国立国語研究所学術情報リポジトリ
同年代の初対面同士による会話に見られる「ダ体発 話」へのシフト : 生起しやすい状況とその頻度を めぐって
著者 陳 文敏
雑誌名 日本語科学
巻 14
ページ 7‑28
発行年 2003‑10
URL http://doi.org/10.15084/00002111
『日Jzlsc語季}学諺14(2003年10ナ讐)7−28 〔研究論文〕
同年代の初対面同士による会話に見られる
「ダ体発話」へのシフト
一生起しやすい状況とその頻度をめぐって一
陳文敏
(名古麗大学大学院生)
キーワード
「ダ体発謝へのシフト,情報の受信,情報の整理,感情の表繊,無意識
要 旨
日本語の会話では同一話者の発話が「デス・マス体」から「ダ体」へ,またはその逆へと切り替 わることがよく見られる。このスピーチレベル・シフトについてはこれまでに多くの研究があり,
シフトは「心的距離の調節」と「談話の展開標識」の役割を果たすものとされている。しかし,
「ダ体発話」ヘシフトする状況とその頻度に関してはまだ十分には解明されていない。
そこで,本稿では同年代の初対面日本語母語話者同士の会話を資料に,「ダ体発話」ヘシフトす る状況について分析した。その結果,「ダ体発話」へのシフトは八つの状況で現れやすいことが明 らかになった。その八つの状況は(1)情報の受信を示す時,(2)情報の整理を表す蒔,(3)感情 の表出を行う時の三つに分類できた。そして,フォローアップ・インタビュ・一一の報告から,日本語 母語話者は多くの場合無意識にヂダ体発話」にシフトしていることが確認できた。日本語母語話者 はその八つの状況の特性をうまく利用して「ダ体発話」へのシフトを行うことによって,相手に対 する親しみを表し,話しやすい雰囲気を作り嵐していると考えられる。
董.はじめに
我々人闘はことばを使って情報のやり取りを行うと1剛1寺に,相手との社会的関係を言語の表現 形式に反映させる(井出1993)。その典型的な例として日本語では「デス・マス体」と「ダ体」の 選択を挙げることができる。日本語の会話では同一話者の発話が会話の途中で「デス・マス体」
から「ダ体」へ,または「ダ体」から「デス・マス体」へと切り替わることがある。これは従来 から「スピーチレベル・シフト」と呼ばれてきた現象である1。
EII本語母語話者は会話の際決して好き勝手にスピーチレベル・シフトを行っているわけではな い。母語話者はシフトが許容できる状況を知っており,時には円滑,あるいは効果的なコミュニ ケーションを行うためにスピーチレベル・シフトを利用することすらあると考えられる。
本稿では「デス・マス体発話」を基本とする初対面隅士の会話を資料に,「ダ体発話」ヘシフト しゃすい状況を特定し,このような会話におけるスピーチレベル・シフトの機能の解明につなげ たいと考える。
1.G.先行研究
スピーチレベル・シフト(Speech levei shift)という用語を使ったのは,管見の限りではlkuta
(1983)が最初である。それ以来,特に90年代に入ってからスピーチレベル・シフトの生起する要 因と機能について盛んに研究されるようになってきている。例えば,緑語場面の会話についての 研究ではテレビやラジオの座談番組を扱っているlkuta(1983),生田・井畠(1983),三十(1gg3),
足立(1995),初対面岡士の会話を資料にしている宇佐美(1995),三牧(2000)がある。特定の複 数の話者による会話を縦断的に収集して分析している大浜他(igg8),鈴木(1999),教室談話を用 いている岡本(1997),学生の討論を資料にしている杉山(2000)も挙げられる。それから,接触 場面の会話に焦点をあてた上仲(1997),陳:(ig98)もある。ほかに小説や新聞・雑誌の投稿など
について分析している研究もあるが,紙幅の関係で省略する。
上記の研究ではfデス・マス体発話」の使用が基本となっている会話を資料にするものが多い
(lkuta1983,生田・井娼1983,三牧1993,足立1995,宇佐美1995)。その理由として少なくとも次の2 点が挙げられる。まず「デス・マス体発話」の使用が基本となる会話では比較的スピーチレベ ル・シフトが多く見られ,分析対象がより明確に把握できること,次にそうした会話に見られる
[ダ体発話」へのシフトがなぜ生起するか,その機能が何かがまだ十分に解明されていないことで
ある。
ここで先行研究の分析の結果である「ダ体発話jへのシフトを次の表1にまとめる。ただし,
先行研究では「ダ体発話」へのシフトだけではなく,「ダ体」にシフトした発話が「デス・マス体 発話」へ戻るというシフトについても分析しているが,ここでは本稿と直接関わる「ダ体発話」
へのシフトのみを取り上げる。
裏1 先行研究で挙げられている「ダ体発話」へのシフトの機能・条件 Ikuta
i1983)
生田・井川 i1983)
出馬 i1993)
足立 i1995>
宇佐美 i1995)
(a)相手への共感を示す
O
○ ○ ○ ○「心的距離 フ調節」
(b>親しみを表す ○ ○
○ ○ ○
(c)冗談を言う時 ○
(d>相手の「ダ体発話」に合わせる時 ○
(e)小さな話題への移行 ○ ○ ○ ○
(f)前の発話について説明や例示をしたりする時 ○
○ ○ ○
(g)独り言的な発話・自問するような発話をする時 ○ ○
「談話の展
J標識」 (h)何かを確認したり,確認のための質問をする,
@ あるいはそれに答える時
○
①重要部分の明示,強調 ○
(1)申途終了型発話2 ○
住:「○」が付いた箇所は,当該先行研究でその機能・条件に触れていることを表す。
表1の一番左側に示したように,スピーチレベル・シフトが「心的距離の調節」(「ダ体発話」へ のシフトは心的距離の短縮),及び「談話の展開標識」の役割を果たすことは,すべての研究で見
られる一致した見解である。しかしながら,その下位項臣(a)〜(1)に関しては見解の相違が見
られる。そして,表1の表題に示したように,その下位項目を包括的に指す用語は研究者によっ て異なっている。生田・井出(1983),三牧(1993)は「機能」,足立(1995),宇佐美(1gg5)は
「条件」という用語を使っている。この下位項目はいったいスピーチレベル・シフトの生起する条 件なのか,あるいはスピーチレベル・シフトの果たす機能なのかがはっきりしない。
さらに,字佐美(1995:37)は,表1に挙げた「条件が整えば,いつでもスピーチレベルシフト が生じるかというと,そうではない」(下線は原文のまま)と述べ,相手との上下関係,性差によ ってスピーチレベル・シフトの頻度が異なるということについても論じている。しかし,表1に あるそれぞれの機能・条件において,スピーチレベル・シフトが実際にどれぐらいの頻度で生起 するかはまだ明らかになっていない。
1.2.本稿の研究課題
スピーチレベル・シフトの「機能」を明らかにするには,まずシフトしゃすい状況3を客観的 に把握する必要があると考える。そこで,本稿では「デス・マス体発話」の使用が基本となって いる会話における「ダ体発話」へのシフトに焦点をあて,以下の二つの研究課題を設定する。
課題1 「ダ体発話」へのシフトが起こりやすいのはどのような状況か 課題2 そのような状況で実際にどの程度の頻度でシフトが起きているか
「ダ体発話」へのシフトに関する主な先行研究の結果は先の表1にまとめたが,分析するにあ たってはそれにとらわれることなく,会話資料に観察される実例から上記のJl 1つの研究課題の解 明を進めることにする。
2.会話資料
会話資料の収集は臼本語母語話者8名(男性4名,女性4名,鵬身は愛知県,長野県,兵庫県,福 井県,以下,母語話者)に依頼して行った。会話資料を収集した時点では,母語話者は全員25〜29 歳の大学院生か研究生で,相手とは初対面である。表2に示すように,二人一一・kEで,虜己紹介か
ら始め,四三に会話をしてもらい,計8組219分の会話を収集した。会話の後,フォローアップ・
インタビューによって相手の属性についての判断,互いのスピーチレベル・シフトに関する書語 使用意識などについて確認した t。その結果は分析と考察を行う際,参考にした。
衰2 会話資料の一覧 会 話 !
JM!+5M 2 (33分) 会 話 5 JM 3÷JM 4 (28分)
会 話 2 JF 1+JM 2 (28分) 会 話 6 JF 3や∫M 3 (26分)
会会 話 3 JF 1亭JF 2 (26分) 会 話 7 JF 3+JF 4 (29分)
話 4 JM 1牽JF 2 (2王分) 会 話 8 JM 4+JF 4 (28分)
注:1.参加者は三つの記号で示す。初めの記号のJは日本を表す。次の記号は牲別でMは男性を,
Fは女性を表す。最後は通し番号である。
2.会話1〜会謡4は1997年5Jijに,会話5〜会譜8は2002年2月に収集した。
3.分析単位・対象の認定基準と発話のスピーチレベルの分類
本稿では,収集した会話資料の文字化及び分析の処理にCHILD£S(大嶋・MacWhinney編1995)
を使い,「発話」を分析の単位とした。発話単位は田丸・吉岡(1994)に倣って,文法,音声(イ ントネーション,ポーズ),意昧を考慮してひとまとまりとなるか否かで認定した5。
発話は,奪い終わっている発話,つまり当該発話においで【青報伝達が終了していると判断され る発話,及び欝い終わっていない発話の2種類に分けられる。書い終わっていない発話は,網手 の割り込みなどにより中断された発話であり,本稿の分析対象ではない。また,応答詞だけの発 話(「はい」,「ええ」,「うん」,「いいえ」,「いいや」,「いや」)は言い終わっている発話であるが,そ のスピーチレベルの分類基準がまだ一定していないので,分析対象から除外する。
書い終わっている発話は,謡い切っている発話,つまり文法的に完結している発話,及び謡い 切っていない発話,すなわち「中途終了型発話」の二つに分けられる。言い切っている発話は
「デス・マス体発話」と「ダ体発諦に分類する。両者は発話末尾にくる下記の表現形式,または 終助詞(か/っけ/な/ね/よ/よね等),終助詞の機能を果たす表現(が/から(ね)/けど
(ね)/し(ね)/もの(ね)等)(国立国語研究所1951,許2000)が現れる前の表現形式によって 区別される。その違いは以下の通りである。
「デス・マス体発話」:「です/でした/でしょう」,「ます/ました/ましょう/ません/ま せんでした」で終わる発話。
「ダ体発話」:「だ/だった/だろう」,「(形容詞)い,(動詞)ル形,及びその過去形((形容 詞)かった/(動詞)タ)と否定形(ない/なかった)」で終わる発話,またはドだ/だった/だ ろう」が付かない名詞と形容動詞,(です/でした/でしょう以外の)助動詞で終わる発話。
「中途終了型発話」は,その発話の意味が場面と文脈から分かるが,書い切っておらず不完全 な発話である6。スピーチレベルを示す書語表現が発話末に見られず,スピーチレベルの判定が できないので,ドデス・マス体発話」でも「ダ体発話」でもないと考える。例えば,「オノマトペ って…」で言い終わっている発話の意昧が先行文脈から「オノマトペって何ですか」という質問 であると特定できるなら,この発話は「中途終了型発話」であると認定した。
なお,以下の会話例における使用記暑は表3に示しておく。
表3 会議例における使用記号
o 基本的な発話末記号。
発話末の
@記号
? 情報を要求する言い終わっている発話を表す。
一ト・一 醤い切っていないが,言い終わっている発話(諜「中途終了型発話」)を表す。
重なった部分は〈〉で揺り,以下の記号で重なった箇所を示す。
発話の重 ネり記号
[〉] 次の話者の発話にあるく〉で括った部分との重なりを表す。
[〈] 前の話者の発話にあるく〉で括った蔀分との重なりを表す。
十, 一度中断した発話が継続することを示す。発話の最初に表記する。
[=1κ] 詣潜の非需語行動を表す。 (κにはヂ笑い」,あるいは吸気の「ス一瓢が入る。)
薮] 相手のあいつちを表す。
£:] }ヨ本四表記の実際の音声表現を示す。その日本語表記は〈〉で括る。
その他 揮 ポーズを表す。
XX 聞き取れない簡粗を表す。
%act: 会話の合間に見られる舞一語行動を記述する記号である。
WWW
プライバシー保護のため,会話の中に現われた人名や闘体名などの代わりに使う。→ 注目されたい発話を示す。
4.発話のスピーチレベルの分布
上記の分類に従って本稿の8組の会話資料を調べた結果,発話のスピーチレベルの分布は表4 に示す通りになった。
表4から母語話者全員がどの会話においても「デス・マス体発話」を多く使っていることが確 認できた(「デス・マス体発話」の使用率は53.5%〜85.0%で,平均7L5%)。本稿では,一つの会話にお いてある話者に最も多く見られたスピーチレベルを当該話者にとっての「会話の基本レベル」(以 下,「基本レベル」)とする。従って,母語話者全員にとってrデス・マス体発話」が「基本レベ ル」となっている。
表4 8組の会話に見られるスピーチレベル別の発話数
「デス・マス体発話」 「ダ体発話」 「中途終了型発話」 合 計
JMl
275 74.7% 69 18.8% 24 a5% 368会話1 JM 2 241 75ユ% 48 15.0% 32 10.0% 321
JF 1 146 66.7% 39 17.8% 34 155% 219
会話2 JM 2 188 76.4% 30 12.2% 28 1M% 2娃6
JF 1 84 535% 36 22.9% 37 23.6% 157
会話3 JF 2 183 76.6% 20
84% 36 15.1% 239
JM 1 151 74.8% 39 19.3% 12 5.9% 202
会話4 JF 2 165 73D% 26 ll.5% 35 155% 226
JM 3 117 65◎% 21 11.7% 42 23.3% 180
会話5 JM 4 148 68.5% 15 69% 53 245% 216
JM 3 95 73.6% 10 78% 24 18.6% 129
会話6 JF 3 99 70.2% 29 2α6% 13 9.2%
1畦1
JF 3 84 64.6% 26 2α0% 20 154% 130
会話7 JF 4 168 59.8% 87 31.0% 26 9.3% 281
JM 4 125 75.3% 11 6.6% 30 18.1% 166
会話8 JF逢 209 85.0% 17 69% 20 &1% 246
総 数 2478 71.5% 523 15.1% 466 134% 3467
注:本稿における比率は,小数第2位を四捨五入して求めた。
上の表4に示した8名の母語話者の「ダ体発話」の使用率を,次の表5のように,話者及び相 手の性別に整理し直し,それに基づいでi幽魂の影響を調べた。
表5 性別と「ダ体発音」の使周率
男性話者 阿性上手 異盤相手 差 平 均 女性話暫 同性柑手 異性堅手 差 平 均
JM 1 18.8% 19.3% 一〇.5 19.1% JF 1 22β% 178% 5ユ 204%
JM 2 15.0% 12.2% 2.8 13.6% JF 2 8護% U.5% 一3.ユ 10.0%
JM 3 11.7% 7.8% 39 獄8% JF 3 2α0% 20.6% 一〇。6 2α3%
JM塩 ag% 6.6% 0.3 α8% JF 4 31.0% 63% 24.1 19.0%
平 均 !3ユ% 1L5% L9 123% 平 均 20.6% 14.2% 8.2 174%
油:1.差の欄の9−」は、母性棚手より異性魔手との会話のほうで「ダ体発話」が多かったことを示す。
2.差の平均は,相手の盤別による違いを晃るため, r一」を無視して計算した績果である。
母語話者8名は全員「デス・マス体発話」を「基本レ1ベル」に会話をしているが,表5によれ ば,fダ体発話」の使用率は全体的に男性より女性のほうが高い。ただし,男性グループではJM 1の「ダ体発話」使用率がほかの3名よりかなり高く,女性グループではJF 2の使用率がほかの 3名より際立って低いということが確認できた。
一方,相手の性別との関係を合わせて考えると,下記のような差が見られた。8名のうち5名
(男性のJM 2,JM 3, JM 4,及び女性のJF 1,JF 4)が異性との会話より岡性岡士の会話のほうで
「ダ体発話」を多く使っている。しかし,その差は∫M4のO.3ポイントからJF 4の24.1ポイントま でと,大きな開きがある。残りの3名(男性のJM 1,及び女性のJF 2,JF 3)は上記の5名と違い,
異性との会話のほうで「ダ体発話」の使用率が高かった。しかし,JM lとJF 3ではO.6ポイント 以下の差しか見られないのに対して,JF 2では3.1ポイントの違いがある。
上述したように,「ダ体発話」の使用と性別についてはある程度の傾向が見られたが,明確な結 果は得られなかった。会話参加者が男女4名ずっと少なかったために,性別より個人差が際立つ 結果になったと思われる。性差の問題についてはさらに資料を増やして分析する必要がある。
5.シフトした発話の捉え方
表4の通り,「ダ体発話」は計523個用いられているが,そのすべてがシフトした発話ではない。
つまり,シフトしたものもあれば,一度シフトしてそのまま続けて使われるものもある。例えば,
JM4の車のことが話題となっている次の例1を見てみよう。
修聾1 (会言舌5より)
JM 4:え一と,その一,カローラフィルダーになってから,それほどでもないですが。
JM 4:2年でもまだ2万キuぐらいですね。
jM 3:あ一一,は。
JM 3:1年2万キロぐらいってやつぱ普通の人の2倍ぐらいですよね。
JM 4
∫M3 [=!笑い]。
∫M4 前のセリカの時はよく車回ってて,あの一,学会が東北大学である,じゃ,
仙台まで車で行こうって書って,車でぶ一んって行ったりと[・・ 1笑い]+…
例1においてJM 4には「ダ体発話」が計三つある(網掛けをしている発話)。しかし,シフトし たのは最初の「ダ体発話」(→付きの発話)のみであり,他の二つはいずれもシフトしたままの発 話である。こうした,シフトしたままとなっている「ダ体発話」は,本稿の会話資料では計73例 観察され,「ダ体発話」の14.0%(73/523)を粛めている。
なお,本稿における「ダ体」へのシフトとは,同一話者のスピーチレベルに見られる切り替え を指す。直前の相手発話のスピーチレベルは考慮しない。上の例1では∫M4の二つEと三つ目の
「ダ体発話」の間にJM 3の「デス・マス体発話」(響_が引いてある発話)が挟まれているが,
∫M4のスピーチレベルは「ダ体」のまま変化していないので,スピーチレベルがシフトしたとは
認めないことにする。
以下ではシフトしたと判断された450個の「ダ体発話」(523 一 73 ・= 450)のみを対象に,その生起 しやすい状況,及びその頻度について分析を行うことにする。
6.「ダ体発話」ヘシフトしゃすい状況
本稿の会話資料について調べた結果,「ダ体発話」ヘシフトする傾向が見られる状況は計八つ観 察された。それは①相手の発話の一部を繰り返す時,②先取りをする時,③自己発話に対する補 足・例示をする時,④情報内容の自己訂正を行う時,⑤何かを思い出しながら話す時,⑥適切な 表現を模索する時,⑦椙手の発話内容に感嘆を示す時,⑧自分の心情を吐露する時,の八つであ る。この八つの状況はさらに次のようにまとめられる。①,②は話者が情報を受信したことを,
③〜⑥は話者が伝達すべき情報を整理していることを示す状況である。また,⑦と⑧は話者が何 かについて自分の感情を表出するという状況である。この八つの状況で見られる発話のスピ・一・チ
レベルの分布は表6に示す通りである。
表6 「ダ体発話」ヘシフトしゃすい状況とスピーチレベル別の発話数
「ダ体発話」 「デス・マス体発話」 沖途終了型発話」 計
⑦相手の発話の一部を繰り返す時 30 75.0% 7 17.5% 3 7.5% 40 ω情報の受儒
@を示す時 ②先取りをする時 21 618% 12 3巳3% 1 29% 34
③窪己発話に対する補足・例示をする時 41 51.9% 1王 13.9% 27 34.2% 79
②情報の整理
@を表す時
④i辮瓢箪の自己訂正を行う隣 8 王00.G% 8
⑤何かを思い聞しながら話す時 36 837% 5 lL6% 2 47% 43
⑥適切な表現を模索する時 16 88.9% 2 11.1% 18
⑦相手の発話内容に感嘆を示す時 26 743% 9 257% 35
(3)感婿の表出
@を行う時 ⑧自分の心情を吐露する暗 22 95.7% 1 43% 23
合 計 200 71.4% 嘆7 16.8% 33 11£% 280
表6に示したように,この八つの状況でヂダ体」ヘシフトしたと判断される発話は計200個ある。
それはシフトした結果の罫ダ体発話」の44.4%(200/450)に達している。さらに,八つの状況すべ てにおいて,「ダ体発話」の比率が盗つの発話のタイプの中で最も高いことも確認できた。特に,
④情報内容の自己訂正を行う時では,「ダ体発話」しか見られなかった。しかし,②と⑦では「デ ス・マス体発話」が,③では「中途終了型発話」が25%から35%ぐらいの割合で出現している。
これについては,各状況についての分析で改めて述べる。
なお,表6に関して,話者の性別及び相手の性別がFダ体発話」の使用に影響しているかどう かを分析した。しかし,八つの状況においてスピーチレベルの選択と姓差の間には何も関遮性が 見出せなかった。分析対象者が男性4名,女性4名と少なかったからかもしれないが,話者また は相手の性別が「ダ体発話」へのシフトに影響を与えていると判断する根拠はなかった。ただし,
JM 1には大きな特徴が見られた。「⑦栢手の発話内容に感嘆を示す時」の26例の「ダ体発話」の
うち,約7割の19例(19/26・w・73.1%)がJM 1に集中していることが分かったのである(対JM 2に 17例,対JF 2に2例)。これ以外には飼人的な特徴も見られなかった。
上記のように,①〜⑥では情報の受信や整理が行われており,話者の意識が相手に対する配慮 よりも情報処理に向けられやすい状況だと考えられる。このことが「ダ体発話」へのシフトを引 き起こす一困になっていると思われる。また,⑦と⑧に見られる感情の表患そのものは相手がい ない場面でも可能であり,その時は当然ヂダ体」が使われる。つまり,状況⑦と⑧では,相手の いない時と嗣じ「ダ体」の使用によって,飾り気のない率直な感情であることが伝わると思われ る。こうした理由から,これらの状況で現れる発話は「ダ体」になりやすいのであろう。以下,
6.1〜6.3において,①〜⑧のそれぞれについて例を挙げながら説明していく。
6.1、(1>情報の受倦を示す時
6.1.1.①相手の発話の一部を繰り返す時
我々は会話をする時,相手の発話の一部を繰り返すことがある。本稿の会話資料ではその状況 で見られる「ダ体発話」へのシフトは75.0%となっているア。例えば,例2のように相手の発話の ポイント,例3のように笑いを誘う半弓の表現を繰り返しているのが観察される。
イ列2 (会話5より)
JM 3:家賃聞いていい〈ですか〉[〉][=1笑い]?
JM 4:〈あ,いいです〉£〈]。
JM 4:その1Kのig寺は,あの一,駐車場も金部込みで4万7千円で[うん,うん,うん1 でくきっち〉[〉]+/
→ JM 3:〈駐車場込みで〉こく34万〈7千円〉[〉]。
JM 4:〈ええ〉 [〈〕。
JM 4:キッチン3畳で,部屋が7畳。
JM 3:いいところじゃないですか。
修遡3 (会話3より)
JF/:生まれも育ちも[あ一]大学も〔:!笑い1÷…
JF 2:あ一,全部名古屋で+…
JF 1:ええ。
∫F2:あくそうですが〉[〉]。
JF 1:くだから〉[〈]学部の蒔からずっと名大の教育学部で[あ一]そのまんま,その,
大学にいて〈まだ〉[〉]+/,
∫F 2:〈なに〉[〈]+/,
JF 1:+,いる[=1笑い]。
→ JF 2:[ ・!笑いながら]まだいる。
JF 2:何回でいらっしゃるんですか?
こうした相手の発話の一部を繰り返す例について,中田(199!)は次のように述べている。
相手のことばをくり返せば,情報を受僑したことを伝え,同時に自分の了解が正しいか どうかを確認することができる。こうしたくり返しは,情報伝達を円滑かつ確実にするも のである。
(中田1991:55,太字は原文のまま)
この中田の指摘にもあるように,相手の発話を繰り返すという雷語行動は情報の受儂を示す役 割を果たす。その時,話者は情報内容に意識を傾けているので,表現形式に反映する椙手との社 会的三二に対する配慮が二次的になり,「ダ体発話」へのシフトが起きやすいのではないかと思わ
れる。
6.1.2.②先取りをする時
会話においてはある話者の話がまだ終わらないうちに,もう一人の話者がその内容を予測して 先にまたは同時に何かを欝うこともしばしば見られる。言い換えれば,先取りという雷語行動は
「稲手の雷いたいことを理解している」ということを伝え(田中!998:35),情報の受信を示すこと になると思われる。本稿の会話資料では618%という割合でこの状況での「ダ体発話」へのシフト が観察された。例えば,次の例4と例5がこれにあたる。
暫iJ 4 (会言舌8より)
JM 4:[=1スー]あの一,留学生がたくさんいて[え一]それで彼らが論文をかい,
日本語で論文を書いた時に[え一]直してくれって雷って僕のところに持ってく るんですけど[あ一,え一]。
JM 4:xx直すと[え一][=1スー]例えば,「何々は」とか「何々が」とかって[え一]
感覚的にはこっちは「何々が」のほうがいいんだよとか言えるんですけど[え一一]
「どう違うんですか」って聞かれると,僕は全然わかんなくて+…
%act:爾者笑い。
JM 4:う 〈一ん>D]。
∫F4:〈そうです〉[〈]よね。
JF 4 :う 〈一ん〉[〉]。
JM 4 〈難しいな〉[く]とかと思いながら[う一ん]いつもやってるんですけどね[え一]。
JM 4 ふ一ん。
JM 4 でも,論文を書けるレベルってなると,相当高いレベルなんですよね,日本語は。
∫M4 [=!スーコいやつ,そうっ[=!笑い3÷/.
→ JF 4 そうくでもない〉[〉][=!笑い]。
JM 4 〈人によっては〉[〈]xxまちまち〈ですね〉[〉]。
例5(会話2より)
JF 1:交通費とかでお金が稼げませんでした[=1笑い]?
JM 2:あ,交通費はくれないんですよ+/.
JF 1:くあっ〉[〉]+/.
JM 2:+,〈近〉[〈]すぎて。
JM 2:あの一,東京なら[あ一]東京,地下鉄170「qとか,そんなんなんで+…
JF 1:そうっ,大学も東京だからそうですよね。
JM 2:ええ。
JF 1:私の友人たちは,例えば,東京の会社を三つ四つ内内定とかもらいますよね。
JF 1:で,行く時に全部の会社から交通費をもらうので+…
JM 2:あ,そこまでサギのようなことしてたんですね。
JF 1:で,友達xx何かに泊まれば,もう〈丸儲け〉[>3+/.
→ jrv{ 2:〈丸儲け〉[〈コ。
JF 1:+,っていう感じで[:1笑い]+…
JM 2:うん,そこまでやらなかったですね。
こうした先取りの発話は前節の「絹手の発話の一部を繰り返す時」と岡様に,情報内容のほう に意識が傾いているため,「ダ体発話」ヘシフトしゃすいのではないかと考えられる。しかし,本 稿の会話資料では先取りは35.3%という割合で「デス・マス体発話」で現れている8。先取りは一種 の割り込みで,あまり行儀のいい言語行動ではない(野田1996)が,一方では積極的な会話への 参与を示す働きもある(田中1998)。先取りにはこのように相反する颪があるため,ある程度スピ ーチレベルのことを気にかげながら話をしている結果,「デス・マス体発話」も比較的多くなって いるのであろう。
上の例2〜例5を見て分かるように,会話をする者岡士は繰り返しや先取りによって,相手に 今聞いている情報を受け取ったことを示すことがある。その時には意識が情報内容のほうに集中
しがちで,そのため「ダ体発話」へとシフトする場合が多いのであろう。
6.2,(2)情報の整理を表す時
③霞己発話に対する補足・例示をする時,④情報内容の隊己訂正を行う時,⑤何かを思い嶺し ながら話す時,⑥適切な表現を模索する時の二つの状況は,すべて情報の的確な伝達を目指して,
意識を情報の整理に向けている時であると考えられる。
6.2.d.③自己発話に対する補足・例示をする時
話者がある情報を伝えた後,何らかの原因でそれでは不十分だと感じた時に,補足・例示を行 って説明することがある。本稿の会話資料ではこの状況で生起した「ダ体発話」へのシフトは 51.9%となっている。
例えば,次の例6では,JF 1が「今から民間企業に入ったら仕事がうまくいかないだろう」と いうことについて話している。∫F1がそれについて補足・例示(基本的な作法を矢llらない,定時出 勤・退社が苦手)を行う発話はいずれもfダ体」になっている。
例6(会話2より)
JFl:絶対私,企業なんかで働いたら,やっていけないでしょうね。
JM 2:そうですが。
→ JF 1:基本的な作法みたいなもの〈知らないし〉[〉]。
JM 2:〈それはだって教えて〉[〈]くれますからね。
JF 1:〈そうですが〉[>3。
jM 2:〈だって〉こく]22で入ると,もっとひどいですから。
JF 1:そうなんですか。
JM 2:最初はひどい人はひどいですから。
JF 1:は一。
JM 2:僕もよく怒られましたしね[=1笑い]。
JF 1:[=1笑い]。
→ JFl:なんか,一番,私ができないと思うのは,定時出勤,定時退社[:!笑いコ。
JM 2:あ,それが一番学部の学生に難しいです[:i笑い〕。
こうした場合,様々の情報の中から選択的に提示することになり,情報の整理に意識が集中し てしまうので,シフトが起きやすいのではないかと思われる。
しかし,自己発話に対する補足・例示をする時は,本稿の会話資料では34.2%が「中途終了型発 話」となっている。この場合,その灘に出した情報に対して,何か付け加える,または例を挙げ ることでさらに詳しい説明が行われる。その時は重複を省き,肝心なところを言えばよいわけで,
「ダ体発話」ほどではないが,「中途終了型発話」も使われるのであろう。
6.2.2.④情報内容の自己訂正を行う時
話者が自分の出した,あるいはltiそうとする情報が正確でないと感じた時,その情報内容が間 違っていることをことばで示すことがある。このような状況では話者は開違いに気付いたことを 思わず口に愉してしまうので,相手に配慮した「デス・マス体」を使う余裕がなく,「ダ体」にな りやすいのではないかと思われる。例えば,会話が始まってまもない時に見られた自己紹介の次 の例7がこれにあたる。
例7(会話5より)
∫M 4:あの一www学部の∫M 4と需います。
JM 3:∫M 4さんくですか〉[〉]?
JM 4:〈はい〉[〈]。
JM 3:え,今大学院〈ですか〉〔〉]?
→ JM 4:〈え一と〉[〈]大学院は,いっから,去年,えっ,違う。
JM 4:[=!スー3え一と#www年の3月に卒業して[はい,はい3#え一, www年 の4月から1年間wwwをやったんですよ〈www学部で〉[〉]。
例7では,JM 3の質問「今大学院ですか?」に答えているJM 4が,自分の雷つたことが間違 いであると気付き,自己訂正を行っている発話が「ダ体発話」ヘシフトしている。JM 4の欝つた ことが間違っていると判断できるのは以下の3点による。まず,→付きの発話の最後のr違う」
は声が弱くなってきている。次に,ヂ違う」の前に「えっ」(__が引いてある箇所)という気付 きのしるしがある。最後に,その後の発話内容から聞違っていると確認できる。
表6に示したように,本稿の会話資料では,こうした情報内容の自己訂正をしている発話は 100%という割合で「ダ体」で行われている。
6.2.3.⑤何かを思い出しながら話す時
話者が何かを署う際,その情報について思い出しながら話すことがある。この時は,言語表現 のスピーーチレベルより,情報内容のほうにより意識を集中してしまうため,「ダ体」になってしま うのではないかと思われる。この状況での「ダ体発謝へのシフトは,本稿の会話資料では83.7%
という割合で現れている。例えば,心理学に興昧を持っている(JF 2の)友入のことが話題にな っている次の例8が該当する。
汐18 (会話3より)
∫F2:なん,こう,心理学というものに[うん]こう憧れみたいなのがあって[うん3 こういう,なんか,人を助けたいみたいな[う一ん][=1笑い]そういうイメー
JF 1 一 JF 2 JF 2
ジだけで物言ってるような,まだそんな段階だと思うんで[うんコそんなに,う ん,まだわかんないんですよね,きっと。
4年生なんですか?
え一つと,あの子も編入したので,そうですね,今年,4年生なのかな。
3年生の時点で,そのこと雷ってたんで[は一1まだ分かってなかったんだと思 います[うん]。
例8では,JF 2は自分の友人が,相手のJFIの専門である心理学に興味を持っており,いっか 名大の大学院を受けたがっているがまだ何も分かっていないようだという。その発話の後,JF 1 の「4年生なんですか?」という質問に,∫F2が思い出しながら答えている発話が「ダ体発話」
ヘシフトしている。その発話が「思い患しながら」と判断できるのは,∫F2の発話の最初に「え 一つと」,そして途申に「そうですね」(__が引いてある箇所)という何かを思い出そうとする 時などに使われる表現が見られるからである。
6.2.4.⑥適切な表現を模索する時
ある情報を伝えるにあたって適切な表現が見つからず,何かを「〜というか」のように自問す る形で君う蒔がある。本稿の会話資料ではこの状況で見られる「ダ体発話」へのシフトは889%と なっている。心理学が女の子に与えるイメージの話がされている例9を見てみよう。
修週9 (会話4より)
JF 2:で,そこに行ってる友達が,あの一,その,臨床心理学をやりたいというんで [え一一]今度やっぱり大学院,名大受けるって雷ってますけど[あ一]。
→ JF 2:女の子って,こうなんていうの,心理学っていう響き,すごく憧れるっていうかね。
JM 1:あ一,あ,そういうのがあるんでしょうね。
JF 2:mマン,ロマンチックって変ですけど[はい,はい,はい〕。
∫F2:なんか,すごく,こう,神秘的で[は一]だから,はやりと書えばはやりですよ ね。
例9において,∫F2は心理学に対して女の子が抱いているイメージについて話そうとしている が,なかなかよい表現が見つからないようで「心理学っていう響き,すごく撞れるっていうかね」
と「ダ体発話」ヘシフトしている。当該発話がこの⑥適切な表現を模索する時にあたると判断し たのは,「〜っていうか」という表現形式になっているほかに,その発話の途中には「こうなんて いうの」という迷っているような発話(__が引いてある箇所)があり,JF 2がその後いろいろ 表現を工夫して話をしているからである。
上記の例6〜例9に見られるように,我々が会話をする時,情報内容のほうにより意識が集中 することがある。つまり,相手に情報を的確に伝えようとするほうに気を取られ,言語表現のス
ピーチレベルの制御が相対的に1一こかになってしまうこともあるだろう。その場合には「ダ体発話」
へのシフトが起こりやすくなると書ってよいだろう。
6.3.(3)感情の表出を行う時…
この(3)感情の表出を行う特として,本稿の会話資料で観察されたのは⑦椙手の発話内容に感 嘆を示す時,⑧自分の心情を吐露する時の二つである。
6,3.1.⑦相手の発話内容に感嘆を示す時
栢手の言っていることに感嘆を表す例では,次の例10のように具体的な内容(r経済はやっぱり 違うな一。」,「経済力あるな一。」)を雷う以外に,例llのような「素晴らしい。」,または「すごい
(な)。」などのような表現も多く観察された。
例10(会話1より)
JM 2:社会人はなんかくれるんですよ,1台。
JM 2:あ,支給されるんですよ,取りあえず。
JM 1:えっ,そうなんですか。
JM 2:研究しつ,部屋,ゼミ室,あの一,学生の部屋に1台ありますけど[はい3。
JM 2:それから一人ずつノート今預けられてますけど。
→JM 1:経済はやっぱり違うな一[=1笑い]。
JM 1:経済力あるな一。
JM 1:そうなんですか。
{列11 (会受診4より)
JF 2:ど,どういつだ専門でしたっけ?
JM 1:えっと,私,認知科学って雷って,えっとね,う一ん,イメージ的には,心理学 は一番近いんですけどね。
JF 2:心理学ですか。
JM 1:心理学と,う一ん,コンピュータの[う一ん]と足して2で割ったような〈xx
学問〉[〉]+/.
JF 2:〈理系ですね〉こく]。
JM 1:え一とね,いや,うん,文系と理系の狭間みたいなもんですね。
2e
JF 2:素晴らしいですね。
JM 1:〈いえ,全然〉[>1÷…
JF 2:〈両方ですか〉こく][=!笑い3?
JM 1:両方,いや,両方じゃなくて[:1笑い]両方じゃなくて[うん]え一,両方と もできないからく中間をやってるんですよ〉〔〉][=1笑い]。
→ JF 2 : 〈いや,いや,素晴らしい〉[く]。
JF 2:でも,それってあれですか,臨床心理学とか+…
∫M1:とは,また違いますね,かなり。
この⑦二手の発話内容に感嘆を示す時には,本稿の会話資料においては74.3%の割合で「ダ体発 話」へのシフトが観察された。残りの257%が「デス・マス体」で現れており,その比率は「②先 取りをする時」の353%に次いで高い。それは,この状況の発話は相手の発話内容に対する感情的 反応であり,評価も含むので,たとえ「ダ体発話」のほうが自分の感情を率直に表すことができ るとしても,スピーチレベルのことを比較的注意しながら話しているからであろう。
6.3.2.⑧自分の心情を吐露する時
話者が自分の感情や気持ちなどの心情を表す時がある。この場合,声が少々小さくなるという 音声上の特徴が見られた。本稿の会話資料では,この状況で見られた「ダ体発話」へのシフトは 95.7%という高い割合に達している。例えば,今後の進路などが話題になっている次の例12がこれ にあたる。
片羽12(会話2より)
JM 2:え一,今山ってらっしゃるっていうことは[え一]まxxに進もうと+…
JF 1:うん,そのつもりですけど。
→ JF 1:いつ進めるのか£=}笑いながらコ分からない9。
JF 2:ずっと非常勤講師のまま行かなきゃいけないかもしれない。
JM 2:は一。
JF 1:う一ん。
→ JM 2:よかった,行かなくて。
∫M2:ま,行く気なんか,さらさらなかったですけどね。
例12で,JF 1は自分のような心理学専門の者はなかなか専任の職が見つからなくて,もしかし たらずっと非常勤講師しかできないということに対する自分の気持ちについて話している。それ を聞いたJM 2は,蜜初大学に入る時,心理学を専攻しなかったことについて「よかった,行かな
くて。」と自分の気持ちを表している。この∫F1とJM 2の自分の心情を吐露する発話はいずれも
「ダ体発話」ヘシフトしている。
例10〜例12に見られるように,二手の発話内容に感嘆を示したり,自分の心情を吐露するよう な発話では「ダ体発話」にシフトする傾向のあることがはっきりと確認できた。感嘆や心情を表 明する時には,「デス・マス体」の持つよそよそしさよりも「ダ体」の持つ率直さが優先されると いうことなのであろう。
7.考察
7.1.話者の意識と「ダ体発話」へのシフトの機能
前章では「ダ体発話」にシフトしゃすい八つの状況について報告した。本節では話者の意識と ヂダ体発話」へのシフトの機能について考察する。
本稿では,2章で述べたようにフォローアップ・インタビューを実施し,母語話者本人にスピ ーチレベル・シフトの意図や理慮の説明を求めるとともに,二手のスピーチレベル・シフトにつ いてもコメントを求めた。その結果から次の2点が明らかになった。
第1に,町分のスピーチレベル・シフトについてすべて明確な説明をした者は1名もいなかっ た。椙手の発話については,会話4におけるJM 1以外は,全員が二手の発話で気になるところは なかったと述べている 。。このことは,スピーチレベル・シフトが多くの場合無意識に行われてお
り(XX一牧1993,足立1995,宇佐美1995),相手に違和感を与えるようなシフトは極めて少ないという ことを示している。
第2に,状況④⑤⑥における臨分のFダ体発話」は自問するようなものであるので,岡年代の 初対1罵稲手には使っても失礼にならないばかりか,もっと楽に話をしていこうということを間接 的に示すことができる。そして,これらの状況における相手の「ダ体発話」は,自分に向けられ たものではないと判断して聞き流したとの報告がある。また,⑦や⑧の発話は「ダ体」で行うと 会話が盛り上がるが,もしfデス・マス体」になってしまうと,堅苦しさが残るばかりでなく,
せっかくリラックスした会話の雰囲気が白けてしまうのではないかとの意見もあった。このよう な報告は,「ダ体発話」の出現によって最初の緊張感やよそよそしさから少しでも解放され,会話 の雰囲気がリラックスし,話しやすくなってくる(王牧2000)と思われていることを示している。
これは,「ダ体発話」へのシフトには相手に親しみを表す機能があるという従来からの指摘(表1 参照)を裏付けるものでもある。
フォローアップ・インタビュー一の結,果から,母語話者は「ダ体発話」へのシフトを多くの場合 無意識に行い,そのことで互いに違和感を感じてはいないということ,シフトが親しみの表示,
話しやすい雰囲気の醸成であると受けとめていること,の2点が確認できた。
さらに,初対面の母語話者は多くの場合無意識にシフトを行っているが,決して無秩序に「ダ
体発話」にシフトしているわけではないことも明らかになった。母語話者は初対面であることか ら「デス・マス体発話」が基本になることは分かっているが,岡時に初対面のよそよそしい会話 の中に親しみやリラックスムードをどのように作り出せばよいかも承知しているのである。つま
り,上記の状況①〜⑧では「ダ体発話」にシフトしても失礼にならないことを承知しており,こ の状況の特性を利用して「ダ体発話」ヘシフトしているのだと考えられる。
むろん,本稿の会話資料から抽餓された八つの状況に見られる「ダ体発話」へのシフトは,会 話参加者が岡年代であることと無関係ではない。例えば,宇佐美(1995)は初対等のK上の相手 に対してはあまり「ダ体発話」へのシフトが起きないと述べている。また,置牧(2000)では初 対面で同性の大学生や大学院生を対象に,「独話的発話」ヂ心情の直接表畠」などについて調べて いるが,この二つの場合では上位者は下位者より「ダ体発話」を多く使っているという結果が得 られている。これらの指摘から,野手が目上である場合だと,本稿の会話資料で見られた八つの 状況でもfダ体発話」ヘシフトしにくいと考えてよいであろう。つまり,相手が目上でスピーチ
レベルにより配慮しなければならないと考えたならば,「ダ体発謝へのシフトはより意識化され たと考えられる。これに関しては今後さらに調回する必要がある。
7.2.先行研究の結果との関わり
上記のように,本稿の会話資料から「ダ体発話」ヘシフトしゃすい状況が八つ抽出された。こ の八つの中で,情報の受信とした①と②はこれまでの研究では指摘されておらず,本稿で新たに 追加したものである。
これまでの研究では,表1に示した通り,独り雷的な発話あるいは自問するような発話はfダ 体」にシフトすることがあると指摘されてきた。独り需的な「ダ体発話」は本稿の会話資料にも 出現している。例7〜例12の「ダ体発話」がこれに網幽する。これらの発話は状況④⑤⑥⑦⑧で 使われていたが,状況④⑤⑥で上せられる場合は情報処理の面が強く,状況⑦⑧では感情表出の 面が強いと考えられる。従来は「独り雷的」として一つに括られていた「ダ弾発謝は,産出の 背景を考えると,二つに分けられることが明らかになった。
fダ体発話」へのシフトには親しみの表示,つまり「心的距離の短縮」,あるいは話しやすい雰 囲気を醸成する機能があると欝われてきたが,本稿でもフォローアップ・インタビューの結果か
らこのことが裏付けられた。しかし,「談話展開標識」の機能を果たしていると考えられる「ダ体 発話」へのシフトは確認できず,スピーチレベル・シフトと談話展開に対応関係は見られなかっ たという大浜他(ig98)の報告と同様の結果であった。
先行研究では「機能」と「条件」という二つの用語の区別が必ずしも明瞭ではないということ を1.しにおいて指摘した。本稿では「ダ体発話」へのシフトが生起しやすい八つの「状況」を会 話資料から抽出し,その「機能」が先行研究で書われてきたように「心的距離の短縮」にあるこ
とを確認した。これによって用語に関する問題点は解消されたと考える。
8.まとめと今後の課題
本稿では,同年代の初対面日本語母語話者岡士の会話を資料に,「ダ体発話」へのシフトについ てその生起しやすい状況,及び生起する頻度の2点を課題に分析した。その結果は次の3点にま
とめられる。
1. 「ダ体発話」へのシフトは八つの状況で起きやすいことが明らかになった。さらに,その8 つの状況は,(i)情報の受儒を示す時,(2)情報の整理を表す時,(3)感情の表出を行う時,
の三つに分類することができる。
ll 一その八つの状況で現れた「ダ体発話」,「デス・マス体発話」,「中途終了型発話」の数を調べ た結果,「ダ体発話」ヘシフトする頻度は八つの状況において一様ではないことも分かった。
m.フォローアップ・インタビューの結果から,母語話者は多くの場合無意識に「ダ体発話」へ のシフトを行い,そのことで互いに違和感を感じてはいないということ,シフトが親しみの 表示,話しやすい雰囲気の醸成であると受けとめていること,の2点が確認できた。母語話 者は,本稿の会話資料から抽出した八つの「ダ体発話」ヘシフトしゃすい状況の特性をうま く利用して「ダ体発話」ヘシフトしていると考えられる。
この八つの状況における「ダ体発諭へのシフトは,本稿の会話資料における母語話者が岡年 代の若者であるという事実と無関係ではないと思われる。つまり,相手の年齢や地位などによっ てスピーチレベル・シフトに対する話者の意識化の度合が異なり,スピーチレベル・シフトが生 起する状況,及びその頻度が変動すると考えられる。従って,年齢や上下関係などに差がある話 者たちの会話,さらに日本語学習者の会話では,おそらく上記の結果とは異なる様相が見られる だろう。今後そのような会話の分析を行い,本稿の仮説を検証していきたい。
注
1 「スピーチレベル・シフト」はほかに「敬語(の)レベルシフト」(生田・井臨983),「待遇レ ベルシフト」(三牧1993・2000)などとも呼ばれている。しかし,スピーチレベル・シフトという 用語がより広く使われているので,本稿でもf スピーチレベル・シフト」というJE語を使うこと
にする。
2宇佐美(1995:35)における中途終了型発話とは,「述部が雀略される場合や,複文の場合,従 属節のみで主節が省略されたりする発話,すなわち,最後まで言い切っていない発話」である。
本稿の捉え方はそれと少々異なる。詳しくは3章を参照されたい。
3 本稿では「状況」ということばを日常的な意味で用いる。「状況」とは,ある特定の場合(晴 と場所)で起きていること,及びそれを取り囲む事物のすべてを指す。本稿では,場薗,文脈,
話者の心理状態などを「状況」に含めて考えることにする。
4 フォローアップ・インタビューは,各参加者の会話がすべて終了した後,相手がいないところ で各参加者の雷門使用意識の確認も兼ねて,以下の手順で行った。
a. 「ダ体」(普通体)とfデス・マス体」(丁寧体)についての認識,使用意識を確認する。
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b。録音する前,参加者たちに初対面の相手との会話である旨を伝えておいた。そこで,各参加 者がどんな心構えで会話に臨んだかを聞く。
c.会話をしている時の,相手の話し方や言葉遣いに対する感想を求める。
d.参加者が意識的にスピーチレベル・シフトを行っていたかどうかを確認する。
e.参加者と一緒に会話資料を聞きながら,自分あるいは稲手のスピーチレベル・シフトのあった 箇所についてその意図・理由をできる限り説明してもらう。
ただし,e.については,参加者の都合など階間の関係で,録音した会話資料のうち,開始直後の 5分闘,開始後10分から3分闘,及び終わりの2分間,計約10分間のテープを聞いて,いろいろ とコメントを求めた。
5 発話単位の認定の詳継は土岐哲他(1998:185「3文字化マニュアル」),及び陳(2000)を参照さ れたい。
6 「中途終了型発話」は具体的に(A)複文の聖節が省略されている発話(例A),(B)述部が 省略されている発話(例B),(C)形式は「ダ体発話」に見えるが,音声的には「ダ体」と認め られない発話(例C)の3種類に分けられる(陳2000)。
例A(会話5より)
JM 4:だから,別に実家にたっ,いながら,この,名大に通うことも できるんですけど[え一,え一]。
→jM 4:[ ・1スー一一]一人暮らし,今までしたことないしなあと思って+…
JM 3:はい,はいくはい,はい〉[〉]。
JM 4:〈え一〉[〈]。
→ JM 4:一一度ぐらいしてみたいと思って[=1笑い]+…
例B(会話2より)
JF 1:女性で,独身の人で,27,8で転職した子って多いんですよ。
JM 2:あ,そうなんですか。
(中略)
JM 2:なんかあるんですか,その辺には〈心理学的に〉[〉][=1笑い]?
→ JF 1:〈私も,だから〉[〈]おもしろいなと思って[== 1笑いながら]
ついついネタにしようかなと÷…
JF!:こういう発想がたぶん大学院生なんでしょうね。
例C(会話3より)
→ JF 2:そうすると,その黛指してらっしゃる就職というのはく病院〉[:びょうい一 ん]÷…
JF 1:いえ,一応,大学なんですけど[うん]。
例Cのような発話は,末尾が平板のイントネーションを伴い,伸ばしてゆっくり話されている。
このような音声的特徴から,この発話は言い切っていないものと認定した。なお,多くの場合,
相手に質問する時に児られる。
7 相手の発話の一部を繰り返す時の「デス・マス体発話」7例は,いずれも発話の末尾が下降音 調となっているfですか」で終わっている。
8 先取りをする時,「デス・マス体」となっている12例では,1例を除き,ほかはすべて終助詞 の「(質問の)か/ね/よね」のどれかが宋尾に付いている。
9 例12におけるJF 1の「いつ進めるのか分からない。」,及び例3のJF 1の「(前略〉大学にいて,
まだいる。」という発話は,いずれも話好が自分のことを笑うかのように,冗談めかして言って いるものとも考えられる。冗談めかした発話をする時に「ダ体発話」へのシフトが起きるという ことは,宇佐美(1995)でも指摘されている。「ダ体」にすることによって他の部分と違うという ことが伝わり,明かに冗談であることを示す効果があると思われる。
こうした冗談めかした発話は,例3と例12に見られたものを除くと,本稿の会話資料では僅か 6例しか観察されなかった。数は少ないが,「ダ体発話」3例(50.G%),「デス・マス体発話」1 例(16.7%),「中途終了型発話」2例(33.3%)という結果から,「ダ体発話」で現れる傾向があ ると欝ってよいであろう。しかしながら,冗談めかした発話は,吊例が少ない,及び本稿の会話 資料から抽出された八つの状況と性質が異なり,(1)(2)(3)の3分類のどれにも入らないとい う理幽で,一緒に扱わないことにした。
なお,例12におけるJF 1の「いつ進めるのか分からない。」という発話は,自分の心情を吐露 するものであると同時に,冗談めかした発話でもある。この例12から「ダ体発話」へのシフトは いくつかの状況が重なって起こることもあるということが分かる。
10 会話4はJM 1とJF 2の会話である。「理幽はうまく醤えないが,何だかJF 2に目下扱いをされ ているような感じがした」とJM 1は述べている。
引用文献
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23−26, 石師究社
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宇佐美まゆみ(1995)「談話レベルから見た敬語使用一スピーチレベルシフト生起の条件と機能一」
『学苑』662,27−42,昭和女子大学近代文学研究所
大嶋百合子・Brian MacWhinney編(1995)『日本語のためのCHILDESマニュアル』McGill
University
大浜るい子・鈴木雅恵・多田美有紀(1998)f自由談話に見られるスピーチレベルシフト現象」『教 育学部研究紀要」44−2,389−397,中国四国教育学会
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『醸本語学』16−3,39−51,明治書院
国立国語研究所(1951)『現代語の助詞・助動詞一用例と実例一』秀英出版
杉山ますよ(2000)「学生の討論におけるスピーチレベルシフトー丁寧体と普通体の現れ方一」『別 科論集』2,81−102,大東文化大学別科日本語研修課程
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