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エンタングルメントエントロピーと笠・高柳の公式

ドキュメント内 yokou 最近の更新履歴 理論物理学教程の道 (ページ 62-72)

ここまでの話は、形式的な議論が続いてきましたので、ひとつくらいは具体的に分配汎 関数の重力的な計算をしたいと思います。そこで、私たちのモットーにふさわしく一番簡 単であるけれど非常に示唆的な例として、共計場理論の熱力学量の計算と反ドジッター空 間中でのブラックホールの関係について考えます。

前章の初めに述べたポリヤコフによる統計物理学と場の量子論のアナロジーがありま したが、そこであまり強調しなかった点に、d次元の量子統計模型のゼロ温度の分配関数 の計算は、d+ 1次元の古典統計模型の計算と見なすことができると言うものがあります。

量子統計力学の計算処方によれば、有限温度のd次元量子統計模型の分配関数を計算した

67より正確には初日はl= 1でしたので、lを復活させたいわけですが、有効的にはV(ϕ) l2V(ϕ) 置き換えればよいです。

ければ、d+ 1次元の古典統計模型を考えて、そのd+ 1次元のうち、1次元を(周期が逆 温度 β で与えられる)円S1 に置き換えて計算すればよいと言うことが知られています。

と言うわけで、S1×Rd−1 で定義された古典統計模型の分配汎関数を私たちのホログラ フィーの処方箋を用いて計算したいと思います。汎関数と言っても、今の場合すべての計 量に対する分配汎関数を調べたいわけではなく、S1×Rd−1 と背景計量を

ds2µνdxµdxν =dτ2+dx2a

τ ∼τ +β (3.48)

の形としてS1 の周期 β 以外固定するので、分配汎関数は Z[β]と単なるβの関数になり ます。

私たちのラージN 極限でのホログラフィーの計算処方を思い出すと、与えられた境界 条件 γµν(0)µν の下で d+ 1 次元重力理論の運動方程式を解き、そこから求まった作用 を自由エネルギーと同定すると言うものでした。今、重力理論としては、前節で考えた

(N = 4超対称ヤン・ミルズ理論の強結合極限に対応する)5次元のアインシュタイン重 力理論を取ります。この境界条件の下で特異性を持たない解は2つあって、1つは、反ド ジッター空間の一方向を周期 β で S1 として丸めただけの自明な解 (τ ∼τ+β)

ds2 =l2dz2+dτ2+dx2a

z2 (3.49)

ともう一つは(ユークリッド化された)シュバルツシルト・反ドジッターブラックブレー ン解68

ds2 =l2dz2 z2 +l2

(1π4z44)2 (1+π4z4

4 )2+ (1 + π4z44)dx2a

z2 (3.50)

があります。やはり、τ ∼τ+β ですが、τ の周期は計量に特異性がないように選ばれて います。ここでは後の便宜上、ブラックホール解に対してはあまり使われないのですが フェッファーマン・グラハム座標を使っています。

与えられた境界条件の下で、いくつかの古典解が存在する場合は、半古典量子力学の原 理から作用が小さい方が経路積分に寄与します。ここでは後者の解が経路積分に主要な寄

68文献によってはプラナーブラックホールとも呼びます。普通のブラックホールのホライズンのトポロ ジーは球面ですが、今の場合ユークリッド対称性を仮定したので平面になっています。

与をすることがわかります。そこで、詳細な計算は文献に譲るとして(例えば、教科書で

は [1])、Z[β] = e−F[β] から自由エネルギーを空間体積で割った自由エネルギー密度を計

算してあげると

F(β) =F(β)/Vd−1 =−π2

8 N2T4 (3.51)

になります。この自由エネルギー密度を N = 4 超対称ヤン・ミルズ理論の弱結合極限の 値と比較してあげると、3/4倍小さくなっていることがわかります。このことは、場の理 論で直接計算することが困難な量に対するホログラフィーの予言の1つになっています。

もう少し簡便な計算としては、計量(3.50)がフェッファーマン・グラハム座標で書かれて いることを利用して、1.5 節で考えたようにエネルギー・運動量テンソルの応答の部分を 1/z4のべきから読み取ります。すると、

T00 = 3π2

8 N2T4 (3.52)

で、これがエネルギー密度の期待値を与えています。共形場理論では、エネルギー・運動 量テンソルはトレースレスですので、

Tij = π2

8 N2T4δij (3.53)

と求まり、これから、圧力と自由エネルギー密度を p= −F = π82N2T4 と導けます。こ こで、平衡系に対するエネルギー・運動量テンソルの表式、Tµν = diag(ϵ, p, p, p) を使い ました。

最後に、熱力学的な量より少し高級な(?)量子情報的な量について考えてみましょう。

特に、今回の学校のテーマに関係する、エンタングルメントエントロピーについて考えて みたいと思います。ここまでの議論で、ラージ N 極限を持つ場の量子論の分配(汎)関 数を計算したければ、対応する(量子)重力理論の解を適切な境界条件の下で求めればよ いと言うことがわかりました。

一般に、エンタングルメントエントロピーの計算は分配(汎)関数の計算ではないので すが、特殊な場合には分配汎関数の計算と関係している場合があります。その際には、こ の講義で考えてきたホログラフィーによる分配汎関数の計算手法が直接使えることになり ます。

状況1:共形場理論に対する特殊なエンタングルメントサーフェスにおけるエンタング ルメントエントロピー。

ラージN極限を必ずしも取っていない一般の共形場場理論を考えて、R1,d−1上の真空 状態を取ります。そこで、エンタングルメントサーフェスを Sd−2 と取り、そのエンタン グルメントエントロピー SEE の計算をすると、それは共形対称性により、ユークリッド 化した理論のSd 上での分配関数 ZSd と関係していることが知られています [27]。特に、

dが奇数の場合には、

SEE = logZSd (3.54)

です。偶数次元の場合は、いわゆる「普遍的な」logに依存する項を比較することになって SEE =· · ·+ (−1)d214adlog(R/δ) +· · · (3.55) となりますが、ここで、ad は 2.4節で導入した c-関数で、普遍的でない · · · の項を除け

ばやはり (3.54) が成り立っていることになります。

この場合は、エンタングルメントエントロピーの計算が直接分配関数の計算になりま したので、ラージN 極限を持つ場の理論に関しては、ホログラフィーの方法を使って計 算することができます。つまり、Sdで 反ドジッター空間を foliate して、その古典作用を 計算してあげればよいのです。実は、前節で触れたように、Sd2をエンタングルメント サーフェスに取った真空のエンタングルメントエントロピーは場の量子論のc定理と密接 に結びついている重要な量になります。特に、奇数次元では、c-関数は理論の局所的な性 質だけからは決まらずに、トポロジカルな自由度を含めなければならない言うこともこれ らの考察を通してわかってきました。

状況2:レプリカ法が使える場合。

場の理論で任意の与えられた状態に対してエンタングルメントエントロピーを計算する のは非常に困難な場合が多いのですが、真空状態や熱平衡状態など、いくつかの状態に対 してはいわゆる「レプリカ法」と言う(ちょっと怪しげな?)テクニックを使うことで、

エンタングルメントエントロピーの計算を、特異性を持つ空間上での場の理論の分配関数 の計算に読み替えることができます。

そこで、レプリカ法を仮に認めてあげると、これまでのホログラフィーの議論を参考に して、まず特異性を持つ計量を境界条件にとってd+ 1次元の重力方程式の古典解を求め

その古典作用からラージ N 極限でのエンタングルメントエントロピーの計算ができそう に思えます。しかし、これは少し危険でして、と言うのは、特異性を持つ計量を許すこと にすると、どのような境界条件で重力方程式を解いたらよいのか、あるいはその特異性を 持つ部分からの作用への寄与がどうなっているのか?などホログラフィーによる計算の処 方が明らかでなくなるからです。そもそも、私たちののこれまでの議論はすべてソースは

「ゆっくり変動する」と仮定して、微分展開をもとに量子局所繰り込み群の議論を行って きました。その仮定が満たされなくなってしまうのです。

この問題に対して、マルダセナとレウコウィッツは次のような提案をしています [28]。

今、レプリカ法の計算に現れる古典解はレプリカ対称性を満たすと仮定します。そこで、

レプリカ法の処方箋から、もともとの τ ∼τ+ 2π で考えている境界条件を、τ ∼2πn の 円周に拡張し

SEE =−n∂n[logZ(n)−nlog(1)]n=1 (3.56) を計算します。ここで、レプリカ分配関数Z(n)ですが、nが整数の場合には、τ ∼τ+ 2π での境界条件は変えずに、同じ境界条件を n 回繰り返すことにします。この時、レプリ カ対称性が破れないとすると、この境界条件のもとでの重力解はスムーズで特異性を持 ちません。これから、n を整数から離れて、 n = 1 +ϵ の領域での「解析接続された解」

を調べます。この時、nが整数でない形式的な計量は特異性が全くないと言うわけにはい かないのですが、ホログラフィックな分配関数の計算に支障がでない程度には抑えられま す。そこで、上のレプリカ公式でエントロピーを計算します。

この計算を遂行すると、いわゆる「笠・高柳の公式」[29] が再現されます。一見すると、

分配関数として「古典作用」、つまり空間上での全積分をしなければならない量を計算し なくてはいけないように思えますが、n = 1の時の解がアインシュタイン方程式を満たし ていると言うことから、この計算は基本的に境界項の寄与だけになります。そして、この 境界項は最小曲面の面積に他ならないことがわかります。つまり、アインシュタイン重力 理論に対応するホログラフィーにおいては、エンタングルメントエントロピーは最小曲面 の面積で与えられるわけです。

SEE = Amin

4π (3.57)

ドキュメント内 yokou 最近の更新履歴 理論物理学教程の道 (ページ 62-72)

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