• 検索結果がありません。

第 1 部 叙景詩解説

3. Repun kaype 「沖の波」

Repun kaype レプン カイペ 沖の波

kaype oka カイペ オカ 波の後ろから

oniwen kamuy オニウェン カムイ 恐ろしい神の oniwen hawe オニウェン ハウェ 恐ろしい音が

sao sao サオー サオー ごうごう

歌い方

|◆ | |◆ | |

|Re pu|n ○|kay pe|(e) ○|

|kay pe|(e) ○|o ka|(a) ○|

|o ni|we n|ka mu|y ○|

|o ni|we n|ha we|(e) ○|

|sa o|(o) ○|sao (o)|○ ○|

※ ○は休止。( )内の母音は語形としてはないはずだが、前の母音を長く伸 ばしてそこで発声されている。

出典:日本放送協会編『アイヌ伝統音楽』(日本放送出版協会1965)p116 (十勝、伏 古の伝承)(表記は丹菊が修正してある。なお付属レコードに音声は収録されていない)

これも海の歌である。詩としての音の面白さを追求すると同時に、極限まで無駄をそぎ落 とした作品である。実に見事な構成となっている。この歌詞は十勝地方の伏古の伝承だが、

日本放送協会編(1965)の解説によれば、似た歌が十勝地方の芽室太や、日高地方の新冠な どにもある。

63 内容

1 Repun kaype 沖の波

2 kaype oka 波の後ろから

3 oniwen kamuy 恐ろしい神の

4 oniwen hawe 恐ろしい音が

5 sao sao ごうごう

波の後ろから神の音がする、という。神の音というのはとどろくような音、つまり波の音 である。haoというのはその擬音語である。それにしても、波の音が波の後ろからする、と いうのは現実には合わない。波の音は波そのものから鳴っているはずである。だが、アイヌ 叙景詩の修辞法では、視覚で捉えるものと、音で捉えるものの距離をあえてずらして描写す るという技法が用いられる。遠くの鳥と、風の音を並べて「遠くの鳥の立てた羽音が聞こえ る」というように歌う。ここでは逆に「手前の波の音が、波の後方から聞こえる」というよ うに歌っているのである。手前といってもrepun kaype「沖の波」なので、ここからは遠く に見える波である。音はそのさらにはるか後方から聞こえる、というのである。

これも一種の寓意と捉えることもできそうである。たんにkamuy hawe「神のような音」

ではなく、oniwen kamuy oniwen hawe「(そこから聞こえる)恐ろしい神の、恐ろしい音」

と歌う。ここから見えている波が音を出しているのではない。もっと遠くにいる、ここから は見えない神の出す音だけが響く。本当に強く恐ろしいものは目に見えない。見えるように 思えても、そこにいるわけではないのである。

64 詩法

典型的なアイヌ叙景詩のABBA形式の頭韻詩である。

1 Repun kaype 沖の波

2 kaype oka 波の後ろから

3 oniwen kamuy 恐ろしい神の

4 oniwen hawe 恐ろしい音が

5 sao sao ごうごう

(下線部は対句)

第2行kaype okaと第5行sao saoが、母音aで頭韻を踏む。第3行oniwen kamuy、

第4行oniwen haweは行前半のoniwenが同一語の繰り返しになった対句形式であり、頭

韻にもなっている。また一見して判るように、半行単位では第 1 行 Repun kaype の後半 kaypeの語頭kaと第3行oniwen haweの後半haweの語頭haがaで母音韻を踏む。ま た第1行Repun kaypeの前半行Repunの語末unと、同一語となる第3・4行前半oniwen のenがnで子音韻を踏む。同時に第2行kaype okaの前半kaypeの語末eと、第3・4行

oniwenの語末enがeの母音韻にもなっている。

ただし、実際に歌われる際には、

1 |Re pu|n ○|kay pe|(e) ○|

2 |kay pe|(e) ○|o ka|○ ○|

3 |o ni|we n|ka mu|y ○|

4 |o ni|we n|ha we|(e) ○|

5 |sa o|(o) ○|sa o|(o) ○|

のように、AABB形式的な傾向がより強くなる。第2行kay-pe-(e)×o-ka-×-×、第3行 o-ni-we-n-ka-(a)-muy-×の第6拍がともに母音aで行中韻、さらにその第3行 o-ni-we-n-ka-(a)-muy-×と、第4行o-ni-we-n-ha-we-(e)-×、第5行sa-o-(o)×sa-o-(o)×の第5拍が母音 aで行中韻を踏む。これは詩句そのものからは予想が困難であり、歌う際にようやく明確に なる。

65 鑑賞

1 Repun kaype 沖の波

2 kaype oka 波の後ろから

3 oniwen kamuy 恐ろしい神の

4 oniwen hawe 恐ろしい音が

5 sao sao ごうごう

第1・2行のRepun kaype, kaype oka「沖の波、(その)波の後ろ」というつながりは、

「しりとり」型の関係節であり、これはアイヌ語韻文でよくみられる修辞法である。日常語 の散文体ならrepun kaype oka「沖の波の後ろ」となるところである。

第3・4行の対句oniwen kamuy, oniwen hawe「恐ろしい神の、恐ろしい音が」では第

1・2行の「しりとり型」の繰り返しとは異なり、どちらも1語目が同一語になっている。

このoniwen kamuy, oniwen hawe「恐ろしい神の、恐ろしい音が」のように連体修飾が重

複するのも、アイヌ語韻文でよく見られる修辞法である。日常語の散文体であれば niwen

kamuy hawe「恐ろしい神の音」もしくはkamuy kar niwen hawe「神の恐ろしい音」とな

るところである。なお、kaype oka oniwen haweのoniwenのように充当相o-「~で」が 用いられているのも雅語文体的といえるかもしれない。日常会話であれば、kaype oka un

niwen hawe (a=nu)などとなるところであろう。このような選択も注意深く行われている。

こうしてさまざまな手法を駆使することで、全行をがっちりと組み合わせ、全体に連続性を 持たせているのである。

66 リズム

詩全体の重音節と軽音節の配置は次のようになっている。

1 ○●●○ 1 Repun kaype 沖の波 2 ●○○○ 2 kaype oka 波の後ろから 3 ○○●○● 3 oniwen kamuy 恐ろしい神の 4 ○○●○○ 4 oniwen hawe 恐ろしい音が

5 ○○○○ 5 sao sao ごうごう

詩全体は前半に重音節が多く、最後は軽音節で穏やかに終わる。特に第5行hao haoは 接近音の子音hが 2個あるだけで、あとは母音だけ、静かでゆっくりとした行になってい る。実際に歌われる際にはこれがさらに分割されて再構成されるが、全体のリズム感には上 記の構造の影響が残っている。

歌い方

|◆ | |◆ | |

|Re pu|n ○|kay pe|(e) ○| ○○○×●○○×

|kay pe|(e) ○|o ka|○ ○| ●○○×○○××

|o ni|we n|ka mu|y ○| ○○○○○○●×

|o ni|we n|ha we|(e) ○| ○○○○○○○×

|sa o|(o) ○|sao (o)|○ ○| ○○○×○○××

67

68