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契約上の地位の移転と相殺の抗弁 : 地位の移転に ともなう不利益に関する一考察

著者 山岡 航

雑誌名 同志社法學

巻 67

号 1

ページ 157‑301

発行年 2015‑05‑30

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015455

(2)

   同志社法学 六七巻一号一五七一五七

︱︱地位の移転にともなう不利益に関する一考察︱︱

             

第一章  問題の所在   契約上の地位の移転とは、契約当事者としての地位を合意によって第三者に移転させることをいう

)1

。契約関係を終了させることなく、契約当事者の一方を交代させる制度である。

  しかし、契約当事者が交代すると、他方の契約当事者が不利益を被ることがある。このことは、契約上の地位の移転には、契約関係について離脱・加入する者だけではなく、契約関係に残留する者の関与も必要であることが異論なく承認されていることに現れている。しかし、従来の議論の中心はこの関与の要否であった 2

。これに対し、契約関係に残留する者にどのような不利益が生じるかについては、必ずしも十分な検討がされてきていない 3

(3)

   同志社法学 六七巻一号一五八一五八

  従来の議論では、契約上の地位の移転にともなう免責的債務引受の発生 4

や契約相手の変更自体 5

に、この不利益が認められてきた。ここでは、契約上の地位の移転のうちの債務者の変更の側面、あるいは個々の債権・債務の主体にとどまらない﹁契約当事者﹂の変更に着目して不利益が検討されている。他方、契約上の地位の移転には債権者の変更も含まれているにもかかわらず、この側面における不利益にはあまり関心が向けられていない。しかし、債権者の変更も、変更される債権者の債務者に対して不利益を与える場合がある。たとえば、債務者が、旧債権者に対して抗弁を有していたところ、債権者の変更によりその抗弁を喪失する場合、債務者にはまさに不利益が生じることになる(民法四六八条参照) 6

  債権者の変更の場面におけるこのような不利益としては、従来、債権譲渡がされた場合における債務者の相殺の抗弁に特に関心が向けられてきた。いわゆる﹁債権譲渡と相殺﹂の問題である。ここでは、一口に言えば、相殺の可否に利害関係をもつ債務者と新債権者との間の利害調整の問題として検討がなされている。このような利害調整の問題は、債権譲渡に限られず、契約上の地位の移転においても生じうる。すなわち、契約上の地位の移転をとおして移転した債権に対する相殺の可否について、契約関係に残留する者と、契約関係に加入した者との間での利害対立が存在しうるのである 7

  また、この利益調整の場面では、確かに債務者に相殺に対する期待が認められ、その期待は債務者の関与なく害されるべきではない。しかし、その期待を無制限に保護することは、新債権者に不測の不利益を被らせることを意味する。とりわけ債務者による相殺は、債務者が旧債権者に対する債権をもって新債権者に対抗するものであるために、新債権者にとってはいわば﹁外部からの奇襲﹂であるともいえる。このように、債権者の変更の場面における相殺の可否は、利益調整の面からみると、債務者と新債権者との両方について自己の意図しない不利益が問題になるという性格が強い。

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   同志社法学 六七巻一号一五九一五九 この性格から導かれるのは利益調整の困難さであり、この困難さが、相殺の可否を特段の問題とさせていたということもできよう。これらのことによれば、契約上の地位の移転においても、契約関係に残留する者による相殺の抗弁の対抗の可否を検討することには意義が認められると考えられる。

  以上のことをふまえ、本稿では、契約関係に残留する者に契約上の地位の移転にともなって生じる不利益の一つとして、この者による相殺

)8

の可否を検討する。ここで、問題を明確にしておこう。たとえば、Bと契約関係にあるAが、Cとの間で、自己の契約当事者としての地位をCに移転させたとする。このとき、Bが、Aに対して債権を有していた場合に、Cが契約上の地位の移転をとおして取得したBに対する債権との間で相殺をすることができるかが、本稿で検討する問題である。Bは、契約上の地位の移転がなければAとの間で相殺をすることができたのであり、相殺に対して少なくとも事実的には期待を有していた。したがって、この場面で相殺が認められないことは、Bにとっての不利益を意味す 9

₁₀

  相殺を含む、契約関係に残留する者の抗弁は、これまでに、一般論として議論の対象とされたことがほとんどない。もっとも、各所でこれに対してなされているわずかな言及をあえて観察すると、債権譲渡の議論を単純に転用しようという傾向が︱︱きわめて不鮮明ながら︱︱現れてくるように思われる ₁₁

。しかし、契約上の地位の移転と債権譲渡とにおける抗弁関係は、比較対象としては格別、とりわけ後者を前者へ単純に転用することができるものではない。したがって、契約上の地位の移転の問題としての検討がされなければならない。

  なお、このような検討は、契約上の地位の移転にともなう結果を明らかにするものであり、効果論に位置づけられる。しかし、この検討は、要件論に対しても、次のとおり少なからず影響を与える。

  現在までになされてきた要件論の中心は、不利益を被ることが予想される、契約関係に残留する者の関与の要否であ

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   同志社法学 六七巻一号一六〇一六〇

る。しかし、この者に不利益が生じないのであれば、その関与は必要ではなくなる。また、抗弁の対抗を認めるなどによって不利益が回避されれば、関与の必要性は否定されよう。本稿で検討する相殺のみについていえば、相殺が認められる限りで、﹁相殺に関する不利益﹂は生じない。すなわち、この限りで、不利益を理由とする関与の必要性は存在しなくなる。

  さらに、俯瞰的な見方をすれば、このような関与は、契約上の地位の移転だけではなく、同じく﹁債権関係における当事者の交代﹂である債権譲渡および債務引受においても意味を有することが明らかになる。そうすれば、当事者の交代を受ける者の交代に対する関与について、これが必要とされる理由や、その有無に応じた処理などの点に関し、これら三つの制度を横断的に考察することも必要となろう。これらの点が、当事者の交代を受ける者の不利益の検討によって明らかにされることは、今しがた述べたとおりである。

  ところで、債権譲渡などの、債権関係に対する第三者の介入場面においては、介入者に対する相殺の対抗を認める理由として、しばしば不利益からの保護があげられている ₁₂

。この要保護性は、介入を一方的に甘受せざるを得ないこと、すなわち関与の不存在に根拠づけられるものである。これに対し、少なくとも本稿の問題意識のもとでは、被介入者に不利益を与えないための関与が問題となるために、不利益の存否や内容は、関与の要否に論理的に先行する。したがって、不利益の検討にあたっては、関与の存在ないし不存在を根拠とすることはできない。本稿の問題に即していえば、契約関係に残留する者の不利益の存否を決定するにあたっては、契約上の地位の移転にこの者の関与が必要であるという一般的要件が捨象されたうえで、契約上の地位の移転によって客観的に生じる結果が、この者にとって不利益となるかどうかが検討されなければならないということになる。

  最後に、本稿での用語の使用法について述べておく。ここまでの叙述でもとりあげているように、本稿では、契約上

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   同志社法学 六七巻一号一六一一六一 の地位の移転に加え、債権譲渡についても検討を行う。そこで、まず契約上の地位の移転については、契約上の地位を移転させる者を﹁契約譲渡人﹂、契約上の地位の移転を受ける者を﹁契約譲受人﹂、契約譲渡人の従来の契約相手を﹁相手方﹂、移転する契約関係を﹁移転契約﹂と表記する。次に、債権譲渡については、債権を譲り渡す者を﹁債権譲渡人﹂、債権を譲り受ける者を﹁債権譲受人﹂、譲渡される債権の債務者を﹁債務者﹂と表記する。さらに相殺の場面については、相手方・債務者の契約譲渡人・債権譲渡人に対する債権(自働債権)を﹁反対債権﹂、契約譲受人・債権譲受人が契約上の地位の移転・債権譲渡をとおして取得する相手方・債務者に対する債権(受働債権)を﹁移転債権 ₁₃

﹂と表記する。

第二章  従来の議論   相手方が契約譲受人に対して主張する相殺は、契約譲受人からの請求に対する抗弁である。﹁債権譲渡と相殺﹂の問題も、債務者が債権譲渡人に対する抗弁を債権譲受人に対抗できるかという問題の一場面として議論されている。

  そこで、本章では、債権譲渡および契約上の地位の移転のそれぞれについて、債務者・相手方が債権譲渡人・契約譲渡人に対して有していた抗弁の帰趨、および債務者・相手方による相殺の問題に関する従来の議論を確認する。そのうえで、さらに検討を必要とする事項が存在するのであれば、それを示すこととしたい。

  第一章で述べたように、契約上の地位の移転における相手方の抗弁関係については、債権譲渡における債務者の抗弁関係をそのまま妥当させようとする傾向がみられる。そこで、本章では、債権譲渡、契約上の地位の移転の順に従来の議論をとりあげることとする。

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   同志社法学 六七巻一号一六二一六二

第一節  債権譲渡 第一款  抗弁一般   債権譲渡がなされると、移転債権の債権者が債権譲渡人から債権譲受人に変更される。他方、債務者は債権譲渡人に対し、移転債権について抗弁などを有していることがある。そこで、債務者が、債権譲渡人に対抗できた抗弁などの事由を、債権譲渡後に債権譲受人にも対抗できるかが問題になる。この問題について、民法では四六八条が規律をしている ₁₄

  民法四六八条二項によれば、債権譲渡人が債権譲渡の通知をしたにとどまる場合、債務者は、通知を受けるまでに債権譲渡人に対して生じた事由をもって債権譲受人に対抗することができる。このことの理由としては、いわゆる﹁移転債権の同一性維持﹂と、﹁債務者保護﹂との二つがあげられている ₁₅

。﹁移転債権の同一性維持﹂とは、債権譲渡の際、移転債権は債権譲渡人が有していたままの状態で債権譲受人に移転することをいう。そのため、移転債権に債務者の抗弁が付着していた場合、移転債権は債務者の抗弁を付着させたまま、債権譲受人のもとに移転するとされている。﹁債務者保護﹂とは、債務者の関与なしにすることができる債権譲渡によって、債務者の地位を債権譲渡前よりも不利なものにしてはならないことをいう。それゆえに、債権譲渡の時点において債務者に債権譲渡人に対抗できる事由が存在していた場合、その事由は債権譲渡によって消滅せず、債権譲受人に対抗できることになる。

  以上の点については異論がない。しかし、具体的な﹁事由﹂がどちらの理由にもとづいて維持されるのかといったような、具体的な﹁事由﹂とこれらの理由との関係については、ほとんど目が向けられていない。また、債務者はどのような﹁事由﹂を債権譲受人に対抗できるのかについて、具体例はあげられているものの ₁₆

、﹁事由﹂への該当性の一般的な基準が示されることはあまりない。これについて言及がされる場合でも、﹁移転債権に関する﹂﹁移転債権そのものに

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   同志社法学 六七巻一号一六三一六三 付着する﹂といった程度の簡単な基準が示されるにすぎない ₁₇

。この一般的基準と民法四六八条二項の二つの理由との関係も、同様にほとんど意識されていない。

第二款  相  殺   民法四六八条二項の﹁事由﹂に、反対債権と移転債権との相殺が含まれることは一般に認められている ₁₈

。同条の文言により、このときの債務者の相殺の相手方は債権譲受人である。本項目では、このことを前提に、債務者による相殺の債権譲受人への対抗が、前述した民法四六八条二項の理由のいずれによって認められているのかを確認する。

  1  判  例   判例では、大審院判決の中に、相殺の可否を明確に民法四六八条の問題とし、同条の趣旨をあげて判断を行うものがみられる。そこでは、移転債権の同一性維持に近い立場をとるもの ₁₉

と、債務者保護のみに言及するもの ₂₀

との両方が存在する。

  これに対し、最高裁判決では、問題の中心が自働債権と受働債権との弁済期到来の要否・先後 ₂₁

に移ったこともあってか、民法四六八条二項との関連において相殺を認める理由に明確に言及するものはみられない。もっとも、これらの判決が債務者に相殺を認めるにあたっては、債務者の相殺に対する期待および利益の保護が根拠とされている ₂₂

。ここでは、債務者の相殺に対する期待および利益と、債権譲受人の債権回収に対する期待および利益との比較衡量がなされている。この点からは、判例が、債務者に相殺を認めるにあたり、少なくとも債務者保護を根拠としているとみることができるともいえそうである。

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   同志社法学 六七巻一号一六四一六四

  これに対し、移転債権の同一性の維持に言及をした判決はみられない。このことが、移転債権の同一性の維持が、債務者に相殺を認める理由にはならないという趣旨であるのかどうかは、明らかでない。

  2  学  説   学説では、特に最高裁の判例とは異なり、債務者に相殺を認める理由と、民法四六八条二項との関係に明確に言及するものが存在する。このような主張は、少数ながら、有力な学者らによって唱えられているものである。これらの主張はいずれも、債務者に相殺を認める理由を債務者保護のみに求めているとみられる。主張の内容は、次のように大きく二つに分けることができる ₂₃

  一方は、債権譲受人の地位からの説明である。この説明は、債権譲受人は、債権譲渡によって移転債権の債権者の地位を承継するにすぎず、反対債権の債務者の地位は承継しないという理解に立脚する。そのうえで、相殺の当事者は互いに債権者かつ債務者でなければならないところ(民法五〇五条一項)、民法四六八条二項は、特に債務者保護の見地から五〇五条一項の例外を認めるものであるという説明がなされている ₂₄

。このほか、債権譲受人は、債務者が債権譲渡人に対して相殺をできるという関係までを承継するものではないと述べる見解もある ₂₅

  他方は、相殺の抗弁の移転債権に対する関係からの説明である。これによれば、相殺の抗弁は移転債権そのものに付着する事由ではないために、債務者による相殺の許容は、移転債権の承継から説明することはできないとされる ₂₆

。また、民法の相殺が、相殺適状があれば当然に発生するのではなく、相殺の意思表示があってはじめて発生するということにかんがみれば、移転債権に属性として相殺の負担が付着しているということはできないとする見解も主張されている ₂₇

  これらのうち、特に後者の見解によれば、債務者による相殺は、移転債権の同一性維持によって認められるものでは

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   同志社法学 六七巻一号一六五一六五 ないということになろう。

  しかし学説のほとんどは、相殺を認める理由について特段の検討をしていない ₂₈

。むしろ、学説の主たる関心は、相殺が民法四六八条二項の﹁事由﹂に含まれることを前提に、債権譲渡の通知までに相殺の要件がどの程度存在していればよいかに向けられている ₂₉

。ここでは、債務者による相殺の可否が、相殺の抗弁の対抗の可否というよりも、反対債権についての移転債権からの事実上の優先的回収の可否として捉えられている(いわゆる﹁債権譲渡と相殺﹂の問題)。

  もっとも、債務者に、反対債権について、移転債権からの事実上の優先的回収を認めることは、相殺の抗弁の債権譲受人への対抗を認めることにほかならない。したがって、それぞれを認める理由は、互いに重なり合うと考えられる。そうすれば、移転債権からの優先的回収を認める理由についての議論は、相殺の抗弁の債権譲受人への対抗を認める理由の検討に示唆を与える可能性がある。

  債務者に移転債権からの優先的回収を認める理由について、学説では、これを債務者の相殺に対する期待および利益と、債権譲受人の移転債権回収の期待および利益との比較衡量から導くのが一般的な傾向である。このような理由づけからは、相殺の抗弁の債権譲受人への対抗を認める理由への示唆を引き出すことは困難である。これに対し、少数ながら、移転債権からの優先的回収を認める理由を、理論的に根拠づけることを試みる見解も存在する。

  まず、相殺権という概念を通じてこのことを試みる見解がある ₃₀

。相殺権とは、現在または将来に相殺をすることができる地位であり、期待の地位であるとされる ₃₁

。この見解によれば、債務者に相殺権が認められる場合 ₃₂

、移転債権には相殺権という抗弁が付着し、移転債権は相殺権が付着したまま移転する。それにより、債務者は債権譲受人に対し、相殺を対抗することができる ₃₃

。このように理解すれば、債務者による相殺は、移転債権の同一性の対象に含まれるともいえそうである ₃₄

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   同志社法学 六七巻一号一六六一六六

  また近時、相殺による事実上の優先的回収を、法定の優先弁済権という概念を用いて根拠づける見解が主張されている ₃₅

。この見解によれば、この優先弁済権は、自働債権と受働債権との間の密接な関連性 ₃₆

にもとづいて、自働債権を被担保債権、受働債権を目的として成立する。このとき、債務者による相殺の債権譲受人への対抗は、担保権である優先弁済権の効力によって説明されることになる。そうすれば、債務者による相殺は、受働債権(移転債権)に対する担保権にもとづくものとして、担保権の対象であるという受働債権の同一性が維持されることによって、債権譲受人に対抗できると解することができようか ₃₇

第二節  契約上の地位の移転第一款  総  説   契約譲渡人と契約譲受人との間で契約当事者としての地位を移転させる合意がされ、相手方がそれに対して承諾をすると ₃₈

、契約譲渡人と相手方との間に存在していた契約関係が、その同一性を維持したままで、契約譲受人と相手方との間に移転する ₃₉

。その結果、移転契約にもとづく債権と債務が、付随的なものも含めて契約譲受人に移転する ₄₀

。移転する債権債務の範囲、特に既発生の債権債務が契約譲受人に移転するかについては、現在まで明確にはなっていない ₄₁

  契約関係が同一性を維持したまま契約譲受人に移転する結果、相手方は、契約譲渡人に対して有していた抗弁を契約譲受人にも対抗できる ₄₂

。債権譲渡とは異なり、相手方の保護の必要性への言及はみられない。具体的にどのような抗弁を対抗できるのかについては、相手方による相殺を含め、明らかにされていない。また、これ以上に詳細な検討は現在までにはなされていない。

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   同志社法学 六七巻一号一六七一六七 第二款  立法提案   一九九〇年代末ごろから本格化した債権法改正の機運 ₄₃

の中、学界において私的な改正提案が複数発表された。この中には、契約上の地位の移転について詳細な規定を設けることを提案するものがある ₄₄

。これらの提案には、契約上の地位の移転がされた場合における抗弁関係についての規定もみられる。しかし、これらのいずれの提案についても、詳細な説明はなされていない。以下では、各提案の概要を紹介した上で、簡単な検討を行うことにする。

  池田真朗は、相手方は契約譲受人に対し、移転契約から発生した、または発生するであろう抗弁を対抗できるが、契約譲渡人との他の関係から生じる抗弁については対抗できないとする提案を行っている ₄₅

。提案についての説明が省略されているため、提案の趣旨などは明らかではない。もっとも、抗弁が移転契約から生じたかどうかが基準とされていることからは、移転契約の同一性維持が提案の根拠とされていると理解できなくもない。

  続いて、野澤正充による提案は、契約譲受人は相手方に対し、契約譲渡人が主張できた事由をもって対抗できるとするものである ₄₆

。野澤はこの提案の理由として、契約当事者の地位が、その同一性を維持したまま契約譲受人に移転することをあげている ₄₇

。野澤の提案は契約譲受人による抗弁の主張のみを対象としており、相手方の抗弁には触れていない。しかし、提案の理由は、相手方からの抗弁の主張にも当てはまるといえる。したがって、相手方による抗弁の主張についても、契約譲受人と同様のことがいえると思われる。また、提案の理由からは、対抗が認められる抗弁は、契約当事者としての地位に由来するものに限られることになると考えられる。そうすれば、野澤の提案は、池田の提案と実質的に同旨であるとも評価できよう ₄₈

  最後に、民法改正研究会は、①契約譲受人・相手方は、それぞれ契約譲渡人が主張できた事由・契約譲渡人に対して主張できた事由をもって互いに対抗できる、②相殺については、自働債権と受働債権との両方が移転契約から発生した

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   同志社法学 六七巻一号一六八一六八

場合を除き、①の適用を否定するという提案をしている(番号は筆者が付した) ₄₉

。①は池田・野澤の両提案と同旨といえる。本稿との関係では、②が注目される。

  まず、自働債権と受働債権との両方が契約譲受人と相手方との間に存在していれば、両者は当然に相殺をすることができるため、①②の規律は問題にならない。したがって、提案が想定しているのは、両債権の一方が契約上の地位の移転後も契約譲渡人と相手方との間に存在し、他方が契約上の地位の移転によって契約譲受人と相手方との間に移転した場合であるといえる。そうすれば、②は、このような場合における契約譲受人・相手方による相殺の対抗を、両債権が移転契約から発生する場合に限って認めるものであるということができる。しかし、これが、両債権が移転契約から発生する場合に相殺を例外的に認める趣旨であるのか(原則として相殺不可)、両債権ともが移転契約から発生するのではない場合に相殺を例外的に排除する趣旨であるのかは(原則として相殺可)、明らかではな ₅₀

₅₁

第三節  小  括第一款  従来の議論の整理   債権譲渡における債務者の抗弁の帰趨は、民法四六八条によって規律される。民法四六八条二項によって債務者が債権譲受人に一定の﹁事由﹂を対抗できる理由は、移転債権の同一性維持と、債務者保護とであるとされている。これらの二つの理由は、それぞれ異なる考慮を内容としている。それにもかかわらず、具体的な﹁事由﹂が、二つの理由のうちのいずれにもとづいて債権譲受人に対抗できるのかは、ほとんど意識されていない。

  抗弁一般についてのこのような傾向は、相殺でも同様である。判例および多くの学説では、債務者による相殺の債権譲受人への対抗が、民法四六八条二項の二つの趣旨のいずれにもとづいて認められるのかについて、自覚的な議論はな

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   同志社法学 六七巻一号一六九一六九 されていない。これらの判例および学説では、債務者による相殺の可否が、相殺に対する期待などを考慮要素とする、債務者と債権譲受人との利益衡量から導き出されている。このことによれば、債務者による相殺が債務者保護を理由として認められているようにもみえる。しかし、そうであったとしても、同時に移転債権の同一性維持が理由から排除されるかどうかは、明らかではない。

  これに対し、学説の一部では、債務者による相殺を認める理由を明確に債務者保護であるとする見解が有力に主張されている。この見解は、債権譲受人は反対債権の債務者の地位は承継しないこと、および債務者による相殺は移転債権に付着する事由ないし負担とはいえないことから、債務者保護が相殺を認める理由になるとする。特に後者によれば、移転債権の同一性維持は、相殺を認める理由から排除されることになろう。

  他方、前述した学説の一般的な考察枠組みの中でなされている利益衡量を理論的に根拠づけようとする見解も主張されている。これらの見解が主張する﹁相殺権﹂や﹁法定の優先弁済権﹂という概念によれば、債務者による相殺を、移転債権の同一性の維持にもとづいて認めることができる可能性がある。しかし、これらの見解は、債務者による相殺と、民法四六八条二項の二つの趣旨との関係を明らかにすることを主眼とはしていない。加えて、債務者による相殺が認められる理由を債務者保護のみとする見解が有力に主張されていることにかんがみれば、移転債権の同一性維持を理由とすることには、慎重さが要求されよう。

  契約上の地位の移転については、そもそも議論が十分であるとはいえない。その議論によれば、契約関係ないし契約当事者としての地位の同一性が維持されるため、相手方は契約譲渡人に対して対抗できた事由を契約譲受人に対しても対抗できるとされている。債権譲渡とは異なり、相手方の保護には言及がされていない。

  契約上の地位の移転についてなされた立法提案も、ほとんど説明がされておらず、十分なものとはいえない。これら

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   同志社法学 六七巻一号一七〇一七〇

の提案は、契約関係ないし契約当事者としての地位の同一性が維持されることに依拠したものであるといえる。まず、この同一性の維持は、相手方が契約譲受人に抗弁を対抗できる理由とされている。さらに、同一性の維持が理由となることからは、相手方が契約譲受人に対抗できる抗弁が、移転契約から生じたものに限定されるということが導かれるのである。もっとも、これ以上のことは明らかではない。また、民法改正研究会の提案には、相殺に関して興味深い規定が含まれているものの、その趣旨は不明である。

第二款  若干の考察   1  検討課題   契約上の地位の移転における相手方の抗弁関係について、従来の議論では移転契約の同一性が維持されることが基準とされている。しかし、移転契約の同一性が維持されるということの意味は、必ずしも明確ではない。また、このことと、相殺を含む具体的な抗弁とがどのような関係に立つのかも、明らかではない。このように、移転契約の同一性の維持という基準では、相手方による相殺の契約譲受人への対抗が認められるかどうかを、明快に判断することはできない。相殺に言及する民法改正研究会の立法提案についても、(仮に前述した同提案の趣旨についての本稿の理解が正しいとすれば)特に自働債権と受働債権とが移転契約から生じたかどうかを基準とすることの意味および正当性が問われよう。このように、従来の議論は、本稿の検討する問題に答えることができるものとはいえない。

  そこで、契約上の地位の移転の外に目を向けると、局面を同じくする、債権譲渡における債務者の抗弁関係を参照することが考えられる。債権譲渡でも、契約上の地位の移転と同様に、移転対象の﹁同一性の維持﹂が基準とされていることにかんがみれば、債権譲渡を参照することにも意味があると思われる。たとえば、債権譲渡において債務者が債権

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   同志社法学 六七巻一号一七一一七一 譲受人に対抗できる抗弁は、その債権を含めて移転させる契約上の地位の移転でも、同様に相手方によって契約譲受人に対抗できると考えられる可能性がある。

  しかし、債権譲渡の議論を参照するにあたっては、看過できない問題が存在する。債権譲渡では、前述のように、債務者の抗弁の債権譲受人への対抗を認める理由が、移転債権の同一性維持と債務者保護との二つ存在していた。相殺を含む具体的な抗弁が、これらの理由のいずれによって債権譲受人へ対抗できるのかは、明らかにされていない。もっとも、このことは債権譲渡では問題にならない。債権譲渡では、これらの二つの理由が常に存在しており、抗弁の対抗がどちらの理由によって認められようとも、結論に差が生じないからである。

  ところが、契約上の地位の移転については、同様にいうことができない。前述したように、契約上の地位の移転における相手方の抗弁関係については、相手方の保護の必要性への言及はされていない。この理由は、必ずしも明らかではないものの、あえていうならば契約上の地位の移転には相手方の承諾が必要であることに存在するように思われる。債権譲渡では債務者の関与なしに譲渡がされうることが、債務者の要保護性を根拠づける。これに対し、契約上の地位の移転は相手方の承諾なしにはできないため、債権譲渡における債務者と同様の要保護性が、相手方には認められないとも解されるのである ₅₂

。そうすれば、債権譲渡において債務者保護を理由として債権譲受人への対抗が認められる抗弁は、契約上の地位の移転においては契約譲受人への対抗が認められないとも考えられる。

  もっとも、このように債務者および相手方の保護の必要性の有無から抗弁の対抗の可否を決する枠組みは、本稿の検討方針と相容れない。相手方の保護の必要性の有無は、相手方の関与の要否と直結する。それゆえに、このような枠組みは、契約上の地位の移転に相手方の関与が必要であるということを捨象して不利益の分析を行う本稿の検討方針に反するからである。

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   同志社法学 六七巻一号一七二一七二

  そうすると、本稿の検討方針からは、客観的な基準である、移転債権の同一性維持の観点からの考察が有用であるということができる。債権譲渡において、移転債権の同一性維持を理由として債権譲受人への抗弁の対抗が認められる場合、債権の移転を含む契約上の地位の移転についても同様のことがいえるのであれば、その抗弁は、客観的に契約譲受人に対抗できる。この場合、相手方には、その抗弁についての不利益は存在しない。これに対し、債権譲渡において、移転債権の同一性維持によっては債権譲受人への抗弁の対抗が認められない場合、契約上の地位の移転においては、その抗弁は客観的に契約譲受人に対抗できない。このとき、債権譲渡において債務者保護を理由として債権譲受人への対抗が認められるとしても、それは、債務者の関与の有無と関連した特別の理由によるものにすぎない。したがって、この場合、相手方には、その抗弁について客観的に不利益が存在することになる。

  これらのことによれば、本稿で検討する問題に関しては、債権譲渡において、債務者による相殺の債権譲受人への対抗が、移転債権の同一性維持と債務者保護とのいずれの理由によって認められるかが、決定的な意味を有するといえる。この問題については、一方で、債務者保護を理由とする有力な見解が主張されている。他方では、移転債権の同一性維持を理由とすることに結びつくとも考えられる見解も存在した。それゆえに、検討の余地が存在するといえるだろう。

  以上によれば、検討課題は、次のようになる。   第一に、移転契約の同一性維持という基準の内容を明らかにすることである。   第二に、債務者による相殺の債権譲受人への対抗を認める理由が、移転債権の同一性維持と債務者保護とのいずれであるかを明らかにすることである。

(18)

   同志社法学 六七巻一号一七三一七三   2  比較法の対象   第三章では、以上の検討課題に関する示唆を求め、ドイツ法を参照する。これは、ドイツ法は、契約上の地位の移転について歴史的に議論を先導してきており、議論の蓄積を豊富に擁していることを理由とする ₅₃

。また、ドイツ法でも日本法と同じく、契約上の地位の移転は債権譲渡(および債務引受)を前提として検討されている。このことによれば、債権譲渡についても、あわせてドイツ法を参照すべきことになろう。

  もっとも、ドイツ法の債権譲渡制度は、債務者および第三者への債権譲渡の対抗力に関して、日本法のような対抗要件主義を採用していない ₅₄

。そうすると、少なくとも債権譲渡については、フランス法など、日本法と同様に対抗要件主義を採用する法の方が比較対象としては適切であるともいえる ₅₅

  しかし、本稿のように相手方の承諾すなわち関与を捨象して客観的に不利益の分析を行う場合、債権譲渡における債務者の関与の問題であるともいえる対抗制度についての相違は、問題にならないと考えられる。また、本稿の検討対象である、いわゆる﹁債権譲渡と相殺﹂の問題、より一般的にいえば、譲渡された債権の債務者が有する抗弁の債権譲受人への対抗の可否の問題に関する基本的な考え方は、日本法とドイツ法とで異ならない。これらの点によれば、債権譲渡についてもドイツ法を比較対象とすることに障害は存在しないといえる。

  なお、相殺について、ドイツ法における法定相殺の制度は、日本法における法定相殺の制度と構造をほとんど同じくしている ₅₆

。したがって、相殺の観点からも、ドイツ法を参照することに問題はないことを付言しておく。

(19)

   同志社法学 六七巻一号一七四一七四

第三章  ドイツ法 第一節  従来の議論の概観

  契約上の地位の移転における相手方の相殺の可否、および﹁債権譲渡と相殺﹂の問題の基本的構造は、日本法とドイツ法とで異ならない。したがって、まずは日本法と同様に、債権譲渡および契約上の地位の移転のそれぞれについて、債務者・相手方が債権譲渡人・契約譲渡人に対して有していた抗弁の帰趨、および債務者・相手方による相殺の問題に関する議論を確認する。なお、日本法の叙述の順序に関して第二章冒頭で述べたことは、ドイツ法にも妥当する。そこで本章でも、債権譲渡、契約上の地位の移転の順で従来の議論をとりあげる。

第一款  債権譲渡   1  総  説   ドイツでも、債権譲渡は債権譲渡人と債権譲受人のみによってすることができる(BGB三九八条)。債務者の関与は必要ない ₅₇

。債権譲渡がされると、移転債権はその同一性を維持したまま、債権譲受人に移転する ₅₈

。これらの点は、日本民法と同様である。

  これに対し、日本民法とは異なり、BGBでは債務者による相殺について、抗弁 ₅₉

関係一般とは別に独立の規定が設けられている ₆₀

。以下では、抗弁関係一般に関するBGB四〇四条、債務者による相殺に関するBGB四〇六条の順で、両条についての議論を概観する。

(20)

   同志社法学 六七巻一号一七五一七五   2  BGB四〇四条   BGB四〇四条 ₆₁

によれば、債務者は、債権譲渡の時点で債権譲渡人に対して有していた抗弁を、債権譲受人に対抗することができる。このことの理由は、移転債権の同一性の維持と債務者の保護とであるとされている ₆₂

。また、後述するBGB四〇六条とは異なり、BGB四〇四条の適用にあたっては、債務者が債権譲渡を知っているかどうかは問題にならない。債権譲渡の対抗についての立場の違いに起因する基準時点の違いを除けば ₆₃

、BGB四〇四条は内容、理由ともに日本民法四六八条二項と同様の規定であるといってよい。

  BGB四〇四条によって債務者が債権譲受人に対抗できる抗弁は、債務者と債権譲渡人との間に存在する、移転債権の基礎にある法律関係にもとづくものに限られる ₆₄

。これ以外の、債務者と債権譲渡人との間の法律関係にもとづく抗弁を債権譲受人に対抗することはできない。債務者が債権譲受人に対抗できる抗弁としては、契約不履行の抗弁(BGB三二〇条)、不安の抗弁(BGB三二一条)、移転債権が債権譲渡前に消滅していることなどがあげられている。債務者が債権譲受人に対抗できない抗弁としては、権利濫用の抗弁(BGB二四二条)があげられている ₆₅

。後述するBGB四〇六条の存在からも明らかなように、債務者による相殺はBGB四〇四条の適用対象ではない ₆₆

  3  BGB四〇六条   BGB四〇六条 ₆₇

によれば、債務者は、一定の場合を除いて、移転債権と債権譲渡人に対する反対債権との相殺を債権譲受人に対抗することができる。同条の理解には議論があるものの、もっとも有力と思われる見解によれば、同条は二つの観点からの債務者保護にもとづくとされている ₆₈

。一方は、債務者の関与なしにすることができる債権譲渡によって、債務者の地位を債権譲渡前よりも不利なものにしてはならないという債務者保護である(以下﹁存続保護﹂という)。

(21)

   同志社法学 六七巻一号一七六一七六

これは、BGB四〇四条の債務者保護と同じである。他方は、債務者の、移転債権と反対債権とを債権譲渡人との間で(将来)相殺できるという正当な信頼の保護である(以下﹁信頼保護﹂という) ₆₉

。これに対し、移転債権の同一性の維持は、BGB四〇六条の理由とはされていない。

  存続保護と信頼保護とは、債務者の保護としては共通する。しかし、その内容は必ずしも同じではない ₇₀

。存続保護は、移転債権と反対債権とについて相殺適状が債権譲渡前にすでに発生していたものの、債権譲渡までに相殺がされず、債権譲渡後に債権譲渡を知って相殺がされる場合を前提としている ₇₁

。この場合、債権譲渡がされたことによって、移転債権と反対債権との間の相互対立性(

G eg en se iti gk eit

)が消滅し、債務者は相殺をすることができなくなる(BGB三八七条参照)。存続保護は、債権譲渡前の、相殺をすることができた債務者の地位が、債権譲渡によって害されることを防ぐ。このとき、債務者が債権譲渡を知っているかどうかは、相殺の可否を左右しない。

  これに対し、信頼保護は、債権譲渡がされたことを知らないために ₇₂

、移転債権と反対債権とを債権譲渡人との間で(将来)相殺できると正当に信頼した債務者を対象とする。それゆえに、保護の基準となる時点も、存続保護の債権譲渡時点とは異なり、債務者が債権譲渡を知った時点となる。また、相殺に対する債務者の信頼は、正当なものでなければ保護されない。信頼の正当性については、BGB四〇六条但書が規律している ₇₃

。但書によって債務者の信頼が正当ではないと評価されれば、債務者は債権譲渡がなければ債権譲渡人との間で将来に相殺をできていた可能性を有していたにもかかわらず、債権譲渡のためにその相殺をすることができなくなる。これらの、保護の基準時点および但書による制限にかんがみて、信頼保護は債務者と債権譲受人との利益衡量の結果であり、存続保護とは異なるものであるとされている ₇₄

  もっとも、存続保護と信頼保護とのいずれも、根本的には債権譲渡が債務者の関与なしに行われうることを根拠とす

(22)

   同志社法学 六七巻一号一七七一七七 るものである。それゆえに、両保護の相違は必ずしも明確ではないようにも思われる。

第二款  契約上の地位の移転   1  総  説   ドイツ法においても、契約上の地位の移転を契約譲渡人と契約譲受人との合意によって行う場合、これに対する相手方の承諾が必要であるとされている ₇₅

。相手方の承諾は、契約譲渡人と契約譲受人との合意の前後いずれにされてもよい ₇₆

。相手方の承諾が必要とされる理由としては、契約相手の選択の自由があげられるのが一般的である ₇₇

。もっとも、契約上の地位の移転によって免責的債務引受が発生することをあげる見解もある ₇₈

  契約上の地位の移転がされると、契約譲渡人と相手方との間の契約関係が、その同一性を維持したまま、契約譲受人と相手方との間に移転する ₇₉

。詳細な効果については、BGBの債権譲渡および債務引受の規定が類推適用・準用される ₈₀

。既発生の債権債務など、移転する債権債務の範囲は、地位移転契約の当事者が決定することができる ₈₁

  2  抗弁一般   契約上の地位の移転がされた場合における相手方の抗弁関係一般については、基本的にBGB四〇四条との関係の観点から議論がされている。結論からいえば、BGB四〇四条の類推適用や準用により、相手方が移転契約と関係する抗弁を契約譲受人に対抗できるということでは、学説はほぼ一致している ₈₂

。これは、契約上の地位の移転の前後で、移転契約の同一性が維持されることによる ₈₃

。このことから、相手方が契約譲受人に対抗できる抗弁は、移転契約と関係する抗弁に限定される。相手方は、相手方と契約譲渡人との間の別の法律関係にもとづく抗弁や、契約譲渡人の人格にもと

(23)

   同志社法学 六七巻一号一七八一七八

づく抗弁を契約譲受人に対抗することはできない ₈₄

。対抗できる抗弁としては、契約をすでに履行したことや契約不履行の抗弁(BGB三二〇条)が、対抗できない抗弁としては、不安の抗弁(BGB三二一条)、権利濫用の抗弁(BGB二四二条)があげられている ₈₅

。抗弁の範囲が限定される理由は、契約上の地位の移転の目的と相手方の承諾との二点に求められている。前者は、契約上の地位の移転に承諾した相手方が、移転契約に関係する抗弁以外の抗弁を契約譲受人に対抗することは、契約関係全体を移転させるという、契約上の地位の移転の目的に反することをいう ₈₆

。後者は、契約上の地位の移転に対する相手方の承諾は、移転契約とは関係しない抗弁の放棄を含むと解されることをいう ₈₇

。もっとも後者については、相手方が抗弁の消滅に同意しない限り、契約上の地位の移転に対する承諾に抗弁の放棄を読み込むことはできないとして、反論する見解も少なくない ₈₈

  以上の支配的ともいえる見解は、まず抗弁一般について対抗の可否を決定し、それを前提に対抗できる抗弁の範囲を限定するものである。これに対し、具体的な抗弁の類型ごとに対抗の可否を判断する見解が、クリムケによって主張されている ₈₉

  クリムケはまず、抗弁を移転契約にもとづくものと、そうでないもの ₉₀

とに分類する。クリムケは移転契約にもとづく抗弁をさらに分類し、そのうちの、移転する個々の債権に関係する抗弁については、BGB四〇四条を準用し、相手方による契約譲受人への対抗を認めている。これは、この抗弁に関する債権の同一性が維持されること、およびBGB四〇四条の債務者保護が相手方にも妥当することにもとづく ₉₁

。この類型の抗弁としては、債務をすでに履行したこと、契約上の地位の移転の前に移転契約を取り消したことなどがあげられている ₉₂

(24)

   同志社法学 六七巻一号一七九一七九   3  相  殺   相殺についても、抗弁一般と同様に、債権譲渡に関する規定であるBGB四〇六条との関係の観点から議論がされている。抗弁一般とは異なり、相殺に関する学説は多岐に分かれている。なお、これらの学説では、相手方が、移転契約とは別の原因にもとづいて取得した契約譲渡人に対する反対債権をもって、契約譲受人が取得した移転債権と相殺をしようとする場合が念頭に置かれているものと思われる ₉₃

  BGB四〇六条の類推適用・準用を否定し、相手方による相殺を否定する見解は、前提として、同条を債務者の関与なしにされうる債権譲渡による不利益から債務者を保護する規定であると理解する。そのうえでこの見解は、契約上の地位の移転には相手方の関与が必要であること、相手方による相殺を認めることは契約上の地位の移転の目的に反する ₉₄

とともに、契約譲受人と比べて相手方の一方的な優遇になること ₉₅

を理由に、相手方による相殺を否定している ₉₆

  これに対し、相手方による相殺を認める見解は、次のように主張する。ネルは、相殺適状が発生した時点と契約上の地位が移転された時点との前後で異なる理解をしている。相殺適状が契約上の地位の移転の前にすでに発生していた場合には、相殺の溯及効(BGB三八九条)により、相手方の相殺が認められている。契約上の地位の移転の際に相殺適状が発生していない場合には、BGB四〇六条が援用されるという。ネルは、この場合、相手方が契約上の地位の移転に事前に同意していた場合を除いて、BGB四〇六条の基準時点が原則的に契約上の地位の移転の時点に変更されるとしている ₉₇

。しかし、そもそもなぜ相殺を認めるのかについて、ネルは特に述べていない。

  デルナーは、相手方による相殺を否定する見解のあげる前述の理由を否定する。すなわち、契約上の地位の移転に対する相手方の承諾は相手方が相殺を放棄する意図と解釈されてはならず、また相手方に相殺を認めても一方的な優遇にはならないという ₉₈

。なおデルナーはBGB四〇四条によって相殺を認めており、BGB四〇六条には言及していない。

(25)

   同志社法学 六七巻一号一八〇一八〇

  クリムケは、相殺の抗弁を、移転契約にもとづくのではない抗弁に分類する ₉₉

。そのうえで、相手方による相殺の可否をBGB四〇六条の準用の可否の問題とし、同条の趣旨との関係において、移転債権の同一性維持、債務者の関与なしになされうる債権の移転による不利益からの保護、相殺に対する債務者の信頼の保護の三つの観点から考察をしている。

  クリムケによれば、第一に、移転債権の同一性維持の観点からの準用は否定される。債務者が反対債権を有していることは、契約上の地位の移転によって変更されない移転債権の内容には含まれないことがその理由とされる 100

。第二に、債務者の関与なしになされうる債権の移転による不利益からの保護の観点からの準用も否定される。これは、相殺の抗弁の要件である相互対立性が契約上の地位の移転によって必然的に失われるため 101

、契約上の地位の移転に協力した相手方は、契約上の地位の移転と結びつく相殺の可能性の消滅を甘受しなければならないということを理由とする 102

  以上の二点に対し、クリムケは、相殺に対する債務者の信頼保護の観点からの準用を一定の範囲で認めている。この債務者の信頼は、債権譲渡が債務者の関与なくなされうるために、債務者が債権者の交代を自動的には認識できないという理由で保護される 103

。クリムケによれば、この場合の債務者は債権者の交代を抽象的には常に覚悟しなければならないものの、法律はこの覚悟を債務者には要求していない 104

。クリムケは、契約上の地位の移転では、このような信頼は、相手方が契約上の地位の移転に対して事前に承諾をした場合に認められるとしている。この場合の相手方は、自らが承諾をした契約上の地位の移転が実際にされたことを知るまでは、少なくとも、契約相手の交代が相殺の前に発生していないことを前提に行動することが許されるという。したがって、契約上の地位の移転に事前に承諾をした相手方は、BGB四〇六条の準用により、契約上の地位の移転が実際にされたことを知った時までに取得した反対債権をもって、相殺をすることができるとされる 105

。この場合、相手方の事前の承諾は、BGB四〇六条の準用を排除する意思を含むものとは、通常はみなされない 106

。これに対し、相手方が契約上の地位の移転を事後に承諾した場合、または相手方が地位移

(26)

   同志社法学 六七巻一号一八一一八一 転契約の当事者になっていた場合は、相手方は相殺の可能性を自ら消滅させていることになる。そのために、この場合にはBGB四〇六条は準用されず、相手方に相殺は認められないとされてい 107

108

第三款  小  括   1  従来の議論の整理   債権譲渡の抗弁関係について、BGBには抗弁一般に関する四〇四条に加え、相殺のみに関する四〇六条が定められている。BGB四〇四条の趣旨は、移転債権の同一性維持と債務者保護とであるとされている。このように、同条は日本民法四六八条二項と同様の規定である。なお、ここでの債務者保護は、債務者の関与なしに行われうる債権譲渡によって債務者が不利益を受けることを防ぐことを目的とする。

  相殺に関するBGB四〇六条の趣旨も、債務者保護であるとされている。しかし、同条の債務者保護は、BGB四〇四条とは異なって二つのものを含んでいる。一方は、BGB四〇四条と同様の債務者保護(存続保護)であり、他方は、債権譲渡を知らないために移転債権と反対債権との間で相殺ができると正当に信頼した債務者の保護(信頼保護)である。これら二つの保護は、異なるものであるとされている。もっとも、信頼保護によって保護される債務者の信頼は移転債権の譲渡によって裏切られるところ、この譲渡は債務者の関与なく行われうる。そうすれば、二つの債務者保護はいずれも、根本的には、債権譲渡が債務者の関与なく行われうることによって基礎づけられるということができる 109

。また、移転債権の同一性維持は、BGB四〇六条の趣旨とはされていない。

  以上のことによれば、ドイツの債権譲渡法においては、債務者による相殺の債権譲受人への対抗は、移転債権の同一性維持ではなく、存続保護および信頼保護からなる債務者保護によって根拠づけられているということができる 110

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