4 時間スペクトラム解析
図3.15に示した低エネルギー領域と高エネルギー領域の時間スペクトラムではt= 0でスペク トラムに落ち込みが見られる。これはビーム粒子がB1、B2、ターゲットを突き抜けた事象を除い た(セクション3.2.2)影響である。この影響を避けるため、時間スペクトラム解析では以下の時間 領域の情報を用いる。
• t <0 : -250∼-20 ns
• t >0 : 20∼520 ns
t= 0はパイオンビームがターゲット中に止まる時間(プロンプトタイミング)であるので、t <0領 域の事象は全てバックグラウンドである。また、t >0領域にも様々なバックグラウンドが存在し ており、崩壊分岐比を得るにはバックグラウンドの理解が非常に重要である。しかし、 TRIUMF-E248実験よりも検出器の立体角が増え、より高精度での測定を目指すため、TRIUMF-E248実験 では考慮されなかったバックグラウンドも増える。表4.1、4.2にPIENU実験で考察すべきバッ クグラウンドをまとめたものを示す。また、表4.2のオールドミューオンとπ+→µ+→e+ のパイ ルアップ事象は表のように分類される。
原因 事象
オールドミューオン µ+→e+ν¯µνe
PDIF π+が飛行中に崩壊したµ+のµ+→e+ν¯µνe 表4.1 低エネルギー領域でのバックグラウンド一覧。
原因 事象
NaI·CsIのエネルギー分解能 π+→µ+→e+ µ+→e+ν¯µνe
µ+の輻射崩壊 µ+→e+ν¯µνeγ オールドミューオンと µ+→e+ν¯µνeと π+→µ+→e+のパイルアップ π+→µ+→e+
π+の輻射崩壊 π+→µ+νµγとそのµ+のµ+→e+ν¯µνe 表4.2 高エネルギー領域でのバックグラウンドの一覧。
XXXXX
XXXXXXXX
π+→µ+→e+
µ+→e+ν¯µνe
T1-T2i T1-T2o T1b-T2i T1b-T2o T1-T2b T1b-T2b
T1-T2i case1 case1 case2B case2B case1 case2B
T1-T2o case1 Reject case3 Reject Reject Reject
T1b-T2i case2A case3 NoTrig NoTrig case4 Reject
T1b-T2o case2A Reject NoTrig NoTrig Reject NoTrig
T1-T2b case1 Reject case4 Reject NoTrig NoTrig
T1b-T2b case2A Reject NoTrig NoTrig NoTrig NoTrig
表4.3 オールドミューオン(µ+→e+ν¯µνe)とπ+→µ+→e+ によるパイルアップの分類の一 覧。bはe+がヒットしなかったもの。iは図3.12で示したアクセプタンス内、oはアクセプタ ンス外にヒットしたもの。Rejectは事象選択(3.2)で除かれるもの、NoTrigは2.15でTrigger te+が作られずに計測されないもの。
case1: 通常はT1カウンターでのパイルアップカット(3.2.3)により除かれる。しかし、非常に近
い間でパイルアップが起こるとT1カウンターのダブルパルス分解能の限界により受け入れ られてしまう場合がある。
case2A·B: 一方の粒子がT1·T2カウンターのコインシデンスによるTrigger te+ を作り、もう 一方がT1カウンターをミスしてNaI·CsIをヒットしてパイルアップした場合は受け入れ られる。Aはオールドミューオン (µ+→e+ν¯µνe)によって、Bはπ+→µ+→e+ によって Trigger te+ が作られる。
case3: 通常WC3のアクセプタンス外に粒子がヒットするとWC3の情報を用いてその事象は除
かれるが、非常に近い時間でもう一方の粒子がWC3のアクセプタンス内をヒットすると受 け入れられてしまう。
case4: T1·T2カウンターのコインシデンスには100 nsの幅をもっているため、一方の事象がT1 カウンターのみをヒットし、もう一方の事象がT2カウンターのみをヒットした場合であっ ても、両者の信号の時間差が100 ns以下の場合には受け入れられてしまう。
π+e+νe とπ+→µ+→e+の信号と各バックグラウンドの時間スペクトラムを図4.1に示す。こ れは2011年にC.Malbrunotによって行われた時間スペクトラムの解析[7]のものである。図4.1 の左図の赤線はπ+→e+νe事象、青線は高エネルギー領域にしみ出したπ+→µ+→e+ 事象、緑色 の線はその他のバックグラウンド事象の総計を表し、そのうち水色の破線はオールドミューオン とπ+→µ+→e+のパイルアップによるバックグラウンド事象、紫色の破線はオールドミューオン
·µ+の輻射崩壊によるバックグラウンド事象、灰色と黄色の破線はそれぞれNaI·CsIで計測された π+の輻射崩壊によるバックグラウンド事象を表す。また、図4.1の右図の赤線はπ+→µ+→e+事 象、緑色はオールドミューオン·PDIFによるバックグラウンド事象を表す。
しかし、図4.1では表 4.3 の case2Aのみしか考慮されていないため、高精度での測定を目 指すには他の成分も加えて考察しなければならない。だが、時間スペクトラム解析を行うには
C.Malbrunotによって行われた解析の理解が必要である。本章ではC.Malbrunotによって行われ
た解析について述べ、次章でcase1について述べる。
図4.1 左図:高エネルギー領域での信号とバックグラウンド。 右図:低エネルギー領域での信号 とバックグラウンド。