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肺癌の外科治療と転移の分子生物学的メカニズム*
小 川 純 一
秋田大学医学部外科学第二講座
(平成9年12月3日受付,平成9年12月3日掲載決定) Surgical Treatment and Molecular Analysis of the
Mechanism of Metastasis in Lung Cancer
J un‑ichi Ugawa
Second Department 01 SurgeJっi,Akita University School 01 Medicine, Akita 010‑8543, Japan
Abstract: In this paper the outcome of surgical treatment and the mechanism of distant metastasis in lung cancer is discussed.
There has recently been a rapid increase in the number of lung cancer patients. The 5‑year survival rates of 504 patients who had undergone surgical resection between 1975 and 1993 were 81% in stage 1 disease, 57% in stage II, 22% in stage III, and 15% in stage IV. Thoracoscopic surgeryhas recent1y been introduced as a less invasive method. However, the indication of the technique in lung cancer needs further study from the standpoint of lymph node extirpation.
Hematogenous metastasis is a complex mu1tistep process, and includes detachment from the primary site, interaction between cancer cells and the extracellular matrix, adhesion to the endothelial cells at the target organ, and extravasation from the capil‑ laries. Recent progress in the field of molecular biology has facilitated our understand‑ ing of the mechanisms of metastatic formation which could not be elucidated by conven‑ tional microscopic examination. In this paper, some of the factors that play critical roles in metastasis and which have been comprehensively investigated, including the results of our studies, are reviewed and discussed.
は じ め に
我が国では昭和56年以来死亡原因の第一位を癌が 占めている。中でも肺癌は男女ともに急増し,平成5年 からは男性の癌死のトップになった。肺癌の根治治療 は外科的切除で,最近は侵襲の少ない胸腔鏡を用いる 方法も導入されているが,その成績は必ずしも満足の いくものではない。死亡原因の多くは遠隔臓器への転 移であり,転移を制することができなければ例え原発 巣が切除できたとしても癌を制圧したことにはならな い。近年の分子生物学的研究の成果は転移形成全体の
解明に十分でトはないにしても我々にかなりの道を開い てくれた。本稿では外科療法の成績とともに比較的臨 床家に理解しやすい転移の項目について,自験例の結 果と併せて考察してみたい。
*平成9年6月11日第40回秋田医学会における特別 講演要旨
日本における肺癌死亡率の推移
図1は1981年の時点で行なった癌の部位別死亡率 の推移とその後の予測を示したものである。この図か ら,癌による死亡総数は男女ともにほぼ横這いである が,これまでトップであった胃癌は漸減傾向にあり,
イtって男性では肺癌,肝臓癌,大腸癌,醇臓癌が,女 性では肺癌,大腸癌,乳癌, g革臓癌,卵巣癌が漸増し ていることがわかる。いずれにしても肺癌の急増は明 1 ‑
人 口 10 人 吋 平 飴 訂 正 争E C ~ 0̲.!8
0.5 0.4 0.3 0.2
男
1972 1981 19唱 1990 1995 2000
女
一ーー一-一一一一ー金~~
1972 1981 1985 1990 1995 2000
図1. 日本における癌の部位別年齢訂正死亡率の推移と将来の予測
らかであり,男性では1993年に胃癌を抜いてトップの 座を占め,女性の場合も 2000年前には胃癌を抜くであ
ろうと予想されている。
県別に肺癌死亡率をみると,全国平均を上回るのは,
男性では北から北海道,青森,秋田,山形,新潟,福 井,京都,兵庫,島根,山口,福岡,佐賀県,女性で は北海道,秋田,京都,兵庫,熊本県と日本海側に高 いのが特徴である。残念ながら秋田県は男女ともに肺
癌死亡率が全国平均よりも高い。
肺癌外科治療の現況
1975年から 1993年までの18年間に経験した肺癌 切除数は504例であった。このうち 214例 (42%)が 肺癌死した。重複癌を含む他病死例も 52例(10%)あ り,高齢化が進むなかにあっては第一癌治療後も第二
園率直置置置
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図2 肺癌の病期別累積生存率 (Kaplan‑Meier法)
第25巻1号 ‑ 2 ‑
』ー
癌発生を十分考慮しなければならない。肺癌死のうち 血行性転移は163例 (76%)と大部分を占め,遠隔転 移の制御が治療成績の向上に不可欠であることを示し ている。
肺癌は他の固形癌と同様にTNMの3因子で4つ の病期に分けられる。病期別に5年生存率をみたもの が図2である。リンパ節転移のないSTAGE 1では 81%,肺門リンパ節転移を伴う STAGEIIでは57%, 縦 隔 リ ン パ 節 転 移 を 伴 う か , 隣 接 臓 器 浸 潤 の あ る STAGEIIIでは22%,遠隔転移を伴う STAGEIVで は15%で,各STAGE聞に明らかな差が認められた。
TNMの中でも N因子は予後を規定する最も重要な 因子であり,今後縦隔リンパ節転移を伴う STAGEIII でいかに集学的治療を駆使して生存率向上を計るかが 我々の課題でもある。
肺 癌 に 対 す る 胸 腔 鏡 手 術
胸腔鏡下手術は低侵襲のため低肺機能患者や高齢者 にも行なうことができ,また傷が小さいために痔痛が 少なく,患者のQOLに寄与する面が大きい。現在では 気胸を初めとして,良性腫蕩,胸壁腫虜,転移性肺腫 蕩,縦隔腫療にもその適応が拡大している。一部の施 設では肺野末梢発生の肺癌に対しても積極的に取り組 み, 3cm以下の肺癌では保険適応も認められている。
しかし胸腔鏡では悪性腫療の標準術式にもなっている リンパ節郭清が通常の標準開胸法に比べて劣る点は否 定できず,まだ十分なコンセンサスを得るには至って いない。事実,術前CTで腫虜径が3cm以下で肺野末 梢に存在し, リンパ節転移陰性と判断した107例を集 計したところ,術後病理標本でリンパ節転移が証明さ れたものは23例 (21%)にも及んでいた(表1)。この ような症例に対して胸腔鏡のみで郭清を行なうことに は問題がある。元来リンパ節は生体に備わった免疫防 御機構であり,リンパ節に免疫応答能が残っていれば 郭清が不十分な胸腔鏡下手術でも理論的には妥当性が ある。反面,転移がなくても免疫応答能がなければも はや残しておく意義はなく, リンパ行d性転移を防ぐ意 味からも通常の開胸で完全郭清を行なうのが正しい方 法であろう。以上の点から筆者は肺癌に対する胸腔鏡 下手術を完全に否定するものではないが,全てのT1 肺癌 (3cm以下の末梢発生肺癌)をその適応とする考
えには疑問を感じている。
そこで腫療の悪性度により所属リンパ節の免疫応答
表1. 末梢小型肺癌(腫療径3cm以内)のリンパ節転 移
C‑T1N1MO 107例*
ι P‑T1N1MO 84例
P‑T1N1MO** 9例 (8%) P‑T1N2MO** 14例 (13%)
*・術前CTで腫膚(3cm以内)が肺野末梢に存在し,
リンパ節転移陰'性 (NO)と判断したもの
**・術後病理標本でリンパ節転移陽性 (N1,N2)と なったもの
能がどのように変化するかを検討した。方法は摘出し た所属リンパ節を用い, Tリンパ球産生領域である傍 皮質領域の肥大反応を組織学的に調べた。さらに機能 面からリンパ節リンパ球をCD抗原によりヘルパーリ
ンパ球,サプレッサーTリンパ球,キラーTリンパ球 に亜分類してその割合を調べた。腫蕩の悪性度はフ ローサイトメトリーによるDNAヒストグラムで, di‑ ploid, peridiploid, aneuploidパターンに分類した。
Aneuploid肺癌がdiploid肺癌に比べて予後が不良で あることはよく知られている。表2,3にその結果を示 した。 STAGE1肺癌の転移陰性リンパ節は腫療がdi‑ ploid, peridiploidの 場 合 , 傍 皮 質 領 域 の 肥 大 反 応
(PH)は65%以上の数のリンパ節でみられたが,aneu‑ ploidの場合PHは僅か30%のリンパ節でしかみら れなかった。一方縦隔リンパ節転移を伴う STAGEIII 肺癌ではたとえ転移がなくても腫療のDNAパターン
に関係なく 33%から45%の数のリンパ節でしかPH がみられず,転移陽性リンパ節と有意差はなかった(表
2)。つまり Tリンパ球産生領域の肥大は縦隔リンパ節 転移がなく,かつ腫療がdiploid,peridiploidの場合に 限ってみられたということになる。リンパ球機能から みると,腫蕩免疫の主役となるキラーTリンパ球の割 合は腫壊がdiploidの場合は7.1%であり,peridiploid の4.8%,aneuploidの3.2%よりも有意に高い値が得 られた(表3)。要約するとリンパ節の免疫応答能は転 移の有無,STAGEだけではなく,腫壌の悪性度にも大 きく影響され,胸腔鏡ではリンパ節郭清が不十分にな らざるを得ない点を考慮すると,その適応となる肺癌 はリンパ節転移がないSTAGEIで,腫療がdiploidの 場合に限るべきではないかと考えている。少なくとも T1肺癌を全て胸腔鏡の適応とするのには問題があろ
っ
。
‑ 3 ‑
表2 腫療のDNAパ タ ー ン に よ る リ ン パ 節 の 傍 皮 表3. 腫 療 のDNAパ タ ー ン に よ る リ ン パ 節 リ ン パ
質領域肥大 (PH*) 球の亜分類
DNAパターン DNAノfターン
diploid peridiploid aneuploid STAGE 1転移陰性リンパ節
PH反応なし 12 12 33 あり 27 (67%) 22 (65%) 14 (30%) STAGE II転移陰性リンパ節
PH反応なし 3 1 8
あり 6 (67%) 2 (67%) 2 (20%) STAGE III転移陰性リンパ節
PH反応なし 4 6 11
あり 2 (33%) 5 (45%) 6 (35%) 転移性陽性リンパ節
PH反応なし 7 5 22 あり 1 (13%) 2 (29%) 9 (29%) paracortical hyperplasia
diploid peridiploid aneuploid 検索リンパ節数 35 46 51 ヘルパーTリンノ匂求(%)36.8::t8.2 35. 3::t9.6 38. 0::t8.5 サプレッサー
0.3土0.9
Tリンノ句求(%) o .1::t0. 2 0.1土0.5 キラー
Tリンパ球(%) 7.1::t2.7* 4.8::t2.8* 3.2::t2.3*
* : p<O.Ol
を形成しており,転移はその能力を有する極く限られ た細胞によって形成される,また癌転移は極めて多く のステップを経て形成され,癌細胞相互だザでなく血 管内皮細胞,間質細胞など多くの細胞との絡みで作ら れる,などである(図3)0ここでは主に転移形成のス テップを中心にその概略を述べてみたい。
転 移 形 成 の 分 子 機 序 1. 原発腫蕩塊からの離脱
これまでの分子レベルの研究から転移に関してはい 転移の第一段階として癌細胞は腫虜塊から離脱する くつかの基本的な考えが明らかとなった。即ち癌細胞 必要がある。細胞は本来接着因子により相互に連結し は同じ腫蕩内でも性格の異なる heterogenousな集団 ているが,この接着因子の不活化が起こると癌細胞は
第25巻l号
--~晶 原発巣からの離脱
窓 R6JNン,ヵテ二ン) ヨピ((t)iコ間質の融解
ヒ.J¥一罰RPf結託15男
血管内皮細胞との接着 ‑
(糖鎖,セレクチン ....
ぐ一一 一
図3. 癌の血行性転移の模式図
‑ 4
内 皮 細 胞 血管基底膜
‑
離脱しやすくなり,浸潤,転移を引き起こす。上皮細 胞間の物理的接着は主に接着帯(Adherencejunction) がその役割を担い,カルシウム依存性の糖蛋白質Eカ ドへリンから構成される1)。カドへリンはさらに細胞 内でカテニン蛋白と結合し,ビンキュリン,タリン,ア クチンなどの細胞骨格系と連絡する(図4)。カテニン はα,β,γの3種類が同定されており, β,γに関して はまだ、不明な点があるが, αカテニンについてはカド へリンの接着装置に決定的な役割を果たすことが示さ れている2,3)。
以下は我々が肺癌切除例で調べた結果である。対象 は1980年より 1993年までに治癒手術を行なった肺癌 317例で,ホルマリン固定ノfラフィン切片より DNA
を抽出し,Eカドへリン, αカテニン遺伝子をPCR法 で増幅した。増幅の程度は増幅のみられないものを (一),陽性コントロールに比べて弱い増幅を示すもの を(土),陽性コントロールと同程度の強い増幅を示す ものを(+)に分類した。各遺伝子の増幅頻度を表4に 示す。(十)の頻度はEカドヘリンが15%,αカテニン が12%でそれほど高くはなかった。図5は予後との関 係をKaplan‑Meier法で表わしたもので, Eカドへリ
ン単独では増幅程度によって全く差はみられなかった が, Eカドへリン増幅例のみをαカテニン増幅により 3分類すると,両者ともに(+)例の予後は良好であっ た。これに対してEカドへリン増幅例であっても αカ テニンが(‑), (土)例の予後はEカドへリン非増幅
Actin filament
表4. PCR法による遺伝子増幅の頻度 PCR増幅
(一) (士 (+)a 計 E‑Cadherin
α‑Catenin MMP‑2 M T一MMP TIMP‑2 ST3N
ST4 (ST30/N) Fuc‑TIII, V
175 164 206 55 127 45 259 289
96 46 (15%) 116 37 (12%) 54 57 (18%) 89 173 (55%) 76 114 (36%) 59 213 (67%) 28 30 ( 9%) 14 14 ( 4%) Fuc‑TVI 230 42 45 (14%) Fuc‑TVII 96 65 156 (49%) SLex免疫染色 78 113 126 (40%) : (一);増幅なし, (::1:);弱増幅, (+);強増幅
317
b: (̲) ;無染色, (::1:); 0‑29%, (+) ; 30%以上の細 胞数が染色されるもの
例と差はなく,有意に不良であった。以上の結果はE カドへリンよりも αカテニンの方がより重要な予後 因子であることを示唆しているものと考えられる。
2. 細胞外マトリックス,血管基底膜の融解 原発巣より分離した癌細胞はI型コラーゲンを主成 分とする細胞外マトリックスを融解しながら間質内を
図4. 上皮細胞の接着 (AdherenceJ unction) 5
生存率(%) 100,.山山剛
80
60
40
20
一一一Cadherin(一)(175)
• (:t)(96)
一一(+)(46)
2 3 4 5
年数
. Cadherin(:t, + )Catenin(一)(50)
‑‑‑Cadherin(土,+)Catenin(:t)( 69)
2 3 4 5
年数 図5. E‑Cadherin,α‑Catenin遺伝子増幅による生存曲線
移動し,血管基底膜の外側に接着する。接着には癌細 胞表面のインテグリンと基底膜上のラミニン,フィプ ロネクチンなどとの結合が関与する。接着した後,癌 細胞はIV型コラーゲンを主成分とする基底膜層を融 解して血管内腔に到達する(図3)。なかでも血管基底 膜は癌細胞の浸潤に最も強く働くパリヤーのひとつで ある。間質,血管基底膜の主成分であるコラーゲンは マトリックスメタロプロテナーゼ(MMP)と呼ばれる 一群の酵素で融解され, 1型コラーゲンはMMPl,8, 13に代表されるコラゲナーゼ群で, IV型コラーゲン はMMP2,9に代表されるゼラチナーゼ群やMMP7 (マトリライシン)で融解される(表5)0M M Pは癌細 胞ばかりでなく組織固有細胞,炎症細胞からも分泌さ れ,癌の浸潤のみならず種々の病的状態における組織 破壊に関与する。 M M Pは通常前駆体M M Pとして分 泌され,その作用を発揮するためには細胞外でプラス ミン, トリプシンなどのセリンプロテアーゼで活性化 される必要がある。この活性化機構や活性化された M M Pの働きは特異的なインヒピターであるティシュ インヒビター(TIMP)によって阻害される。 TIMPは M M Pと同様に癌細胞だけでなく間質細胞からも分泌 される。過剰な活性型M M Pは重大な組織破壊をもた らす危険性があり,このような事態を避けるために TIMPはM M Pに対して抑制的に制御しているわけ である。つまり癌細胞が細胞外マトリックス,血管基 底膜を分解するためにはM M P産生だけでは十分で
第25巻1号 ‑ 6
表5. MMP (Matrix Metalloproteinase)遺 伝 子 ファミリー
名 称 MMP番 号 基 質 産 生 細 胞 コラゲナーゼ群 MMP‑l 1, II, III型コラーゲン線維芽細胞
MMP‑8 癌 細 胞
MMP‑13
ゼ、ラチナーゼ群 MMP‑2 ゼラチン 線 維 芽 細 胞
MMP‑9 IV型 コ ラ ー ゲ ン 癌 細 胞 ストロメライシン群 MMP‑3 プ ロ テ オ グ リ カ ン 間 質 細 胞
TIMP群*
膜 型MMP群 その他
MMP‑IOラミニン フィフゃロネクチン
TIMP‑l MMPインヒビター間質細胞
TIMP‑2 癌 細 胞
TIMP‑3
MT‑MMP前駆体MMP活 性 癌 細 胞
MMP‑7 IV型 コ ラ ー ゲ ン 間 質 細 胞
MMP‑llラミニン
MMP‑12 フィフ令ロネクチン
*・ Tissueinhibitor of metalloproteinase
なく,産生された前駆体M M Pが活性化され,その活 性化や活性型M M PがTIMPによる阻害を凌いだ場 合にのみ作用し得ることになる九最近になって前駆 体MMP2はセリンプロテアーゼでは活性化されず,
膜結合型MMP(MT一MMP)によってなされることが 示された5)(図6)0M T一M M PもTIMPによりその働 きが抑制される。従ってマトリックスの分解はM M P, M T一M M P,TIMPにより複雑にコントロールされて
‑
前駆体 MMP‑2
↓活性化 ↓手ド活性化 ↓活性化
低1
圃 底
1圃
MT一MMP
癌細胞膜
図6. MMP‑2, MT‑MMP, TIMP‑2の相互関係
いるものと考えられる。 TIMPは こ れ ま で3種 類 (TIMP‑1, 2, 3)が報告されているが,抑制活性は MMPの種類により異なり, MMP2にはTIMP2が最 も強い抑制を示す。そこで前述の肺癌切除317例のパ ラフィン切片からMMP2,M T一MMP,TIMP2遺 伝 子のPCR増幅を行なった。増幅の程度はコントロー ルとの比較により同様に(+), (士), (ー)に分類し
た。(十)の頻度はMMP2が18%,MT‑MMPが55%, TIMP2が36%であった(表4)0MMP2の 頻 度 は M T一MMP,TIMP2に比べて有意に低く,癌細胞はそ れ自身が産生するMMP2よりはむしろ間質細胞から 産生されるMMP2を利用している可能性が強いと考 えられた。そこでMMP2を活性化する M T一MMPと TIMP2に焦点を絞り,予後との関係を調べた。 MT‑
生存率(%)
100,-圃官"'~"L",
.,~"・l~,.
.,一一唱t::l"""
80' 1 ¥ 「 止 』 出J・MMP(一)(55)
"¥L 一一・"L・1,""剛 」
、1.P〈0.01(土~Y(8・9)"'
60~ '1.....,̲ ‑‑1
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40
20
‑‑‑‑ーーー"". ( よ)(17すナ
M丁目MMP TIMP2
2 3 4 5 2 3
MT‑MMP: membrane type matrix metalloproteinase TIMP2: tissue inhibitor of metalloproteinase 図7. MT‑MMP, TIMP‑2遺伝子増幅による生存曲線
7 ‑
4 5
年数
MMPの増幅程度と予後とは正相関し, (+)例の予後 は(ー), (:t)例に比べて有意に不良であった。一方 TIMP2についても(+)例の予後が(一)例に比べて 有意に不良であった(図7)0TIMP2はMT‑MMPの インヒピターであるため予後と逆相関するものと予想 されたが,生存曲線からは一見矛盾する結果になった。
PCR法を用いた増幅は相対的なDNAコピー数を反 映するが,必ずしも DNA発現を意味するものではな い。そこで百MP2を特異抗体を用いて免疫染色し,そ の発現と予後との関係を確認した。結果はやはり(+) 例の予後が(一)例に比べて有意に不良で,生存曲線 はPCR増幅による曲線と類似していた(図略)。
TIMP2は一般にはMT‑MMPの働きを抑制すると 考えられているが,一方ではM T一MMPと複合体を形 成して前駆体MMP2のリセプターとなり,これを活 性化するという報告もある町) (図6)。だとすると TIMP2増幅と生存率の関係に矛盾しないことにな り,どうも TIMP2を単にM T一MMPのインヒビター とするわけにはし功〉ないようである。更にTIMP2に は細胞増殖を促進する作用もあるとされている8,9)。今 後TIMP2の働きに関して多面的な検討が必要と思わ れる。
3. 標的臓器における癌細胞と血管内皮細胞との接 着
転移臓器に流れついた癌細胞は血管内皮に接着する が,その初期段階では癌細胞表面の糖鎖抗原と血管内
皮細胞表面のセレクチンとの結合が主役を演じてい る10,11)。セレクチンファミリーには血管内皮細胞に現 れるEセレクチン,血小板,血管内皮細胞に現れる P セレク5ン,白血球に現れるLセレクチンの3種類が 知られている。セレクチンのリガンドはシアリルルイ スX (SLex),シアリルルイスA(腫虜マーカーとし て有名なCA19‑9と同ーのもの)などのシアリルルイ ス抗原で(図 8),癌細胞表面におけるこれらの糖鎖の 発現が血管内皮細胞との接着効率に大きく左右する。
私共も肺癌においてSLex発現と再発とが相関してい ることを報告した12)。ところでEセレクチンは血管内 皮細胞に常時発現しているものではなく, IL‑lや TNFなどの炎症性サイトカインで刺激された場合に 合成される。癌細胞自身がIL‑lを分泌してEセレク チンを発現させるものもあるが頻度は高くない。一方 白血球からのIL‑l分泌を誘導する能力を持った癌細 胞の頻度は高く,最近では癌細胞と白血球とがSLex
とLセレクチンとを介して流血中で結合し,白血球か ら分泌される IL‑lが血管内皮細胞のEセレクチンを 発現させると考えられている。またPセレクチンを介 して癌細胞と血小板とが細胞塊を形成すると,血小板 からサイトカインが放出され,血管内皮細胞のEセレ クチン発現を促進する(図 8)0Pセレクチンは血管内 皮細胞にも発現されるので癌細胞と血管内皮細胞との 接着にもプラスに作用する。このように血管内皮細胞
との接着にはEセレクチンに加えてLセレクチン, P セレクチンも関係していると考えるのが妥当であろ
白血球
血管内皮細胞 Oサイトカイン
図8. 血管内皮と癌細胞の接着
第25巻1号 8
Sialyl Lewis Xの合成過程
│i antigen Gal1→4(GlcNAc1→3Gal)zl→4Glc1→1R
aαa2~日→3おSial削|
(ST3N,ST 4(ST30/N},ST6N,ST30)
│sialyl i an附 n G a l 1→4(GI州 c1→3Gal)zl→4Glc1→1R 3
Sialic acid 2
s
αω1→サ3印恥FluωJ応C州 tr悶an附 伽 悶a(Fuc-午T!!也1-'V,~盟必H山i
lsialyl Lewis X Gす1→4(G刷会c1→3Gal)zl→4Glc1→1R
↑ ↑ Sialic acid 2 Fucose 1
図9. Sialyl Lewis X合成過程に関係する糖転移酵素
うl九いずれにせよ癌細胞表面のシアリル糖鎖が重要 な鍵となる。
(ST3N, ST4, ST30/N), 4種類のFuc‑T (Fuc‑T III, V, VI, VII)が候補に挙げられる(図9)。我々はこの うちどの酵素が重要かを調べる目的で,肺癌切除317 例から上記の7種類の酵素を規定するDNA遺伝子を PCRで増幅し, SLex免疫染色の頻度と対比させた。
その結果,表4に示すようにSLex染色(+)の頻度は ST3N, Fuc‑T VII増幅(+)の頻度とのみ匹敵してお このシアリル糖鎖の形成には糖転移酵素の働きが必
須 で , 特 に 最 終 合 成 過 程 に 働 く シ ア ル 酸 転 移 酵 素 (ST),フコース転移酵素 (Fuc‑T)が重要である。現 在ヒトでは各々5種類のST,Fuc‑Tが知られている が,SLexの合成にはその基質特異性から3種類のST
60
40
20 SLex Fuc‑TVII ST3N
2 3 4
年数 SLex: sialyl Lewis x,
Fuc‑TVII: fucosyltransferase type VII, ST3N: sialyltransferase type 3N.
※:Pく0.01
図 10. SLe X染色, Fuc‑TVII, ST3N増幅と生存曲線
‑ 9 ‑