特別な配慮を必要とする幼児の教育的支援 −感情 の起伏が激しく気持ちのコントロールがしにくい幼 児を支える集団づくりの実践を通して−
著者 竹内 範子, 上野 由利子, 前田 喜四雄, 玉村 公二
彦, 越野 和之
雑誌名 教育実践総合センター研究紀要
巻 18
ページ 157‑163
発行年 2009‑03‑31
その他のタイトル Developing Special Needs Education in Kindergarten
URL http://hdl.handle.net/10105/1030
1幼稚園における特別支援教育の課題と 附属幼稚園のとりくみ
2006年6月に成立した学校教育法の一部改正は、小 学校、中学校、高等学校、中等教育学校及び幼稚園に 対して、「教育上特別の支援を必要とする児童、生徒 及び幼児に対し、障害による学習上又は生活上の困難 を克服するための教育を行うものとする」として、通 常学校・園における特別支援教育の推進を要請した。こ れを受けて、2007年度から特別な教育的支援の必要な 子どもへの特別支援教育が開始された。
特別支援教育実施のための体制整備及び取り組みと して、とりわけ、校内委員会の設置、実態把握、特別 支援教育コーディネーターの指名、個別の教育支援計 画の策定、個別の指導計画の作成、教員の専門性の向 上があげられているが1)、07年度の文部科学省の調査は、
「小・中学校に比して、幼稚園・高等学校における体
制整備に遅れが見られる」と指摘している2)。 幼児期における支援は、障害自体にも不確定さが残 るとともに、障害や困難の発見から日も浅く、親子と も不安定になりがちであることなど、学齢期に比して も多くの課題を持っている。したがって、保健・福 祉・教育の連携を前提とした、地域における早期総合 支援3)の必要は論を待たないが、それと同時に、発達 障害がある幼児や、確定的な診断はないが発達障害の 傾向のある幼児、また、いわゆる「気になる子ども」
への個々の園での具体的な支援のあり方、実態把握や 園内の体制の確立、園での具体的な特別支援のアプ ローチの開発、保護者や関係機関との連携などのあり 方のモデルを具体的に提案していく必要がある。
奈良教育大学附属幼稚園(以下、附属幼稚園)では、
従来から、大学との連携に基づいて、発達の遅れがあっ たり、衝動性が高かったりする幼児のケースについて、
個別の事例検討を重ねてきたが、2005年度からは、園
特別な配慮を必要とする幼児の教育的支援
−感情の起伏が激しく気持ちのコントロールがしにくい幼児を支える集団づくりの実践を通して−
竹内 範子・上野由利子・前田喜四雄
(奈良教育大学附属幼稚園)
玉村公二彦・越野 和之
(奈良教育大学)
Developing Special Needs Education in Kindergarten
Noriko TAKEUCHI, Yuriko UENO, Kishio MAEDA
(Kindergarten affiliated with Nara University of Education)
Kunihiko TAMAMURA and Kazuyuki KOSHINO
(Nara University of Education)
要旨:幼児教育の現場では、集団に適応しにくい幼児が増えてきていると言われている。それにともなって、教育現 場での指導の難しさが問題となっている。本稿では、発達障害等の診断は受けていないものの、入園時より落ち着き のなさや感情の起伏の激しさが指摘され、友だちとのトラブルが頻発したA児の事例を、年長時の1年間を中心に報告 した。A児は、自由遊びから設定保育への切り替えがむずかしかったり、ちょっとしたことで感情を爆発させたりす るなどの姿を見せ、他児への影響も大きかったが、幼稚園での集団的なカンファレンスに基づいて、それぞれの場面 に即した指導方針を定め、A児の居場所をつくるためのクラスへの働きかけと、A児自身の困難に焦点を当てた働き かけを行った結果、集団活動への参加頻度が高まるとともに、友だちと遊ぼうとする姿が見られるなど、大きな発達 的変容を見せた。本稿では、その経過を実践記録として記すとともに、仲間の中で育ちあう場を保障するためには、
どのような集団づくりが求められるのかについて考察を加えた。
キーワード:特別支援教育、居場所、集団づくり、ケースカンファレンス
全体として、特別な配慮や支援の必要な幼児を育てる ための体制づくりのとりくみに着手し、2007年度から は、実践研究のテーマ「ひとりひとりが輝く保育をめ ざして」を設定し、発達障害や発達の困難にも留意し て「特別な配慮を必要とする子どもへの教育的支援」
のあり方を検討してきた。本稿では、このようなとり くみの中で大きな発達的変容が見られた一人の幼児の 事例について、年長時の1年間を中心に報告する。
2友達との関係づくりからクラスでの 居場所づくりへ
21A児について
2年保育4歳児から入園。特段の病歴、通院歴など はない。
入園後すぐに、担任は他の子と違う何かを感じてい た。もっとも顕著な特徴は落ち着きのなさで、じっと していることができず、始終動いていたり、友達にぶ つかったりするトラブルも多かった。第2に、感情面 での起伏も激しく、大声を出したり、泣きわめいたり する場面が頻発する。第3の問題は、これらの帰結と しての友だちとのトラブルである。自分の思いをうま くコントロールできずに、まわりにぶつけてしまうた め、友達とのトラブルが絶えない。すぐに手を出した り物を投げることもあり、友達からも怖がられ敬遠さ れてしまう。こうした様子は、自由遊び場面に比して、
集団活動の場面に顕著に見られ、集団活動にはなかな か参加できずに、一人違う行動をとるか、みんなの活 動を邪魔して乱してしまいがちである。A児のこのよ うな言動に、入園当初は、担任もまわりの子ども達も 振り回される状態が続いた。一方、A児自身もそんな自 分に不適応感をもち、トラブルの後、「Aはあかん子や」
と落ち込んでしまうこともあった。もう1点気にかかっ たのは、園での日常の姿と、家族の前での姿が全く違 うことであった。母親の姿が見えると一転していい子に なろうと頑張るその不自然さが気になる子どもであった。
このような園と家庭での様子の「落差」も手伝って か、保護者には、本児の特別なニーズについての認識 はなく、懇談をしても、家では特に困ったことはなく、
園での様子は話に聞いても受け入れがたい様子であっ た。とにかく、A児がみんなと同じように生活し、み んなと一緒に活動に参加することを望んでいた。
年長クラスに進級した直後に、大学教員が実施した 新版K式発達検査(2001)では、CA5:10に対して DA5:8(認知・適応5:10、言語・社会5:6)
であった。5歳までの検査課題では「4数復唱」(3 歳後半)が不通過であった点に留意が必要であろうが、
他の課題はすべて通過、5歳前半に配当されている課 題で「積木叩き5/12」、「5以下の加算3/3」、「了解
Ⅲ」の三つが不通過でとなった一方、「模様構成」や
模写課題(ひし形まで通過)では年齢以上の課題も通 過した。検査上、顕著なアンバランスは見られず、ほ ぼ年齢相応の発達的力量を獲得しているものと見られ た。検査課題への対応は良好で、やや困難な課題にも 集中してねばり強くとりくみ、失敗した後も検査者の 励ましをとらえて気持ちを立て直す姿も見られた。
22年長クラス1学期のA児を含めたクラスの実態 A児は自由遊びの後、片付けの時間になってもなか なか保育室に戻ってくることができない。気持ちを向 けてもどってきても、みんなと一緒の活動には参加で きずに、大声を出したり暴れたりして次々とトラブル を起こしてしまう。本児に触発されて次々と他の子ど もも大声を出したり動き出したりして、クラスの活動 は中断し、他児も気持ちをそがれて、雑然とした雰囲 気になってしまう。担任は、たたかれたり、ものを取 られたりする子どもたちへの対応におわれる。一方、
このようなトラブルが生じると、A児は「どうせ僕が 悪いんやろ」と泣き喚いたり、落ち込んだりする。
232学期からの方針を決める
1学期を終えてのカンファレンスでは、本園「支援 シート」4)の「本児の困っていることや担任の苦慮し ていること」を、①感情のコントロールがうまくでき ていない(そこから派生して「みんなと一緒にする活 動に参加しにくい」「友だちとの関係が保ちにくい」)、
②園での姿と家族の前での姿がまったく違う(家族の 前ではいい子でいようと頑張る)の2点でとらえ、「支 援方針」を、「人に対して信頼感をもって接すること ができるようになり、おだやかにみんなと一緒の生活 を楽しめるようになって欲しい」とした。また「本児 の困っていること」の①に対しては、〔みんながいる 保育室に入りやすくするため、本児の居場所を提示し たり確保したりする〕という方針をもち、②に対して は、保護者との懇談を設定して家庭での本児への接し 方を把握するとともに、受容的なかかわりを心がけて もらえるよう、具体的に話し合った。ここでは、園で の保育にかかわる第一の「本児の居場所づくり」につ いて述べる。クラスの中にA児の居場所を確保できるよ うにするために立てた方針は、次のようなものである。
○A児には…
・隣の友達の顔と名前を印象づけ、その友達の隣に座 ればいいことを知らせ安心感をもたせる。
・自分からみんなのところに戻ってくることができた り、みんなの活動に参加できたりしたときには、みん なの前でしっかり認めほめる。
○クラスの友達には…
・同じ生活グループの子や席の隣の子などに、本児が 座りやすいように場を確保したり、本児の名前を毎回 呼んでもらったりするよう働きかける。
・たたいたりいやなことを言ったりすることはあるが、
意地悪でしているのではないことをその都度伝える。
・A児がみんなと一緒にしたがっていることを話し、
みんなのところに来ることができるよう励ましてほし いことを告げる。
242学期当初の様子
上述のような方針で臨んだ2学期、同じグループの子 どもたちを中心としてクラスの子どもたちのA児への 関わり方が変わり、それと並行してA児の様子も変化を 見せてきた。2学期以降、A児の変容とともにクラス の集団も大きな変化を見せるが、その端緒はこの時期 にあったように思う。2学期当初のA児とクラスの変容 を摘記する。
○A児は…
・同じグループの友達が「A君早くおいで」「A君ここ やで」と呼んでくれるのが嬉しかったようで、片付け の後、保育室に入ってくることが増え、みんなと一緒 にする活動に参加しようとすることが多くなった。
・同じグループの友達に受け入れてもらっているとい う安心感からか、「○○くんと遊ぼう」と、その友達 を目指して登園したり、友達の名前を口にして一緒に 遊ぼうとしたりする姿が見られるようになった。
・一方で、保育室の中でみんなと同じ活動に参加しよ うとするものの、じっと座っていることはできずに、
始終大声を出したり、友達にちょっかいを出したりし てしまうため、トラブルになってしまうことはむしろ 多くなった。
・そうしたトラブルの際、以前と同様に、感情を爆発 させてパニック状態になることもあるが、まわりの子 どもがA児の行動をさらりと流そうとしたり、A児に やさしく声をかけてくれたりして、A児の気持ちがほ ぐれてきた。幾人かの特定の友達に対して、信頼感を もてるようになってきた。
・この頃からキレること、パニックになることが徐々 に減り、穏やかな表情でいることが増えた。今までし たことがなかった片づけを自分からする、たたかれて もたたき返さないでいられるなど、明らかに今までと 違う行動がみられるようになった。
○クラスは…
・自由遊びの直後からA児が保育室にいる時間が増え たため、当初は落ち着かない雰囲気がかえって強まっ た。A児が感情を爆発させてしまう回数も増え、活動を 中断せざるをえないことも増えた。しかし、一部の子 どもを除いて、ある程度のことなら、気にとめず流し てしまえたり、まあ仕方ないなあとおおらかに受け止 めたりというように、周りの子どもの雰囲気が少しず つ柔らかく変わってきたように思う。
・A児を受け入れようとする子どもが増え、A児に声 をかけたりA児がちょっと頑張ったら、拍手してほめ
てくれたりすることがあった。「Aちゃん、怒らへんかっ たなあ」などA児の変化を率直に言葉に出し、喜び合 う姿も見られた。
○この時期のA児とクラスについて
・2学期になり新しい生活グループになるという生活 の変わり目で、A児なりにドキドキしている時に、友 達から名前を呼ばれやさしく声をかけてもらえたこと は、A児にとってはとても嬉しく、安心感をもてる居 場所ができたと感じられたようである。グループの友 達もA児が素直に喜んでくれたことが、純粋に嬉しかっ たようである。A児が一緒に遊びたいという思いをもっ て友達を目指して登園し、一緒に遊ぶ中でお互い気持 ちを通わすことが少しずつできるようになってきた。
信頼感をもてる相手を一人でもつくっていくことが集 団づくりの第1歩なのかもしれない。
・その子をなんとかしようとするのではなく、周りを なんとかしようとするのでもなく、集団としての力、
友達同士の育ちあいを育てることが大切だと感じた。
子ども同士の関係を育てるためには、保育者がそれぞ れの思いを十分受け止めることから始め、お互いの気 持ちを素直にぶつけ合えるような状況を作り出す努力 が必要であった。
・グループの子どもたちは、一人一人が担任への信頼 感を育み、安定している時期だからこそ、A児への接 し方についても、担任の言葉を快く受け入れて実行す ることができたのだと思う。また、そんな友達の行為 を素直に喜ぶことができたA児も、同じように担任を 信頼する気持ちが育ってきていたのだと思う。
3本児の変化とカンファレンスでの話し合い
前項で述べたように、2学期当初の「居場所づくり」
を柱にした保育方針の下で、A児は友達との関係を広 げ、クラスでの集団活動に参加したいというねがいを 行動レベルでも表現するようになってきた。その一方 で、そのようなねがいの顕在化は、「やりたいけどで きない」という葛藤をも生じさせ、現象的には、A児 が感情を爆発させたりする場面の増加をもたらしもし た。この変化をどうとらえ、どのような方針をもって 保育に臨むべきか、継続支援シートを作成し、カンファ レンスを実施して以下のような方針をもつことにした。
31みんながいる場で暴れたり泣き喚いたりする とき
本児が、活動に参加している場面で、暴れたり泣き わめいたりしてしまう背景の一つに、当該の活動が
「うまくできない」と感じていることがある。他児に 比してできないことが多いわけではないのだが、少し 躓いたりわからないことがあると、強い不全感を感じ てしまうようである。こうした場面では、途中で投げ
出してしまう前に、それまでの成果を言葉で伝えて自 己評価を高めたり、そばに寄り添って、動揺を受けと めたりしてやることで、「がんばってやったらうまく できた」、「少し手伝ってもらったけどちゃんとできた」
という経験を蓄えてやる必要があるのではないか。
パニック状態になってしまった時は、叱ったり注意 したりすると、かえって興奮を引き延ばす結果になる ことも多いため、気持ちが落ち着くまで強い働きかけ は控えるとともに、少しでも自分で気持ちを立て直す ことのできる機会をつくるようにする。自分で気持ち を切り替えられたときには、そのことを十分認めるよ うにする。
また、「寄り添って受けとめる」だけでなく、本児 の行くことのできる逃げ場をつくってやり、場所を変 えることで、気持ちを切り替えることも経験させてお き、自分の力で調整することにつなげていきたい。こ のことは、他児の活動を保障する点でも必要である。
具体的には、保育室にいられない時には、保健室で 本児を受け入れる体制をつくり、本人にも「しんどく なったら、来てもよい場所」として知らせておく。ま た、本人がそのことで罪悪感をもつことのないよう、
そこで気持ちを落ち着けるようにすることが「悪いこ とではない」ことも伝えておく必要がある。特にA児 の場合は母親への意識が強いため、母親にもそのこと を認めてもらっているということを伝えて、安心感を もてるように留意する。
A児は友達の名前を覚えていないなど、他児への意 識が低い可能性があるため、「みんなが困っているよ」
などの働きかけは、響かないようである。場を移し、
しばらくそっとしておいて気持ちが落ち着くのを待つ 一方、元の場に戻れるようなきっかけをつくってやる よう心がける。場面によって、カッとなってしまうの はしかたないと認め、『怒っても手を出さなかった』
ときには、我慢できたこととして褒めるようにする。
32みんなと一緒に活動ができないとき
A児は、自分の好きなことができる自由遊びの時間 には、自分で遊びを見つけて機嫌よく過ごしているこ とが多いが、集団活動の時間になると、行動をともに することが難しくなる。保育者は、年中組の時には
「A児は片付けになっても自分の遊びが切り替えられな い」と判断して、自由遊びの継続を認めていた。しか し、集団活動の時間であることを知りながら、それと は違う新たな遊びを始めてしまうこともあり、単に
「切り替えが困難」というだけではないようである。
一方で、年長組になってからのA児は、集団から外 れていても時折、自分で保育室に戻ってこられる姿が 見られるようになった。また、集団活動には入れない 場合に、自分のしたいことをしながらも、クラスの様 子が見える場に来てみんなの活動に関心を示す姿から、
友達と一緒に活動したいという気持ちが芽生えてきて いるように思われる。以上のことから、単純に「やり たいことを認める」だけではない対応が求められるの ではないか。
みんなと同じようには行動できなくても、たとえ後 からでも、自分のタイミングで保育室に戻ってこられ るようになったことは、A児の大切な成長ととらえよ う。本児は気持ちの折り合いをつけることが苦手と思 われるので、自分自身で気持ちを落ち着け、徐々にコ ントロールできるようになってほしい。自分の気持ち を調整できるようになり、自分から参加しようとする 気配や可能性を感じられるようになったら、保育者か らの働きかけは控えめにしてじっと待つようにする。
そして、自分から保育室に入ってくることができたと きに大いにほめるようにしていくことで、子ども自身の コントロール力の育ちを促すことができるのではないか。
33「できる・できない」から、中間項をもった 多面的・多価的評価へ
自分のすることに自信がもてず、すぐに不安になっ てしまうA児は、みんなでするどんな活動に対しても、
まず「できない」と思って行動をストップさせてしま う。あるいはやり始めてまもなく、自分のすることに 満足できずにパニック状態になってしまうことも多々 見られる。「できる」「できない」の発想だけでなく、
ものごとを多面的・多価的にとらえ、さまざまな「中 間項」をとらえることができるようになると、なによ りも本人が楽になり、行動も変わってくるのではない だろうか。「ここまではよかった」「ここはがんばった ね」など、結果だけでなく、プロセスを評価できるよ うに繰り返し働きかけることが必要であろう。
また、自己評価と関わって、本児の場合「怒られる」
「しかられる」ことを、自分のことを「拒絶された」
と受けとめているようだ。強い口調で叱ることはでき る限り控え、「あなたのことは好きだが、この行動に 先生は今怒っている」というように、本人とその行動 を分けて考えられるような伝え方を工夫していく。
34みんながいる場に入りやすくするために クラスみんなで保育室に入って活動しようという時 に、入りたい気持ちはあるものの、本児にとっての
「壁」は高く、なかなか入っていけないことも多い。
自分の座る場所ではなくても、例えば保育室内の制作 コーナーにいることをクラスみんなで認めるようにす るとか、A児が座りやすいように必ず場を空けておく ように周りの子どもたちの協力を求めておくなど、A 児の気持ちが向いた時に入りやすい雰囲気を常につ くっておくようにする。途中からでも入ってきたとき に、「待っていたよ」「心配したよ」「探していたよ」
という先生や友達の言葉は本児には心地よいものにな
るはずである。できるだけ自分から戻って来られるよ うに待ち、自分から入って来ることができた時に大い に認めるようにする。
35特別な約束をつくる
集団で生活していくうえで、最低限頑張ってほしい ことがある。A児がみんなに受け入れられるように、
またA児がみんなと一緒にいることが心地よくなるよ うに、A児ならではの約束を考えるようにする。たと えば、みんなのところに遅れて入ってきたときには、
友達の真ん中には入らず後ろの方に座るようにすると か、みんなと同じことができないときには、制作コー ナーで静かに制作することだけはいい、などである。
興奮したり、夢中になったりしているときには、これ らの言葉をA児に伝えるのは難しいが、自由遊びの穏 やかな気分の時にさりげなく話していくようにした。す ぐに効果の表れるものではなかったが、本児も心のど こかに保育者の言葉を留めていたようで、ある日ふっ とできたりすると、自分でも嬉しそうにしていた。本 児の実態に即した無理ない約束事をつくっていくこと、
それを本児だけでなく、周りの友達にも理解してもら うことがクラスの集団で生活していくのには大切であ ると考える。
36保護者との共通認識の形成
A児にとって母親は絶対的な存在のようである。暴れ たり大声で泣きわめいたりしているとき、友達に見ら れていることをまったく意識できないA児であるが、
母親の前では豹変しておとなしくいい子でいようと頑 張る。そのギャップを埋めていくことでA児自身も楽 になるのではないだろうか。A児が安心できるように、
A児の目の前で、母親にA児のいいところ、がんばっ ているところなどをこまめに話すようする。母親も安 定した気持ちで子育てできるように、母親のいいとこ ろや頑張っているところなども話す。情緒的に不安定 な子どもを支えていくには、その家族、特に母親を支 えることが不可欠である。
4A児の支援のまとめと評価
2学期当初に作成した支援シートの「本児の困って いることや担任の苦慮していること」に立ち返り、1 年を終えた時点での様子をみつめながら、その状況や 変化をとらえ、その要因を探り、支援のまとめと評価 とする。
41感情のコントロールをめぐって
ことあるごとに感情を爆発させていたA児であるが、
2学期以降少しずつその状態に変化が表れ出した。パ ニック状態になってしまったときも、比較的短い時間 で立ち直れるようになり、友達にあたってしまった後
に「ごめん」と謝ったりする姿もみられるようになっ た。3学期には、驚くほど落ち着き、以前ならキレて 暴れだしていたであろう場面でも、何もなかったかの ようにさらりと流して、自分の活動を続けるというこ とが増えてきた。友達とのトラブルも激減した。
感情の起伏をうまく調節できるようになりつつある ことに伴い、みんなで一緒にする活動にもほとんど参 加するようになった。片付けのあと、当たり前のよう にみんなと同じように座っていることが増えた。手に おもちゃを持っていたり、自分のしたい遊びを続けた りしていることも多いが、A児の気持ちの中では「ク ラスの活動に参加している」と感じているように思わ れる。
友達関係は、相変わらず年中組のときから仲良しの 1人の男児に頼ってはいるが、2人だけの関係ではな く、そこに他の友達が加わったり2人で違う友達のグ ループに入れてもらったりするなど、関係が広がりつ つある。本児が感情を爆発させることが減ったので、
他の友達も付き合いやすくなったこともあると思う。
42園と家庭での様子のギャップをめぐって
このことについての評価は難しい。3学期になって も園に母親の姿が見えるときと見えないときとで本児 の様子は驚くほど変化する。それまで興奮して走り 回っていても、母親の姿が見えたとたんに、じっと長 時間座っていることもできるようになる。本児がそこ まで気持ちを抑えコントロールできるようになるその 力は何なのだろうか。
とは言え、上で述べてきたように、園での姿には顕 著な変化があったのと並行して、家でも「頑固で言う ことをなかなかきけない」、「口答えをする」など、わ がままな一面もみせるようになったようで、園での姿 と家での姿とのギャップは少しずつ縮まりつつあるの ではないかと思われる。
43A児とクラスの1年間について
A児の感情の激しい起伏は、まわりの友達だけでな 感情を爆発させることが減った
・みんなの活動に参加している ・友達関係も広がりつつある 感情のコントロールができない
・みんなで一緒にする活動に参加しにくい ・友達との関係が保ちにくい
↓
園での姿と家での姿のギャップは少しずつ縮まり つつある
園での姿と家族の前での姿がまったく違う
↓
く、クラス全体の雰囲気を騒然と落ち着かなくさせる ほどの影響力があった。本児自身もそんな自分の言動 に落ち込み苦しみながらの毎日であったと思われるが、
この1年で驚くほどの変化が見られた。いろいろなこと を受け入れ、周りの状況を理解できるようになったな ど、年令相応の成長も一因しているとは思われるが、
個別の指導計画を作成し、園全体で本児への対応に取 り組んできたことの成果は大きかったのではないかと 思う。
1年間のとりくみを振り返ってみると、本児の顕著 な変化をもたらした要因のひとつは、本児と母親との 信頼関係の修復であったように思われる。年中児の時 には、母親の妊娠出産などもあり、園と保護者との話 し合いの機会が十分にはもてずにいたが、年長児の夏 休みに初めて両親揃っての懇談ができたことが、大き く影響したと思っている。その懇談には、担任と副園 長に加えて、本児の発達検査を実施した大学教員も同 席し、両親が揃って、本児の困っているところ、困難 に感じているところなどの問題を認識できた良い機会 になったと思う。父親にも同じ話を聞いてもらえたこ とで、母親の気持ちが楽になったことがその表情から 伺えた。両親は現状をすべて受け入れたわけではない が、その後の本児の言動に明らかに変化が表れたこと は事実である。両親は、無意識にも本児を温かく柔軟 に受け入れてくれるようになったのではないだろうか。
なるべく怒らないようにし、褒める回数を増やしてい るとも聞いた。また、母親が父親にも理解してもらっ ているという安心感をもって子育てをできるようになっ たことも、母親の安心につながり、ひいては本児によ い影響を及ぼす結果となったと考えられる。
2つ目の大きな要因は、友達関係であると考える。
本児が大きく変化した背景には、友達を信頼し友達に 気持ちを向けられるようになったことが大きい。友達 との関係を築いていくことがA児には必要と考え、同 じグループの友達やクラスのみんなとA児のことを話 し合う機会をもった。そのことがプラスに作用し、友 達が自分を受け入れてくれている、自分を仲間と認め てくれているという喜びが、本児が周りの人を信頼し 積極的にかかわっていこうとする気持ちへと変化させ ていった。友達がいるという安心感をもてた頃から、
みんなの活動に自分から参加しようと頑張る姿が増え ていったように思う。クラス運営の中で「意識して友 達の力を借りることが有効であること」「友達の中で こそ成長していくものがあること」が、あらためて確 認された。
3つ目として考えられることは、本児自身の心の変 化である。自分で気持ちをコントロールできるように なってきたことが、本児の気持ちの安定につながって いる。2学期以降すぐにキレたり、パニック状態に陥っ たりすることが少しずつ減ってきたのは、我慢ができ
るようになったからだけではなく、支援方針に基づい た言葉かけや働きかけを繰り返してきたことで、もの ごとの見方が柔軟になり、「できる・できない」「マル かバツか」だけでなく、「中間項」を意識できるよう になったからではないか。1つのことに対する執着や こだわりが消え、「まっいいか」と思えることが増え てきて、本児自身もずいぶん楽になったように思われ る。本児と対応する際に、叱ったり諭したりするので はなく、本児の言動を肯定しつつ、時にはさらりと流 すことも本児にとっての必要な援助だったと考えられ る。
以上の3点が大きく影響して、A児の成長を良い方 向へ促したものと思われる。小学校入学に際しては、
これまでの取り組みを小学校にもきちんと伝え、支援 の継続性を確保することが重要である。そうした取り 組みの下で、A児が環境の変化に戸惑うことなく、心 穏やかに落ち着いて毎日を過せることが大切であると 考えられる。
5幼稚園における特別支援教育と集団づくり
―このクラスでの1年間を終えての考察―
51保育の原点は子ども達との生活を楽しむこと 子どもたちに何かをさせようとするのではなく、子 どもと一緒に楽しもうという保育者の素朴な姿勢が大 切なのだと感じた。この1年、保育者がある意味で開 き直り、まず子どもたちと楽しめばいいんだという気 持ちになれたことは、クラス運営に良い影響を及ぼし たと思う。幼稚園という枠の中での集団という既成概 念が保育者自身の中に少なからずあったのではないか と反省した。
そして、子どもたちみんなが生き生きとした生活を 送れるようになることが何よりも大事なのだと一人一 人の目を見て痛感した。特別な配慮を必要とする子ど もに照準を合わせた保育は、振り返ってみると、実は どの子どもにも楽しいものであったように思う。はみ だす、動き回る、暴れる…そういう子どものエネルギー を生かし、体を動かすという活動要求を満たしながら、
それをみんなの活動に取り上げるのは効果的であった。
無理をさせず背伸びさせず、素朴に楽しめる活動がもっ と必要なのかもしれない。
52保育者の気持ちのもち方
「今これが楽しいんだ」と信じて保育を進めれば、少々 のアクシデントに左右されずに落ち着いていることが できる。トラブルがあっても、活動の途中であればな るべく大声を出したり怒ったりせずに、さらりと流す ようにし、保育者自身が始終笑顔で楽しそうにしてい ることが大切である(そのとき、配慮の必要な子ども への個別な対応をできる保育者が担任以外にいればな
およいことは当然である)。保育者自身が動揺しない ことが、周りの子どもたちの1番の安心感につながる と思う。安心感のあるクラスづくりを目指したい。
いろいろな子どもがいる集団が子どもたちの成長にとっ て、必ずプラスになると信じることが大切である。「あ の子がいるからこれができない」「この子のせいで周 りの子がかわいそう」などという気持ちを保育者がもっ ている時には、集団は育たない。保育者の気持ちはそ のまま子どもたちに反映されるようである。いろんな 人を見て、いろんな人を知り、いろんな思いを感じて、
いろんなかかわり方を学んでいく。そんな幅広い人間 関係を経験していくことは、幼い子どもたちだからこ そ柔軟に受けとめられ、これからの社会で生きていく うえでの貴重な糧になるのではと思う。
53子どもと保育者との信頼関係
集団としてまとまっていくには、まず子ども一人一 人と保育者の信頼関係を結ぶことが必要である。言い たいことを言える、頼れる、甘えられる、何かあった ら守ってくれる。保育者とのそんな関係を築くことが それぞれの子どもの安心感をもたらし、いろいろな状 況や子どもを受け入れる素地になると思われる。それ が集団づくりの基盤になるのではないだろうか。初め は形としての集団を意識しないで、一人一人の子ども をしっかり見ることが大切であり、一人一人との信頼 関係を確かに結んでいくことが、結果として保育を安 定した方向へと導くものと考えられる。
54友達同士の信頼関係
個々に目を向けるだけでなく、友達同士の育ち合い を信じることが大切である。子ども同士の心のふれあ い、子ども同士の心のつながりが配慮を必要とする子 どもの気持ちの安定にもつながり、それが2人3人と 膨らんでいき、信頼関係をもったクラス集団へと近づ いていくのだと思われる。
55園全体としての取り組み
担任保育者が安定して保育を続けることができたの は、園全体で支えてもらっているという安心感と信頼 感があったからである。それぞれの子どもについての カンファレンスを繰り返し、自分ひとりではなくみん なで決めた支援方針に基づいて保育をしているという 気持ちの支えは大きかった。どんな保育を展開してい くにしても、それを認め支えてもらえる園の体制が必 要であることはいうまでもない。園ぐるみで子どもを 育てていこうという体制が不可欠である。
注
1)文部科学省「特別支援教育の推進について(通
知)」2007年4月。
2)文部科学省「平成19年度特別支援教育体制整備状 況調査結果について」2008年3月。
3)文部科学省「平成19年度『発達障害早期総合支援 モデル事業』について」(2007年6月)、「平成20年 度『発達障害早期総合支援モデル事業』について」
(2008年5月)。
4)奈良教育大学附属幼稚園における特別支援教育の 概要と、「支援シート」等については、奈良教育 大学附属幼稚園「ひとりひとりが輝く保育をめざ して−特別な配慮を必要とする子どもへの教育的 支援を考える」(『奈良教育大学附属幼稚園研究紀 要』、2008年5月)を参照。