3-1 緒言
図3-1に駆動系部品の一例/1/を示す。こうした駆動系部品に使用される鋼材に対する 要求特性として、①冷間鍛造性、②耐摩耗性及び③部品成形後の強度がある。①は、部品 形状的な特徴から一つの部品内で板厚が変化し、もとの鋼板板厚に比べ、薄い部分と厚い 部分が形成されることから、それぞれの部品に求められる強度及び剛性の確保に寄与する。
また、②は、加工後の部品性能として重要な特性であり、稼働時に生じる他部品との連続 的な接触に伴う摩耗性に対する抵抗である。従来、このような性能が要求される自動車部 品の製造方法として、部品に成形後、浸炭や窒化といった熱処理/2/により表層部の硬度を 高める方法が一般的である。とくに浸炭法については、焼入れ処理と併せて施すことによ り、板厚中心部の硬度も十分に高めることができる熱処理方法である。しかし、この熱処 理方法は焼入れ処理のため、マルテンサイト変態に伴うひずみの導入により、成形後の部 品形状の変化を余儀なくされる。そのため、形状矯正のためにプレス工程が追加されるの が一般的であり、製造コストを高める一因となっている。また、鋼板製造工程におけるい わゆるインラインでの窒化処理を活用する方法も考案されている/3/。さらに、こうした部
図3-1 駆動系部品例
29
品についても使用する鋼板の高強度化により、板厚の低減による部品重量の軽量化の可能 性もあるものと考える。しかし、通常施される鋼板の高強度化は、プレス加工時の成形不 具合/4/を生じやすいことから、成形前の鋼板強度はできるだけ低く抑えた方が好ましい。
一方、使用済み自動車や飲料缶、家電製品のリサイクル/5/が積極的に行われるようになっ たことから、とくにそれにより発生するCu含有屑については、その有効利用を目指した技 術開発が活発に実施されている/6/。とくに、自動車用鋼板を対象としたメタラジーに着目 すると、Cuを添加した極低炭素鋼の機械的性質として、固溶限を超えて添加されると、500
~600℃の温度域で Cu が析出し、その析出強化により590MPa程度の強度が得られること が知られている/7/。また、こうした特性がとくに冷延鋼板に活用されると、極低炭素鋼で はr値の高い高強度鋼板が得られることも知見されている/7/。ここで、このCuの析出温度 域に着目すると、熱処理として一般的に利用される軟窒化処理温度域にも一致しているこ とから、とくにCuを添加した鋼板における窒化処理特性に着目した。
そこで本章では、Cuを添加した極低炭素鋼をベースとし、これに種々の窒化物形成元素 を添加した鋼について、軟窒化処理後の特性を調査した。本研究において知見された軟窒 化処理による板厚方向に生じる硬度分布については、その要因解析として、窒化元素とし て添加される元素の影響に加え、軟窒化処理により形成された析出物の形態とその分布状 態について詳細調査を実施した。さらに、軟窒化処理材の疲労特性が大きく向上するメカ ニズムについても考察を行った。
3-2 実験方法
表3-1に示すように、Cuを添加したTi添加IF鋼(Ti-IF)をベースとして、窒化物を 形成する元素であるCr、Al及びVを選択した。これらの元素を単独あるいは複合添加した 鋼を実験室で溶製した。得られた鋼塊を熱間圧延により4mmの熱延板とした後、表層部を 機械研削して2mmの板とした。この時に実施した熱間圧延の条件は、加熱温度:1250℃、
仕上温度:930℃、巻取温度:室温とした。ここで、巻取温度を室温とした理由は、熱延板
表3-1 供試鋼の化学組成(mass%)
steel C Si Mn Ti Cu Cr Al V N
base 0.0026 0.08 0.10 0.068 1.36 - 0.036 - 0.0019 0.5Cr 0.0031 0.07 0.23 0.045 1.29 0.49 0.015 - 0.0015 1Cr 0.0016 0.08 0.24 0.046 1.39 0.86 0.024 - 0.0011 1Cr-0.3V 0.0021 0.08 0.24 0.047 1.39 0.86 0.039 0.28 0.0015 1Cr-1Al-0.3V 0.0024 0.08 0.24 0.047 1.38 0.86 0.974 0.28 0.0021
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段階でのCuの析出を極力抑制するためである。得られた熱延板の機械的性質を表3-2に 示すが、いずれの鋼もTS:440MPa程度の強度を有する。これらの熱延板について軟窒化 処理として 570~600℃×3~10hour の軟窒化処理(塩浴軟窒化処理(タフトライド)/8/)を 実施した。得られた熱処理材については、ビッカース(荷重:500gf)により板厚方向の硬度 分布を測定した。また、光学顕微鏡によるミクロ組織観察を実施するとともに、一部の試 料については、平面曲げ疲労特性の調査を行った。とくに窒化後の試料については、透過 電顕(TEM)及び3次元アトムプローブ(3D-AP)/9/による析出物調査を実施した。さらに、一 部の試料については、X線を用いて残留応力を測定した。
3-3 実験結果
窒化処理後(570℃×3hour)の各鋼について、板厚方向の硬度分布を測定した結果を図3
-1に示す。いずれの鋼についても、板厚中心部の硬度は熱処理により増加しており、熱 処理前(Hv:100程度)に比べ、Hv:200程度(TS:590MPaレベル)まで増加している。また、
base 鋼と比較すると、窒化元素として添加した元素の種類及びその添加量により、板厚方 向に生じる硬度分布が異なる。すなわち、最表層部の硬度で比較すると、Crを単独に添加 したもの(0.5Cr鋼、1Cr鋼)、あるいはVを複合添加したもの(1Cr-0.3V鋼)では、Hv:600
~700程度であるのに対し、さらにAlを添加した鋼(1Cr-1Al-0.3V鋼)では、Hv:1000 と極めて高い値を示す。なお、base鋼では、Hv:400程度と最も低い。しかし、板厚方向 の変化で比較すると、base鋼が最も深く窒化されているのと比較すると、1Cr-1Al-0.3V 鋼が最も浅い。すなわち、添加する窒化元素の種類とその添加量により、板厚方向の硬度 分布が変化することがわかった。
写真3-1に窒化処理後の光学顕微鏡組織を示す。いずれの鋼も最表層部には 10μm程 度の化合物層が形成されている。一方、表層部及び中心層部分における結晶粒については、
表3-2 熱延板の引張特性
steel YP(MPa) TS(MPa) El(%)
base 364 458 29.1
0.5Cr 376 460 26.1
1Cr 339 452 33.5
1Cr-0.3V 357 473 31.2
1Cr-1Al-0.3V 364 452 30.9
31
変態点(Ar3 点)の違いにより粒界の形状が異なるものの、その粒径についてはほぼ同程度の 大きさとなっている。したがって、図3-1に示した板厚方向に生じた硬度分布の差は、
熱延板組織の差に起因するものではないものと言える。
図3-2及び3-3に、1Cr 鋼について実施した熱処理温度及び熱処理時間が及ぼす窒 化深さへの影響を示す。熱処理温度が高くなるほど表層部の硬度は低下するが、硬度分布 はより深くなり、窒化が進んでいる。また、熱処理時間の延長に伴い窒化深さが深くなる。
したがって、窒化処理条件によって板厚方向の硬度分布を制御することも可能と考えられ る。
こうした板厚方向の硬度分布、とくに表層部での硬度が高いことに着目し、1Cr鋼の窒化 処理材について、平面曲げ疲労試験を実施した。その結果を図3-4に示す。比較として
TS:440MPa材(SAPH440)、base鋼及び窒化処理を施していない1Cr鋼を使用した。窒
化処理を実施していない1Cr鋼でも、SAPH440 に比べて疲労限で25%程度高い疲労強度 を示す。一方、窒化処理を施すことにより疲労限は大幅に増加し、とくに 1Cr 鋼では、図 3-2に示すような中心層における硬度上昇にも起因し、550MPa程度の疲労限を示す。
0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000 1100
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6
H v( 500 g)
Ditance from surface /mm
base 0.5Cr 1Cr 1Cr-0.3V 1Cr-1Al-0.3V
熱処理前硬度 熱処理による硬度up(中心部)
図3-1 窒化処理後の硬度分布に及ぼす添加元素の影響
32
33 0
100 200 300 400 500 600 700 800
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6
H v ( 300 g)
D i stance f rom surface /mm
570℃
600℃
620℃
熱処理前硬度
図3-2 窒化深さに及ぼす熱処理温度の影響(3h)
0 100 200 300 400 500 600 700 800
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6
H v ( 300 g)
D i stance from surface /mm
600℃×3h 600℃×7h 600℃×10h
熱処理前硬度
図3-3 窒化深さに及ぼす熱処理時間の影響(600℃)
34 3-4 考察
3-4-1 窒化処理による析出挙動
Cr添加量による軟窒化後の板厚方向の硬度分布を図3-5に示す。最表層面の硬度はCr添加
0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6
Distance from surface /mm
ΔHv(500g)
base 0.5Cr 1Cr
図3-5 Cr添加量に伴う軟窒化処理(570℃×1hour)後の硬度分布