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第 2 部 物語詩の韻文

1. 神謡・叙事詩の韻文体の特徴

歌詞が完全に固定されている叙景詩と異なり、叙事詩や神謡は歌詞つまり詩句が完全に 固定されているわけではないが、それでも基本的には語り手にとって物語内容(ストーリ ー)は固定されており、それに従って詩句もある程度用意されたものである。すべてが定 型句ではないが、定型句でない部分であっても、散文体とは異なり詩法に則って語られて いる。

叙景詩の韻文と異なり、物語詩の韻文では 4 行 1 連の構成がはっきりしている。主に AABBもしくはABAB、ABBAというように2行単位で頭韻または脚韻により押韻する65。 押韻は必ずしも連続した2行でなされるとは限らない。基本的には「4行のうちの2行で踏 む」のでABBAのような2行おきの押韻も多い。

また、虚辞と行中韻が多用される。歌うさい、叙景詩のフレーズが4拍、6拍、8拍など 多様なのに対し、叙事詩は基本的に1フレーズが 8拍である。神謡も叙景詩ほど歌い方が 多様ではない。結果的に 1 フレーズの拍数に対して詩句の音節数が少なくなっている。虚 辞は音節数の不足を補う、あるいはフレーズ内の語句の位置をずらして行中韻を踏むため に用いられる。

物語歌謡は個人で歌うものであり、文面自体は個人の作品である。押韻や4行1連構造 をどの程度重視するかは歌い手によって異なる。

65 アイヌ叙事詩の2行対句構造は知られていたが、その押韻については叙景詩におけると 同様、従来全く指摘されてこなかった。

155 1-1. 連(詩連)

叙事詩は基本的に4行1連が複数連鎖した構成になっている 66。連は形式的にも意味的 にもまとまりになっている。

kamuy iyoykir 神の宝器

kamuy inuma 神の武具が

(u) rampes kunne 断崖のように

cisiturire 並んでいた。

iyoykir enka 宝器の上には

(u) nispa mutpe 豪華な刀が

otusanktuka 何本も

(u) owkauyru 重なるようにかけてあった。

(平賀さたも氏の伝承第23~30行、田村すゞ子1993p12-13) 1-2. 1行の音節数

5 音節を基本とする。歌うさいには 8 拍に伸ばすが、最後の拍は休止拍になることが多 い。また、歌い手によっては拍にぴったり入れるのではなく、少しずらすこともある。

1-3. 押韻

叙景詩と同じく、頭韻・脚韻・行中の韻が用いられる。特に叙事詩においては、歌われる 際のフレーズで強勢が置かれる、後ろから2拍目(多くの場合2音節目)で多く押韻する。

行頭には虚辞と呼ばれる意味のない挿入的な母音u(およびip)が多用される。虚辞で音節 数を補ったり、行の位置をずらして行中韻を踏みやすくしたりすることがある。歌わずに語 られた録音、虚辞を脱落させた筆録作品などでは頭韻や行中韻が必ずしも明確ではない。

66 先行研究では4行1連構造を定型表現における局所的現象とみなしている。金田一京助

(1908)p18~19では2行対句とその連続として考えており、4行単位はないと考えてい たようである。田村すゞ子(1991)p8は「行のふしには数種類あり、だいたい2~3行ず つ(ときには2+2=4行など)でひとまとまりとなる。ないようのまとまりと、ふしのまと まりとを合わせるような工夫がなされている」としており、詩の連というより意味と抑揚 パターンの形式ととらえている。中川裕(1997)p201では「この一連の行は、すべて五 音節でまとめられているが、」として定型句からなる5行に対して「連」という語が用い られている。同p213では4行からなる定型的表現2種と2行からなる定型的表現が例示 されている。

156 1-4. 行中韻と不完全韻

フレーズ内の同じ位置(同じ拍)で押韻する行中韻が多用されると、行単位での不完全韻 をなすことになる。両者を区別することは本来できないと思われるが、本書では行中韻があ る程度そろっている場合には不完全韻として示した。

1-5. 押韻構成

押韻は 2行単位が基本だが、3 行以上に渡る押韻や意味的なまとまりからは、AABB 形 式、ABAB形式、ABBA形式による4行1連の構造がみてとれる。

AABB形式の例

iyoykir enka 宝器の上には (u) nispa mutpe 豪華な刀が otusanktuka 何本も

(u) owkauyru 重なるようにかけてあった。

(平賀さたも氏の伝承第27~30行、田村すゞ子1993p13)

上記例では頭韻がAABB 形式である。第1・3行がkaによるABAB 形式の脚韻になっ ているが、第2・4行は押韻されていない。つまり、厳密にいえば頭韻がAABB、脚韻がA

-A-である。なお虚辞u(括弧内で示した)は押韻上は無視される(まれに押韻に参加す ることもある)。

kamuy iyoykir 神の宝器 kamuy inuma 神の武具が (u) rampes kunne 断崖のように

cisiturire 並んでいた。

(平賀さたも氏の伝承第23~26行、田村すゞ子1993p12-13)

上記例では第1・2行が同一句による頭韻、第3・4行が母音eによる脚韻になっている。

厳密にいえば、頭韻がAA--、脚韻が--BBである。このように2行単位で押韻されて いればよい。

ABBA形式の例

157

(u) pirkasuke 美味しいご馳走

eyaykesupka- を料理するのに ewakitara いそがしく働き

(u) ciwre kane そればかりしながら

(平賀さたも氏の伝承第61~64行、田村すゞ子1993p15)

上記例では頭韻・脚韻ともABBA 形式になっている。4行すべてで押韻している。つま り頭韻がABBA、脚韻もABBAである。ここまで完全に押韻されている例は少ない。

AABA形式・ABBB形式の例

tapan pe rékor これこそ言うなれば

kamuy hayokpe 神の鎧が

siknu pito ne 生きている神のごとく

(u) an an kane 鎮座ましましていた

(平賀さたも氏の伝承第34~38 行、田村すゞ子1993p13、ただし第37 行は実際には発話されていないので削除した)

上記例では頭韻がAABA、脚韻はABBBとなっている。AABA形式はAABB形式の前 半とABBA形式の後半の接合形式、ABBB形式はABAB形式の前半とAABB形式の後半 の接合形式である。第3行は頭韻では押韻されていないが、脚韻は押韻されている。逆に第 1行は脚韻では押韻されていないが、頭韻で押韻されている。

ほとんどの4行1連はこのように全行が何らかの形で押韻されている。だが、「4行のう ち任意の2行で頭韻および脚韻を踏む」というやり方なので、場合によっては 4行のうち に押韻されていない行が生じることがある。

158 kane sutuker

aure kasi ta uruki humi kokiknatara

(平賀さたも氏の伝承第126~129行、田村すゞ子1993p19)

上記例では頭韻が、子音kによる子音韻でA--Aの頭韻、母音aによる母音韻でAA-

-の頭韻になっていて、第3行が頭韻では押韻されていない。また、脚韻はやはり第2・4 行が母音aによる-B-Bの脚韻になっているので、第3行が押韻されていない。

また、たんにうまく押韻できていないこともある。

(u) cási upsor 館の中は (u) tonon sukus 昼間の光が

cieomare 入っている

(u) semkoraci かのように

(平賀さたも氏の伝承第6~9行、田村すゞ子1993p12)

1-6. 虚辞u

虚辞は基本的に押韻上は無視されるが、押韻に参加している例もある67

Horkew kamuy ホロケウカムイ(狼神)が

ikoyki patek 私を襲っただけ

neyakka でも

(u) sawre kuni p おだやかなこと

somo ne a wa ではないが

(砂澤クラ氏の伝承第1~5行、稲田浩二監修2000)

上記例では、第4行に虚辞uがあることで、Horkew kamuyとu sawre kuni pの不完全 韻が成立している。Horkewとu sawの部分に虚辞uがなければ、この不完全韻は非常に 曖昧なものになってしまうと思われる。

67 田村すゞ子(1991)p9、中川裕(1997)p199では虚辞uにより各行の音節数をそろえ る現象を指摘している。

159 1-7. 5行以上の連

実際には1連が4行ではおさまらず、5行以上になる場合がある。意味的に必要な行が付 加される場合と、対句による拡張である。

1-7-1. 意味的に追加された行

物語詩であるため、4行以外に意味的に必要となる語句が追加されることがある。

ineap kusun それで

ciruska kaspa 私は激しい怒りを

(u) humas ya ka 感じたのも

aeramiskari 分からないほどだ

orowano それから

po to kes un なおさら湖のはじまで

(u) to pa un wa 湖のはじから

kese aanpa 追いかけた

enune ayne そうすると

Samayunkur サマユンクㇽは

(u) tek tuypoki 手のひら

tek tuykasi 手の甲に

tu kem poppise たくさんの血豆が

ekohetuku できた

(黒川てしめ氏の伝承第27-40行 萱野茂1998(第1巻)p11-12 リフレインは 省 略 、 訳は丹菊による)

上記の第2連では、第1行orowano「それから」もしくは第5行enune ayne「そうする と」が本来不要である。物語展開上は必要な接続表現であり、しかも押韻しているので連の 内部に入っているが、連全体は5行になってしまっている。この例では押韻しているが、押 韻しないこともある。第3 連も5行になっているが、これは次項で述べるように対句表現 を含んでいるためである。

160 1-7-2. 対句による拡張

押韻の単位も意味的なまとまりも2行単位が基本である68。定型的な対句表現も2行単 位が基本となる。2行の対句表現をまとめて1行として数えることもできるし、それぞれ1 行として数えることもできる。つまり4行1連が基本ではあるが、内部に対句表現を1つ 含む際には4行連にすることも、5行連にすることもできる。なお、2つの対句表現だけで 1連を構成することもできる。なお、2行単位の押韻形式と2行対句という修辞形式は無関 係ではないと思われる。たとえば2行対句をそのまま2行として数える場合、他の押韻さ れた2行と組み合わせて4行1連を作りやすい。

対句がそのまま2行に数えられている例(4行連)

imakaketa その後に

isitomare おそるべき

Ruroaykamuy ルロアイカムイ Tumuncikamuy いくさの神

(砂澤クラ氏の伝承第6~9行、稲田浩二監修2000)

sikari tonpi ぐるぐる回る丸い光

sikari tori ぐるぐる回る丸い鳥(が)

(u) ek sirikonna やってくる姿

kopannatara 輝いている

(鳩沢わてけ氏の伝承『スマサㇺピューカ 魔性の村(1)』第 101-104行 萱野茂 1998

(第7巻)p14 訳は丹菊による)

また、2行対句の1行が長い場合は、そのまま4行1連になる。

(u) pokna cep rup 下になった鮭の群れは (u) suma siru 石がこすり

(u) kanna cep rup 上になった鮭の群れは (u) sukus cire 日光が焼く

(鳩沢わてけ氏の伝承『スマサㇺピューカ 魔性の村(1)』第29-32行 萱野茂1998(第

68 2行対句形式自体は古くから指摘されてきた。金田一京助(1908)p18、田村すゞ子

(1987)p8、中川裕(1997)p206、など。だが、いずれも定型句以外においては意味的 まとまりにすぎないとみなしている。押韻においては、AABBやABABのような隣接す る2行の押韻、ABBAのようなはさみ込み型の押韻があり、後者は連続した2行が単位で はない。ひょっとしたら後者は後から発達したのかもしれない。