九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
陳平原著「神田書肆街(4)」
中里見, 敬
九州大学
http://hdl.handle.net/2324/1935644
出版情報:中国語. 502, pp.27-29, 2001-10. 内山書店 バージョン:
権利関係:
神固有
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4)中里見 敬
陳平原自身は, 自分の書いた文章が 「散文」の定義に合致するかどうか考え ないことにしているといいます。 「学術小品」「人生小品」「文化小品」といっ た出版社の命名に任せたうえで, 白分の文章を “散淡市有文化意葱” (さらり としていて文化的含蓄がある〕, “篇幅短小且注童小人品味” (短くて個人的な 味わいを大事にする)といい, 他人がどう呼ぼうと, “只要承i人迭是ー些有意 思且可渓的 ‘文章’ 就行了” (おもしろくて読む価値のある 「文章」だと認め てもらえばそれでいい〕 といいますい布、生意汽》f上海:双活大河典出版社,1996]
の小引より〕。
陳平原のあとには, 同じ日本訪問記でも趣を変えて, フランスのロラン・ バ ルトが書いた「表徴の帝国』〔ちくま学芸文庫,1996〕などを読んでみてはいか がでしょうか。
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清或二、 三十年代文人学者写的日本坊二品、氾, 不免存了点幻想。
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ー圏, 幻想弓上破束:其肇別 之精与杯?介之高都出子我意料。
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く注〉
掬腰包:= “掬銭”。お金を払う。“腰包” は 財布のこと。
比国内高出十凡倍 := “比国内
t青
十九倍”国内より十数倍高い。
則:(書面語〉 “新ニb、......;古ニb 比を表す。口語では “倒dao九
可遇不可求:見つけることはできても,買う ことはできない。
不免存了点幻想 :ついつい多少の幻想を抱い てしまう。“不免”:…しないわけにはいか ない。ついついーになる。“存幻想、”:幻想 を抱く。動詞 “存” と目的語 “幻想” のあ
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いだに,“了 ”と “(ー〉点” がはさまった かたち。
銭装布、:線装本,和とじ本。特 “洋装二信”: 洋装本。
終ー圏:ひとまわりする。“zhuan yl quiinr” と “JL{ピ’する。
出乎我意料:= “出乎意料之外九予想外で ある。
〈訳〉
神田の書店街には中図書専門店が何軒かあ る (内山,東方,燦原など〉。ここを訪れた 中国の学者はたいてい立ち寄ってはみるもの の,新刊書の値段は圏内の十数倍もするの で,財布を開く人は少ない。古書はという と,掘り出し物に出くわすことはあっても,
手が出ない。清末や1920 30年代の文入学者 が書いた日本訪書記を読んだことがあると,
ついつい幻想を抱いてしまうものだが,多く の線装本が陳列しである山本書店をのぞいて みれば,その幻想はたちどころに破られるこ とだろう。鑑定の確かさと価格の高さは,私 の想像をはるかに超えるものだった。
画 那天翻臥 “古柿
” 上芙来的跡村X太郎所著《京西神 街考》其中提到晩清吋�振玉、 栃守敬在日坊市
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、
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’\也培葬了他的益別善本的眼光。
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“徒有羨盆情
”了。
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guai lundao WO guang R'iben de gushiidian, y1jing zhY neng “tu you xian y色 qfog” le.
く注〉
�振玉 (1866-1940) : 1901 1902年にかけて 二ヶ月にわたり日本の教育事情の視察に訪 れ,「扶桑両月記」を著す。1911年辛亥革 命により日本に亡命,1919年まで京都に滞 在し,日本の学者と交友を深めた。
栃守敬(1839-1915) : 1880-1884年,清国大 使館随員として来日。「日本訪書志」を著 し,中国で失われ日本に残存していた古籍 を集めて 『古逸叢書」を刊行した。
使得:…した結果,…になった。
眼光:ものを見る目。見識。
准怪:道理で…だ。…なのも無理はない。
絵到:…の番になる。順番が…にまわってく る。
もうこうねん
徒有羨盆情:唐・孟浩然の 「洞庭湖を望み張 丞相に贈る」詩に,“坐現垂約者,徒有羨
金情” (坐して釣りいとを垂るる者を観れ ば, 徒に魚を羨むの情有り〕というのにいたずら
基づく。ごの五言律詩は,「唐詩選」や
「唐詩三百首」にも採られ,人口に槍笑しかいしゃ
ている。
〈訳〉
その日,「古本市」で、貿ってきた脇村義太 郎著 「東西書庫街考』を読んでいると,清末 Lこ嘉援主〈と楊学識が日本で古書を求めたた めに,日本の古書界が中国古籍の 「価値」を はっきりと認識し,また善本の鑑定眼を身に つけた,と書いてあった。なるほどそういう わけで,私が日本の古本屋をひやかしたとき には,すでに 「いたずら徒に魚を羨むの情有り」と いうありざまなのであった。
(なかざとみ・きとし 九州大学)
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