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本論文では、地球環境保護の視点から、自動車分野で益々精力的に進められる車体軽量 化に向けた使用鋼板のハイテン化と、排出される温室効果ガスのより一層の削減を可能と する薄板製造プロセス再構築の可能性について述べた。まず第2章では、パネル用鋼板の ハイテン化に対して有効とされるBH特性に及ぼす影響因子として、Ti添加極低炭素冷延 鋼板について、熱延板段階での析出物制御に着目して検討した。次に第3章では、これま でにあまり注目されていなかったトランスミッション用鋼板に焦点を当て、浸炭処理に比 べて熱処理温度が低くかつ、形状性に優位な軟窒化処理の活用に注目した。すなわち、そ の熱処理温度に着目した鋼板全体の強度アップと表面硬化特性を両立させる添加元素及び 熱処理条件の影響について明らかとした。第4章及び第5章では、製造工程の大幅な短縮 化の可能性を検討した。そのため、現行の薄板製造プロセスに捉われず、とくに延性や深 絞り性といったプレス成形性が要求される自動車用鋼板を対象とし、現行プロセスと同等 以上の特性が得られる製造条件について検討した。とくに第4章では、製鋼-熱延工程に 着目し、軟質冷延鋼板の製造において重要となる、熱延板段階での析出挙動に焦点を当て、

薄スラブ製法を用いた製鋼-熱延一貫製造プロセスの可能性について検討した。さらに第 5章では、連続焼鈍工程における再結晶挙動に着目し、その集合組織制御における電気加 熱技術の適用による加熱速度の高速化の可能性について検討した。以上の視点から検討し、

得られた知見は以下の通りである。

(1)Tiを添加した極低炭素冷延鋼板についてS及びMn添加量を変化させ、さらに熱延 加熱温度を変化させることにより、熱延板段階での析出挙動を調査した。そしてそれが、

冷延・焼鈍後の材質として、とくにBH性に及ぼす影響について調査した。その結果、冷 延・焼鈍後のBH性はS添加量が0.0015mass%の鋼では、Mn添加量によらず25MPa以 上のBH量を示す一方、S添加量が0.0050mass%と高い場合は、Mn添加量を1mass%に 高めることにより、25MPa 以上の BH量が得られる。これは、熱延板段階での析出物の 種類に影響を受けることが示唆された。すなわち、S量が0.0015mass%と少ない鋼では、

ほとんど硫化物は析出せず、TiN及びTiCが析出しているが、S量が0.0050mass%と高 い場合、とくにMn無添加の鋼では、炭化物はSとともにTi4C2S2として析出するように なる。しかし、Mn の添加に伴いその析出量が減少し、かわりにSはMnS として、Cは TiCとして析出する。したがって、Ti添加極低炭素冷延鋼板に焼付硬化性を付与するため

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には、熱延板段階でTi4C2S2の析出を抑制し、炭化物をTiCとして析出させることが必要 であり、そのためには、S添加量を低減するか、あるいは、S量が高い場合にはMnを添 加して硫化物をMnSとして析出させることが有効であるものと結論付けられた。

(2)Cuを添加した極低炭素鋼に Cr、Al 及び V を単独あるいは複合添加した熱延板に ついて、軟窒化処理を施した。その結果、添加する元素によって窒化挙動が異なり,窒化 深さとしては,Cr単独添加が最も深くなる。とくに1Cr鋼について窒化処理後の析出物を TEM観察した結果、窒化処理によって生じる硬度分布は、中心部ではCuの粒子による析 出強化に起因し、表層~中心部では、窒化物による析出強化と窒素による固溶強化によっ て生じるものと推察された。さらに、3D-APによる表層部~中心部の析出物を詳細に調査 した結果、微細なCu粒子とCr窒化物が確認され、ある程度の深さ領域では、Cr窒化物 はCuと対で析出していることがわかった。すなわち、Cuの析出が窒化深さに影響を与え たものと考えられる。さらに、この1Cr鋼では、窒化処理後の平面曲げ疲労強度が高いこ とも知見され、窒化処理前の強度に比べて疲労限で2倍近い強度を示すこともわかった。

これは、Cr窒化物の析出に起因した圧縮残留応力の発生に起因するものと考えられる。

(3)冷延軟質鋼板として低 C-Al-k を対象とし、短縮化した製鋼-熱延工程における熱 間加工性及び冷延・焼鈍後の材質に及ぼす影響について、とくに添加S量及びMnSの析 出挙動に着目した検討を行った。その結果、薄鋳片-熱延簡・省略プロセス材は、通常プ ロセス材と比較すると全体的に硬質であり、加工性が劣る。とくに添加されるS量が多く なると、熱延段階でエッジ部に耳割れが生じるばかりでなく、熱延板におけるミクロ組織 が混粒組織となるとともに、冷延・焼鈍後の引張特性として、降伏強度及び引張強度が高 く、延性が大きく低下し、現行プロセス材との差が大きくなる。なお、この傾向は、Mn 添加量の増加や熱延前の MnS の析出処理により緩和される。また、熱延前の析出処理に よるMnSの析出は比較的短時間で進行する。この時、添加S量とMn量の積が等しい場 合、その添加量の比が異なると析出速度が異なることがわかった。これは熱力学的な視点

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から考察すると、MnSの析出が分配局所平衡条件で進行しているものと考えられる。さら に、S 添加による熱間加工性の劣化は、オーステナイトの再融反応による液相の出現によ るものと考えられる。その際には、こうした現象の理解に対しては状態図による平衡論だ けではなく、速度論的な考察の必要性が示唆された。以上の知見を考慮し、低 C-Al-k 鋼 の冷延・焼鈍後の材質特性として、現行工程材と同じ特性を得るには、鋳造後に保定を行 い、0.05μm以上のMnS の析出を促進させることが必要である。また、冷延・焼鈍材の 引張試験で生じるリジング状の肌荒れを防止するためには、熱延後のミクロ組織として、

整粒のフェライトを形成させるとともに、そのフェライト粒径を100μm以下とする必要 がある。それには、製鋼-熱延直結工程を想定した場合、鋳造後に実施される熱延での圧

下率を50%以上とすることに加えて、熱延前にMnSの析出処理を実施することが必要で

ある。また、熱延を全く実施しない工程を考えると、鋳片段階でのミクロ組織がとくに重 要であり、鋳造後の冷却速度を70℃/sec以上としてベイニティックフェライトの形成が有 効である。

(4)再結晶集合組織形成に及ぼす加熱速度の影響を調査することを目的として、極低炭 素鋼を対象として、引張特性(とくに r 値)に及ぼす冷延後の焼鈍時加熱速度の影響につい て検討した。さらに、その集合組織制御の視点から、異方性の変化に与える影響因子とし て、加熱時の再結晶挙動に及ぼすヒートパターンの影響にも着目して調査した。その結果、

加熱速度の増加は再結晶温度を上昇させ、その上昇代は加熱速度が速いほど大きい。また、

加熱速度の増加は、再結晶集合組織を変化させ、いわゆるγ-fiberへの集積度を低下させ る。その結果、r値が低下するものと推察される。また、再結晶温度に及ぼす巻取温度影 響については、従来の知見とは異なり、加熱速度が速くなるとその影響は小さくなる。

さらに、熱延板段階で固溶炭素あるいは固溶窒素がある場合と、両元素が固定されている 場合では、回復・再結晶過程に違いが認められた。すなわち、ステップ加熱を行うと、そ れを実施せずに一定の加熱速度で加熱した場合に比べ、再結晶温度が上昇する傾向が見ら れたが、これは、固溶炭素あるいは固溶窒素及びそのクラスターに起因するものと推察さ れた。こうした挙動は、再結晶過程に対して作成した簡易モデルによる考察から、加熱速 度によって再結晶の見かけの活性化エネルギーが変化することによるものと考えられた。

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とくにTiを添加した極低炭素鋼について、集合組織制御の視点から加熱条件を検討した結 果、従来の焼鈍条件で得られる材質特性は、焼鈍温度を高めかつ、数秒程度の保熱を与え ることにより、100℃/sec以上の加熱速度で達成できることが示唆された。さらに、r値の 異方性を制御するためには、ステップ加熱の適用が有効であり、とくに r-xを低下させる マイナーな方位の集積を抑制するためには、再結晶がほぼ完了する温度域から急速加熱を 実施することが有効であることがわかった。

以上の知見から、本論文で目的とした地球環境保護に寄与する薄鋼板製造におけるメタ ラジーの構築に向けた一つの指針を示すことができたものと考える。すなわち、鋼成分と 熱履歴(製造条件及び使用条件)を考慮した、①析出物の種類とサイズの制御と、②回復・

再結晶挙動を考慮した集合組織の制御である。とくに①においては、それを使用するユー ザー側での熱履歴まで考慮し、要求特性が最大限に発揮されるように鋼成分を決定するこ とが重要である。したがって、ユーザーとの対話については、今後はさらに重要なものと 位置づけられるものと考えられる。それは、ユーザーが求める鋼板特性を他社に先駆けて 把握することであり、それを解決するシーズを確立するためである。そして、研究開発さ れた技術に対する特許網構築による権利化と、他社よりもいち早くユーザーへ提案を実施 することが必要と考える。また、これまでのCC-DR法に代わる薄スラブ連鋳法について も、ハイテンという視点から考えると易製造化における一つの製造法手段になりうるもの と考える。

一方、②においては、より短時間で連続焼鈍を実施する場合に考慮すべき重要な視点と 考える。それは、過去の薄鋼板製造プロセスにおいては、とくに冷延鋼板の分野では、箱 焼鈍法から連続焼鈍法への画期的な製造工程の変革があり、それに伴うメタラジーの開発 により現在の豊富な薄板商品が開発、実用化されてきた。しかしながら、本論文で述べて きたように地球環境保護という新たな課題が加わり、例えば、自動車分野では、ハイテン 適用部材の拡大とその鋼板強度アップがあり、別途、自動車会社との対話を十分に図りな がら、研究開発が活発に行われている。一方、鋼板を製造する立場からは、電気加熱技術 の発達により、CO2排出の大幅な削減を可能とする、コンパクトな焼鈍工程の構築もその 実現性が高まっている。そのため、これまでの冷延鋼板の製造条件を今一度見直し、電気 加熱技術を活用した熱履歴の再構築を行うとともに、新商品開発に向けた新たな視点と考 える。

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