• 検索結果がありません。

創発的な一般座標変換不変性

ドキュメント内 yokou 最近の更新履歴 理論物理学教程の道 (ページ 49-53)

さて、前節では局所的なスカラー演算子O(x)が1つだけある場合についての量子局所 繰り込み群を考えたわけですが、一般の統計模型ではスカラー演算子だけではなく、保存 カレントなどのベクトル演算子やテンソル演算子もたくさん存在します(それどころか TrO2 すら考えなかったのでした)。そのため、現実的な統計模型において完全な分配汎 関数を前節の方法で求めようとしたら、考えている系に存在するこれらすべてのシングル トレース演算子に対して量子場を導入して d+ 1 次元の経路積分をする必要があります。

そして、その経路積分の重み(作用)は原理上はd次元の場の理論の局所繰り込み群関数 を求めれば計算できるのですが、もちろん、これはいかにも大変そうで、そんなことがで きるならばもともとの統計模型の問題が解けるのに十分な計算能力がありそうにも思え ます。

ここで、このホログラフィーにおける弦理論の位置づけについて一言宣伝したいと思 います。今回の講義では弦理論からのアプローチを排除してきましたが、弦理論の種々の デュアリティーを仮定しますと、ある種の場の理論に対しては局所繰り込み群関数を正 直に計算しなくても、対応しているd+ 1次元の経路積分がどうなっているのかわかる時 があります。特に、一番よく調べられている対応は、4次元の N = 4 の超対称性を持つ ヤン・ミルズ理論と、II 型の超弦理論を S5 にコンパクト化したAdS5背景での重力理論

51例えば、d= 4次元の場合は、パワーカウンティング局所繰り込み群の意味でグラディエントフローに なることが、[17][19] などで議論されています。

で、マルダセナが AdS/CFT 対応として最初に導入したのがそれに当たります。この対 応が著しいのは、片方の理論が強結合になるときにもう片方の理論は弱結合になるため、

計算の難しさが保存しないわけです。そのため、普通の方法では計算が困難な量を対応す る弱結合の問題に読み替えて、いともあっさり計算することができるようになります。そ のため、ホログラフィーを具体的な問題を解くことに「使おう」と思うのであれば、弦理 論からの構成を学ぶことをお勧めします。

しかし、今回の講義では弦理論の予言については深く議論しないことにしています。具 体的な問題を解くと言うよりはむしろ、概念的にホログラフィーとはどういう構造を持っ ているのかを考えたいわけです。特に、私たちは「量子重力」がどのようにして現れるの かに興味があります。前節では、シングルトレーススカラー演算子が1つだけあったと言 う仮想的な場合を考えて、量子局所繰り込み群の構造を調べました。そこで、今度は保存 するエネルギー・運動量テンソルだけで局所繰り込み群変換で閉じているような仮想的な 状況を考えて、いかにしてd+ 1次元の量子重力理論が構築されるのか?それを考えてい きたいと思います。

2日目に説明しましたように、エネルギー・運動量テンソルは、一般のリーマン多様体 上で定義された統計模型に対して、背景計量 γµν を通じて結合しています。そこで、与え られたリーマン計量に対して分配汎関数を

Z[γµν] = eFµν] =

DXeH[X,γµν] (3.16) 計算したいとします。今、仮定として考えている統計模型のハミルトニアンが d次元の一 般座標変換で不変であるとしますと、この分配汎関数はもちろん、d次元の一般座標変換

δγµν =Dµvν +Dνvµ (3.17)

に対して不変なはずです。これは、シュヴィンガー作用原理を使えば、エネルギー・運動 量テンソルが演算子恒等式の意味で保存すると言うことを意味するわけでした。

DµTµν = 0 (3.18)

ここでは、前節の議論を拡張するために、やはりラージN 極限を考えます。前節で考 えた量子局所繰り込み群と拡張すると、今の場合も、「結合定数」γµν(x)に対する、d 次

元の分配汎関数の計算を、 d+ 1 次元の量子重力場 γµν(x, r) の経路積分に書き直すこと ができます。そのためには、宇宙項の繰り込み Λ、シングルトレースエネルギー・運動量 テンソルに結合する、背景計量 γµν に対する繰り込み群のベータ関数 Bµν と、ダブルト レースエネルギー・運動量テンソルに結合する繰り込み群のベータ関数 Bµν;ρσ を求める 必要があります。

具体的な繰り込み群のベータ関数は次節で詳細に議論しますが、前節のスカラー場の場 合と同様に、やはり一般論的に微分展開をすると、最低限 d 次元の一般座標変換不変性 と矛盾しないように

Λ =n(Λ0+κR) +O(R2) Bµν = 2γµν+O(R)

Bµν;ρσ =αγµργνσ+βγµνγρσ+O(R) (3.19) と言う形になると思われます。52これより前節の計算をそっくり繰り返すことで

S =

drddx(πµνi∂rγµν +nH)

H =√γ(Λ0 +R+· · ·)− Bµνµν+Bµν;ρσπµνπρσ

とd+ 1次元の量子重力理論に対するハミルトニアンを導くことができます。ここで、πµν

は γµν に対応する「共役運動量」です。

これから、d+ 1次元の一般座標変換不変性を見ていくわけですが、その際に計量に対 する繰り込み群のベータ関数と言った時の意味をもう少し正確に考える必要があります。

と言うのは、繰り込み群のスケールを(局所的に)変更した時に、新しいスケールでの計 量は古いスケールでの計量と「見かけ上」一般座標変換で変わる分だけ変わっていても物 理に影響しないはずだからです。つまり、局所繰り込み変換に由来する背景計量の繰り込 みに加えて

γµν →γµν +dr(DµNν+DνNµ) (3.20)

522日目の議論では、ワイル変換の部分をあえて独立に扱いましたが、ここでは、計量に対する繰り込み 群のベータ関数として取り込んでいます。

と一般座標変換パラメタ Nµ でずれる見かけ上の変換が常に許されていることになりま す。これは、背景計量に対する繰り込み群のベータ関数が

Bµν ∼ Bµν +DµNν+DνNµ (3.21) と曖昧さ53を持っていることを示しています。この曖昧さは繰り込み群のスキーム依存 性と言われる現象の一種です。実は、この曖昧さはそれほど悪いことではなく、Nµ は見 かけ上の背景計量の繰り込み群の変換をつかさどる任意パラメターとして、d+ 1次元の 計量を ADM 形式で書いたときのシフトベクトルに対応しているとみなすことができま す。また、局所繰り込み群変換のパラメタを n(r, xµ)と書きましたが、この局所繰り込み 群変換のパラメタも任意であったわけです。この n(r, xµ)を d+ 1次元の計量のラプス関 数だとみなします。すると、

ds2 =n2dr2µν(dxµ+Nµdr)(dxν +Nνdr) (3.22) と d+ 1次元の計量を再構築できます。

さて、このシフトベクトルとラプス関数は局所繰り込み群変換の元では完全に任意な関 数でありました。そのため、もともとの分配汎関数はこれらに依存しません。ここで、分 配汎関数が何らかのパラメタ変換の下で不変であるとき、その理論は対称性を持つと言う ことを思い出します。この局所繰り込み群のスキーム不変性に基づく分配汎関数に対する 不変性こそがd+ 1次元の一般座標変換不変性と見なせるわけです。

このことをもう少し式で見てみますと、シフトベクトルとラプス関数は任意であったの で、それについて積分してしまっても(全体の規格化因子を除いて)分配汎関数の物理的 な意味は変わりません。そこで、d次元の背景計量に対する経路積分を、d+ 1次元の計 量の経路積分に書き直すことができます。

e−F[γµν]=

DXed4xγH(X,γµν) =

∫ DγµνµνDnDNµ Diff e−N2S S=

drd4x(πµνi∂rγµν−NµiPµ+nH) (3.23) ここで、/diffと言う操作は規格化因子を考慮していて、作用が一般座標変換で不変であ るため、その無限の縮退を規格化するために導入しています。この効果は、いわゆるゲー

53Ambiguityの訳です。大江健三郎のノーベル賞講演ではありませんが、この文脈では非常にしっくりこ

ない訳に思えます。

ジ固定とかファデーフ・ポーポフゴーストとかと関係していますが、今回の講義では古典 近似しか行わないので無視して構いません。

今、逆に、この経路積分を実行すると、n と Nµは線形でしか入ってきませんので、n の変分と Nµ の変分から、拘束条件54

H = 0

Pµ= 0 (3.24)

が得られます。これはそれぞれ一般相対論におけるハミルトニアン拘束条件、運動量拘束 条件ですが、私たちの局所繰り込み群の立場からはこの拘束条件がそもそも局所繰り込 み群がスキームに依らないと言う性質から要請されていて、その結果として、シフトベク トルとラプス関数を導入することができたのだと思うことができます。そして、その結果 として、d+ 1次元の一般座標変換が創発されました。つまり、(量子)局所繰り込み群の 構造は、ホログラフィー原理を通じて高次元の一般座標変換不変性を予言していると言え ます。

ドキュメント内 yokou 最近の更新履歴 理論物理学教程の道 (ページ 49-53)

関連したドキュメント