博 士 ( 水 産 科 学 ) 志 村 健 学位論文題名
日本海南西海域の海洋環境変化に応答する 浮魚類 資源の 漁獲 変動に 関する 研究 学位論文内容の要旨
〔目的〕
日本海南西海域(対馬海峡北側の陸棚から金沢沖,34 °00 ‑39 °00 N,130
°00 ‑136 °30 E )の表層水塊は,対馬暖流系水とりマン海流系水から構成 されている。この海域は大陸棚が良く発達しており,浮魚・イカ類の好漁場 としてまき網やイカ釣り漁業が盛んに行われている。しかし,中長期の浮 魚・イカ類の資源変動により,漁獲対象種や操業海域の歴史的変遷が生じて きた。こうした変動する資源を持続的に利用するためには,魚種交替などの 浮魚・イカ類の群集構造の変化に対応した漁業と資源の順応的管理が必要と なっている。近年,地球規模での気候変化と海洋環境変化に応答して魚類・
イカ類の資源変動や魚種交替が起きていることが明らかにされている。しか し,気候変化が日本海南西海域における表層冷水域の拡大・縮小や対馬暖流 の流軸・、流量に変化を与え,こうした海洋環境変化が表層性魚類・イカ類群 集構造,主要な漁獲対象種の組成,および漁獲量変動にどのように影響ある い は 関 係 す る の か に つ い て は , 体 系 的 な 研 究 が 行 わ れ て い な い 。
そこで本研究では,どのような気候と海洋環境変化に応答して,日本海南 西海域の浮魚類の漁獲組成,魚種交替,およぴ対象種の漁獲量などの短・中 長期変化が生ずるのかを明らかにすることを目的とした。また,予測される
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温暖化や寒冷・温暖レジームシフトなどの気候・海洋環境変化から,将来の
漁獲対象の種組成変化や個々の対象種の漁獲量変動を推察し,どのように漁
業と資源の順応的管理をすればよいか検討した。
1.気候変化と日本海南西海域の海洋環境変化との関係
地 球 規 模 で 起 こ る 気 候 変化 と 日 本 海 南 西 海 域 の 海 洋 環 境 の 数 十 年 変 化と の関 係 に っ い て 調べ た。1987年以 降, 冬季 季節風 は弱 くな り,1990年前 後を 境に 海面 水 温 の 上 昇 と 冷 水 域 の 離 岸と い う 寒 冷 か ら 温 暖 レ ジ ー ム 期 へ の 変 化 が 生じ てい た 。 こ の こ とか ら, 日本 海南 西海 域の 対馬暖 流の 流量 や冷 水域 の山 陰沿 岸へ の接 岸 ・ 離 岸 な どの 配置 変化 には ,数 十年 単位に よる 冬季 季節 風勢 カの 気象 変化 が,
当 該 海 域 の 海洋 環境 の寒 冷― 温暖 レジ ームシ フト に最 も影 響し てい ると 判断 され た。
過 去 約30年 間 に お け る 海洋 環 境 の 数 年 規 模 の 周 期 変 化 を 調 べ た と こ ろ, 海面 水 温 は2−5年 周 期 , 島 根 沖冷 水 の 離 ・ 接 岸 は1983年 以 降 に5―6年 周 期 ,山 陰若 狭 沖 冷 水 は1970年 代 初 期 か ら 約10年 周 期 で 変 動 し て い た 。 海 面 水 温 と 山 陰 若 狭沖冷水(r=0.56,p<0.01),山陰若狭沖冷水と島根沖冷水(rニニ0.40,p<0.05)との 間には正の相関関係があり,例えば,強いエルニーニヨ年(例:1998年)には,山陰 若 狭 沖 冷 水 と 島 根 沖 冷 水 が 離 岸 し て 本 海 域 の 海 面 水 温 の 昇 温 が 認 め ら れ た 。
2. 日 本 海 南 西 海 域 に お け る 表 層 性 魚 類 ・ イ カ 類 の 漁 獲 対 象 種 の 変 遷 日 本 海 南 西 海 域 にお ける 浮魚 類を 対象 とし たまき 網漁 業の 操業 海域 と, 漁獲 種 の 組 成 の 経 年 変 化 を明 ら か に す る た め に , 鳥 取 県 境港 に水 揚げ する まき 網2船 団 を 選 び ,1985〜2004年 の 操 業 日 毎 の 漁 獲 デ ー タ ( 操 業 回 数 , 漁 獲 魚 種 , 魚 種別 漁獲 量) を用 いた 。こ の標 本船 資料 から, 各魚 種の 各漁 区( 緯度 経度1度)におけ る魚 種別 年平 均CPUE(1操業 あた りの 漁獲 量) を求 めた 。ま た, クラス ター解析を 用 い て , 海 区 ご と の魚 種 別CPUE組 成 を 基 に , 操 業 海域 の漁 獲パ ター ンを3タイ プ に 大 別 し た 。1985〜91年の 間は ,日 本海 南西 海域の 大陸 棚周 辺を 中心 に, マイ ワ シ . マ サ バ を 対 象 とし た漁 場が 分布 して いた 。1992〜94年の 間は ,当 該海 域の 海 面 水 温 の 上 昇 と 冷 水域 の離 岸に 伴っ てマ イワ シの分 布域 が陸 棚域 より 沖合 へと 移 動し たた め, 沖合 漁場 が利 用さ れて いた。 その 後,1994/95年を 境に, 日本海南西 海域の陸棚域が再び漁場となり,漁獲種はマイワシ.マサバ・ウルメイワシからマア ジ.マサバ・カタクチイワシへと変化していた。
次 に , 日 本 海 南 西 海域 の 経 年 的 な 海 洋 環 境 変 化 に 対 し て , 浮 魚 類 ・ イ カ 類 の漁 獲組 成が どの ように応答して変わったかを明らかにするため,浮魚・イカ類8魚種の ‑ 1157―
年別 ・魚 種別 の標 準化 した 漁獲 量を,クラスター解析と主成分解析によって,年別 の各 魚種 の増 減パ ター ンに 基づ き類型化を行った。クラスター解析の結果,種グル ー プ は 以 下 のA〜Cの3っに 大別 され た。 グル ープAはマ イワ シ, ウル メイ ワシ ,マ サバ,グループBはカタクチイワシ,マアジ,スルメイカ,グループCはブリ,クロマグ ロ で 構 成 さ れて いた 。こ れら 魚種 ごと の標 準化し た漁 獲量 構成 に基 づぃ た類 似年 は ,Aグ ル ー プ が 卓 越 す る1975〜90年 ,A‑Bグル ープ が卓 越す る1991〜94年,B. Cグループが卓越する1995〜2005年に分けられた。.
主 成 分 解 析 の 第1主 成 分 ( 寄 与 率37.4% )は, 寒冷 レジ ーム 期に 卓越 する 魚種
(マサバ,マイワシ,ウルメイワシ)から温暖レジーム期に卓越する魚種(マアジ,ブ リ,カタクチイワシ,スルメイカ,クロマグロ)への漁獲対象魚の交替を示していた。主 成 分 得 点 の 時 系 列 変 化 と , 海面 水 温 (r=0.57,p<0.01) お よ び 山 陰 若 狭沖 冷水
(r 0.60,p<0.01)の間で有意な正の相関が認められ1990年付近に生じた寒冷から 温 暖 へ の 海 洋 環 境 の レ ジ ー ムシ フ ト に 関 連 して ,5年 後の1995年に 漁獲 種の 交替 が生じたと判断された。
第2主 成分 (寄 与率24.5%)は ,プ ラン クト ン食 性種 から 高次魚食性魚類への交 替 を 示 し て い た 。 こ の 交 替 は, 海 洋 環 境 が 寒 冷 か ら 温 暖 ヘ 移 行 す る1986年 から 1996年 の10年間 に見 られ ,2000年 から はブ りやク ロマ グロ など の高 次捕 食者 が卓 越 し て い た 。こ れら のこ とか ら,1980年代 末から1990年代 前半 の間 に基 礎生 産量 が増加したために動物プランクトン量が増加し,プランクトン食性種が卓越するボト ムア ップ 効果 が生 じた 可能 性が 示唆された。次いで,これら小型浮魚類を捕食する ブりやクロマグロが数年後に増加したと推察された。
第3主 成分 (寄 与率13.3%)は ,寒 冷レ ジー ム期 中の マサ バからマイワシへの交 替と,温暖レジーム期中の温暖性小型浮魚・イカ類からクロマグロ・ブリへの交替を 示 し て い た 。こ の交 替は ,寒 冷レ ジー ム期 では1982年 ,温 暖レ ジー ム期 では2002 年に認められ,両年ともエルニーニョ年であった。このことから気候・海洋環境の擾 乱 が 種 間 競 争 や 急 激 な 漁 獲 量 の 増 減 に 影 響 を 与 え て い る こ と が 示 唆 さ れ た 。
3. マ ア ジ 幼 魚 の 加 入
1990年 代 以 降 の 日 本 海 南 西海 域 の 海 洋 環 境 は 温 暖 レ ジ ー ム 期 に あ り, 暖水 性 種 が 卓 越 して いた 。し かし ,短 期的 な浮 魚類 の加入 量変 化は 漁獲 量か らは 予測 が ―1158−
難しいため,資源を持続的に利用する方策として予防的措置が重要となる。近年 の卓越種であるマアジは若齢魚から漁獲されるため,加入量が少なぃ場合には漁 獲圧を下げる必要がある。そこで,本種の加入機構の解明と加入量を算定するた めに,2003 ‑06年5月下旬か ら6月 中旬に,調 査船4隻により九州西岸から日本 海南西海域で表中層トロール網を用いてマアジ幼魚を採集した。幼魚は50m深水 温15 ‑18℃に分布し,15℃未満の冷水域にはほとんど分布しなかった。海域ごと に水温帯 面積で重み付けした平均採集尾数から算定した各年のマアジ幼魚の加 入量は,2003年を1とすると2004‑‑‑‑06年はそれぞれ0.20,0.25,0.26と低い水準と なった。この結果はまき網1網あたりの当歳魚漁獲尾数と一致し,当歳魚の漁獲可 能 量 を 決 め る た め の 資 料 と し て 利 用 で き る も の と 判 断 さ れ た 。
以上のこ とから,日 本海南西海域における浮魚類の過去数十年間の漁獲変動 は,冬季季節風の強弱やエルニーニョなどの気候変化に加えて,食物連鎖などの 生物的要因の影響を強く受けていると判断された。ただし,当該海域における浮魚 類の漁獲 変動は,気 候・海洋環境変化に応答する個々の浮魚資源の再生産―加 入過程の 成否と,表 層の水塊配置の変化に伴う漁場位置の移動などの複合的要 因が考えられる。どのような水温変化と表層水塊配置パターンの時に個々の浮魚 資源が増減するのか,マアジの加入過程に示したようなモニタリング調査を継続す る必要が ある。同時 に,順応的な資源・漁業管理と水産物の安定供給のために は,気候 ・海洋環境 変化に応答して種組成が変遷する浮魚類の資源動向や漁場 位置変化などの予測精度を高めることが重要と言える。
学位論 文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教 授 桜 教 授 齊 教 授 帰 助 教 授 綿
井 泰 憲 藤 誠 一 山 雅 秀 貫 豊
学 位 論 文 題 名
日本海南西海域の海洋環境変化に応答する 浮 魚 類 資 源 の 漁 獲 変 動 に 関 す る 研 究
日本海 南西海域 は,浮魚・イカ類の好漁場としてまき網やイカ釣り漁業が盛 んに行 われてい る。本海 域で漁獲 される浮魚 ・イカ類 の資源は ,中長期 的な変 動を示 し,漁獲 対象種や 操業海域 が変遷して きた。こ うした変 動する資 源を持 続的に 利用する ためには ,魚種交 替などの浮 魚・イカ 類の群集 構造の変 化に対 応した 漁業と資 源の順応 的管理が 必要である 。近年, 地球規模 での気候 変化と 海洋環 境変化に 応答して ,魚類・ イカ類の資 源変動や 魚種交替 が起きて いるこ とが明 らかにさ れている 。しかし ,本海域に おける海 洋環境変 化と気候 変化と の関係 ,また, 海洋環境 変化が表 層性魚類・ イカ類群 集構造, 主要な漁 獲対象 種の組 成,およ ぴ漁獲量 変動にど のように影 響するか の体系的 な研究が 行われ ていな い。本研 究では, どのよう な気候と海 洋環境変 化に応答 して,日 本海南 西海域 の浮魚類 の漁獲組 成,魚種 交替,およ び対象種 の漁獲量 などの短 ・中長 期変化 が生ずる のかを明 らかにす ることを目 的とした 。
1.気候 変化と日 本海南西 海域の海 洋環境変化 との関係
冬 季 季 節風 な どの 気 候 指数 と ,過 去 約30年 間 に日 本海 南西海域 で収集さ れ た海洋 観測資料 を用いて ,気候変 化と海洋環 境との関 係につい て調べた 。極東 冬季季 節風は,1980後半から90年にかけ て弱まり, これに伴 い海面水 温の上昇 と冷水 域の離岸 が認めら れ,本海 域が寒冷か ら温暖レ ジーム期 への変化 したこ とを示 していた 。
ま た , 本海 域 の海 面 水 温は2―5年 周 期, 島 根 沖冷 水の 離・接岸 は1983年以
降に5−6年周期,山陰若狭沖冷水は1970年代初期から約10年周期で変動して いた。海面水温と山陰若狭沖冷水,山陰若狭沖冷水と島根沖冷水との間には正 の相関関係があり,強いエルニーニョ年には,山陰若狭沖冷水と島根沖冷水が 離岸して本海域の海面水温の昇温が認められた。
2. 日 本 海 南 西 海 域 に お け る 表 層 性 魚 類 ・ イ カ類 の 漁獲 対 象種 の 変遷 当該海域の経年的な海洋環境変化と浮魚類・イカ類の漁獲組成の関係を明ら かにするため,浮魚・イカ類8魚種の年別・魚種別の標準化した漁獲量に基づ き類型化を行った。クラスター解析により,グループA(マイワシ,ウルメイ ワシ,マサバ),グループB(カタクチイワシ,マアジ,スルメイカ),グルー プC(ブリ,クロマグロ)の三っのグループに大別され,1975〜90年はAグル ープ,1991〜94年はA.Bグループ,1995〜2005年はB‑Cグループが卓越した。
また,主成分解析の第1主成分は,寒冷レジーム期に卓越する魚種(マサバ,
マイワシ,ウルメイワシ)から温暖レジーム期に卓越する魚種(マアジ,ブリ,
カタクチイワシ,スルメイカ,クロマグロ)への漁獲対象魚の交替を示し,1990 年付近に生じた寒冷から温暖への海洋環境のレジームシフトに関連して,5年後 の1995年に漁獲種の交替が生じたと判断された。第2主成分(同24.5%)は,
海洋環境が寒冷から温暖ヘ移行する1986年から1996年の10年間に見られ,プ ランクトン食性種から高次魚食性魚類への交替を示していた。第3主成分(同 13.3%)は,寒冷レジーム期中のマサバからマイワシへの交替と,温暖レジーム 期中の温暖性小型浮魚・イカ類からクロマグロ・ブリへの交替を示していた。
この交替は,寒冷レジーム期では1982年,温暖レジーム期では2002年に認め られ,而年ともエルニーニョ年であった。
3.マアジ幼魚の加入
近年の卓越種であるマアジは,若齢魚から漁獲されるため,加入量が少なぃ 場合には漁獲圧を下げ,本資源を持続的に利用する方策ための予防的措置を講 じる必要がある。そこで,2003〜06年春季に日本海南西海域で実施されたマア ジ幼魚分布モニタリング調査資料を用い,本種の加入量を試算してその妥当性 を調べた。本種の幼魚は50m深水温15〜18℃に分布し,15℃未満の冷水域には ほとんど認められなかった。海域ごとに水温帯面積で重み付けした平均採集尾 数 から算定した各年のマアジ幼魚の加入量は,2003年を1とすると2004〜06 年は0.20 ‑0.26と低い水準となった。この結果は,まき網1網あたりの当歳魚 漁獲尾数と一致し,当歳魚の漁獲可能量を決めるための資料として利用でき,
同 時 に本 種 の 幼魚 を 対象に したモニタ リング調査 の重要性が 示された。
一1161ー
【総合考察】
日本海南西海域における浮魚類の過去数十年間の漁獲変動は,冬季季節風の 強弱やエルニーニョなどの気候変化に加えて,食物連鎖などの生物的要因の影 響を強く受けていると判断された。ただし,当該海域における浮魚類の漁獲変 動は,気候・海洋環境変化に応答する個々の浮魚資源の再生産―加入過程の成 否と,表層の水塊配置の変化に伴う漁場位置の移動などの複合的要因が考えら れる。
本研究は,日本海南西海域における浮魚類の漁獲組成,魚種交替,および対 象種の漁獲量などの短・中長期変化と,気候・海洋環境変化などの環境変化 との関係を明らかにしている。これらの成果は,将来の漁獲対象の種組成変化 や個々の対象種の漁獲量変動を予測し,今後の漁業と資源の順応的管理に大き く寄与するものと評価される。審査員一同は,申請者が博士(水産科学)の学 位を授与される資格のあるものと判定した。