博 士 ( 文 学 ) 前 原 真 吾 学 位 論 文 題 名
近 代 ド イ ツ の 文 筆 業
―ドイッ帝国における文筆家の職業団体を中心に―
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
本 論文は、3部9章から構成され ている。
第1部 ( 第1〜3章 ) で は 、19世 紀 後 半 ド イ ツ の 文 筆 家 の 職 業 団 体 の 変 遷 を 、 通 史 的 に た ど っ て 、 帝 国 成 立 期 ド イ ツ の 全 般 的 な 社 会 変 動 と の関 係を 描 き出 し、 文筆 家 の社 会的 な 状況 の変化を分析している。
第1章 は 、 文 筆 家 と い う 職 業 概 念 を 明 確 に 定 義 し た 上 で 、 文 筆 家 を 含 む 知 的 職業 の従 事 者 、 ま た そ の 職 業 団 体 と の 関 連 、 知 的 専 門 職 の 国 制 化 な ど を 通 観 し て い る 。第2章 では 、 出 版 業 が 近 代 的 な 商 業 的 産 業 と し て 成 立 し て 、 い わ ゆる 文学 産 業と いう 業界 が 活況 を呈 し て い く 状 況 を 、 法 律 の 整 備 、 出 版 技 術 の 革 新 、 都 市 人口 の激 増 、書 店数 の増 加 、教 育環 境 の 変 化 と の 関 係 か ら 論 じ て い る 。 本 論 文 の 大 き な 中 核 を な す 第3章 は 、19世 紀 後半 から20 世 紀 の 初 頭 に か け て 出 現 し た 、 ド イ ツ の 文 筆 家 の 職 業団 体の 活 動状 況の 記述 と 分析 にあ て ら れ て い る 。 ド イ ツ の 文 筆 家 団 体 史 上 初 め て 、 文 筆 家の 収入 源 の確 保を 第一 の 目標 とし て 掲 げ 、 美 学 的 な 問 題 に は 関 与 し な ぃ と い う 活 動 規 約 が出 現し た 「ラ イプ ツィ ヒ 文士 協会 」 (1842年 に 結 成 ) を 、 近 代 的 な 文 筆 家 団 体 の 出 発 点 に 定 め て 、 こ の 協 会 の 規 約 の分 析を 中 心 と し て 、 後 の 近 代 的 な 文 筆 家 諸 団 体 の 概 念 的 な 方 向性 を分 析 して いる 。こ れ に続 いて 、 当時 の代表的な団体であった「全 ドイツ文筆家連盟」(1878)、「ドイツ文筆家協会」(1885)、
「ド イツ文筆家連盟」(1887)、 「ドイツ文筆家保護協会」(1887)、「ドイツ文筆家組合」(1891) の5団 体 の 活 動 状 況 が 詳 細 に 分 析 さ れ る 。 団 体 規 約 、 団 体 の 出 版 物 、 史 料 に 基 づく 団体 加 盟 者 の 個 人 調 査 な ど を 分 析 の 基 礎 資 料 と し て 活 用 し なが ら、 従 来の 諸研 究で は まっ たく 示 さ れる こ との なか った 当 時の 文筆 家団 体の 活 動通 史が 描き 出さ れ る。 そし て、 「 全ド イツ 文 筆 家 連 盟 」 が す で に 、 著 作 権 法 の 整 備 、 法 的 な 権 利 の保 護、 年 金制 度の 確立 な どを 規約 に 盛 り 込 み 、 職 業 集 団 と し て の 文 筆 家 の 社 会 的 な 地 位 の保 証を 理 念と して 掲げ て いた 事が 明 ら か に さ れ る 。 さ ら に こ れ に 続 く 諸 団 体 が 、 第2部 で 詳 し く 論 じ ら れ る 諸 人 物 たち を中 心 と し た 軋 轢 の 中 で 変 化 を 遂 げ な が ら も 、 ジ ャ ー ナ リ ズム との 関 連、 運用 可能 な 年金 、基 金 制 度 の 整 備 な ど を め ぐ っ て 、 離 散 と 再 結 成 を く り 返 す様 が、 史 料に 基づ いて 詳 細に 論じ ら れ る 。 団 体 の 活 動 に 関 す る 考 察 は 、1934年 、 ナ チ ス が台 頭し て 、民 間の 職業 団 体が 消滅 す る まで 行 なわ れ、 その 活 動が 、叙 情詩 人の 生 産物 に関 する 価格 協 定カ ルテ ルの 結 成( 「叙 情 詩 作者 の カル テル 」1902)、労 働組 合 への 組織 転換 ( 「ド イツ 文筆 家保 護 連盟 」1920)など 、
労働者としての自己規定を鮮明にした組織に変遷していき、19世紀後半からの文筆家団体 が、文筆家という職業を、経済的な社会活動として位置づけるための基盤整備に尽カして いた 事が 明ら かにされる。第3章第4節では、同じ時代の女性の 文筆家団体の歴史が別個 に調査されている。簡潔な記述ではあるが、こうした通史の調査と考察もまた、研究史上 初のものである。
第2部 (第4〜7章) では 、 この 諸団 体の 同時 代に 活躍 した4人の 個人史が取り扱われ て、各々の社会活動の歴史的な定位が行なわれる。
第4章では、ドイツ史上初 めて出現した文学出版人ヴィルヘルム・フリードリヒの個人 史が追跡される。「全ドイツ文筆家連盟」からの、ドイツ初の機関誌を発刊したフリードリ ヒが、商業化の激化していた当時の出版業界とは一線を画し、また帝国成立に伴って盛ん になっていた愛国主義的な風潮とも距離をおいて、精力的に世界各国、とりわけフランス 自然主義文学を紹介し、国内のあらゆる文筆家の著作の出版に奔走した経緯が詳細に記述 されている。従来の研究では見逃されていた、当時の文学活動に関する彼の多大な寄与が 明らかにされている。第5章 で当時の文筆家の経済状況に関する分析が行なわれた上で、
第6章は、文学史上は軽視さ れがちだが、実は当時の文筆家のデータを収録して相互交流 の場を開いた『全ドイツ文学カレンダー』の創刊者であり、また「全ドイツ文筆家連盟」
の活動に大きく関わったハルト兄弟の個人史の記述にあてられている。作家としては評価 の低いハルト兄弟が、文筆家の経済的な地位の向上に多大な尽カを惜しまなかった様が明 らかにされている。第7章は 、わずかにドイツ初の包括的な文学全集『ドイツ国民文学』
の編集主幹としてその名を知られるにとどまっているヨーゼフ・キュルシュナーの詳細な 個人史の記述である。フリードリヒやハル卜とは異なり、商業活動に徹した出版業者が、「全 ドイツ文筆家連盟」、「ドイツ文筆家協会」の活動に重大な役割を果たしていた点、また、
文筆家という職業概念に関する論争に独自の視点から関わりつっも、自らは出版業者とし て成功していく経緯が、研究史上初めて、まとまったかたちで記述され、考察の対象とさ れている。
第3部では、従来の文学研 究、社会史研究双方の盲点であった、しかしながら当時の文 筆 家 が 主 た る 生 計 の 手 段 と し て い た ジ ャ ー ナ リ ズ ム 活 動 が 取 り 扱 わ れ て い る 。 第8章では、技術革新に伴 う情報産業の発展が、文芸作家とジャーナリストとの乖離を 誘発して、ジャーナリストが情報産業の下請け業と認識されて文学業界から差別化されて いく歴史的経緯が記述されている。第9章では、こうして身分的な差異化を遂げたジャー ナリス卜が、文筆家団体から独立して新たな職業団体を形成し、さらにジャーナリス卜を 養成する高等教育機関を設立するに至ることが明らかにされた。
最後に「結諭」として本研究の論述が概括され、近代ドイツの文筆業がさまざまな連盟 組織を誕生させながら職業身分として自己意識を確立していく過程の問題点とその歴史的 な意義が指摘されている。
2
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名 近代ドイツの文筆業
ードイツ帝国における文筆家の職業団体を中心に一
本 論 文 は 、19世 紀 末 葉 か ら20世 紀 初 頭 の ド イ ツ 、文 学史 の区 分 では 自然 主義 の時 代 と言 わ れ る 時 期 の 作 家 の 職 業 的 な 意 識 と そ の 職 業 団 体 とし ての 実現 に 関す る社 会史 的な 研 究で あ る 。 こ こ 数 十 年 、 作 家 と そ の 作 品 の 解 釈 と は 別 に、 作家 の置 か れて いる 社会 的な 環 境を テ ー マ と す る 、 い わ ゆ る 文 学 の 社 会 史 と い う 研 究 分野 は、 ドイ ツ 文学 の分 野で も安 定 した 地 位 を 獲 得 す る に 至 っ て い る が 、 本 研 究 は 、 こ の 社会 史的 なア プ ロー チの 中で も、 従 来あ ま り 顧 み ら れ る こ と が な か っ た 職 業 と し て の 作 家 とい うテ ーマ に 着目 した 、基 盤的 で ある と 同 時 に 非 常 に 斬 新 な 研 究 で あ る 。 経 済 的 に 自 立 でき る職 業と し ての 文学 活動 は、 従 来あ る 程 度 自 明 の も の と 見 ら れ て き た が 、 本 研 究 は 、 こう した 職業 と して の作 家概 念が 、19世 紀 末 に 作 家 集 団 の 様 々 な 試 行 錯 誤 の 末 に 獲 得 さ れ たも ので ある こ とを 実証 的な 手法 で 綿密 に解 明し てい る 。主 要な 分析 対 象と なっ てい る団 体 組織 「ラ イプ ツイ ヒ 文士 協会 」、 「全ド イツ文筆家連盟」、「ド イツ文筆家協会」、「ドイツ文筆家連盟」、「ドイツ文筆家保護協会」、
「 ド イ ツ 文 筆 家 組 合 」 及 び こ れ ら の 団 体 の 組 織 化 の過 程で 指導 的 な役 割を 果た した ヴ ィル ヘ ル ム ・ フ リ ー ド リ ヒ 、 ハ ル 卜 兄 弟 、 ヨ ー ゼ フ ・ キュ ルシ ュナ ー 等の 個人 史研 究は 、 わが 国の 関連 学会 で は殆 ど行 われ て おら ず、 本論 文は こ の分 野で の先 駆的 な 研究 とな って いる。
ま た 、 分 析 資 料 の 大 部 分 は 、 著 者 が ミ ュ ン ヘ ン 大 学留 学中 に現 地 で収 集し た一 次文 献 であ り 、 本 論 分 が 首 尾 一 貫 し た 研 究 計 画 に 基 づ い た 成 果 で あ る こ と を 示 し て い る 。 本 論 文 は 、 文 学 研 究 と 社 会 史 研 究 の ふ た っ の 分 野を 横断 する 学 際的 な研 究で あり 、 統計 デ ー タ の 分 析 に 関 し て は ま だ 洗 練 の 必 要 が 認 め ら れる もの の、 両 分野 に対 する 貢献 度 は極 め て 高 い も の と 判 断 で き る 。 と り わ け 本 論 文 は 、 近年 活況 を呈 し てい る文 学の 社会 史 的な 諸研究の中でも、次の点 に著しい革新性と貢献が認 められる。
作 家 の 個 人 史 研 究 で は な く 、 作 家 集 団 の 歴 史 的 な 動 態 を 記 述 し た 点 。 従 来 大 き な 関 心 が 寄 せ ら れ なか った 、 作家 の職 業的 な 自立 の模 索の 過程 を 、文 筆家 団 体 の 歴 史 と い う 斬 新 な 視 点 から 捉え た 点。 職業 とし て の作 家と いう 概念 、 ある いは ア ―3―
三
敏
郎
貞 孝
次
田
原
山 関
石
授 授
授
教
教 教
助
査 査
査
主 副
副
イデンティティ丶一Iが、まさにこの時期に、職業団体という具体的なかたちを伴って発 生したことを、研究史上初めて、極めて明瞭に提示しえた。
・この記述と分析から、文筆家の 職業的、とりわけ経済的な境位が、文学の史的な転回 に重大な影響を与えることを明確にした点。
・近代的な文学産業の成立過程を 、当該研究分野(ドイツ文学)で初めて、包括的に記 述した点。
・さらに、女性文筆家の職業団体 、ジャーナリストの職業団体に関してやはり初めて通 史を記述した点。
これらの成果は、文学の歴史的な研究の方法、歴史観の双方に、大幅な見直しを迫るもの である。
以上、審査委員会は本論文の革新的な成果を大きく評価し、その学術的な貢献度は極め て高いものと判断した点で、委員全員が一致し、本論文を博士(文学)の学位を授与する にふさわしい成果であるとの結論に達 した。
4