運動あそび場面における幼稚園教諭の意思決定過程 と「個人レベルの指導論」との関係 −「個人レベ ルの指導論」が異なる4人の現職教諭の事例から−
著者 中井 隆司, 川下 亜紀
雑誌名 教育実践総合センター研究紀要
巻 12
ページ 1‑10
発行年 2003‑03‑31
その他のタイトル The Relationship between personal teaching theory of kindergarten teachers and teacher's decision‑making process in motor play
situation
URL http://hdl.handle.net/10105/70
1.緒 言
近年の教師研究において、教師の的確な判断や思考 といった実践的思考が教師の実践的力量形成において 重要であるという考え方から、そのプロセスや因果関 係を解明しようとする研究が数多く報告されるように なっている(秋田ほか 1991、中井・岡沢 1999、佐 藤ほか 1990,1991、志賀 1996、下地・吉崎 1990、
吉崎1983,1986a、1986b、1987,1988) 。くわえて、こ
の実践的思考には、その背景にある教師個々人の授業 観・子ども観・教育観といった教師の指導信念が大き く関与することも解明されてきている。
このような研究は、これまでの授業中の教師の行動 を変容させることによって教師の授業力量を高めよう としてきた教師教育から、教師の指導論を中心に思考 過程や行動を総合的に向上させることの可能性を秘め たものであり、教育実践に対する教師の成長に大きく 寄与するものである。ましてや、そこから得られる研
−「個人レベルの指導論」が異なる4人の現職教諭の事例から−
中 井 隆 司
(奈良教育大学体育科教育学研究室)
川 下 亜 紀
(奈良市春日保育園)
The Relationship between personal teaching theory of kindergarten teachers and teacher's decision-making process in motor play situation
Takashi NAKAI
(Department of Physical Education, Nara University of Education)
Aki KAWASHITA
(Kasuga Day Nursery, Nara)
要旨:運動あそび場面における幼稚園教諭の意思決定過程と指導信念である「個人レベルの指導論」との関係を事
例的に明らかにするために、運動あそびに対する「個人レベルの指導論」の異なる4名の現職教諭を対象に再生刺 激法によるインタビューを用いて検討を加えた結果、以下のことが明らかになった。
①インタビューの結果から、幼稚園教諭の意思決定過程には、 「子ども」 「運動あそび」 「指導方法」などの実践的 知識とその背景にある各教諭の指導信念である「個人レベルの指導論」が関係していることが本事例から認められ た。
②特に、各教諭の運動あそびに対する「個人レベルの指導論」 、すなわち、A教諭の「運動あそびを通して子ども に身につけさせたい感覚や能力といった、ねらい・目的に関する考え」 、B教諭の「運動あそびをすることで子ども たちに楽しさや満足感を味わわせることを意識した考え」 、C教諭の「運動あそびに限らず保育全般において、友達 と一緒に遊ぶことの楽しさを知らせることを意識した考え」 、D教諭の体系的な考えが形成されていないが「集団と いうことを意識する。安全面の配慮をする」といった指導信念が運動あそび場面における教師の意思決定を左右す る大きな要因となっていたことが本事例から認められた。
このことから、運動あそび場面における教師の意思決定は、実践的知識とともに指導信念である運動あそびに対 する「個人レベルの指導論」によって左右されており、教師の指導信念−実践的知識−意思決定−教師行動という 教師の実践的力量の構図が本事例を通して改めて確認できたことになる。
キーワード:個人レベルの指導論 personal teaching theory,幼稚園教諭 kindergarten teacher,
教師の意思決定 teacher's decision-making
究知見は教員養成や現職教育といった教師教育に対し て教師教育カリキュラムの提示・再構成、具体的な授 業設計過程像の提示、個々の授業場面における判断や 決定の材料提供、など非常に有益な示唆を与えること ができるのである。
その意味において、教師の実践的思考過程と指導信 念との関係を実証的に解明することが教師研究にとっ ての大きな研究課題となっている。
教師の指導信念については、これまでにも、梶田ほ かが「個人レベルの指導論(Personal Teaching The- ory) 」(略称をPTT)という概念で捉え、幼児教 育専攻の大学生によって認知された幼稚園や保育所の 教師・保母の現実のPTTと学生の理想とするPTT の比較・分析的研究(梶田ほか 1984)、公立・私立 の幼稚園、及び保育所の保育者を対象とした「個人レ ベルの指導論」について検討(梶田ほか 1985)、母 親のもっていると思われる保育や指導(特に自分の子 どもの所属する園の保育者の保育や指導)に対する期 待を構造的に検討したりしている(梶田ほか 1986) 。
また、杉村・桐山(1991)は保育所、幼稚園の保 母・教諭、保育系短期大学の学生を対象に、PTTの 一部である子どもの適性に応じた指導の仕方に関する パ ー ソ ナ ル な セ オ リ ー ( Personal Aptitude Treatment Interaction Theory)の考え方をもとに、
具体的な事例に保育者はどう対応するのか、 さらには、
パーソナルなセオリーが保育経験によってどのように 異なるのかを検討している。
さらには、中井ほか(2002)は、幼稚園教諭の運動 あそびに対する「個人レベルの指導論」が「教師の運 動あそびにおけるねらい」 「人間関係の気づき」 「運動 あそびの情景」 「心と身体の健康」 「子どもにとって魅 力ある環境」「指導上の留意点」「運動に関する行事」
「情意的成果」の8項目から構成されるとともに、幼 稚園教諭共通な指導論と個々の教諭によって異なる指 導論があることを事例から導き出している。
以上の研究から、教師の指導信念である「個人レベ ルの指導論」に関しては保育全般に関するものから運 動あそびといった実際の保育場面に至るまで興味深い 知見がいくつも得られている。一方で、幼稚園教諭の 判断や決定といった意思決定過程を扱った研究は志賀
(1996)がその特徴と意味を検討しているが、これま での研究は、幼稚園教諭の反応分析(倉戸 1990)や 行動分析(小田 1987、倉戸 1994)がその中心であ り、意思決定過程の背景にある指導信念や知識との関 係については研究が始まったばかりであるといえよ う。各教諭は保育実践にあたって自己の指導信念に基 づきながら、保育を行っているわけであり、当然のこ とながら、個々の場面での判断や決定にその指導信念 が影響していると考えられる。
そこで、本研究では運動あそび場面における幼稚園
教諭の意思決定過程と指導信念である「個人レベルの 指導論」との関係を明らかにするために、運動あそび に対する「個人レベルの指導論」の異なる幼稚園教諭 の運動あそび場面における意思決定過程について事例 的に検討を加えた。このことによって、幼稚園教諭養 成のための実践的力量形成に向けた支援内容が明確に なると考えた。
2.研究方法
2.1.対象教諭の特徴
対象となった4名の幼稚園教諭の特徴は以下に示す とおりである。なお、各教諭の運動あそびに対する
「個人レベルの指導論」は、中井ほか(2002)が「保 育における運動あそび」をキーワードとして与えたイ メージマップ・テスト(水越ほか 1980、三宅ほか 1988)をインタビューの内容を参考にしながらKJ法 で分類した結果から得られた「個人レベルの指導論」
を構成する8項目(「教師の運動あそびにおけるねら い」「人間関係の気づき」「運動あそびの情景」「心と 身体の健康」 「子どもにとって魅力ある環境」 「指導上 の留意点」「運動に関する行事」「情意的成果」)に関 する各教諭の分布(図1〜図4)及び運動あそびに対 する「個人レベルの指導論」に関するインタビューの 内容から解釈したものである
注1)。
A教諭:奈良市立S幼稚園5歳児クラス
(男児14人、
女児14人、計28人)担当、40歳(教職経験20年目)、
女性、 「個人レベルの指導論(図1) 」は、子どもたち に身につけさせたい能力や感覚が何であるのか、はっ きりとしたねらい・目的をもって運動あそびをさせ る。特に、友達の刺激を受けて取り組んでみたり、競 い合ったり、一緒にすることで楽しさを感じられるよ うな友達関係を創るというねらい。運動あそびを実施 しているときには、子どもが心の底から楽しむことが できるように子ども個々人の心身の状態を把握して適 切な援助を行うこと。そして、運動あそびには危険が ともなうので安全面の配慮も忘れない。
B教諭:奈良市立S幼稚園4歳児クラス
(男児13人、
女児12人、計25人)担当、27歳(教職経験5年目)、
女性、 「個人レベルの指導論(図2) 」は、まず、何よ りも子どもの楽しさを確保することが大切である。そ のためには、子どもたちの発達段階よりも少し上のレ ベルで挑戦になるような活動内容を考慮する。また、
子どもそれぞれに合った援助ができるように個人の発 達段階は知っておかなければいけない。
C教諭:京都府下私立S幼稚園3歳児クラス(男児
12人、女児14人、計26人)担当、26歳(教職経験7年
目)、女性、「個人レベルの指導論(図3)」は、運動
あそび場面に限らず、保育全般において友達と一緒に
遊ぶ楽しさを知らせることがいちばん大切である。そ
のためには、子どもたちが友達と関わることができる ように子どもの楽しさや心身の状態に配慮をしながら 子どもたちと関わっていく。
D教諭:京都府下私立S幼稚園4歳児クラス(男児
12人、女児17人、計29人)担当、20歳(教職経験1年 目)、女性、「個人レベルの指導論(図4)」は、危険 がないように安全面にしっかり配慮することの重要 性、集団というものを意識して子どもたちがたくさん の友達と遊ぶことができるように関わらなければいけ ないという考えは漠然ともっているが、体系的な指導 論はまだ形成されていない。
2.2.各教諭の意思決定場面の抽出
運動あそび場面における幼稚園教諭の意思決定過程 と指導信念である「個人レベルの指導論」との関係を 明らかにするために、約1週間の事前観察を行ったう えで、奈良市立S幼稚園は平成11年6月中旬、京都府
図1 A教諭の「個人レベルの指導論」の分布
図2 B教諭の「個人レベルの指導論」の分布
下私立S幼稚園は平成11年11月上旬にそれぞれ1週間 にわたり、教諭1名に対して2台のビデオカメラとワ イヤレスマイクを用いて全保育場面を収録した。そし て、収録した保育場面から運動あそび場面で各教諭が 幼児に対して支援している場面を抽出し、さらに、教 諭が幼児に対して積極的に関わっていると2人の分析 者(教科教育学担当大学教員1名:教職歴12年目、全 保育場面の観察・収録を行った幼児教育専攻学生1 名:教職歴なし)が一致して判断した場面を1つ選び 出した。
その結果、A教諭については自由な活動の時間に鉄 棒あそびをしている女児Fに援助を行っている場面が 抽出された。この場面は、その時の指導方法にA教諭 の指導論がよく表れている場面であると判断したから である。次に、B教諭についてはみんなの活動の時間 に平均台を用いた活動内容とその時の幼児個人への補
図3 C教諭の「個人レベルの指導論」の分布
図4 D教諭の「個人レベルの指導論」の分布
教 師 の 運 動 あ そ び に お け る ね ら い
人 間 関 係 の 気 付 き
運 動 あ そ び の 情 景
心 と 身 体 の 健 康
子 ど も に と っ て 魅 力 あ る 環 境 指 導 上 の 留 意 点
運 動 に 関 す る 行 事 情 意 的 成 果
子 ど も に と っ て 魅 力 あ る 環 境 教 師 の 運 動 あ そ び に お け る ね ら い
人 間 関 係 の 気 付 き
運 動 あ そ び の 情 景
心 と 身 体 の 健 康 指 導 上 の 留 意 点
運 動 に 関 す る 行 事 情 意 的 成 果
教 師 の 運 動 あ そ び に お け る ね ら い
人 間 関 係 の 気 付 き
運 動 あ そ び の 情 景
心 と 身 体 の 健 康
子 ど も に と っ て 魅 力 あ る 環 境 指 導 上 の 留 意 点
運 動 に 関 す る 行 事 情 意 的 成 果
子 ど も に と っ て 魅 力 あ る 環 境 教 師 の 運 動 あ そ び に お け る ね ら い
人 間 関 係 の 気 付 き
運 動 あ そ び の 情 景
心 と 身 体 の 健 康 指 導 上 の 留 意 点
運 動 に 関 す る 行 事
情 意 的 成 果
助の有無がポイント場面として抽出された。これは、
活動内容の順番や補助の有無にB教諭の幼児の捉え方 や指導論がよく表れている場面であると判断したから である。つづいて、C教諭については自由な活動の時 間に男児Gに誘われて始めた野球あそびの場面が抽出 された。これは、活動内容や指導方法にC教諭の指導 論がよく表れている場面であると判断したからであ る。最後に、D教諭については自由な活動の時間に鉄 棒あそびをしている子どもに援助している場面が抽出 された。これは、運動あそびに関する知識や個々の子 どもの理解度といったD教諭の指導論がよく表れてい る場面であると判断したからである。
2.3.分析の手順
保育終了後に、収録したVTRを各教諭に視聴して もらいながら、インタビュー形式で各場面での思考や 判断を想起させて語らせる再生刺激法を用いて、次の 点で可能な限り思い出してもらい、保育場面での教師 の意思決定、及びその際に使用した保育についての知 識、さらには、運動あそびに対する「個人レベルの指 導論」を収集した。その観点は、「①保育場面の状況 把握、②想定と実際、③子どもの反応の状況把握、④ 判断と決定の理由、⑤保育意図と判断」である。なお、
インタビューの内容は、以下の手順で語彙を整え、先 述の2人で記述・分析した。①インタビュー内容を逐 語記録に起こす。②逐語記録の意味内容をインタビュ ーを受けた本人によって確認する。③意味内容を確認 した逐語記録をスムージングによって語彙を整える。
④スムージングした内容を再度、インタビューを受け た本人に確認する。
3.結果と考察
運動あそび場面における幼稚園教諭の意思決定過程 と運動あそびに対する「個人レベルの指導論」との関 係について、保育終了後に再生刺激法を用いたインタ ビューから得られた内容を「保育場面の特徴」「教師 による保育場面の認知」 「教師の保育意図と意思決定」
「教諭の意思決定を支えている知識と個人レベルの指 導論」の視点から検討した結果、次のことが明らかに なった。なお、以下の結果は各教諭に個別に報告され、
その内容について了解を得たものである。
3.1.A教諭の場合(図5)
3.1.1.分析対象となった保育場面の特徴
収録したVTRを基に筆者らが分析した対象保育場 面の特徴は以下の通りである。
A教諭は、好きな遊びの時間に女児Fとその友達2 人の計3人を誘い、鉄棒で前回りおりをさせていると いう保育場面が展開されていた。
3.1.2.教師による保育場面の認知
3人の子どもの中で女児Fは鉄棒で前回りおりがで きないが、特に、できるようになりたいと強く思って いることをA教諭は事前に聞いて知っていた。鉄棒あ そびに誘った女児Fの反応からやる気を感じ、今、集 中的に女児Fに援助をすれば鉄棒で前回りおりができ るようになるとA教諭は感じていた。
3.1.3.教師の保育意図と意思決定
女児Fが鉄棒で前回りおりができるようにするため に、まず、女児Fの両手をもって教諭の大腿部に足を かけて一回転するという指導方法を試みた。 その結果。
女児Fは前回りおりができるようになったので、A教 諭は、次の課題として子どもができそうなお尻上がり を提示することにした。
このような指導方法をとるにあたって、A教諭は次 のような意思決定を行っている。まず、鉄棒で前回り おりができるようになりたいが、できない女児Fに対 して「鉄棒あそびに誘った女児Fの反応からやる気を 感じ、今、指導を行うべきである」という意思決定を 行っている。次に、具体的な指導方法として、女児F のできない原因が「鉄棒で身体を丸めることが怖くて できない」と特定し、数ある指導方法の中から女児F の両手をもって教諭の大腿部に足をかけて一回転させ るという指導方法を選択する意思決定を行っている。
そして、できるようになった時に、どうするかについ て子どもの鉄棒あそびに対する興味・関心と技の系統 性を考えたうえでお尻上がりを次の課題として提示す るという意思決定を行っている。
3.1.4.教師の意思決定を支えている知識と「個 人レベルの指導論」
A教諭が、女児Fに指導を行うかどうかの意思決定 については、次のような知識が支えとなっている。そ れは、女児Fがいつも一緒に遊ぶ友達は鉄棒が得意で あるが、女児Fはできない。しかし、友達のようにし たいという女児Fの日頃からの気持ちと、鉄棒あそび における女児Fのレディネスを把握しているという
「子どもについての知識」である。そして、この知識 の背景にはA教諭の「個人レベルの指導論」の中心で ある「教師の運動あそびにおけるねらい」と「人間関 係の気づき」が密接に絡み合いながら関係している。
つまり、女児Fに友達のように鉄棒ができるようにな ることで自信をもたせるとともに、次への挑戦目的・
意欲をわかせることで、これまで以上に友達と一緒に 遊ぶことが楽しくなり、友達関係を深めることを意識 しているのである。
次に、指導方法の選択についての意思決定は、次の ような知識が支えとなっている。まず考えられるのが
「運動あそびについての知識」である。鉄棒で前回り おりをするためには、おなかを丸くする必要があり、
女児Fはそのことができていないのである。さらに、
この「運動あそびについての知識」との関わりの中で
「指導方法についての知識」がある。女児Fの両手を もって教諭の大腿部に足をかけて一回転させるという 指導方法は幼児の鉄棒に対する恐怖心を取り除くだけ でなく、幼児に対する補助という機能を同時に満たす 指導方法である。そして、これらの知識の背景にもA 教諭の「個人レベルの指導論」の中心である「教師の 運動あそびにおけるねらい」が関係している。つまり、
前回りおりができるようになることも大切であるが、
その過程で、おなかを丸くする感覚を幼児に養いたい というねらいが実は存在しているのである。
さらに、鉄棒で前回りおりができるようになった女 児Fに、次にどのような課題を提示するのかという意 思決定は、次のような知識が支えとなっている。つま り、子どもが鉄棒に興味をもっている時には、何か1 つ課題が達成できたら、次に新しい課題を提示してあ げることが子どもの興味をさらに向上させることがで きることを知っており、しかも、その課題には、発展 性と系統性が必要であるという「運動あそびと子ども についての知識」である。さらに、この知識の背景に はA教諭の「個人レベルの指導論」の中心である「教 師の運動あそびにおけるねらい」と「情意的成果」が
関係している。つまり、子どもが鉄棒に興味をもって いる時は次の課題に挑戦すること自体が子どもにとっ てあそびに対するより大きな楽しさを感じられるとい うことを意識していることの表れである。そして、次 に何か課題を提示するということは、鉄棒に慣れ親し んでいろいろな遊び方を覚えていくことで、刺激にな ったり、次のめあてがもちやすくなればいいというね らいが存在している表れである。
以上のことから、A教諭の場合は図5に示されるよ うに「個人レベルの指導論(図1)」のうち「教師の 運動あそびにおけるねらい」を中心に、「人間関係の 気づき」、「情意的成果」などを主な背景にしながら
「子ども」、「運動あそび」、「指導方法」といった保育 についての知識がその支えとなり、女児Fへの鉄棒あ そびの支援をするという意思決定が行われたと考えら れる。
3.2.B教諭の場合(図6)
3.2.1.分析対象となった保育場面の特徴
A教諭の場合と同様に、収録したVTRを基に筆者 らが分析した対象保育場面の特徴は以下の通りである。
みんなの活動の時間に平均台でいろいろな渡り方を
前回りおりができるようになることも大切であるが,その 過程で,おなかを丸くする感覚を幼児に養いたいという「教師の運動あそびにおけるねらい」の 表れである.
鉄棒で前回りおりをするためには,おなたを丸くする必要があると いう「運動わそびについての知識」とともに,女児Fの両手をもって教諭の大腿部に足をかけて 一回転させるという指導方法は幼児の鉄棒に対する恐怖心を取り除くだけでなく,幼児に対する 補助という機能を同時に満たす指導方法であるという「指導方法についての知識」が支えとなっ ている.
前回り おりができるようになった 女児Fに,次にどのような 課題を提示するのかの決定 をする.ここでは,子ども の鉄棒あそびに対する興味
・関心と技の系統性を考え たうえでお尻上がりを次の 課題として提示することに した.
鉄棒で 前回りおりが怖くてできな い女児Fに,どのような指 導方法をとるかの決定をす る.ここでは,鉄棒から始 めるのではなく,まず教諭 の両手をもって教諭の大腿 部に足をかけて一回転する という指導方法をとること にした.
3人の子どもの中で女児Fは鉄棒で前回りおりができないが,できるようになりたいと強く思って いることをA 教諭は知っており,鉄棒あそびに女児Fから誘ってきたことを考えると,今手助けをしてあげれば,女児Fは鉄棒 で前回りおりができるようになると予想した.
A教諭が好きな遊びの時間に女児Fとその友達2人を誘い,鉄棒で前回りおりをさせているという場面.
図5 保育における教師の保育意図と意思決定の関係(A教諭)
しているという場面において、B教諭が平均台を渡る 子どもに応じて補助をしたり、しなかったりしている という場面が展開されていた。
3.2.2.教師による保育場面の認知
この活動を行うにあたって、教諭は子どもたちが平 均台をみるのは初めてなので、できない、怖いと思う 子どもがいるだろうから、そういった子どもには補助 をすることが必要であると思っていた。
3.2.3.教師の保育意図と意思決定
子どもたちに平均台というものを経験させて、でき なくてもいいから親しんで欲しいという思いから、B 教諭は、みんなの活動の時間に平均台を取り入れるこ とにした。そして、子どもたちが平均台に対して不安 や恐怖心を感じずに取り組めるように、さらには、で きると思っていた子どもでも実際にやってみたときに できないこともあるという理由から、平均台の高さや 幅を感じさせる必要があると考えて課題を構想した。
具体的には、①平均台の横に立って手で渡る。②平均 台を跨いで手で渡る。③平均台を跨いでお尻をつけて 渡る。④平均台に横向きで座って、お尻を離さないよ うにくっつけたまま渡る。 ⑤平均台に横向きで座って、
お尻をつけたり、離したりしながら渡る。⑥平均台の 上に立って横向きで渡る。⑦平均台の上に立って前向 きで渡る。という7つの渡り方であり、実際の活動場 面では子どもの姿・様子をみて、④平均台に横向きで 座って、お尻を離さないようにくっつけたまま渡る。
と⑤平均台に横向きで座って、お尻をつけたり、離し たりしながら渡る。の順番を入れ替えて行うことにし た。また、⑥平均台の上に立って横向きで渡る。⑦平 均台の上に立って前向きで渡る、というときには予想
していた通り、できない、怖いという子どもが出現し たので手を貸すという補助をしていた。しかし、同じ 子どもでも手を貸す時と手を貸さない時があり、子ど もの姿・様子をみて指導方法を変えていた。
このような指導方法をとるにあたって、B教諭は次 のような意思決定を行っている。まず、実際の活動場 面において、7つの渡り方を予定していた順番で行う つもりであったが、子どもの姿・様子をみて、そのま まの順番では子どもの発達段階と課題の発展性が整合 していないと判断し、順番を入れ替えて行うという意 思決定を行っている。次に、⑥平均台の上に立って横 向きで渡る。⑦平均台の上に立って前向きで渡る。と いう時に、見ていて不安定だが頑張っている子ども、
怖いけれども頑張っている子どもがいると感じ、子ど もに手を貸すかどうかの意思決定を行っている。そし て、 このとき同時に子どもへの補助の有無に関係なく、
いつでも子どもの手はもてるように出しておくという 意思決定も行っている。
3.2.4.教師の意思決定を支えている知識と「個 人レベルの指導論」
実際の活動場面において、予定していた7つの渡り 方の順番を入れ替えて行うかどうかの意思決定につい て、B教諭には次のような知識が支えとなっている。
それは、子どもの発達段階と課題の発展性を構想でき るだけの「運動あそびと子どもについての知識」であ る。さらに、その背景にはB教諭の「個人レベルの指 導」論の中心である「情意的成果」が関係していると 考えられる。つまり、子どもの発達段階と課題の整合 性を考えたうえで、活動内容に変更するということは、
より子どもが平均台に親しんで楽しくできるように配
図6 保育における教師の保育意図と意思決定の関係(B教諭)
慮するということになり、子どもが運動あそびを楽し いと感じられるということを重要視している表れであ る。
また、平均台の上に立って渡るというときに、子ど もに手を貸すかどうかの意思決定については、子ども が援助を求めているかどうか、どの子どもに手を貸す 必要性があるのかを判断できるだけの「運動あそびと 子どもについての知識」「指導方法について知識」が 支えとなっている。さらにその背景には、B教諭の
「個人レベルの指導論」の中心である「情意的成果」
が関係していると考えられる。つまり、子どもにとっ て手を貸す方がより楽しくできるのか、手を貸さない 方がより楽しくできるのかという子ども個々人の楽し さを考慮しているということになり、子どもの楽しさ を重要視している表れである。また、「個人レベルの 指導論」の「指導上の留意点」も関係していると考え られる。それは、子どもへの補助の有無に関係なく、
いつでも子どもの手はもてるように出しておくという 意思決定も行われており、いつでも教諭が援助にいけ るということを子どもに示して安心感を与えることと 安全面の配慮をしていたことの表れである。
以上のことから、B教諭の場合は図6に示されるよ うに「個人レベルの指導論(図2)」のうち「情意的 成果」を中心に「指導上の留意点」などを主な背景に しながら「子ども」 、 「運動あそび」 、 「指導方法」とい った保育についての知識がその支えとなり、子どもの
状態をみて臨機応変に対応するように行われていると 考えられる。
3.3.C教諭の場合(図7)
3.3
.
1.分析対象となった保育場面の特徴A教諭の場合と同様に、収録したVTRを基に筆者 らが分析した対象保育場面の特徴は以下の通りである。
C教諭は、好きなあそびの時間に男児Gに誘われて 始めた野球あそびで教諭がボールを投げて、それをバ ットで子どもが打つという場面が展開されていた。
3.3.2.教師による保育場面の認知
男児Gと一緒に野球あそびをしている姿を見て自分 もしてみたいと思う他の子どもや、先生がボールを投 げてくれるからやってみたいと思う他の子どもが参加 してくることを予想していた。
3.3.3.教師の保育意図と意思決定
男児Gは、いつも好きな遊びの時間に教諭が保育室 から出てくる頃に、ボールとバットをもって保育室の 前で待っており、教諭が靴を履いた時点で「野球をし よう」と言ってくるが、他の子どもをみないといけな いこともあり、必ずしも男児Gと野球あそびができる わけではない。しかし、男児Gは野球が好きで、それ に嬉しさや楽しさを感じており、まだ野球を知らない 子どもにとってはあそびの経験になるという意図のも とで、他の子どもの様子などをみて、その日は野球あ そびをすることにした。男児GはC教諭の投げるボー
図7 保育における教師の保育意図と意思決定の関係(C教諭)
ルに対して右のスタンスで打ったり、左のスタンスで 打ったりしていたが教諭は何も言わなかった。 そして、
子どもに投げるボールについてもノーバウンドのボー ルを投げることにした。
このような指導方法をとるにあたって、C教諭は次 のような意思決定を行っている。まず、男児Gに誘わ れた野球あそびについて、男児Gの気持ちと他の子ど もの様子などをみたうえで、今日は行うという意思決 定を行っている。次に、男児Gが右のスタンスで打っ たり、 左のスタンスで打ったりしていることに対して、
どちらかに固定するように助言しようと考えたが、こ のままで自由に打たそうという意思決定を行ってい る。また、子どもに投げるボールもさまざまな投げ方 があるがノーバウンドのボールを投げるという意思決 定を行っている。
3.3.4.教師の意思決定を支えている知識と「個 人レベルの指導論」
まず、男児Gに誘われた野球あそびを始めるかどう かの意思決定について、C教諭には、次のような知識 が支えとなっている。まず、しばらく男児Gと野球あ そびをしていなかったこと、野球あそびでは幼児と1 対1となり、他の子どもをみることが難しくなるが、
その日は周りの子どもたちも安定して遊んでいるとい うことを把握している。また、野球あそびであれば、
他に何人かの子どもが参加してくるだろうという「子 どもと指導方法についての知識」である。さらに、そ の背景にはC教諭の「個人レベルの指導論」の中心で ある「人間関係の気づき」が関係していると考えられ る。つまり、何人かの子どもが参加してくるというこ とは、友達と一緒に遊ぶことの楽しさを知らせたいと いう願いの表れである。
次に、男児Gが右や左のスタンスで打ったりしてい ることに対して何も助言せずに自由に打たすという意 思決定については、男児Gが野球をするようになって からまだ日が浅く、しかも、左のスタンスはときどき 使う程度であり、発達段階から考えて技術よりもいろ いろな打ち方を経験することの方が大切であるという
「運動あそびと子どもについての知識」が支えとなっ
ている。さらに、その背景には「個人レベルの指導論」
の「情意的成果」が関係していると考えられる。つま り、子どもが楽しさを感じながら遊ぶことができるよ うに配慮している表れである。
そして、子どもにノーバウンドのボールを投げると いう意思決定については、転がしたり、バウンドさせ たボールを打たせるという選択肢は存在しなかったが、
男児Gがノーバウンドのボールを打つのが野球である という思いをもっていることを知っており、ボールを ノーバウンドで投げても大丈夫という「子どもについ ての知識」が支えとなっている。さらに、その背景に は「個人レベルの指導論」の「情意的成果」が関係し ていると考えられる。つまり、子どもの状態を把握し て楽しく遊ぶことができるように配慮している表れで ある。
以上のことから、C教諭の場合は図7に示されるよ うに「個人レベルの指導論(図3)」のうち「人間関 係の気づき」を中心に「指導上の留意点」や「情意的 成果」などを主な背景にしながら「子ども」 、 「運動あ そび」 、 「指導方法」といった保育についての知識がそ の支えとなり、男児Gへの野球あそびの支援をすると いう意思決定が行われたと考えられる。
3.4.D教諭の場合(図8)
3.4.1.分析対象となった保育場面の特徴
A教諭の場合と同様に、収録したVTRを基に筆者 らが分析した対象保育場面の特徴は以下の通りである。
D教諭は、好きなあそびの時間に鉄棒をしている子 どもに気づき、教諭から関わっていくという場面が展 開されていた。
3.4.2.教師による保育場面の認知
運動あそびに積極的ではない子どもが自ら鉄棒をし ているとは予想していなかった。
3.4.3.教師の保育意図と意思決定
教諭が運動あそびにあまり積極的ではない子どもに 適切な関わり方をすることで、今後さらに自ら運動あ そびに取り組んでいけるようになる、 という思いから、
鉄棒をしている子どもに対して積極的に褒めるという
図8 保育における教師の保育意図と意思決定の関係(D教諭)
関わり方をした。
このような指導方法をとるにあたって、D教諭は次 のような意思決定を行っている。運動あそびをしてい る子どもに対する関わり方では、技術的な支援や補助 という関わり方もあるが、運動あそびに積極的でない 子どもに対しては、今していることを認めてあげるこ とが大切であるという意味から褒めるという関わり方 を行うことを意思決定している。
3.4.4.教師の意思決定の背景にある知識と「個 人レベルの指導論」
鉄棒をしている子どもに対する関わり方についての 意思決定についは、D教諭には、次のような知識が支 えとなっている。子どもが褒められることで自信をつ けて今後さらに鉄棒をしようと思うこと、また、ある 子どもを褒めていれば他の子どもも褒められたいと思 ってがんばるという「指導方法と子どもについての知 識」である。しかし、鉄棒で何かができるように課題 を提示するなどの運動あそびについては何も触れてい ないことから、「運動あそびについての知識」は少な いと考えられる。そして、その背景には「個人レベル の指導論」の「人間関係の気づき」 「指導上の留意点」
が関係していると考えられる。つまり、ある子どもを 褒めることで他の子どもも意識し、子ども同士の関係 づくりに繋がるかもという思いと、子どもが新しい課 題に挑戦することによるアクシデントを未然に防ごう とする気持ちの表れであったのかもしれない。
以上のことから、D教諭の場合は図8に示されるよ うに「個人レベルの指導論(図4)」のうち「人間関 係の気づき」と「指導上の留意点」を主な背景にしな がら「子ども」 、 「指導方法」といった保育についての 知識がその支えとなり、子どもの鉄棒あそびへの支援 をするという意思決定が行われていたと考えられる。
4.まとめ
-教師の意思決定と「個人レベルの指導論」との関係-
運動あそび場面における幼稚園教諭の意思決定過程 と指導信念である「個人レベルの指導論」との関係を 事例的に明らかにするために、運動あそびに対する
「個人レベルの指導論」の異なる4名の現職教諭を対 象に再生刺激法によるインタビューを用いて検討を加 えた結果、以下のことが明らかになった。
①インタビューの結果から、幼稚園教諭の意思決定 過程には、「子ども」「運動あそび」「指導方法」など の実践的知識とその背景にある各教諭の指導信念であ る「個人レベルの指導論」が関係していることが本事 例から認められた。
②特に、各教諭の運動あそびに対する「個人レベル の指導論」、すなわち、A教諭の「運動あそびを通し て子どもに身につけさせたい感覚や能力といった、ね
らい・目的に関する考え」、B教諭の「運動あそびを することで子どもたちに楽しさや満足感を味わわせる ことを意識した考え」、C教諭の「運動あそびに限ら ず保育全般において、友達と一緒に遊ぶことの楽しさ を知らせることを意識した考え」、D教諭の体系的な 考えが形成されていないが「集団ということを意識す る。安全面の配慮をする」といった指導信念が運動あ そび場面における教師の意思決定を左右する大きな要 因となっていたことが本事例から認められた。
このことから、運動あそび場面における教師の意思 決定過程は、実践的知識とともに指導信念である運動 あそびに対する「個人レベルの指導論」によって、そ の判断と決定が左右されており、教師の指導信念−実 践的知識−意思決定−教師行動という教師の実践的思 考と実践的力量の構図が本事例を通して改めて確認で きたことになる。くわえて、この研究知見は、教員養 成や現職教育といった教師教育に対して個々の保育場 面における判断や決定の材料を提供しており、これま での授業中の教師の行動を変容させることによって教 師の授業力量を高めようとしてきた教師教育から、教 師の指導論を中心に思考過程や行動を教師自身がリフ レクション(省察)できる教師教育に対して有益なサ ポートになると考えられる。
今後は、さらに、事例を積み重ねていくことで異な った指導信念を抱く教諭の実践的思考過程と行動の特 徴について検討を加えるとともに、その事例を基に幼 稚園教諭の実践的保育力量形成をサポートしていくこ とが必要である考える。
注
1)運動あそびに対する「個人レベルの指導論」の構 造及び対象教諭の運動あそびに対する「個人レベルの 指導論」については、中井ほか(2002)で明らかにな っている。本研究は中井ほか(2002)の研究の続編に 位置し、明らかになった対象教諭の運動あそびに対す る「個人レベルの指導論」と運動あそび場面における 意思決定過程の関係について検討を加えることにその 中心的研究課題があるために、対象教諭の運動あそび に対する「個人レベルの指導論」を導くための詳細な 手続きなどについては本文中には省略してある。因み に、その手続きは以下の通りである。
各教諭の運動あそびに対する 「個人レベルの指導論」
を明らかにするために、「保育における運動あそび」
をキーワードとして与えたイメージマップ・テスト及
びインタビューを奈良市立S幼稚園は平成11年6月中
旬に、京都府下私立S幼稚園は平成11年11月上旬に実
施した。なお、イメージマップ・テストとは本来、水
越ほか(1980)が子どもの学習後の認知をとらえるた
めに開発したものであり、多様な見方・考え方を測る
評価方法の1つである。本研究では、それを齋木・中 井(2001)が教師用に修正・検証したものを用いた。
インタビューの内容としては、まず最初に記入され たイメージマップ・テストがどのような順番で具体的 にどのようなことを思い浮かべて書いたのか説明を求 めるとともに、①保育に対する考えの中での運動あそ びの位置づけについて、②教職経験年数と保育に対す る考え方との関係について、③保育形態(自由保育・
設定保育)の違いについて、④運動あそびを実施する 上で知っておかねばならないことについて、の4つに ついてインタビューを行った。
分析については、イメージマップ・テストの第1リ ング・第2リング、そして、第3リングの言葉をそれ ぞれ組み合わせてひとつのまとまりのあるユニットと して、インタビューの内容を参考にしながらそのユニ ットをKJ法で分類を行い、構造性をみて特徴を抽出 した。これらの手順は4名の分析者で行い、4名全員 の意見が一致するまで話し合い、決定した。
このような手続きによって、運動あそびに対する幼 稚園教諭の「個人レベルの指導論」は「教師の運動あ そびにおけるねらい」 「人間関係の気づき」 「運動あそ びの情景」 「心と身体の健康」 「子どもにとって魅力あ る環境」「指導上の留意点」「運動に関する行事」「情 意的成果」の8つの分類項目から構成されていること が認められ、さらに、各教諭ごとの運動あそびに対す る「個人レベルの指導論」の特徴が、この8項目の分 布及び運動あそびに対する「個人レベルの指導論」に 関するインタビューの内容から解釈された。
文 献