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(1)

決定後の政治 : EU指令の国内法化をめぐる研究の 発展と課題

著者 根來 友我

雑誌名 同志社法學

巻 64

号 5

ページ 1561‑1613

発行年 2012‑11‑30

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014086

(2)

(    同志社法学 六四巻五号六一

― ― E U 指 令 の 国 内 法 化 を め ぐ る 研 究 の 発 展 と 課 題 ― ―

根    來    友   

 一  二  三    ⑴    ⑵  四    ⑴    ⑵  五 

一五六一

(3)

(    同志社法学 六四巻五号六二

   ⑴    ⑵    ⑶ 

は じ め に

 石炭と鉄鋼の共同管理を目的として開始された欧州統合プロジェクトは、広範な政策分野において規制権限を有するEU(

E ur op ea n U nio n

)へと発展した。一九八〇年代中頃以降、年間約二〇〇〇件から三〇〇〇件のEU法

)1

が採択されており、現時点(二〇一二年六月)での合計採択数は一一二一四〇件 2

にもなる。そのうち、すでに失効しているものを除けば、九一九二件の規則(

R eg ula tio n

)、一二一二六件の決定(

D ec isi on

)、一八九四件の指令(

D ire ct iv e

)がアキ・コミュノテール(EU法の総体系)の一部を構成しており、加盟国レベルでの立法に占める割合でも徐々にその存在感を増している 3

。 EUレベルでの立法活動の活性化を受けて、EU研究の主要な関心は、閣僚理事会と欧州議会を中心とする政策決定過程に向けられてきた。しかしながら、EUの意思決定をめぐる政治は、閣僚理事会と欧州議会の合意を経て法案が採択されることで完了するわけではない。指令の場合、その法的効果を発揮するには、加盟国政府による国内法化の作業が必要とされるからである。さらに、そこでは各国ごとに異なる国内政治を反映したさまざまな要因が影響する結果、しばしば加盟国の間で国内法化のパフォーマンス(迅速さや正確さなど)に違いが生じる。その意味で、国内法化をめ 一五六二

(4)

(    同志社法学 六四巻五号六三 ぐる政治とは、EUレベルでの﹁決定をめぐる政治(

D ec isi on al P oli tic s

)﹂を国内政治へ橋渡しする﹁決定後の政治(

P os t-D ec isi on al P oli tic s

4

﹂と称することができよう。 実際に、新たな統合アジェンダに基づいて数多くの指令が形成されるに伴い、﹁国内法化の不足(

T ra ns po sit io n

D efi cit

)﹂問題 5

が指摘されてきた。加盟国政府が指令を国内法へ転換する際にみられる作業の非効率性、遅延及び失敗は、市場統合の分野など統合が最も進展した分野においても深刻な問題として認識されてきたのである 6

。 国内法化をめぐる研究は、そうした﹁国内法化の不足﹂問題を受けて一九八〇年代中頃に登場し、指令の履行研究(

Im ple m en ta tio n St ud ie s

)として発展してきた。ただし、国内法化の作業は指令をめぐる重要な政治過程であるにもかかわらず、初期の研究では法学及び行政学の分析が主流であった。そうした研究では、EUレベルで形成された指令について、加盟国レベルで行われる国内法化の過程よりも、結果として成立した国内法の内容に関心が払われていた。 近年、国内法化研究の関心は、指令と国内法の内容を比較分析するものから、国内法化の実施率やタイミングそして正確さに関して、加盟国の間で違いが生じるメカニズムを解明する分析へとシフトしつつある。その背景には、﹁欧州統合の進展に伴う加盟国政治の変容﹂(欧州化:

E ur op ea niz at io n

E ur op ea nis at io n

7

に関する研究の発展がある。欧州化研究により、EUの法制度が加盟国へ及ぼす影響に必ずしも収斂がみられないこと、さらには国内法化のパフォーマンスも加盟国ごとに大きく異なることが明らかにされてきたのである。同時に、現在、政治学を専門とする多くの研究者は、国内法化のパフォーマンスに違いを生み出す国内政治構造を特定し理論化するために、国内法化の﹁結果﹂だけでなくその﹁過程﹂も分析に取り入れようと試みている。そこでは、加盟国ごとに異なる政治制度の配置(拒否権プレーヤーや拒否点など)、国内政治アクターの行為戦略、政治文化や国内規範といった要因が、各国の国内法化のパフォーマンスにどのように影響を及ぼすのかについて検討が進められている。

一五六三

(5)

(    同志社法学 六四巻五号六四

 しかしながら、そうした国内政治構造を重視する国内法化研究は比較的最近になって本格的に行われるようになったため、それぞれの研究の間で分析対象や手法などにまとまりがなく多種多様なものがある。その結果、現在までの研究では、事例選択や分析枠組が研究者の関心に大きく左右されるため、個々に提示される理論の説明可能な範囲は比較的小規模なものに留まっている。 また、日本における欧州統合研究では一部の例外

)8

を除いて、国内法化過程の分析に十分な関心が払われてきたとはいえない。そこで、本稿では、現在まで蓄積されてきた国内法化研究に関する一定の見取り図を提供することにしたい。そのために、まず、指令の法的性格と国内法化の概念について概観する。次いで、国内法化研究が対象としてきた﹁国内法化の不足﹂問題について検討し、国内法化研究の登場の経緯とその後の発展を踏まえた上で、現在の国内法化研究が抱える問題点と今後の研究発展に必要とされる課題について考察する。

一  国 内 法 化 と は

 欧州統合は法による統合(

la w -in te ns iv e in te gr at io n

9

と称されるように、欧州司法裁判所(以下、ECJ)により提示された直接効果原則(

dir ec t e ffe ct

)と国内法に対する優位性原則(

su pr em ac y

)により、EUの法は加盟国すべてを直接的に拘束する法的効果を有している ₁₀

。しかしながら、日々生み出される指令は、加盟国政府によって国内法化されることでその法的効果を発揮する。指令に示された政策内容が加盟国レベルで執行(

en fo rc em en t

)され、加盟国内の諸アクターに適用(

ap pli ca tio n

)されるためには、加盟国政府による国内法化(

tr an sp os iti on

)の作業が不可欠なのである ₁₁

。そこで、まず、指令を他の主要なEU法(規則及び決定)と対比することで、その独特な法的性格について 一五六四

(6)

(    同志社法学 六四巻五号六五 簡単に整理する。そのうえで、国内法化の概念について検討することにしよう(図1もあわせて参照されたい)。 法的行為の対象及びその目的に沿って、EUは異なる立法措置を取ることができる(TFEU第二八八条)。規則は、すべての加盟国において直接適用され、すべてのものを法的に拘束する。他方で、決定は適用対象として明示された特定の加盟国や企業、個人を直接的に拘束する。このように、規則及び決定は、EUレベルにおいて採択されると同時に、国内法に優位し、国内政治アクターを直接的に拘束するため、国内法への置換作業(国内法化)を必要としない。 それに対して、指令は、達成されるべき結果とその達成期限についてのみ加盟国を拘束するが、そうした結果を達成するための方式や手段の選択は加盟国政府に委ねられる。換言すれば、加盟国政府は、指令の国内法化に際して、法の形式や立法手続きをそれぞれの国内制度や政治文化に沿って選択できるのである。このように、加盟国政府による国内法への置換作業が必要とされるという意味で、指令は通常の国際法と基本的な性格を共有している。 その一方で、通常の国際法とは異なり、国内での指令の履行状況は、欧州委員会によって監督されている(TEU第 図1:EU 法の政策過程

EU法の形式

EUレベル 加盟国レベル

政策形成 履行

国内法化 執行 適用

EU指令

法案の形成

意思決定   +利益集団政府+議会 政府+裁判所 (企業など)政府+社会

EU規則及び 決定

執行・適用

加盟国政府欧州委員会

欧州委員会による監督と執行

※ Treib2008,p.6の Figure1に加筆修正して作成。

法案の形成 政府+社会

一五六五

(7)

(    同志社法学 六四巻五号六六

一七条)。欧州委員会は、国内法化の遅延や失敗についてECJに判断を求めることができ(TFEU第二五八条)、最終的に加盟国に対して罰則を適用することができる(TFEU第二六〇条)。ただし、EUには加盟国政府に対してそうした罰則を強制するような機構は存在しない。したがって、指令の法的性格は、国際法以上国内法未満の拘束力及び執行力を備えたものと表現できる。 以上のような特徴ゆえに、指令をめぐる政策過程はEUレベル(政策形成)と加盟国レベル(履行)に分離する。ただし、実際の政策形成過程はしばしば﹁二層ゲーム(

tw o- le ve l g am e

₁₂

﹂の様相を呈する。すなわち、閣僚理事会での決定に際して、加盟国政府は指令の履行の実施可能性を高めるべく、欧州委員会だけでなく指令の履行作業を担う地方政府・利益団体・企業といった国内のさまざまなアクターとも交渉を繰り返すのである ₁₃

。その後、指令の政策過程は加盟国レベルへ移行し、各国の国内政治を反映した﹁決定後の政治﹂が履行過程の主要な特徴となる ₁₄

。 指令をめぐる履行過程のなかでも、国内法化はEU政治と加盟国政治の結節点として、指令の履行の成否を決する重要な﹁政治﹂過程である。ここで﹁政治﹂的であるとは、国内法化の過程が単に﹁技術的な﹂側面のみに帰することができないことを意味する。 たしかに、国内法化には、しばしば指令内容の解釈が問題となるなど、﹁技術的な﹂側面がある。たとえば、欧州委員会は、さまざまな政策分野で指令の成立を目指す一方で、加盟国の間での多数決ではなくコンセンサスによる決定を重視する傾向がある ₁₅

。その結果、指令の内容は、すべての加盟国に受け入れられるように抽象的な表現になりやすい。加盟国政府はそうした曖昧な表現を独自に解釈して国内法化の作業を行うため、指令の内容について加盟国ごとに異なる解釈を生み出す可能性がある ₁₆

。 しかしながら、国内法化の過程にはそうした技術的な側面以外にもさまざまな政治過程が存在する。それらは、国内 一五六六

(8)

(    同志社法学 六四巻五号六七 政治制度やアクター間の利害対立といった政治的な要因を構成要素とし、加盟国政府による国内法化のパフォーマンスに影響を与える(各国の国内法化のパフォーマンスに影響を与える国内政治要因については後述する)。 国内法化の政治的側面に関する分析は、加盟国レベルにおけるEUの政策や制度の有効性や信頼性を明らかにするうえで重要である。欧州統合の基本理念として﹁多様性の中の統一(

un ity in d iv er sit y

)﹂を掲げるEUは、政治制度や文化の多様性を認める一方で、一体性を維持するために加盟国間での共同行動を促進しなければならない。また、深化と拡大を続けるEUは、既存の加盟国と新たな加盟国の間で政策の調和化に向けた迅速な対応が求められる。そもそもEU加盟の基準として、加盟(候補)国はEUの法制度を履行するための国内政治制度を整備しなければならない(コペンハーゲン基準)。にもかかわらず、加盟国政府による指令の国内法化に関して、その非効率性や遅延または失敗を意味する﹁国内法化の不足﹂が問題とされてきたのである。 それでは、﹁国内法化の不足﹂とはいったいどのような問題であり、またどのように測定されるのであろうか。次節では、国内法化研究において中心的課題とされる﹁国内法化の不足﹂問題を概観することにしよう。

二  ﹁ 国 内 法 化 の 不 足 ﹂ 問 題

 欧州統合の進展に伴って加盟国政府の多くの権限がEUへ委譲されたことで、一九八〇年代から指令の成立件数は増加の一途をたどってきた。たとえば、単一欧州議定書の締結により、単一市場の形成を目指して三〇〇件ものEU法が成立したが、それらの大半は指令の形式によるものであった ₁₇

。しかしながら、EUレベルで立法活動が顕著になるにつれて、指令に対する加盟国政府のコンプライアンスは必ずしも十分ではないことが明らかになった。特に、﹁国内法化

一五六七

(9)

(    同志社法学 六四巻五号六八

の不足﹂と呼ばれる国内法化作業の遅延や失敗の状況が継続すれば、EUの正統性や効率性を低下させる恐れがあるとされている ₁₈

。 研究者の間では、一九八〇年代中頃から﹁国内法化の不足﹂問題に関心が払われてきた(主要な国内法化研究については、参考資料2を参照のこと)。その一方で、欧州委員会が積極的に問題の解決に取り組み始めたのは一九九〇年代後半のことであった。具体的には、欧州委員会からの提案に基づいて、二〇〇一年のストックホルム欧州理事会では国内法化の遅延や失敗をEU平均で一・五%にまで低下させること ₁₉

、さらに、二〇〇七年にブリュッセルで開催された欧州理事会では、その割合を一%以下に改善することが目指された。また、二〇〇二年のバルセロナ欧州理事会では、指令に明記された国内法化の期限を二年過ぎて作業が完了していない割合を〇%にすることが目標とされた ₂₀

。このことは、期限までに国内法化の作業を完遂できない加盟国は、期限後二年以内にその解決に向けた対応を行わなければならないことを意味している。 欧州委員会は、国内法化の実施状況をモニタリングしており、年次報告書(

A nn ua l R ep or t o n M on ito rin g th e

A pp lic at io n o f C om m un ity L aw

₂₁

)と年二回のペースで加盟国政府の告知(

no tifi ca tio n

)に基づく域内市場スコアボード(

In te rn al M ar ke t S co re bo ar d

₂₂

)を作成している。ある試算によれば、一九九一年時点での国内法化率(期限内の国内法化)は平均六五%であった一方で、すべての加盟国で国内法化が完了した指令の数はわずか二四件であった ₂₃

。二〇〇八年から二〇一〇年にかけて、指令の国内法化の遅延率はEU平均で約〇・九%と大幅に改善されていたが、二〇一〇年末以降は一・二%と再び漸増傾向にある(図2参照。なお、各国ごとの詳細なデータについては参考資料1を参照のこと)。 ただし、国内法化作業が期限通りに実施されない指令は加盟国ごとに異なっているため、一カ国でも国内法化が完了 一五六八

(10)

(    同志社法学 六四巻五号六九 していない指令の割合はそうした遅延率に関する数値よりも実際には大きくなる。すべての加盟国の間で定められた期限内に国内法化の作業が完了されなければ、指令は、結果的に、加盟国間で異なる原則や基準を併存させ、規制水準の﹁断片化(

fra gm en ta tio n

)﹂をもたらす危険性がある。図3では、欧州委員会が公開しているデータをもとに、一九九七年以降の断片化の推移状況を表している。すべての加盟国で国内法化作業が完了していない指令の割合は、一九九〇年代に二〇%前後と高い割合で推移し、二〇〇〇年代に入ると一〇%前後と徐々に改善傾向にあったが、東方への拡大の時期には再び二七%と高い割合の断片化が記録された。二〇〇六年以降、断片化率は五%前後を推移している。具体的な件数でみれば、二〇一〇年における国内法化の遅延率はEU平均で〇・九%と改善傾向にあったが、断片化の割合は全体の五%を占めており、一カ国でも国内法化作業の完了していない指令の数は実に一〇〇件近くにもなっていた。また、東方拡大以降の新規加盟国においては、国内法化の義務が一時的に留保されている指令も存在するため、現実の断片化状況はさらに高い割合で推移しているものと考えられる。 以上のように、﹁国内法化の不足﹂状況を表す際には、国内法化のタイミングが一つの指標として用いられる。それは、指令ごとに設定される期限と実際に加盟国政府が国内法化の作業を完了するまでに要した時間との差で計算される ₂₄

。ただし、国内法化の実施率に関するデータは、﹁国内法化の不足﹂問題の概要を把握する上では有益であるが、国内法化の正確さを判断するための指標とはならない。加盟国政府による迅速な国内法化は必ずしも指令の内容を正確に反映したものとは限らないからである ₂₅

。 そこで、国内法化の正確さを分析する際には、別の指標として違反(

in fri ng em en t

)件数が用いられる。先述のように、欧州委員会は、加盟国政府に対して国内法化の遅延や失敗の是正を促す管理者(

gu ar dia n

)としての役割を担っており、その手段として三段階の違反手続きを用いることができる(TFEU二五八条)。

一五六九

(11)

(    同志社法学 六四巻五号七〇 6.3

3.6 3

2 2.1 2.3

3.6

1.2 1.2 1 0.7 0.9

3.9

1.6

0 1 2 3 4 5 6 7

1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

図2:国内法化の遅延率(1997〜2010年)

※国内法化の遅延率は、すべての指令のうち、国内法化の期限を超過して も欧州委員会に作業の完了が告知されていない割合を表している。

出典:SingleMarketScoreboad,No.1-No.23(1997-2011)から作成。

※断片化率は、すべての指令のうち、一カ国でも国内法化作業の完了して いない指令の割合を表している。

出典:SingleMarketScoreboad,No.1-No.23(1997-2011)から作成。

27

13 13

10 9

27

7 8

6 5 5

15

9 10

0 5 10 15 20 25 30

1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

%

図3:断片化率(1997〜2010年)

一五七〇

(12)

(    同志社法学 六四巻五号七一  まず、欧州委員会は、国内法化に関する問題について所見を提出するよう加盟国政府に﹁公式警告文書(

L et te r o f F or m al N ot ic e

)﹂を送付する。加盟国政府からの十分な回答が得られない場合、第二段階として﹁理由書付き意見書(

R ea so ne d O pin io n

)﹂が送付される。その目的は、加盟国政府に対して欧州委員会の見解を提示し、与えられた期限内に国内法化を実施するための具体的な行動指針を決定させることにある。 公式の違反手続きの開始から第二段階の手続きまでに、欧州委員会と加盟国政府の間で行われる非公式の交渉で問題の解決が試みられることになる。多くの場合、そうした非公式の交渉により国内法化に関する問題は解決されるが、時折﹁ECJへ付託(

R ef er ra l t o th e co ur t

)﹂され、訴訟手続きへと発展することがある。もっともECJが判決を出す前に、加盟国政府が何らかの是正措置を講じることが多いため、訴訟手続きが開始され加盟国政府に対して実際に罰則が適用されるケースは非常にまれである。 表1は、二〇〇六年から二〇一〇年までの毎年で、EU二七カ国に対して適用された違反手続きの件数を示している。それぞれの年で増減はみられるが、﹁公式警告文書﹂は各国平均で五〇件前後が、また、﹁理由付き意見書﹂は各国平均で二〇件前後が提出されている。これら二つの段階と比較すれば、実際にECJへ付託される件数は各国平均で六件前後とかなり少ないことがわかる。また、加盟国の間でそれぞれの違反手続きの件数を比較すれば、次のような傾向が指摘できる。 まず、他の加盟国と比較して、イタリア、ギリシャ、ポルトガル、スペインではすべての違反手続きの件数が多い。このため、国内法化研究では、しばしば南欧諸国が取り上げられ、いわゆる﹁南欧問題(

so ut he rn p ro ble m

)﹂の存否をめぐって数多くの分析が行われてきた ₂₆

。また、﹁理由付き意見書﹂及び﹁ECJへの付託﹂の件数について、第五次拡大期の新規加盟国(ポーランドを除く)と比較すれば、旧加盟国(デンマークを除く一四カ国)の方が多いことがわ

一五七一

(13)

(    同志社法学 六四巻五号七二 表1:違反手続き件数

公式警告文書 理由書付き意見書 ECJ への付託

2006 2007 2008 2009 2010 2006 2007 2008 2009 2010 2006 2007 2008 2009 2010 原加盟国

フランス 84 78 58 50 44 41 20 21 24 22 7 12 15 7 8 ドイツ 56 58 53 42 29 35 18 19 18 19 10 15 10 5 7 イタリア 128 101 78 80 72 65 34 30 31 27 25 24 17 10 5 ベルギー 67 50 79 48 50 37 13 31 22 29 10 10 17 14 11 オランダ 49 43 38 28 28 17 11 17 12 19 6 8 4 5 5 ルクセンブルグ 64 52 43 41 44 40 24 25 15 18 27 20 15 5 8 第一次拡大

イギリス 55 73 62 53 51 27 17 21 29 19 5 2 14 4 1 アイルランド 45 49 48 46 38 19 13 15 11 12 8 11 11 6 4 デンマーク 38 34 38 22 19 10 5 5 14 7 0 0 0 0 1 第二次拡大

ギリシャ 92 75 74 70 82 63 29 35 35 32 24 25 19 11 11 第三次拡大

ポルトガル 89 80 68 52 52 54 34 32 27 25 12 22 14 17 10 スペイン 59 61 68 52 65 44 28 38 19 28 18 21 21 12 9 第四次拡大

オーストリア 90 60 49 43 40 25 20 17 12 22 12 8 10 7 10 フィンランド 47 67 52 33 58 24 9 14 14 11 7 2 5 1 2 スウェーデン 50 58 30 30 25 20 15 14 12 17 4 11 6 1 4 第五次拡大

キプロス 54 52 57 35 53 20 10 12 13 16 0 1 2 3 1 チェコ 64 61 63 45 45 18 17 30 16 22 4 6 7 4 2 エストニア 47 49 32 28 28 12 12 21 11 10 2 0 2 5 7 ハンガリー 54 60 53 46 65 18 9 14 9 15 0 2 3 1 3 ラトビア 50 51 33 27 27 12 8 11 12 5 0 0 0 0 0 リトアニア 39 35 29 24 17 10 5 9 6 5 0 1 1 0 0 マルタ 77 69 39 29 25 18 25 17 7 6 3 3 6 3 0 ポーランド 75 66 61 53 53 21 28 32 25 42 3 7 10 10 9 スロバキア 37 47 38 32 25 17 6 9 14 9 2 1 0 2 2 スロベニア 47 58 34 25 38 14 6 11 3 13 0 1 1 0 3 ブルガリア NA 80 38 38 40 NA 2 6 5 10 NA 0 0 0 0 ルーマニア NA 195 37 29 61 NA 5 9 8 10 NA 0 0 1 0 合計 1638 1097 1361 1097 1168 890 423 512 419 488 189 211 209 134 120

※出典:European Commission.(2010),28th annual report on monitoring the application of EU lawCOM(2011588),StatisticalAnnexes Ⅰ to Ⅲ(SEC 2011)1094-VolumeⅠ,p.14,Table2.1.に修正を加えて作成。

一五七二

(14)

(    同志社法学 六四巻五号七三 かる ₂₇

。たしかに、EU法を正確に履行するために必要な国内制度の整備をEU加盟の条件の一つとして課される新規加盟国は、指令の正確な国内法化を通じて、国内制度の充実性をアピールしようとする誘因が働くことは想像に難くない。それでも、旧加盟国の中でも特に原加盟国において、より多くの違反手続きが適用されているという事実は注目される。 以上のように、﹁国内法化の不足﹂問題の規模を把握するために、国内法化のタイミング及び違反手続きの件数という指標を通して簡単な測定を試みた。ここで用いた二つの指標から国内法化の失敗に関して異なる組み合わせが導出される。表2に整理したように、﹁国内法化の不足﹂問題とは、第二象限(国内法化のタイミング及び正確さのいずれの条件も満たす)以外に分類された国内法化の失敗が原因となって引き起こされる。言い換えれば、﹁国内法化の不足﹂問題の原因となる国内法化の失敗について、少なくとも三つのパターンが存在することを念頭に置く必要がある。まず、単純に国内法化の作業が(大幅に)遅れるというパターン(第一象限)である。そこでは、国内法化作業の遅延のメカニズムが検討課題となる。その一方で、国内法化作業が期限通りに行われた場合であっても、その正確さが問題となるパターン(第三象限)もある。さらに、国内法化の期限が守られないばかりか、後に作業が完了したとしても正確さを欠いたものになるケース(第四象限)も考えられよう。後者のパターンでは、国内法化の遅延のメカニズムに加えて、その精度を規定する要因についての分析が必要となるだろう。

表2:さまざまな国内法化

国内法化のタイミング

○ ×

国内法化の正確さ

○ 期限通りで、なおかつ 正確な国内法化

正確ではあるが、期限を 超過した国内法化

× 期限内ではあるが、正 確ではない国内法化

期限が守られず、さらに、

正確さを欠いた国内法化

※筆者作成

一五七三

(15)

(    同志社法学 六四巻五号七四

 次章では、国内法化研究の発展について検討するが、既存研究のほとんどは、﹁国内法化の不足﹂問題について、先述した国内法化の失敗に関する三つのパターンのうち、いずれかの視点から分析を行っている。

三  国 内 法 化 を め ぐ る 研 究 の 発 展

 一九八〇年代中頃から﹁国内法化の不足﹂問題が指摘されるようになった。そのことをきっかけに、EU指令の履行研究の関心が国内法化の過程に集中している。そこで、本章及び次章では、指令の履行研究を﹁三つの波(

w av e

₂₈

﹂として整理することで、国内法化に関する研究の発展とその特徴について明らかにする(参考資料2も参照のこと)。

 ⑴ 第一の波:折衷モデル 履行研究の第一の波では、初期研究にありがちな一種の混乱状況がみられた。まず、欧州統合の超国家的側面を強調する連邦主義や新機能主義 ₂₉

あるいは加盟国主権の維持または強化の側面を強調する(リベラル)政府間主義 ₃₀

といった初期の欧州統合理論に基づく研究では、閣僚理事会と欧州議会を中心とする決定過程の分析が主流となっていた。実際に、EUレベルで形成された法や政策が加盟国レベルで実施される過程について本格的な分析を行ったハインリッヒ・ジーデントッフ(

H ein ric h Sie de nt op f

)とジャック・ジラー(

Ja cq ue s Z ille r

)の研究 ₃₁

が登場するまで、加盟国の国内政治に対する関心は必ずしも高くなかった。 他方で、一九八〇年代頃から、アメリカやドイツといった連邦制国家における連邦・州政府間の政策履行に関する研究の欧州統合研究への応用が試みられ始めた ₃₂

。ただし、この時期の研究では、多種多様な説明変数を組み合わせて分析 一五七四

(16)

(    同志社法学 六四巻五号七五 が行われたため、理論的な分析枠組の構築が進展しなかった。たとえば、履行の成否を左右する要因として、リスト・ランピネン(

R ist o L am pin en

)とペトリ・ウージクラ(

P et ri U us ik ylä

)は国内の政治制度やコーポラティズム、さらにEUに対する国民の支持や政治文化の果たす役割を強調していた ₃₃

。また、クリストフ・デムク(

C hr ist op h

D em m ke

)は国内法化の技術的または財政的な問題に注目している ₃₄

。他にも、指令内容の複雑性や曖昧性を指摘するもの ₃₅

や、加盟国ごとに異なる法体系や行政組織構造の特徴を強調するもの ₃₆

など多種多様な説明がなされた。これらの初期研究は法学や行政学の研究者によるもので、政治的な側面よりも技術的または手続き的な側面を強調したものがほとんどであった。 このように、初期研究はいずれも事例分析をベースとしたものであり、それらは次のような異なる分析アプローチに基づいていた。すなわち、履行過程をヒエラルヒー的な構造とみなすトップダウン・アプローチ(

to p- do w n ap pr oa ch

)では、政策の意図や目的はEUレベルで明確化されると考える。それに対して、ボトムアップ・アプローチ(

bo tto m -u p ap pr oa ch

)では、実際の政策内容は履行過程に関与するアクターが日々の問題解決に用いる戦略(

ev er yd ay p ro ble m -s olv in g st ra te gie s

)によって具体化されると想定する。ただし、これらのアプローチは政策の形成過程に関して相反する前提に基づいているが、常に相互に対立的な関係にあるとは考えられておらず、トップダウンとボトムアップの視点を組み合わせた第三のアプローチも考えられる ₃₇

 ⑵ 第二の波:適合度モデル 初期研究における理論的な分析枠組の不在に対する見直しは、一九九〇年代後半から、加盟国政治の欧州化をめぐる研究において開始された。具体的には、指令が加盟国に及ぼす影響を分析するために、EUと加盟国の間の政策や制度

一五七五

(17)

(    同志社法学 六四巻五号七六

の整合性に注目する﹁適合度(

go od ne ss o f fi t

)モデル ₃₈

﹂が生み出されたのである。 適合度モデルは次のような仮説に基づいている。EUレベルと加盟国レベルの政策内容の﹁ずれ(

ga p

)﹂は、加盟国政府が国内法化を進める際の﹁適応圧力(

ad ap ta tio na l p re ss ur e

)﹂を規定する。すなわち、指令と国内の政策や制度の間の適合度が高ければ、適応圧力は低く、加盟国政府はスムーズに国内法化を進めることができる ₃₉

。対照的に、それらの間の適合度が低ければ、高い適応圧力が発生するため、加盟国政府は困難な国内法化を強いられる。指令と加盟国制度の﹁ずれ﹂から国内政治アクターの国内法化に対する行動を説明するという点で、適合度モデルはトップダウンの側面に注目した分析アプローチといえる。第二の波では、以上のような適合度モデルを中心として、簡潔な理論的枠組に基づく国内法化研究が目指された。 適合度モデルを用いた先駆的研究として、フランチェスコ・ツイナ(

F ra nc es co D uin a

)は、フランス、イタリア、イギリスによる一九七五年男女同一賃金指令の国内法化の事例とイギリス、イタリア、スペインによる一九八〇年空気汚染指令の国内法化の事例について分析を行った ₄₀

。そのなかで、それらの指令と各国の国内制度(利益集団の組織化と政策遺産)の適合度が、国内法化の成否に影響したと指摘されている ₄₁

。 その後、多くの研究者が、社会政策や環境政策分野の指令を取り上げて、適合度モデルに基づく分析を行った。しかしながら、ほとんどの研究では予想に反する結果となった。適合度モデルによる分析では、加盟国ごとに異なる国内法化のパフォーマンスを十分に説明できず、実証面でその弱さが露呈したのである。 たとえば、四件の環境指令の基準とイギリス及びドイツの国内基準を分析したクリストフ・ニル(

C hr ist op h K nil l

)とアンドレア・レンショウ(

A nd re a L en sh ow

)の研究では、八件の事例のうち適合度モデルにより説明できたのはわずかに三件のみであった ₄₂

。さらに、ゲルダ・フォークナー(

G er da F alk ne r

)らの研究でも、適合度モデルで説明でき 一五七六

(18)

(    同志社法学 六四巻五号七七 た事例は全体の二二%(九〇件の事例のうち一九件)に過ぎなかった ₄₃

。同種の研究は枚挙にいとまがないが、それらの研究の多くが、指令と加盟国の政策や制度の適合度は各国の国内法化のパフォーマンスとほとんど関係がなかったことを示している ₄₄

。 適合度モデルが実際の国内法化のパフォーマンスをうまく説明できなかった背景には、国内政治アクターの行動と政策選好に関する偏った前提があった。指令の国内法化に際して、政権を担う政党のイデオロギーに関係なく加盟国政府は常に現状の国内政策や制度の維持(

st at us q uo

)を試みる ₄₅

と想定されていたのである。そこには、制度の粘着性(

st ic kin es s

)や経路依存(

pa th -d ep en de nc y

)といった特徴を指摘する初期の歴史的制度論(

his to ric al in st itu tio na lis m

)の影響が見て取れる ₄₆

。 だが、国内政治アクターが常に現状維持を求めると仮定することはできない ₄₇

。実際の政治においては、自ら望む政策の実現のために、さまざまな指令の国内法化を通じて既存の政策や制度の改変を試みる加盟国政府や各種利益団体の行動がしばしば観察される。適合度モデルでは、政策や制度など静的な側面を重視するあまり、そうした国内政治アクターの政策選好や戦略といった動的な側面が見落とされていたのである。

四  国 内 政 治 と し て の 国 内 法 化 研 究

 適合度モデルに基づく分析がうまくいかなかったことから、国内法化の分析に﹁国内政治を復活させる(

br in gin g do m es tic p oli tic s b ac k in

)﹂ ₄₈

ことが、第三の波における研究のテーマとされた。ただし、このことは単なる折衷モデルへの回帰を意味するわけではない。初期研究と第三の波との最大の違いは、分析における理論や方法論に対する関心の

一五七七

(19)

(    同志社法学 六四巻五号七八

高さにある。さまざまな研究成果を結びつける背景には、国内法化のパフォーマンスを左右する条件についてより完全な理解を得るために、理論的視点と実証的視点を広げようとする意図が込められているのである ₄₉

。 さらに、第二の波で欧州化研究と合流したことにより多くの政治学研究者が参加したことで、履行研究の分析対象はより厳密に分類されることになった。履行の法的な(

le ga l

)側面(国内法化)と実践的な(

pr ac tic al

)側面(執行及び適用)が明確に区別されたのである ₅₀

。その結果、国内法化研究は、履行研究と最終的な目的を共有しつつも、﹁国内法化の不足﹂問題の発生メカニズムの解明を目指す研究分野として認識されるようになった。こうした動きは、EUレベルで決定された指令が加盟国レベルへ自動的にダウンロードされると考えられてきた従来の認識に対する挑戦でもあった。 それでは、EUレベルでの決定後、加盟国政府が指令の国内法化を能動的に進める(あるいは進められない)場合、どのような国内政治の力学が関係しているのであろうか。現在の研究の潮流を踏まえつつ検討してみることにしよう。 近年の国内法化研究では新制度論(

ne o- in st itu tio na lis m

)に基づく分析アプローチが主流となっている。マリア・コウルズ(

M ar ia G re en C ow le s

)、ジェームズ・カポラソ(

Ja m es C ap or as o

)、トーマス・リッセ(

T ho m as R iss e

)は、EU政治が加盟国政治に及ぼす影響をめぐる近年の研究には、合理的選択制度論(

ra tio na l c ho ic e in st itu tio na lis m

)及び社会学的制度論(

so cio lo gic al in st itu tio na lis m

)の影響がみられると指摘する ₅₁

。両者の議論は必ずしも相互に排他的ではないが、国内政治アクターの行動に影響を与える媒介要因(

m ed ia tin g fa ct or s

)の特徴やその影響のメカニズムについて異なる側面から議論が展開されている。ただし、いずれのアプローチでも、適合度モデルが分析のスタート地点として用いられているが、もはや前提条件(あるいは十分条件)とはみなされていない。それどころかエレン・マステンブローク(

E lle n M as te nb ro ek

)やマイケル・カディング(

M ic ha el K ae din g

)のように、適合度モデルそのものが余 一五七八

(20)

(    同志社法学 六四巻五号七九 分な(

re du nd an t

)説明であり、必要条件ですらないといった主張もある ₅₂

 ⑴ 第三の波:合理的選択制度論(合理主義アプローチ) 合理的選択制度論では、国内政治アクターが参加する意思決定ゲームにおいて、国内での特定の制度配置がゲームのルールを形成すると考える。それらの制度は、国内のある政治アクターには権限や機会といった影響力資源を与える一方で、他のアクターには自身の行動を妨げる足枷となる ₅₃

。その結果、そうした影響力資源を有効に活用できる国内政治アクターの行動が、国内法化のパフォーマンスに影響を及ぼすと想定される。 包装廃棄物指令の国内法化について分析したマルクス・ハファラント(

M ar ku s H av er la nd

)は、適合度モデルでは説明できない事例の存在を指摘している。すなわち、国内制度との適合度が低いにもかかわらず、イギリスでは迅速に正確な国内法化が行われたのに対して、イギリスに比べて適合的な国内制度を有していたドイツでは国内法化の作業が大幅に遅れたのである。このように、イギリスとドイツで国内法化のタイミングに違いが生じた背景には、両国で異なる制度的な拒否点(

ve to p oin t

)の存在が大きく影響したとされる ₅₄

。つまり、中央レベルで国内法化の作業が集権的に行われるイギリスとは異なり、州政府(

lä nd

)の代表で構成される連邦参議院(

B un de sr at

)もまた立法権限を有するドイツでは、各州政府の間での意見調整が必要とされる。その結果、若干の調整で対応できたにもかかわらず、州政府間のコンセンサス形成に手間取ったために、ドイツ連邦政府は国内法化を迅速に進めることができなかったのである。 オリヴァー・トライプ(

O liv er T re ib

)やアドリエンヌ・エリティア(

A dr ie nn e H ér iti er

)らは、さらに、国内法化の過程において、政府が明確な拒否権を有する加盟国では、政権を担う政党の政策選好(

po lic y pr ef er en ce

)が重要であると主張する。すなわち、EUの改革の方向性が政権政党の政策選好と一致しない場合、政府は国内法化の作業を遅

一五七九

(21)

(    同志社法学 六四巻五号八〇

らせたり阻止したりする。その一方で、それらが適合的であれば、政府は積極的に政策転換を受け入れる傾向があるとされる ₅₅

。ミッチェル・スミス(

M itc he ll P. Sm ith

)はまた、国内で反発が予想される改革を進める際に、加盟国政府は指令の国内法化や履行の必要を口実に改革の責任をEUへ転嫁することも考えられると指摘する ₅₆

。その例としては、イギリスのサッチャー(

M ar ga re t T ha tc he r

)保守党政権が、一九七〇年代に成立した男女平等指令の国内法化を口実に、女性労働者や若年労働者の労働時間規制の撤廃を強行したことを挙げることができよう ₅₇

。 国内法化のパフォーマンスに影響を与えるのは加盟国レベルの政府や政党だけではない。ターニャ・ベルツェル(

T an ja

A . B ör ze l

)の﹁プッシュ・プル(

pu sh a nd p ull

)﹂モデル ₅₈

では、適応圧力の高い指令にも関わらず、加盟国政府が国内法化を進める理由を次のように説明する。すなわち、国内法化に消極的な加盟国政府は、ECJによる違反判決(プッシュ)と各種利益団体による動員戦略(プル)の結果、意にそぐわない指令であっても国内法化を強いられることがある。利益団体の活動が欧州委員会に違反手続きの実施を促すことで、加盟国政府による指令の国内法化を後押しするのである。逆に、利益団体の存在が国内法化にブレーキ作用をもたらすこともある。したがって、国内外に存在するさまざまな利益団体は、EUの改革によって予想される結果次第で、支持者連合にも反対者連合にもなり得るとみることができるのである ₅₉

。 国内法化の過程には、政策(指令)ごとに特有のモデル(

po lic y- sp ec ifi c m od el

₆₀

が存在するという指摘もある。オランダにおけるタバコ製品指令と動物取引指令の国内法化を分析したベルナード・スタイネンバーグ(

B er na rd St eu ne nb er g

)は、国内法化のための意思決定が行われる場所(議会、省庁、その他の機関)や拒否権プレーヤー(

ve to pla ye r

)としての役割を果たす国内政治アクターの構成がケースによって異なることに注目している。そして、拒否権プレーヤーの政策選好に関する空間的分布の違いが、国内法化に対する政府の戦略を決定づけると主張する ₆₁

一五八〇

(22)

(    同志社法学 六四巻五号八一  スタイネンバーグのモデルでは、国内法化に際して、拒否権プレーヤーはできるだけ自身の政策選好に近くなるように指令内容の解釈を試みると想定される。ただし、そうした解釈は、欧州委員会による違反手続きの対象とならない範囲(dminからdmax)で追求される ₆₂

。まず、図4のように、国内法化作業に関与する拒否権プレーヤー(V1、V2)の政策選好が当該指令内容(d)を中心として二極に等しく分かれた位置にある場合、指令に明記された内容通りに国内法化が実施される(

lit er al in te rp re ta tio n of D ire ct iv e

)。いずれか一方の拒否権プレーヤーが自身の政策選好により近い解釈を行おうとすれば、もう一方の拒否権プレーヤーがそれに反対するからである。 他方で、拒否権プレーヤーの政策選好の位置に偏りがある場合、指令内容から逸脱した解釈で国内法化が進められる(

no n- lit er al in te rp re ta tio n of D ire ct iv e

)。図5では、それぞれの拒否権プレーヤーの政策選好が指令内容に対して右側に位置している。このことは、両者の間に指令内容の解釈について一定の了解が存在することを意味しており、両者にとって受け入れ可能な政策案(dから1(d))が模索される。その結果、それぞれの拒否権プレーヤーは欧州委員会が許容する内容(dからdmax)で政策案を模索するため、実現可能な政策はdからdmaxの範囲で採択される。 ここで、仮にV1が最初の法案提出(議題設定 ₆₃

)を行うと想定すれば、V2はその法案を受容するか拒否するかのいずれかしか選択できない一方で、V1は自身の政策選好に基づいた選択が可能となる。その結果、国内法化の態様はV1の政策選好次第で異なったものとなる。V1が指令内容に近い穏健な政策選好を有する場合(図5A)、その提案に基づく新たな解釈(S=V1)が採択される。逆に、V1が指令内容から大きく逸脱した急進的な政策選好を有する場合(図5B)、その政策選好は実現可能な政策の範囲から逸脱しているため、あくまで欧州委員会が許容する解釈(S=dmax)が採択される ₆₄

。 簡略化してまとめれば、国内法化に際して、国内政治アクターの政策選好に相当な違いがみられる場合(図4のケー

一五八一

(23)

(    同志社法学 六四巻五号八二 dmin

欧州委員会が許容する逸脱解釈の範囲 Vi=各拒否権プレーヤーの政策選好の位置

d =指令に明記された政策内容の位置

dmin-dmax=政策内容の逸脱解釈に関して欧州委員会が許容する範囲

V1 V2

dmax d

図4:二極に分かれた拒否権プレーヤー

出典:Steunenberg2007,p.29figure1.

図5:変更を求める拒否権プレーヤー

欧州委員会が許容する逸脱解釈の範囲

共同で採択可能な政策提案の範囲(ウィンセット)

実現可能な政策の範囲

実現可能な政策の範囲 Vi=各拒否権プレーヤーの政策選好の位置 d =指令に明記された政策内容の位置

dmin-dmax=政策内容の逸脱解釈に関して欧州委員会が許容する範囲 S=採択される解釈(政策)

V1 V2

V2 V1

dmin

(A)議題設定者(V1)が穏健な政策選好を有する場合

(B)議題設定者(V1)が急進的な政策選好を有する場合

dmax 1(d) 2(d) S

d

dmin dmaxS 2(d) 1(d)

d

出典:Steunenberg2007,p.31figure2.

一五八二

(24)

(    同志社法学 六四巻五号八三 ス)には、指令の内容通りに国内法化が進められる一方で、国内政治アクターの政策選好の間に一定の共通性がみられる場合(図5のケース)には、指令内容を解釈することで新たな政策案が模索されるのである。 このように、合理的選択制度論では、個々の国内政治アクターの影響力は加盟国や政策分野ごとに異なる制度配置の﹁帰結(

co ns eq ue nc e

)﹂とみなされている ₆₅

。そして、国内法化の過程において、そうした影響力を行使できる国内政治アクターの政策選好が国内法化のパフォーマンスに関係することを明らかにしている。

 ⑵ 第三の波:社会学的制度論(構成主義アプローチ) 合理的選択制度論に対して、社会学的制度論では、国内で支配的な規範(

no rm

)や信念(

be lie f

)の体系(社会規範)が、国内政治アクターの行動を規定するだけでなく、各アクターのアイデンティティを構成すると考える ₆₆

。その意味で、社会学的制度論によれば、さまざまなアクター間の相互作用の中で理解される﹁意思決定ゲーム﹂のルールもまた、そうした社会規範により具体化されたものにほかならない。そうした考え方の中心には﹁適切性(

ap pr op ria te ne ss

)の論理﹂がある。そこでは、ある一定の社会的状況において、アクターの中に﹁適切な﹂行動が埋め込まれている(

em be dd ed

)とされる ₆₇

。たとえば、あるアクターが支配的な信念体系に対して無意識に従っている場合、そのアクターは慣習に沿って行動していることを意味する。そして、そうした慣習は、日常レベルですべての国内アクターに﹁当然のこと﹂と解されることで、社会規範として内面化されるのである。 同様に、国内法化もまた、EUレベルで形成された指令の内容が国内の規範や通念と照らし合わされることで、﹁適切さ﹂の評価が行われる過程にほかならない。つまり、国内法化のパフォーマンスは、指令の内容が国内の諸アクターにとって﹁適切﹂であると判断されるかどうかにかかっているのである。ただし、短期的には国内の社会規範と不適合

一五八三

(25)

(    同志社法学 六四巻五号八四

を示す指令であっても、長期的に国内法化が行われる事例はしばしば観察されており、EUレベルの規範の中には、比較的長い時間をかけて国内アクターの間で内面化されるケースがあると考えられている ₆₈

。 社会学的制度論では、国内の諸アクターが自らの社会規範を指令の内容に沿って漸進的に順応させていく過程として、社会的学習(

so cia l le ar nin g

)の重要性が強調される。ベルツェルとリッセによれば、社会的学習とは、既存の規範や政策を嫌う変革者(

ch an ge a ge nt s

)や規範起業家(

no rm e nt re pr en eu rs

)が、それらの改変を目指して他のアクターと議論(

ar gu in g

)し、説得(

pe rs ua sio n

)を試みる過程にほかならない ₆₉

。規範に関する議論の中で、国内のさまざまなアクターを社会的学習の過程に関与させ、各々の利害関心やアイデンティティの見直しが行われる。そこでは、各国の政治アクターは常に一定の政策選好に基づいて行動するとは限らず、EUの諸機関や他の加盟国と関係を持つことで、自らの政策選好を変化させることがあるという点が強調されているのである ₇₀

。 もっとも、国内法化の過程における国内政治アクターの行動について、社会的学習の分析からなんらかの予測を得ることは容易ではない。社会的学習の効果は国内政治アクターによる行動の変化として観察されるが、社会的学習に伴う行動の変化のみをそれ以外の影響とは別個に抽出して分析することは極めて困難な作業が求められよう。それでも、社会的学習が効果的に機能する条件や、国内政治アクターの政策選好が変化するタイミングをめぐってさまざまな議論が行われている。 たとえば、閣僚理事会における各委員会レベルでの議論を通して、各国の政治アクターの政策選好が変化することを明らかにしたジェフリー・チェッケル(

Je ffr y T. C he ck el

)は、次のような条件のもとでの説得がアクターの心変わりに結びつきやすいと指摘する。すなわち、⑴不確かな状況下で、⑵説得される者が説得者の言葉に根強い反感を持たず、⑶説得者が説得される者と同じグループの中で権威を持っており、⑷説得者が尋問や叱責をせず、⑸両者の話合いが秘 一五八四

参照

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記)辻朗「不貞慰謝料請求事件をめぐる裁判例の軌跡」判夕一○四一号二九頁(二○○○年)において、この判決の評価として、「いまだ破棄差

 TABLE I~Iv, Fig.2,3に今回検討した試料についての

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