博 士 ( 農 学 ) 櫻 井 博 章
学位 論文 題名
Arthrobacter sp.H65−7株 によ るイ ヌ1Jンか らオ リゴ 糖の生産に関する研究
学位論文内容の要旨
近 年、 食生活の多様化に伴い肥満、成人病などが問題化され、健康維持の意識が向上 され る中 、その原因とされる砂糖の消費は減少傾向が続いている.その流れからテンサ イの 代替 作物としてチコリーが注目されている.即ち、イヌリンの生産とこれを原料と した 新た な機能性糖の開発が重要視されている.イヌリンは天然界に広く存在している ポリ フル クタンであるが有効利用が遅れている.ヒトの消化酵素では消化できないこの 多糖 を利 用するためには加水分解し低分子化することが必至である.その手段として特 異的 な反 応性を有する微生物由来の加水分解酵素を用いフラクトオリゴ糖およびイヌロ オリ ゴ糖 を生産することが主流となっている.当研究室でイヌリン分解菌として土壌よ ルス クリ ーニングしたArthrobacter sp. H65‑7株は菌体外酵素イヌリンフルクトトラン スフウラーゼ(イヌラーゼII)の作用によルイヌリンからdi‑D‑fructofuranose1.2 :2,3
dianhydride (DFA III)を高生産した.DFA IIIは難消化性、抗う蝕性などの性質を有して
おり 、砂 糖に 替わ る新 たを 甘味 料とし て期 待さ れて おり 、様 々な 分野で用途開発が始 ま っ て い る. これ まで に本 菌に よるDFA IIIの 大量 調製 法の 確立 、イ ヌラ ーゼIIの精 製、 およ び酵 素学 的諸 性質 のな どを詳 細にしてきたが、本酵素によるDFA IIIのさらに 効率 的な 生産、および本酵素の反応機構の解明などを行うためにもイヌラーゼIIの遺伝 子レベルでの解析が必要である・
ま た、 本菌によるイヌリン分解資化経路にも注目した.本菌はイヌリンから生成した
DFA IIIを 取り 込み 生育 のた めに 資化 していることが示唆された.本菌の菌体内酵素に
よるDFA IIIの 分解 資化 経路 の解 明を 行い、精製酵素の詳細な酵素学的諸性質まで決定
した.以下、結果の要約を行う.
1. Arthrobacter sp. H65‑7株の培養上清からイヌラーゼIIを精製し、N・末端領域および 内部 アミ ノ酸配列を決定し、それに基づき合成オリゴヌクレオチドプローブを作製し、
本菌 のゲ ノムDNAラ イブ ラ1Jーよ ルイ ヌラ ーゼII遺 伝子 をク ローニ ングした.DFA III を生 産す るイ ヌラ ーゼIIと して ははじ めて の例 であ る. 本酵 素遺 伝子は1314bpの塩基 配 列 か ら 構成 され るORFを有 し、32個 のア ミノ 酸残 基か らな るシ グナ ルベ プチ ド配列 を 有 す る437個 の ア ミ ノ 酸 を コ ー ド し て い た . ま た 、DFAI生 産 型のArthrobacter
globiformis S14‑3株の イヌ リン フル クトトランスフェラーゼと49.8%の相同性を示し
た.その他のイヌリン分解酵素とは相同性は認められなかった.
2. 本酵素 遺伝 子を 含むpIFT‑Aは 大腸 菌JM109株 中でIPTG誘導 条件 下で発現し、イヌラ ーゼII活 性を 菌体 内と 菌体 外( 培養上 清) に確 認で きた .発 現酵 素の総活性値は元株
Arthrobacter sp. H65‑7株 の4% で あっ た . 酵素 反 応 で生 産 さ れた 主 反 応 生成 物 質 を単 離 し、機器分析で同定したところDFA IIIであることを確認した・
3. 大 腸 菌 に お い て 菌 体 内 と 菌 体 外 に 発 現 し た ク ロ ー ン 化 イ ヌ ラ ー ゼIIを そ れ ぞ れ 精製 し 、 酵素 学 的 諸性 質 を 決定 し 、Arthrobacter sp. H65‑7株 の イ ヌラ ー ゼIIの 性 質 と比 較し た . 電 気 泳 動 の 移 動 度 、Km値 、 至 適pHお よ び 至 適 温 度 、N. 末 端 ア ミ ノ 酸 配 列 、 アミ ノ 酸 組 成 は 元 株Ar出r〇6ac絶rsp.H65・7株 が 菌 体 外 に 生産 す る イヌ ラ ー ゼHと 同 様 の性 質 を 有 し 、 発 現 酵 素 が 同 一 の タ ン パ ク 質 で あ る こ と が 判 明 し た . し か し 、pH(pH8.0以 上の領域)および温度(70℃以上の領域)安定性が低下していた.
4.N. 末 端 ア ミ ノ 酸 配 列 の 結 果 か ら 、 ク ロ ー ン 化 酵 素 は 成熟 夕 ン パク 質 の 形で 発 現 され て お り 、 大 腸 菌 でAr曲r06ac亡er属の シ グ ナル ベ プ チド 配 列 が正 確 に 切断 部 位 まで 認 識 さ れたことが判明した.
5. 本 酵 素 遺 伝 子 の シ グ ナ ル ベ プ チ ド 配 列 を 成 熟 イ ヌ ラ ー ゼnの 手 前 に 制 限 酵 素 サ イ ト を 変 異 導 入 す る こ と で 削 除 し た . そ し て 、T7フ ァ ー ジ プ ロ モ ー タ ー に 連 結 し たpET・ MIFTを 構 築 し た . こ の プ ラ ス ミ ド を 大 腸 菌BL21(DE3) 株 に 形 質 転 換 しIPTG誘 導 培養 を 行 っ た . そ の 結 果 、 菌 体 内 に 活 性 型 イ ヌ ラ ー ゼHを6160U/ml( 培 養 液 ) 発 現 し 、E. c〇 ハ /pIFT.Aの1900倍 、 元 株 の77倍 の と な っ た , 発 現し た 酵 素は 大 腸 菌の 可 溶 性 画分 の 総 夕 ン パ ク 質 の35% に 達 し て い た . 一 般 的 にAr曲r06ac亡erの 遺 伝 子 はGC含 量 が 高 く 、 コ ド ン の 使 用 頻 度 が 大 腸 菌 の そ れ と 大 き く 異 な る こ と か ら 、 大 腸 菌 で は 発 現 量 が 低いとされてきたが、本発現系は大量発現を可能にした.
6.Ar曲r〇6ac絶Jーsp.H65・7株 の 菌 体 内 酵 素 に よ るDFAm分 解 経 路に つ い て 調べ た . 菌 体 内 酵 素 に よ りDFAmは2つ の 経 路 で フ ル ク ト ー ス に ま で 分 解 さ れ た .1つ 目 はDFA mが 中 間 代 謝 反 応 物 に 変 換 さ れ る 経 路 で あ り 、2つ 目 は こ れ が フ ル ク ト ー ス に 分 解 さ れ る 経 路 で あ る . こ れ ら の 経 路 に 関 与 す る 酵 素 は 熱 処 理 に よ り 区 別 で き 、 前 者 の 酵 素 は こ の 処 理 で も 失 活 せ ず 耐 熱 性 で あ る と 考 え ら れ た .DFAmを 中 間 代 謝 反 応 物 に 変 換 する酵素をDFAm分解酵素(DFAmase)と定義した.
7. 中 間 代 謝 反 応 物 を 単 離 ・ 精 製 し 、 機 器 分 析 を 行 っ た . そ の 結 果 、 こ の 物 質 は イ ヌ ロ ピオース(1・〇・p.D・fructofuranosyl・D.fructopyranose)であることが判明した.菌体内に 取 り 込 ま れ たDFAmはDFAmaseの 酵 素 反 応 でa・ (2・3 ) フ ラ クト シ ド 結合 が 切 断 され る こ と がわ か っ た. こ の 酵素 は ロ .fructofuranosidaseに 属 すると考 えられ 、これま でにA. urea′acjensのDFAmaseで し か 示 唆 さ れ て い な い ユ ニ ー ク な 酵 素 で あ っ た . し か し 、A urea′acfeロsのDFAmaseと は 生 成 され る イ ヌロ ピ オ ース の 還 元末 端 側 のブ ´ レ クト ー スの 構 造 に ピ ラ ノ ー ス 型 と フ ラ ノ ー ス 型 の 相 違 が あ る た め 新 規 な 酵 素 で あ る 可 能 性 が 示 唆 された.
8. 本 菌 の 培 養 時 の 炭 素 源 が DFAmaseの 誘 導 に 及 ぼ す 影 響 を 調 べ た と こ ろ 、 DFA maseはDFAmで 特 異 的 に 誘 導 さ れ る こ と が 分 か っ た . ま た 、 イ ヌ リ ン の 構 成 糖 で あ る フ ル ク ト ー ス と イ ヌ ロ ピ オ ー ス は 本 菌 に は 取 り 込 ま れ に く く 、DFAmaseも 誘 導 さ れ な か っ た . 本 菌 はDFAmを 特 異 的 に 取 り 込 み 資 化 す る シ ス テ ム を 発 達 さ せ た ュ ニ ー ク な 細菌であることが分かった.
9.Ar曲r〇6acとersp.H65・7株 の無細胞 抽出液か らDFAmをイ ヌロピ オース(1.〇 .p・D. fruCtopyranOSyl一D,fruCtofurnOSe) に変換 する新規 なa‐fruCtofuranOSidaSeであ るDFAm 分 解 酵 素 (DFAmase) を 精 製 し た . 本 酵 素 は 分 子 量61,000の 同 一の サ ブ ユニ ッ ト か らな
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学位論文審査の要旨 主査 教授 冨 田房 男 副査 教授 千 葉誠 哉 副査 教授 葛 西隆 則 副査 助教授 横田 篤
学 位 論 文 題 名
Arthrobacter sp.H65―7株 に よ る イ ヌ リ ン か ら オ リ 〓 ず 糖 の 生 産 に 関 す る 研 究
本 論 文 は 和 文41、 図29、 表10、 引 用 文 献72、 緒 論 、 和 文 お よ ぴ 英 文 総 括 か ら な り 、 ほかに参考論文7編が付されている.
近 年 、 食 生 活 の 多 様 化 に 伴 い 肥 満 、 成 人 病 な ど が 問 題 化 さ れ 、 健 康 維 持 の 意 識 が 向 上 さ れ る 中 、 そ の 原 因 と さ れ る 砂 糖 の 消 費 は 減 少 傾 向 が 続 い で ぃ る . そ の 流 れ か ら テ ン サ イ の 代 替 作 物 と し て チ コ リ ー が 注 目 さ れ て い る . 即 ち 、 イ ヌ リ ン の 生 産 と こ れ を 原 料 と し た 新 た な 機 能 性 糖 の 開 発 が 重 要 視 さ れ て い る . イ ヌ リ ン は 天 然 界 に 広 く 存 在 し て い る ポ リ フ ル ク タ ン で あ る が 有 効 利 用 が 遅 れ て い る . ヒ ト の 消 化 酵 素 で は 消 化 で き な い こ の 多 糖 を 利 用 す る た め に は 加 水 分 解 し 低 分 子 化 す る こ と が 必 至 で あ る . そ の 手 段 と し て 特 異 的 な 反 応 性 を 有 す る 微 生 物 由 来 の 加 水 分 解 酵 素 を 用 い フ ラ ク ト オ リ ゴ 糖 お よ び イ ヌ ロ オリゴ糖を生産することが主流となっている .
緒 論 で は 微 生 物 に よ る イ ヌ リ ン か ら の オ リ ゴ 糖 生 産 に つ い て こ れ ま で の 研 究 報 告 を 総 括 し た . 第1編 で は 、 当 研 究 室 で イ ヌ リ ン 分 解 菌 と し て 土 壌 よ ル ス ク リ ー ニ ン グ し た Arthrobacter sp. H65‑7株のdi‑D‑fructofuranose1,2 :2,3 dianhydride (DFA III)生産型 イ ヌ リ ン フ ル ク ト ト ラ ン ス フ ェ ラ ー ゼ ( イ ヌ ラ ー ゼH) の 遺 伝 子 の ク ロ ー ニ ン グ 、 発 現 酵 素 の 性 質 、 本 酵 素 の 遺 伝 子 の 大 量 発 現 に つ い て 調 べ た . 第2編 で は 、 本 菌 の 菌 体 内 酵 素 に よ るDFA IIIの 分 解 資 化 経 路 の 解 明 を 行い 、DFA III分解 酵素(DFA IIlase)の 精製 およ ぴ酵素学的諸性質まで決定した.以下、結果 の要約を行う.
1. Arthrobacter sp. H65‑7株 の ゲ ノ ムDNAラ イ ブ ラ リ ー よ ル イ ヌ ラ ーゼII遺伝 子を クロ ー ニ ン グ し た . 本 酵 素 遺 伝 子 は1314bpの 塩 基 配 列 か ら 構 成 さ れ るORFを 有 し て い た . DFAI生 産 型 のArLhrobacter globiformis S14‑3株 の イ ヌ リ ン フ ル ク ト ト ラ ン ス フ ェ ラ ー ゼと49.8%の相同性を示した.
2. 本 酵 素 遺 伝 子 を 含 むpIFT‑Aは 大 腸 菌JM109株 中 でIPTG誘 導 条 件 下 で 発 現 し 、 イ ヌ ラ ー ゼII活 性 を 菌 体 内 と 菌 体 外 ( 培 養 上 清 ) に 確 認 で き た . . 発 現 酵 素 の 総 活 性 値 は 元 株 Arthrobacter sp. H65‑7株 の4% で あ っ た . 大 腸 菌 の 菌 体 内 と 菌 体 外 に発 現 した クロ ーン 化 イ ヌ ラ ー ゼIIを そ れ ぞ れ 精 製 し 、 酵 素 学 的諸 性質 を決 定し 、Arthrobacter sp. H65‑7株
のイヌラーゼIIの性質と比較した.その結果、元株の生産するイヌラーゼIIとほぼ同様 の性質を有していることが判明した.
3. 本酵 素遺伝子のシグナルベプチド配列を成熟イヌラーゼIIの手前に制限酵素サイト を 変 異 導 入 する こと で削 除し た. そし て、T7フ ァー ジプ ロモ ータ ーに連 結し たpET‑
MIFTを 構築 した .こ のプラ スミ ドを 大腸 菌BL21(DE3)株 に形 質転 換しIPTG誘導培養を 行 った .そ の結 果、 菌体内 に活 性型 イヌラーゼIIを6160 U/ml(培養液)発現し、E.
coli/p IFT‑Aの1900倍、元 株の77倍 のとなった.発現した酵素は大腸菌の可溶性画分
の総タンバク質の35%に達し、大量発現を可能にした.
4. Arthrobacter sp. H65‑7株の菌体内酵素によるDFA III分解経路について調べた.菌 体 内 酵 素 に よりDFA IIIは2つ の経 路で フル クト ース にま で分 解さ れた.1つ 目はDFA IIIが中 間代 謝反 応物 に変 換さ れる 経路であり、2つ目はこれがフルクトースに分解さ れ る経 路で ある .こ れらの 経路 に関 与する酵素は熱処理により区別でき、前者の酵素 はこの処理でも失活せず耐熱性であると考えられた. DFA IIIを中間代謝反応物に変換 する酵素をDFA III分解酵素(DFA IIIase)と定義した.
5. 中間 代謝反応物を単離・精製し、機器分析を行った.その結果、この物質はイヌロ ビオース(1‑0‑p‑D‑fructofuranosyl‑D‑fructopyranose)であることが判明した.菌体内に 取り込まれたDFA IIIはDFA IIIaseの酵素反応でa‑(2‑3,)フラクトシド結合が切断される ことがわかった.この酵素はa ‑fructofuranosidaseに属すると考えられ、これまでにA.
urea faciensのDFA IIIaseでしか示唆されていないユニークな酵素であった.しかし、A
ureafaciensのDFA IIIaseとは生成されるイヌ口ビオースの還元末端側のフルクトースの
構 造に ピラ ノー ス型 とフラ ノー ス型 の相違があるため新規な酵素である可能性が示唆 された.
6. Arthrobacter sp. H65‑7株の無細胞抽出液からDFA IIIをイヌロビオース(1‑〇.p.D. fructopyranosyl‑D‑fructofurnose)に変換する新規なa‑fructofuranosidaseであるDFA III 分解酵素(DFA IIIase)を精製した.本酵素は分子量61,000の同一のサブユニットからな る2量体 であり、DFA IIIとイヌロピオースにのみ作用した.DFA IIIからはフルクトー スの生成は見られなかった.DFAIII→←イヌロビオース間の反応は可逆反応であったー イ ンベ ルターゼ活性は有してしゝなかった.DFAIIIに対するKm値は12.5mM、イヌ口ビ オ ース に対 して は30.9mMであ った .反 応至 適pHは6.0、反 応至 適温度は45℃であっ た .pHの変動に対してはpH4.5から10.0の範囲で80%以上の活性を保持しており安定 で あっ た. また 、温 度の変 動に 対し ては60℃以下で80%以上の活性を保持しており安 定であった.
以上、Arthrobacter sp. H65‑7株のdi‑D‑fructofuranose1,2 :2,3 dianhydride (DFA III)生産型イヌリンフルクトトランスフェラーゼ(イヌラーゼII)の遺伝子のクローニ ン グ、 発現 酵素 の性質 、本 酵素 の遺 伝子 の大 量発 現及 び本 菌の 菌体内酵素によるDFA IIIの分解資化経路の解明を行い、DFA III分解酵素(DFA IIIase)の精製および酵素学的諸 性 質ま で決 定し たこと は、 イヌ リン からオリゴ糖の生産に関して基礎的及び産業的な 貢献を果たした。