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第 1 部 叙景詩解説

13. Ni ka rok un cikap 「木の上の鳥」

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123 内容

木の上にいる鳥を猟師が弓で狙っている。狙いながらも、鳥の美しさに矢を放てずにい るうちに鳥は飛び立ってしまった。そして今度はその鳥は降りる枝を探すかのように飛び 回っている。起・承・転にうまくおさまった詩である。

この詩では狩猟が「感情のやりとり」というコミュニケーションとして語られている。

狙っているが、なかなか矢を放てない、というのは上手く狙えないからである。本当に鳥 が美しいために惜しむ気持ちからなのか、実は腕の未熟さによるものなのか、それはどち らでもよい。たんに物体を的に矢を当てるのではなく、鳥に猟師が影響され、そしてそれ によって矢が当たらないという事態が生じている、という点がこの詩の重要な部分であ る。

狩猟とは一方的に猟師が対象物に働きかけるだけの行為ではない。鳥と猟師が互いに影 響を与え合う、一種のコミュニケーション行為なのである。それはアイヌ民族の宗教観と いうより、狩猟というものの持つもう少し普遍的な特性として歌われている。だからこそ

ここにはkamuyカムイ「神」という呼び方ではなく、たんにcikapチカ�「鳥」という

呼び方が用いられている。そしてそのcikapはまた歌としての切れのいいリズムも生んで いる。

詩法

1 Iya ko ko

2 Ni ka rok un cikap 3 Iya ko ko

4 Kari kor okay ya

4行のうち、第1行Iya ko ko、第2行Ni ka rok un cikap、第3行Iya ko ko(第1行 の繰り返し)が母音iで頭韻。

第1・3行は第2行Ni ka rok unと最後以外の母音が同じ不完全韻による頭韻。

第3行ko koと第4行kor o-が不完全韻による行中韻。

第2行Ni ka rok un cikapの末語cikapは第4行Kari kor okay yaの末尾の母音配列 i-aで不完全韻(okayのyはiとして押韻)による脚韻。

124 鑑賞

iya ko koというかけ声に言語音としての意味は特にないが、うまく押韻する語形になっ

ている。iya ko koに類似した、iya hoなどのかけ声は他の踊りの際の歌にもみられるの で、先に第1行Iya ko koが決まり、それに韻を踏む詩句として第2行Ni ka rok un cikapと第4行Kari kor okay yaが作られたのかもしれない。

詩句の構成は、頭韻がAAAB形式、不完全韻は2行が対になったAABB形式、脚韻は ABAB形式である。基本的には2行単位の志向がみてとれる。

リズム

1 ○○○○ Iya ko ko

2 ○○●●○● Ni ka rok 'un cikap 3 ○○○○ Iya ko ko

4 ○○○○●○ Kari kor okay ya

リズムは第2行(第2フレーズ)が焦点になる。歌う際には第2フレーズNi ka rok un

cikapの最初の軽音節Niを伸ばして緩やかに入り、重音節rok, -kapをスタッカート気味に

歌う。

kor okay(●○●)がko/ro/kay(○○●)のように再解釈されるのに対し、rok un(●

○)はro/kun(○●)のように再解釈されず、rok/'un(●●)のままである。これにより

リズミカルさが出ている。

なお、歌の抑揚は基本的に言語音のアクセントと矛盾しないが、第4行頭Kariが高低に なっているのはアクセント違反(言語音としてはkarí)である。

125 白糠の伝承

白糠・釧路の伝承では次のようになっている。

Iya ko ko イヤコーコー

Ney ta rok un cikap どこにとまる鳥か

Iya ko ko イヤコーコー

Kari sir okay ya まわっている

|○ Iya|ko ko|

|Ney ta|rok un|ci kap|

|○ Iya|ko ko|

|Ka ri|si ro|kay ya|

出典:四宅ヤエの伝承刊行会編『冨水慶一採録 四宅ヤエの伝承 歌謡・散文編』

(四宅ヤエの伝承刊行会2007)「49.弓踊り(チカ�リㇺセ)」p100 Disc3-4 (白糠)

(1968年録音)

『アイヌ伝統音楽』(日本放送協会編1965)では釧路地域の歌だとしているので、こち らの白糠・釧路の歌詞のほうが本来の形だったのかもしれない。空高く円を描いて飛んで いる鳥を見て「いったいどこにとまるつもりなのだろう」と歌う内容になっている。おそ らく、先にあげた歌詞におけるような猟師は本来は登場しないものだったのであろう。と すれば「鳥が降りる場所を探して飛んでいる」という、非常に簡潔な情景の詩である。だ が、これも起・承・転という叙景詩の作法は守っている。

作者の行動 鳥の行動

起 「空に円を描いて飛んでいる鳥を発見」 「飛んでいる」(現在)

承 「鳥は何かを探している」(理由の推測) 「飛んでいる」(現在)

転 「下りる場所を探している」(さらなる推測) 「降下する」(未来)

とはいっても、円を描いて飛んでいる鳥が降下するという展開のうち「鳥の降下」は実 際には行われず、最後まで鳥はただ円を描いて飛んでいるだけである。鳥はまだ降下して いない。この詩の中には現在と未来という別の時間が歌われているのである。

さて、空に円を描いて飛んでいる鳥といえばワシ・タカ類だが、それらの鳥は「獲物を 探して飛んでいる」のであって、降りやすい場所を探して仕方なく飛んでいるわけではな

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い。そんなことは作者も知っていたはずである。つまり第2行Ni ka rok un cikap「どこ にとまる鳥か」というのは、いわば婉曲な表現なのである。「獲物を探していて、獲物を 見つけたら降下する」という積極的な行動を、「降りる場所がないから飛んでいる」とい う正反対の消極的な陰像で語っているのである。まさに風流である。

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