はじめに
腸内細菌研究が世界中のトピックスとなり, 腸内細菌の新たな役割や腸内細菌の異常による 病態への関与が次々と報告されている.また, 糞便微生物移植(fecal microbiota transplanta-tion:FMT)という健常人の糞便を消化管に投 与し,腸内細菌叢の異常を是正する治療法が登 場した.欧米で大きな社会問題となっている再 発性Clostridium difficile感染症(Clostridium dif-ficile infection:CDI)に対して無作為割付試験 によって有効性が示された.本稿では,FMTも 含め,腸内細菌と消化管疾患の話題を提供する.
1.腸内細菌は今なぜ話題に?
2003年にヒトの全遺伝子配列が解読され,さ らには近年の次世代シークエンサーの精度の改 良と高速化により,これまでの培養法に依存し ない腸内細菌の網羅的な解析が可能となり, 様々な疾患で腸内細菌叢の異常が認められるこ とが明らかとなった.しかし,腸内細菌叢の構 成異常をdysbiosis(ディスバイオシス)と呼ぶ が,現時点では健常人の腸内細菌叢の構成も はっきりとわかっていない.したがって,腸内 細菌叢の構成が健常人の構成から明らかに逸脱 して異なっている疾患群が存在する場合,その 疾患にdysbiosisが存在するという.また,人種 が異なれば,健常人でも腸内細菌の構成も全く 異なることもわかってきている. 最近の健康ブームに乗って,善玉菌である ヨーグルトやその栄養となる食物繊維などのサ プリメントが世界中で盛んに摂取されている. 実は,動物レベルでの有益性の検証はかなり進 んではいるが,健康食品としても医薬品として も,ヒトにおける有益性を示すエビデンスレベ ルは低い.実際,消化器専門医ですら,整腸剤 の使用法についてはエビデンスではなく,長年 の経験に基づいて使用しているのが実情である. このような背景の中,FMTが最近話題になっ 慶應義塾大学消化器内科113th Scientific Meeting of the Japanese Society of Internal Medicine:Symposium:2. Gut microbiota and diseases;1)Microbiota and
gastro-intestinal disease.
Takanori Kanai:Division of Gastroenterology and Hepatology, Department of Internal Medicine, Keio University School of Medicine, Japan. 本講演は,平成28年4月16日(土)東京都・東京国際フォーラムにて行われた.
1 2 3
2
シンポジウム
腸内細菌と疾患
1)腸内細菌と消化管疾患
金井 隆典 Key words 炎症性腸疾患,腸内細菌,ディスバイオシス,糞便微生物移植ているわけである(表 1).2012 年までは,治 療効果に関して質の高いエビデンスはなく,ほ とんどが症例報告またはケース・シリーズで あったが,2013年1月,New England Journal of Medicine誌 に 再 発 性Clostridium difficile感 染 症 に対する抗菌薬との無作為割付比較試験におい て,FMTの圧倒的な優越性が初めて示された1). Dysbiosisが病態に関与していると考えられ ているのは,再発性Clostridium difficile感染症以 外 に も, 炎 症 性 腸 疾 患(inflammatory bowel disease:IBD)や過敏性腸症候群といった消化 管疾患や,メタボリックシンドロームや肥満な どの代謝性疾患,リウマチ性疾患,精神神経疾 患など多岐にわたっている.現在,FMTはこれ らの疾患に対して全世界的に試みられている. 再発性Clostridium difficile感染症以外は極めて エビデンスに乏しいのが現状であるにもかかわ らず,国内外問わず何でも効くかのような報道 の風潮には注意が必要である.
2.腸内細菌とは?
ヒト腸管内には 1,000 種,100 兆個以上の腸 内細菌が生息しており,この数はヒトの構成細 胞数 60 兆個を凌駕する2).さらに,この細菌叢 が有する遺伝子数は,ヒトの全遺伝子数,約 2 万 5,000 個の 100 倍以上にも達することが報告 されている.宿主は腸内細菌に栄養と生息環境 を提供する一方で,腸内細菌はあたかもヒトに とって 1 つの臓器のように機能している.例え ば,短鎖脂肪酸やビタミンの産生,代謝機能に よる宿主へのエネルギー源の供給,腸管上皮細 胞や免疫細胞の分化や成熟化,腸内環境の恒常 性の維持,病原菌に対する感染防御などを通じ て宿主に寄与していることが分子レベルで次々 と解明されている.3.消化管疾患における腸内細菌
IBDは再発性の慢性腸管炎症を特徴とする疾 患であり,潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis:UC) とCrohn病(Crohn’s disease:CD)がある.IBD の原因はいまだ解明されていないが,動物モデ ルや患者サンプルを用いた免疫学的研究,ゲノ ム ワ イ ド 関 連 解 析(genome wide association study:GWAS)研究,腸内細菌メタゲノミクス 研究などから,遺伝学的素因を有する者に,出 産(帝王切開),抗菌薬使用,食事,ストレス, 衛生環境などの環境因子が加わり,腸内細菌に 対する異常な免疫応答が引き起こされると考え られている.現在,免疫異常を標的とする治療 が主流となっているが,決して原因を抑えてい るのではなく,結果である免疫異常を抑えてい るだけともいえる.したがって,治療を中止す ると,多くは再発する. 一方,腸内細菌dysbiosisに関しては,多くの IBD動物モデルは無菌環境下では腸炎を発症し ないこと3),抗生物質がある一定の効果をもつ こと4),CDでは人工肛門によって便流を遮断す ることで腸管炎症が沈静化すること5),GWASで 同定されたIBD疾患関連遺伝子に腸内細菌に関 連する自然免疫系の分子や粘膜バリアに関連す る分子が複数含まれている6)ことから,腸内細 菌がIBDの病態に深く関与していることが示唆 されている. IBD患者では,dysbiosisに加えて,健常者と比 表1 糞便微生物移植法の歴史 糞便微生物移植(FMT) 紀元4世紀;デホング(中国).重症下痢食中毒に “yellowsoap” 1958;アイスマン(米国)4例の偽膜性腸炎 (Surgery1958) 抗生物質万能の時代 NAP-1変異クロストリジウム•ディフィシル感染症の 出現(欧米) 2013;再発性Clostridiumdifficile感染症のRCT (NEJM2013) 2015;潰瘍性大腸炎のRCT2報(Gastroenterology2015)較し,腸内細菌叢の多様性の低下が認められて いる7).また,IBD患者でFirmicutes門の減少,
CD患者でProteobacteria門の増加が指摘されて
いる7).Firmicutes門に含まれるClostridium属細 菌(Clostridium cluster IVお よ びcluster XIVa) は,短鎖脂肪酸である酪酸(butyrate)を産生 し,制御性T細胞を誘導する.UC患者で,cluster IV groupのFaecalibacterium prausnitziiが減少し ており8),IBD患者ではClostridium属による腸管 恒常性の破綻が病態に関与している可能性が考 えられる.
4.プロバイオティクス
腸内細菌の制御の重要性を最初に説いたの は,単球の貪食作用の研究でノーベル医学生理 学賞を受賞したロシア人のメチニコフ博士であ る.メチニコフはブルガリアでのヨーグルト摂 取と長寿との関連性に着目し,乳酸菌摂取が健 康増進に寄与していることを 1907 年に提唱し た.その後,1989年にイギリス人の微生物学者 フラーが,「腸内フローラのバランスを改善する ことで宿主の健康に好影響を与える生きた微生 物」とプロバイオティクスを定義した. IBDにおいてもプロバイオティクスが注目さ れ,腸内細菌叢の制御メカニズムが主に動物モ デルで科学的に解明されつつある.我々のグ ループは,医療用医薬品の整腸剤として知られ ているプロバイオティクスClostridium butyri-cumが,マウス大腸炎モデルにおいて大腸粘膜 のマクロファージから炎症抑制性サイトカイン であるインターロイキン-10 を誘導して大腸炎 を抑制すること9),さらに,Clostridium butyri-cumの主な菌体成分であるペプチドグリカンが 腸管樹状細胞を刺激してTGF-βを産生し,制御 性T細胞を誘導し腸炎を抑制することを報告し た10).他にもプロバイオティクスが明確な分子 メカニズムを有し腸炎を抑制するという報告が 相次いでいるが,なぜかヒトIBD患者での臨床 成績はことごとく失敗に終わっている(図).し かし,これらの報告を詳細に分析してみると, 多種類を大量に投与するある種のプロバイオ ティクスはIBDに有効であった.つまり,ヨーグ ルト 1 日分のカップの 1,000 倍ぐらい大量に, かつ,いろいろな種類の善玉菌のカクテルなら 効くかもしれないというわけである.5.消化器疾患に対するFMT
1)再発性Clostridium difficile感染症 Clostridium difficileは毒素を産生し,抗菌薬投 与を受けた患者や免疫抑制状態の患者に下痢な どの消化器症状を引き起こす.メトロニダゾー ルやバンコマイシン投与が行われるが,最近, NAP-1遺伝子変異株が欧米に出現し,15~30% の患者では再発を認め,また,重症化する傾向 にある11).Clostridium difficile感染症では,発症 前の抗菌薬投与で腸内細菌叢のdysbiosisと多様 性の減少によって発症する.FMTは腸内細菌叢 を再構築する治療法であり,再発性(既存の抗 生薬を投与しても再発する)Clostridium difficile 感染症に対しては理に適った治療法といえる. 前述のごとく,2013年に抗生薬治療を対象とし 図 なぜヒトIBDではプロバイオティクスにエビデ ンスが乏しいのか? 動物モデルとヒトIBDでのプロバイオティクス投与 量を比較すると,体重換算では動物モデルが圧倒的 に大量に投与していることがわかる. 動物モデル 投与量 109プロバイオティクス菌/日 体重が2,000倍も違うのにほぼ同数を投与していた 体重 ヒトIBD 109 細菌/日 50,000 g 25 g 有効性 あり ?た無作為割付比較試験の結果が報告された1). これらの結果を受けて,再発性Clostridium diffi-cile感染症に対する最新の米国の治療ガイドラ インでは,FMTを 3 回以上再発したClostridium difficile感染症の治療法として推奨している12). 2)潰瘍性大腸炎 UCに対するFMTは,1989 年に最初の症例が 報告された13).慢性持続型のUC患者に対して, 注腸によるFMTを行った結果,無投薬での長期 寛解が得られたとしている.その後,同じグルー プが難治性UC 6 例にFMTを行い,3 カ月後に全 例で寛解が得られたと報告している14).最近の 系統的レビューによると,前述の 6 例を含めて 18例のUCのFMT治療例が報告されている15).そ して,18 例中 13 例で効果を認めた.しかし, 症例のほとんどは症例報告例であり,publica-tion biasを考慮する必要がある. 一方で,最近,相次いで発表されたUCに対す るFMTの前向き試験の結果は,決して良好なも のではない.Angelbergerらは中等症から重症の UC 5例に対してFMTを行い,12週までに寛解が 得られた症例はなかったと報告している16).ま た,KumpらもUC 6 例に対してFMTを行い,や はり寛解が得られた症例はなかったと報告して いる17). 2015 年に 2 つのIBDに対するFMTの有効性を 検討したランダム化プラセボ対照試験の結果が 示された.Moayyadiらは,活動期UC患者に対し て,①注腸による週 1 回のFMT施行群,②プラ セボ群を比較した.週 1 回のFMTを 6 週間施行 し,治療開始 7 週後の寛解率を主要評価項目と した.寛解率はプラセボ群では 5%(37 例中 2 例)であったのに対して,FMT施行群では24% (38 例 中 9 例 ) と 有 為 に 高 か っ た18). 一 方, Rossenらは,軽度から中等症のUC患者に対し て,経鼻十二指腸チューブを用いて,①健常人 ドナーの糞便を移植する群,②自己の糞便を移 植する群を比較した.治療開始時と開始 3 週間 後に2回FMTを行い,治療開始12週後の内視鏡 所見の改善を伴う臨床的寛解率を主要評価項目 とした.寛解率は自己の糞便を移植した群では 25%(20 例中 5 例),健常人ドナーの糞便を移 植した群では 30.4%(23 例中 7 例)であり,2 群間で有為差は認めなかった19).したがって, 現時点では,UCにおいては確立した治療法とし て認められていないのが現状である. IBDにおけるFMTの有効性のばらつきは,前述 したIBD患者におけるdysbiosisが原因なのか結 果なのかという問題による部分が大きいと考え られる.再発性CDIではdysbiosisは原因であり, dysbiosisの是正で著効する.一方,多因子疾患 であるIBDでは,dysbiosisが炎症の原因であるの か結果であるのかは解明されていない.しか し,IBDにおいても腸内細菌叢の制御が重要な 治療戦略であることには変わりなく,FMTの有 効性に影響するレシピエント側の因子,ドナー 側の因子,FMTのタイミングや投与回数,間隔, 投与法など様々な課題を検討することで,より 臨床応用に近づくことものと考えられる(表2).
おわりに
Dysbiosisが疾患の病態と関連している可能 表2 糞便微生物移植の未解決課題 FMT の未解決課題 【投与経路】 注腸?,大腸内視鏡下?,胃管チューブ?, 十二指腸チューブ?,上部内視鏡下? 【ドナー】 配偶者?,家族(何親等まで?),友人?,第三者健常 ボランティア? 【前処置】 抗生物質?,洗腸?,無処置? 【ドナー糞便投与重量】 20~200 g? 【ドナースクリーニング】 未知の感染症?性が明らかになるにつれて,FMTはdysbiosisを 是正する治療法として一躍脚光を浴びるように な っ て き て い る.FMTは, 再 発 性Clostridium difficile感染症,IBD,過敏性腸症候群などの消 化管疾患にとどまらず,メタボリックシンド ローム,2 型糖尿病,自己免疫疾患,自閉症に 対しても試みられている.一方で,FMTに関す る質の高いエビデンスとしては再発性 Clostrid-ium difficile感染症に対するものだけであり,他 の疾患に対するFMTに関しては,プロトコール の最適化も含め20),慎重に有効性を見極めてい くことが必要である. 著者のCOI(conflicts of interest)開示:金井隆典;講演 料(田辺三菱製薬),研究費・助成金(味の素製薬,イー エヌ大塚製薬,江崎グリコ,大塚製薬,ミヤリサン製 薬),寄附金(旭化成メディカル,アストラゼネカ,アッ ヴィ,JIMURO,ゼリア新薬工業,第一三共,武田薬品 工業,田辺三菱製薬,ビオフェルミン製薬,ファイザー 製薬)
文 献
1) van Nood E, et al : Duodenal infusion of donor feces for recurrent Clostridium difficile. The New England journal of medicine 368 : 407―415, 2013. Epub 2013/01/18.
2) Qin J, et al : A human gut microbial gene catalogue established by metagenomic sequencing. Nature 464 : 59― 65, 2010. Epub 2010/03/06.
3) Kühn R, et al : Interleukin-10-deficient mice develop chronic enterocolitis. Cell 75 : 263―274, 1993.
4) Khan KJ, et al : Antibiotic therapy in inflammatory bowel disease : a systematic review and meta-analysis. The American journal of gastroenterology 106 : 661―673, 2011.
5) Rutgeerts P, et al : Effect of faecal stream diversion on recurrence of Crohn’s disease in the neoterminal ileum. The Lancet 338 : 771―774, 1991.
6) Jostins L, et al : Host-microbe interactions have shaped the genetic architecture of inflammatory bowel disease. Nature 491 : 119―124, 2012.
7) Frank DN, et al : Molecular-phylogenetic characterization of microbial community imbalances in human inflam-matory bowel diseases. Proceedings of the National Academy of Sciences 104 : 13780―13785, 2007.
8) Sokol H, et al : Faecalibacterium prausnitzii is an anti-inflammatory commensal bacterium identified by gut microbiota analysis of Crohn disease patients. Proceedings of the National Academy of Sciences 105 : 16731― 16736, 2008.
9) Hayashi A, et al : A single strain of Clostridium butyricum induces intestinal IL-10-producing macrophages to suppress acute experimental colitis in mice. Cell host & microbe 13 : 711―722, 2013.
10) Kashiwagi I, et al : Smad2 and Smad3 Inversely Regulate TGF-β Autoinduction in Clostridium butyricum-Acti-vated Dendritic Cells. Immunity 43 : 1―15, 2015.
11) Leffler DA, Lamont JT : Treatment of Clostridium difficile-associated disease. Gastroenterology 136 : 1899― 1912, 2009. Epub 2009/05/22.
12) Surawicz CM, et al : Guidelines for diagnosis, treatment, and prevention of Clostridium difficile infections. The American journal of gastroenterology 108 : 478―498, 2013. quiz 99. Epub 2013/02/27.
13) Bennet JD, Brinkman M : Treatment of ulcerative colitis by implantation of normal colonic flora. Lancet 1 : 164, 1989. Epub 1989/01/21.
14) Borody TJ, et al : Treatment of ulcerative colitis using fecal bacteriotherapy. Journal of clinical gastroenterology 37 : 42―47, 2003. Epub 2003/06/18.
15) Anderson JL, et al : Systematic review : faecal microbiota transplantation in the management of inflammatory bowel disease. Alimentary pharmacology & therapeutics 36 : 503―516, 2012. Epub 2012/07/26.
16) Angelberger S, et al : Temporal bacterial community dynamics vary among ulcerative colitis patients after fecal microbiota transplantation. The American journal of gastroenterology 108 : 1620―1630, 2013. Epub 2013/09/26.
17) Kump PK, et al : Alteration of intestinal dysbiosis by fecal microbiota transplantation does not induce remission in patients with chronic active ulcerative colitis. Inflammatory bowel diseases 19 : 2155―2165, 2013. Epub 2013/08/01.
18) Moayyedi P, et al : Fecal Microbiota Transplantation Induces Remission in Patients With Active Ulcerative Colitis in a Randomized Controlled Trial. Gastroenterology 149 : 102―109, 2015.
19) Rossen NG, et al : Findings from a randomized controlled trial of fecal transplantation for patients with ulcer-ative colitis. Gastroenterology 149 : 110―118, 2015.
20) Matsuoka K, et al : Fecal microbiota transplantation for gastrointestinal diseases. Keio J Med 63 : 69―74, 2014.