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π + e + ν e

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(1)

π

+

→e

+

ν

e

崩壊分岐比の精密測定における

時間スペクトラム解析

大阪大学大学院理学研究科 博士前期課程

2

伊藤 慎太郎

(2)

概要 荷電パイオン崩壊過程π+→e+ν eπ+→µ+νµ の崩壊分岐比R = Γ(π+→e+νe)/Γ(π+→µ+νµ) を0.1%の精度で測定することを目指したPIENU実験が2009年からカナダのTRIUMF国立研 究所で行われている。このRは標準理論では0.01%以下と非常に高精度で計算されているのに対 して、過去に行われた実験値は10倍以上精度が悪い。Rの高精度での測定は擬スカラー相互作用 などヘリシティ抑制の働かない新たな物理に非常に敏感であり、また0.1%の測定精度で1000TeV のマススケールにも感度がある。 PIENU実験は0.1%の測定精度を目指すため、1980年代後半にTRIUMFで行われた実験の検 出器やビームラインを改良したものである。また、π+→e+νe過程とπ+→µ+νµ過程の識別向上

のため、KEKで開発され大阪大学で改良されたCOPPER 500MHz Flash ADC(FADC)を用い てPMTの波形解析を行っている。 π+→e+ν e過程で放出される陽電子は単一の69.8 MeVであるが、π+→µ+νµ過程で生成された ミューオン崩壊して放出される陽電子+→e+ν¯ µνe)は0∼52.8 MeVと連続スペクトラムとなっ ているので、陽電子のエネルギーを用いて崩壊過程を識別する。崩壊分岐比Rを得るために、陽 電子のエネルギーで識別した後、各崩壊過程での時間スペクトラムのフィッティングを行う。そこ から得られた補正前の崩壊分岐比にいくつか補正をかけることで、最終的な測定値を得る。しか し、この時間スペクトラムにはゆがみを与える様々なバックグラウンドが存在している。高精度 での測定を目指すには、それらを正しく評価しなければならない。特にミューオンによるパイル アップ事象のバックグラウンドがRに大きく影響する。本研究では時間スペクトラムに存在する ミューオンによるバックグラウンド成分を加えたモデル関数を時間スペクトラムに当てはめて評価 を行った。

(3)

目次

1 序章 8 1.1 標準理論におけるπ+の崩壊 . . . . 8 1.2 ヘリシティ抑制の働かない新たな物理. . . 9 1.3 電子-ミューオン普遍性の検証 . . . 9 1.4 本研究の目的と本論文の構成 . . . 10 2 PIENU実験 11 2.1 測定原理 . . . 11 2.2 過去の実験の概要 . . . 12 2.3 PIENU実験 . . . 16 2.3.1 加速器·ビームライン . . . 16 2.3.2 検出器 . . . 18 2.3.3 トリガー回路 . . . 21 2.3.4 エレクトロニクス . . . 23 3 π+崩壊時間スペクトラムの作成 26 3.1 COPPER 500 MHz FADCによる波形解析 . . . 26 3.1.1 波形データからの基礎情報 . . . 26 3.1.2 プラスチックシンチレータからの波形のフィッティング . . . 27 3.2 事象選択 . . . 28 3.2.1 パイオンビームの選択 . . . 28 3.2.2 崩壊後の陽電子の選択 . . . 29 3.2.3 パイルアップの除去 . . . 31 3.2.4 プリパイルアップの除去 . . . 33 3.2.5 アクセプタンスのカットによる事象選択 . . . 33 3.2.6 事象選択のまとめ . . . 34 3.3 時間スペクトラム . . . 36 4 時間スペクトラム解析 37 4.1 低エネルギー領域のスペクトラム . . . 39 4.1.1 π+→µ+→e+ . . . . 39 4.1.2 オールドミューオンによるバックグラウンド . . . 39 4.1.3 PDIFによるバックグラウンド . . . 40 4.2 高エネルギー領域のスペクトラム . . . 40 4.2.1 π+→e+ν事象 . . . 40

(4)

4.2.2 NaI、CsIの有限のエネルギー分解能より生じるバックグラウンド事象 . . . 40 4.2.3 µ+の輻射崩壊によるバックグラウンド. . . . 40 4.2.4 オールドミューオンとπ+→µ+→e+のパイルアップによるバックグラウンド . . 41 4.2.5 パイオンの輻射崩壊 . . . 44 4.3 時間スペクトラム関数 . . . 46 5 T1カウンターのダブルパルス分解能から生じるバックグラウンド 49 5.1 バックグラウンドの時間スペクトラムの導出 . . . 49 5.2 バックグラウンド事象数の評価 . . . 52 5.2.1 タイムウィンドウの変化による事象数の変化 . . . 53 5.2.2 バックグラウンド事象数の決定 . . . 56 6 まとめ 60

(5)

図目次

1.1 標準理論での π+→l+νl の崩壊のファインマンダイアグラム。ge は電子、 ミューオンの弱い結合定数。 . . . 8 1.2 ヘリシティ抑制の働かない擬スカラー相互作用でのファインマンダイアグラム。 仮想的な擬スカラー粒子によるツリーレベルダイアグラムで近似すると、Λは仮 想的な擬スカラー粒子の質量である。 . . . 9 2.1 PIENU実験の概念図。崩壊した陽電子がカロリメータで計測される。 . . . 11 2.2 ターゲット中でのπ+→e+νeπ+→µ+→e+過程のエネルギー損失(MC)。 . . . 12 2.3 モンテカルロ計算で求めたカロリメータでの陽電子のエネルギースペクトラム(左 図)と時間スペクトラム(右図)。分かりやすくするため、π+→e+ν e過程の事象数 を10−4よりも大きくしている。 . . . 12 2.4 TRIUMFで1980年後半に行われた実験の検出器の配置。 . . . 13 2.5 TINAで得られた陽電子のエネルギースペクトラム。 . . . 14 2.6 3400chの閾値で崩壊過程を識別した後の時間スペクトラム。 . . . 14

2.7 π+→µ+→e+イベント抑制後のTINAのエネルギースペクトラム。PDIFによる バックグラウンドが残っている。 . . . 16

2.8 M13ビームラインのレイアウト。スリットF3より下流側の部分がPIENU実験 用に追加された部分である。 . . . 17

2.9 M13ビームライン。ビーム直下に検出器を設置している。 . . . 18

2.10 PIENU実験の検出器の概念図。NaI(Tl)単結晶カロリメータの周りをCsIリン グで囲んでいる。 . . . 19 2.11 ターゲット上流のシリコンストリップ検出器の概略図。PDIFによる事象を入射 角によって識別できる。 . . . 19 2.12 NaI(Tl)カロリメータ。この前にWC3が設置され、周りはCsIリングで囲まれ ている。 . . . 20 2.13 ターゲットの上流に設置されるS2検出器。. . . 20 2.14 ターゲットの下流の S3検出器と T1カウンター。T1カウンターを含む全ての プラスチックシンチレータにはそれぞれ4つのPMTが設置されており、信号は 500MHzのFADCで読み出している。 . . . 21 2.15 トリガー回路の概念図 . . . 22 2.16 COPPER ボード。 . . . 24

2.17 COPPER 500 MHz FADC FINESSEカード。 . . . 24

(6)

3.1 ターゲット中の1イベントでの時間ダイアグラムの概念図。この場合、プリリー ジョンでのヒット数Nは1、シグナルリージョンでのヒット数Nは3となる。ま た、シグナルリージョンで3つのピークがあるので、長さ3のPHとtの配列が 作成される。 . . . 26 3.2 COPPERで得られた波形とそこから得られる情報の概念図。 . . . 27 3.3 B1カウンターの波形をフィッティングした結果。青い点はサンプルポイント。 . . 27 3.4 左図:B1カウンターのエネルギー損失とTOF(43.3ns)の相関図。赤色で囲まれた 部分を用いる。 右図:B2カウンターでのエネルギー損失。赤線で囲まれた範囲の ビームを選択する。 . . . 28 3.5 WC1の位置選択。赤線で囲まれた範囲のビームを選択する。WC2も同様の位置 選択を行う。 . . . 29 3.6 NaIとターゲットの下流側の検出器のエネルギー損失の相関図。赤線より上側を カットする。 . . . 30 3.7 T1カウンターでのエネルギー損失。赤線が閾値である。. . . 30 3.8 B1、B2、T1カウンターの各PMTでのヒット数。黒はPMT1、赤はPMT2、緑 はPMT3、青はPMT4を示す。 . . . 31 3.9 陽電子の時間スペクトラム。左図はB1、B2カウンターでのパイルアップカット 前。RF周期毎にビーム粒子によるヒットが見られる。 右図はB1、B2カウン ターでのパイルアップカット後。 . . . 32 3.10 左図:B1 1でのQとQwの比(Q/Qw)。赤線より下側がパイルアップしたヒット を示す。 右図:QとQwの相関図。パイルアップ事象が起こると直線から大きく ずれることが分かる。赤線より上側をカットする。 . . . 32 3.11 左図:プリパイルアップカット前、 右図:プリパイルアップカット後のEN aI + ECsI < 50 MeVの時間スペクトラム。なお、両者ともにパイオンビームの選択、 パイルアップ事象の除去、崩壊後の陽電子の選択を行った後のものである。. . . . 33 3.12 WC3のヒット位置の分布。赤線はアクセプタンスカットを示す。. . . 34 3.13 EN aI+ ECsI のスペクトラム . . . 35 3.14 事象選択後の時間スペクトラム。 . . . 35 3.15 陽電子の時間スペクトラム。左図:高エネルギー領域(EN aI + ECsI≥50 MeV)。 右図:低エネルギー領域(EN aI + ECsI < 50 MeV)。. . . 36 4.1 左図:高エネルギー領域での信号とバックグラウンド。 右図:低エネルギー領域で の信号とバックグラウンド。 . . . 39 4.2 ミューオンの輻射崩壊時に放出されるγ のエネルギースペクトラム。横軸y = 2Eγ γ のエネルギー、はミューオンの質量である。[11] . . . 41 4.3 オールドミューオンとπ+→µ+→e+のパイルアップの概念図(case2A)。左図の ようにオールドミューオンから崩壊したトリガーを作る陽電子とπ+→µ+→e+事 象とのパイルアップがNaIまたはCsIで起こる。 . . . 42

(7)

4.4 オールドミューオンとπ+→µ+→e+ のパイルアップの概念図(case2B)。左図の

ようにπ+→µ+→e+事象から放出されたトリガーを作る陽電子とオールドミュー

オンから崩壊した陽電子とのパイルアップがNaIまたはCsIで起こる。 . . . 42 4.5 MCシミュレーションによって得られたオールドミューオンとπ+→µ+→e+に

よるパイルアップ事象の時間分布(左図:NaI右図:CsI)。 . . . 43 4.6 NaI、CsIでのオールドミューオンとπ+→µ+→e+によるパイルアップ事象。全

範囲を積分すると1になるように規格化されている。 . . . 44 4.7 π+→e+νeγ により放出されるγのエネルギースペクトラム。 . . . 45 4.8 左図:NaI右図:CsIでのπ+→µ+νµγ によるエネルギー閾値を超えた事象。両者と も全範囲を積分したときの値が1になるように規格化されている。 . . . 45 4.9 フィッティングの残差分布。上側は高エネルギー領域、下側は低エネルギー領域 である。縦軸はデータとサンプル点とχ2との差であり、誤差は統計誤差を示す。 47 5.1 左図:T1 カウンターでのパイルアップの概念図。 右図:ダブルパルス分解能 ∆Treso内にパイルアップが起こると、その事象は受け入れられる。 . . . 49 5.2 2つの粒子がT1カウンターにヒットしたときの概念図。縦軸yはオールドミュー オンから崩壊した陽電子が、横軸xπ+→µ+→e+過程からの陽電子がT1カウ ンターにヒットする時間である。関数y = xとその上下にy = x±∆Tresoを載せ る。. . . 50 5.3 左 図:t < −∆Treso。こ の 領 域 で は バ ッ ク グ ラ ウ ン ド は 発 生 し な い 。 中 図:−∆Treso < t < 0。この領域では 0∼t + ∆Treso(斜線部) で起こる。 右 図:t > 0。この領域では−∆Treso< t < 0。この領域ではt∼t + ∆Treso(斜線部) で起こる。 なお、3つの図の横軸は全て陽電子がT1カウンターにヒットした時 間tを示す。 . . . 51 5.4 左図: タイムウィンドウ(∆T)が45nsの時の概念図。1 が最初の信号、2 が2 番目の信号(つまりパイルアップ事象)を表す。2 が1 から∆T内にあればその 事象は受け入れられる。 右図:タイムウィンドウが45nsの時のT1カウンターの PMT1(T1 1)のデータ。横軸は信号1 のピークをフィット(セクション3.1.2) して得られた時間から信号1、2 のサンプル点の各ピーク時間t[0]、t[1](3.1.1) を引いたものである。1 によるピークのあとに、パイルアップ事象2 がタイム ウィンドウ内に存在している。また、1 のピークから2 が立ち上がるまでにパ イルアップ事象が見られないのは、T1カウンターのダブルパルス分解能によりこ れ以上近い時間で起きたパイルアップ事象を識別できないためである。 . . . 52 5.5 左図:赤線が225 nsのタイムウィンドウ、黒線が15 nsのタイムウィンドウの時 間スペクトラムを示す。赤線のスペクトラムを見ると、225 nsあたりからパイル アップ事象が立ち上がっていることが分かる。 右図:赤のスペクトラムから黒のス ペクトラムを引いた結果。これはT1カウンターの225 nsのダブルパルス分解能 によって生じるバックグラウンドを意味する。 . . . 53

(8)

5.6 図 5.5 の右図を3 つの関数でフィットしたものである。緑は式(5.2)、青は式 (5.4)、紫色はεπ→eνe(t)でのフィットしたものである。赤はこれら3つの関数を 合わせたものである。なお、図5.5でビンの幅を変えてたものをフィットしている。 54 5.7 タイムウィンドウとバックグラウンド事象数のプロット。誤差は統計誤差を示す。 54 5.8 タイムウィンドウとA + Bのプロットを4次関数でフィットした結果。 . . . 56 5.9 フィッティングの残差分布。上側は高エネルギー領域、下側は低エネルギー領域、 左はt < 0、右はt > 0を示す。縦軸はデータとサンプル点の差であり、誤差は統 計誤差を示す。 . . . 57 5.10 フィッティングを行った高エネルギー領域の時間スペクトラム。濃い緑の破線が FU′(t)FL′(t)によるバックグラウンドを示している。 . . . 58 5.11 パラメータfgの比Rを変えてフィットしたもの。各プロットの誤差は統計誤 差を示す。 . . . 59

(9)

表目次

1.1 電子-ミューオン普遍性の測定実験。 . . . 10 4.1 低エネルギー領域でのバックグラウンド一覧。 . . . 37 4.2 高エネルギー領域でのバックグラウンドの一覧。 . . . 37 4.3 オールドミューオン+→e+ν¯ µνe)とπ+→µ+→e+によるパイルアップの分類 の一覧。bはe+ がヒットしなかったもの。iは図3.12で示したアクセプタンス 内、oはアクセプタンス外にヒットしたもの。Rejectは事象選択(3.2)で除かれ るもの、NoTrigは2.15でTrigger te+ が作られずに計測されないもの。 . . . 38 4.4 フィッティング結果。c′d′は固定パラメータである。 . . . 47 5.1 フィット結果。ndf は自由度。 . . . 55 5.2 FU′(t)FL′(t)を加える前後での崩壊分岐比Brとその誤差の変化。 . . . 57

(10)

1

序章

荷電パイオンπ+は主にπ+→µ+νµπ+→e+νeに崩壊する。π+→µ+νµ崩壊分岐比は99%以 上であるのに対して、π+→e+ν e崩壊分岐比はヘリシティ抑制の効果により、10−4と低い。これ らの過程のπ+の崩壊分岐比の比R = Γ(π+→e+ν e)/Γ(π+→µ+νµ)は標準理論を超えた物理に非 常に敏感である。Rは標準理論(SM)では RSM= 1.2352(1)×10−4[1] (1.1) と、高精度で計算されている。過去にカナダのTRIUMF、スイスのPSIで行われた実験は RTRIUMF= (1.2352±0.0034(stat)±0.0044(syst))×10−4[2] (1.2) RPSI = (1.2346±0.0035(stat)±0.0036(syst))×10−4[3] (1.3) を与えているが、これらの実験値は理論値の10倍以上精度が悪い。

1.1

標準理論における

π

+

の崩壊

図1.1 標準理論でのπ+→l+νlの崩壊のファインマンダイアグラム。geは電子、ミュー オンの弱い結合定数。 π+ の崩壊分岐比R は標準理論で最も高精度に計算されているものの 1つである。図1.1に π+→l+ν l(l = e, µ)崩壊を表すファインマンダイアグラムを示す。これらの崩壊の最低次はW+ を介したツリーレベルの反応で崩壊分岐比R0は R0= g2 e g2 µ m2 e m2 µ ( m2 π− m2e m2 π− m2µ )2 = 1.28336(2)×10−4 (1.4) と表される。meは電子の、はミューオンの質量、geは電子の、はミューオンの弱い結合定 数を表す。標準理論ではg2e = g2µである。me と比べて約200倍大きいため、m2e/m2µの因 子によりπ+→e+νe 過程は10−4と強く抑制される。これをヘリシティ抑制と呼ぶ。式(1.4)に放 射補正を加えて最終的な理論値(1.1)が得られる。

(11)

1.2

ヘリシティ抑制の働かない新たな物理

セクション1.1で述べたように、Rはヘリシティ抑制により、非常に小さな値となる。したがっ て、図1.2のように擬スカラー相互作用などヘリシティ抑制の働かない新たな相互作用が存在する とRは標準理論から大きくずれる可能性がある。高精度でのRの測定は標準理論を超えた新しい 物理に非常に敏感である。 また、標準理論の予言より新たなRの偏差は理論値RSMと実験値REXPを用いて 1 REXP RSM ∼± G 1 Λ m2π me(md+ mu) (1T eV Λ )2 ×103 (1.5) と表される。ここで、Gはフェルミ結合定数であり、はパイオン、mdはダウンクォーク、mu はアップクォークの質量を表す。Λは図1.2において仮想的な擬スカラー粒子によるツリーレベル ダイアグラムで近似した時の擬スカラー粒子の質量を表す。これより、0.1%の精度での測定によ り1000 TeVのΛのマススケールにも感度があることが分かる。 図1.2 ヘリシティ抑制の働かない擬スカラー相互作用でのファインマンダイアグラム。仮想的 な擬スカラー粒子によるツリーレベルダイアグラムで近似すると、Λは仮想的な擬スカラー粒 子の質量である。

1.3

電子

-

ミューオン普遍性の検証

標準理論ではge = gµである。このように、弱い相互作用媒介粒子であるWゲージボゾンが荷 電レプトンカレントへ結合する結合定数が全ての世代の荷電レプトン(e, µ, τ )で不変であることを レプトン普遍性という。特に、電子とミューオンでの普遍性を電子-ミューオン普遍性という。過 去にこの電子-ミューオン普遍性の検証を目的とした様々な実験が行われてきた。表1.1に過去に 行われた実験結果を示す。

(12)

過程 ge/gµ π崩壊 0.9985±0.0016 [4] K崩壊 0.9960±0.005 [5] τ 崩壊 0.9999±0.0021 [6] W崩壊 0.997±0.010 [4] 表1.1 電子-ミューオン普遍性の測定実験。 この電子とミューオンとの間での普遍性が破れるとge ̸= gµとなるので、標準理論で予想される Rとは異なった実験値になる。つまり、Rの精密測定により電子-ミューオン普遍性の検証を行う ことができる。

1.4

本研究の目的と本論文の構成

このように、理論値の不定性に迫る実験精度でのπ+ のRの測定は標準理論を超えた新しい物 理に非常に敏感である。過去にもRの測定を行った実験がいくつもあり、この物理は非常に注目 されたものであること。 Rを0.1%の精度で測定することを目指したPIENU実験がカナダのTRIUMF研究所で行われ ている。本実験ではπ+→e+νeπ+→µ+νµ両過程を識別した上で両過程の時間スペクトラムを同 時にモデル関数に当てはめて、そこからRを求める。しかし、時間スペクトラムにはゆがみを与 える様々なバックグラウンドが含まれており、高精度での測定を行うためにはこのバックグラウン ドを加味したモデル関数を用いなければならない。本研究では2010年に収集したデータでの時間 スペクトラムを作成し、この時間スペクトラムに含まれる様々なバックグラウンドを評価する。 本論文の第2章ではPIENU実験の概要について、第3章では時間スペクトラムの作成につい て、第4·5では時間スペクトラムに含まれたバックグラウンドについて述べる。

(13)

2

PIENU

実験

2.1

測定原理

PIENU実験はπ+→e+νπ+→µ+νµの崩壊分岐比の比R を0.1%の精度で測定することを 目指した実験であり、カナダのTRIUMF国立研究所で行われている。PIENU実験の測定原理を 図2.1に示す。π+をターゲットに止めて崩壊させ、生成された陽電子をカロリメータで測定する というものである。 図2.1 PIENU実験の概念図。崩壊した陽電子がカロリメータで計測される。 ターゲット中でπ+が崩壊する際、π+→µ+νµ過程でのµ+はターゲット中で約1mmの飛跡を もつため、そのままターゲット中に静止してその後e+に崩壊する。そのため、π+→e+ν e 過程と 比べ、µ+の運動エネルギー約4.1 MeV分多くターゲット中にエネルギーを落とす(2.2)。また、 π+→e+ν e過程は2体崩壊であるので、陽電子は69.8 MeVの単一のエネルギースペクトラムをも つのに対して、π+→µ+νµµ+→e+ν¯µνe(π+→µ+→e+)過程でのµ+は3体崩壊であるので、陽 電子のエネルギーは0∼52.8 MeVの連続スペクトラムとなる(図2.3左図)。この陽電子のエネル ギーの情報を用いて崩壊過程を識別し、得られた両過程の時間スペクトラム(図2.3右図)を理論式 π+→e+νe : επ→eν(t) = exp(τt π) τπ (2.1) π+→µ+→e+ : επ→µ→e(t) = exp(τt µ)− exp(− t τπ) τµ− τπ (2.2) に当てはめてフィットすることで崩壊分岐比の比R′を求める。ここでτπはパイオン、τµはミュー オンの寿命である。このR′にいくつかの補正をかけることで、最終的な実験値Rを求める。

(14)

図2.2 ターゲット中でのπ+→e+νeπ+→µ+→e+過程のエネルギー損失(MC)。 図2.3 モンテカルロ計算で求めたカロリメータでの陽電子のエネルギースペクトラム(左図) と時間スペクトラム(右図)。分かりやすくするため、π+→e+νe過程の事象数を10−4よりも 大きくしている。

2.2

過去の実験の概要

1980 年 代 後 半 、カ ナ ダ の TRIUMF 国 立 研 究 所 で 上 記 の 測 定 原 理 で R を 測 定 す る 実 験 (TRIUMF-E248)が行われた。その際の検出器の模式図を図 2.4に示す。83±1 MeV/cπ+ ビームをプラスチックシンチレータのターゲット中(B3)に止めて崩壊させる。ターゲットの周り に囲んでいるシンチレータでπがターゲット中で崩壊しているかを確認し、4つのシンチレータと 2つのワイヤーチェンバーからなるテレスコープカウンターを通った後、直径46cm·幅51cmの

(15)

ンに対して90の位置にあり、B3中で発生したe+に対する立体角は2%である。

(16)

図2.5 TINAで得られた陽電子のエネルギースペクトラム。

図2.5はTINAで計測された陽電子のエネルギースペクトラムである。π+→e+νe事象のピーク

π+→µ+→e+事象の連続スペクトラムが見える。このスペクトラムに56.4 MeV(3400 channel)

の閾値を設定し、これにより崩壊過程を識別して得られた時間スペクトラムが図2.6である。 図2.6 3400chの閾値で崩壊過程を識別した後の時間スペクトラム。 高エネルギー領域には以下の事象が存在すると考えられる。 • π+→e+ν e事象。式(2.1)で表される。 バックグラウンドとのパイルアップによりエネルギー閾値を超えたπ+→µ+→e+ 事象。式

(17)

(2.2)で表される。 ビーム中にミューオンによるバックグラウンドがパイルアップによってエネルギー閾値を超 えたもの。これはexp(τt µ)で表される。 コンスタントなバックグラウンド。この事象は定数で表される。 よって、高エネルギー領域事象の時間分布を表す関数Fπeν(t)

Fπeν(t) = Aπ[R′επ→eν(t) + Aπµeεπ→µ→e(t)]H(t) + ABG1exp(

t τµ ) + CBG1 (2.3) となる。ここで、H(t)はヘヴィサイドの階段関数であり、t < 0 の時 H(t) = 0t > 0 の時 H(t) = 1である。t = t′− t0であり、t′は測定時間、t0はパイオンがターゲット中に止まった時間 である。また、 は全パイオン数、R′は崩壊分岐比、Aπµeは主に低エネルギー領域に存在する π→µ→e事象が高エネルギー領域にしみ出した割合、ABG1·CBG1はそれぞれミューオンバックグ ラウンド、コンスタントなバックグラウンドの大きさである。t0、R′AπµeABG1CBG1 はそれぞれフリーパラメータである。 一方で低エネルギー領域には以下の事象が存在すると考えられる。 • π+→µ+→e+事象。式(2.2)で表される。 ミューオンによるバックグラウンド。これはexp(τtµ)で表される。 コンスタントなバックグラウンド。この事象は定数で表される。 よって、低エネルギー領域の時間分布を表す関数Fπµe(t)

Fπµe(t) = Aπ[(1− Aπµe)επ→µ→e(t)]θ(t) + ABG2exp(

t τµ ) + CBG2 (2.4) となる。ABG2CBG2はそれぞれこの領域のミューオンバックグラウンド、コンスタントなバッ クグラウンドの大きさであり、フリーパラメータである。図2.6の2つの時間スペクトラムを関数 Fπeν(t)Fπµe(t)でそれぞれフィットして崩壊分岐比を得る。 このようにして得られたR′にいくつか補正をかけて最終的な実験値を求めるが、その補正の1 つにテール補正というものがある。図2.5を見ると、π+→e+ν e 事象が低エネルギー領域にテール を引いていることが分かる。これはシャワーリークによるものである。最終的な実験値を得るには この低エネルギーテールの事象数を求めなければならない。そのため、ターゲット中でのエネル ギー損失の情報を用いてπ+→µ+→e+イベントを抑制する。その結果が図2.7である。テール全 体の事象数から予想されるπ+→µ+→e+ を引いて、π+→e+νeのテールを見積もる。これをテー ル補正という。 TRIUMF-E248実験では1ヶ月間ビームタイムが行われ、約105π+→e+ν e データが収集 された。その結果、0.45%の精度(式(1.2))で Rを得た。系統誤差で最も支配的であったのは 前述のテール補正である。図2.7を見ると、π+→µ+→e+ イベントが残っている。これはター ゲットの情報で除けなかった事象であり、主にπ がターゲットの前で飛行中にµ+ に崩壊(pion decay-in-flight:PDIF)した事象である。そのため、ターゲット中でのエネルギー損失が静止崩壊

(18)

(pion decay-at-rest:PDAR)よりも小さくなってしまい、ターゲット中の情報で除ききれずに残っ てしまう。テール補正の際の誤差は除ききれなかったπ+→µ+→e+の数で決まる。

図2.7 π+→µ+→e+イベント抑制後のTINAのエネルギースペクトラム。PDIFによるバッ クグラウンドが残っている。

2.3

PIENU

実験

2.3.1 加速器·ビームライン PIENU実験はTRIUMFのM13ビームラインで行われた。図2.8にM13ビームラインの概 念図を示す。TRIUMFのサイクロトロン加速器で生成されたビームカレントが100 µA、エネ ルギーが500 MeVの陽子ビームをBeからなる厚さ1 cmのターゲット(T1)に当てて、生成さ れた2次粒子をビームチャンネルへ引き出す。TRIUMFのサイクロトロン加速器のRF(Radio Frequency)は23.1 MHzである。M13ビームラインは3つの双極電磁石(B1,B2,B3)と10個の 四極電磁石(Q1∼10)から成っている。なお、F1∼4はスリットである。

(19)

図2.8 M13ビームラインのレイアウト。スリットF3より下流側の部分がPIENU実験用に 追加された部分である。 T1ターゲットで生成された2次粒子は π+ の他にµ+、e+ などを含んでいる。高純度のπ+ ビームを得るため、B1とF1で77 MeV/cのビームを選択し、F1に設置されたアブソーバーで π+ の運動量を落とし、B2F3でそれを通過させる。µ+e+ はアブソーバーでの運動量損失π+と異なるので、F3でブロックされる。F3で散乱した荷電粒子やγが検出器に入らないよう に、π+ビームはB3で偏向してから検出器へ導く。これによって、純度80%以上のπ+ビームを 得ることができる。 通常のデータ収集時のビームの状態は、パイオンビームレートは60 kHz、ビームの運動量は FWHMで75±1 MeV/cである。さらにビーム直下に検出器を設置してアクセプタンスを増加し た。図2.9にB3から検出器までの写真を示す。

(20)

図2.9 M13ビームライン。ビーム直下に検出器を設置している。

2.3.2 検出器

PIENU実験の基本的な考え方は上記のTRIUMF-E248実験と同じであり、TRIUMF-E248実

験の問題点を改善した実験である。図2.10にPIENU実験での検出器の概念図を示す。75 MeV/c のπ+ビームが2つのプラスチックシンチレータからなるビームカウンター(B1,B2)を通って厚 さ8mmのプラスチックシンチレータのターゲット(Tg)に止まる。π+が崩壊した後、ターゲット から放出された陽電子はプラスチックシンチレータのT1,T2で計測された後、アクセプタンスを 決めるワイヤーチェンバー(WC3)を通り、NaI(Tl)単結晶カロリメータで測定される。 TRIUMF-E248実験と大きく異なるのは、ビームラインの直下に検出器が設置されていること である。これにより、立体角が10倍以上となり統計量が増加した。また、NaI(Tl)カロリメータ からのシャワーリークを検出するために、NaIの周りにCsIリングが設置されている。さらに、π+ ビームと陽電子のトラックを正確に測定するため、ワイヤーチェンバー(WC1,2)を設置し、ター ゲットの前にはシリコンストリップ検出器(S1,2)が設置されている。このシリコンストリップ検 出器はTRIUMF-E248実験でテール補正の際のバックグラウンドとなったPDIFを検出するため に設置されている。図2.11のように、ビーム粒子の軌道との角度を比較することにより、PDIF

(21)

を検出することができる。図2.12∼2.14に実際の検出器の写真を示す。

全てのプラスチックシンチレータの信号は500MHzのFADC、NaIとCsI·シリコンストリッ プ検出器は60MHzの FADC、さらにワイヤーチェンバーと全てのロジック ·トリガー信号は

1.6GHzのTDCで記録された。

図2.10 PIENU実験の検出器の概念図。NaI(Tl)単結晶カロリメータの周りをCsIリングで囲んでいる。

図2.11 ターゲット上流のシリコンストリップ検出器の概略図。PDIFによる事象を入射角に よって識別できる。

(22)

図2.12 NaI(Tl)カロリメータ。この前にWC3が設置され、周りはCsIリングで囲まれている。

(23)

図2.14 ターゲットの下流のS3検出器とT1カウンター。T1カウンターを含む全てのプラス チックシンチレータにはそれぞれ4つのPMTが設置されており、信号は500MHzのFADC で読み出している。 2.3.3 トリガー回路 トリガー回路のほとんどはNIMモジュールから作られており、π+→e+νe事象データを得るた めに組み立てられたものである。図2.15にPIENU実験で用いられているトリガー回路の概念図 を示す。 まず最初に、ビーム中のパイオンを選択するため、B1カウンターでのエネルギー損失情報を用 いる。そして、B1、B2、Tgカウンターにコインシデンスを要求する。これがパイオンの時間を 決める信号になる。T1、T2カウンターのコインシデンスは崩壊した陽電子の時間を決めるもので ある。パイオンがTgに止まった時間(プロンプトタイミングと呼ぶ)に対して-300∼500nsまでの ウィンドウに陽電子がコインシデンスした信号がこの回路のメイントリガーとなる。ここで、こ のトリガー信号を”PIE”と呼ぶことにする。また、π+→e+ν e事象データの収集効率を高めるため に、以下の3つのトリガーを用いている。 1. Prescale trigger π+→µ+→e+事象が非常に多いため、”PIE”トリガーを1/16にしたトリガー信号である。 2. BinaH trigger

(24)

はこの信号と”PIE”とのコインシデンスにより、BinaH triggerと呼ばれるトリガー信号が 作られる。これにより、エネルギーの高い陽電子(主にπ+→e+ν e過程より生成された陽電 子)を選択することができる。 3. Early trigger 800 nsの広いゲートと40 nsの狭いゲートの情報により、プロンプトタイミングの4∼40 ns 後の信号を選ぶEarly triggerが生成される。ミューオンの寿命は2197 nsとパイオンの 26 nsと比べて長いので、このウィンドウで約70%のπ+→e+ν e 事象を選択することがで きる。 図2.15 トリガー回路の概念図

BinaH triggerまたはEarly triggerによってほぼ全てのπ+→e+ν

e 事象を選択することができ

る。また、π+→e+νe事象と比較するとπ+→µ+→e+事象は非常に多いので、π+→e+νe事象を

(25)

象はPrescale triggerによって1/16にスケールされる。パイオン静止後500nsのウィンドウとこ れら3つのトリガーによりπ+→µ+→e+事象を1/100程に抑えることができる。

また、セクション2.3.4で説明するエレクトロニクスではTrigger tπ+(パイオンのタイミング)

がCOPPERに、Trigger te+(陽電子のタイミング)がVMEモジュール(VF48、VT48)に用いら

れてデータを収集する。

2.3.4 エレクトロニクス

COPPER 500 MHz FADC

全てのプラスチックシンチレータのPMTは500 MHz FADC(Flash Analog to Digital

Con-vertar)で読み出される。このFADCシステムはCOPPER(The COmmon Pipelined Platform

for Electronics Readout)プラットフォームに基づいており、COPPERはBelle実験やJ-PARC

での実験用にKEKで開発されたものである。図 2.16が COPPERボードである。COPPER

ボードは9UのVMEボードであり、4つフロントエンドモジュール(FINESSE:Front-end IN-strumentation Entity for Sub-detector Specifit Electronics)を設置するスロットがある。図2.17

が500 MHz FADC FINESSEカードである。1つの500 MHz FADC FINESSE カードは2つ

のアナログ信号の入力チャンネルをもっている。2つの250 MHz FADCが逆位相で動作してお り、それによって500 MHzでのサンプリングが可能となっている。500 MHz FADC FINESSE は8-bitの波高分解能をもち、ダイナミックレンジは±500 mVであるが、オフセットの調節によ り、ダイナミックレンジを変更することができる。PIENU実験ではPMTの信号を計測するた め、-950∼50 mVに設定した。1チャンネルあたり、4000サンプルポイント(8 µs)までデータを 取ることができる。 図2.18にCOPPER 500 MHz FADCで得られたシンチレータからの波形データの一例を示す。

上記のように2つのFADCによってサンプリングされており、黒がADC1で赤がADC2のサン プリングポイントを示す。

(26)

図2.16 COPPERボード。

(27)

図2.18 COPPER 500 MHz FADCで得られた波形データの一例。

60 MHz FADC(VF48)

全てのNaIとCsIカロリメータのPMTとシリコンストリップ検出器からの信号はVF48という

60 MHz FADCモジュールで読み出されている。これはVME 6-Uモジュールであり、2004年に

モントリオール大学で設計されたもので、分解能は10 bitでダイナミックレンジは±250 mVで ある。また、48個の入力チャンネルをもつ。

PIENU実験では計404のチャンネル(NaI:19、CsI:97、シリコンストリップ検出器:288)を必要

とするため、10個のVF48を使用した。 マルチヒットTDC(VT48) 全てのワイヤーチェンバーとPMTからの信号をディスクリミネータを通した後のロジック信号、 トリガー信号はVT48という1.6 GHz TDCで読み出される。VT48の大きさはVME 6-Uであ り、2006年にTRIUMFで設計された。1つのボードに48個の入力チャンネルがあり、本実験で は11個のVT48を用いた。

(28)

3

π

+

崩壊時間スペクトラムの作成

本研究では2010年の11月に行われたビームタイムで得られたデータを用いる。この期間で約 6×108のデータが得られた。これらのデータから事象選択を行い、NaICsIカロリメータのエ ネルギー情報を用いて崩壊過程を識別し、時間スペクトラムを作成する。 時間スペクトラムはCOPPER 500 MHz FADCから得られたデータの波形解析によって得られ る。本章では波形データからの基礎情報と波形解析の手順について述べたあと、事象選択と時間ス ペクトラムの作成について述べる。

3.1

COPPER 500 MHz FADC

による波形解析

3.1.1 波形データからの基礎情報 全てのプラスチックシンチレータでの時間·エネルギー損失情報は波形データから算出する。 図3.1にターゲット中の時間ダイアグラムの概念図を示す。まず、ビームがターゲット中に止っ たときのCOPPERの時間をプロンプトタイミングと呼ぶ。プロンプトタイミングの-6.4µsか ら+1.35µsまでがDAQの幅(7.75 µs)であり、セクション(2.3.3)で述べたTrigger tπ+ でトリ ガーされる。その7.75 µs間での情報が 1イベントとしてCOPPERに記録される。ここで、プ ロンプトタイミングの-6.4 µsから-2.15 µsをプリリージョン、-2.15 µsから1.35 µsまでをシグ ナルリージョンと呼ぶ。まずそれぞれのリージョンで波形のピーク時間を探す。図3.2に時間スペ クトラム解析に用いる際の変数の定義、波形のピークの時間と波高は”t”と”PH”という変数で記 録される。次に電荷情報であるが、ピーク時間”t”から±20 nsと狭い積分範囲のものを”Q”、”t” から-20∼80 ns と広い積分範囲のものを”Qw”という変数で記録する。複数のピーク(ピークの 数”N”)がある場合も同様にこれらの変数をN個の配列に記録する。 図3.1 ターゲット中の1イベントでの時間ダイアグラムの概念図。この場合、プリリージョ ンでのヒット数Nは1、シグナルリージョンでのヒット数Nは3となる。また、シグナルリー ジョンで3つのピークがあるので、長さ3のPHとtの配列が作成される。

(29)

図3.2 COPPERで得られた波形とそこから得られる情報の概念図。 3.1.2 プラスチックシンチレータからの波形のフィッティング 時間スペクトラムはT1とB1カウンターのヒット時間差を用いて作成するが、COPPERはサ ンプリング間隔は2 nsであるため、時間分解能がよくない。そこで、T1·B1カウンターの各PMT の波形を図3.3のようにテンプレート波形でフィットしてより時間情報の高い波形の時間情報を 得る。 図3.3 B1カウンターの波形をフィッティングした結果。青い点はサンプルポイント。

(30)

3.2

事象選択

3.2.1 パイオンビームの選択 ビーム中に混ざっているπ+、µ+、e+ からπ+ を選択するため、B1·B2カウンターでのエネ ルギー損失とTime-Of-Flight(TOF) の情報を用いる。TOFは 2.3.1で述べたサイクロトロン RF(23.1 MHz、つまり周期は43.3 ns)に同期した信号とB1カウンターの時間差を用いているの で、得られるTOFはビームが発生してからB1カウンターまでの時間を1周期の43.3 nsで割っ た値となる。図3.4の左図はB1カウンターでのエネルギー損失とTOFの相関図である。また、 図3.4の右図はB2カウンターでのエネルギー損失である。 図3.4 左図:B1カウンターのエネルギー損失とTOF(43.3ns)の相関図。赤色で囲まれた部分 を用いる。 右図:B2カウンターでのエネルギー損失。赤線で囲まれた範囲のビームを選択する。 なお、2011年にTOFの計算方法が変わったので全データに対応するため、TOFのカットの値 を図3.4のように設定している。 また、検出器の中心にヒットするパイオンビームを選択するために、WC1とWC2によるパイ オンビームの位置選択を行う。もしパイオンビームが検出器の中心にヒットしなければターゲッ ト中でパイオンが止まらないので、その事象はバックグラウンドとなるからである。ターゲットの 中心にビームをヒットさせるためにWC1·WC2の中心にビームがヒットすることを要求する。図 3.5にWC1の位置選択を示す。

(31)

図3.5 WC1の位置選択。赤線で囲まれた範囲のビームを選択する。WC2も同様の位置選択を行う。 3.2.2 崩壊後の陽電子の選択 π+がターゲット中で崩壊して生成された陽電子をターゲットの下流側の検出器で計測するが、 π+から崩壊したものではない粒子も存在する。それはビーム中の陽電子やµ+、PDIFによって生 成されたµ+ などであり、それらはターゲットを通り抜けてT1カウンターにヒットしてプロンプ トタイミングでピークを成す。これらの大部分はB1、B2のエネルギー損失やTOFの情報で防が れるが、一部取り残されるものもある。そこで、T1カウンターでの信号がターゲットでの信号と 同時に計測した事象を取り除く。 また、π+がターゲット中の原子核と散乱をおこすと陽子を放出する++ p+→π++ p+:p+は 陽子)。このような陽子はNaIカロリメータに100 MeV以上のエネルギーを落とすこともある。 そのため、この陽子を除かなければならない。陽子はターゲットの下流側の検出器にも大きなエネ ルギーを落とす。図3.6はNaIカロリメータとターゲットの下流側の検出器S3、T1、T2中での エネルギー損失のうち最小のものとの相関図であり、高いエネルギーのヒットを除く。 さらに、T1カウンターのライトガイドにヒットした粒子を除くため、T1カウンターへのエネル ギー損失が小さい(0.3 MeV以下)粒子を全て除く(図3.7)。

(32)

図3.6 NaIとターゲットの下流側の検出器のエネルギー損失の相関図。赤線より上側をカットする。

(33)

3.2.3 パイルアップの除去 ビームレートは約60 kHzと高いので、プロンプトタイミングに対して-300∼500 nsの間に約 30%の確率でビーム粒子によるパイルアップが起きる。ビームパイルアップ事象を除くため、シ グナルリージョンでB1、B2カウンターの各PMTでのヒット数Nを以下のように要求する。論 理和(∪)を取る理由として、本来はπ+ による1ヒットのみであってもあるPMTに反射やアフ ターパルスを起源としたセカンドパルスが入った場合にその事象が除かれるのを防ぐためである。 また、B1カウンターの全てのPMTでヒット数が1以上あることを要求する。これは時間スペク トラムを作成する際用いるB1カウンターの精度を上げるためである。 なお、π+崩壊後のパイルアップ事象も防ぐため、T1カウンターにも同様のヒット数の条件を要 求する。以下に、B1、B2、T1各カウンターへの要求をまとめる。また、各カウンターの各PMT でのヒット数を図3.8に示す。 • B1: {(NP M T 1= 1)∪(NP M T 2= 1)∪(NP M T 3= 1)∪(NP M T 4 = 1)}&& {(NP M T 1> 0)∩(NP M T 2> 0)∩(NP M T 3> 0)∩(NP M T 4> 0)} • B2: {(NP M T 1= 1)∪(NP M T 2= 1)∪(NP M T 3= 1)∪(NP M T 4 = 1)} • T1: {(NP M T 1 = 1)∪(NP M T 2= 1)∪(NP M T 3= 1)∪(NP M T 4= 1)}&& {(NP M T 1> 0)∩(NP M T 2> 0)∩(NP M T 3> 0)∩(NP M T 4> 0)} 図3.8 B1、B2、T1カウンターの各PMTでのヒット数。黒はPMT1、赤はPMT2、緑は PMT3、青はPMT4を示す。

図3.9はカロリメータへの全エネルギー(EN aI+ ECsI)が50 MeV未満、つまりπ+→µ+→e+

過程の時間スペクトラムである。B1、B2カウンターによるパイルアップカットでビーム粒子によ るパイルアップ事象が除かれているのが分かる。

(34)

図3.9 陽電子の時間スペクトラム。左図はB1、B2カウンターでのパイルアップカット前。 RF周期毎にビーム粒子によるヒットが見られる。 右図はB1、B2カウンターでのパイルアッ プカット後。 しかし、2つの粒子が非常に近い間にカウンターにヒットした場合は上記の方法では取り除けな い。そこで、前述の”Q”と”Qw”の比Q/Qwを用いて除く。このカットはB1、B2カウンターの 全てのPMTに適用する。図3.10にB1カウンターのPMT1(以下B1 1)のQとQwの比とQ、 Qwの相関を示しす。パイルアップを起こした事象は図3.10の直線から大きくずれていることが 分かる。 図3.10 左図:B1 1でのQとQwの比(Q/Qw)。赤線より下側がパイルアップしたヒットを 示す。 右図:QとQwの相関図。パイルアップ事象が起こると直線から大きくずれることが分 かる。赤線より上側をカットする。

(35)

3.2.4 プリパイルアップの除去 PIENU実験ではビームレートが高く、µ+の寿命も2.2 µsと長いため、ビーム中またはπ+か ら崩壊したµ+ がターゲットやその周りの物質中に残ってしまうような事象も約30%の確率で起 こる。この残留µ+とπからの信号とのパイルアップを防ぐために、以下のように全てのシンチ レータにプリリージョン(プロンプトタイムの-6.4 µsから-2.15 µs(図3.1))で信号がないことを要 求する。プリリージョンでの事象の除去をプリパイルアップカットと呼ぶ。また、このような残留 µ+ を今後オールドミューオンと呼ぶことにする。図3.11にプリパイルアップカット適用前後の π+→µ+→e+ の時間スペクトラムを示す。これを見ると、t < 0の領域のバックグラウンドが約 1/10になっていることが分かる。また、t > 0の領域でも事象数が約70%になっているが、これ はπ+µ+→e+とオールドミューオンがパイルアップした事象が除かれたためである。 B1,B2,Tg,T1,T2: (NP M T 1= 0)∩(NP M T 2 = 0)∩(NP M T 3= 0)∩(NP M T 4= 0) 図3.11 左図:プリパイルアップカット前、 右図:プリパイルアップカット後のEN aI+ ECsI < 50 MeVの時間スペクトラム。なお、両者ともにパイオンビームの選択、パイルアップ事象の 除去、崩壊後の陽電子の選択を行った後のものである。 3.2.5 アクセプタンスのカットによる事象選択 崩壊した陽電子はターゲットの下流側の検出器(S3、T1、T2、WC3)を全て通ってNaIカロリ メータに入射しなければならない。そこで、ターゲットの下流側全ての検出器を通るようにWC3 で陽電子のアクセプタンスを決める。図3.12のようにWC3の半径60 mm以下に陽電子がヒット することを要求する。

(36)

図3.12 WC3のヒット位置の分布。赤線はアクセプタンスカットを示す。 3.2.6 事象選択のまとめ これら全てのカットをかけることにより、約75%のバックグラウンド事象が除かれる。また、 最も多くのバックグラウンド事象が除かれるのはセクション(3.2.1)によるビームパイオンの選択 であり、カットをかける前の全事象の約30%のバックグラウンド事象が除かれる。この時除かれ た事象はパイオンではないミューオンや陽電子のビームが入射したものである。次に多いのはパイ ルアップ(セクション(3.2.3))、プリパイルアップカット(セクション(3.2.4))であり、ビームパイ オンの選択と合わせると、約60%のバックグラウンド事象が除かれる。これらのカットをかけた 後、3.2.5のカットをかけると全事象の約35%のバックグラウンド事象が除かれる。 これらの事象選択を行った後に残った事象のNaIとCsIカロリメータで計測された陽電子のエ ネルギースペクトラムを図3.13に示す。π+→e+ν eのピークやπ+→µ++e の連続スペクトラム が見える。また、70 MeV以上にも事象が存在するが、これは後述するパイルアップ事象により大 きなエネルギーがカロリメータに与えられたものだと考えられる。また、T1·B1カウンターの時間 情報を用いて作成された時間スペクトラムを図3.14に示す。

(37)

図3.13 EN aI+ ECsI のスペクトラム

(38)

3.3

時間スペクトラム

図3.13において、EN aI+ ECsI≥50 MeVの領域を高エネルギー領域、EN aI+ ECsI <50 MeV

の領域を低エネルギー領域と呼ぶ。高エネルギー領域、低エネルギー領域それぞれの時間スペクト ラムを図3.15に示す。 TRIUMF-E248実験(セクション(2.2))と同様に高エネルギー·低エネルギー両領域の時間スペ クトラムを時間分布を表すモデル関数にフィットしてπ+→e+ν過程とπ+→µ+→eの崩壊分岐比 を求める。ところで、図3.15を見ると、両領域の時間スペクトラムのt < 0領域にまだ事象が残っ ている。これは事象選択によって除ききれなかったバックグラウンドである。また、π+→e+ν e事 象は理論式(2.1)で表されるので、図2.3の右図のように時間が150 ns以降では事象はほとんど事 象が見られないはずである。しかし、図3.15の左図のt > 150 ns以降にもまだ事象が存在する。 これはt > 0領域でもバックグラウンドが存在していることを意味する。崩壊分岐比を得るため にはこれらのバックグラウンドを加味したモデル関数を使用しなければならない。その際、フリー パラメータが増えてしまうと崩壊分岐比との相関により崩壊分岐比の誤差が大きくなってしまう。 バックグラウンドの評価ではいかにバックグラウンドの事象数を適切に評価してフリーパラメータ の数を減らすかが重要である。次章で時間スペクトラムの解析について述べる。 図3.15 陽電子の時間スペクトラム。左図:高エネルギー領域(EN aI+ ECsI≥50 MeV)。 右 図:低エネルギー領域(EN aI+ ECsI < 50 MeV)

(39)

4

時間スペクトラム解析

図3.15に示した低エネルギー領域と高エネルギー領域の時間スペクトラムではt = 0でスペク トラムに落ち込みが見られる。これはビーム粒子がB1、B2、ターゲットを突き抜けた事象を除い た(セクション3.2.2)影響である。この影響を避けるため、時間スペクトラム解析では以下の時間 領域の情報を用いる。 • t < 0 : -250∼-20 ns • t > 0 : 20∼520 ns t = 0はパイオンビームがターゲット中に止まる時間(プロンプトタイミング)であるので、t < 0領 域の事象は全てバックグラウンドである。また、t > 0領域にも様々なバックグラウンドが存在し ており、崩壊分岐比を得るにはバックグラウンドの理解が非常に重要である。しかし、 TRIUMF-E248実験よりも検出器の立体角が増え、より高精度での測定を目指すため、TRIUMF-E248実験 では考慮されなかったバックグラウンドも増える。表4.1、4.2にPIENU実験で考察すべきバッ クグラウンドをまとめたものを示す。また、表4.2のオールドミューオンとπ+→µ+→e+ のパイ ルアップ事象は表のように分類される。 原因 事象 オールドミューオン µ+→e+ν¯µνe PDIF π+が飛行中に崩壊したµ+µ+→e+ν¯ µνe 表4.1 低エネルギー領域でのバックグラウンド一覧。 原因 事象 NaI·CsIのエネルギー分解能 π +→µ+→e+ µ+→e+ν¯µνe µ+の輻射崩壊 µ+→e+ν¯ µνeγ オールドミューオンと µ+→e+ν¯µνeπ+→µ+→e+のパイルアップ π+→µ+→e+ π+の輻射崩壊 π+→µ+ν µγとそのµ+のµ+→e+ν¯µνe 表4.2 高エネルギー領域でのバックグラウンドの一覧。

(40)

XXXXX

XXXXXXXX

π+→µ+→e+

µ+→e+ν¯µνe

T1-T2i T1-T2o T1b-T2i T1b-T2o T1-T2b T1b-T2b

T1-T2i case1 case1 case2B case2B case1 case2B

T1-T2o case1 Reject case3 Reject Reject Reject

T1b-T2i case2A case3 NoTrig NoTrig case4 Reject

T1b-T2o case2A Reject NoTrig NoTrig Reject NoTrig

T1-T2b case1 Reject case4 Reject NoTrig NoTrig

T1b-T2b case2A Reject NoTrig NoTrig NoTrig NoTrig

表4.3 オールドミューオン+→e+ν¯µνe)とπ+→µ+→e+ によるパイルアップの分類の一

覧。bはe+がヒットしなかったもの。iは図3.12で示したアクセプタンス内、oはアクセプタ ンス外にヒットしたもの。Rejectは事象選択(3.2)で除かれるもの、NoTrigは2.15でTrigger

te+が作られずに計測されないもの。 case1: 通常はT1カウンターでのパイルアップカット(3.2.3)により除かれる。しかし、非常に近 い間でパイルアップが起こるとT1カウンターのダブルパルス分解能の限界により受け入れ られてしまう場合がある。 case2A·B: 一方の粒子がT1·T2カウンターのコインシデンスによるTrigger te+ を作り、もう 一方がT1カウンターをミスしてNaI·CsIをヒットしてパイルアップした場合は受け入れ られる。Aはオールドミューオン +→e+ν¯µνe)によって、Bはπ+→µ+→e+ によって Trigger te+ が作られる。 case3: 通常WC3のアクセプタンス外に粒子がヒットするとWC3の情報を用いてその事象は除 かれるが、非常に近い時間でもう一方の粒子がWC3のアクセプタンス内をヒットすると受 け入れられてしまう。 case4: T1·T2カウンターのコインシデンスには100 nsの幅をもっているため、一方の事象がT1 カウンターのみをヒットし、もう一方の事象がT2カウンターのみをヒットした場合であっ ても、両者の信号の時間差が100 ns以下の場合には受け入れられてしまう。 π+e+ν eπ+→µ+→e+の信号と各バックグラウンドの時間スペクトラムを図4.1に示す。こ れは2011年にC.Malbrunotによって行われた時間スペクトラムの解析[7]のものである。図4.1 の左図の赤線はπ+→e+ν e事象、青線は高エネルギー領域にしみ出したπ+→µ+→e+ 事象、緑色 の線はその他のバックグラウンド事象の総計を表し、そのうち水色の破線はオールドミューオン とπ+→µ+→e+のパイルアップによるバックグラウンド事象、紫色の破線はオールドミューオン ·µ+の輻射崩壊によるバックグラウンド事象、灰色と黄色の破線はそれぞれNaI·CsIで計測された π+の輻射崩壊によるバックグラウンド事象を表す。また、図4.1の右図の赤線はπ+→µ+→e+ 象、緑色はオールドミューオン·PDIFによるバックグラウンド事象を表す。

(41)

しかし、図4.1では表 4.3 の case2Aのみしか考慮されていないため、高精度での測定を目 指すには他の成分も加えて考察しなければならない。だが、時間スペクトラム解析を行うには C.Malbrunotによって行われた解析の理解が必要である。本章ではC.Malbrunotによって行われ た解析について述べ、次章でcase1について述べる。 図4.1 左図:高エネルギー領域での信号とバックグラウンド。 右図:低エネルギー領域での信号 とバックグラウンド。

4.1

低エネルギー領域のスペクトラム

4.1.1 π+→µ+→e+ t > 0領域での事象のほとんどはπ+→µ+→e+ 事象である。π+の寿命で立ち上がり、µ+の寿 命で下がる分布となるので理論式(2.2)によって表される。なお、π+→e+ν e事象の低エネルギー テールも含まれているが、π+→µ+→e+事象に比べてπ+→e+νe事象は10−4の分岐比しか存在 せず、さらにπ+→e+νe が低エネルギー領域に入る確率は 10%未満である。よって、低エネル ギーテールでのπ+→e+νe事象数はπ+→µ+→e+事象数と比較すると約0.001%と非常に少ない のでこの影響は無視できる。 4.1.2 オールドミューオンによるバックグラウンド t < 0領域の事象の大部分はミューオン+→e+ν¯µνe)から来るバックグラウンドである。よっ てこの領域の事象はミューオンの寿命で下がる指数関数 εµ→e¯νµνe(t) = exp(τt µ) τµ (4.1) で表される。このバックグラウンドはt > 0領域にもなめらかにつながっている。

(42)

4.1.3 PDIFによるバックグラウンド PDIFによる事象が約1.2%存在する。この事象はµ+の寿命で崩壊するので、4.1.2と同じ関数 εµ→e¯νµνe(t)で表される。ただし、PDIFはt > 0領域にのみ存在するバックグラウンドである。

4.2

高エネルギー領域のスペクトラム

π+→e+ν e 事象への崩壊確率はπ+→µ+→e+ 事象の崩壊確率と比較して10−4 と小さいので、 低エネルギー領域では無視できるバックグラウンドも高エネルギー領域では無視できなくなる。そ のため、この領域では時間スペクトラムにゆがみを与える様々なバックグラウンドが存在する。 4.2.1 π+→e+ν事象 t > 0領域での事象の多くはπ+→e+νe 事象である。この事象はπ+の寿命の指数関数の分布と なる。つまり、時間分布は式(2.1)で表される。 4.2.2 NaICsIの有限のエネルギー分解能より生じるバックグラウンド事象

NaI、CsIは有限のエネルギー分解能をもつため、パイルアップのない純粋なπ+→µ+→e+事 象がエネルギーの閾値を超えて高エネルギー領域にしみ出してしまうことがある。この事象は π+ により生じるので、時間分布はヘビサイドの階段関数H(t)(t < 0ではH(t) = 0t > 0では H(t) = 1)を用いてH(t) ∗ επ→µ→e(t)で表される。 同様の理由でオールドミューオンによるバックグラウンドがエネルギー閾値を超えてしまうこと がある。このバックグラウンドはµ+ の寿命で下がる指数関数の分布(εµ→e¯νµνe(t))で表すことが できる。この事象はt < 0t > 0の両領域に存在する。 4.2.3 µ+の輻射崩壊によるバックグラウンド µ+が輻射崩壊µ+→e+ν¯ µνeγ を起こし、陽電子と一緒にγ がNaIまたはCsIで計測される(つ まりパイルアップする)とエネルギー閾値を超えることがある。 π+→µ+→e+事象のµ+が輻射崩壊を起こした場合はεπ→µ→e(t)、オールドミューオンが輻射 崩壊を起こした場合はεµ→e¯νµνe(t)で表される。図4.2にミューオンが輻射崩壊をした時に放出さ れるγのエネルギースペクトラムを示す。

(43)

図4.2 ミューオンの輻射崩壊時に放出されるγのエネルギースペクトラム。横軸y = 2Eγ

γのエネルギー、はミューオンの質量である。[11]

4.2.4 オールドミューオンとπ+→µ+→e+のパイルアップによるバックグラウンド

NaI、CsIでオールドミューオンから崩壊した陽電子とπ+→µ+→e+事象の陽電子のパイルアッ

プが計測され、それによってエネルギー閾値を超えてしまうとこの事象はバックグラウンドとな る。これには以下の2通りの場合が考えられる。 I オールドミューオンから崩壊した陽電子がT1·T2カウンターをヒットしてトリガーを作り、 π→µ+→e+過程で放出された陽電子がT1·T2カウンターを通らずにカロリメータで計測さ れる(図4.3)。これは表4.3のcase2Aである。 II Iと同様の仕組みで起こるが、π→µ+→e+過程で放出された陽電子がトリガーを作り、それ にオールドミューオンが重なるというものである(図4.4)。これは表4.3のcase2Bである。

図 2.2 ターゲット中での π + →e + ν e 、 π + →µ + →e + 過程のエネルギー損失 (MC) 。 図 2.3 モンテカルロ計算で求めたカロリメータでの陽電子のエネルギースペクトラム ( 左図 ) と時間スペクトラム ( 右図 ) 。分かりやすくするため、 π + →e + ν e 過程の事象数を 10 −4 よりも 大きくしている。 2.2 過去の実験の概要 1980 年 代 後 半 、カ ナ ダ の TRIUMF 国 立 研 究 所 で 上 記 の 測 定 原 理 で R を 測
図 2.4 TRIUMF で 1980 年後半に行われた実験の検出器の配置。
図 2.7 π + →µ + →e + イベント抑制後の TINA のエネルギースペクトラム。 PDIF によるバッ クグラウンドが残っている。 2.3 PIENU 実験 2.3.1 加速器 · ビームライン PIENU 実験は TRIUMF の M13 ビームラインで行われた。図 2.8 に M13 ビームラインの概 念図を示す。 TRIUMF のサイクロトロン加速器で生成されたビームカレントが 100 µA 、エネ ルギーが 500 MeV の陽子ビームを Be からなる厚さ 1 cm のターゲット (
図 2.8 M13 ビームラインのレイアウト。スリット F3 より下流側の部分が PIENU 実験用に 追加された部分である。 T1 ターゲットで生成された 2 次粒子は π + の他に µ + 、 e + などを含んでいる。高純度の π + ビームを得るため、 B1 と F1 で 77 MeV/c のビームを選択し、 F1 に設置されたアブソーバーで π + の運動量を落とし、 B2 と F3 でそれを通過させる。 µ + や e + はアブソーバーでの運動量損失 が π + と異なるので、 F3 でブロ
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参照

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