化によって生じるものと推察された。 (3)3D-AP を使用し、表層部~中心部で観察された析出物を詳細に調査した結果、微細 な Cu 粒子と Cr 窒化物が確認され、ある程度の深さ領域では、Cr 窒化物は Cu と対で析出 していることがわかった。その結果、窒化深さが確保されたものと推察される。 (4)1Cr 鋼について、窒化処理後の平面曲げ疲労強度を調査した結果、窒化処理前の強度 に比べて疲労限で 2 倍近い強度を示した。これは、Cr 窒化物の析出に起因した圧縮残留応 力の発生に起因するものと考えられる。

(47)

43 (参考文献) 1) 例えば、株式会社エクセディ HP(hppt://www.exedy.com) 2) 日本鉄鋼協会:「鋼の熱処理」(改訂第5版) 3) 楠見和久,瀬沼武秀,末廣正芳,杉山昌章,松尾征夫:Tetsu-to-Haganè,86(2000), 682 4) 薄鋼板成形技術研究会:プレス成形難易ハンドブック(第 3 版),333 5) 新日本製鐵(株):「鉄と鉄鋼がわかる本(日本実業出版社)」,72 6) 山田輝昭,織田昌彦,秋末治:Tetsu-to-Haganè,79(1983),973 7) 岸田宏司,秋末治:Tetsu-to-Haganè,76(1990),739 8) 永嶋康彦,中村文英:日本パーカライジング技法,18(2006),3 9) 例えば、宝野和博:ふぇらむ入門講座(分析試験法編-13)

10) Takahashi J., Kawasaki K., Kawakami K. and Sugiyama M.:Surf. Interface Anal, 39(2007), 232

11)高橋淳,川﨑薫,川上和人,杉山昌章:ふぇらむ,12(2007),790 12) 宮本吾郎,富尾悠索、末次祥太郎,古原忠:熱処理,51(2011),128 13) 渡辺幹,上野英生,福住達夫:三菱製鋼技法,34(2000),1

(48)

44

第4章 薄鋼板材質特性に及ぼす製鋼-熱延工程短縮化の影響

4-1 緒言 昨今の原材料価格の著しい高騰や、BRIC’s を中心とした中進国における鉄鋼需要の拡大 基調が続く中、とくに自動車用の薄板製品については、顧客からの注文に対する工期短縮 化及び製造コスト低減に加えて、材質及び品質面での競争力強化が求められている。薄板 製造工程で見るとこれまでにも連続鋳造、高速連続熱延プロセス及び連続焼鈍設備の確立 により、高生産性と高機能性を具備した薄板商品が開発されてきた/1~5/。自動車用鋼板に ついては、厳しい表面品位が要求されていることに加え、優れたプレス成形性が求められ ているため、これまでの製造工程を簡省略することは、ミクロ組織制御の視点から難しい と考えられてきた。とくにプロセスの簡省略は析出や再結晶挙動が従来工程の製品とは大 きく異なる可能性が高く、プレス成形性/6/を劣化させる懸念がある。例えば、薄スラブ化/7 ~11/は図4-1及び4-2に示すように従来の熱延工程における加熱及び粗圧延工程の簡 省略が可能となる。さらに、鋳造厚を従来の熱延鋼板相当まで下げられれば、熱延工程を 完全に省略することも可能となる。しかし、これまでの自動車用鋼板における製造条件は、 すでに述べてきたように、表面品位やプレス成形性を考慮した製造条件として確立されて きたものである。そのため、熱延工程の簡省略はこうした鋼板特性に大きな影響を及ぼす ものと考えられ/12/、その影響度合いをよく検証し、従来のプロセスで製造できた品質と材 質を作り込むことができるか否かを見極めるとともに、最適な製造条件としての確立が求 められる/13/。当該プロセスは北米や欧州、さらに中国においてはすでに実生産プロセスと して稼働しており/14,15/、鋳造から熱延工程における熱履歴を考慮し、析出強化型熱延ハ イテンや熱延DP ハイテンへ適用されている。一方、鋳造から熱延終了までの時間の影響に ついては、CC-DR プロセス(いわゆる鋳造-熱延の直結化)が開発された際に、主としてマ イクロアロイ鋼で多くの研究が行われてきた/16~23/。しかし、軟質冷延鋼板については AlN の析出挙動に関する報告/24,25/があるものの、十分な検討がなされていない。 そこで、本章では、自動車用の軟質鋼板として広く使用され、薄鋳片-熱延簡・省略プ ロセスでも代表的な製造鋼種と位置付けられる低炭素アルミキルド鋼(低 C-Al-k)を対象と した。その際に表面品質及び材質に及ぼす影響因子として、鋳造厚及び鋳造後に実施する 保熱条件の影響に加え、凝固後の圧延条件の影響に着目して検討した。

(49)

参照

関連したドキュメント

本書は、⾃らの⽣産物に由来する温室効果ガスの排出量を簡易に算出するため、農

つの表が報告されているが︑その表題を示すと次のとおりである︒ 森秀雄 ︵北海道大学 ・当時︶によって発表されている ︒そこでは ︑五

エネルギー大消費地である東京の責務として、世界をリードする低炭素都市を実 現するため、都内のエネルギー消費量を 2030 年までに 2000 年比 38%削減、温室 効果ガス排出量を

ためのものであり、単に 2030 年に温室効果ガスの排出量が半分になっているという目標に留

排出量取引セミナー に出展したことのある クレジットの販売・仲介を 行っている事業者の情報

排出量取引セミナー に出展したことのある クレジットの販売・仲介を 行っている事業者の情報

地球温暖化とは,人類の活動によってGHGが大気

その対策として、図 4.5.3‑1 に示すように、整流器出力と減流回路との間に Zener Diode として、Zener Voltage 100V