売主の追完利益の保障に関する一考察 : ドイツ法 における議論を素材として
著者 川村 尚子
雑誌名 同志社法學
巻 65
号 6
ページ 1867‑1966
発行年 2014‑03‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014651
( )売主の追完利益の保障に関する一考察同志社法学 六五巻六号一七九
売 主 の 追 完 利 益 の 保 障 に 関 す る 一 考 察
― ―
ドイツ法における議論を素材として― ―
川 村 尚 子
―目次―第一章 問題の所在 第一節 日本の議論状況 第一款 従来の議論 第二款 近時の議論 第三款 法改正の動き 第四款 小括 第二節 課題の設定と検討の素材第二章 ドイツ法における売主の追完利益の保障 第一節 序
一八六七
( )同志社法学 六五巻六号一八〇売主の追完利益の保障に関する一考察 第二節 改正前のドイツ民法典 第一款 規定の概要 第二款 改正前ドイツ民法典の立法理由 第三款 判例の状況 第四款 学説の状況 第五款 小括 第三節 ドイツ債務法現代化法 第一款 規定の概観 第二款 買主の追完請求権の優先―売主の第二の提供権―の機能 第三款 買主の追完請求権の優先の正当化根拠と法的根拠 第四款 判例における売主の第二の提供権 ―買主のオプリーゲンハイトとしての売主の追完の機会の確保― 第五款 若干の検討―学説とBGH判決について―第三章 ドイツ法のまとめと日本法への示唆 第一節 ドイツ法のまとめ 第二節 日本法への示唆 第一款 売主の追完利益保障の正当化根拠―典型的な当事者の利益の視点― 第二款 契約目的達成不能を理由とする解除―催告不要事由の判断要素― 第三款 売主に権利を認めることの意味―買主が受ける規範的拘束―第四章 結びに代えて 一八六八
( )売主の追完利益の保障に関する一考察同志社法学 六五巻六号一八一 第一章 問題の所在
売主が瑕疵のある物を引き渡した場合、買主には種々の法的手段が認められ得る。このとき、仮に買主が直ちに解除権または填補賠償請求権を行使することができるならば、売主は、再度給付を行うことによって、自己の完全な反対給付を受け取ることができなくなる。とりわけ、物の瑕疵が些細な場合には、売主にとって過酷な結果となり得る。もっとも、買主の側からすれば、一度不完全な給付がなされたにもかかわらず、売主による再度の履行のチャンスを認めなければならないとすると、それは事情によっては、買主の意図に反して、売主による(追)履行を引き取らなければならないことを意味する。すでに不完全な給付を行った売主にそのような再度の履行の機会を与えることによって、誠実な買主が不利益を被るようなことがあってはならない。 このように、売主の追完利益の保障は、買主の救済手段の行使に対する制約を意味する。本稿は、そのような売主の追完利益の保障がいかにもたらされ、どの範囲で認められ得るのか、また、そもそも何故、そのような一度不履行を起こした者に追完利益を保障しなければならないか、という問題について検討するものである。
第一節 日本の議論状況
第一款 従来の議論 現行日本民法においては、売買契約に関して、一般の債務不履行法による場合と瑕疵担保法による場合とで買主の救済構造が異なる。それによって、売主の追完利益の保障の在り方も異なったものとなっている。そこで以下では、一般の債務不履行法による場合と瑕疵担保法による場合とに分けて議論をみていく。
一八六九
( )同志社法学 六五巻六号一八二売主の追完利益の保障に関する一考察
1 催告制度による債務者の追完利益の保障 日本では、債務者の追完利益の保障は、これまで、解除における催告制度の問題として捉えられてきた。 民法五四一条によると、債権者は、契約を解除するためには、相当期間を定めた催告をしなければならない。その反射的効果として、債務者に追完する機会が保障されることになる。不完全履行の場合も、追完が可能である限りは、民法五四一条の催告解除によらなければならないと解釈することで、債務者の追完利益が保障されている
)1
(。このように追完可能な不完全履行の場合に催告が要求されるのは、﹁両当事者の歩みよりによって、できるだけ契約を維持し、解除を避けるようにすることが、信義則の要求するところだから﹂だとされる
)2
(。 また、填補賠償請求権との関係においても、債権者は、履行遅滞の場合には、履行および遅延賠償を請求するか、催告解除をしてから填補賠償を請求することができるのであって、即時の填補賠償請求は履行不能の場合にのみ認められるのが基本であると解されてきた )3
(。
2 売買契約における売主の追完利益の保障―売主の追完権― 売買においては、周知の通り、民法五七〇条の定める売主の瑕疵担保責任の法的性質について、法定責任説と契約責任説の争いがある。 まず、法定責任説によれば、不特定物売買の場合には、前述した一般債務不履行法の規定によるため、売主の追完利益の保障は催告制度によってはかられる。しかし、特定物売買の場合には
―
判例によれば、瑕疵の存在を認識しつつこれを履行として認容したときには、不特定物売買の場合にも )4(
―
、買主に追完請求権がまったく認められないため、前記の意味での追完利益の保障はそもそも認められないことになる。また、買主の解除権が契約目的達成不能の要件(この 一八七〇( )売主の追完利益の保障に関する一考察同志社法学 六五巻六号一八三 なかで修補可能性が考慮される)によって制限されるとしても、追完がもたらされるような構造にはなっていないといえよう。しかしながら、この立場でも、法政策的に、売主の追完権を認めることによって、両当事者のもとに給付をもたらそうとする見解もあった。例えば、鈴木は、中古自動車の売買を例にとり、﹁甲が乙の担保責任を追求してきたのに対し、乙が担保責任をまぬがれるため、修繕をする旨を申出てきた場合には、乙が修繕の能力と便宜とを有し修繕により自動車が甲の購入目的を達しうる程度にまで回復しうる見込みがあるかぎり、甲はこの申出を容れることが、信義則に適する﹂とする )5
(。 他方、契約責任説によると、解除は、催告解除ではなく、契約目的達成不能を要件とし、契約目的の達成が可能な場合
―
例えば、追完ないし修補が事実上不可能な場合、売主に追完の意思がない場合、修補させることが無意味な場合 )6(
―
、買主には、完全履行請求権と損害賠償請求権が認められることになる。星野は、解除権が発生しない場合で、かつ、買主が代金減額請求権で満足しない限り、売主は修補権をもつとする )7(。その際、なぜ売主に修補権が認められるのかについては特に言及されていない。また、星野においては、買主に認められる諸権利の選択は、買主に委ねられていることが前提にされていると考えられるが、後にみる、一九九〇年代以降の議論のように、その点が意識的に述べられていたわけではなかったといえる。
第二款 近時の議論1 催告制度の意義―批判と再評価の動き― ⑴ 買主の救済手段の選択の自由と売主の﹁追完権﹂ 一九九〇年代以降になると、債務不履行の体系を債権者の契約利益の実現へと向けられた債権債務関係の体系として
一八七一
( )同志社法学 六五巻六号一八四売主の追完利益の保障に関する一考察
再構築することを意図した研究が盛んとなった
)8
(。そこでは、債務不履行の要件・効果を考えるにあたって、債務の発生原因である契約にどのような意味が認められるかという点に関心がよせられた。そのような観点から、個々の救済手段
―
履行請求権、損害賠償請求権、解除権など―
の研究が進められるなかで)9
(、従来のように、不能概念や債務者の故意・過失によって各種救済手段間の調整・統御をはからなければならないわけではないことが認識されるようになった )₁₀
(。とりわけ、債権者の契約利益の実現という観点からすれば、債権者に救済手段の行使について自由な選択を認めるべきであり、原則として債権者に履行(追完)請求権の行使へと向かわせる催告制度に対して批判的な態度がとられた )₁₁
(。 売主の追完利益の保障に関する問題についても、この債権者の契約利益の実現へと向けられた各種救済手段間の調整・統御の関係についての考え方の転換に伴い、従来の催告制度とは異なる制度として﹁追完権﹂に注目されることになった。ここでいう﹁追完権﹂とは、債権者の契約利益実現の保障の観点から、債権者に各種救済手段間の選択の自由を認めた上で、その選択に対抗するための権利
―
不履行を引き起こした債務者に、債権者の解除権や填補賠償請求権の行使を一時的に停止させることで、当該不履行を治癒する機会を与える権利―
として債務者に認められるものである。債権者に救済手段の行使について自由な選択を認める見解は、特に、債務者の固有の権利としての﹁追完権﹂が持つ、債権者の即時の填補賠償請求権の行使を回避する機能に着目する )₁₂(。
⑵ 解除制度の見直し―重大な不履行を理由とする解除― 従来の通説によると、解除権の要件として、債務者の故意・過失が求められてきたところ、近時の有力説は、解除は不履行当事者への制裁ではなく債権者を契約から解放するための価値中立的な制度であるという理解 )₁₃
(を前提に、いかなる場合に債権者に契約からの離脱を認めるべきかの検討を行っている。そこでは、債権者が契約に有する利益が当該不 一八七二
( )売主の追完利益の保障に関する一考察同志社法学 六五巻六号一八五 履行によって脱落したかいなかがメルクマールとされている。その際、近時の国際的な売買条約や契約法モデル等を参考に、そのような内容を示す要件として﹁重大な不履行(または契約違反)﹂の要件が提示されている )₁₄
(。 この重大な不履行の考慮要素のなかに、売主の追完利益が含まれるかどうかについては争いがある )₁₅
(。仮に、重大な不履行解除の要件のなかで売主の追完利益が考慮されないとすれば、前述の債務者の固有の権利としての追完権を置くことに、填補賠償請求権との関係以外でも意義が認められることになる。 ところで、この重大な不履行を理由とする解除権を支持する見解からすると、催告解除は、不履行の重大性を問題とせずに催告期間の徒過だけを理由に解除を認めるものであることから、解除制度の根拠を債権者の契約利益の脱落に求める重大な不履行解除と催告解除とがどのような関係にあるかが問題となる。 この点、解除を重大な契約違反がある場合に限って認めようとする立場は、債権者が催告をしたにもかかわらず債務者が履行をしなかったことが重大な契約違反にあたり、それゆえ解除が正当化されると考える。つまり、催告解除は、重大な契約違反の一類型として位置付けられることになる。 これに関し、重大な不履行を解除の統一的原理として理解する立場は、債権者利益の脱落という抽象的な要件における債権者の主張立証責任の緩和や、解除の適法性についての解除権者の予測可能性を高めるための制度として、催告解除を評価する。つまり、ここでは、催告期間の徒過という客観的かつ明確な要件によって、契約からの確実な離脱を認めるのが催告解除であると理解される。これによって、債務者にも追完の機会が確保されることになり、両当事者の利害調整を図ることも可能になるとする。この立場によると、催告解除ができる場合を何らかの形で
―
例えば、些細な義務違反の場合には催告解除は認められない、または無履行の場合にのみ催告解除が認められる、とすることによって―
制限する必要性が出てくる )₁₆(。
一八七三
( )同志社法学 六五巻六号一八六売主の追完利益の保障に関する一考察 ⑶ 催告解除の再評価 以上の近時の有力な傾向に対し、森田修は、﹁催告﹂に積極的意義を見出そうとする。まず、前述した、救済手段の選択の自由を債権者に認め、債務者の追完権によって対抗させるという救済構造に対して、森田は、履行請求権を体系化原理の基軸にすべきだと主張する。森田によると、履行請求権の排除事由(例えば、不能などがこれに含まれる。)が生じるまで、契約当事者間の義務群は﹁契約内容の本来的実現﹂へと向けられており、履行請求権の存続は、この指向性を示すものだとする。そのため、この義務群の指向性を変更させるには、不能にあたる場合を除くと、履行請求
―
催告―
という手続きを履践しなければならないとされる )₁₇(。このように、森田は、催告解除を、履行不能と並ぶ履行請求権の排除事由とし、前者を後者とは異なる債権者の﹁意思による排除﹂だとする。この意思による履行請求権の排除は、債務不履行後の当事者の行為態様によって大幅に制約されることになる )₁₈
(。すなわち、森田によると、債務不履行後の当事者関係には、一方で、契約を存続し、交渉によって紛争を解決する方が効率的な場合(﹁再交渉型の当事者関係﹂)があり、他方で、債権者にできるだけ速やかに契約から離脱することを認めるべき場合(﹁交渉拒絶型の当事者関係﹂)がある。この二類型のうちいずれに進むかについては、債権者が選択権を有しており、債権者が前者を選択した場合には、﹁催告﹂要件は厳格に
―
債権者は速やかに催告をしなければならず、催告せずに放置した場合には、解除はできない―
解される。これに対し後者が選択された場合―
﹁催告﹂に契約改訂の提案という要素が含まれる場合、債権者は、再交渉型の当事者関係を選択したものとみなされる―
、当事者には、催告によって紛争解決交渉における信頼関係維持義務が発生し、同義務に違反したときには、催告はなかったものと判断される )₁₉(。このように、森田においては、不履行後に生じた事態に即して契約からの離脱が妥当か否かという評価を行う要件として﹁催告﹂の意味が発展させられており、これによって、債権者の契約から離脱するという利益と債務者の追完利益の保障との調整がはかられるものとされてい 一八七四
( )売主の追完利益の保障に関する一考察同志社法学 六五巻六号一八七 る )₂₀
(。 以上の森田による催告制度に積極的意義を見出そうとする主張や、重大な不履行解除を支持する見解の登場に伴い、催告解除の意義についても再検討が行われている )₂₁
(。なかでも特に、杉本は、解除制度が生じた歴史的経緯をもとに、催告解除は、契約違反それ自体が軽微なものであっても、投機的な商取引において迅速にその契約から離脱するために認められるものであると理解する。すなわち、杉本は、催告解除制度の淵源がADHGBにあり、催告解除がもともと投機によって利潤を獲得することを目的としていたことを指摘する。そして催告解除制度は商業の要請のもと生じた商法的なものが民法的規律に取り込まれたものであり、契約の拘束力と矛盾するが、上記のような経済的要請に応えるために資本主義的経済の論理が混入することで正当化されるという )₂₂
(。この見解は、前述した重大な契約違反解除とは異なる別制度として催告解除を理解しようとするものであり )₂₃
(、森田のように催告を規範的要件化し、債務者の追完利益を保障するという試みとも異なるものである。
2 追完請求権・追完権をめぐる議論―追完という法現象は契約内容の改訂なのか― ここまで、日本において売主に追完の機会がどのように保障されるのかについて議論を見てきたが、最近になって、この問題とは別に、さらに、追完は具体的にどのようにして実現されるのかという問題、つまり、追完の内容確定の問題が議論されている )₂₄
(。これは、一方では買主の追完請求権の問題として、他方では、催告制度や売主の追完権などの相互作用の問題として捉えられている。 まず前者については、追完請求権の法的性質を債権者に認められる救済手段の一つとして位置付ける立場からすると、債権者が負う当初の債務内容の確定作業と、履行障害が生じたあとの救済手段についての契約規範の内容の確定作業と
一八七五
( )同志社法学 六五巻六号一八八売主の追完利益の保障に関する一考察
は異なるものとして考える余地が出てくる )₂₅
(。ここにおいては、一方で、追完の内容は、事後的な事態を考慮に入れた上で、当事者間の合意を基準に、規範的契約解釈によって確定されることが考えられ得る。 これに対し、前述した催告に積極的意義を見出す森田(修)の見解は、﹁債務不履行とは時的に区別される不履行後の事実を、債務不履行に解消されない履行請求の排除原因として独立に問題にする﹂ためには、不履行後の当事者の行為態様を取り込んだ評価を可能にする要件が必要である、という問題意識に基づいて唱えられたものであった。森田によると、重大な不履行解除の要件は、﹁債務不履行後の事実を債務不履行の概念に回収する構成﹂であり )₂₆
(、判断の基準を契約締結時の当事者の合意に求めるものと評価される。そして、催告
―
あるいは売主等の追完権―
は、不履行後の時点を新たな基準点として紛争後の交渉を促進し、不履行後の事態に即して当事者の合意による修正を、裁判官による契約規範の創造のもとに、実現させることを可能にする )₂₇(、と考える。
第三款 法改正の動き ここまで見てきた議論
―
とりわけ近時の議論―
は、現行法の解釈という枠を超えて、あるべき法は何かという立法を睨んでの議論であった。周知の通り、現在日本では、民法の改正作業が進められているが )₂₈(、民法(債権関係)部会(以下、﹁部会﹂という。)での審議が始まる以前から、学界では、そのような議論にとどまらず、法改正に向けてより具体的な立法提案を提示する作業が行われてきた )₂₉
(。そこでは、売主の追完利益の保障の問題に関し、売主の固有の権利としての﹁追完権﹂を定めることが具体的な提案として出されてもいる )₃₀
(。また、部会での審議のたたき台として出された﹁民法(債権関係)の改正に関する検討事項﹂(以下、﹁検討事項﹂という。) )₃₁
(においても、債務者の固有の権利としての﹁追完権﹂が提案された。もっとも、債務者の﹁追完権﹂は、二〇一三年二月二六日に部会で決定された﹁民法(債権関係) 一八七六
( )売主の追完利益の保障に関する一考察同志社法学 六五巻六号一八九 の改正に関する中間試案﹂(以下、﹁中間試案﹂という。) )₃₂
(において、今回の改正の論点から外されることとなった。 以下では、数多くの立法提案がなされているなかでも、加藤雅信教授らによるものと、民法を中心とする学界有志による債権法改正検討委員会によるものに絞って提案内容をみた後に、法制審議会(以下、﹁法制審﹂という。)の中間試案および法制審での議論を確認し、それぞれにおいて、売主の追完利益がどのように保障されようとしているかをみる。 1 加藤雅信グループによる改正研究会案 加藤雅信教授を中心としてまとめ上げられた﹃日本民法典財産法改正 国民・法曹・学会有志案﹄(以下、﹁改正研究会案﹂という。)は、債権総論や契約法に限らず、総則、物権法にまで及ぶ提案内容となっている。まず、ここでは、売主の追完利益に対して、どのような手当がなされているのか確認する。 売主が瑕疵のある目的物を引き渡した場合、買主には、﹁瑕疵の修補請求権又は代物引渡請求権﹂、解除権、代金減額請求権、損害賠償請求権が認められる。解除権は、﹁契約をした目的を達成することができないとき﹂に認められ、契約目的を達成することができる場合には、代金減額請求権が認められる。損害賠償請求権は、債務不履行に基づく損害賠償請求権の要件によるとされている )₃₃
(。 契約総則上の解除権は、債務不履行を基本的要件とし、履行の遅滞または不完全履行の場合においては、﹁履行期後の債務の履行によっても契約の目的を達することができる﹂ときには即時解除権は認められず、催告をしたにもかかわらず追完がなされなかったことを要件とする。契約目的を達することができるかは、債務者が証明しなければならない )₃₄
(。また、当事者の双方に帰責事由のない履行不能の場合には、両債権は当然消滅する )₃₅
(。 債務不履行に基づく損害賠償請求権に関する提案によると、﹁債務者が債務の本旨に従った履行をしないとき﹂で債
一八七七
( )同志社法学 六五巻六号一九〇売主の追完利益の保障に関する一考察
務者に帰責事由がない場合には、損害賠償請求権が債権者に認められる。填補賠償に関する特別の要件は提案されていない )₃₆
(。 改正研究会案によると、売主が瑕疵のある物を引き渡した場合、契約目的が達成できないときに買主には解除権が認められる。債務不履行解除の規定によると、追完によっても契約の目的を達することができる場合には、解除は催告を要件とする。したがって、売買法上の解除権についても、売主の追完利益が契約の目的を達成できるかどうかの判断のなかで考慮されるならば、契約の目的を達することができると判断される限りで、売主に対し追完の機会が確保され得る。もっとも、このとき、買主が、代金減額請求権または填補賠償請求権を選択すると、売主は、修補または代物の給付によってこれらの請求を防ぐことができない。
2 債権法改正検討委員会の基本方針 学界から改正のたたき台となるべき案を提示するとの意図に基づいて、民法を中心とする学界有志によって組織された民法(債権法)改正検討委員会(以下、﹁検討委員会﹂という。)による﹁債権法改正の基本方針﹂(以下、﹁基本方針﹂という。)では、かなり詳細に、売主の追完利益の保障に関する規定が置かれている。 まず、基本方針は、売買契約法編成に当たって、﹁売主の﹃担保責任﹄を債務不履行責任の問題として位置づけ、この考え方を基軸として、売主の義務と買主の義務を整序する﹂ことを基本的な考え方に据える )₃₇
(。 このような考え方に基づいた基本方針によると、売主が瑕疵のある物を引き渡した場合には、買主に、代物請求、修補請求等による追完請求権、代金減額請求権、解除権または損害賠償請求権が認められる(提案︻三・二・一・一六︼)。基本方針の解説によると、基本的には買主の救済手段は一般の債務不履行法による。売買契約法と一般の不履行法とで 一八七八
( )売主の追完利益の保障に関する一考察同志社法学 六五巻六号一九一 重複する部分もあるが、それでも、このような規定を置くことには、第一に、従来の議論において法定責任説と契約責任説との間で買主に追完請求権が認められるかどうかで争いがあったことから、追完請求権が認められることを明らかにする点、第二に、追完請求権の内容を売買契約に即して具体化する点、さらに、一般の債務不履行法にはない代金減額権について定める点で、理由があるとされている )₃₈
(。 そこで、まず、検討委員会の提案する債務不履行法における債権者の救済構造について確認することとする。 基本方針によると、債権者は、債権の基本的効力として履行請求権を有する )₃₉
(。債権者が一応履行らしきものを受領した場合には、履行請求権の具体化としての追完請求権が債権者に認められる。債務者が債務不履行を起こした場合については、︻第二款 債務の不履行︼において、債権者に、強制履行請求権、損害賠償請求権、解除権が救済手段として認められることが明らかにされている。 基本方針では、履行に代わる損害賠償請求権は、①履行不能又は履行が契約の趣旨に照らして債務者に期待できないとき、②債務者による履行拒絶、③催告後、催告期間内に履行がなされなかったとき、④契約が解除されたときに認められる(提案︻三・一・一・六五︼) )₄₀
(。 解除権は、﹁重大な不履行﹂がある場合、すなわち不履行によって相手方が契約に対する期待を失った場合に認められることを原則とする。定期行為の場合の履行遅滞は、重大な不履行の一類型として定められている。他方で、催告による解除も規定されている。もっとも、基本方針によると、相手方が催告に応じないことが重大な不履行に当たらなければ、解除は認められない(提案︻三・一・一・七七︼)。その理由として、基本方針では、追完をめぐる交渉など、不履行後の当事者の行為態様を取り込んで解除の可否を判断するためだと説明されている。しかし、事業者間取引については、迅速性と予見可能性の要請から、催告に応じないという事実のみによって債権者に解除の主張を認め、債務者の
一八七九
( )同志社法学 六五巻六号一九二売主の追完利益の保障に関する一考察
側に、当該不履行が重大な不履行ではないことを抗弁として認めることで、主張・立証責任が転換される、とする )₄₁
(。 このように、基本方針では、履行に代わる損害賠償または解除の要件として、履行請求権が排除されるかまたは即時解除が認められる場合を除き、原則として、催告を要求することによって、履行請求権が優先されるような構造となっている。したがって、これによって債務者の追完の機会も確保されることになる。もっとも、基本方針は、さらに重ねて債務者の固有の権利としての﹁追完権﹂も定めている。 ﹁追完権﹂は、債務者が追完の時期および内容について、不当に遅滞することなく通知すること、通知された時期・内容が契約の趣旨に照らして合理的であること、追完が債権者に不合理な不便を課すものではないことを要件とする。もっとも、不履行が重大な不履行に当たる場合には、追完権は認められない )₄₂
(。 そこで、問題となるのは、重大な不履行の判断の際に、追完可能性が考慮されるかどうか、また、考慮されるならばどのようにして考慮に入れるのか、ということである。基本方針の解説によると、追完可能性も重大な不履行該当性の判断の考慮要素の一つとされる。もっとも、追完可能性があれば、常に重大な不履行該当性が否定されるわけではなく、定期行為の場合、当初の履行によって債権者が債務者に対する信頼を喪失した場合、追完によって債権者に不合理な遅滞や不利益が生じる場合、または債務者が追完を明確に拒絶している場合には、重大な不履行を理由とする即時解除権が債権者に認められる )₄₃
(。 また、﹁追完権﹂の規定は、債権者が一応履行らしきものを受け取ったという﹁不完全な履行﹂の場合にのみ適用される。何も履行がなされていない無履行の場合には、債務者の追完利益の保障は催告解除によることが予定されている。 追完権は、①填補賠償請求権との関係、②解除権との関係、③代金減額請求権との関係、④追完請求権(債権者の選択した追完方法に対抗するという意味で)との関係において機能を果たし得るが、基本方針によると、結局、債務者(売 一八八〇
( )売主の追完利益の保障に関する一考察同志社法学 六五巻六号一九三 主)の追完権が独自に機能する局面として考えられるのは、③代金減額請求権、または、④追完請求権との関係においてであるといえる。填補賠償請求権や解除権との関係においては、催告制度や﹁重大な不履行﹂解除の要件によって、売主の追完利益が保障されるからである。
3 法制審議会の中間試案 ⑴ 中間試案までの議論 前述の通り、法制審の﹁検討事項﹂においては、債務者の追完利益の保障に関し、催告制度と並んで債務者の固有の権利としての﹁追完権﹂が提案されていた。 もっとも、﹁追完権﹂については、第四回会議(第一読会)だけでなく )₄₄
(、第四〇回会議(第二読会)においても、債務者に権利を認めるということに対する否定的な評価から反対見解が述べられた。例えば、第四〇回会議において、中井委員により、弁護士会から次のような意見が出されていることが指摘された。﹁不履行した債務者、少なくとも一旦不完全な履行をして不履行しているわけですから、その者に権利として一定の優先権的なものを与えること自体の当否について疑問である。⋮⋮修理できるからといって、それを強制される、それだったら自分でもっと信頼できる業者に修理をさせて、修理費用を請求したい、こういう場面も十分考えられますので、権利としてまで優先権を与える必要があるのか﹂ )₄₅
(というものである。このように、法制審では、追完権に対して否定的な意見が強く、追完権の規定を置かない方向で議論が進んでいたといえる。 もっとも、債務者に固有の権利としての追完権を定めない場合には、追完方法の選択の問題をどのように規律するのかが問題となる。この点で、内田委員から、追完方法の選択という観点から﹁追完権﹂の規定を置くことに意義がある
一八八一
( )同志社法学 六五巻六号一九四売主の追完利益の保障に関する一考察
のではないかとの指摘がなされたが )₄₆
(、これに対しては、潮見幹事から、この問題は、追完権プロパーの問題ではなく、追完内容を決定するのは誰かを決める一般的なルールを定めるという観点から議論すればよいが、そのような規定を置くのは難しいであろう、との意見が出された )₄₇
(。
⑵ 中間試案 以上のような議論を踏まえて、結局、中間試案においては、債務者の固有の権利としての﹁追完権﹂は、法改正の論点から外されている )₄₈
(。中間試案では、債権者(買主)の個々の救済手段の要件のなかで、債務者(売主)の追完利益の保障を考えていくという、現行法におけるのと同様の立場が採られたといえよう。具体的には、以下の通りである。 まず、﹁民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明﹂(以下、﹁試案補足説明﹂という。)では、特定物取引を念頭に置いた現行民法五七〇条が、﹁工業製品が目的物の中心となっている現代の取引実務に適合的でないという認識は、広く共有されていると考えられる﹂ことから、﹁目的物が種類物であるか特定物であるかを問わず、売主は当該売買契約の趣旨に適合した目的物を引き渡す義務を負っているとするのが適切である﹂とされ、売主は、すべての種類の売買において、契約で定められた性質に適合した目的物の引渡し義務を負うことが明らかにされている。これを前提として、中間試案では、売主は、債務不履行の一般原則に従った責任を負うことになる )₄₉
(。中間試案によると、売主が契約に適合しない物品を引き渡した場合、買主には、追完請求権、損害賠償請求権、解除権
―
さらに、代金減額請求権―
が認められる )₅₀(。 まず、追完請求権に関して言えば、法制審では、債権者の追完請求権を一般的に定めることも検討された。しかし、中間試案第三五売買︻四 目的物が適合しない場合の売主の責任︼一項但書きによると、履行の追完を請求する権利に 一八八二
( )売主の追完利益の保障に関する一考察同志社法学 六五巻六号一九五 つき﹁履行請求権の限界事由があるときは﹂、買主は、追完の請求をすることができないとされており、中間試案においては、追完請求権は、履行請求権の延長として捉えられている )₅₁
(。追完方法
―
目的物の修補によるのか、代物の給付によるのか―
の選択は、買主に委ねられる。もっとも、売主の提供する追完方法と買主の選択した追完方法が異なる場合には、﹁売主の提供する方法が契約の趣旨に適合し、かつ、買主に不相当な負担を課すものでないときに限り﹂、売主の選択した追完方法が優先するとされており、限定的な要件の下で買主の選択権が制約されることが明らかにされている。 次に、損害賠償請求権―
特に、填補賠償請求権―
は、中間試案第一〇債務不履行による損害賠償︻三 債務の履行に代わる損害賠償︼によると、債務不履行を基本的要件として、①当該債務につき、履行請求権に限界事由があるとき、②契約が解除されたとき、③相当な期間を定めた催告をしたにもかかわらず期間内に履行がないとき、④債務者が履行拒絶をしたときに認められる。 解除権に関しては、中間試案第一一契約の解除︻一 債務不履行による解除の要件︼によると、債権者は、解除をするには、原則として、催告をしなければならない。もっとも、付随義務などの軽微な義務違反については解除原因とはならないとする判例法理に基づき、催告をしても解除をすることができない場合が一定の阻却要件のもとで認められている。中間試案においては、﹁その期間が経過した時の不履行が契約をした目的の達成を妨げるものではないときは﹂との文言が阻却要件として提案されている。この阻却事由の主張立証責任は、解除権を争う当事者が負担する )₅₂(。 また、中間試案第一一契約の解除︻一 債務不履行による解除の要件︼によると、催告をせずに解除ができるのは、次の場合である。すなわち、①定期行為の場合、②﹁その債務の全部につき、履行請求権の限界事由がある﹂場合、上記①または②の場合のほか、当事者の一方が催告を受けても契約をした目的を達するのに足りる履行をする見込みがないことが明白である場合、である。
一八八三
( )同志社法学 六五巻六号一九六売主の追完利益の保障に関する一考察
このように、中間試案によると、解除権は、契約目的達成不能
―
法制審では、重大な不履行概念と同様であることが指摘されていた―
を解除権の基本的原理とし、催告解除、および定期行為の場合の即時解除が、契約目的が達成できない場合の一類型として捉えられている。 最後に、売買契約法に特別に定められた代金減額請求権についても、中間試案第三五売買︻五 目的物が契約の趣旨に適合しない場合における買主の代金減額請求権︼では、買主は、原則として、催告をしなければならないことが定められている。催告が不要となる例外的な場合としては、追完請求権に限界事由が存在するとき、および債務者が追完を拒絶しているとき、が定められている。代金減額請求権との関係においても、売主の追完利益の保障に手当がなされている )₅₃(。 中間試案によると、買主は、履行に代わる損害賠償、解除または代金減額を請求するには、履行(追完)請求権の限界事由
―
物理的不能、過分の費用がかかる場合、その他契約の趣旨に照らして債務者に履行を求めるのが不相当な場合―
が存在しない限り、原則として、追完の履行を催告しなければならない。これにより、売主には、追完の機会が保障されることになる。そしてまた、法制審で議論された追完方法の選択権の所在については、中間試案では、原則として買主に選択権があることを前提として、売主の固有の権利としての追完権を定める代わりに、売買の特則としての追完請求権の規定のなかに一定の限定的な要件を定めることによって、前記の買主の選択権が売主の選択によって制約される場合があることが認められている。第四款 小括 以上より、売主の追完利益の保障をめぐる議論については、次の点を指摘することができる。 一八八四
( )売主の追完利益の保障に関する一考察同志社法学 六五巻六号一九七 第一に、売主の追完利益の保障の問題は、それ自体として議論されるというよりは、解除の要件論の中で論じられてきたということである。日本では、従来から、催告解除が債務者(売主)の追完利益を保障するための制度として認識されてきた。売買契約においては、瑕疵担保法が適用される場合には、解除は契約目的達成不能による解除により、売主の追完可能性が考慮されると解されてきた。また、近時の﹁重大な不履行﹂解除についても、買主が契約から離脱することがいかなる場合に認められるのかの判断に際し、売主の追完利益を考慮するべきかどうかが問題とされている。このように、売主の追完利益の保障は、解除要件論の問題として論じられてきたのであり、売主の権利として保障していく、という形での議論はあまりなされてこなかった。 第二に、催告制度に対する批判と再評価の動きの中で、催告制度を債務者の追完利益を保障する制度として理解してきた従来の理解とは異なる意義が催告制度に見出されていることである。つまり、近時、催告制度が債権者(買主)の権利行使を履行請求権ないし追完請求権に拘束することに対して批判がなされ、買主に各種権利間の選択の自由を認めたうえで、売主との利害調整をするための制度として、売主の固有の権利としての﹁追完権﹂に言及がなされた。これに対しては、債務者の追完利益を保障するための催告制度の意義を改めて再評価し、さらにこれを規範的要件化することで、不履行後の事態をも考慮に入れた紛争解決が可能になるとする見解が唱えられた。しかし、重大な不履行解除を支持する立場からは、不履行による債権者利益の脱落が催告期間の徒過によって確実になることによって正当化されるとする立場や、また、そもそもそのような重大な不履行解除とは異なる制度として催告解除を理解する立場によると、催告解除は、手続的に明確に、あるいは迅速に契約から離脱するための制度として理解される。ここにおいては、売主の追完利益の保障という観点は後退させられ、むしろ債権者の利益の観点からの制度意義に焦点が当てられている。 第三に、日本では、売主に追完の機会を与えるべきであることそれ自体にはあまり異論がないものの、追完機会の保
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( )同志社法学 六五巻六号一九八売主の追完利益の保障に関する一考察
障の方法としては、催告によれば十分であるとし、これを売主の固有の権利としての﹁追完権﹂を認めることに対しては否定的であるという点である。特に法制審での議論に、そのような傾向が顕著に表れていた。 第四に、第一の点とも関連するが、日本では、催告制度の趣旨あるいは契約目的達成不能による解除の場面で、売主の追完利益の保障の問題が取り上げられてきたが、そこでは、追完利益を売主に保障することを所与のものとして議論がなされ、そもそも何故、一度不履行を起こした売主に追完の機会を保障する必要があるのか、という問いについてはあまり詳しく論じられてこなかったのではないか、ということである。これについては、できるだけ契約を維持し、解除を避けるようにすることが、信義則の要求するところだと説明されるだけであったといえる。しかし、ここでは、なぜ契約を維持すべきか、なぜ売主に追完利益を保障しなければならないかが問われなければならないだろう。
第二節 課題の設定と検討の素材 以上に指摘したように、日本では、売主の追完利益の保障の問題は、解除要件の問題のなかで論じられてきた。また、現行日本民法の規定の構造や解釈によると、売主には追完利益が保障されることになっていたことから、買主に、履行請求権と填補賠償請求権の選択を委ねるべきだとする見解や解除要件を重大な契約違反に求める見解が登場するまで、実際の必要に迫られて売主の追完利益の保障に関する議論がされてこなかったともいえる。そのため、従来、売主に追完の機会を認める根拠については、信義則や契約維持の原則という、それ自体は無内容な理由付けがなされるだけであったといえる。 しかし、売主の追完利益の保障の問題を考える際には、そもそも不履行を起こした売主に何故追完の機会を与えるべきかを明らかにする必要があると考えられる )₅₄
(。それというのも、売主の追完利益を﹁権利﹂として保障する場合には、 一八八六
( )売主の追完利益の保障に関する一考察同志社法学 六五巻六号一九九 そのような議論が必要不可欠であるし、また、﹁権利﹂として定めなくとも、近時の重大な不履行を理由とする解除要件のなかで売主の追完利益を考慮する際の指針にもなると思われるからである。 また、法制審では、売主の追完利益が保障されることにはあまり異論はなかったとはいえ、どのような方法で追完利益を保障するべきかという問題については、催告制度によれば十分であり、売主の固有の権利として﹁追完権﹂を置くことに対しては否定的であった。しかし、後述のように、ドイツでは、二〇〇二年の法改正の際に、催告制度による売主の追完機会の保障が売主の追完権として導入されており、そこにおいては、売主の固有の権利として明文で規定しない場合にも、売主に﹁権利﹂を認めることの意味が問われ得ることが示されている。これは、日本法との関連でいえば、催告の意義をどのようなものとして捉えるべきか、という問題でもある。 つまり近時、債務者の保護よりも、手続的に明確にまたは迅速に契約から離脱するという、むしろ債権者側の便宜のための制度として
―
もちろん債務者側の視点が捨て去られているわけではないが―
、催告解除を理解する見解も登場しているなかで、売主の追完利益保護を制度趣旨として前面に出しているドイツ債務法現代化法を検討することには意味があると考えられるのである。 この他、追完権に関する議論においては、追完の内容がどのように確定されるのかという非常に重要な問題があるが、この小稿のなかで検討することはできない。これについては、今後の検討課題としたい。 検討の素材については、まず、第一点目に関していえば、改正前のドイツ民法典における議論を参照する。改正前のドイツ民法典では、売主に追完の機会が確保されていなかったために、早くから学説において売主に追完の機会を確保すべきことが主張され、そこでは売主になぜ追完利益を保障すべきかが議論された。そのような議論を検討することで、なぜ売主に追完の機会を保障すべきなのか、という売主の追完権ないし追完利益保障の根拠について示唆を得たいと思一八八七
( )同志社法学 六五巻六号二〇〇売主の追完利益の保障に関する一考察
う。 次に、二点目については、改正後のドイツ債務法現代化法においては、改正前の議論を踏まえて、催告制度を介した売主の追完権が導入されることとなったが、改正後間もなくして、判例の登場に伴い、売主に追完権を認めることの意味が問われることになった。このドイツ債務法現代化法における売主の追完権をめぐる議論を検討することで、不履行を起こした売主に権利を認めることの意味を考えたいと思う。 具体的な検討の順序は、まず、第二章においてドイツの法制度を参照するが、その際、改正前の議論は専ら根拠の方に重点を置き、改正後については権利を認めることの意味に重点を置いて分析・検討する。続いて、第三章では、第二章での考察を踏まえて、日本法への示唆を得ることができるか検討したい。第四章では、今後の検討課題を示すことで、結びにかえたいと思う。
第二章 ドイツ法における売主の追完利益の保障
第一節 序 ドイツでは、二〇〇二年に債務法の改正が行われた )₅₅
(。日本においても、改正後のドイツの法状況について検討する論稿がすでに数多く存在している )₅₆
(。売主の﹁追完権﹂に関していえば、後述するように、改正前のドイツ民法典では、売主に追完権が認められていなかったために、早くから一部の学説において激しく批判されることとなった。判例においても、例外的にではあるが、売主に追完権が認められていた。そこで、ドイツでは、債務法の現代化に際して、そのような国内の議論状況および国際物品売買契約に関する国連条約(CISG)等の国際的な潮流を踏まえて、売主に追完 一八八八
( )売主の追完利益の保障に関する一考察同志社法学 六五巻六号二〇一 の機会が与えられることとなった。 しかし、そこでは、売主の追完利益の保障にあたり、その法律構成として、売主の固有の権利としての﹁追完権﹂ではなく、催告制度を介した売主の﹁第二の提供権
Recht zur zweiten Andienung
﹂が選択された。つまり、ドイツでは、売主の第二の提供﹁権﹂という言葉が用いられることがあるものの、ドイツ債務法現代化法では、明文でそのような売主の﹁権利﹂が定められることはなかった。そのため、売主の第二の提供権が﹁権利﹂であるか否か―
つまり、事実上認められる追完の機会に過ぎないか否か―
が明らかでない。また、権利であるとすれば、どのようにして法的に基礎づけられるのかも問題となる。基礎づけに関する考え方の違いは、売主の第二の提供権が認められる範囲に違いをもたらす可能性があり、またそれは﹁催告﹂の意味にも違いをもたらす可能性がある。 本章では、まず、改正前の議論を検討することで、なぜ売主に追完利益を保障すべきだとされるのか、を考えるにあたっての示唆を得たいと思う。そして、つぎに、改正後の議論をみることとする。改正後の議論は、売主に﹁権利﹂を認めることの意味を考える際のヒントになると思われる。特に、売主に権利を認めることによって、買主はどのような地位に置かれるのかについて検討したいと思う。第二節 改正前のドイツ民法典
第一款 規定の概要 改正前ドイツ民法典においては、まず、売主は、基本的義務として、引渡義務、所有権移転義務
―
権利の売買の場合には権利供与義務―
を負うことが定められていた(BGB旧四三三条 )₅₇()。瑕疵担保規定は、権利瑕疵の場合には、売主の権利供与義務への違反の効果として規定された(BGB旧四三四条以下)のに対し、物の瑕疵の場合には、原始的(一
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