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香川県粟島を対象とした鬼瓦に関する調査

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Academic year: 2022

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香川県粟島を対象とした鬼瓦に関する調査

日本大学 学生員 ○東 洋輔 日本大学 学生員 伊藤 知真里 日本大学 学生員 中谷 宏 日本大学 正会員 伊東 英幸 日本大学 正会員 伊東 孝

1.目的

わが国は近世から明治にかけて北前船の就航によ り、日本海と瀬戸内海沿岸を中心に多くの港湾都市 が発達した。それとともに地域特性を活かした独特 な産業や文化が育まれてきた。瀬戸内海に存在する 小島の一つである香川県三豊市の粟島は、北前船に よる繁栄後、航海技術を生かして粟島海員学校が明 治30年に設立されるなど、海運・船員の島として発 展した。また戦前までは瓦産業でも栄えていた。

本研究では、北前船寄港時における粟島の瓦産業 への影響を調査することを目的とする。

2.北前船と瓦 2-1 粟島の概要

粟島は、スクリューのような形をしている。瀬戸 内海国立公園の中にあり、香川県三豊市詫間町の北 部の海上約4㎞に位置し、周囲 16.5㎞、面積4㎞ である(図-1)。太古には3つの島に分かれていた が、潮流により島の間に砂洲ができ、3 つの島が結 びついたといわれる。

粟島は、対岸の福山市鞆の浦と同様、瀬戸内の真 ん中に位置し、潮の干満差が非常に大きいため、北 前船の全盛期には潮待ちの港として利用されていた。

粟島出張所

粟島

図-1 粟島付近図 2-2 粟島と北前船との関係

粟島の瓦産業がいつはじまり、いつ終えたのかに ついての正確な年代は特定できないが、文献等で確 認できるのは、明治41年以降である。しかし町中を 歩くと、民家の鬼瓦には波頭や帆立という北前船を 連想させるようなモチーフが使用され、また粟島の

瓦は耐寒性に優れ、遠く東北地方にまで運ばれてい たという記録もある1)

ここでは、地元住民へのヒアリング調査と鬼瓦モ チーフ模様の分布状況を通して、粟島瓦と北前船と の関連性を調べた。

3.ヒアリング調査

3-1 ヒアリング・テーマと対象者

以下に示す、地元の方3人に、瓦産業の実態や粟 島の北前船の歴史などについてお聞きした。

粟島海洋記念館館長:西山恵司氏

粟島で一番古い窯の管理者:西浜の小西望氏 地元住民:桧垣賢造氏

調査日:平成19年8月6日と9日の両日 3-2 ヒアリング内容

北前船が寄港していた年代や瓦の生産年代につい ては、次の二説がみられた。

①粟島の鬼瓦が北前船に積み込まれて移出され、粟 島が繁栄していたという説。

②明治以降に瓦産業が盛んになったという説。

瓦には刻印が入っている(写真-1左)ので、どの窯 で焼いたのか判別は可能だが、現地との対応は不可 能であった。鬼瓦の模様にはカタログのようなもの があり、注文主は好きな模様を選べた。また自分で デザインすることもできた。小西氏によると鬼瓦生 産の全盛期は昭和初期で、窯は20ヶ所ほど存在して いたが、瓦生産の衰退に伴って取り壊され、現存す る窯は西浜で小西氏が管理する東風源治窯(写真-

1右)と、中新田の大西勝三郎氏が管理する大西勝三

写真-1 馬の刻印(左)と復元窯(右) キーワード 粟島 鬼瓦 瓦産業

連絡先〒274-8501 千葉県船橋市習志野台 7-24-1 日本大学理工学部社会交通工学科都市環境計画研究室 TEL047-469-5572

Ⅳ-098 第35回土木学会関東支部技術研究発表会

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郎窯の二ヶ所のみである。瓦生産の詳細な衰退時期 については不明であった。

つ道路から見て回り、各家の鬼瓦の模様や設置場所、

敷地内の位置を確認した。プロットは、調査した家 の位置を示している。

3-3 考察

4-3 調査結果 「粟島瓦は耐寒性に優れ、遠く東北地方にまで運

ばれていた」という記録や上記の話から、粟島瓦は、

北前船を利用して運ばれたという仮説が考えられる。

この場合、問題はどのようにして流通したのかであ る。というのは、粟島には海産物や民芸品など特別 な移出品がなかったので、問屋業が発達しなかった。

そこで考えたのが、図-2の福山(広島)や笹岡(岡 山)の問屋を利用した流通経路である。粟島に瓦問屋 があれば、粟島は今の粟島ではなかったはずである。

鬼瓦の模様は家ごとに非常に多くのデザインがあ り、モチーフも多種多様であった(図-4)。この内、

鬼瓦の由来である鬼面を設置している家はわずか一 軒であった。旧家では鶴亀などの古典的模様が半数 近くを占め(68 箇所)、土塀の鬼瓦は鶴亀など対に なったものが多い。新しい家では、マングースなど の現代的な模様を取り入れている所もあり(2箇所)、

ないしは鬼瓦を使用していなかった。北前船を連想 させる波頭と帆のセットは3棟と少なく、波・ハー トのセットを入れても6棟しかなかった。

全サンプル数 151

鶴と亀, 68

宝珠, 19 打出の小槌, 17

家紋, 13 波・ハート, 3 波頭・帆立, 3

松, 2 マングース, 2

その他, 10 不明, 14

鶴と亀 宝珠 打出の小槌 家紋 波・ハート 波頭・帆立 マングース その他 不明

図-2 粟島瓦の推定流通モデル図 4.鬼瓦調査

4-1 鬼瓦の特徴

図-4 鬼瓦装飾の分類図(箇所)

波頭や帆立の鬼瓦は、別々(写真-2左)ではな く、波頭模様の鬼瓦の上に帆立模様の棟飾り瓦が設 置されるという対の形(写真-2右)が多い。この モチーフ自体は、北前船時代からの金刀比羅信仰に 由来している。粟島の民家の鬼瓦には、鬼面の代わ りに打出の小槌や松竹梅の模様を用いることも多く、

また家紋を入れているところもある。

5.粟島の鬼瓦に関する一考察

粟島には現在、窯がほとんどないことや、瓦焼き 職人が一人もおらず、瓦の生産が全く行われていな い。窯は、窯跡がひとつと復元された窯がひとつあ るのみである。島内では、新築家屋の鬼瓦の設置率 が減少しているのに加え、伝統的な鶴亀の鬼瓦を設 置する家が少ないため、粟島の歴史的、文化的な町 並みが失われようとしている。今後、これらの保全 方法などについて検討していく必要がある。

6.おわりに

写真-2 鬼瓦(左)と、鬼瓦と屋根飾り瓦(右) 本研究は、地元住民へのヒアリング調査を行い、

北前船寄港時における粟島の瓦産業との関係を推測 するとともに、粟島の特徴的な鬼瓦模様の分布状況 について調査した。今後は、粟島の町並み保存など についても検討していきたい。

4-2 調査対象地域と対象民家

島内で最も繁栄している「潟」という地域を調査 地域とした(図-3)。調査対象地域内の家を一軒ず

【謝辞】本論文の執筆にあたり、粟島海洋記念館館長西山恵司 氏をはじめとする多くの方々にご協力頂きました。ここに感謝 の意を表します。

※本研究は「港町ネットワーク・瀬戸内研究(粕山泰訓)」の一貫 として調査を行ったものである。

1)「香川県の近代遺産」-香川県近代化遺産(建造物等)総合調 査報告書-、香川県教育委員会、2005 年3月 31 日

図-3 調査対象地域と対象民家の分布図

Ⅳ-098 第35回土木学会関東支部技術研究発表会

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