第 1 部 叙景詩解説
12. kusuwep toyta 「キジバトがたがやす」
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119 内容
内容的には他愛ないものである。キジバトが餌を探して地面をつつく様子をtoyta「た がやす」と歌っている。toyta「たがやす<toy(地面)・ta(掘る・汲む)」からの連想で
wakka ta「水を くむ」が出てくる。さらにhúci「おばあさん」からは同じく「尊敬さ
れる女性」という意味でkatkemat「奥さん」が出てくる。ここまでが起・承である。次
のpon tono ipe「ちいさな殿様が食べる」が転となる。もちろんここのpon tonoは和人の
殿様のことではない。隣で寝ている小さな子供であろう。大人たちは仕事をする。「子供 の仕事は食べること」という可愛らしい転換により幸せな食卓で終る。
耕作、水汲み、料理はいずれも女性の仕事だった。キジバトにはもちろん男性も女性も ない。「キジバトがたがやす」と歌いだして初めて、このキジバトが女性の仕事をしてい ることになり、女性の仕事の連鎖となって幸せな食卓まで続く。つまりこの第1行から詩 情が始まるのである。キジバトの動作からそのまま生まれてきた詩である。地域によって は第1・2行のみで伝承されているようであるが、それが原型なのかもしれない。第3・4 行は自然な「下の句」である。
詩法
1 kúsuwep toyta キジバトがたがやす
2 húci wakka ta おばあさんが水をくむ
3 katkemat suke 奥さんが料理をする
4 pon tono ipe ちいさな殿様が食べる
第1行kúsuwep toyta、第2行húci wakka taはku-, hu-とta, taで頭韻と脚韻を両方 踏んでいる。しかも第3拍(第3音節)目にwepとwakがきており、全体として行全体 が不完全韻になっている。
第3行katkemat suke、第4行pon tono ipeは母音eで脚韻を踏む。
なお、全体が4行1連の整然とした物語詩的構造になっている。頭韻・脚韻ともAABB 形式だが、頭韻は前半2行のみで後半2行は踏まない(ただし行頭に重音節がくる)。
120 鑑賞
キジバトの鳴き声の聞きなしの歌ということもあってか、不完全韻や音の類似が効果的 に用いられている。
第5行をのぞいた残りの第1~4行は全て第一母音にアクセントがある語句で始まって いる。すなわちkúsuwep、húci、katkemat、pon tonoである。
行中における位置も音楽フレーズにおける位置も異なるが、第2行のwakka ta と 第 3行のkatkematも韻を踏んでおり、結果的には第1行kusuwep toyta、第2行húci
wakka ta、第3行katkemat sukeの3行が不完全韻を踏む形になっている。これは全体
の繰り返しの印象を強めている。
リズム
遊び歌だけあってリズムが重視されている。軽音節(○)と重音節(●)の配置は次の ようになっている。
1. ○○●●○××× Kúsuwep toyta 2. ○○●○○××× Húci wakka ta 3. ●○●○○××× Katkemat suke 4. ●○○○○××× Pon tono ipe
行と行でリズムをそろえる典型的なアイヌ韻律である。第1・2行、第3・4行でリズム がそろえられている。さらに両者をつなぐ第3行では両方のリズムが取り込まれている。
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