博 士 ( 医 学 ) 田 上 清 一
学 位 論 文 題 名
Effect of Insulin on Impaired Antioxidant Activities iri Aortic Endothelial Cells from Diabetic Rabbits
(糖尿病家兎に於ける大動脈血管内皮細胞の抗酸化機能障害 に 対 す る イ ン シ ュ リ ン 治 療 の 効 果 に 関 する 検 討)
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
I研究目的
血管内皮細胞は,血管内腔を覆う一層の細胞であり,血球細胞を含めた血液成分と末梢組織と の関門として存在し,同時に血管壁の恒常性を維持する上でも重要な役割を担っている。血管内 皮細胞の主要な機能として,抗血栓性・組織修復性・血管の緊張性などがある。活性酸素などの 酸化的ストレスを受けたとき,血管内皮細胞は独白の生体防御機構によって細胞構成成分を守り,
細胞機能を維持しようとする。
殆 どの 細 胞 は, 還 元型 グルタチ オン(GSH)を有し ,その 関連酵素 とともに 生体防 御に働い ているが,血管内皮細胞に於けるそれらの代謝は知られていない。糖尿病患者では赤血球に於い て ,GSHの 減 少・ 酸 化 型 グル タ チ オン(GSSG)の上 昇 が みら れ , 酸化 的 侵 襲 に対する 防御機 構が低下するという報告がある。一方,血管内皮細胞も糖尿病をはじめ種々の疾患時に起こる血 液成分の変化や有害代謝産物による影響を直接受けることが考えられる。そこで本研究では,1. 血 管内皮 細胞には,酸化的ストレス時に防御機構が存在するかどうか,2.糖尿病状態で血管内 皮 細胞及 び肝臓・腎臓の防御機構に変化があるかどうか,3.インシュリン治療により防御機構 に変化があるのかを検討した。
H方 法
体重 約3. Okgの雄の家兎にアロキサンを初日150mg/kg,2日目100mg/kgを生食にて溶解し耳 静脈 より投 与した。 経時的に採血し,常に血糖値が300mg/dl以上17日間持続した例を実験的糖 尿病発症の家兎(n二二10)とした。アロキサン投与によって高血糖を呈し,更に,インシュリン によ る血糖 コントロ ールが不 良な群 (糖尿病 治療A群,n =10)・血糖コント口一ルが良好な群 ―80 ‑,
(糖尿病治療B群,n= 8)を作成し,正常群 (n二二10)と比較した。血 管内皮細胞は,家兎を 麻酔下で脱血死させた後,胸部と腹部の大動脈をトリプシンで処理して調整した。内皮細胞の同 定は,Voytaら の方法によった。肝臓・腎臓の組織標品は,破砕後遠沈 した上清を採取した。
Catalase (CAT),GSH peroxidase (GPX),GSHS・transferase (GST),GSH re― ductase (GR),ア ―glutamylcysteine synthetase(ア ―GCS)の活 性は ,Beutlerの方法で 測定した。得られた結果は,mg蛋白当りの 活性値で表した。
Cu,Zn・SOD活 性 測 定 法 は ,BeauchampとFridovichの 方 法 に 準 拠 し ,酵 素に よる50% 抑 制 を1単 位 と し てmg蛋 白 当 り の 活 性 値 で 表 し た 。Mn・SODは ,2mM KCNを 添 加 し て 測 定した。
GSHは 内 皮 細 胞 浮 遊 液 を 冷 却 し た10% ト リク ロル 酢酸 を加 えて 除蛋 白 した 後,Owensと Belcherの 方法 にて 測定 し,GSH量 はmg蛋白 当り で表し た。蛋白量の測定は,Lowry法にて測 定 し た 。 得 ら れ たデ ータ はmean土SDで 表し ,有 意差 検定 はStudent st・testに よっ た。
m結 果
ア ロキ サン 投与 によ り;500mg/dl以上の高血糖状態が 得られ,1日2回のインシュリンを投 与 した糖尿病治療B群では,正 常群と同等の血糖値が得られた。また,糖尿病群では,体重の減 少 を認めたが,インシュリン治療により正常に復した。
糖 尿病 群で 低下 した 血管 内皮 細胞 のCu,Zn・SOD活性(172.9土20. 2units/mg蛋白vs62.7 土11. Ounits/mg蛋白;以下mean土SD)6ま,インシュリン治療により糖尿病治療A群では142. 6土18. 2units/mg蛋白と回復し,糖尿病治療B群では162.9土16. 2units/mg蛋白と正常化した。
更 に , 血 管 内 皮 細 胞 で のGSH量 やCAT,GPX活 性 な ど の 低 下 が み ら れ イ ン シュ リン 治療 に よ り 糖 尿 病 治 療A群 で 回 復 し , 糖 尿 病 治 療B群 で正 常化 した 。MnーSOD,GST,GR活 性は 変 化 を 認 め な か っ た 。 肝 臓 のGSH量 ,Cu,Zn・SOD,Mn・ SOD,CAT, ア‑ GCS活 性 の 低 下 も イ ンシ ュリ ン治 療で 正常化した。腎臓に於いては,各 抗酸化酵素の変動を認めなかった。
IV考 案 な ら び に 結 語
Meisterらは ,GSH合成 阻害 剤を 用い た研 究 でGSH低 下に よっ て細 胞構 成 成分 の障 害を 明 ら か に し て おり ,GSHの重 要性 を示 して いる 。SODは,2種 類の アイ ソザ イ ムを 有し ,Cu Zn・SODは 細胞 質 ・核 に存 在し ,Mn・SODは ミ トコ ンド リア に存 在し ,superoxlderadica1 のscavengerと し ての 主要 な位 置を 占め てい る。 また ,′GPXやCATも解 毒 機構 に関 与し て い る 。
−81―
今 回 の研 究で ,大 動脈 血管 内皮 細胞のGSH量は,肝臓の30%.腎臓の200%の値を有するこ と が わ か っ た 。 ア 口 キ サ ン 投 与 糖 尿 病 家 兎 の 大 動 脈 血 管 内 皮 細 胞 ・ 肝 臓 のGSH量 やCu, Zn、SOD,CAT活 性 の 低 下 は ,イ ンシ ュリ ン治 療で 回復 した 。 ア‑ GCS活性 は, 血管 内皮 細 胞で は ,測定感度以下 であったが,肝臓では,GSH量に依存して変動した。腎臓では,糖尿病 状態で防御機構に抵抗性を示した。血管内皮細胞に於いても,赤血球と同様に糖尿病状態でグル タチオン代謝異常を来している ものと思われた。
近 藤 らは ,赤 血球 内に 存在 するcarbonic anhydrase・I(CA。I) のglycationを 研究 し,
糖尿 病 患者赤血球に於 いてヘモグロビンばかりでなく他の酵素蛋白もglycationを受けること を 報 告 し て い る 。 新 井 ら も , ヒ ト 赤 血 球 か ら 精 製 し たCu,Zn・SODに 於い てinvltroで の glycationを証明している。血管内皮細胞に於いても,肝臓 や赤血球と同じような酵素のgly― cationが糖尿病での酵素活性低 下に関与しているものと思われる。
これらの結果から,血管内皮 細胞自体が高濃度のグルタチオンや高いSOD活性を有しており,
活発な抗酸化機構を有していることが示された。また,糖尿病状態で血管内皮細胞の各抗酸化能 は低下したが,インシュリン治療で正常化し,生体全体の恒常性を保っために重要な役割を演じ ていることが示唆された。
以上より,グルタチオンを中心とする抗酸化機構の障害が,糖尿病の血管内皮細胞および肝臓 で 認 め ら れ , 本 疾 患 に み ら れ る 多 臓 器 障 害 の 一 因 で は な い か と 推 測 さ れ た 。
学位論文審査の要旨
目 的:血管内皮細胞は,血管内腔を覆う一層の細胞であり,血球細胞を含めた血液成分と末梢 組織との関門として存在し,同時に血管壁の恒常性を維 持する上でも重要な役割を担って いる。血管内皮細胞も糖尿病をはじめ種々の疾患時に起 こる血液成分の変化や有害代謝産 物による影響を直接受けることが考えられる。
本 論文は,1.血管内皮細胞に は、酸化的ストレス時に防御機構が存在するか,2.糖尿病状 態で 血管内皮細胞及び肝・腎の防御機構に変化があるか,3.インシュリン治療により防御機構
和
雄 年
義
輝 紀
上 橋
市
川 石
武
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
に変化があるかを検討したものである。
方 法:体重約3. Okgの雄の家兎にアロキサンを投与し,常に血糖値が300mg2dl以上17日間持 続 した例 を実験的 糖尿病発 症の家兎(n =10)とした。アロキサン投与によって高血糖を呈し,
更に,インシュリンによる血糖コン卜ロールが不良な群(糖尿病治療A群,n二二10).血糖コン トロールが良好な群(糖尿病治療B群,n二二8)を作成し,正常群(n二二二二10)と比較検討した。
血管内皮細胞は,胸部と腹部の大動脈をトリプシンで処理して調整した。内皮細胞の同定は,変 性LDLの 取 り 込み 能 を 測 定す るVoytaらの 方 法に よった 。肝゜腎 の組織標 品は, 破砕後遠 沈 し た 上 清 を 採 取 し た 。 抗 酸 化 酵 素 と し て ,Catalase (CAT),GSH peroxidase (GPX), GSHS−transferase (GST),Cu,Zn ‑ superoxide dismutaseくSOD),Mn―SOD, アー glutamylcysteine synthetase(7・GCS),GSH reductase (GR)の 活性 を 測 定し , 還 元型 グ ル タ チ オ ン(GSH)も 測定 し た 。得 ら れ た 結果 は ,mg蛋 白 当り の 活 性値 お よ びGSH量で 表 した。蛋白量の測定は,Lowry法にて測定した。
結 果:ア ロキサン 投与に より高血糖状態が得られ,1日2回のインシュリンを投与した糖尿病 治 療B群 では, 正常群と 同等の 血糖値が 得られ た。糖尿 病群で低 下した 血管内皮 細胞のGSH量 やCu,Zn,SOD,CAT, 、GPX活 性な ど の 低下 は, インシ ュリン治 療によ り糖尿病 治療A群で 回 復し, 糖尿病治 療B群 で正常 化した。Mn ‑ SOD,GST,GR活性 は変化を 認めナ ょかった。肝 の GSH量 ,Cu, Zn・SOD,Mn・SOD,CAT,7・GCS活 性 の 低 下 も イ ン シ ュ リ ン 治 療 で 正常化した。腎では,各抗酸化酵素の変動を認めなかった。
ま とめ :1.大 動 脈血管 内皮細胞 のGSH量は,肝 の30%. 腎の200%の値 を有する ことがわ か っ た 。2. 糖 尿 病 家 兎 の 大 動 脈 血 管 内 皮 細 胞 ・ 肝 のGSH量 やCu,Zn・SOD,CAT活 性 の 低 下は, インシュ リン治療 で回復 した。ア ・GCS活性は, 血管内皮細胞では,測定感度以下で あ ったが ,肝臓で は,GSH量に依 存して変 動した 。3. 血管内皮 細胞に 於いても ,赤血球と同 様 に糖尿病状態でグルタチオン代謝異常を来しているものと思われた。4,腎では,糖尿病状態 で 防御機 構に抵抗 性を示し た。血管内皮細胞に於いても,肝や赤血球と同じような酵素のgly‑
cationが糖尿病での酵素活性低下に関与しているものと思われた。
結 論:1.血管 内皮細胞 自体が 高濃度の グルタ チオンや 高いSOD活性を 有してお り,活発な 抗 酸化機構を有していることが示された。2.糖尿病状態で血管内皮細胞の各抗酸化能は低下し ていたが,インシュリン治療で正常化し,血管内皮細胞が生体全体の恒常性を保っために重要な 役 割を演じていることが示唆された。3.グルタチオンを中心とする抗酸化機構の障害が,糖尿 病の血管内皮細胞および肝臓で認められ,本疾患にみられる多臓器障害の一因ではないかと推測 された。
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口頭 発表に当り武市教授から内皮細胞の分離法,肝・腎を調べた意味,接着分子とフリーラジ カルの 意義にっいて,石橋教授からラジカルの強カなものを調べたか,内皮細胞は実際にラジカ ル を出 して い るか ,肝 ・腎 のミ トコ ンド リア 分画 にっ いて ,小山 教授からMn・SODに変化が ない理 由,その機序,ア口キサンを使った理由にっいて,菅野 教授からEDRFの作用はどうか,
体重減 少の影響にっいて質問があったが,申請者は的確に答えたと思う。また,武市教授,石橋 教授か らは個別に審査を受け合格との御返事をいただいている 。
これ まで糖尿病に於ける血管内皮細胞のグルタチオンを中心とする抗酸化機構の障害は知られ ておら ず,意義あるものと考えられ,よって本論文は博士(医学)の学位に相当するものと認め た。