構造座屈と不安定性の動力学的評価法
平成28年1月
日本大学大学院理工学研究科博士後期課程 航空宇宙工学専攻
有 田 祥 子
目次
1. 序論 ... - 1 -
1.1. 宇宙構造物の概念と展開宇宙構造物の有用性 ... - 1 -
1.2. 展開構造物の課題と従来の研究 ... - 6 -
1.3. 本研究の目的と方法 ... - 8 -
2. 物体の運動と変形の解析力学[36][38] ... - 10 -
2.1. 解析力学理論 ... - 10 -
2.1.1. 物体の運動学とアイソパラメトリック有限要素法 ... - 10 -
2.1.2. 物体の変形学 ... - 11 -
2.1.3. 力学的エネルギ ... - 12 -
2.1.4. 回転増分と擬座標 ... - 12 -
2.1.5. Hamiltonの原理 ... - 12 -
2.1.6. 等価節点力 ... - 13 -
2.1.7. Lagrange方程式 ... - 15 -
2.2. 本研究で用いる数学モデルの定式化 ... - 16 -
2.2.1. 二節点トラス・ケーブル要素の定式化 ... - 17 -
2.2.2. Newmark-β法における定式化 ... - 18 -
2.3. 本章のまとめ ... - 18 -
3. Mod-SRMによるケーブル要素の座屈荷重の導出 ... - 20 -
3.1. Mod-SRMによるケーブル要素の座屈荷重の導出 ... - 20 -
3.2. 本章のまとめ ... - 25 -
4. 構造座屈現象の基礎 ... - 26 -
4.1. 構造座屈の分岐力学理論 ... - 26 -
4.1.1. 離散的な弾性構造系の静的平衡状態の安定性 ... - 26 -
4.3. 本章のまとめ ... - 45 -
5. 剛体モードの排除と座屈による不安定形状の判定理論... - 46 -
5.1. 剛体運動のモードと剛性マトリクスの固有値 ... - 46 -
5.2. 運動する構造物において剛体モードを定義する手法 ... - 48 -
5.3. 運動中の構造物の各モードから座屈モードを得る手法 ... - 48 -
5.4. 本章のまとめ ... - 50 -
6. 運動中の構造物の不安定性を示す評価値の導出理論 ... - 51 -
6.1. 運動中の構造物の不安定性を示す評価値の導出理論 ... - 51 -
6.2. 本章のまとめ ... - 70 -
7. 提案した手法の検証 ... - 71 -
7.1. 座屈モードの判定理論の検証 ... - 71 -
7.2. 座屈モードから剛体運動の影響を除去する理論の検証 ... - 82 -
7.3. 各種解析条件における検証及びゴッサマー部材座屈検出の検証 ... - 98 -
7.3.1. 運動状態の違いによる比較 ... - 98 -
7.3.2. ゴッサマー部材における圧縮剛性の違いによる比較 ... - 105 -
7.4. 本章のまとめ ... - 114 -
8. 実際の展開宇宙構造物を模したシミュレーション例 ... - 116 -
8.1. パドル展開を模したモデル ... - 116 -
8.2. ブームによる膜面展開を模したモデル ... - 122 -
8.3. 遠心展開正方形膜面を模したモデル ... - 131 -
8.4. 本章のまとめ ... - 137 -
9. 結論 ... - 139 -
10. 参考文献 ... - 141 -
11. Appendix ... - 144 -
Appendix-A Mod-SRMに関する研究 ... - 144 -
12. 謝辞 ... - 151 -
図目次
Fig. 1-1 国際宇宙ステーション ... - 2 -
Fig. 1-2 ETS-VIII(きく8号) ... - 2 -
Fig. 1-3 小型ソーラーセイル実証機IKAROS ... - 3 -
Fig. 1-4 宇宙構造物の歴史 ... - 3 -
Fig. 1-5 はやぶさの伸展マスト ... - 4 -
Fig. 1-6 STEM ... - 4 -
Fig. 1-7 SPINAR (ISAS/ウェルリサーチ/サカセアドテック) ... - 5 -
Fig. 1-8 HALCAのアンテナ ... - 5 -
Fig. 1-9 超小型人工衛星SPROUT ... - 6 -
Fig. 1-10 インフレータブルチューブ ... - 6 -
Fig. 1-11 Bi-Convexビームを用いた展開構造物 ... - 6 -
Fig. 3-1 要素のモデル化とパラメータ ... - 20 -
Fig. 3-2 微小要素 ... - 21 -
Fig. 3-3 等価面内圧縮歪の定義と座屈後のヤング率および圧縮剛性係数の定義 ... - 24 -
Fig. 4-1 トラスアーチのモデル ... - 30 -
Fig. 4-2 分岐座屈を生じるトラスアーチのモデル ... - 30 -
Fig. 4-3 分岐理論により得られる飛び移り座屈の荷重-変位曲線 ... - 31 -
Fig. 4-4 分岐理論により得られる飛び移り座屈の固有値-変位曲線 ... - 31 -
Fig. 4-5構造静解析により得られる飛び移り座屈の応答形状 ... - 34 -
Fig. 4-6 構造静解析により得られる飛び移り座屈の荷重-変位曲線 ... - 35 -
Fig. 4-7構造静解析により得られる飛び移り座屈の固有値-変位曲線 ... - 35 -
Fig. 4-8構造動解析により得られる飛び移り座屈の応答形状 ... - 36 -
Fig. 4-9構造動解析により得られる飛び移り座屈の荷重-変位曲線 ... - 37 -
Fig. 4-10構造動解析により得られる飛び移り座屈の固有値-変位曲線 ... - 37 -
Fig. 4-11 構造静解析により得られる対称載荷分岐座屈の応答形状 ... - 38 -
Fig. 4-12 構造静解析により得られる対称載荷分岐座屈の節点③変位 ... - 39 -
Fig. 4-13 構造静解析により得られる対称載荷分岐座屈の荷重-変位曲線 ... - 39 -
Fig. 4-14 構造静解析により得られる対称載荷分岐座屈の1つ目の固有値-変位曲線 ... - 40 -
Fig. 4-15 構造静解析により得られる対称載荷分岐座屈の2つ目の固有値-変位曲線 ... - 40 -
Fig. 4-16 構造動解析により得られる非対称載荷分岐座屈の応答形状 ... - 41 -
Fig. 4-17 構造動解析により得られる非対称載荷分岐座屈の節点③座標の推移 ... - 42 -
Fig. 4-18 構造動解析により得られる非対称載荷分岐座屈の荷重-変位曲線 ... - 42 -
Fig. 4-19 構造動解析により得られる非対称載荷分岐座屈の荷重-変位曲線の拡大図 ... - 43 -
Fig. 4-22 構造動解析により得られる非対称載荷分岐座屈の2つ目の固有値-変位曲線 ... - 44 -
Fig. 4-23 構造静解析により得られる非対称載荷分岐座屈の応答形状 ... - 45 -
Fig. 5-1 各種剛体運動 ... - 47 -
Fig. 5-2 固有ベクトルが剛体モード空間に含まれているかどうかの検証 ... - 49 -
Fig. 5-3 安定性とモードの評価方法 ... - 50 -
Fig. 6-1 剛体運動をしながら座屈するトラスアーチ... - 52 -
Fig. 6-2 座屈モードに含まれる剛体運動 ... - 52 -
Fig. 6-3 吟味条件1.1 ... - 57 -
Fig. 6-4 吟味条件1.2 ... - 58 -
Fig. 6-5 吟味条件1.3の場合分け[1] ... - 58 -
Fig. 6-6 場合分け[1]のT1 に関する条件 ... - 59 -
Fig. 6-7 場合分け[1]のT2 に関する条件 ... - 60 -
Fig. 6-8 場合分け[1]の① ... - 60 -
Fig. 6-9 場合分け[1]の② ... - 61 -
Fig. 6-10 場合分け[1]の③ ... - 61 -
Fig. 6-11 場合分け[2] ... - 61 -
Fig. 6-12 場合分け[3] ... - 61 -
Fig. 6-13 場合分け[1]の①で取りうる値の範囲 ... - 62 -
Fig. 6-14 場合分け[1]の①のT1 に関する条件 ... - 63 -
Fig. 6-15 場合分け[1]の①のT2 に関する条件 ... - 63 -
Fig. 6-16 場合分け[1]の①の最終的なΔtの区間 ... - 64 -
Fig. 6-17 場合分け[1]の②で取りうる値の範囲 ... - 65 -
Fig. 6-18 場合分け[1]の③で取りうる値の範囲 ... - 65 -
Fig. 6-19 場合分け[2]の最終的なΔtの区間 ... - 65 -
Fig. 6-20 場合分け[3]の最終的なΔtの区間 ... - 66 -
Fig. 6-21 最終的なDF値の場合分け ... - 67 -
Fig. 6-22 解の吟味におけるΔtの区間設定手順 ... - 68 -
Fig. 6-23 吟味したΔtの区間におけるDF値の計算手順 ... - 69 -
Fig. 7-1 検証モデル1 ... - 72 -
Fig. 7-2 検証モデル2 ... - 73 -
Fig. 7-3 検証モデル1における動解析の応答 ... - 74 -
Fig. 7-4 検証モデル2における動解析の応答 ... - 75 -
Fig. 7-5 検証モデル1における固有値-Step曲線 ... - 76 -
Fig. 7-6 検証モデル1における固有値-Step曲線の拡大図 ... - 76 -
Fig. 7-7検証モデル1における固有値-変位曲線 ... - 77 -
Fig. 7-8 検証モデル2における固有値-Step曲線 ... - 79 -
Fig. 7-9検証モデル2における固有値-Step曲線の拡大図... - 79 -
Fig. 7-10 検証モデル2における固有値-変位曲線 ... - 80 -
Fig. 7-11 検証モデル1,剛体運動を考慮しなかった時のDF値 ... - 84 -
Fig. 7-12検証モデル1,剛体運動を考慮しなかった時のDF値の拡大図... - 84 -
Fig. 7-13 検証モデル1,剛体運動を考慮しなかった時のθ ... - 85 -
Fig. 7-14検証モデル1,剛体運動を考慮しなかった時のθの拡大図 ... - 85 -
Fig. 7-15 検証モデル1,剛体運動を考慮しなかった時のBD値 ... - 86 -
Fig. 7-16 検証モデル1,剛体運動を考慮しなかった時のBD値の拡大図 ... - 86 -
Fig. 7-17 検証モデル2,剛体運動を考慮しなかった時のDF値 ... - 87 -
Fig. 7-18 検証モデル2,剛体運動を考慮しなかった時のDF値の拡大図 ... - 87 -
Fig. 7-19 検証モデル2,剛体運動を考慮しなかった時のθ ... - 88 -
Fig. 7-20 検証モデル2,剛体運動を考慮しなかった時のθの拡大図 ... - 88 -
Fig. 7-21 検証モデル2,剛体運動を考慮しなかった時のBD値 ... - 89 -
Fig. 7-22 検証モデル2,剛体運動を考慮しなかった時のBD値の拡大図 ... - 89 -
Fig. 7-23 検証モデル1,剛体運動を考慮した時の各節点のDF値... - 90 -
Fig. 7-24検証モデル1,剛体運動を考慮した時の各節点のDF値の拡大図 ... - 90 -
Fig. 7-25 検証モデル1,剛体運動を考慮した時のθ ... - 91 -
Fig. 7-26 検証モデル1,剛体運動を考慮した時のθの拡大図 ... - 91 -
Fig. 7-27 検証モデル1,剛体運動を考慮した時のBD値 ... - 92 -
Fig. 7-28検証モデル1,剛体運動を考慮した時のBD値の拡大図 ... - 92 -
Fig. 7-29 検証モデル2,剛体運動を考慮した時のDF値 ... - 93 -
Fig. 7-30検証モデル2,剛体運動を考慮した時のDF値の拡大図 ... - 93 -
Fig. 7-31 検証モデル2,剛体運動を考慮した時のθ ... - 94 -
Fig. 7-32検証モデル2,剛体運動を考慮した時のθの拡大図 ... - 94 -
Fig. 7-33 検証モデル2,剛体運動を考慮した時のBD値 ... - 95 -
Fig. 7-34検証モデル2,剛体運動を考慮した時のBD値の拡大図 ... - 95 -
Fig. 7-35 検証モデル1,剛体運動を考慮した時の座屈モード可視化 ... - 96 -
Fig. 7-36 検証モデル2,剛体運動を考慮した時の座屈モード可視化 ... - 97 -
Fig. 7-37 検証モデル3 ... - 99 -
Fig. 7-38 検証モデル3の応答コンター図... - 100 -
Fig. 7-39 検証モデル1の固有値推移(Fig. 7-5の再掲) ... - 101 -
Fig. 7-40 検証モデル1の固有値推移の拡大図(Fig. 7-6の再掲) ... - 101 -
Fig. 7-41 検証モデル1のDF値推移(Fig. 7-24の再掲) ... - 102 -
Fig. 7-42 検証モデル1のBD値推移(Fig. 7-28の再掲) ... - 102 -
Fig. 7-43 検証モデル3の固有値推移 ... - 103 -
Fig. 7-44 検証モデル3の固有値推移の拡大図 ... - 103 -
Fig. 7-45 検証モデル3のDF値推移 ... - 104 -
Fig. 7-46 検証モデル3のBD値推移 ... - 104 -
Fig. 7-49 検証モデル4,圧縮剛性係数0.1の時の応答コンター図 ... - 108 -
Fig. 7-50 検証モデル4,圧縮剛性係数0.01の時の固有値-変位曲線 ... - 109 -
Fig. 7-51 検証モデル4,圧縮剛性係数0.01の時の固有値-変位曲線の拡大図 ... - 109 -
Fig. 7-52 検証モデル4,圧縮剛性係数0.01の時の固有値-Step曲線 ... - 110 -
Fig. 7-53 検証モデル4,圧縮剛性係数0.01の時のDF値 ... - 110 -
Fig. 7-54 検証モデル4,圧縮剛性係数0.01の時の歪... - 111 -
Fig. 7-55 検証モデル4,圧縮剛性係数0.01の時のBD値 ... - 111 -
Fig. 7-56 検証モデル4,圧縮剛性係数0.1の時の固有値-変位曲線... - 112 -
Fig. 7-57 検証モデル4,圧縮剛性係数0.1の時の固有値-変位曲線の拡大図 ... - 112 -
Fig. 7-58 検証モデル4,圧縮剛性係数0.1の時の固有値-Step曲線 ... - 113 -
Fig. 7-59 検証モデル4,圧縮剛性係数0.1の時のDF値... - 113 -
Fig. 7-60 検証モデル4,圧縮剛性係数0.1の時の歪 ... - 114 -
Fig. 7-61 検証モデル4,圧縮剛性係数0.1の時のBD値 ... - 114 -
Fig. 8-1 パドルの形状モデル ... - 117 -
Fig. 8-2 収納時と展開後 ... - 117 -
Fig. 8-3 パドルの展開応答コンター図 ... - 119 -
Fig. 8-4 パドル展開後の形状 ... - 120 -
Fig. 8-5 出現した座屈モードの数 ... - 120 -
Fig. 8-6 最小DF値の推移 ... - 121 -
Fig. 8-7 最小DF値の推移の拡大図 ... - 121 -
Fig. 8-8 最大BD値の推移 ... - 122 -
Fig. 8-9 膜面の展開応答コンター図 ... - 124 -
Fig. 8-10 膜面の展開応答コンター図(続き) ... - 125 -
Fig. 8-11 膜面の展開後形状 ... - 126 -
Fig. 8-12 出現した座屈モードの数 ... - 126 -
Fig. 8-13 最小DF値の推移 ... - 127 -
Fig. 8-14 最小DF値の推移の拡大図 ... - 127 -
Fig. 8-15 最大BD値の推移 ... - 128 -
Fig. 8-16 最大BD値の推移の拡大図 ... - 128 -
Fig. 8-17 外乱のない通常の展開 ... - 129 -
Fig. 8-18 Step908で外乱載荷した展開 ... - 130 -
Fig. 8-19膜面の収納形状 ... - 132 -
Fig. 8-20膜面の展開形状 ... - 132 -
Fig. 8-21 1ペタルの収納形状 ... - 133 -
Fig. 8-22 1ペタルの展開形状 ... - 133 -
Fig. 8-23 遠心展開膜の応答コンター図 ... - 134 -
Fig. 8-24 遠心展開膜の応答コンター図(続き) ... - 135 -
Fig. 8-25 出現した座屈モードの個数 ... - 136 -
Fig. 8-26 最小DF値の推移 ... - 136 -
Fig. 8-27 最大BD値の推移 ... - 137 -
Fig. 11-1 各モデルの違い (左)SRM, MCSM (右)Mod-SRM ... - 145 -
Fig. 11-2 実験装置外観 ... - 146 -
Fig. 11-3 計測の様子 ... - 146 -
Fig. 11-4 膜面のモデル ... - 146 -
Fig. 11-5 計測手順 ... - 147 -
Fig. 11-6 計測実験結果 ... - 148 -
Fig. 11-7 NEDAによるMITCシェル要素の解析結果 ... - 148 -
Fig. 11-8 ABAQUSによるDKシェル要素の解析結果 ... - 149 -
Fig. 11-9 実験と解析の中央断面波形の比較 ... - 149 -
Fig. 11-10 主応力分布図(青:圧縮応力 赤:引張応力) ... - 150 -
表目次
Table 7-1 検証モデル1の解析条件 ... - 72 -
Table 7-2 検証モデル2の解析条件 ... - 73 -
Table 7-3検証モデル1における座屈前後の固有ペア,直交度,仕事,Type ... - 78 -
Table 7-4 検証モデル2における座屈前後の固有ペア,直交度,仕事,Type ... - 81 -
Table 7-5 検証モデル3の解析条件 ... - 99 -
Table 7-6 検証モデル4における解析条件 ... - 106 -
Table 8-1 パドルの解析条件 ... - 118 -
Table 8-2 膜面の解析条件 ... - 123 -
Table 8-3 遠心展開膜の解析条件 ... - 131 -
Table 11-1 しわの特性値の比較 ... - 149 -
1.
序論1.1.
宇宙構造物の概念と展開宇宙構造物の有用性宇宙機の設計・開発では,通信,宇宙探査などのミッション分野において,より利便性の高い通信,
より遠くへの航行,とミッションへの要求が高まるに従って,大型の構造物を宇宙で構築する技術の必 要性が高まってきている.例えば通信ミッションでは大型アンテナ,宇宙探査では小規模な燃料で深宇 宙まで航行できるソーラーセイルなどが挙げられる.更に,通信,宇宙探査以外のミッション分野でも,
太陽発電衛星,スペースコロニー,月面基地など将来的な実現を目指して研究が進められており,実現 には大型構造物の構築が必要不可欠となる.
宇宙機の設計において,宇宙機は輸送機のフェアリングに収まる大きさでなければならないという 設計要求がある.そのため宇宙で大型の構造物を構築する方法は組立型と展開型の 2 つに大別される.
前者は地上から構造モジュールを打ち上げ,宇宙で組み立てて大型構造物を構築する方法である.後者 は大型構造物を小さく畳んで収納し,宇宙で展開する方法である.更に展開型の構造物は,剛なパドル やトラスを展開させる構造形式の他に,膜面やケーブルなどといった柔軟・軽量な材料を用いて,材料 の柔軟性を利用して収納,展開するゴッサマー構造物と呼ばれる構造形式がある.既に実現し,成功し ている例としては,組立型では国際宇宙ステーション(Fig. 1-1),展開型ではETS-VIII(Fig. 1-2),ゴッ サマー構造物ではIKAROS(Fig. 1-3)が挙げられる.
組立型と展開型を比較すると,組立型はフェアリングの体積を超える非常に大きな構造物を構築す ることができる一方,複数回にわたってモジュールを打ち上げ,組立のために宇宙飛行士の操作による ロボットアームなどを用いる必要があるため,莫大なコスト,期間が必要となり,大がかりな構築シス テムとなる.例えば国際宇宙ステーションは 108[m]×73[m]×20[m]もの大きさを有し,既存の宇宙構造物 としては最大のものであるが,1998 年の最初のモジュール打ち上げから 12 年以上の期間を経て,2011 年に完成した.開発コストは2010年までで7兆円を超える[1].一方の展開型は収納状態でフェアリング に収まる大きさである必要があるが,展開は地上からのコマンドによって宇宙機自身が行うものであり,
大がかりな構築システムを必要としない.また,開発コストは 1 機の宇宙機の設計・開発・打ち上げに 要するものと同等である.例えば2006年に打ち上げられたETS-VIIIの大きさは19[m]×17[m]の大型アン テナを2枚有し,全長は40[m]となる.展開に要した時間はおよそ1日で,設計・開発にかかった費用は およそ 600 億円である[2].また,ゴッサマー構造物の例では,2010 年に打ち上げられた IKAROS は,
14[m]×14[m]の正方形膜面を有する.展開に要した時間はおよそ1時間で,設計・開発にかかった費用は
およそ15億円である[3].
このように比較すると展開型はコストパフォーマンスの面で優れた構造様式であると考えられ,
様々な展開宇宙構造物の研究・開発が行われてきた.Fig. 1-4に示す宇宙構造物の歴史[52]を見ると,最も 初期の展開構造として,1960年代にCoilable Longeron MastとDehaviland Boom (STEM)が登場している
(Fig. 1-6).これらは伸展ブームであり,国内でも磁気圏観測衛星あけぼののアンテナや,磁気圏尾部観
に,1997 年に打ち上げられた科学衛星はるかに用いられている(Fig. 1-8).薄膜を用いた宇宙機として は,上述のIKAROSのソーラーセイルの他に,2014年に打ち上げられた超小型人工衛星SPROUTの実験 部に用いられている(Fig. 1-9).伸展ブーム,膜面の他にゴッサマー構造物として実証されたものとして,
SPROUTに搭載されたインフレータブルチューブが挙げられる(Fig. 1-10).更に現在実用に向けて研究
が行われている展開構造部材として,Bi-Convexビーム(Fig. 1-11)などがあり,膜面と合わせた複合展 開構造物の実証を目指すORIGAMIプロジェクト[4]が大学等研究機関において進められている.
Fig. 1-1 国際宇宙ステーション
Fig. 1-2 ETS-VIII(きく8号)
©JAXA
©JAXA
Fig. 1-3 小型ソーラーセイル実証機IKAROS
Fig. 1-4 宇宙構造物の歴史
©JAXA
Fig. 1-5 はやぶさの伸展マスト
Fig. 1-6 STEM
©JAXA
Fig. 1-7 SPINAR (ISAS/ウェルリサーチ/サカセアドテック)
Fig. 1-8 HALCAのアンテナ
Fig. 1-9 超小型人工衛星SPROUT
Fig. 1-10 インフレータブルチューブ
Fig. 1-11 Bi-Convexビームを用いた展開構造物
1.2. 展開構造物の課題と従来の研究
展開宇宙構造物を実現する上で大きな課題となるのが軽量化と,展開性の高さと,再現性の高さで ある.より大型の構造物を展開方式で構築しようとすると,密に収納する必要が出てくる.重量が大き いとロケット燃料がその分必要になるため,打ち上げコストが多くかかってしまう.そのため構造・材
料の面で軽量化を実現する技術の構築が必要となる.展開性の高さが重要な理由は,展開に要した力は その後構造物の運動エネルギや歪エネルギとなるので,これが小さいほどドラスティックな運動の変化 や構造形状の変化が起きにくいと考えられるためである.また,展開後の姿勢・軌道制御に要する力は 展開によって変化した運動が小さいほど少なくて済む.再現性の高さが重要な理由は確実なミッション 成功を保証するためである.2010 年に打ち上げられた IKAROS では,想定外の非対称展開が確認され,
今後の展開宇宙構造物の開発に向けて再現性の評価法の確立および再現性の向上が課題として挙げられ た.
ゴッサマー構造物の折り畳み方や展開性に関する研究は盛んに行われており,吉村パターン[25]やミ ウラ折り[26]に始まり,これを発展させた様々な膜面の折り方が提案されている[27][28].また,有限要素法 を用いた大規模な展開宇宙構造物の解析に関する研究は数多く行われている[5]~[9],[24].これらの研究成果 は上述した様々な展開構造物を有する宇宙機の実際の設計に用いられ成功に寄与した.
一方で,展開宇宙構造物の再現性に関する研究はこれまで,再現性を低下させる要因となる誤差や 外乱を特定し,定量化し,モデル化して展開に与える影響を調べるという方法で行われてきた[55],[57],[59]. しかしこの方法では実機設計の際,誤差や外乱のモデル化を誤ると結果が変わってしまうという問題が ある.そこで本研究は誤差や外乱をモデル化するアプローチではなく,もともと誤差や外乱に対するロ バスト性の高い構造物を設計・選定するというアプローチで,展開再現性の高い構造物を設計する手法 を提案することを目指す.再現性を妨げる大きな原因の一つに,微小な誤差や外乱が大変位を生じさせ る座屈現象が挙げられる.従って,誤差や外乱に対するロバスト性の高い構造物を設計・選定するには,
座屈の起こらない構造を選定できればよいと考えられる.また,どうしても座屈の起こる構造の選択肢 しかない場合,座屈による大変位の危険性,即ち不安定性を定量化し,その値を選定の判断基準とすれ ば設計に役立つと考えられる.更に,座屈を可視化して構造物のどの領域に大きな座屈変位が発生する かを視認できれば,対策を取るべき個所を知ることができ,設計に役立つと考えられる.
座屈が起こり構造が不安定になるという現象は,外力ゼロ,または負の外力によって物体が変形し,
変位が生じるという現象であり,構造解析においては剛性マトリクスにおける,座屈モードに対する固 有値がゼロ以下になることが外力ゼロで変位を生じることに相当する.即ち構造解析において,座屈は 構造物の剛性マトリクスの固有値に 0 や負値が現れることで検出でき,静解析ではこれを用いて様々な 研究が行われている.例えば,膜面にしわが生じる現象は座屈現象であり,これに関する数多く行われ
ている[29]~[35].膜面にしわやたるみが生じると,アンテナの鏡面精度,ソーラーセイルの推進性能などと
いった展開構造物の性能に影響を与えるため,このような研究が重要となる.また,久田・野口らが
Coilable Mastの折り畳みシミュレーションを行っており[17][18],磁気圏観測衛星あけぼのやGEOTAILにそ
の技術が用いられている.更に建築分野では,川口らが一般逆行列を用いた展開解析法を提案している[19]. 一方,動解析では,座屈モードの他に物体の並進・回転といった剛体運動のモード(これを以下,剛体 モードと呼ぶ)に対する固有値も 0 や負になることが知られており,座屈と剛体運動を区別できなけれ ば座屈の検出が正しくできない.しかしこれを解決する方法は提案されていない.展開宇宙構造物は,
大きく運動しながら展開する物も多く,動解析で応答を調べ,座屈を観測する技術が望まれる.座屈の
化している中で座屈しやすさを適切かつ効率的に評価したい場合,従来の方法は不向きであるため,新 しい方法の提案が望まれる.また,動解析において座屈による不安定性を定量的に評価する研究はまだ 行われていない.座屈が起こった時,動解析では構造形状が不安定なまま運動を続ける.運動している 構造物は慣性項の影響を受けるため,運動方向が座屈モード方向と異なっており慣性項の影響が大きけ れば,座屈モード方向への変位は小さい可能性がある.実機設計においては形状不安定な状況での慣性 項の影響も考慮した不安定性を知ることが重要であると考えられるため,この不安定性を表す評価値を 物理的な理論に基づいて得ることが望まれる.
また,大規模な実機サイズの動解析を行う場合には曲げを考慮しないトラス要素や膜要素が用いら れる.これらの要素では,剛性マトリクスの固有値によって検出される座屈(構造座屈)の他に,1つの 要素が座屈圧縮荷重を超える荷重を載荷されることによって起こる座屈(部材座屈)が存在し,部材座 屈は構造座屈とは無関係に発生する.そしてこれらの要素では,構造解析において座屈形状は可視化さ れない.例えばトラス要素の部材座屈では,トラスの各部材の軸に垂直な方向への変位を生じる座屈で あるため,トラス要素を用いたシミュレーション上では曲げ変形の形状の様子は可視化されず,座屈荷 重以上の荷重が載荷されているかどうかという判定によって認知される.これは膜要素も同様である.
座屈荷重を超えた荷重が載荷されている間,部材は剛性を殆ど持たない.梁やパドルなどの剛な構造物 では座屈荷重を超えると構造が崩壊し,塑性変形を起こすなど本来の機能が失われるが,ゴッサマー構 造物ではケーブルのたるみや膜面のしわといった面外変形を起こす形になり,再度展張状態に戻ると本 来の剛性を取り戻すという特徴があるため,展開の終始にわたって部材座屈を観察する必要がある.宮 崎らはゴッサマー部材の部材座屈について,座屈荷重を超えた場合に圧縮剛性を小さくするという方法 で構造静解析をし,膜面に生じるしわを表現する研究を行った[10][11].著者らもこれらの研究を発展させ た研究を行い,エラスティカ理論を用いた数学モデルによって圧縮剛性を決定する Modified Stiffness
Reduction Model (Mod-SRM)を提案した[35].また,圧縮剛性が引張と同じである剛なトラスで大型構造物
の座屈荷重解析をする研究もなされている[12].しかしゴッサマー構造物の展開動解析で部材座屈を調べ ているものは見られない.
1.3.
本研究の目的と方法以上を踏まえて本研究は,誤差や外乱に対するロバスト性の高い構造物を設計・選定するというア プローチで,展開再現性の高い構造物を設計する数値計算手法を提案することを目的とし,以下の方法 で研究を行う.
1. ゴッサマー部材の座屈荷重と圧縮座屈歪をMod-SRMから導出し,動解析の中で要素の部材座屈を検 知して可視化する.
2. 座屈モードと剛体モードを区別することで,動解析の中で構造座屈を検出する手法を構築する.
3. 構造座屈が検出され構造物が不安定形状にある場合に,慣性項の影響も考慮した形状不安定性を評 価するために,わずかな外力で大きく変位してしまう危険性がどれほどのものであるか,という不 安定性を定量的に示す評価値を動力学的理論に基づいて導出する.
4. 構造座屈を可視化する手法を構築する.
5. 1~4で提案した手法が妥当なものであることを,単純なトラスアーチの動解析で検証する.
6. 提案した手法を実装した動解析で,実際の宇宙構造物を模したシミュレーションを行う.
以上の内容を次章より,次のような章立てで記す.
第2章にて,構造動解析の基礎理論である物体の運動と変形の解析力学について説明する.
第3章にて,Mod-SRMの理論を説明し,座屈荷重と圧縮座屈歪を導出する.
第 4 章にて,構造座屈現象を分岐理論に基づいて説明し,静解析と動解析で座屈時における剛性マ トリクスの固有値の比較と説明を行う.
第 5 章にて,座屈モードと剛体モードを区別することで,動解析の中で構造座屈を検出する手法を 提案する.
第6章にて,第 5章の理論で不安定形状にあると判定された場合に,その不安定性を定量的に示す 評価値を導出する理論を提案する.更に,評価値を利用して構造座屈を可視化する手法を提案する.
第7章にて,第3章と第5章と第6章で提案した手法を単純なトラスアーチの解析で検証し,考察 する.
第8章にて,実際の展開宇宙構造物を模したシミュレーション例を示す.
2.
物体の運動と変形の解析力学[36][38]本章では,2.1節で構造動解析を行う上で基本となる解析力学の理論を述べる.そして,本論文では 第 3 章以降の解析にて,二節点トラス要素・ケーブル要素を用い,積分法には陰解法で数値安定性が比 較的高く,コーディングがシンプルなNewmark-β法を採用したため,2.2節でトラス要素による構造物の
動解析をNewmark-β法で解く場合の定式化について記す.
2.1.
解析力学理論2.1.1.
物体の運動学とアイソパラメトリック有限要素法物体 の位置や変位を埋め込み直交座標系( , ,Y Y Y0 1 2)で表される空間 で記述する. は更に,
物体 のうち変形する領域 と変形しない領域 に対応した部分空間 と に分けられ,それぞれ がいずれかの埋め込み座標軸で表される.物体内の任意の位置ベクトルx は 内の位置ベクトルx
と 内の単位ベクトルeiを用いて次のように書ける.
i
Y i
x x e (2.1)
ei を含む局所直交基底 を 内に構成し,基底マトリクスをR [e e e0 1 2]とすれば, で記述 された角速度ベクトルωとRとの関係は次式で与えられる.
R Rωˆ (2.2) 但しωˆはωを軸性ベクトルに持つ交代行列であることを意味する.
運動エネルギV は次のように書ける.
2 2
1 1 1
2 2 2
V x d m dx ω ωj d (2.3) 但し,i [ i0 i1 i2]Tをデカルト系の単位ベクトル,Iを3次元の単位行列として,
m d (2.4)
( k k i ji j) , i, j, k
j Y Y I Y Y i i d Y Y Y (2.5) また,運動量ベクトルP および角運動量ベクトルLは次のように書ける.
d m d
P x x (2.6)
d d d
L x x x x Rjω (2.7) 連続体である物体 の変形を解こうとすると,その自由度は無限であるため,一般に有限個の要素 に分割して物体形状を模して解く有限要素法が用いられる.アイソパラメトリック有限要素法では,計 算空間 ではなく,節点を端点に持つ埋め込み座標系( , , )0 1 2 で表される計算空間 で物体を記述する.
計算空間 は更に,物体 のうち変形する領域 と変形しない領域 に対応した部分空間 と に分けることができる.例えばビーム要素であれば はビームの中立軸, はビームの断面であり,
2 ,( , )0 1 となる.シェル要素であれば は変形前の中立面, は中立面に垂直な方向であ
り,( , )0 1 , 2 となる.
そして,x,ei,ωを次のように節点の値で補間する.
, , ,
m m p p
m m i p i p
N N N N
x x x x e e ω ω (2.8) ただし,添え字のmは位置ベクトルを表す節点の節点番号,pは回転を表す節点の節点番号であり,Nm およびNpは i の関数である.
補間関係式(2.8)を式(2.3)に代入すると,要素の運動エネルギは
1 1
2 2
m n p q
mn pq
V M x x ω J ω (2.9) ただし,
mn m n , pq p q
M mN N d J jN N d (2.10) また,運動量および角運動量は式(2.6),(2.7)より,
n, m n p q
mn mn pq
M M
P x L x x R J ω (2.11) となる.
2.1.2.
物体の変形学物体が変形する場合,計算空間 上での共変基底ベクトルgiは次のように書ける.
p k
m k p
i i mi i i p k
N N Y
Y N
g x x e (2.12)
よって,計量テンソルの共変成分gijは
m n
m n
ij i j i j
k k
p p
k k m p
m m
p p k
i j j j i i
k l
p q
k l p q
p q k l
i i i i
N N
g
N N
N Y N Y
Y N Y N
N Y N Y
Y N Y N
g g x x
x e
e e
(2.13)
となる.ここで,系の内部エネルギUinがgijのみの関数であれば,
,
T
T T
in in in
m p
m m k p
m m k
U U U
0 x e 0
x x e
(2.14)
となることが証明できる.Uinが歪エネルギの場合であれば,確かにUinはgijのみの関数となる.
2.1.3.
力学的エネルギ力学的エネルギは次式のように書ける.
1 1 ( , )
2 2
in m n p q in m p
mn pq k
V U M x x ω J ω U x e
(2.15)
2.1.4.
回転増分と擬座標一般に,力のモーメントに対応した仮想変位は擬座標であり,角運動量に対応した速度,すなわち 角速度は擬速度となる.いま,節点pの力のモーメントベクトルに対応した仮想変位ベクトルを pとお くと,
Rp p Rp (2.16) であり,角速度ベクトル pと pとは次の関係にある.
lim0 p p
t t (2.17) また,局所直交基底Rで記述された角速度ベクトル pについては,これに対応した仮想変位ベクトルを
pとおくと,
R R , lim0 , R
p p p p p p p p
t t (2.18) また,擬速度の変分については,
R R R R R R
R R R R
R R R R R
R R R
[ ]
[ ]
[ ]
[ ]
p pT p pT p pT p
p pT p pT p p
p pT p p pT p p p p
p p pT p p p p p
p p p p p p p p
(2.19)
となるので,擬速度の変分は次式で与えられることがわかる.
p p p p (2.20)
2.1.5. Hamilton
の原理外部仮想仕事を W,Lagrangianを
1 1
2 2
x x e
x x J x e
( , , , )
( , )
m m p p in
k
m n p q in m p
mn pq k
T U
M U (2.21) とすれば,Hamiltonの原理より,
2( ) 0
t
t W dt (2.22)