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連結会計論

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(1)

連 結 会 計 論

路 木

賓 著

(2)

連 結 会 計 論

蜂 木

賓 著

(3)

I

部連結会計思考の発展・・ 第1章連結会計思考の生成に関する史的考察・....・H・...・H・...・H・....・H・... 3 I 序……・…H・H・....・H・...・H・-…-…....・H・..…H・H・-…H・H・-…...・H・-…...・H・....….. 3

E

連結会計思考の萌芽・…...・H・-…....・H・...・H・....・H・-…...・H・....・H・....・H・....・H・...

4

E 断片的連結会計思考の発展…....・H・-…....・H・-・・…....・H・....・H・-…H・H・....・H・... 9 W 連結会計思考の生成…・・…...・H・-…...・H・...・H・-…...・H・...…...・H・....・H・15

V

結・…....・H・-…....・H・....…・・H・H・...・H・....・H・....・H・-…・・・H・H・...・H・...・H・....・H・...・H・

1

9

第2章連結会計導入思考とその発展 …...・H・...・H・....…・…...・H・...・H・...・H・..21 一一一連結会計促進諸要因の分析を中心として一一一 I 序 …...・H・....・H・....・H・...・H・...・H・...・H・...・H・....・H・-…・…・・ … … … ・… 21

E

企業結合の社会・経済的背景....・H・-…....・H・....・H・....・H・-…・…H・H・...・H・-….

2

4

1

9

0

0

年前後の公開規則と会計実務....・H・-………....・H・-…H・H・...・H・...・H・

3

1

N

U. S.スティール社の実務的導入思考・・H・H・...・H・-…・・・・…...…・…

3

9

V

デイツキンソンによる理論的導入思考....・H・...・H・...・H・-…...・H・-…...・H.・

5

4

第3章投資株式の評価に関する最近の動向...・H・-…...・H・....・H・....・H・...66 一一一米国連結会計思考発展の一考察一一一 第

E

部 連 結 財 務 諸 表 に お け る 諸 問 題 H・H・-…....・H・...・H・...・H・...・H・...

7

7

第1章連結会計基準の国際的統一化....・H・...・H・....・H・...・H・....・H・....・H・...79 一一一国際会計基準公開草案第3号の特徴と問題点一一一 I 序…・…...・H・-…H・H・-…...・H・-…・...・H・..…....・H・....・H・...・H・-…...・H・....…...・H・..79

H

連結に関する草案の特徴と問題点目H・H・....・H・...・H・..……-・・・・…… …

8

1

E 草案における持分法の適用と問題点....・H・...・H・....・H・....・H・...・H・...87 W 結…...・H・....…...・H・...・H・...・H・...・H・-………...・H・...…...・H・....・H・-…..95

(4)

一一一わが国の連結決算制度を中心として一一一 I 序 ....・H・-…...・H・...……...・H・-…・ ・・・… ....・H・....・H・-…....・H・・・H・H・....・H・...99 H 連結財務諸表それ自体に内在する問題点....・H・-…...・H・....・H・...・H・....・H・.100 皿 わが国連結決算制度に内在する問題点'"・H・...・H・....・H・...…・…...・H・-… 106 W わが国連結制度の運用上から生ずる問題点…....・H・...・H・..…....・H・...112 V 結 -・…・…・・・ ・…...・H・-…....・H・...・H・-…-・・…・....・H・....…-…-…・・・…...・H・-… 115 第3'詳 連結報告利益の検討と持分法…H・H・...・H・...・H・...・H・H・H・H・H・...・H・...118 一一未実現内部利益の消去を中心として一一 I 序・H・H・-…...・H・-…....・H・...・H・-…...…....・H・...・…・・-…-……-…-…-…・・118 E 連結報告利益の検討 ...・H・....・H・..……H・H・...・H・....…...・H・....…・・H・H・.119 E 未実現内部利益消去の検討....・H・-…H・H・...……...・H・-…....・H・..…・….125 W 結....・H・....・H・...・H・....・H・-…・…・…・…...129 第 4章 合弁会社と持分法…H・H・....…....・H・-…………・…・…・・……・… 131 I 序....・H・-…....・H・...…...・H・....・H・-…・...131 H 合弁事業の財務報告...133

m

合弁会社の経営実態....・H・...・H・-・・…・……・...・H・..…....・H・...・H・....・H・-…139

N

合弁会社の財務報告..……....・H・....・H・...…....・H・-…・・H・H・...・H・...・H・.147 V 結 .. ・ ・・…....・H・....…...・H・....…...・H・...…・ ・… …・・ …・・・ …・・ …・・・ …・・・ ..・.H・154 第

E

部 連 結 報 告 会 計 と 部 門 別 報 告 会 計H・H・...・H・-…-・…・・…...…・…・157 第1i';J: 連結報告会計と部門別報告会計....・H・...・H・...・H・...・H・...・H・...…..…...159 米国における多角経営企業の部門別外部報告の必要性とその問題点一 I 序 ..…...・H・-…....・H・....・H・...・H・-…・… … …・… ・…・・・…・・…...・H・...・H・.159 日 部門別外部報告会計の必要性…....・H・...・H・...・H・...・H・...・H・....・H・-….161 田 部門別外部報告会計の問題点....・H・...・H・....・H・...・H・・……H・H・-…H・H・...165 W 結 ...・H・-…....・H・...・H・・・H・H・...…...・H・....・H・-…H・H・..…・ …・H・H・....・H・-…..172

(5)

一一米国における多角経営企業の部門別外部報告会計を中心として I 序 ...・・…...・H・-…....・H・...・H・-…....・H・-…H・H・...・H・...…・…・・…・ … ・・

1

7

6

E 部門別財務情報公開の動機……・……....・H・...・H・-…....・H・....・H・-……・・

1

7

8

E 部門別財務情報公開の要請...・H・...・H・...・H・...・H・-…....・H・..…・・…・・・…日

1

8

1

W 部門別財務情報の有用性…....・H・...…-……....・H・...・H・H・H・-…....・H・...

1

8

6

V 結 ・…...・H・-・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ …・ …・ … …・・ ・… ..

1

9

1

3

章 部門別外部報告会計の発展とその問題点・…....・H・...・H・....…...・H・..

1

9

4

蜂木貫教授著作目録-…・・……...・H・-…H・H・...・H・..…...・H・-…

2

1

3

編集後記 両頭正明 ...・H・…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2

1

6

(6)
(7)

l

連結会計思考の生成に関する史的考察

I

序 米国の資本主義経済が,原則として企業の自由競争原理の上に発展してきたも のであることは,周知のところである。しかし,産業革命による高度な機械文明 の出現によって,需給アンバランスを惹起し,経済的不況を招来することになり, その結果として,企業問競争は過度にまで激化していった。そこで,企業は,相 互の利益を擁護するために,自己防衛策として, トラスト,コンツェルン,カル テル等の競争企業聞における組織的な共同運営を図らざるを得なくなった1)。 しかし,各州の法規は, トラスト化を禁じていたので,競争企業は,相互の協 定や契約の形式によって,その実質的効果を達成しようとしていた2)。かかる競 争企業聞の価格維持政策は,必然的に不当な価格形成へと進展することになるO そこで, 1890年に独占目的のトラストその他の企業結合を違法とするシャーマン 法 (ShermanAct) が制定され,不当な価格形成は一切禁じられた3)。 ところが, 1888年から 1893年にかけて,ニュージャージー州の会社法の改正に より,

(

1

)

会社による他社財産の包括的購入

(

2

)

他社株式および社債の保有ない しは処分,そして(3)議決権を含む全ての所有主権の行使等が,法律上可能となっ た4)。そこで,一般的に他社株取得による会社支配の気運は高まり,持株会杜 (holding company)の輩出をみるに至ったのであるへその後, 1914年のクレ イトン法 (ClaytonAct) やその他の独占禁止法によって,持株会社の独占的な

1) H. Heitman, A Course in the Theory and Practice 01 Higher Accounting, 1910, p.156-158.

2) Ibid., p. 159.

3) Walton Seymour & H. A. Finney,“Consolidated Statements,"Journαl 01 Accountαncy, March 1918. p.225.

4) H. Heitman, op. ci,.tp. 158-159.

(8)

性格は,やや抑えられたが,米国経済におけるその重要性は,依然として衰えは しなかったのである6) 叙上のような社会・経済的な背景の中から出現した持株会社は,その企業数の 増大と経営規模の拡大とによって,企業会計上に種々の問題を提起するに至った。 それは, 主として当時の伝統的な外部報告会計の理論が,まだ単一の法的実体 Oegal entity)としての企業でしかなかった時代を背景として展開されたもので あるから,多数の子会社を支配する持株会社グループ全体の経済的実態を報告す るためには,もはや妥当しなくなったことによるものであるO そこで,本稿では,かかる観点から,この問題が当初どのような形で議論され, その解決策としてどのような方法が会計実務上とられたかについて考察す また, る。そして, 会計理論上, そこには一体どのような思考的な発展がみられるのか についても, これを明らかにしたいと考えている。

E

連結会計思考の萌芽 前述のように,多数の子会社を株式の過半数所有によって支配する持株会社に おいては,その経営規模の拡大に応じて,貸借対照表上における投資勘定,特に 子会社株式に対する投資の重要性は増大して行く。従って,当該投資に対する収 益性と安全性に関する利害関係者の関心も必然的に高まってきて,投資先である 子会社の経営状態に関する会計的情報を要求し始めてきた。同時にまた,利害関 係者が投資に対する収益性と安全性を重要視することによって,持株会社自身も 必然的にこの要請に応えるべく,それに努力を払い始めた。 かかる情況下においては,持株会社の経営責任者としては,営業成績を最良に 表示するためには,あらゆる手段を講じ,その結果として,たとえそれが会計手 続きであろうとも,自己にとって有利な方法であれば これを選択しようと努力 するであろう。その合法的な手段として,子会社の配当操作等を含む子会社利用 による持株会社の利益操作が,一般に行われ始めたのである。

6 ) J.C. Bonbright & G. C. Means, Holding Compαny, Its Public Signifi司 cαnceαnd Its Relαtion, 1932.pp. 78.

(9)

それでは,この点について,以下,少し詳細に考察してみることにしようO まず第

1

の問題は,子会社の損益を持株会社の損益として適正に反映せねばなら ないという適正表示の必要性に関するものである。つまり,叙上のような情況の 中で, 1904年の秋,セントルイスで開催された会計士会議 (Congressof Ac countants) において,初めて持株会社を中心とした企業グループ全体の財産状 態と営業成績を表示する適正な方法を採用する必要性を強調する意見が,米国の 会計士によって展開された7) 彼によれば,法律上では,持株会社の利益は,自己の営業利益と自己の所有す る子会社株式に基づく配当とになる。しかし 近年のように,企業の完全な買収 よりも株式支配による多数会社の連結を好むようになっては,多数の類似事業会 社の株式の全部ないしは大部分をもっている持株会社は,各子会社の経営方針を 決定し,あたかも全財産を完全に所有しているかのように行動している。かかる 情況下においては,持株会社グループ全体の損益が,一つの計算書に表示されて いない限り,かかる利益は正しいとは考えられない,と主張したのである時。 その理由としては,子会社の配当操作によって,事実ではなくて,持株会社の 希望に従って,持株会社自身の利益を調整しうる権限が,持株会社の取締役の手 中にあるからであるというへつまり 持株会社は,そのグループ内における子 会社の損失に対しては,全く引当てを怠っておきながらも,利益を計上している 他の子会社に対しては,高率の配当を宣言させることによって,持株会社の全体 的な利益を過大に表示することができるからであるO そこで,損益計算上,営業損益は全て計上すべきであるが,資本的資産の再評 価益は計上すべきではない という当時の会計上の一般原則に従えば,子会社の 営業損益について,投資勘定に対して引当金の設定ないしは直接的な増減が施さ れていない限り,法的観点のみならず会計的観点からも,持株会社の損益計算は, 正しく実施され,かっ表示されていないと主張されうる, といったのである1

そして,かかる損益計算に含めるべき子会社は,持株会社の株式所有比率とそれ 7) -9) A. P.Richardson,“Tax Returns on Bαsis 01 Consolidαted

Ac-counts, " Journαl 01 Accountαncy, March 1918.p.198 10) Ibid., p. 198-199.

(10)

が行使しうる支配の程度によって決定すべきであるという九従って,持株会社 が過半数の株式を所有し,かつ当該子会社の経営方針を決定し,そして実際に当 該子会社の財産を自己のものであるかのように取り扱っている場合には,利益の 分け前 (ashar巴ofthe profi ts)を受取るべき少数株主の権利に基づいて,所有 株式に対応する損益の部分を要求することは,当然で、あるというへこれに対し て,有効な支配を伴わない単なる過半数所有の株式は,単に投資として取扱うの が,適当な会計処理方法であると説明している1九 かかる当時の会計思考については, 1905年に出版されたデイクシー・モンゴメ リーの「監査論」においても,概ね同じ趣旨のことが指摘されている凶。彼らに よれば,親会社は,子会社の欠損時には,これと関係のないような表示を行って いるにも拘らず,子会社からの配当は,親会社の利益として表示している。しか し,これは財務諸表の利用者に誤解を生ぜしめるので,子会社損益のうち持株比 率に相当する部分だけを親会社の損益として表示すべきであると主張しているお)。 また,翌1906年出版のカイスターの「会社会計と監査16J

J

や 1907年出版のラーヒ ルの「会社会計と会社法17J

J

等も,この問題に論及している。 叙上のように,持株会社の公表財務表に関する矛盾の指摘は,まず持株会社グ ループ全体の経済的実態を適正に表示するという観点から,多数の子会社を支配 する持株会社が,当該子会社の配当操作によって,合法的に持株会社自身の利益 操作を可能にするという問題をめぐって展開されたのである。 11) Ibid., p.199. 12) Ibid., p.199. なお,この少数株主の権利については,当時かなり持株会社との 関連で議論されていたようである。その数年後には,次のような著書も出版されて いる程であったので,参照されたい。 RichardSeldon Harvey, Rights 01the Minority Stockholders. 1909.

13) A. P. Richardson, op. cit.,p.199.

14), 15)Rawrence R. Dicksee & Robert H. Montgomery, Auditing, 1905, p.225. 16) D. A. Keister, Keister's Corporαtion Accounting αnd Auditing, 11th ed.,

1906, p.170

17) J. J. Rahill, Rαhill's Corporαtion Accounting αnd Corporαtion Lαω, 1907, p.186

(11)

第2の問題は,企業結合時における受入資産(特に現金)の利益性ないしは配 当可能性に関するものである。当時,持株会社を設立する場合,一般にその契約 書には,売渡人は株式ないしは財産の引渡し以外に,運転資本 (workingcapi tal) として多少の現金も提供する旨を約した条項が含まれていた。そして,法律の専 門家は,この運転資本を新設会社の利益 (profit) と考え,当時の権威者でさえ も,持株会社に他の利益がない場合には,それを資本金に対する配当として使用 できると主張していた則。 しかし,これに対して,デイツキンソンは,利益を商品の売買取ヲ

l

からのみ生 ずるものと考えるので,持株会社が取得日以降に発生した子会社利益からしか利 益を得ることはできないし,従って配当も宣言し得ないと主張したへつまり, その運転資本は,元来,彼ら自身の資金であるから,決して利益などというもの ではなく,従って,それの配当は,当該財産の取得価額の減少として考えねばな らないと説明しているのである劃。 第

3

の問題は,株式取得時における子会社剰余金の利益性ないしは配当可能性 に関するものである。デイツキンソンによれば,持株会社が,累積剰余金をもっ ている子会社の株式を取得した場合 かかる株式はその取得日における子会社の 純資産額を表わすものであると主張するへつまり,かかる場合には,当該株式 に支払われた対価は,その時現在における企業価値を考慮して,暖簾を含めた純 資産に等しいという仮定が存在しているものであると説明する。従って「子会社 が,取得日現在において存在している資産から配当を宣言することは,……明 らかに持株会社にとっては,購入資産の一部を返還することであり,換言すれば, 購入資金の一部返還である叶と説く。従って,法律家の反対意見に係わらず, 持株会社は,取得時における子会社の累積剰余金を利益の一部処分と考えて配当 すべきではなく,株式の購入原価の減少として取扱わねばならないと主張したの であるお)。

18) -20) Arthur Lowes Dickinson,“Notes on Some Problems Relαting to the Accoulnts 01 Holding Compαnies," J ournα1 01 Accountαncy, April 1906. p.487.

(12)

叙上のように,持株会社の公表財務表に関する改善の必要性は,多数の子会社 を支配する持株会社が,当該子会社を利用することによる親会社利益の過大表示 ないしは不適当な会計処理を行なうことを問題として認識し,そして,これを会 計上の問題として取り上げたことから,提唱ないしは展開されたものなのである。 更に,かかる問題意識から,持株会社の貸借対照表に関する適正表示の分析・ 検討へと進展して,持株会社グループ全体の真実な状態を明瞭に表示できるよう な形態の貸借対照表が必要であると主張された。デイツキンソンによれば,単に 他社株式の相当数を所有している会社と実際に他社の営業を支配して相当数の株 式を所有している会社とは,本質的に異なる。後者の場合は, (1)子会社の取締 役が必らず持株会社の被指名人 (nominees) であり, (2)全ての子会社が,個別 会 社 の 法 的 虚 構 (legalfiction) を 無 視 し て , 持 株 会 社 組 織 の 必 要 部 分 (integral parts) として実際上管理されているというところに,その本質的な相 違が認められるというへ かかる意味において,全社が同ーの取締役会の下で支配されているのであるか ら,グループ内にある会社に対しては,無担保で融資することも可能となる。し かし,かかる融資は,持株会社の帳簿上では流動資産(貸付金)として取り扱わ れているのに対して,子会社の貸借対照表上では 資本的支出ないしは欠損にさ えも当てられている可能性もあるので,実際には有用な資産では決してないので ある。また,持株会社の貸借対照表上では,持株会社の財産保全のために子会社 が外部者から借入れた多額の債務も,同じく負債としては計上されないであろう。 しかし,持株会社の貸借対照表が,かかる持株会社グループ全体の真実な状態 を明瞭に表示せねばならないと考えるならば,持株会社の子会社株式に対する投 資勘定は, (1)グループ全体の営業に支障なく売却できる固定資産とそうでない もの, (2)事業を継続する上に必要な流動資産と何時でも直ちに売却できるもの, そして(3)子会社の負債を控除した資産総額,等がどれ程あるかという方法で, 財務的性質による区分表示が行われねばならない とデイツキンソンは主張す るヘ換言すれば,持株会社の投下資本は その投資先である子会社において, 24) Ibid., p.488. 25) Ibid., p. 489-490.

(13)

一体どのような状態で運用されているのかについて, その詳細な会計情報が必要 であると考えられたのである。 以上みてきたように,持株会社の公表財務表改善の必要性は,最初,持株会社 が欠損子会社に対しては無関係な態度をとりながらも,利益のある優良子会社に 対しては,持株比率相当の利益を全て自社に取上げてしまうために,高率配当を 宣言させるという論理的に矛盾した実務慣行を会計上の問題として認識し, これ を問題として取り上げたことから,提唱ないしは主張された。そして,かかる問 題の検討に関連して,持株会社が子会社の利用による不適当な会計処理を通じて, 親会社の利益を増大しようとする他の面についても,検討が加えられていったの である。つまり,最初は,親子会社聞における全体的な損益の適正表示に関心の 焦点が絞られていたものが,次第に持株会社の投資勘定の適正表示から漸次.そ の投資先である子会社の運営状態ないしは財産状態の適正表示にまで拡大・発展 していったのである。

E

断片的連結会計思考の発展 それでは,叙上のような観点からみて,持株会社は,一体どのような方法によっ て,その子会社の利益を自己の利益として報告ないしは表示していったのであろ うか。また,その投資先で生じた利益の背後にある子会社の具体的な財産を a体 どのような方法によって,つまり 親会社の財産と一体どのような関係において, 報告ないしは表示していったのかについても,これを具体的に考察してみること にしよう。

1

9

1

4

年代の連結会計に関する論文では,概ね,

(

1

)

持株会社の個別財務去のみ を公表すべきか(原価法), (2)持株率相当の子会社利益のみを親会社の個別財務 表に反映して,これを公表すべきか(単純持分法), (3)持株会社の個別財務表と 各子会社の個別財務表とを公表すべきか(全社の個別財務表), (4)子会社財産の うち,持株率相当額のみを親会社のそれと連結して,これを公表すべきか(比例 連結),あるいは(5)持株比率に関係なく,子会社の全財産を新会社のそれと連結 して, これを公表すべきか(全部連結),等の問題に論及しているぺ

(14)

従って, 1910年代の後半までは,持株会社の公表する財務表も種々雑多であっ たO かかる当時の事情を考慮して.デイッキンソンは「本当の事実を表示しない 財務表は認められないし,どの公共会計士もそれにサインすべきではない27)

J

と 警告を発している。更に, 1920年出版のコックスの著書においては,当時までの 会計実務について,総括的に,持株会社とその子会社との財務表は,その役立つ べき目的によって, 100種にものぼるさまざまな方法で表示されていたと,連結 会計生成当時における会計実務の多様性が指摘されている劃。しかし,それら全 ての}j法は,所詮, (1)原価法, (2)単純持分法, (3)比例連結法, (4)完全連結法の うちのいずれか一つに分類しうるものでもあったと説明しているお)。また,ムー ニッツも,多少,年代的には遅れるけれども,連結財務諸表制度の成立以前におい て,英国でも,やはりこれと同様な現象がみられたことを指摘しており,かかる未 成熟な連結会計を断片的連結 (fragmentary consolida tions) と名づけているお)。 そこで,叙上のような連結に関する基本的な会計思考の全てについて,これを 思考的な発展段階に即して,具体的に考察してみることにしよう。 l.持株会社の個別財務表のみを公表する場合 (1) 子会社の利益を親会社の財務表上の数値に加減せず,この内容を単に親会 社の財務表の脚注においてのみ説明する方式である。例えば,会計調査公報第51 号において,非連結子会社に適用されている初歩的な思考である。すなわち「・・…・ 連結財務諸表には,非連結子会社の純資産に占める連結会社グループの持分,当期 における非連結子会社よりの受取配当金,並びに非連結子会社の当期純利益に占め る持分を,脚注その他の方法で公開しなければならない叶とするものである。

pany Accounting, Journal

0

1

Accountancy, Jan. 1914, p. 21.

Herbert C. Freeman,“The Statement of Accounts of Holding Com-panies,"Journal

0

1

Accountancy, Sept. 1914, p. 158-159.

27) Arthur Lowes Dickinson, op. cit.,p. 490.

28) Henry C. Cox, AdvαncedαndAnαlyticαl Accounting, 1920, p. 344. 29) Ibid., p. 344-346.

30) Maurice Moonitz, The Entity Theory

0

1

Consolidαted Stαtements, 1951,

p.9

31) Paul Grady, Inventory

0

1

Generαlly Accepted Accounting Principles lor Business Enterprises, 1965, p. 324

(15)

(2) 子会社の未配分利益の全てを親会社の財務表上に計上して,親会社の利益 を増加させる方式である。例えば, Lever Brothers (子会社および関連会社数: 約120杜)は, 1928年度の営業報告書において,関連会社を支庖のように取扱う 方針を,前年度と同様に継続的に採用してきていると報告している。そして,貸 借対照表上においては,それらの未配分利益の全てを計上し,それらの損失の全 てには引当を設定していると説明している劃。 他の興味深い例としては, Imperial Chemical Industries, Limited (子会社数: 75社)がある。貸借対照表と営業報告書において,各子会社で個別的に陳腐化引 当金を設定する代わりに,親会社で中央陳腐化資金 (centralobsolescence fund) を設定することに決定したと報告している。その理由として,子会社の陳腐化設 備の取替えに要する資金は,将来この新しい資金から親会社が提供することにな るであろうからであるとしている。そして この方法は 各子会社の能力と必要 性に応じて,資金が積立てられたり,取崩されたりするので,機動性があって, 最も有利であると説明しているO また,貸借対照表上の資産のうち,子会社およ び関連会社に対する投資(investment) と短期貸付金 (loanand current ac -counts) とは,別個に表示されているお)。 (3) 子会社の利益のうち,親会社の持株比率相当の部分を投資勘定の増減を通 じて,親会社の財務表上に計上して,親会社の利益を増減させる方式である。こ れは,投資株式の評価方法の一種である持分法で,前述のセントルイスでの会計 士会議において提唱されたり,デイクシー・モンゴメリ一等によって主張された ものである。従って,最近,議論されている連結持分法とは,その本質において 異なるので,これと区別するために,特に単純持分法と名づけることができるで あろう劃。

32), 33) William Cash,“Consolidated Balance Sheets", The Accountαnt, 7 Dec. 1929, p. 726.

34) かかる見解をとられている論者として,白鳥庄之助教授がおられるO 同稿「連結財

務諸表と持分法について 国際会計基準公開草案における持分法を主題として

(16)

2

.

親会社の個別財務表に子会社に関する明細表を添付して公表する場合

例えば, 1908年の会社法に準拠して設立され,主として地下鉄道会社(tube

railway companies)とLondonGeneral Omnibus Companyの大量株式を所有

する持株会社である UndergroundElectric Railways Company of London,

Ltd.では,その投資勘定はf:21,058,377もある。従って,親会社の貸借対照表 とは別に,一般大衆(外部株主)の持分額,子会社の持分額,親会社の持分額と いうように,本社の所有する子会社の資本の一覧表と子会社からの受取利息およ び配当の明細表を添付して公表している劃。しかし いかに詳細な資料を添付し ようとも,この段階までのものは,全て持株会社の投資先である子会社の損益にの み重点をおいて,これについて説明するために採用された方法であるにすぎない。 3.親会社の個別財務表に各子会社の個別財務表を添付して公表する場合 例えば,英国最大の銀行である MidlandBank, Ltd.は, 1928年12月31日現在, 貸借対照表上に資産f:497,714,034を計上している。そして,アイルランドの銀 行1杜とスコットランドの銀行 2杜およびその他の信託会社等の同日現在におけ る準備金と未処分利益を含めて子会社株式f:6,911,328として一緒に表示してい る。また,親会社の貸借対照表には,各子会社の監査済み貸借対照表が添付され たものが送付されているので,親会社の持株,準備金および未処分利益等が,簡 単に各社について分かるようになっている劃。つまり,この段階に至って,初め て,子会社利益の説明を中心にしつつも 必要があれば,その投資先である子会 社の資産・負債等についても,分析・検討しうる配慮が払われ始めたのである。 4.親会社の個別財務表に各子会社の総合表を添付して公表する場合 例えば,多数の子会社株式を全部所有する持株会社であるRadiation,Limited は,子会社に対する投資と貸付金の総額,約f:2,400,000を貸借対照表上に計上 している。従って,持株会社の貸借対照表日現在における各子会社の資産・負債 結合表を補足的に公表している。親会社の貸借対照表上には,取得日における子会 社株式に対して,親会社が支払った割増額を暖簾勘定 (goodwillas per accounts 35) William Cash, op. cit., p. 727. 36) Ibid., p. 729.

(17)

of constituent companies)に追加計上しているので,多額の未処分利益は子会 社の損益勘定または準備金勘定に留保しておいて,この金額を親会社の貸借対照 表上では,その暖簾勘定から控除している。また,子会社がEl,365,OOOという 多額の国債 (governmentsecurities)を所有しているという重要な事実も,こ の補足表から分かつたのであるヘ

5

.

親会社の個別財務表と親子会社の総合表を添付して公表する場合 例えば, Messrs. Vickers, Ltd.は,子会社に対する投資と貸付金とを別個に 表示した親会社の貸借対照表の他に,それと同一日における親子会社の資産・負 債結合表を添付して公表している。この結合表では, fC外部グループ所有の)子 会社資本金

J

C“share capital of subsidiary companies (held outside group)" ) とfC外部グループ所有の)子会社借入社債

J

C“debenture issues of subsidiary companies Cheld outside group)")を負債の部に計上しているが, これとは別 個に,子会社自身の負債も表示している岨)。つまり,ここでは,子会社の負債・ 資本のうち,外部株主に属するもの(少数株主持分)は,全て負債として取扱い, 親会社に属するものだけを子会社自身の負債として区別して取扱われていること が知られるのである。また,親会社の損益計算書の脚注においては,子会社の利 益は,子会社に欠損のある場合には,かかる欠損を子会社に対する投資や貸付金 の簿価を減額する方法で計上利益からその損失を控除して,配当宣言のできる限 度までこれを含めていると説明している劃。 以上みてきたように,持株会社ないしは親会社は,その個別財務表上に子会社 の利益の全部ないしはその持株率相当額を含めて自社の利益を表示しながらも, その明細に関する説明ないしは明細表を添付したり,あるいは各子会社の個別財 務表そのものないしはその総合表を補足表として添付している。また,極端な場 合には,第

5

のケースのように,親子会社の総合財務表を公表しておきながらも, 親会社の個別財務表を作成・公表している。このように,親会社自身の個別財務 表の公表にこだわっている理由,換言すれば,親会社の資産・負債を子会社のそ 37) Ibid., p.726-727. 38), 39) Ibid., p.726.

(18)

れに総合ないしは結合することに抵抗を示している理由は,一体どこにあるので あろうか。 思うに,持株会社ないしは親会社も,本来,会社法に準拠して設立された法人 であるという法的実体として受入れられてきたものであるため,法的実体の個別 財務表こそが実際の状態 (realposition)を表示するものと考えられてきたため であろう。特に,持株会社は,子会社の実際の財産 (physicalproperty)では なく,各種の財産を所有している会社の株式を所有しているにすぎないため( 子会社の全財産に対する直接的所有よりも,支配=間接的所有の方が所有権上弱 いという法的観念が潜在していたためではなかろうか。かかる思考から,親会社 の資産・負債を特に区別して表示することが,債権者に対して,その真実な状態 とこれに対する権利とを正しく表示できるものと考えられたのであろう。これに 対して,持株会社の株主としては,会社グループ全体で利益を得ているのか,そ れとも損失を蒙っているのかということと同時に,その大きさがどれ程であるの かを知ることに関心を持っているにすぎない,と考えられていたようである。 従って,当初は単純持分法や子会社資本ないしは配当に関する明細表の添付に よって,子会社の利益が親会社の利益に含められておりさえすれば,充分であっ たのであろう。ところが,投資先である会社の利益を単に抽象的に親会社の利益 として報告されても,充分に納得できず,やがて子会社の資産・負債という具体 的な背景まで充分に知りたいという要求が生じた。そこで,親会社の資産・負債 は,子会社のそれとは区分して表示される必要はあるが,各子会社のそれについ ては,全て総合ないしは結合した上で,総額でもって表示されても一向に差支え ないという論理になるのである411。 この論理は,親子会社の資産・負債結合表にも適用されて,外部株主に属する ものは,負債・資本ともに負債として取扱い 親会社の負債と親会社に属する部 分の子会社自身の負債というように 法律上の権利・義務関係の程度に応じて 3 種に区分表示する第5のケースも生じてくるわけで、ある。このように考えた場合,

40) Arthur Lowes Dickinson, op. ci, p.t .487 41) William Cash, op. ci, pt. . 729.

(19)

初期の連結会計思考は,株主に対するよりも,むしろ,債権者に対して有用な情 報を提供するように考案された対債権者報告会計という性格を強く帯びていたも のと考えられるのである。

W

連結会計思考の生成 以上みてきたように,連結に関する初期的な会計思考は,その発展過程に応じ て多様ではあったが,概ね(1)完全な非連結, (2)断片的な連結, (3)部分的な連結 (比例連結),および(4)完全な全部連結と整理して,連結会計思考を分類・考察 することができるであろう。 そこで,まず第1に,完全な非連結か連結かとし追う問題について,比較・検討 してみたいと思う。ここでの完全な非連結とは,持株会社の個別財務表のみを公 表し,子会社の利益を配当という形以外では全く認識しない会計思考である。従っ て,既にみたように,持株会社は,子会社の配当操作等を含む子会社の利用によ る自己の利益操作その他の会計的不正を行う可能性をもつことになる。そこで, モンゴメリーは,

r

親会社が1つ以上の子会社を所有し,かつ支配している場合 には,いつでも子会社の損益と同じ期間に,それは親会社の損益として表示され なければならない。それ以外のどのような方法でも,大きな弊害をもたらすであ ろう位

J

l

と強調したのであるO かかる理由から,完全な非連結よりも連結は,持株会社の経済的な実態を適正 に表示するものと考えられる。しかし,この適正表示の程度も,結局は持株会社 の持株比率いかんに依存することになる。例えば,全く同じ業種の他社株式を全 部所有している場合には,持株会社が貸借対照表項目を完全に全部連結すること は,明らかに望ましいことであるO ところが,同業種ではあっても,持株率が僅 かに 5 %というような極めて低い場合には,これを連結すると,むしろ持株会社 の資産・負債を余りにも過大表示しすぎることになる。 反対に,完全に連結しなければ,持株会社の貸借対照表は,子会社に投下した 42) Robert H. Montgomery, Auditing Theory αnd Practice, 1st ed., 1912,

(20)

資本を示しながらも,その全体の利益を始め,持株率相当の資産・負債の詳細を も表示しないことになる。しかし,資産・負債に関する過小表示の問題は,僅か 5%という僅少なものにすぎず,更に多くの勘定科目に分解されて表示された場 合には,ヨリ一層重要な誤解を与えるものとはならないであろう。そのうえ,ラ イトも指摘しているように,会社の経済的な実態、を過小表示することは,保守主 義の観点からみれば,過大表示することよりも,むしろ望ましいことであると考 えられたのである刷。 それでは,持株率が95%である場合には,どうであろうか。かかる場合にも, 完全に全部連結されると,資産・負債に関して 5%という僅少ではあるが,同様 な過大表示の問題が生ずる。この過大部分は 負債の部に別個の項目として表示 され,子会社の資本金と剰余金のうち外部株主(ou tside stockholders)に所有 されている部分を表わすものとなる叱従って,持株比率の下限に近い場合には, 非連結が好ましいが,過小表示の問題が残り,反対に上限に近い場合には,連結 が望ましいけれども,過大表示の問題が残ることになるのである。 それでは,次に持株比率が50%である場合について,検討してみることにしよ う。かかる場合.(1)連結資産に持株会社の資産でないものが半分も含まれ,同 様に (2)連結負債にも持株会社の負担すべきものではないものが半分も含まれて, 過大に表示されることになる。また.(3)子会社の資本金の半分は,持株会社の 貸借対照表上の投資勘定と相殺・消去され. (4)子会社の剰余金の半分も,持株 会社の利益剰余金と共に表示されて,持株会社の剰余金を構成するものとなる。 その結果.(5)残り半分の資本金と剰余金とは,子会社における外部所有者に対 する負債として表示されることになるのである劇。 かかる場合,持株会社の財産を表示するものと考えられている連結貸借対照表 上においては. (5)は (1)や(2)と同じく,巽質の項目 (extraneousitem) であり, 持株会社の本当の意味における負債ではないと考えられた。つまり,ライトによ れば,それは持株会社の資産・負債を連結貸借対照表上で結合した際に生じた, 43) Allan W. Wright, op. cit., p. 22. 44) Ibid., p. 22-23. 45), 46) Ibid., p. 23.

(21)

全子会社の資産・負債に対する外部株主持分の単なる貸借差額であるにすぎな いへそこで,これらの異質項目を除外して,連結貸借対照表を作成・公表しよ うとする会計思考の発想がみられるに至った。 そこで,次は,全部連結か部分連結かという問題について,比較・検討してみ ることにしよう。前述のように,持株会社が子会社の株式を全部所有していない 場合には,連結貸借対照表は,持株会社が子会社の資産・負債の全部を所有して いるかのような外見上の表示となってしまう。従って,持株会社に当該子会社の 残りの株式を購入する意図ないしは用意がある場合には,貸借対照表上で子会社 の資産・負債を全て連結して,持株会社の所有していない子会社の資本金部分を, 将来購入せねばならない義務のある部分という意味において,これを負債として 表示することは,論理的には可能なことである。従って,この負債の額は,持株 会社の所有していない株式の簿価(純資産額)でなければならないことになる。 これに対して,前述のような追加購入の意図ないしは用意のない場合には,持 株会社の株式所有比率に相当する部分だけを,貸借対照表上で,親会社の資産・ 負債と連結するという部分連結ないしは比例連結を行うのが望ましい。例えば, 持株率が50%である場合には,会社相互聞の項目は,相殺・消去されてしまって, 表面上には現われてこないので,結局,子会社の貸借対照表上の各項目は,その 半分の金額が連結貸借対照表上に計上されることになる。その結果として,連結 貸借対照表は,持株会社の資産・負債・資本・利益等に関する真実の状態を表示 することになり,前述の連結から生じがちな過大表示ないしは過小表示の問題か らも解放されることになるのである。 しかし,会計実務上の問題として,持株比率がさまざまで,かつ端数のある子 会社が数多く存在する場合には,非常にわずらわしいことになる。つまり,各子 会社の貸借対照表を総合ないしは連結するに当って,まず消去するために,各子 会社の貸借対照表上の全項目を持株比率に応じて分割せねばならず,反対に,会 社相互間の項目は,むしろそのままの状態で放置しておかねばならないといった 煩雑な手続上の問題が生ずるのであるへ 47). 48) Ibid..p. 25.

(22)

更に,もっと重要な問題は,子会社の資産・負債が持株率に比例して分割でき るとする表面上の前提 (ostensibleassumption) と法律上ではそうではないと いう事実との反日 (antagonism) にあるようである。つまり,子会社資産のう ちの持株比率相当の部分は,分割不能な部分であり,その負債の部分も法律上分 l 割できる一部分でもない。更に,その剰余金に対する持分は,配当が宣言される までは,清算時における衡平上の持分 (equitableinterest) であるにすぎない。 従って,法律上分割できる持分ではない資産・負債の統合された部分を人為的に 分割することは,論理上の一貫性を欠くのではないかという疑問が生じてくるの である錨)。 それでは,清算時における場合を除き,株式所有比率に応じて,子会社の資産・ 負債を法律上は分割できないにも拘らず,会計実務においては,一体どうしてか かる会計思考が受入れられたのであろうか。ライトによれば,連結貸借対照表は, 法律によって規定された問題ではないので,子会社の貸借対照表項目の分割に関 する問題は,専ら論理的な理由に基づいてのみ検討されるべきであって,実務上 の煩雑性等によって反対されるべきではないと主張された制。 確かに,持株会社グループ全体の連結剰余金に関する限り,部分連結によって も完全な全部連結によっても,その結果は同一で、ある。しかし,部分連結による 貸併対照表上の資産・負債の会計的数値は,一体なにを意味するであろうか。ラ イトは,単に比較上の無意味'空 (comparative meaninglessness) のために,部 分連結を不満足なものと述べているにすぎない刷。同様に,ウェブスターも, 「ある会社は,持株比率に応じて子会社の資産・負債の部分を親会社のそれに連 結させたが,これはよい方法とは考えられない5リとただ否定的な見解を示して いるだけである。稲垣教授は.

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子会社の債権・債務が部分的に,あたかもその 会社のものでないかのような状態で連結され,事実に反することになる回)

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と説 49) Ibid., p. 26. 50) Ibid., p. 27.

51) G. R. Webster, ‘'Consolidated Accounts, " Journαl of Accountαncy, Oct 1919. p. 264.

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明されている。つまり,部分連結によれば,持株会社が実際に支配し,かつ責任 を負っている子会社の資産・負債の一部分しか貸借対照表上に表示されないとこ ろに,その重大な欠陥が存在することになるのである。

V

結 以上みてきたように,多数の子会社を株式の過半数所有によって支配する持株 会社においては,その経営規模の拡大に応じて,貸借対照表上における投資勘定 の重要性は増大していく。従って,当該投資に対する収益性と安全性に関する利 害関係者の関心も必然的に高まってきて,投資先である子会社の経営状態に関す る会計的情報を要求し始めてくる。かかる傾向に対応して,持株会社自身も必然 的にこの要請に応えるべく努力し始める。つまり,経営者は,営業成績を良好に 表示するために,子会社の配当操作等を含む子会社利用による利益操作を行い始 めたのである。 そこで,叙上のような情況の中から,連結会計思考は,まず,持株会社の公表 財務表に関する矛盾ないしは問題点の指摘とその経済的実態の適正表示の要請と いう形で芽生えた。従って 当初における公表財務表改善の必要性は,持株会社 の子会社利用による親会社利益の過大表示ないしは不当処理の問題をめぐって, 提唱ないしは展開されたのである。 かかる問題意識から,更に持株会社の貸借対照表に関する適正表示の分析・検 討へと進展して,持株会社グループ全体の真実な状態を明瞭に表示できるような 形態の貸借対照表が要請されるに至った。つまり,最初は,親子会社聞における 全体的な損益の適正表示に関心の焦点が絞られていたものが,次第に持株会社の 投資勘定の適正表示から漸次 その投資先である子会社の運営状態ないしは財産 状態の適正表示にまで拡大・発展していったのである。 換言すれば,持株会社は,子会社の実際財産ではなくて,その株式を所有して いるにすぎないのであるから,当初は単純持分法や子会社資本および配当明細表 等の添付によって,子会社利益が含まれでさえおれば,充分だと考えられていた のであろう。ところが,投資先である子会社の利益を単に抽象的に親会社の利益 として報告されても,充分に納得できなくなり,やがて,その利益の背後にある

(24)

子会社の資産・負債という具体的な実態まで充分に知りたいという要求が生じて きたのである。 そこで,貸借対照表の連結が必要となるが,この場合に,全部連結(完全連結) か部分連結(比例連結)かという問題をめぐって議論されることになる。すなわ ち,所有関係を重視する場合には,部分連結(比例連結)がとられ,支配関係を 重視する場合には,むしろ全部連結(完全連結)がとられることになる。つまり, 部分連結によれば,持株会社が実際には全体について支配し,かつ責任を負って いる子会社の資産・負債の一部分しか 貸借対照表上に表示されないからである。 このように考えた場合,初期の連結会計思考は,債権者に対して有用な情報を 提供するように考案された対債権者報告書を作成・公表するという性格を強く帝 びていたが,その性格は思考的な発展に即して,次第に対株主報告会計へと変化 しつつある過程として理解することができるのではなかろうか。これを論証する ためには,更に連結範囲の決定基準,少数株主持分の本質的性格,連結調整勘定 の本質的性格等の各側面からも,具体的に検討せねばならない。これらの諸問題 は,これから解消してゆかねばならないわれわれに残された今後の課題であろう。

(25)

2

連結会計導入思考とその発展

一 一 一 連 結 会 計 促 進 諸 要 因 の 分 析 を 中 心 と し て 一 一 一

I

序 周知のように,連結財務諸表を作成・公表する会計慣行は,今日では世界各国 で制度として確立されているが,その実務が最も早くから導入され普及したのは, 米国である。チャイルズ (W.H. Childs) によれば, 1892年12月31日終了年度の 第1期年次報告書に連結財務諸表を公表したナショナル鉛会社 (NationalLead Company) がその最初であるとされているが1) 連結貸借対照表という名称を使 用したのは,それから25年後の1917年になってからである九 続いて, 1894年12月31日終了年度の第2期年次報告書にゼネラル電気製造会社 (General Electric Company) が連結財務諸表を公表したとされているが3) デ ニールズ (M.B. Daniels) によれば,既に当社の1893年年次報告書に連結貸借 対照表と連結損益計算書が公表されていたと報告されている4)。更に,会田義雄 教授によれば,当社は1892年6月に創業して,第1期の会計年度は8ヶ月間で終 了しているので,最初の決算日は1893年1月31日となり,従って第2期の決算日 は1894年1月31日となる5)。そして,当社の第1期貸借対照表は要約貸借対照表 (Condenced Balance Sheet) とされていたが,第2期 (1894年1月31日)では連 1) W. H. Childs, Consolidαted Finαncial Staterγ1ents(Cornell University Press, 1949), p.43. 2) Ibid., p.44.この点について,会田義雄教授は,ハーバード大学のベイカー図書 館にあるColeRoomの年次報告書について,マイクロフィルム等で、検証したとこ ろ, 1892年の貸借対照表を仔細に検討しでも,連結貸借対照表という内容を見出す ことができなかったと報告されている(会田義雄「アメリカ連結会計の若干の実態」 『産業経理j38巻3号(1978年3月)49頁)。 3) Ibid., p.44.

4 ) M. B. Daniels, Corporαtion Finαncial Stαtements(Ann Arbor: Univer -sity of Michigan Bureau of Business Research, 1934), p.39.

(26)

結貸借対照表 (Consolidated 8alance Sheet)と改名されている6)。

また,連結財務諸表の作成実務は,これらの工業会社に先立つて,鉄道業や公 益事業でも採用されていることに注目しなければならないで、あろう。会田教授に

よれば,鉄道業の1つであるサザン・パシフイツク会社 (SouthernPacific Co. )

が既に1888年に12社 を 連 結 し た 連 結 貸 借 対 照 表 (Consolidated8alance Sheet)

と連結損益計算勘定 (ConsolidatedProfit and Loss Account)を提示している

と報告されているが7) プランデイジ (P.F. 8randage)も同じ鉄道業の 1つ で

あるアトチソン, トベカ,サンタ・フェ鉄道 (Atchison,Topeka and Santa Fe

Railroad)が, 1896年 に 体 系 的 貸 借 対 照 表 (System8alance Sheet)を 作 成 し て い た と 述 べ て い る ヘ 更 に , 書 簡 の 中 で , メ イ (G.O. May)は, 1886年 に ア メリカ綿実油トラスト (AmericanCotton Oil Trust)が 最 初 の 連 結 財 務 諸 表 を 作成したと記述していると報告されているが9) こ の よ う な 株 式 会 社 で な い 組 織 体が,早くから連結財務諸表を作成していた事情は,デモンド(C.W. DeMond) によっても報告されている加。 以上のような事情からして,連結財務諸表は少なくとも19世紀末には多少作成・ 公表されつつあったものと推論できるであろう11)。 と こ ろ が , 連 結 財 務 諸 表 に 関 5 ) 会田義雄,前掲稿.48頁。なお,当社は,チャイルズのいうように.1909年の第 18期から会計決算日を12月31日に変更している。 6 ) 向上, 50頁。従って,会田教授の実態調査の報告やデニールズの記録などを考慮 すれば,チャイルズの挙げている 6大工業会社の中では.General Electric Co. が最初の連結財務諸表を作成・公表した会社であるということになる。 7 ) 同上.49頁。 8) P. F. Brundage.“Consolidated Statements", in T.W. Leland (ed.,) Contemporary Accounting (New York: American Institute of Accountants, 1945), Ch. 5, p. 1

9) M. E. Peloubet, in M. Backer (ed.,)Eαndbook of Modern Accounting Theory (New Y ork: Pr巴ntice-Hall,Inc., 1955), p. 31.

10) C. W. De Mond, Price, Waterhouse & Co. in Americα(New York: pri -vately printed 1951).p. 60.彼によれば,プライス・ウォーターハウス会計事務所 は, U目S.スティール社の1902年の報告書よりも10年も早くから他の顧客のために 連結財務諸表を作成していたと報告している。 11) この点に関して,チャイルズは.1890年から1910年までの期間に,連結財務諸表 の使用が容認された実務となったようであると述べている (W.H. Childs, op. cit., p.44.。)

(27)

する文献となれば. 1904年 9月にセントルイスで開催された会計士国際会議の第 3日目 (9月28日)にデイッキンソン (A.L. Dickinson)によって発表された 「会社の利益

J

“ The P( rofit of a Corporation")と題する論文が最初のもので ある凶。このように,わが国や英国とは異なって,文献による論議以前に,既に ある程度の連結会計慣行が醸成されている実態には,何といっても注目しなけれ ばならない。また,法律,規制等の制定を必ずしも前提とせずに,むしろ経済上 の経験・慣行として,古くから連結会計が導入されているところに,その史的研 究上の難しさもあるといえるであろう問。 ムーニッツ (M.Moonitz) によれば,連結財務諸表は,社会・経済的真空の 中に存在するものではなく,それは,特定の歴史的諸条件から生まれた現実の必 要性を満たすために発達したもので,いわば米国における企業結合の動きが示し た独特の形態を会計面に反映したものであると述べられている叫。 そこで,本稿では,このような観点から,まず連結会計導入思考を明らかにす るために. 1900年前後における企業結合の社会・経済的な背景を探り,同時代に おける公開規則や会計実務などについても考察することにより,米国における連 結財務諸表導入の社会・経済的な背景を概観する。そして.

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スティール杜 による連結財務諸表の作成・公表の動機ないし理由などを分析し,また,デイツ キンソンによる連結財務諸表の必要性や問題点などの指摘についての考察を通じ て連結会計導入思考を明らかにしていく。次に このような連結会計導入,思考が, やがて英国的資産評価思考の導入によって,どのような形で影響され,更には子 12) A. L. Dickinson,“ The Profit of a Corporation", Officiα1 Record of the

Proceedings of the Congress of Accountαnts (New York: George Wilkin -son. 1904), pp. 171-91.この点に関して,チャイルズは,連結財務諸表に関する 最初の議論として A.L. Dickinson,“ Notes on Some Problems Relating to the Accounts of Holding Companies,"The Journα1 of Accountαncy, April 1906, pp.487-91.を挙げている (W.H. Childs, op. cit., p. 44-5. )。

13) この点に関して,会田教授も.米国連結会計の史的研究は,まず経験・慣行とし

て導入された典型例として困難な研究課題であると指摘されている(前掲稿. 48頁)。

14) M. Moonitz, The Entity Theory of Consolidαted Statements (American Accounting Association, 1951),p. 1.

(28)

会社株式の評価や連結会計思考においても,どのように変遷・発展していくのか を明らかにしていきたいと思う。

E

企 業 結 合 の 社 会 ・ 経 済 的 背 景 1 資本集中化と独占企業の出現 周知のように,米国における独占資本の形成は, 1873-9年の恐慌を契機に始 まったが,このような産業集中を促進した要因は,米国産業資本の急速な成長と それにともなう莫大な資本の集積であった。南北戦争 0861-4年)により異常 な刺激を受けた北部や西部の産業は,戦後も目覚ましい工鉱業の発展をみた。 1863年の連邦銀行法の制定によって,通貨・金融制度は整備され, 1869年の大陸 横断鉄道の建設により,西部の開発は一段と促進され,近代工業化の一大要因と なったへまた,各産業部門での新しい生産技術の積極的な採用により,生産力 増大にともなう経営規模の拡大化を招き,これに対応できる株式会社という新し い経営形態をとるようになったへ しかし,このような個別資本家による資本の集積は,株式会社形態によって容 易になったとはいえ,根本的には社会的富の蓄積程度に制限され,また,特殊な 生産部門に固定する社会的資本部分が商品生産者として相互に独立・対立する 個別資本家聞に分割されざるをえないという限界をもっていたへそこで, この ような方法によらず,資本の結合ないし吸収という新しい方法によって,資本の 集積をヨリ一層高度化しようとする資本集中化運動がおこったのである問。

15) A. D. Chandler Jr. “The Rise of Business in the United States: a Histo -rical Survey" in E. Goldtern, H. C. Morton & G. N. Ryland (eds. ) The Amer・LCαnBusiness Corporαtion(Cambridge, Mass: The MIT Press, 1969),

P.43.なお,連邦銀行法の制定やユニオン・パシフイツク鉄道およびナザン・パシ フイツク鉄道の設立や経過に関する詳細については,小山賢一『アメリカ株式会社 法形成史j(商事法務研究会 昭和56年)229-61頁を参照されたい。 16) このような近代工業出現の段階.すなわち莫大な資本蓄積を背景とする企業規模 の量的増大の過程は,一般に資本の集積 (concentration)と呼ばれている(小原 敬士『アメリカ独占資本主義の形成J(岩波書庖 昭和45年)16頁参照)。 17) 向上。

(29)

これは, 1873年に始まるデフレーション恐慌期に,既にインフレーション過程 で急激に膨張した工業生産力と消費とのアンバランスの表面化を契機に,企業聞 の激烈な価値実現化競争として具体化された。やがて,それは,諸企業間で価格, 生産量,販売量,販売市場等に関する協定を結び,競争の制限ないし緩和を図る プール (pooI)の出現となった1ヘしかし,このプールは,各加盟企業の独立を 保証しながら,短期的な価格吊上政策を実施することが多かったので,当時の米 国民法上はよく違法とされて,充分な強制力をもちえず,また,部外者の活動や 加盟者自身の協定違反などにより,事実上,有効適切な政策を実行することがで きなかったのである則。 そこで,市場支配の確立により,価格と利潤の確保を図るトラスト (trust) が,各産業部門で組織された。これは, トラスト協定に参加する企業が,その株 式 を 受 託 者 (trustees) に信託する代りに,その企業財産の評価額に見合う信託 証書 (trustcertificates) を受取るという新しい資本集中化方式であった。各企 業の株式の信託を受けたにすぎない受託者は,これらの株式を合同勘定で管理し たため,各株主はトラスト協定によって株主権を喪失し,単に受託者の保有する 株式や財産に対する比例的持分 (proportionateinterest) を取得するだけとなっ た 。 従 っ て , 受 託 者 は , 全 信 託 証 書 の 過 半 数 を 保 有 し て い た の で , そ の 傘 18) 南北戦争以前でも,製造会社が拡大発展して,会社グループが統一的支配の下に 入って,産業結合が各部門にわたって一時試されたこともあったが,殆んど功を奏 さなかったようである

(

v

.

S. Clark, History of Manufactures in the United Stαtes(New York: McGraw Hill Book Co., Inc., 1929), Vol.II, P.39.。)

19) ジョンズ (E.Jones) によれば,プールの形態としては, (1)価格統制のための 紳士協定 (gent1emen'sagreement), (2)投機プール (speculativepool) , (3)生 産協定プール (regulationof output pool) , (4)販路協定プール (divisionof the field pool) , (5)販売組合プール (sellingagency), (6)特許プール(patent pool)なと舎があったが,これらは.所詮,各個別企業の独立を確保したまま, その 製品価格や販路の維持を図る協定を結ぶ穏かな企業結合形態であった (E.Jones,

The Trust Problem in the United Stαtes(New York: The Macmillan Com-pany, 1922), pp.6-18.。)

20) この点に関するプールの発展とその欠陥についての詳細な説明は,国弘員人『卜

(30)

下会社の役員を自由に任命し,参加会社の経営を事実上支配することができたの である21)。このトラスト方式は,最初 1879年 に ロ ッ ク フ エ ラ ー (John.D. Rockefeller)によって考案され, 1882年にスタンダード石油トラスト (Standard Oil Trust)の 結 成 に よ り 一 層 強 固 な 形 態 と な っ た 。 こ の 成 功 を 範 と し て , 他 の 産業部門でも多くのトラストが結成され,特に1884年以降に急激な普及をみるに 至った盟)。 しかし,このような産業独占運動は,多くの産業利潤の獲得を図る産業資本家 の政策であったため,必然的に農民,労働者 一般消費者などの経済的利益に反 するものであった。そこで,プールやトラストに反対する気運が高まり,やがて 反トラスト運動の展開へと発展していった却)0 1888年 の 大 統 領 選 挙 で は , 全 候 補 者が反トラスト綱領を掲げ 各州でもトラストを禁止ないし抑制する措置を講じ 始めた断。しかし.州法ではトラストの禁圧には不充分であったので,連邦的な 21) 小原敬士,前掲書, 26頁。 E.Jones, op.cit., pp. 19-20.このような受託者ト ラスト,;t.法的観点よりすれば,信託法を利用した法人格のない持株会社であって, プールでは法的強制力を欠く反面,諸州にわたって活動する本来の持株会社の形成 にはなお法体制の整備を必要とした。そこで,両者の中間形態として,信託が法人 と同種の機能を果たすことを利用して.これが形成されたのである(小山賢一,前 掲書, 327頁参照)。 22) E. Jones, op.cit..pp. 30-3仔uえば.綿実油トラスト (1884年).ナショナル 亜麻仁泊トラスト(1884年).ウイスキートラスト(1887年5月).砂糖トラスト (1887年8月).綱具トラスト (1887年),ナショナル鉛トラスト (1887年)などが続 出した。 23) まず最初は.1867年に農家保護団体がウイスコンシンに設立され,西部各地にそ の支部が組織されて,鉄道の高運賃と倉庫の高倉敷料に対する攻撃が開始され.小 商工業者も加わって,鉄道の国有化が要求されるに至った。そこで.1871年にイリ ノイ州はグレンジャー法を制定して高料金を規制したので,他の州でもこれに倣っ て,アイオワ,ミネソタ.ウィスコンシンが続いた。また,東部では1869年のマサ チューセッツ州の鉄道委員会で,弱い勧告権限をもっ委員会方式が採用されるに至っ た(小山賢一,前掲書.318頁)。 24) 先ず最初の攻撃は.1887年のルイジアナ州のアメリカ綿実油トラストの解散判決 に始まり.1888年にはニュー・ヨーク州の製糖業トラストのノース・リヴァー製糖 会社の起訴.1890年にはオハイオ・スタンダード石油やネプラスカ州の蒸溜業家畜

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立法が要求されて.1887年に州際通商法(InterstateCommerce Act)が制定さ れ.1890年にはシャーマン反トラスト法 (ShermanAnti-Trust Act)が成立し たのである。前者は,不当かつ不公正な運賃と運賃プールを禁止し(第

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条,第 5条).あらゆる運賃の割戻しと個人的・地域的差別を禁止した(第2条 , 第3 条)。また,全ての運賃を各駅に掲示し,州際通商委員会に届出るものとし(第 6条).同委員会は,運送業者の届出るべき財務,営業,運賃等に関する年次報 告書の様式を定める権限を与えられた(第20条)お)。 後者は.

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不法な制限および独占に対して取引ならびに通商を保護するための 法律」であって,僅か8か条から成るものである。これは,各州閉または外国と の取引もしくは通商を制限するあらゆる契約, トラストその他の形式による結合 もしくは共謀を違法とし,当事者に軽罪の責任を負わせた(第

1

条)。また,上 記の取引もしくは通商のどの部分についても独占し または独占を企て,または 独占するために他の者と結合もしくは共謀した者に軽罪の責任を負わせた(第2 条)お)。確かに,シャーマン法は, トラストの解消には一応の効果をもったよう にみえたが,それに代わる持株会社という新しい資本集中の形態が出現し,近代 的トラストの発展となった。 飼育業トラストのネプラスカ蒸溜会社の起訴と進展していった(大原敬士.前掲書, 42頁参照)。また.1889年にはカンサス州が一般的な反トラスト州法を制定したので¥ これに倣って,メイン,北カロライナ,テネシー,ミシガンも加わり,翌年には南 ダコタ,ケンタッキー,ミシシッピーが続いた(小山賢一,前掲書, 322頁参照)。 25) 矢沢惇「アメリカにおける反トラスト法の形成

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法律時報

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第202号, 27頁参照。 和田英夫「州際通商委員会(1.

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)の成長と展開J

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北海道大学法学論集』第1 巻 57頁参照。また,鉄道規制の動きについては, G. E. Roberts巴(d.,)Rail -road Regulation (New York: American Chamber of Economics, Inc.,

1921).p.10.を参照されたい。 26) 小山賢一,前掲書, 323頁。以上が実体規定であって,これを効果あらしめるため に,次の 4つの訴訟手続が定められている。第 lは刑事訴訟で,罰金,禁鋼または 両者の併科(第l条,第 2条),第 2は衡平法における違法行為の差止命令(第 4条l, 第3は損害賠償の請求訴訟(第 7条).第 4は物件の没収訴訟(第 6条)に関する規 定が設けられているO なお,詳細については,矢沢惇,前掲稿『法律時報

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第203号 74-5頁および国弘員人『トラスト禁止法研究J(同文舘 昭和22年)40-9頁を参 照されたい。

参照

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