障害・発達・生活的諸傾向性に視点をあてた就学前 障害児教育の検討 −障害児教育教室「就学前障害 児治療教育教室」の取り組みを通して−
著者 田村 浩子, 田辺 正友
雑誌名 教育実践研究指導センター研究紀要
巻 2
ページ 105‑114
発行年 1993‑03‑31
その他のタイトル A Study of Education for Handicapped Infants with Refernce to Their Disabilities,
Developments and Life‑Conditions.
URL http://hdl.handle.net/10105/4462
障害・発達・生活的諸傾向性に視点をあてた 就学前障害児教育の検討
一障害児教育教室「就学前障害児治療教育教室」の取り組みを通して一 田 村 浩 子*・ 田 辺 正 友
(障害児教育教室)
AStudyofEducationforHandicappedInfantswithReferncetoTheir Disabilities,DevelopmentsandLife−Conditions.
障害やそれをもたらす危険性のある疾病の早期発見と治療・訓練、早期療育などの対 応が、すべての乳幼児のすこやかな発達を保障していく上で重要であることは広く認め
られてきたところである。本研究では、本学障害児教育教室が実施している「就学前障 害児治療教育教室」での実践を教育臨床的観点から分析し、障害・発達・生活的諸傾向 性に視点をあてた療育のあり方、および、教育臨床の系統化について検討を試みた。
Keyword 就学前障害児教育、障害・発達 I はじめに
障害児教育の場において、近年、教育対象となる子どもたちの障害が重度化し、多様化していく 状況にあって、子どもたちの発達を基盤から掘り起こし、高めていくために、ますます、一人ひと りのこどもの障害、発達、さらには生活的諸傾向性などを総合的に把握し、それに基づく教育計画 を確立することが重要な課題となってきている。本研究は、本学障害児教育教室が実施している
「就学前障害児治療教育教室」での実践を教育臨床的観点から分析し、障害・発達・生活的渚傾向 性に視点をあてた療育のあり方、および教育臨床の系統化についての検討を試みるものである。
今年(1992年)は、国際障害者年のテーマである、障害をもっ全ての人々の社会への「完全参加 と平等」を実現させるために国連が設定した「国連・障害者の10年」の最終年にあたる。国連の
「国際障害者年行動計画」でも、障害の発生予防およびリハビリテーション事業は実質的な課題と され、障害やそれをもたらす危険性のある疾病の早期発見と治療・訓練、早期療育などの対応の重 要性が増している。早期対応は、そのこどもが将来にわたってどのように発達していくかという基 本的な問題に関わる重要な意味を持っている。最近の医学、心理学、教育学等の諸科学の発展の中 で、障害を早期に予知・発見し、乳幼児期からの治療、リハビリテーション、保育・教育を適切に 保障すれば二次的障害や障害そのものの軽減・克服さらには、就学後のより豊かな人格形成の基礎
となる諸能力の獲得を可能にすることが明らかにされている。
この10数年あまりの問に、障害の予知、早期発見の技術および健診制度は除々に整備されてきた。
療育・保育の場も増えてきている。しかし、一方で、就学前障害児の療育や保育・教育の保障は、
学齢期のように制度的に保障されていないといった問題がある。障害乳幼児に対する国の制度が貧 弱で、各々の地域・自治体にまかされているため、住んでいる地域によって利用できる施策に大き
* 非常勤講師
な差が生じている。それだけでなく、障害種別や程度による格差、年齢による格差など、いくつも の格差が重層的に存在している現状にある。
障害乳幼児の就学前療育・保育・教育は、地域の実情に応じて多様な場で進められている(障害 児学校幼稚部、各種通園施設・通園事業、幼稚園・保育園など)。しかし、多様にある就学前障害 児教育の場は、こどもの障害や発達、生活的諸傾向性に応じた教育をすすめていく上では、十分な 財政的裏付けがなく、人的にも物的にもそれぞれ不十分な教育条件におかれている。適切で豊かな 内容を備えた「多様性」ではなく、いってみれば「貧困の中の多様性」といった現状であるといえ る。就学前障害児教育は、教育の新しい分野であり、就学前障害児教育に関わる制度・行政のあり 方や教育の内容・方法など、その基本に関わる事項について、これからつくりあげていかなければ ならない課題や早急に解決すべき多くの問題を抱えている。全ての障害乳幼児のすこやかな発達の 実現をめざして、研究、運動、実践をさらに発展させていかねばならない。
Ⅱ 本学「就学前治療教育教室」における療育活動(1989年4月〜現在)
1.治療教育教室の運営
本学治療教育教室は、就学前障害幼児を対象とする。発達診断・療育活動および保護者、教 育関係者への教育相談・助言活動を実施しつつ、障害児の治療教育についての理論的・実践的 研究およびそれを通じての学生指導を行う。
① 療育活動 過1回、1時間半の療育および保護者への各種相談・面談活動。スタッフは、
障害児教育教室教官(非常勤講師を含む)と特別専攻科学生(1992年度以前は臨養課程学 生)。
② 発達診断活動 療育活動とは別に、教官が個別に発達診断活動を実施する。原則として年 間2〜3回実施。
③ 治療教育教室修了児の就学後のフォロー ・年間3〜4回の行事の実施(総会、プール、
ハイキング、クリスマス会等)・定期的な発達診断活動と保護者、教師への相談・助言活 動。
④ その他の活動 遠方のため定期的な療育活動に参加困難な場合には、定期的な発達診断お よび相談・助言活動を実施。
2.教室参加児
教室参加児の内訳はTablelに示した。
3.療育実践内容
年間プログラムおよび一日のプログラムの流れをTable2−1,2−2に示した。
4.療育活動・実践の原則一療育の場においてこども達との関わりでたいせっにしていること。
子どもを「みる目」
「療育・教育において子どもを理解することと、実践を創造的にきりひらくこととは密接不可分
な関係にある」。自分の目の前の子どもを自らの目で見つめ、子どもの現実の姿から学ぶという姿
障害・発達・生活的諸傾向性に視点をあてた就学前障害児教育の検討
Ta bl e l 教室参加児
氏 名 性 別 生 年 月 日 障 害 在教 室 期 間 発 達 段 階 ( 注 1 ) 療 育 ・保 育 機 関
( 注 2 ) 備 考 1989 19 9 0 19 9 1 19 92
M .K . 女 198 3 . 12 . 2 0 D o w n 症 候 群 19 89 .4 〜 19 90 .3 1 可 通 園 事 業 ・幼 稚 園
Y .I . 女 198 4 . 10 . 3 1 W est症 候 群 19 89 .4 〜 19 9 1.3 示 2 可 示 3 形 通 園 事 業 ・保育 所 独 歩 (一 一 一)
K . W . 男 1 98 5.8 . 1 9 精 神 発 達 遅 滞 198 9 . 4 〜 199 0 . 3 1 可 保 育 所 転 居 T ,0 . 男 1 98 5. 11 , 13 精 神 発 達 遅 滞 198 9 . 4 〜 199 2 . 3 1 可 1 可 2 形 通 園 事 業 ・幼 稚 園
K .S . 男 1 98 6 .7 , 2 7 自閉 性 障 害 19 89 , 4 〜 現 在 1 可 l 可 2 形 2 可 通 園 事 業 ・幼 稚 国
T .K . 男 198 7 . 12 . 3 0 R ey e症 候 群 19 89 . 4 〜 現 在 回 3 形 示 1 可 示 3 形 通 園 施 設 定 け い ト一 一 一 ) T .H . 男 1 986 .8 . 2 2 自閉性 障 害 198 9 . 4 〜 現 在 示 1 形 示 1 形 示 1 可 通 園 施 設
M .S . 女 1 98 6. 11.7 精 神 発 達 遅 滞 198 9 . 4 〜 現 在 1 可 2 形 2 形 幼 稚 園 D .K . 男 1 98 4.9 . 1 9 D o W n 症 候 群 199 0 、 4 〜 199 1. 3 2 形 幼 稚 園
R .M . 男 198 8 .6 . 2 1 自閉 性 障 害 19 9 1.4 〜 19 92 .3 示 3 形 通 園事 業 転 居 T .E . 男 1 98 8.7 .1 自閉 性 障 害 19 9 1. 4 〜 現 在 1 形 1 可 通 回 事 業
T .N . 男 1 98 6.8 . 16 自閉 性 障 害 19 92 . 4 〜 現 在 1 可 通 園 事 業 ・保 育 所 Y .N . 女 1 98 9 .9 , 2 6 D o w n 症 候 群 19 92 . 4 〜 現 在 1 形 保 育 所
S .M . 男 198 9 . 11 .5 自閉 性 障 害 19 92 . 4 〜 現 在 示 3 形
注1)回転3形:回転軸3形成期、示1形:示性数1形成期、示1可:示性数1可逆操作期、示2形:示性数 2形成期、示2可:示性数2可逆操作期、示3形:示性数3形成期、示3可:示性数3可逆操作期、1 形:1次元形成期、1可:1次元可逆操作期、2形:2次元形成期、2可:2次元可逆操作期 注2)通園事業:心身障害児通園事業、通園施設:心身障害児通園施設
Ta bl e 2−1 年間プログラム
時期 プログラム 場所 行事
前期 4 月 5 月 6 月
先生、友だちを知 ろう/場所に慣れよう
′ ′
からだを思いっきり動かして遊ぼう
療育教室 戸外 ( 学内)
障害児学級体育館
プール遊び
7 月 砂や水で遊ぼう 戸外( 療育教室前)
8 月 ( 夏休み) 小学校プール
9 月 ( 発達診断) 療育教室
後期 10 月 自然のなかで遊ぼう 奈良公園飛火野
クリスマス会
おわかれ会 11月 全身を使った運動遊びを楽 しもう 障害児学級体育館
12月 クリスマスを楽 しもう 療育教室
′ ′
′ ′
〝 1 月
2 月 3 月
描いたり、作ったりして遊ぼう
′ ′
( 発達診断)
Ta bl e 2−2 1日のプログラムの流れ 子どもの主な活動
:1:15 3:20
3:30 4:30 4:15 4:25
◆来室
・シール貼り、カード入れ、かばんかけ
◆自由遊び
・おもちゃ、トランポリン、すべり台で遊ぶなど
◆かたずけ
◆始まりの集い
・あいさつ「元気ですか」
・手遊び
◆設定保育
◆おやつ
◆お話をきく(絵本)
◆終わりの集い
・カード返し
・あいさつ「さようなら」
勢を持って、子どもたちをとりまく実状をしっかりと押さえ、「この子には今どういう働きかけや 環境設定が必要なのか」といった実践の課題を明らかにしていくことをたいせつにする。特に障害 児教育では、子どもが示す発達的力量やその様相が複雑・多様であるので、しっかりと見つめる目 が必要である。
1.子どもが示している行動をいまもっている力/育ちつつある力として評価する日
子どもたちが示している行動を、いまもっている力、育ちっっある力として評価し、その力を土 台として日々の教育的かかわりの中で、より多様な力へと導いていけないだろうかといった視点に 立って、子どもの見方を変えていくことをたいせつにする。そこから新しい療育・教育の手だてが 作り出されていくことになる。「困った行動」、「問題行動」と否定的にとらえて、「むやみに禁止す る」あるいは「放っておく」といった否定的あるいは無視といった見方・関わり方においては、そ こからはなんら新しいものは生まれてこない。また、子どもの伸びる力を押さえ、発達の幅をせば めてしまうといった結果を招くことになりかねない。
2.もっている力/獲得している力をどういう活動で、どういう対象に向けて発揮しているか、ど
ういう質の弱さがあるのかを日常生活における子どもの行動について細かく検討する目
まず、相手との関係で共感し、活動の結果を共有していく力になっているかの検討。身近な人の
行為や操作しているモノに気持ちを向け、自分もやってみようとする要求が育ってきているか、ま
た、「やりきろう」、「やり直そう」といった目標やイメージをもっ力が育ってきているかを細かく
吟味する。さらには、一つひとつの行動を単発的な結果としてとらえるのではなく、その意図や文
脈を含めた全体の流れでとらえなおしてみることをたいせつにする。そして、子どもの示す行動や
ことばを「特異」とみるのでなく、子どもがそれらを使って何をしようといているのかといったこ
との吟味へとつなげる。
障害・発達・生活的諸傾向性に視点をあてた就学前障害児教育の検討
3.同じようにみえる子どもの姿の中に、ごくわずかな変化をみる目、発達の芽をみる目
障害をもつ子どもの発達はゆっくりしたものである。目にみえてぐんぐん変わっていくというこ とが少ない。そのため、一生懸命とりくんでいるのに変わらないようにみえることがある。同じよ うにみえる子どもの中に、ごくわずかな変化をみる力が必要とされる。
4.日でみてわかりやすい/気付かれやすい変化や顕在化している行動にだけ目を奪われないで、
全体をみる日
子どもの行動の変化をみるとき、どうしても一面的になりがちである。運動性の発達とかことば といったように目でみてわかりやすい、あるいは、気づかれやすい変化や気になる行動にだけ目が いってしまうといったことが多い。子どもの行動の変化を発達的にみていくためには、運動、こと ばといった発達の一つの領域・機能にのみ目をとめるのではなく、全体的にみることがたいせつで ある。
子どもを「育てる目」
昨今の教育が、あまりにも子どもの要求不在のところから出発し、「教える」ことだけが一人歩 きしてはいないだろうか。「発達の坂道は子ども自身がのぼっていく」。発達は、子ども自身がひと・
モノといった外界に働きかけて自ら新しい行動を獲得していく過程である。それ故に、ことば、運 動といったある力を使って、子ども自身の生活世界をどう拡げていくのか、つまり、<生きて働く 力>に高めていくためには、何が必要かといったことまで押さえていくことをたいせつにする。ど
ういう条件や働きかけの中で子ども自身のものになっていくのかといった視点に立っての検討が必 要である。
1.子どもの変わる糸口は子どもの生活の中にある
障害の有無にかかわらず、子どもが発達の質的転換をとげていくすじ通は共通している。しかし、
一人ひとりの子どもは個性的な発達を実現していく。子どもの生活そのものに着目する中で、一人 ひとりのその子なりの自己表現のあり方に共感することがたいせっにされなければならない。共感 関係の中から指導者と子どもの信頼関係、対人的コミュニケーションが育ってくる。そして、コミュ
ニケーションのあるところに療育・教育が始まる。さらには、日常生活の中で子どもの興味・関心 のある活動・遊びを土台として、指導者が、その遊びや活動を目的性をもったものへと高めていく、
あるいは、人との関係で意味性をもったものへと展開させていくといった取り組みが創造されねば ならない。
2.獲得している力を、さまざまな人間関係や条件の中で、その使い方を拡げる/変えてみるといっ た活動を通して、より確かな力にしていく目
教育実践の目標としての教育課題として、発達段階の「次の課題」に働きかけるだけでなく、
「いまの段階の力」、「いま獲得している力」の充実に向けてゆっくりと十分に働きかけることをた いせつにする。つぎつぎと新しい力の獲得をめざして焦るのではなく、いまもっている力を使って、
さまざまな人間関係や条件の中で、その使い方を拡げる、変えてみるなどで、その力をより確かに
自分自身のものにしていくといった取り組みがたいせつにされなければならない。そして、こうし
た量的蓄積、拡大、充実が新しい力の獲得、つまり、質的転換へと向かわせる基盤になっていくの
である。
3.子どもの外にあらわれている行動の意味・背景を考えてかかわる目
一人ひとりの子どもを理解し、そこから、教育的なかかわり、働きかけの内容と方法を創造して いくためには、子どもの外にあらわれている行動の諸事実を単発的な結果として把握しているだけ では不十分であって、子どものあれこれの行動が「なぜ」、「どのようにして」生じてくるのか、そ の行動が発達に立ち向かいっつある本人にとってどういう意味をもつ行動であるかについての検討 が必要である。つまり、子どもたちが示す貝体的な行動の事実を通して、その行動の意味・背景を 把握するといったことをたいせっにする。
4.障害によるある種の傾向性とその発達変容に視点をあてた取り組みを創造する目
障害がちがっても、ある力の獲得を促す取り組みには共通性がある。と同時に、障害のちがいに よっては取り組みの独自性が創造されなければならない。
Ⅲ 障害・発達・生活的諸傾向性に視点をあてた実践研究 事例研究 「低血糖症による精神発達遅滞児の発達過程と療育」
目 的
筆者らは、これまでに療育あるいは教育相談活動でのかかわりをとおして得られた自閉性障害児 の記録を、その間随時実施した種々の発達検査結果や生活実態とも関連づけて分析する作業をとお して、それぞれの子どもたちの質的な発達変容の姿を跡づけ、そこから各々の時期における療育・
2) 3) 4)
教育の問題について検討した試みについて報告してきた(岡本ら1988;田村ら1991a,1991b;田辺
ここ
ら1990)。障害の種別はちがっても、ことばや運動といったある力の獲得を促す取り組みには共通 性がある。と同時に、障害のちがいによっては取り組みの独自性が創造されなければならない。障 害によるある種の傾向性の把握と、なぜそのような傾向性が引き起こされ、何がそれを変容させて いく原動力になっていくのかといった発達的理解をすすめる視点に立って、療育・教育の手だてを 創造していくことが必要である。
膵島細胞腫瘍は、臨床的には、腫瘍細胞からインスリン過剰分泌による自発性低血糖症に基づく 多様な症状を示す。臨床症状としては、精神神経症状(意識喪失、動作緩慢・脱力・視力障害・け
いれんなど)、低血糖発作の一過性麻痺、消化器症状(空腹感・嘔吐など)がみられる。低血糖発 作時の症状の大部分は、中枢神経系の障害に基づくものであるとされている。膵島細胞腫瘍は、比 較的稀な疾患とされているが、近年、その特徴ある病態が広く認識され、また各種ホルモンの免疫 学的測定法の進歩にともなって次第にその報告例が増加している。わが国の統計では、発症年齢は 4カ月から85歳までの報告があり、全年齢層にわたって発症が認められたが、10歳以下の症例は数
1)