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被害者参加制度に関する一考察 : 被害者参加の根 拠・被害者参加の目的・被害者の法的地位

著者 阿部 千寿子

雑誌名 同志社法學

巻 62

号 4

ページ 963‑1084

発行年 2010‑11‑30

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012529

(2)

被害者参加制度に関する一考察三五同志社法学 六二巻四号

被害者参加制度に関する一考察 ―

被害者参加の根拠・被害者参加の目的・被害者の法的地位

阿   部   千 寿 子

  (九六三)

       

 

                           

(3)

被害者参加制度に関する一考察三六同志社法学 六二巻四号

  (九六四)

                                                   

(4)

被害者参加制度に関する一考察三七同志社法学 六二巻四号

  (九六五)

は  じ  め  に   過去一〇年の間、刑事司法における被害者への対策は、間違いなく、わが国の刑事訴訟法のホット・イシュウであり続けてきた。後に詳述するが、一九九〇年代に、実務の運用面での対応から始まった被害者への配慮や支援の動きは、

二〇〇〇年の犯罪被害者保護二法、二〇〇四年の犯罪被害者等基本法、二〇〇五年の犯罪被害者等基本計画を経て、二〇〇七年の﹁犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律﹂へとつながっていった

(さらに、二〇一〇年には、公訴時効制度の改正のための刑事訴訟法の一部を改正する法律が成立し、即日公布された

害拠忘れられた存在﹂や﹁証ので一部﹂でしかなかった被﹁中にのした一連の被害者対策よこって、従来、刑事司法う )。 1)

者に光が当てられるようになった。しかし、他方では、さまざまな被害者対策が推し進められたことによって、これまでわが国の刑事手続の中で守り続けられてきた基本原理までが覆されてしまうのではないかとの懸念が、わが国の刑事

訴訟法に大きな影を落としているのも事実である。とりわけ被害者参加制度に対する懸念はきわめて強い。

  二〇〇七年の刑事訴訟法改正によって導入された被害者参加制度は、従来、﹁事件の当事者﹂ではあっても、﹁訴訟の

当事者﹂ではないとされてきた犯罪被害者が、訴訟に直接的に関与できる機会を設けた。そのインパクトは大きく、同制度が、刑事訴訟の構造を歪め、憲法で保障された被告人の権利を制限するのではないかという危惧が、制度の構想段

階から指摘され、成立から一年以上を経た今日でも、依然として解消されないまま残されている。

  なぜ被害者参加制度に対して、これほどの強い懸念が示されているのであろうか。その理由としては、被害者参加制

度の導入にあたって、根拠・目的をどこに置くのか、あるいは犯罪被害者やその遺族らの法的地位をどのように位置づけるのかといった制度の本質にかかわる問題が明確にされなかった点をあげることができる。被害者参加制度は、被害

(5)

被害者参加制度に関する一考察三八同志社法学 六二巻四号

者が刑事裁判手続に直接関与することのできる、わが国にふさわしい制度を新たに導入するという犯罪被害者等基本計

画の要請が出発点となっていた。このため、法制審議会から国会に至るまでの立法過程において、﹁そもそも被告人を処罰するためにある刑事手続に被害者が参加し、一定の訴訟活動を行う目的は何なのか、その際に、被害者はいかなる

法的地位にあるのか﹂といった本質的な問題について詰めた議論は十分に尽くされなかった。つまり直接参加することのできる制度を導入することは、基本計画によって確定された所与の前提とされていたのである

  このため、一見すると、刑事手続に参加する被害者の地位が明確になったようにみえる被害者参加制度では、刑事手続への被害者の直接的関与の実現という効果ばかりが先行し、そうした効果を裏付ける理論的な詰めが後回しにされて

しまったという感が否めない。というのも、どのような訴訟行為であれ、独立してそれを行うことができる地位にある者を訴訟当事者と位置づけるならば、被害者参加人は、﹁事件の当事者﹂を超えて、﹁訴訟の当事者﹂と位置づけられる

ことになり、もはや二当事者対立構造の枠内で、その存在を説明するのは不可能ではないかとの疑問を生じさせるであろうし、逆に、被害者参加制度は、当事者主義を変容させずに、被害者に許容しうる権利を一定の範囲で認めているに

過ぎず、﹁訴訟の当事者﹂と位置づけてはいないとするならば、刑事手続上﹁訴訟の当事者﹂ではなく﹁事件の当事者﹂である被害者が、なぜ訴訟に参加し一定の訴訟行為を行うことができるのか、そしてその地位が刑事手続上どのような

意味を持つのかという疑問を抱かせずにはおかないからである。

  わが国で新たに創設された被害者参加制度が、現行の二当事者対立構造を変更するものであれば、わが国の刑事訴訟

の構造を根底から覆すことを意味するのであって、見過ごしにすることはできない。これに対して、二当事者対立構造を維持したまま被害者が刑事手続に参加できる制度として創設されたものであるとしても、このような根本的問題が明

らかでないままでは、被害者参加制度自体の前提が崩れ、同制度に向けられてきた懸念が現実化してしまうおそれは残

  (九六六)

(6)

被害者参加制度に関する一考察三九同志社法学 六二巻四号 ってしまう。

  はたして、被害者参加制度の根拠・目的は何なのか。また、そこでの被害者の法的地位はどのように位置づけられる

のか。被害者参加制度の運用が始まって一年を経た今、改めて、これら未解決の問題について検討を加える意義は小さくないものと思われる。そして、そうした検討にあたって有益と思われるのが、ドイツにおける訴訟参加制度をめぐる

議論である。わが国の被害者参加制度がモデルの一つとした訴訟参加制度を一世紀以上前から運用してきたドイツでは、犯罪被害者の権利拡充のための改正を行った一九八六年被害者保護法が制定された二〇年以上前から、刑事手続上

の被害者の法的地位や訴訟参加制度の意義について活発な議論が展開されてきた。そうした議論の中には、わが国の被害者参加制度をめぐる議論と同じ方向性が認められるものも少なくなく、わが国の被害者参加制度の目的や同制度にお

ける被害者の法的地位を検討するにあたっても、多くの示唆を得ることができるものと考える。

  本稿では、以上のような問題意識を前提に、まず、これまでのわが国の刑事司法の歩みにおける被害者対策の発展と

その中での被害者の法的地位の変遷を跡付ける。次に、被害者参加制度の概要と運用状況をまとめ、同制度をめぐって展開されている議論を整理する。さらに、ドイツの訴訟参加制度について比較法的な考察を加える。以上の作業をふま

え、最後に、被害者参加制度の意義と同制度における被害者の法的地位について若干の考察を加えたい。

﹁﹃ ﹁﹃ ﹁﹃ 1) 

  (九六七)

(7)

被害者参加制度に関する一考察四〇同志社法学 六二巻四号

第一章  被害者参加制度までの道程 

刑事司法における被害者の位置づけの変遷

第一節  被害者対策の歩みと刑事司法における被害者の位置づけ   わが国における刑事司法の歩みの中で、犯罪被害者への対策はどのような発展を遂げてきたのであろうか。また、そ

うした発展は、犯罪被害者の位置づけにどのような影響を及ぼしてきたのであろうか。これまでにも、幾度となく整理されてきたように、過去三〇年ほどの間、わが国では、さまざまな犯罪被害者対策が講じられてきた。そして、そうし

た道程の中で、刑事司法における被害者の位置づけは、いくつもの変遷をたどって今日を迎えているのである。それでは、被害者参加制度は、犯罪被害者対策の発展史の中で、どのような意義を有するのであろうか。また、刑事司法にお

ける犯罪被害者の位置づけに、いかなる変容をもたらすのであろうか。後に詳述するが、被害者参加制度の導入をめぐる議論の中では、同制度が、わが国の刑事司法の構造を根底から覆してしまうことへの懸念が示されていた。したがっ

て、わが国の刑事司法における被害者参加制度の意義を改めて検討するにあたって、こうした観点からの検証の意義は小さくないものと思われる。そこで、本節では、被害者参加制度の検討に着手する前提として、刑事司法における犯罪

被害者対策の発展に伴う、刑事司法における被害者の位置づけの変遷を跡付けてみたい。

  (九六八)

(8)

被害者参加制度に関する一考察四一同志社法学 六二巻四号 第二節  始動期(一九七〇年代後半―一九八〇年)

一  犯罪被害者等給付金支給制度導入の背景

  一九六三年に世界で始めてニュージーランドが、翌年にはイギリスが、被害者補償制度を導入した。これを受けて、 わが国では、両国の被害者補償制度の導入に向けた動きや概要が紹介された

入の諸パッローヨどになダンラオ、国おイ度導でい次相が制い償補者害被もてツドトフ西オースリア、ィンランド、旧 一〇七九。、たま代年ンには、スウェーデ、 1)

され、被害者補償制度は、わが国でも十分に検討に値する現実の課題として、議論の俎上にのせられるようになった

ど者進する遺族会﹂や﹁被害補を償制度を促進する会﹂な推滅ら撲に、犯罪被害者の遺族がさ組織する﹁殺人犯罪のら 。 2)

が発足し、被害者自身も、被害者補償制度の導入を目指して声をあげ始めた

3)

  このようにわが国でも、徐々にではあるが、被害者補償の必要性を唱える声が聞こえ始めていた。しかし、それでも、

社会が被害者補償制度の創設を喫緊の課題と捉えるまでには至らず、なお多くに人々にとって、犯罪被害者への関心は薄いままであった。ところが、一九七四年八月三〇日、こうした状況を一変させる事件が起こった。﹁三菱重工ビル爆

破事件﹂である。この事件では、八人が死亡し三八〇人が重軽傷を負うなど、多くの人が被害にあったが、それらの被害者の中で補償に格差が生じた。つまり、被害者の中に、ビルの会社内で就労中であり労働災害保険が適用された者と

たまたま現場に居合わせ一般の社会保険が適用されるにとどまった者とが存在していたのである

識的被害にあった者に対する国家な罪救済の必要性を人々に強く認の犯ロりは、爆弾テいや通魔殺人などのいわれのな 果その結。、この事件 4)

させることになった。こうして、被害者補償制度立法化の機運は急速に高まり、一九八〇年﹁犯罪被害者等給付金支給法﹂(以下﹁犯給法﹂という。)が制定され、翌年一月一日から施行された。

  (九六九)

(9)

被害者参加制度に関する一考察四二同志社法学 六二巻四号

二  犯罪被害者等給付金支給法の概要

  犯罪被害者等給付金支給法の目的は、人の生命または身体を害する犯罪行為により、不慮の死を遂げた者の遺族または重障害を受けた者に対し、国が給付金を支給することであり、同法には、その内容として支給要件、給付金の額、都 道府県公安委員会の裁定手続等が定められた。その概要は以下のとおりであった

っと命生、ずせは象た対を害被身人まは囲のよに為行罪犯意身故るす害を体の範障種広害給付金二の類に限定する。② 金①給付金は一時。とし、遺族給付金、 5)

て死亡した者の遺族または重障害を負った者に対象を限定する。③給付金の額については、政令で定める給付基礎額を算定基準として、遺族給付金では遺族の生計維持の状況すなわち被害者の収入によって生計を維持していた遺族の存

否・範囲を勘案し(上限八四五万円)、障害給付金では障害の程度を基準として政令で定める倍数を乗じて算出する(上限一〇五〇万円)。④被害者と加害者が親族関係にあった場合、または被害者に責めに帰すべき行為があった場合には、

給付金の全部または一部を支給しないことができる。⑤法令による公的給付あるいは加害者からの損害賠償を受けている場合には、支給調整を行うとともに、国の加害者に対する求償権を取得する。⑥裁定機関には、行政簡素化と経費節

減の見地から都道府県公安委員会が選ばれ、裁定の不服申立機関として国家公安委員会に専門委員会を設置する。

  犯罪被害者等給付制度は、故意の犯罪行為によって重大な人身被害にあった被害者等を見過ごしにはできないとの認

識から創設されたものであった。そこで、犯給法は、この制度を労働災害補償保険法のような﹁補償﹂としてではなく、あえて﹁給付﹂とすることによって、国からの一種の﹁見舞金﹂と位置づけた。このため、他の補償と犯給法の給付が

競合する場合、他の補償が優先され、見舞金である給付金が支給されないことが認められたのであった。

  (九七〇)

(10)

被害者参加制度に関する一考察四三同志社法学 六二巻四号 三  犯罪被害者等給付金支給制度消極論   ところで、犯給法の制定過程では、刑事手続との関係について注目すべき議論が展開されていた。というのも、被害

者補償制度は世論の大きな共感を得ていたこともあり、この制度自体への反対論を唱える者はほとんどいなかったが、犯罪被害者の補償の刑事手続への影響として、①被告人の人権との矛盾と②刑事手続の先取りが指摘されたのである。

このように被害者の法的な位置づけが強まることによる刑事訴訟法の変質への懸念が、この時点から指摘されていたという事実は興味深い。

  このうち、①被告人の人権との矛盾については、被害者補償制度の創設により、被害者の権利の拡充がもたらされる結果として、逮捕、勾留の拡大、保釈許可の峻厳化への影響など、憲法・刑事訴訟法に明示された人権の享受主体であ る被疑者・被告人の﹁人権感覚の変容をもたらすおそれがある

保侵か面の止防害ののらか力権家国をらみ人の権人、止防害侵間強民市、がるす調権、﹁導はの入に積極的な立場から たれさな﹂が摘指のとこ。しうした指摘に対て、犯給法 6)

障が並列的に論じられるべきことは無論であり、犯罪に関連する最大の人権侵害の犠牲者は、被害者であることを留意すべきであり、犯罪被害補償問題は被害者の人権に着目したという点で﹃人権感覚の変容﹄をきたすであろうが、それ

は人権の強化を意味しこそすれ、その脆弱化を招くものではない

﹂との反論がなされた。 7)

  また、②刑事手続の先取りについては、被害者への補償を実効あらしめるために、刑事手続に先行する被害者補償の審査・認定の先取りが、犯罪の存在を事実上推定する意味を持つのではないかとの懸念が示された

。この点に対しては、 8)

すでに外国での運用経験が積まれている点からも制度新設を断念しなければならないほどの決定的な要因ではないとの反論がなされた

9)

  (九七一)

(11)

被害者参加制度に関する一考察四四同志社法学 六二巻四号

四  「国家が救済すべき対象」としての被害者

  周知の通り、歴史的にみれば、近代を迎える以前は、犯罪被害者にも私的復讐が認められており、被害者も犯罪処理の一翼を担っていた。しかし、近代国家は統制や秩序維持のために、決闘、私刑、仇討など個人による自力での犯罪処

理を禁じ、その権限を独占した。こうして、それ以前は考慮されていた被害者の補償や救済が、犯罪処理の中で完全に置き忘れられることになった。近代を迎えた後にも、わが国の刑事政策において、被害者に目が向けられることはあっ

たが、その際にも加害者の賠償相手や犯罪原因としての被害者が論じられるにとどまり、被害者への補償や救済の必要性という観点は欠落していた

国給た被害者は、犯法かの制定によって、﹁っな議らまり、それまで論。の対象にすらなつ 10

家が救済すべき対象﹂として社会的に認識されるようになったのである。

  それでは、なぜ、それまで被害者対策は、刑事司法上、議論されてこなかったのだろうか。その問いに答えることは 難しくはない。それは、被害者が考慮の外に置かれていたからである。前述したように、犯給法制定の過程で被告人の人権との抵触が懸念されたことから、被害者の救済論に一定の警戒感が存在していたことは確かである

。しかし、当時 11

の刑事手続に関する文献では、そもそも﹁被害者﹂という言葉自体、諸外国の﹁被害者訴追﹂の紹介、﹁告訴権者﹂や﹁証人、参考人﹂の一類型としてしか取り上げられていなかった。つまり、被害者は、被告人の人権を制限する存在と考え

られていたというよりも、むしろ刑事司法上の議論の中でまったく﹁忘れられた存在﹂だったのである。犯給法制定によって、被害者は、ようやく﹁忘れられた存在﹂から﹁国が補償すべき対象﹂として位置づけられるようになったので

ある。

  (九七二)

(12)

被害者参加制度に関する一考察四五同志社法学 六二巻四号 第三節  停滞期(一九八〇年代)

一  停滞期の被害者対策

  犯給法制定によって、一九八〇年代には、再び被害者対策の機運は下火になり、停滞状況に陥った。今日から見れば、

犯給法制定以降のわが国における被害者対策の歩みの中で、一九八〇年代は、﹁エア・ポケット﹂と評価することが許されよう。

  しかし、そうした中でも、被害者対策が活発化する一九九〇年代への架橋となるいくつかの注目すべき動きが存在した。具体的には、性犯罪被害者への保護や支援を目的にした﹁東京強姦救援センター﹂の設立と﹁第二次被害者化・第

三次被害者化﹂の問題提起とその防止のための被害者の法的地位に関する比較法的研究の着手、さらには、それまで盲点となっていたため、放置されていた無秩序な犯罪被害者報道への批判であった。こうした動きの中で、主として念頭

に置かれていたのは、性犯罪の被害者であった。

二  東京強姦救援センターの設立と「強姦神話」の崩壊

  一九八三年に、日本で初めての民間ボランティア団体による性犯罪被害者救援センターである東京強姦救援センター

が設立された。同センターは、すべて女性スタッフによって運営がなされ、性犯罪の被害にあった女性のための電話相談のほか、性犯罪を容認し助長するものへの告発活動、性犯罪の問題を正しく理解するための社会啓発などの活動に取

り組むことを目的としていた

性の施実に的極積が動活アれィテンラボ間民る図さる護国、だまは時当、もでがよわ。たいてっなにうを保の者害被罪 ムどな頭台の動運をズニのェフ、はで米ミ背動〇犯性、らか代年七き九一、てしに景。欧 12

  (九七三)

(13)

被害者参加制度に関する一考察四六同志社法学 六二巻四号

犯罪の事件においては、﹁被害者と加害者の間には面識がない﹂や﹁強姦は被害者の容姿が魅力的なせいで起こる﹂な

どの﹁強姦神話﹂が信じられていた

どでてし意同は当本、﹁判た裁の開公やべ調取るいのにしな﹂かのたっかな抗で抵ぜな﹁﹂、かいなはよ官捜の性男の査 在見続手事刑、はう偏なでよのこ、た上しもはで階段査捜、者存害被、りおて。ま 13

と問いただされ、過去の性体験などのプライバシーを暴かれたりすることで大変な精神的苦痛とショックを受けることも少なくはなかった

、が受けたという事実公害になることをおそれを被因的のような偏見が原と。なり、被害者は性こ 14

警察に届け出することを躊躇してしまっていた

の〇で米欧らか頃代年七性九一、しかし。たの犯あわ罪犯性、もで国が、罪け受を響影の究研っで犯い多に常非が数罪 三は犯の際実ち罪犯性、件わな罪倍数がその。~十倍ともいわれ、暗す 15

被害者に対しての問題意識が広がり、性犯罪被害者研究が進められ、知らず知らずのうちに信じられていた性犯罪に対する俗説(﹁強姦神話﹂)の多くのものに関しては、必ずしも科学的に正確な知識に基づくものではなく、その多くは女

性に対するいわれのない先入観、偏見に基づいているということが徐々に明らかとされていった

。の被害者保護や第二次被害者化防け止の観点につながっていったるお意のする問題には、そ識後法の関機等司事刑 。対に見偏のへ罪犯性 16

  わが国でも、ようやく、根強く信じられてきた﹁強姦神話﹂を崩壊させ、性犯罪被害者に向けられた冷たい視線から被害者を守るための取組みが始まったのである。

三  「第二次被害者化・第三次被害者化」と被害者の法的地位の研究

  フェミニズム運動によって提起された性犯罪被害者をめぐる問題としては、性犯罪被害者に対する刑事司法機関の不当な取り扱いを批判した﹁第二次被害者化﹂および﹁第三次被害者化﹂もあった

、次はと﹂化者害被二第﹁ちうのこ。 17

真実の追及を重視するあまり、被害者への配慮を欠く刑事司法機関等の対応によって、被害者の犯罪被害を更に深いも

  (九七四)

(14)

被害者参加制度に関する一考察四七同志社法学 六二巻四号 のにすることを指す。これに対して、﹁第三次被害者化﹂とは、第一次被害者化や第二次被害者化により心身ともに苦悩を負ってしまった被害者が放置されることで、被害者がさらに自己破滅的になってしまうことを指す。加害者が逮捕・

起訴され、有罪判決を受けることによって事件は解決したものと一般に考えられがちであったが、被害者の心の傷はいやされることなく残り続けていた。回復するどころか時を経ることによって、かえって被害が深刻化している性犯罪被

害者の事態を明らかにし、その回避に向けた対策の必要性が唱えられたのである

18

  性犯罪被害者の実態を重く受けとめたアメリカやドイツでは、一九八〇年代後半から、被害者の保護と権利保障のた め新たな立法が相次いで制定された。わが国でも、こうした国際的な機運の影響を受け、諸外国の被害者保護立法に関する研究が散見されるようになった

代ったわけではなかたつが、一九九〇年いび、結うした研究はす。ぐに立法へとこ 19

以降に実現した被害者保護・支援立法の礎となったのである。

四  犯罪被害者の報道

  性犯罪被害者報道は、一九八九年の﹁女子高生コンクリート詰め殺人事件﹂を契機として問題視された。﹁女子高生

コンクリート詰め殺人事件﹂は、少年四名が女子高生を四一日間監禁し、逃げようとした女子高生を強姦したのち、事

件の発覚をおそれ、少女を殺害しコンクリート詰めに遺棄したという事件であった。この事件は、社会に大きな衝撃を与えた。そして同時に、マスコミの格好の話題となったのであった。マスコミは被害者の実名や顔写真を公表し、家族

や交友関係等の私生活に関するさまざまな報道を行った。しかし、加害少年たちの名前については、少年法六一条のため、ほとんど公にされなかった。このため少年犯罪の﹁実名報道﹂と少年法六一条とが問題とされ

、同時に被疑者・被 20

告人についてだけ人権保護が強く求められ、被害者の人権への配慮が欠けたこれまでの状況に批判がなされた

。この事 21

  (九七五)

(15)

被害者参加制度に関する一考察四八同志社法学 六二巻四号

件を契機に、性犯罪被害者報道のあり方を再考し、性犯罪被害者のプライバシーの保護についての意識を高める必要性

が認められるようになっていったのである

22

五  保護すべき対象としての被害者

  犯給法を制定した後の一九八〇年代、わが国の被害者対策は完全に停滞してしまっていた。犯罪被害者に対する社会

の関心も、著しく低下していた。しかし、そうした中でも、民間ボランティアによる性犯罪被害者支援団体が設立され、性犯罪被害についての研究も行われ、﹁第二次被害者化・第三次被害者化﹂や犯罪被害者の報道について、重要な問題

が提起され、その解決策の模索が始まっていた。これらの動きは、一九九〇年代に具体化していくことになるが、その胎動は、すでにこの時期に認めることができる。そこでは、被害者を﹁国家が金銭的に救済すべき対象﹂としてだけで

なく、﹁刑事司法の中で保護すべき対象﹂としても捉え始めたのである。

第四節  再始動期(一九九〇年代)

一  犯罪被害者対策再着手の背景

  犯給法において、犯罪被害者は、﹁補償対象としての被害者﹂として認識されるに過ぎなかった。一九八〇年代には、性犯罪被害者を中心に、一部には﹁刑事司法の中で保護すべき対象﹂として捉えるべきとの認識も高まりつつあったが、

具体的な対策としては結実しなかった。こうした状況を打ち破り、社会に犯給法の範囲を超えた被害者保護の必要性を認識させるきっかけとなったのが、一九九一年に、犯罪被害者給付制度の設立および基金の設立から一〇周年を記念し

  (九七六)

(16)

被害者参加制度に関する一考察四九同志社法学 六二巻四号 て開催されたシンポジウムであった

23

  このシンポジウムでは、﹁被害者救済の未来像﹂と題して今後の被害者支援について議論がなされたが、そのパネル

ディスカッションの席上、日本の被害者ニーズに関する議論の際に、会場にいた飲酒運転により息子を失った女性の発言が、以後の日本における被害者対策を推し進める契機となったといわれる。この女性は、精神的被害を支援してくれ

る場が日本にはないため、結局アメリカの支援組織を頼って渡米したという経験から、日本では被害者はただ被害に耐えるしかなく、大声で泣くことさえもできないとして、日本の犯罪被害者の現状をシンポジウムの参加者に訴えた。一

九八〇年に犯給法が制定され、制度も定着し、日本もそれなりの被害者対策を実施しているといった認識が関係者間で広がっていただけに、この被害者の訴えは、被害者の実態についての認識不足を痛感させることとなった。

二  民間団体による被害者支援活動の発展

  シンポジウムでの関係者の認識の変化は、その後の犯罪被害者実態調査の開始と犯罪被害者相談室の開設という二つの活動の契機となった。このうち犯罪被害者実態調査とは、被害者のニーズを把握しそれに応える施策の提言が必要で

あるとの考えのもと、犯罪被害救援基金の調査委託により組織された﹁犯罪被害者実態調査研究会﹂によって一九九二

年から一九九四年まで三年わたり実施された犯罪被害者の実態調査である

の行国がわ、れわが犯査調ーュビタンの罪るるへ援支と態実い被てれか置の者害イすー対アンケト調査と犯罪被害者に 罪犯、たはでこ害被め者の実態調査の。のそ 24

ニーズが始めて本格的に調査された。

  シンポジウムの問題提起に応える形で行われたもう一つの活動は、犯罪被害者相談室の開設であった。犯罪被害者相

談室は、一九九二年に、犯罪被害者の精神的な支援を行う専門家の組織として犯罪被害救援基金の資金援助を受けて東

  (九七七)

(17)

被害者参加制度に関する一考察五〇同志社法学 六二巻四号

京医科歯科大学難治疾患研究所に開設された

ン話者に対する電相被談、個人カウ害、談。容内動活の室は相者害被罪犯 25

セリングや遺族のセルフヘルプグループ活動の支援などであった。その後、被害者のための民間団体による被害者支援の環は、全国各地に広がりを見せた。一九九五年以降、水戸、大阪、金沢、北海道、和歌山、広島、名古屋など次々と

民間ボランティアによる被害者支援組織が設立された。一九九八年には、これらの民間ボランティアによる被害者支援組織のうち、すでに設立されていた七組織に、犯罪被害者相談室を加えた八団体によって、﹁全国被害者支援ネットワ

ーク﹂が設立され、全国的な民間団体による被害者支援が推し進められていった

体者で言宣利権の害、被。たし表公は前言よ団共公方地びお文国、ていおにを宣で年利は、一九九九五月に被害者の権 者らに全国被害ク支援ネットワー。さ 26

の被害者支援の責務を謳った上で、犯罪被害者が本来有する以下の七つの権利を掲げ、立法化に向けて運動を進めていくことが明らかにされた

るの権利。③被害回復権れ利。④意見を述べるさけ供公正な処遇を受る。権利。②情報を提① 27

権利。⑤支援を受ける権利。⑥再被害から守られる権利。⑦平穏かつ安全に生活する権利。この全国被害者支援ネットワークに加盟する民間支援団体は、それぞれの地域において、被害者支援のために多様な活動を実践するとともに、各

組織相互の連携・協力を強化し、より効果的な被害者支援を全国的に実現していくことを目指した

28

  また、このころから犯罪被害者やその家族・遺族が立ち上がり、少年犯罪被害当事者の会、全国犯罪被害者の会(あ

すの会)、全国交通事故遺族の会、地下鉄サリン事件被害者の会など被害者自助グループを各地で結成していった。これらの被害者自助グループの特徴は、犯罪被害者らが精神的な被害について相互支援活動を行うだけでなく、被害者の

ための政策立案を行い、政府に働きかける活動を行う点にあった。これらの被害者自助グループは、被害者の権利回復や国の施策の充実を求めて積極的に活動を展開し、その後の犯罪被害者支援立法の進展に大きく寄与した

29

  (九七八)

(18)

被害者参加制度に関する一考察五一同志社法学 六二巻四号 三  警察における被害者支援対策   警察は、前述したシンポジウムや犯罪被害者実態調査の研究成果等をふまえ、早い段階から、犯罪被害者支援対策の あり方について検討を始めた

被位ぎすにるれらけづ置てかしと者供提の拠証はなっるのも察警、で中の理処件た事的体具はに際実。いあ、緒端の査 ら秩と全安の共公持専は序活の察警、来動のの、捜罪犯は者害被れ維さとるあにめた。従 30

害者への支援を実践していたが、そのほとんどが警察職員個人としての活動であった

あ・応が犯罪捜査に際しての付随的反のれでらかたいてら射捉とのもな的対へてはれ者なかったのい、察による被害警 者織的な被害が支援対策なさ。組 31

った。しかし、一九九〇年代に入り、民間の支援団体や被害者自助グループなどの活動の活発化に伴い、刑事司法関係機関、とくに犯罪直後から被害者に接する警察には、被害者対策に積極的に取り組むことが求められたのである。

  そこで、警察は、一九九六年に﹁被害者対策要網﹂を制定し、警察における総合的な犯罪被害者対策について、その基本的指針と推進すべき施策を示した

。る施策を推進すこなとが明記された諸う者よ網では、被害の。ために以下の要 32

①被害者への情報提供(被害者が必要とする情報を簡明に解説した﹁被害者の手引﹂の作成、被害者連絡制度の設置等)。②精神的被害の回復(カウンセリング体制、被害少年へのサポート体制の整備)。③被害の補償・被害品の回復(被害

回復センターの設置、犯給法の適切な運用等)。④二次被害の防止軽減対策(捜査過程での警察官の応対、組織的改善

等)。⑤被害者の安全の確保(再被害の防止、相談体制の強化等)。⑥被害者支援ネットワークの構築(関係機関・団体との連携)。被害者対策要網の通達によって、警察庁には、犯罪被害者対策室が設置され、全国の都道府県警察におい

ても犯罪被害者対策が精力的に推進された。

  さらに、警察は、一九九九年に警察捜査の基本的規則である犯罪捜査規範を改正し、犯罪捜査においても犯罪被害者

対策の推進を図った。同規範では、関係者に対する配慮を定めた第一〇条に、犯罪被害者等の人格の尊重および二次被

  (九七九)

(19)

被害者参加制度に関する一考察五二同志社法学 六二巻四号

害の防止(犯罪捜査規範一〇条の二)、犯罪被害者に対する通知(犯罪捜査規範一〇条の三)が加えられた。また、被

害者の保護として、犯罪被害者に後難が及ぶおそれがあると認められるときは、被疑者等の関係者に当該被害者の氏名等を告知しないとともに、必要に応じ、当該被害者等のための措置を講ずることを求めた(犯罪捜査規範一一条一項)。

この犯罪捜査規範の改正によって、警察の捜査上での被害者保護のあり方が明確化された。

四  検察における被害者支援対策

  検察が正面から取り上げた最初の被害者対策は、一九九九年から実施された被害者通知制度であった

。この被害者通 33

知制度は、一九九一年に福岡地方検察庁で実施されて以降、各地の検察庁において導入され、一九九九年から検察庁による全国統一の制度として実施された。この制度は、被害者その他の刑事事件関係者に対し、事件の処理結果、公判期

日、刑事裁判の結果等を通知するものであった。

  また、二〇〇〇年からは全国の地方検察庁で、被害者支援員制度と﹁被害者ホットライン﹂が導入された。被害者支 援員制度とは、被害者の精神的支援の対応について研修を積んだ専門スタッフが、被害者相談、法廷への案内・付き添い、事件記録の閲覧、証拠品の返還、被害者等援助機関・団体との連絡調整など、被害者の手助けを行う制度である

34

他方、﹁被害者ホットライン﹂とは、電話での犯罪被害の相談を受ける専用回線であり、被害者が犯罪被害に関する各種相談や自己にかかる事件の照会等を行えるようになった。

五  日弁連における被害者支援対策

  日本弁護士連合会(以下﹁日弁連﹂という。)は、一九九七年四月法務省の被害回復制度の検討開始を機に、犯罪被

  (九八〇)

(20)

被害者参加制度に関する一考察五三同志社法学 六二巻四号 害者の総合的対策について調査研究をする﹁犯罪被害回復制度協議会﹂を設けた

基の被、はに言提こ者。たし表発を害支言て者害被罪犯、し援とつ一の柱の﹂提罪るる被害者にす対総合的支援に関す 九協議会は一九犯九年一〇月に﹁。同 35

本法の策定が盛り込まれた。また単位弁護士会における犯罪被害者支援相談窓口の設置や民間支援機関との連携など、日弁連が取り組むべき対策も詳細に記されていた。二〇〇〇年一一月、日弁連は、初めて犯罪被害者の人権を主として

取り扱う﹁犯罪被害者支援委員会﹂を発足させた。同委員会は、全国の単位弁護士会における被害者相談体制の整備などを推進するため、シンポジウムや全国経験交流会などを開催してきた。

六  組織的犯罪対策三法・少年法への被害者保護関連規定の導入

  民間団体や刑事司法関係機関が被害者支援対策を積極的に講じ始めた中、一九九〇年代後半、地下鉄サリン事件や神戸の連続児童殺傷事件等、被害者が多数にのぼる重大な事件が連続して発生した。これらの重大事件が大きくマスメデ

ィアに取り上げられたことで、社会的にも犯罪被害者に対する配慮のための法整備を求める声が高まっていった。こうした声に応えるため、組織的犯罪対策三法中の刑事訴訟法の一部改正と少年法改正に、被害者保護に関する規定が盛り

込まれたのである。こうして組織的犯罪対策三法と少年法の改正は、その後の犯罪被害者保護制度の先駆けとなったが、

その中身は、あくまで既存の法律に被害者保護規定を導入することで、それまでの実務上の被害者に対する配慮を立法上で明確にしたものであった。

  一九九九年の組織的犯罪対策三法中の刑事訴訟法の一部を改正する法律

施、へ判裁・査捜け協受を迫威・迫の力が円実な正適、滑のを続手、いらめた脅族手上た。刑事続、証人またはその親 保に護ま人証、す関れる規定が盛り込には 36

がさまたげられることがあったことから、証人保護の強化が図られた。具体的には、①証人尋問において、証人等の身

  (九八一)

(21)

被害者参加制度に関する一考察五四同志社法学 六二巻四号

体・財産に害を加えまたはこれらの者を畏怖させもしくは困惑させる行為がなされるおそれがあり、これらの者の住居、

勤務先その他その通常所在する場所が特定される事項が明らかにされたならば証人等が十分な供述をすることができないと認めるときは、当該事項についての尋問を制限することができることが明確にされた(刑訴法二九五条二項)。②

証拠開示の際に、証人等の身体・財産への加害行為が行われるおそれがあるときは、検察官または弁護人は相手方に対し、被告人を含む関係者に証人の住所等が知られないようにし、その他証人等の安全が脅かされないように配慮するこ

とを求めることができることとされた(刑訴法二九二条の二)。もちろん、同制度は対象者を被害者に限定しているわけではなかったが、尋問や情報開示を制限する内容には被害者の二次被害の防止にもつながるものが含まれていた

37

  他方、二〇〇〇年の少年法の一部改正では、少年審判における被害者の配慮に関する規定が盛り込まれた

定害規覧は、①被者め等による記録のた閲お写謄びよおにけのる被害者保護の 件事年少。 38

出申見意るよに取の聴等者害被②、の 39

40

③被害者等に対する通知

健配が策対な々様たし慮に施場立の者害被罪犯、実さな少の年少、はで件事年、れで方一しかし。たいてど度知通者制 警らで件事の人成、年か代〇九九一。たっは察、改害被の庁察検や正ので範規査捜罪犯の庁あ 41

全育成という少年法の目的により少年審判が非公開となっていたことから、被害者が知らない間に少年の処分が決まっていた。このため被害者からは少年審判手続の不透明性が批判されていた

、、に際の正改法年少け受を判批たしうこ。 42

少年事件の処分等の在り方の見直し(刑事処分可能年齢の引き下げ、原則検察官送致等)や事実認定手続の適正化(裁定合議制度、少年審判への検察官関与)とともに、三本柱の一つとして少年事件においても被害者への配慮の充実が図

られたのである。

  (九八二)

(22)

被害者参加制度に関する一考察五五同志社法学 六二巻四号 七  間接的関与者としての被害者   一九九〇年代に再燃した被害者対策は、犯給法制定時とは異なり、被害者を単に金銭的な補償の対象と見るのではな

く、警察や検察の捜査上での配慮、少年審判を含む訴訟記録の開示、証人としての負担軽減など、刑事手続上での支援の対象として位置づけた点に意義が認められる。これらの対策の多くは、それまでも部分的には、実務上の裁量として

実施されていたが、この時期から、全国的に被害者支援制度の一環として位置づけられた。つまり、それまでの刑事司法において、﹁捜査の端緒﹂や﹁証拠﹂として扱われるにとどまり、事実上刑事手続から疎外されていた被害者が、刑

事手続の中でも無視できない存在として認識されるようになり、﹁事件の当事者﹂である刑事手続の間接関与者として位置づけられるようになったのである。

第五節  発展期(二〇〇〇年―二〇〇三年)

一  犯罪被害者保護二法の制定

  一九九〇年代に再び関心が高まり始めた被害者対策は、各刑事司法関係機関の取組みによって次々と具体化されていった。こうした流れをふまえ、被害者保護の一層の充実を目指して、二〇〇〇年に、﹁刑事訴訟法及び検察審査会法の 一部を改正する法律(以下﹁刑訴法等改正法﹂という。)﹂および﹁犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(以下﹁犯罪被害者保護法﹂という。)﹂が制定されるに至った

保め者害被たれら定てっよに法両。 43

護の概要は以下のとおりである

44

  第一に、証人の負担を軽減するための措置が定められた

一際法正改等法訴刑(い添付のの問尋人証①、はに的体具。 45

  (九八三)

(23)

被害者参加制度に関する一考察五六同志社法学 六二巻四号

五七条の二)、②遮へい(同法一五七条の三)、③ビデオリンク方式(同法一五七条の四)が導入された。これら三つの

制度によって、犯罪被害者が証人尋問の際に受ける精神的負担を軽減し、二次被害を防止することが目指された。

  第二に、性犯罪の告訴期間が撤廃された

ら犯の告訴期間は人、を知った日かそれ性。と罪告親は罪犯さな大重、来従 46

六月以内とされていた。しかし、被害者の精神的ショックや犯人との関係性から、短期間では告訴の意思決定が困難な場合があるため、刑訴法二三五条の規定する性犯罪の告訴期間の制限を撤廃することとされた。

  第三に、検察審査会に審査を申立てる範囲が拡大された

配はかないてれま含族た遺の合場たし亡死っが者れ(族遺者害被、ら、め改てっよに法本が害をさ被した者とれており、 査査審の会者審察検、来立申や権者は被害。告訴・告発等従 47

偶者、直系の親族または兄弟姉妹)にも審査申立権が認められた(検察審査会法二条・三〇条)。また、検察審査会の議決がより確実な根拠・資料に基づいてなされるようにするため、審査申立人が検察審査会に対して意見書または資料

を提出できることとされた(同法三八条の二)。

  第四に、被害者に公判手続への優先傍聴が認められた

なくうよるす望希を聴傍が人の多、く高が心関の民国、来従。 48

事件では、傍聴券が発行されるため、被害者も傍聴券を手に入れないと傍聴することができなかった。このため、裁判所では、被害者があらかじめ検察官を通じて傍聴希望を裁判所に伝えた場合には、被害者に特別傍聴券を交付し、優先

的に傍聴できるように特別な配慮をしていた。本法では、そのような従来からの特別な配慮が、法律上の義務として明記された。

  第五に、被害者が公判記録を閲覧・謄写するための要件が緩和された

刑がれば閲覧できた(中係訴法五三条)、属の判らたっかないてれめ記認は写謄・覧閲録公 はあ事事件の公判記録、。刑事裁判確定後で刑 49

。しかし、被害者が被告人 50

に対して損害賠償請求訴訟を提起している場合、刑事裁判確定前であっても、刑事事件の公判記録を証拠として提出し

  (九八四)

(24)

被害者参加制度に関する一考察五七同志社法学 六二巻四号 たいと希望することがあった。また、それ以外にも、被害者が刑事事件の公判記録を、民事訴訟を提起するか否かを判断するための資料、民事保全手続での疎明資料、保険金の請求資料として使用したいと希望することがあった。そこで、

刑事事件の公判に提出された書証等は公開の法廷で証拠能力が認められ、内容の一部は公開されていることから、公判継続中であっても、一定の要件の下で公判記録の閲覧・謄写が認められた(犯罪被害者保護法三条)。

  第六に、民事上の争いについての刑事手続における和解が制度化された

きっ、しかし。たあ談がとこるれさ出示書にのでが行執制強上で法行執事民、は提所談判で、示が成立し、示談書が裁 程過のと続手事、での被告人と被害者。間刑 51

ないため、加害者が示談に基づく支払いを誠実に行わない場合、被害者が改めて民事訴訟を提起し、確定判決を得てから強制執行をするしかなかった。そこで、被告人と被害者等との間で、被告事件に関する民事上の争いについて合意が

成立した場合には、当該刑事被告事件が継続している裁判所に対して、両者が共同して和解の申立てをし、裁判所がその内容を公判調書に記載したときは、裁判所上の和解と同一の効力を有するとした(犯罪被害者保護法四条)。両者の

合意を記載した公判調書に民事執行法上の債務名義性が与えられたことで、被告人が約束を果たさない場合には、公判調書によってただちに強制執行が可能となった。

二  意見陳述制度  

  ⑴  意見陳述制度の概要   これらの制度の導入や強化に加え、犯罪被害者対策の目玉として、刑訴法改正法は、意 見陳述制度を導入した。意見陳述制度とは、被害者が、公判廷において被害に関する心情その他被告事件に関する意見を陳述することができる制度である(刑訴法二九二条

事証刑に外以るす与関てしと人や人考参、はに者害被、来従)。 52

手続に主体的に関与する機会は与えられていなかった。また、いざ証人として公判に出廷しても、公判での発言内容は

  (九八五)

(25)

被害者参加制度に関する一考察五八同志社法学 六二巻四号

尋問への回答に限定され、被告人側からの反対尋問も受けなければならないなど、被害者にとって自らの心情を自由に

吐露できる場所とは言い難かった。こうした状況が、﹁第二次被害者化﹂や﹁第三次被害者化﹂へとつながっていくことは容易に想像できる。そこで、二〇〇〇年の犯罪被害者保護二法の制定に際して、被害者感情や被告人に対する処罰

感情を公判において陳述する制度が新たに導入されたのであった。

  同制度に基づき意見陳述を希望する場合、被害者は、あらかじめ検察官に申し出なければならない。検察官は意見を

付してその旨を裁判所に通知し、これを受けた裁判所が審理の状況その他の状況を考慮して、意見陳述が相当でないと認めるとき以外は、被害者は意見陳述をすることができる。裁判所は、意見陳述の内容を、単なる意見として斟酌する

だけでなく、量刑上の資料の一つとすることができる。

  ⑵  意見陳述の導入をめぐる論争   意見陳述制度は、犯罪被害者保護二法の中でも、他の制度とは性質が異なり、

被害者が刑事手続に直接関与するものであった。このため、法制審議会での立案段階から、その導入の是非をめぐって論争が繰り広げられた。具体的には、①刑事手続の基本構造を揺るがすのではないか、②被害者に二次被害を与えるの

ではないか、③量刑が重罰化するのではないかといった導入慎重論者からの問題提起を受けて、導入積極論者との間で、以下のような激しい議論が戦わされた。

  第一に、被害者の法的地位との関係から、意見陳述は刑事手続の基本構造を揺るがす危険があるとして、以下のような指摘がなされた。①﹁意見陳述権については、刑事手続における被害者の法的地位如何という問題を投げかけ、その結 果、刑事訴訟の基本構造に関わる

基本構造を揺るがす

ものではないか、という問題も生んでいる

で訴本構造との関係でみると、訟の当事者とは検察官と被告人と基訟原訴疑問は無罪推定訴や則因す事刑制る脚立に度 ﹂。な的質本﹁② 53

あって、犯罪被害者は証拠方法として証人たる地位において登場することはありえても、まさに被害者として主体的に

  (九八六)

参照

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   ︵大阪讐學會雑誌第十五巻第七號︶

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