別紙1 論 文 審 査 の 要 旨
報告番号 甲第2690号 氏 名 浦野 絵里
論文審査担当者
主査 歯学部 口腔病態診断科学講座口腔病理学部門教授 美島健二 副査 歯学部 口腔微生物学講座教授 桑田啓貴
副査 歯学部 歯周病学講座教授 山本松男 副査 医学部 皮膚科学講座教授 末木博彦
(論文審査の要旨)
学位申請論文「Induction of osteoblastic differentiation from neural crest-derived stem cells of hair follicles」について、上記の主査1名、副査 3 名が個別に審査を行った。
神経堤細胞は,幹細胞の性質を持つことが報告されている.そこで本研究では,骨再生医療の細胞ソース として,神経堤由来であり,低侵襲に採取可能な毛包細胞に着目し,骨芽細胞への分化誘導を検討した.す なわち、神経堤細胞マーカーであるミエリンプロテインゼロ(P0)のプロモーターにより Cre リコンビナーゼ を発現する P0-Cre マウスと,CAG プロモーター下に GFP を発現する flox マウスを交配し,ダブルトランス ジェニックマウス(P0-Cre/CAG-CAT-GFP マウス)を作出した。作出したマウスの毛包から GFP をマーカー に神経堤細胞が採取されたが、採取直後の毛包細胞には,神経堤由来細胞(GFP 陽性細胞)が約 10%存在し,
幹細胞用培地で培養すると,培養 14 日後には 95%以上に達した.増殖した GFP 陽性細胞の 76.2%が間葉系 幹細胞マーカーである PDGFRα,Sca-1 を発現していることがフローサイトメトリー解析により確認された.
GFP 陽性細胞は p75 などの神経堤細胞関連遺伝子を発現していたが,骨芽細胞分化誘導用培地中で培養する と p75 の発現が低下し,アルカリホスファターゼ,オステリクス,オステオカルシンなどの骨芽細胞関連遺 伝子の発現が上昇した.β-グリセロリン酸,アスコルビン酸およびデキサメタゾンの添加は石灰化物産生 を促進した.また,活性型ビタミン D の添加により破骨細胞分化誘導因子(RANKL)の発現が上昇し,骨髄 細胞との共存培養系で破骨細胞分化を誘導した.成体マウス毛包内に存在する神経堤由来幹細胞は高い増殖 活性と骨芽細胞への分化能をもち,骨再生医療の有用な細胞ソースとなりうることが示唆された.
本論文の審査において、副査の桑田委員、山本委員および末木委員から多くの質問があり、その一部とそ れらに対する回答を以下に示す。
桑田委員の質問とそれらに対する回答:
1.P0-Cre/CAG-CAT-GFP マウスは P0 遺伝子のプロモーターによって Cre を発現するが、このプロモーター特 異的に転写が誘導される機序は?特異的な転写因子は明らかになっているのか。
(P0 遺伝子に特異的な転写因子については、転写因子である Sox10 が P0 プロモーターに直接結合して P0 遺伝子の発現を制御していることが報告されています。したがって、このマウスでは、P0 遺伝子のプロモ ーターに Sox10 が結合することで、特異的に転写が誘導されます。)
2.体毛など他の部位ではなく、頬髭の毛包を選んだ理由は。
(体毛に比べて、頬髭の毛包は大きく、採取がしやすいこと、一本の毛包から回収できる細胞数が多いこと から頬髭の毛包を選択しました。また、マウスもヒトも体毛は軟毛ですが、マウス頬髭とヒト頭髪は硬毛で す。臨床応用では、ヒト頭髪から細胞を採取することを考え、同じ硬毛であるマウス頬髭の毛包を選択しま した。)
山本委員の質問とそれらに対する回答:
1.毛包における神経堤由来細胞の役割は。(毛包の毛乳頭細胞は、Sox2 (体性幹細胞マーカー) を発現しま す。これらの細胞は外毛根鞘の細胞と交流しながら、成体幹細胞のニッチェとして働き、毛包と真皮の再生 や維持に関与しています。Sox2 陽性の毛乳頭細胞は、多分化能を持ち、毛乳頭に存在する SKPs (皮膚由来 前駆細胞)と直接的に関わり、神経、平滑筋細胞、脂肪細胞を含む様々な細胞種に分化します。SKPs は神経 堤由来であり、Sox2 陽性の毛乳頭細胞は神経堤細胞マーカーである p75 を高レベルに発現します。)
2.これらの細胞が毛包に存在する理由は。
(バルジ領域外部から出現した細胞は、新生毛包の供給源となります。バルジ領域は幹細胞の貯蔵庫であり、
神経堤由来細胞を含んでいます。私たちの実験において、毛包内の神経堤由来細胞が幹細胞の性質を持つ事 が示唆されました。したがって、毛包における神経堤由来細胞は、毛包の新生や皮膚の創傷治癒時に幹細胞 を供給し、貢献していることが考えられます。)
末木委員の質問とそれらに対する回答:
1.毛包は主に上皮系の細胞から形成されており、その周りに結合組織性毛包が存在している。バルジ領域に は上皮系の細胞が存在していると報告されているが、今回の実験で増殖した神経堤由来細胞は、この上皮系 の細胞と形態学的には区別できない細胞なのか。
(バルジ領域は幹細胞の貯蔵庫であり、バルジ領域の細胞の中には神経堤由来細胞も含まれています。今回、
毛包を酵素処理した培養直後の細胞には、GFP 陽性細胞(神経堤由来細胞)以外の細胞も多く認められてお り、その中には毛包を構成する上皮系の細胞が含まれていたと考えています。また、幹細胞培地にて培養後、
GFP陽性細胞が増殖し、フローサイトメトリー解析により、それらの 94.4%が間葉系幹細胞マーカーの一
つであるPDGFRαに陽性であることが今回分かりました。また顕微鏡像では、増殖した細胞の形態は繊維
芽様の形態であることが観察されました。このことから、上皮系の細胞よりも間葉系幹細胞の性質を持つ神 経堤由来細胞が高い増殖能を持ち、増殖したことが考えられます。)
2.毛包の縦断像で認められるバルジ領域の細胞は、横断像でみるとバルジ領域の外側、あるいは内側に存在 するのか。(今回の実験では観察を行っておりませんが、バルジ領域の神経堤由来細胞は、バルジ領域と外 毛根鞘の間に存在すると以前に報告がされており、横断像では、バルジ領域の外側に存在すると考えられま す。)
両副査は、上記を含めた質問に対する回答が、いずれも満足のいくものであることを確認した。
主査・美島委員の質問とそれらに対する回答:
Neural crest origin の細胞が存在部位によって最終分化形態が異なるのは何故か。
(神経堤細胞は胎生初期の神経管癒合部に発生し、胚内を広く遊走後に、定着先の環境によって様々な種類 の細胞に分化します。したがって、神経堤由来の細胞は、それぞれの遊走先の環境因子からの刺激により、
最終分化をするため、同じ神経堤由来の細胞であっても、細胞の存在部位によって最終分化形態が異なると 考えます。)
主査の美島委員は、両副査の質問に対する回答の妥当性を確認するとともに、本論文の主張をさらに確認 するために上記の質問をしたところ、明確かつ適切な回答が得られた。
以上の審査結果から、本論文を博士(歯学)の学位授与に値するものと判断した。