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yokou 最近の更新履歴 理論物理学教程の道

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(1)

局所繰り込み群とホログラフィー

中山 優

ウォルター・バーク理論物理研究所、カリフォルニア工科大学

概 要

1日目:局所繰り込み群と微分方程式の漸近解析

2日目:統計模型の局所繰り込み群と一般座標変換不変性 3日目:局所繰り込み群からアインシュタイン方程式へ

(2)

目 次

0 はじめに 2

1 局所繰り込み群と微分方程式の漸近解析 4

1.1 線形常微分方程式の繰り込み? . . . 4

1.2 反ドジッター空間の波動方程式 . . . 9

1.3 摂動論的繰り込み群が成功する例、しない例 . . . 11

1.4 波動方程式と局所的な繰り込み群の流れ . . . 16

1.5 アインシュタイン方程式と繰り込み群 . . . 18

2 統計模型の局所繰り込み群と一般座標変換不変性 23 2.1 1次元古典イジング模型の局所繰り込み群 . . . 24

2.2 局所繰り込み群方程式 . . . 28

2.3 一般座標変換不変性への序章 . . . 35

2.4 共形不変性と c 定理 . . . 38

3 局所繰り込み群からアインシュタイン方程式へ 42 3.1 ラージ N 極限と量子的な局所繰り込み群 . . . 42

3.2 創発的な一般座標変換不変性 . . . 48

3.3 アインシュタイン方程式の導出 . . . 52

3.4 ホログラフィック c-定理 . . . 57

3.5 ドメインウォール解とプローブ極限 . . . 59

3.6 エンタングルメントエントロピーと笠・高柳の公式 . . . 61

4 終わりに 67

A 補遺:2次発散・宇宙項・ファインチューニング 68

(3)

0 はじめに

この数理物理サマースクールは30年近い伝統があって、「これから研究を始めようと している院生や,数理物理の広い分野にわたる (専門外の) 研究者を対象とする入門的な 講義」をすることを期待されているようです。今回、私がお話ししたい「局所繰り込み群 とホログラフィー」は正攻法では3回の講演でカバーすることはできないでしょう。たと えば、最近出版されたアモンとエルドメンガーさんのホログラフィーの入門的な教科書 [1]は 552 ページもあります!しかも、普通は場の量子論を勉強して、次に一般相対論を 勉強して、摂動論的弦理論を勉強して、やっとこさ読み始められるようなものです。さら に、今回は物理学者に対してだけではなく数学者がメインオーディエンスです。場の量子 論の繰り込みと言った「数学的に定義されていない」ものを数学者に講義するのは非常に 心細いものです。私の今の心境は太宰治の「愛と美について」に出てくる老数学博士を語 る末弟の気持ちそのものです。

曰く、『「このごろでは、解析学の始めに集合論を述べる習慣があります。これについ ても、不審があります。たとえば、絶対収斂の場合、昔は順序に無関係に和が定るという 意味に用いられていました。それに対して条件的という語がある。今では、絶対値の級数 が収斂する意味に使うのです。級数が収斂し、絶対値の級数が収斂しないときには項の順 序をかえて、任意の limit に tend させることができるということから、絶対値の級数が 収斂しなければならぬということになるから、それでいいわけだ。」少し、あやしくなっ て来た。心細い。ああ、僕の部屋の机の上に、高木先生の、あの本が載せてあるんだが なあ、と思っても、いまさら、それを取りに行って来るわけにもゆくまい。あの本には、 なんでも皆、書かれて在るんだけれど、いまは泣きたくなって、舌もつれ、胴ふるえて、 悲鳴に似たかん高い声を挙げ、「要するに。」きょうだいたちは、みな一様にうつむいて、 くすと笑った。「要するに、」こんどは、ほとんど泣き声である。「伝統、ということにな りますると、よほどのあやまちも、気がつかずに見逃してしまうが、問題は、微細なとこ ろに沢山あるのです。もっと自由な立場で、極く初等的な万人むきの解析概論の出ること を、切に、希望している次第であります。」めちゃめちゃである。』

しかしめちゃめちゃであっても、私はその老博士が求めた自由性を追求したい。そこで この講演では、「もっと自由な立場で」私が再構築した繰り込み群とホログラフィーの入

(4)

門的な講義をしたい。決して教科書的な講義にはしたくない。私が繰り込み群とホログラ フィーをどのようにとらえているか、その感覚的なものを伝えたいのです。とりわけ超弦 理論に関わる予備知識はほとんどいらない構成にしようと思います。D ブレーンすら登場 しません。この方針というか戦略にはちょっとした野心もあります。それは、普通に繰り 込み群とホログラフィーの入門的な講義をしたとすると、物理学者、特に、超弦理論の学 生・研究者にとってはまったくつまらないものになりそうです。それをなるべく回避した かった。そのため今回の繰り込み群とホログラフィーの導入は伝統的な教科書とはできる だけ違った角度から切り込んでいきます。これは、物理の人にも数学の人とおなじハンデ をもらって講義に臨んでほしいと思ったからです。もちろん、これが成功するかどうかは 全く未知数です。物理の人にも数学の人にもわからない内容になるかもしれません。きっ と、講義中に、私は泣きたくなって、舌もつれ、胴ふるえてしまうでしょう。それでも哀 れな老博士だと鷹揚に構えてご容赦頂ければ嬉しいです。

本題に入る前にもう少しお話ししたいことがあります。それは、デュアリティー(双対 性)とはなんであろうか?と言うことです。今回のサマースクールのテーマであるホロ グラフィーは超弦理論から生まれた理論物理学におけるデュアリティーの一例です。この デュアリティーと言う概念が数学者にも伝わるのか?とずっと自問していました。しか し、ある日、数学者の足立さんが書かれたフェルマーの最終定理に関するブルーバックス にこんなことが書いてあったのを思い出しました。1「形式的に似ていると言うことは本 質的に似ていると言うことである。これが現実世界と違うところで数学(者)の本質であ る」と。私は、これは物理学者の言うデュアリティーの本質でもあると考えます。実際、 超弦理論の父である、ジョン・シュヴァルツも若い研究者へのアドバイスとして、“Take coincidence seriously.” と言っています。この講義でも同じ式がまったく違う文脈で何度 か登場します。そこで、同じ式が現れたらそれを本質的に同じものであるとみなしたいと 思います。「点や線は、机や椅子に置き換えても構わない」と言う消極的な態度ではあり ません。机や椅子が点や線と同じ性質を満たすなら本質的に同じであるとみなすのがデュ アリティーの心です。この感覚は理論物理学者と数学者が共有できる何かであると信じて います。

1この本を読んだのはいつだかわかりませんが、完全に記憶に頼って書いています。間違っていたらごめ んなさい。

(5)

1 局所繰り込み群と微分方程式の漸近解析

話は私が学部生だった頃から始まります。当時、繰り込み群と言う「理論物理学の深遠 なる真理」を理解したかった私は、ネット上でいくつかの解説記事を手にしました。その ひとつがイリノイ大学の大野さんが書かれた物理学会誌での解説記事 [2] です。そこでは、 微分方程式系の漸近解析が繰り込み群として理解できると言うことが書かれていました。 数式を追うことはできるけれど、私にはその意味が全く分かりませんでした。場の理論 の繰り込みならわかるのに、これは一体なんなのであろう。このもやもやはそれからずっ と、私が博士号をとってからも長らく残っていました。

時は流れて、カリフォルニア州パサディナ市、ファインマンも講義したセミナールーム。 私はたまたま現象論のセミナーに参加していました。メリーランド大学から来た講師は、 議論の本題と外れて、ぽつりと一言、彼が解きたい反ドジッター空間上での微分方程式を 解析するのに、漸近境界理論を使うことができるとコメントしました。スライド上に書か れているわけではなく、ただ、一言、まったく補足的なコメントでした。その時です。私 は大野さんが何を言っていたのか初めて理解できたのです。

1.1 線形常微分方程式の繰り込み?

大野さんに習って次の f(z) に対する微分方程式を考えます。2

z2 d

2

dz2f (z)− 3z d

dzf (z) + ϵf (z) = 0 . (1.2) もちろん、この方程式はどんな ϵ に対しても手で厳密に解けます。しかし、今、ϵ ≪ 1 と しましょう。物理学者は摂動計算が大好き(?)なので、ϵ = 0 の時の解を知っていると して f(z) = f0(z) + ϵf1(z) + ϵ2f2(z) +· · · と展開することを考えます。

明らかに0次の解は、f(z) = C0+ ˜C0z4 ですが、素朴な1次摂動は

f (z) = C0

(1 + ϵ 4log z

)+ ˜C0z4(1 ϵ 4log z

)+O(ϵ2) (1.3)

2ϵ−1t = log z とおくと本質的でない係数を除いて、大野さんの学会誌 [2] の方程式 (4.1) ϵd

2

dt2f (t)− 4 d

dtf (t) + f (t) = 0 . (1.1) になります。

(6)

となります。大野さんの解説には「こんな計算をやってはいけないと普通は怒られる」と あります。しかし、今から歴史を振り返ってみると、20世紀前半の場の量子論では「怒 られるような計算」しかできなかったわけで、こんな簡単な例からも、どのようにして

「まともな解」を取り出してくるかを学ぶことは教育的であるように思われます。 なぜ怒られるのか?と言いますと、この素朴な計算は第0次の項に対して、1次の項が ϵ log z 倍されます。これは、log z の値が大きくなると摂動が摂動でなくなってしまい、計 算が破綻していることを意味します。この項は永年項(secular term の 訳)と呼ばれます が、この永年項の存在が場の理論の「発散の困難」と同じである3とみなしたのが大野さ んたちイリノイ大学のグループの繰り込み群の基本的なアイディアです [3]。場の理論の 発散の困難の歴史は深く、20世紀前半の物理学者は相互作用のある場の理論で摂動論の 補正を計算すると途端に計算が破綻してしまい、フェルミの有名な処方「計算が実験と整 合したらそこで止めなさい。(なぜなら次の項を計算するとひどいことになるでしょう)」 を使っていたわけでした。

場の理論の発散の問題を知らないとしても今の計算で気になるのは、log z の引数です。

(z がスケール次元4を持った量であるとすると)本来は、log(z/z0) などとなっているは ずですが、z0 の値を変えること、つまり、z の原点をずらすことは、(1.3) において初期 値 C0 をずらすことと(このオーダーの近似で)等価であるというに気づきます。だから、 一見 log(z/z0)が大きくなって摂動展開が破綻する(=発散する!)ように見えても、初 期値 C0 をもしうまく選ぶことができるなら、摂動展開が悪いのは展開する原点が間違っ ているだけであるということがわかります。実際のところ、私たちが知りたいのは、「現 在の」物理量 f であって、初期値 C0 や初期時間 z0 とその周りでの展開パラメタが大き くなってしまった(つまり破綻した)摂動展開ではないわけです。この初期時間の周りで の摂動展開の困難を、場の理論の言葉では、「見かけの発散」と呼びます。そして歴史的 には、ファインマン・朝永・シュヴィンガー(そして、シュテッケルベルグ・ピーターソ ン・ゲルマン・ボゴリューボフらによって)見かけの発散を除去して意味のある摂動展開

3より正確には、場の理論に発散が存在すること自体に困難があると言うよりは、むしろその発散に付随 して摂動論的な計算が破綻するという点が私たちが直面しないといけない真の困難であると言えます。

4自然単位系 c = ℏ = 1 を導入していますので、長さや時間のスケール次元は −1、重さやエネルギーの スケール次元は +1 となります。将来的に z は長さ、あるいは時間の次元を持っていると思います。

(7)

を得る手法として、繰り込み群の方法が第二次世界大戦後まもなく理論物理学に導入され たわけです。一方で、微分方程式の摂動展開に対する永年項をいかに処理するかについて は特異摂動論の方法として数学でたくさん調べられてきました。その中でもイリノイ大学 のグループによって発展された繰り込み群の方法はそれらを統一的に扱う方法として知ら れています。

このアイディアを実現するために、まず任意の z0 を導入して、素朴な1次摂動を log z = log z− log z0+ log z0 と置き換えて

f (z) =C0

(1 + ϵ

4(log z− log z0+ log z0) ) + ˜C0z4(1 ϵ

4(log z− log z0+ log z0)

)+O(ϵ2) (1.4) と形式的に書き直します。ここで、C0, ˜C0が任意であったことを利用して Cr = C0+4ϵ log z0, C˜r= ˜C04ϵlog z0と「繰り込まれた初期値」を導入します。すると、同じ近似の範囲内で

f (z) = Cr

( 1 + ϵ

4(log z− log z0) )

+ ˜Crz4(1 ϵ

4(log z− log z0) )

+O(ϵ2) (1.5) となります。さて、「繰り込まれた初期値」Cr, ˜Cr とそこから作られた素朴な摂動解 (1.5) は、log z0 に一見依っています。この log z0 のことを、場の理論の言葉では、「紫外カッ トオフ」と呼びます。しかるに、私たちの欲しい解 f(z)、(場の理論では「観測量」ある いは「物理量」と呼びます。)は、人為的に導入された log z0 に依存しないはずです。そ こで、 観測量は紫外カットオフによらないという条件

∂f (z; z0)

∂ log z0 = 0 (1.6) を要請します。この方程式を「繰り込み群方程式」あるいは場の理論ではキャラン・シマ ンチック方程式などと呼びます。具体的に今の問題では、

∂Cr

∂ log z0

= ϵ

4Cr+O(ϵ

2)

∂ ˜Cr

∂ log z0

=ϵ

4Cr+O(ϵ

2) (1.7)

と言う式が得られます。この式のことを場の理論では、ゲルマン・ロウ方程式と呼び、右 辺の関数を繰り込み群のベータ関数と呼びます。5つまり、(もともと任意であった)紫外

5特にベータに深い意味はなく、この方程式を使った人たちがベータの文字を使ったためいつの間にか慣 習になりました。

(8)

カットオフ log z0 を変化させることは、繰り込み群のベータ関数の値にしたがって繰り込 まれた初期値を変化させることで再吸収(renormalization = 繰り込み)できると言うわ けです。

さて、今の場合のゲルマン・ロウ方程式は簡単に解けて、 Cr = Cz

ϵ 4

0

r = ˜Cz

ϵ 4

0 (1.8)

ですから、これを先ほどの摂動解 (1.5) に代入して、(z0 は任意であったから)z0 = z と 言う物理的繰り込み条件を課してあげると、繰り込まれた摂動展開

f (z) = Cz4ϵ + ˜Cz4−ϵ4 +O(ϵ2) (1.9) が得られます。この繰り込まれた摂動解を (1.2) の厳密解と比較すると、ϵ log z ∼ 1 まで O(ϵ) で一様に正しい解になっています。このことを、場の量子論の言葉ではリーディン グ log を足しあげたと言います。

以上の議論は完全に数学の問題として定式化できます。しかし、面白いのは、このよう な数学の構造が場の量子論の文脈で60年以上も前に提唱化されていたわけです。しか も、この繰り込み理論は21世紀の現在でも理論物理学の根底を支えています。繰り込み 理論の創始者のひとりである朝永さんは、『試験の問題が解けないときにはカンニングを やるというのに似ているのですけれども、計算して答えが出ないから、自然自身に教えて もらう。電子の質量が変わり、電荷が変わるのだけれど、その計算値は無限大を含んで意 味をなさない。そこで、理論的に計算できない値、その値を実験からわかっている値でお きかえる。これも含めて「くりこみ」という。』とおっしゃっています。私たちの計算で は、素朴な摂動論から、f(z) を計算して、z = 0 を代入するとその計算値は無限大を含 んで意味をなさなかったのですが、その発散は、私たちが知らない積分定数 C0 に押し付 けることができました。同じように、場の量子論の計算に出てくる発散も、ここで扱った C0 のように、「裸の」電子の質量や電荷と言った私たちが知らない(知る必要のない)量 があって、その値は理論的に計算できないのだけれど、f(z) に対応する求めたい観測量 の初期値を自然から教えてもらった値に置き換えることで、繰り込まれた摂動展開を定式 化することができると言うわけです。この繰り込み群の哲学を、大野さんは論語から「知

(9)

るを知るとなし, 知らざるを知らざるとなす, これ知るなり」と引用して、繰り込みの極 意だとしています。裸の初期値は私たちには知ることのできない量なのですが、それを知 ることができないと言う事実自体を繰り込み群方程式として積極的に利用しようと言う わけです。

ここまで、私たちはパラメタ ϵ に関する摂動論を用いて微分方程式の(特異)摂動論 と繰り込み群の関係を議論してきましたが、重要な点として、繰り込み群方程式自体は摂 動論を越えて成り立っていると言うことがあります。実際、摂動的に得られたゲルマン・ ロウ方程式 (1.7) は、厳密なゲルマン・ロウ方程式

∂Cr

∂ log z0

= (24− ϵ)Cr

∂ ˜Cr

∂ log z0

= (2 +4− ϵ) ˜Cr (1.10) に置き換えることができます。これまでの計算を真似て ϵ に関する高次の摂動論をすれ ば、(1.10) が得られることは練習問題にしますが、この方程式の解から、ϵ のすべての オーダーで正しい厳密解

f (z) = Cz4−∆+ ˜Cz

∆ = (2 +4− ϵ) (1.11) が得られることは問題ないでしょう。この問題では厳密な繰り込み群方程式を求めるのは はじめの微分方程式の厳密解を求めるのと同じくらい面倒ですが…。

この線形微分方程式の問題では、私たちは、まず素朴な摂動展開を改良すると言う趣旨 で繰り込み群を導入して、繰り込み群方程式自体は摂動論的に計算したわけですが、こ のようにして、繰り込み群と言うアイディアは概念的には摂動論に依らずに定義されま す。つまり、繰り込み群的な手法は摂動解だけではなく厳密解にも適用できると言うわけ です。もちろん、厳密解に対応する繰り込み群のベータ関数をもともとの問題を解くこと なく得ることができるか?と言うのは一般にはまったく別の難しい問題です。微分方程式 の問題でもそうですが、多くの場の理論の問題については摂動論を越えた厳密な繰り込み 群のベータ関数を求めることは非常に困難です。そこで、デュアリティーなど摂動論を越 えた計算を可能にする道具立てが理論物理学で追い求められてきたわけでした。そのデュ

(10)

アリティーの一例としてこの講義の主題であるホログラフィーがあるのですが、それはこ れからお話ししていきましょう。

1.2 反ドジッター空間の波動方程式

さて、大野さんは「太い態度であると言われても仕方ない」と謙遜しつつも、前節で議 論した線形微分方程式の例を通して

(1) 永年項は発散であり、くりこみはこの発散を除去して特異摂動論が与える結果を与 える、つまり、特異摂動論はくりこまれた普通の摂動論である。

(2) くりこみ群方程式はゆっくりした時間スケールの現象を支配する方程式である。 と結論しています [2]。冒頭でお話ししたように、私がこの文脈での繰り込み群の意味 を理解したのは何年も経って、ホログラフィーを知ってからでした。ホログラフィーは大 野さんが持っていた(と想像される)場の理論の繰り込み群と微分方程式の特異摂動論に 関する繰り込み理論との間のアナロジーをデュアリティーのレベルまで持ち上げてくれ ます。

微分方程式の漸近解析とホログラフィーとの関係を述べるために、反ドジッター空間 を考えます。なぜ、反ドジッター空間か?についてはおいおい理解していくことにします が、まずはなにより反ドジッター空間を定義しましょう。反ドジッター空間は極大対称空 間で一定負曲率を持つリーマン多様体です。今回の私の講義では、いわゆるポワンカレ座 標を取って、そのうえで、

ds2 = gM NdxMdxN = dz

2+ δ

µνdxµdxν

z2 (1.12)

となる計量 gM N を採用します。6ここで、座標 z(> 0) がいわゆる「動径座標」で、z = 0 を反ドジッター空間の(紫外)境界とよく呼びます。他の座標は µ = 1, 2, 3, 4 で δµν が 対格成分が1のクロネッカーのデルタでして、xµ を平坦な座標とした4次元ユークリッ ド空間で5次元反ドジッター空間を foliate している7ことになります。空間の次元は何

6この講義を通してアインシュタインの偉大なる数学の貢献である、「同じ添字が現れたら暗黙に和を取 ることにする」記法を使います。また、添字の上げ下げは適宜その場その場で自然な計量で行うことにしま す。

7foliateの日本語訳を教えてください。

(11)

次元でもいいのですが、今回の講義では、ほとんどの場合、(弦理論的な構成で最も一般 的な)5次元の反ドジッター空間を考えることにします。

天下り的ではありますが、この反ドジッター空間の上でスカラー場 ϕ(z, xµ)を考え、そ の波動方程式を調べてみます。反ドジッター空間上での(重力と最小結合している)スカ ラー場の作用は

S =

d5xg( 1 2g

M N

Mϕ∂Nϕ 1 2ϵϕ

2

)

(1.13) です(√g =det g です)。最小作用の原理から運動方程式を求めるために変分 δSδϕ = 0 を計算すると

✷ϕ + ϵϕ = 0 (1.14) つまり、

z2z2ϕ− 3z∂zϕ + z2µ2ϕ + ϵϕ = 0 (1.15) が得られます。8 今、スカラー場 ϕ が4次元ユークリッド空間の座標 xµ に依らないとす ると、この方程式は前節で考えた式 (1.2) に他なりません。つまり、前節で行った常微分 方程式の漸近解析は5次元反ドジッター空間でのスカラー場の波動方程式を繰り込み群的 な視点でとらえなおしていたと理解することができます。

本講義で議論したいホログラフィック繰り込みの心を非常に大雑把にいうと、反ドジッ ター空間上での運動方程式を、(双対な場の理論の)繰り込み群の方程式と解釈しようと いうことができます。この対応は、d + 1 次元の反ドジッター空間上での重力理論が d 次 元の共形場の理論と等価であると言う いわゆる AdS/CFT 対応の基礎になります。以下 の数節では、反ドジッター空間上での色々な微分方程式を繰り込み群の視点から見直しま す。このような方程式系がなぜ、あるいはどのようにして場の理論の繰り込み群と直接関 係しているかについては、場の理論の繰り込み群の話を2日目にしたうえで、最終日にお 話ししたいと思います。

ところで、今考えている方程式は2階の(線形)微分方程式なので2つの独立解が存在 しました。それに伴って境界条件として2つの初期値(あるいは積分定数)を考える必要

8言うまでもありませんが、任意の座標系でラプラシアン ✷ϕ を手で計算するのは (1.13) の変分を取る のが一番早いわけです。

(12)

があります。前節では2つの初期値 C と ˜C それぞれに対して繰り込みの操作を施しまし た。今の場合は線形問題でしたので2つの繰り込み群方程式は線形独立に取ることができ ましたが、より一般的な微分方程式を考えると、2つの式は相互に結合した連立微分方程 式になります。しかし、もとの反ドジッター空間上での微分方程式に立ち返ると、一般論 としてスカラー場 ϕ(z, xµ) は z → 0 の紫外極限で

ϕ = Cz4−∆+ ˜Cz+· · · (1.16) と言う展開を持ちます。ホログラフィーでは、積分定数 C のことを源(ソース)、 ˜C のこ とを応答と呼びます。z のべきが、∆ + (4 − ∆) = 4 となっているのは示唆的で、場の理 論の繰り込み群の立場からは、反ドジッター空間上のスカラー場 ϕ に対応して、双対で ある4次元のユークリッド空間上の場の理論に結合定数 g (理論の電荷や質量などの物 理定数をまとめて結合定数と言います)と、それに結合している局所演算子 O(x) が存在 して、ハミルトニアン(あるいは作用)に ∫ d4xgO(x)という相互作用が存在していると 解釈します。そこで、C に対する繰り込み群方程式は、結合定数に対する繰り込み群方程 式、 ˜Cに対する繰り込み群方程式は、演算子に対する繰り込み群方程式と理解します。∆ は演算子 O(x) のスケール次元、 4 − ∆ はそれに結合する結合定数 g のスケール次元と 解釈されます。と言うのは、双対な場の理論の繰り込みで z の役割を果たすのは繰り込 み群のスケール(の逆数)であるからです。

このように以下でも所々で、微分方程式の漸近解析を通して場の理論の繰り込みでよく 出てくる専門用語を説明していきます。繰り込み群をご存知の方は、反ドジッター空間上 での微分方程式の「繰り込み群的な意味」を理解していただき、一方で場の理論の繰り込 みをご存じない方は、微分方程式の漸近解析を通して、繰り込み群の専門用語に対する感 覚を得ていただければと思います。

1.3 摂動論的繰り込み群が成功する例、しない例

反ドジッター空間上での微分方程式の解析を進めましょう。(1.1) は簡単すぎたかもし れないので、もう少し拡張したいわけですが、基本的に2つの方針が考えられます。1つ には −12ϵϕ2 で与えられたポテンシャル(相互作用)を一般化すると言う方向と、もう1

(13)

つには前節で無視をした xµ についての依存性を考えるという方向です。この節では大野 さんが考えた微分方程式の漸近解析に繰り込み群を用いると言う枠組みから外れないよ うに、ポテンシャルの一般化について考えます。これは、場の理論の言葉では結合定数 g が空間上での定数である場合の繰り込み群を扱うことに対応しています。次の節で考える xµについての依存性は、2日目にお話しする、結合定数が場所依存する場合の「局所繰 り込み群」と関係してきます。

前節ではスカラー場のポテンシャルが2次の場合(いわゆる質量項)を考えたのです が、次に簡単な例として、スカラー場のポテンシャルが3次の場合 V = −λ3ϕ3 を考えて みます。つまりスカラー場の作用として

S =

d5xg( 1 2g

M N

Mϕ∂Nϕλ 3ϕ

3

)

(1.17) と言う理論を考えます。この場合は (xµ依存性を落とした)反ドジッター空間上での運動 方程式

z2z2ϕ− 3z∂zϕ + λϕ2 = 0 (1.18) は非線形で、厳密な解析解は簡単には得られません。そこで、λ に対して摂動展開をする ことは(前節の自明な問題に比べたら)一定の意味があるでしょう。

素朴な摂動展開では、 ϕ = C0 + ˜C0z4+C

02

4 λ log z C0C˜0

2 λz

4log z + C0C˜0

8 λz

4 +C˜02

32λz

8+

· · · (1.19) となりますが、1.1 節で議論したように、この摂動展開はやはり永年項の存在から大きな log zで破綻します。前回同様に、log z = log z + log z0 − log z0 とおいて、初期値 C0 と C˜0 を繰り込むことで見かけの発散を除去すると

ϕ = Cr+ ˜Crz4+ C

r2

4 λ(log z− log z0) CrC˜r

2 λz

4(log z− log z

0) + CrC˜r 8 λz

4+C˜r2

32λz

8+· · ·

(1.20) と書き直すことができます。そこで、解が人為的に導入されたスケール log z0 に依らない と言う繰り込み可能性の要請9からゲルマン・ロウ方程式

∂Cr

∂ log z0

= λ 4C

2

r +O(λ2)

9場の理論の文脈では繰り込み可能性と言った時には、log z0の変化を有限個のパラメタで再吸収できる

(14)

∂ ˜Cr

∂ log z0 = λ

2CrC˜r+O(λ

2) (1.21)

が得られます。前節の (1.7) に比べてみると、この方程式、特に上の式のことをゲルマン・ ロウ方程式と呼ぶのはより正当な理由があります。と言うのは、この式は、ゲルマンとロ ウが調べた量子電磁気学 (QED)の最低次の繰り込み群方程式とまったく同じ形をして いるからです!

ゲルマンとロウは QED における伝搬関数が、電子の質量が無視できる紫外極限で厳密 なスケール不変性は満たさないけれど、単純なスケール変換則に従うことに気づきまし た。そこでは、Cr は電荷の2乗(結合定数) e2 と解釈され、ゲルマン・ロウ方程式は、 スケール変換に(つまり z0 で微分する操作)対して、結合定数がどのように応答するの かを示しています。C を Cr と置き換えて log z0 を吸収するテクニックは、QED におけ る裸の結合定数 e20 を繰り込まれた結合定数 e2r に置き換えて、紫外領域での発散を取り 除く手法に他なりません。

さて、このゲルマン・ロウ方程式の解は簡単に求まりまして、

Cr = C 1 λ4C log z0

r = ˜C (

1 λ

4C log z0 )2

(1.22) です。この解の挙動を簡単に調べてみましょう。

ここでは主に、源(ソース)の繰り込みである、Crについて注目します。一般性を失 うことなく、C > 0 の領域を調べます。この時、λ の符号によって繰り込まれた解の挙動 が非常に異なることがわかります。まず、λ が負の場合に (1.21) が意味することは log z0

が大きくなると繰り込まれた解は小さくなると言うことです。今、繰り込み群方程式は高 次の Cr の寄与を無視していますが、log z0 が大きければ大きいほど Cr が小さくなるの で、繰り込み群によって近似的に得られた解はより信用できると言うことになります。一 方で、log z0 が小さい領域では、Cr が自然に大きくなりますから、近似的な繰り込み群

ときに繰り込み可能であると言い、無限個のパラメタを使わなければいけない時に繰り込み不可能である と言うことが多いです。今の場合は、二つのパラメタ Crと ˜Crで再吸収できるため、この意味でも繰り込 み可能であると言えます。しかし、今回の講義の内容に限ればこの狭義の繰り込み可能性が成り立たなくて も本質的な困難はありません。

(15)

方程式 (1.21) 自体が信用できなくなります。このような繰り込み群の挙動のことを「赤 外自由性」を持つと言います。つまり、log z0 が大きい「赤外領域」で摂動論がより正当 化できると言うわけです。一方で、log z0 が小さい「紫外領域」ではたとえ繰り込みをし たとしても(近似的に)繰り込まれた摂動論が正当化されません。この現象は「ランダウ 極」10あるいは「ランダウのゼロチャージの問題」、「場の理論の自明性」などとして場の 理論の文献では知られています。このような繰り込み群のベータ関数の振る舞いは4次元 時空での量子電磁気学やスカラー場 ϕ4 理論などで現れます。

一方で、λ が正の場合は、まったく逆の振る舞いをすることがわかります。つまり、log z0

が負に大きい紫外領域で摂動論がよく成立し、log z0が徐々に大きくなり Crの極に近づ く赤外領域では摂動論的な繰り込み群方程式が信用できないことになります。このよう な挙動のことを場の理論では「漸近自由性」を持つと呼びます。漸近自由性を持つ場の量 子論は数学的に定義できると考えられています。例えば、強い力を記述する量子色力学

(QCD)は漸近自由性を持っていることが知られています。11一般に、繰り込み群の用語 として、赤外領域で大きくなる変数のことを有用な変数、小さくなる変数のことを無用な 変数と呼びます。

さて、応答 ˜Cr の方は、λ が正だとすると、赤外でより大きな応答を示し、λ が負だと 小さな応答を示すので Cr と一般的に逆の傾向を示します。前節で、4 − ∆ + ∆ = 4 と言 う源と応答のスケール次元の関係式を述べましたが、ここではそれを拡張した形として、 源の繰り込み群のベータ関数 λ4Cr2 を Cr で微分すると、応答のベータ関数の係数、これ を異常次元とも呼びますが、 −λ2Cr が得られていることに注意しておきます。これは2 日目にお話しする繰り込み群のベータ関数と異常次元を結びつける繰り込み群の公式と 関係しています。

10繰り込まれた解 (1.22) が log z0= λC4 で極を持つことを指します。量子電磁気学では、Cr は電荷の2 乗と解釈されるので、これに極があって符号が変わってしまうと、数学的にまともな量電磁力学の定式化は できないと考えられています。このことを嘆いて、ランダウは「ハミルトニアンは死んだ」と叫んだのでし た。

11これからわかるように、摂動論的な繰り込み群は、漸近自由性を持つ理論の赤外領域、つまり log z0 大きくなった時に本当の解がどのように振舞うかについては予言能力が乏しいわけです。QCD の場合は C に相当する結合定数 gQCD2 がどんどん大きくなって最終的にはカラーの閉じ込めと言う現象を示すと考え られています。今の微分方程式の問題では、数値的に積分すれば摂動論を越えて、どのような振る舞いを示 すかは原理的には計算できます。

(16)

もうひとつ、場の量子論でよく出てくる例として、非自明な固定点が存在する場合と言 うのを紹介します。今まで出てきた2次と3次のポテンシャルを合わせた

z2z2ϕ− 3z∂zϕ + ϵϕ + λϕ2 = 0 (1.23) という場合を考えます。この場合、ϵ, λ に対してソース Cr に関する最低次の摂動的な繰 り込み群方程式は

∂Cr

∂ log z0

= 1

4(ϵCr+ λC

2 r

) (1.24)

ですが、この左辺 ∂Cr/∂ log z0 が消える点のことを繰り込み群の固定点と呼びます。繰り 込み群の固定点を求めることは、もともとの微分方程式の定数解を求めることと等価に なっています。今の問題には、Cr = 0と言ういわゆる「自明な固定点」の他に、Cr =−λ/ϵ と言う非自明な固定点が存在しています。特に、|ϵ| ≪ |λ| の場合には、繰り込み群方程 式の高次の項が無視できる「摂動的な固定点」が得られます。このような摂動的な固定点 のことを、繰り込み群の専門家はウィルソン・フィッシャー 固定点と呼びます。12

これ以上具体例を考えることはやめますが、より一般のポテンシャルに対しても、反ド ジッター空間上の運動方程式

z2z2ϕ− 3z∂zϕ = V(ϕ) (1.25) を繰り込み群方程式の形に書き直すことができます。特に、V(ϕ) が小さい領域ではソー ス Cr に対する摂動論的に繰り込み群方程式を求めることができて、

∂Cr

∂ log z0

= 1 4V

(C

r)1 64V

(C

r)V′′(Cr) +· · · (1.26) となります。13このことから逆に場の理論の繰り込み群方程式がなんらかの積分可能性を 持っていれば、対応する反ドジッター空間上での運動方程式が存在しそうです。この素朴 なアイディアを精密化したのが、今回の一連の講義で議論するホログラフィーによる繰り 込み群の解析になります。

12先ほど、3 次のポテンシャルは4次元時空での ϕ4理論の繰り込み群と対応していると述べましたが、 ϕ4理論を仮想的に d = 4 − ϵ 次元で考えると、2 次のポテンシャル項が、ϵ に比例して得られます。ウィル ソンとフィッシャーは3次元イジング模型の臨界現象を調べる手段として、4 − ϵ 次元の ϕ4 理論を調べて ϵ→ 1 の外挿をすることを提案しました。この ϕ4 理論は2日目でお話しするイジング模型の場の理論的な 模型になっています。

13一期一会ですので、枕で述べたメリーランド大学から来られたセミナー講師の論文 [4] と、それに刺激 されて書いた私の論文   [5] をここで引用しておきます。

(17)

1.4 波動方程式と局所的な繰り込み群の流れ

さて、反ドジッター空間にはこれまで考えてきた z の座標の他にも xµ の座標があるの で、今度はその座標依存性について考えてみましょう。初心に戻って、自由スカラー場の 波動方程式

z2z2ϕ− 3z∂zϕ + z2i2ϕ + ϵϕ = 0 (1.27) を考えます。色々な取扱いがあると思いますが、ここではまず、ϕ が xµ に依らないとき は(ϵ 依存性についても)厳密解を知っているとして、xµ に関する微分展開をしてみた いと思います。

この問題は線形なので、xµ に関してフーリエ展開 ϕ(z, xµ) = (2π)d4k4eikµxµϕk(z) してみ ましょう。すると解きたい方程式は(k2 = kµ2 と略記して)

z2z2ϕ− 3z∂zϕ− k2z2ϕ + ϵϕ = 0 (1.28) です。実はこの方程式もすべての k2 と ϵ に対して解けて、変形ベッセル関数が解になる ことが知られています。一方で、k2 に関して素朴な摂動論をしてみますと、0次のオー ダーでは、(∆ = (2 +4− ϵ) を思い出して)ϕ = C0z4−∆+ ˜C0z ですが、1次のオー ダーでは

ϕ = z4−∆(C0+ C0 4(3− ∆)k

2z2) + z( ˜C

0+ C˜0 4(∆− 1)k

2z2) (1.29)

となります。この摂動解を眺めてみると、これまでの節とは異なって(一般の ∆ では) log z は現れないのですが、やはり、初期値に比例している「永年項」 k2z2 が存在します。 この永年項を繰り込み群的な手法で処理するために、z2 = z2− z02+ z20 と書き直します。 そこで、z02 に由来する発散を C0に吸収してあげ、繰り込まれた解が紫外カットオフに依 らないと言う条件を要請すると、繰り込み群方程式

∂Cr

∂ log z0 =

2k2z20

4(3− ∆)Cr+O(k

4z4)

∂ ˜Cr

∂ log z0

= 2k

2z2 0

4(∆− 1)C˜r+O(k

4z4) (1.30)

が得られます。この方程式は log z を時間と思うと拡散方程式の一種とみなすことができ ます。しかし、前節の繰り込み群方程式と異なるところがいくつかあります。まず、前節

(18)

のゲルマン・ロウ方程式は、右辺に z 依存性が存在せず、いわゆる自励系の方程式でし た。今回は、右辺に z 依存性があります。形式的には、スケール次元を持たないダミー なパラメタ ¯k2 を導入して

∂ ¯k2

∂ log z = 2 ¯k

2

∂Cr

∂ log z0

= k

2

4(3− ∆)Cr+O(¯k

4)

∂ ˜Cr

∂ log z0 =

2¯k2

4(∆− 1)C˜r+O(¯k

4) (1.31)

と自励系の形に書き直すこともできますが、いずれにせよ、赤外領域 |k|z = |¯k| ∼ 1 で摂 動的な繰り込み群方程式は信用できなくなります。正のスケール次元を持った量 k2 は赤 外で有用なパラメタであると言ってもよいでしょう。そのため、厳密解である変形ベッセ ル関数に対して、繰り込まれた摂動解と素朴な摂動解を比べたとしても |k|z > 1 で特別 によい性質を示しているとは言えません。解を改良するためには k2 の高次の繰り込み群 のベータ関数を求める必要がありますが、それは厳密解を求めるのとあまり手間は変わり ません。

これからわかるように、(摂動的な)繰り込み群は今考えている近似を越えて素晴らし い答えを出してくれる魔法の道具ではありません。近似的な計算をしている以上、それ以 上の答えはどうひねり出しても出てこないわけです。今の場合は、最低次の摂動で得られ た繰り込み群のベータ関数 (1.30) に依拠している限りは、|k|z > 1 の領域で繰り込まれ た解が信用できる保証は全くありません。摂動的な繰り込み群が多大な成功を収めるのは 繰り込み群の効果によって近似が保障されるとき、たとえば、前節で紹介した漸近自由性 がある理論での紫外領域 log z → 0 などです。

一方で、この系は z → 0 での漸近的な振る舞い同様に kz → ∞ での漸近的な振る舞い を調べることができます。もちろんそのためには全く違った摂動展開を考える必要があり ます。今度は、z2z2ϕ− k2z2ϕをゼロ次項、残りを摂動とみなして先ほどの微分方程式を 解いていきます。初期値に由来する永年項を繰り込み群的に処理し、kz ≫ 1 の領域で妥 当な近似的な繰り込み群方程式を求めると

∂ϕ

∂ log z =−|k|zϕ +

2 +O((zk)

−1) (1.32)

(19)

となります。ただし、今、∼ ekz と振舞う解は捨てました。この繰り込み群方程式から繰 り込まれた解を求めてあげると、厳密解のベッセル関数が kz ≫ 1 で指数関数的に振舞う ことと、その前のべきの係数をちゃんと再現していることがわかります。詳細は文献に譲 りますが、大野さんたちの論文 [3] でも、WKB 形式との関連として同じような微分方程 式の漸近解析が繰り込み群の方法で調べられています。

さて、前節では、反ドジッター空間上での常微分方程式の漸近解析が場の量子論に出 てくる繰り込み群方程式と形式的に似ていると言うことを述べました。基本的なアイディ アは、反ドジッター空間上での場 ϕ(あるいはその境界値)を場の理論の結合定数 g だ と思い、z 方向の発展を繰り込み群のスケール変換だと考えると言うことでした。それで は、xµ 依存性を持たせた偏微分方程式は場の理論的な解釈ができるでしょうか?今、反 ドジッター空間上の場 ϕ は、z だけではなく xµ にも依存します。と言うことは、場の理 論では空間上の各点で違った値を持つ「結合定数」g(x) を考えて、その z 方向の発展、 つまり繰り込み群変換を考えればよいように思えます。このような空間上の各点で異なっ た値を持つ「結合定数」に対する繰り込み群は、「局所繰り込み群」と呼ばれます。2日 目にはこの局所繰り込み群についてお話しし、最終日には反ドジッター空間上の微分方程 式との関係を見ていきたいと思います。

1.5 アインシュタイン方程式と繰り込み群

ここまでは、背景空間を反ドジッター空間とあらかじめ固定して、その上でのスカラー 場の運動方程式に対して与えられた境界条件での解を繰り込み群の言葉で理解すると言 う話をしてきました。しかし、アインシュタインの一般相対論によると時空の計量もアイ ンシュタイン方程式にしたがってダイナミカルに決定されるべきものです。そこで、(局 所)繰り込み群による漸近解析の手法をアインシュタイン方程式に対しても適用できない か?と言うアイディアが浮かびます。これは、場の理論の繰り込み群とホログラフィーを 結びつけるうえでも重要なのですが、一般相対論の問題としても、「繰り込み群を使って アインシュタイン方程式の摂動解を改良できないか?」と言う面白い数理物理の問題と関 わってきます。

(20)

今、5次元空間上での(真空の)アインシュタイン方程式

RM N

RgM N

2 = ΛgM N (1.33) を考えます。RM Nは計量 gM N から作ったリッチテンソルで、R はスカラー曲率です。Λ は宇宙定数と呼ばれる量で、今は、負の値をとることにします。アインシュタイン方程式 は、いわゆるアインシュタイン・ヒルベルト作用

S =

d5xg(R + 2Λ) (1.34) の変分問題 δgδS

M N = 0になっています。

まず、これまで考えてきた反ドジッター空間はこの方程式の厳密解であることは確かめ られます。14そこで、この反ドジッター空間解を拡張した解を(摂動論的に)求めていき たいわけですが、そのために、ここではいわゆるフェッファーマン・グラハム座標系を取 ります。

ds2 = l

2

z2(dz

2+ γ

µν(z, x)dxµdxν) (1.35) ここで、l2 =−6/Λ です。一般に、漸近的 (z → 0) に反ドジッター空間に近づく計量は 局所的にはこの座標系を取ることができることが知られています。この座標系では、(真 空の)アインシュタイン方程式はプライムを z 方向の微分と約束して

1 2γ

′′ 3

2zγ

1

2γ

γ−1γ+1

4Tr(γ

−1γ− Ric(γ) − 1

2zTr(γ

−1γ)γ = 0

DµTr(γ−1γ)− Dνγµν = 0 Tr(γ−1γ′′)1

zTr(γ

−1γ) 1

2Tr(γ

−1γγ−1γ) = 0 (1.36)

となります。2番目の式はいわゆる運動量拘束、3番目の式はハミルトニアン拘束に相 当します。ここで、γ は 4次元計量 γµν(z, x) を成分に持つ行列で Ric(γ) は 4次元計 量 γµν(z, x) から作った4次元のリッチテンソル(を成分に持つ行列)、Dµ は4次元計量 γµν(z, x) から作ったクリストッフェル接続に対応する共変微分です。

14反ドジッター空間は極大対称空間ですので、リッチテンソルは計量の定数倍で、スカラー曲率も定数に なります。このことから、宇宙項のあるアインシュタイン方程式を解くことがすぐにわかります。

(21)

さて、ここで、反ドジッター空間からのずれに対する摂動展開を行うために、フェッ ファーマン・グラハム展開

γµν(z, x) = γ(0)µν(x) + z2γ(2)µν(x) + z4γ(4)µν(x) + z4log z2h(4)µν(x) +· · · (1.37) を考えます。これを (1.36) に代入して逐次的に解こうと言う魂胆です。アインシュタイ ン方程式は2階の偏微分方程式なので境界条件を2つ設定することが必要ですが、ここで は、γ(0)µν(x) = γµν(x)と γ(4)µν(x) = tµν(x)と取ります。これは、これまでこの章で考え たスカラー場の場合のアナロジーから、γµν(x)と言う4次元背景計量を場の理論に導入 した時に、それに対して、tµν(x)なる応答をしている状況に対応しています。15ただし、 γµν(x) は任意に取って構いませんが、tµν(x) の方は運動量拘束とハミルトニアン拘束か らいくばくかの制限があります。特に、γ(0)µν(x) = δµν と平らな空間に取ったとすると、 δµνtµν = ∂µtµν = 0 でないといけません。これは、エネルギー・運動量テンソルが保存し てトレースレスだと言っています。

今、フェッファーマン・グラハムの定理によれば、γµν(x)と tµν(x)を与えると、アイン シュタイン方程式の解の高次の展開は逐次的に求まり、かつ z2 によるべき展開は有限の 収束半径で収束していることが知られています。16具体的には、ソースの方の展開は

γ(2)µν = 1

2(Rµν 1 6µν) h(4)µν = 1

8RµρνσR

ρσ+ 1

48DµDνR 1 16D

2R

µν1 24RRµν +( 1

96D

2R + 1

96R

2 1

32RρσR

ρσ

)

γµν (1.38) などとなります。リーマンテンソル Rµνρσ、リッチテンソル Rµν、スカラー曲率 R もす べて γµνから作った4次元のものです。ここで、h(4)µν の項は展開中で唯一 log を含む項 になりますが、これは共形アノマリーと深く関係しています。17

さて、前節でスカラー場に対して行ったように、最低次の解を取ってきて繰り込み群の

15一般に、背景計量と結合する演算子はエネルギー・運動量テンソルと呼ばれます。

16フェッファーマンとグラハムの共形幾何の仕事は 1985 年に発表されましたが、その完全な証明は 2007 年のプレプリント [7] に示されています。

17より正確には共形アノマリーを背景場で変分したものになります。また、tµν のトレース部分は勝手に 取ることができず、共形アノマリーで固定されます。

(22)

方程式に書き直してみます。ソースに対する繰り込み群方程式は

∂γµν

∂ log z = z

2(R µν

1

6µν) (1.39) となります。この右辺は(4次元計量 γµν から作った)スカウテン (Schouten) テンソル と呼ばれる量で、共形幾何学に頻繁に登場する量です。18スカウテンテンソルが計量の2 階微分を含んでいると思うと、これは、スカラー場の時の (1.30) の拡張になっています。

一方で、応答に対する繰り込み群方程式を求めるために、簡単のため背景計量 γµν(x) = δµν と置きます。すると、

∂tµν

∂ log z = z2

6✷tµν+ 2z

4

(

tµρtρν1 12δµν(t

ρσt

ρσ) + 1 192

2t µν

)

+· · · (1.40) となります。この場合の展開パラメタは、微分とエネルギー・運動量テンソルの非線形性 になっています。この方程式は双対な場の理論のエネルギー・運動量テンソルの繰り込み 群方程式と理解することができます。19

実は、(1.39) のタイプの繰り込み群方程式は大野さんのたち論文が出てからすぐ、AdS/CFT とおそらく独立に、[8][9] で宇宙論の枠組みで議論されています。これらの論文のモチベー ションは(上記の z を実時間 t と読み替えた上で)繰り込み群方程式を使ってフリードマ ン・ロバートソン時空に対応するフェッファーマン・グラハム類似の展開の最低次の結果 を改良しようと言うものでした。しかしながら、前節のスカラー場の波動方程式同様に、 ここで考えているアインシュタイン方程式に対する繰り込み群方程式は xµ の微分を含む 項と非線形項が有用なパラメタのため、z が大きな赤外領域の振る舞いを調べようとする と、高次の補正が無視できなくなります。そのため、形式的な側面を越えて、アインシュ タイン方程式の長距離極限の振る舞いを調べるためにフェッファーマン・グラハム展開を

18この方程式に似た式として、しばらく昔に(非線形シグマ模型に現れる)リッチフローが微分幾何学で 流行ったことがありました。このサマースクールの 2008 年のテーマでもありました。ホログラフィーでは スカウテンフローの方が自然です。

19エネルギー・運動量テンソルは繰り込まれないと場の理論の授業で習ったぞ!と言う方は半分正しく、 半分間違っています。エネルギー・運動量テンソルは保存する限りにおいて繰り込まれてもよいのです。し かし、高次のオーダーでこの方法で得られた繰り込み群の式を調べると素朴な保存則を保っていないと言 うのはおっしゃる通りで、この困難を回避するために背景計量の再定義をする必要があることなどが最近の 論文 [6] で議論されています。ただし、私自身は (1.40) の高次の非線形項の物理的意味をしっかりとは理 解していません。

(23)

もとにした(摂動的な)繰り込み群方程式を用いるのは(私見ですが)実用上はあまり成 功していないと思います。

一方、前節では赤外極限の振る舞いを理解するために kz → ∞ の漸近展開を議論しま した。しかし、私の知る限りでは、前節の kz → ∞ に対応するアインシュタイン方程式の 長波長極限を表す一般的な展開に対する繰り込み群的な見方は議論されていません。20個 人的な感触では、アインシュタイン方程式の長距離極限での振る舞いは流体力学と密接に 関係しているため、重力的な繰り込み群の見方から流体力学方程式を導出できると思いま すが、どこまで、繰り込み群の見方が役に立つかどうかは今のところよくわかりません。

それでも、アインシュタイン方程式の解は色々知られているので、(摂動論に基づいた) 繰り込み群の方法を直接使わずとも、まず数値計算なり厳密解なり求めてから、後付け で繰り込み群的な解釈を与えることはできます。これはアインシュタイン方程式を解くと 言う観点だけからは、一見意味がないようですが、ホログラフィー的な解釈を施すこと でデュアリティーの立場からは非自明な予言を引き出すことができます。また、特殊なブ ラックホールのホライズン近傍の振る舞いなど、別の展開パラメタが存在すれば、それに 基づく摂動論や繰り込み群的な見方が役に立つこともあります。しかしながら、この講義 では実用面よりも構造の方に注目して議論を進めていくので、これらについては触れませ ん。21

20線形化すれば、e−kzに漸近する解は取り出せそうですが。

21面白い例がありましたら是非教えてください。最近、繰り込み群的な漸近解析の視点から反ドジッター 空間の安定性を議論している文献がいくつかありました [10]。

参照

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