第 1 部 叙景詩解説
11. Saranpe ni niskoturi 「サランペを天に届けて」
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115 内容
Ha, saranpe ni..., ハ、絹織物を、て…
Ha, ni-, niskoturi ハ、て…、天に届けて
Ha saranpe nisi ハ、絹織物の雲
Ha ho, ha ho u| ハ、ホ、ハ、ホ、ウ
一般的には「絹織物をもらった娘が嬉しくてそれを天に向かって振っている歌である」と いうような説明が付されることが多い。いずれにしてもいくつか解釈が分かれる歌である。
詩句そのものについても、よく分からない部分がある。まず第1 行から第2行にかけて
の ni, ni,という繰り返しである。このような語頭子音のみを繰り返す形式は他にみられな
い。おそらく完全に破格の手法であるか、さもなければ何らかの混乱が生じているのであろ う。あるいは、夕焼けではなく雲を歌っているのだという説明もある。『アイヌ伝統音楽』
(日本放送協会編1965)では美幌の例として
Aranpe nisi たれさがった雲を
Ane nisi koturi 細長い雲にのばして
Aranpe nise 大空にすくいあげて晴らせ
A ho a ho a ho ア ホワ ホワ ホ
(ローマ字表記は一部改めた)
という歌詞を掲載している 57。saranpe「絹織物」ではなく aranpe「たれたもの=雲」だ という。通常の「Saranpeバージョン」に対してこの「Aranpeバージョン」のほうが古形 であるということは、『アイヌ伝統音楽』(日本放送協会編1965)の解説でも推論されてい るが58、確かにこちらの方が意味を理解しやすい。また四宅ヤエ氏による「夕焼けの歌」で ある、という別の解釈も雲の歌だった名残であれば無理がない。
57 日本放送協会編(1965)p189「釧路一円と北見美幌、それに十勝本別にまでうたわれ ているが、釧路地方では普通の輪舞(軽く手を叩き、両膝を屈伸し、膝をのばした拍子に 半歩ほど身体を左に移動させる)のときにうたわれるが、昔はなかった歌で美幌から伝わ ったといい、それを自分流に解釈して、サㇻンべは絹地の布などをいうので、布雲が棚曳 いている風景をうたったものとして、新らしい振り付けをして観光用に踊ってみせたりし ているが、この歌は美幌では、昔美幌峠を越えるときに、峠の神(ルチㇱ、カムイ)に木 幣(イナウ)をあげてことわって通るときに、女達がうたい踊ったものであって、歌詞 も、」とあり、続いて美幌の例が紹介されている。
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116 詩法
1 Ha, saranpe ni..., ハ、絹織物を、て…
2 Ha, ni-, niskoturi ハ、て…、天に届けて 3 Ha saranpe nisi ハ、絹織物の雲 4 Ha ho, ha ho u ハ、ホ、ハ、ホ、ウ
第1・2・3行末が母音i で韻を踏む。
『アイヌ伝統音楽』(日本放送協会編1965))掲載の出だしが「Aranpe」になっている詩 句ではもう少し押韻がはっきりしている。まず、aで頭韻を踏んでいる。また第1句末nisi,
第2行末koturiで母音iで韻を踏み、さらにその第1句末nisiと第3句末niseも不完全
だが韻を踏んでいる。やはりこちらが古形と思われる。
鑑賞
第4行のHa ho, ho uは第2句ane nis koturiの母音a, oを再現しているが、母音iだけ 除外している。言語音ではなくたんなるかけ声なので、例えばA hoy a hoyなどのように、
母音iを含めることもできたはずである。そうしなかったのは、ABABという直線的な詩句 構成を強化し、AAAB形式に近くしたということなのであろう。こうしてみると、アイヌ伝 統詩において ABBA 形式に対して ABAB 形式とその派生形が持っている直線的な志向が よくわかる。
類歌
一般には以下のような歌詞で知られていると思われる。
Saranpe ni, ni, 絹織物を、て…、て…、
niskoturi 天まで届けて
saranpe nise 絹織物をすくいあげて
a ho a ho a ho あそらそらそら
この解釈では、第3行のniseは母音iが末尾にきておらず、うまく韻が踏めていない が、意味的には整合性がとれている。
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