第 1 部 叙景詩解説
9. Sarkiusnay kotan 「サㇻキウㇱナイ村」
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103 内容
簡潔ながら、高度なテクニックを用いて短い歌詞の中に思いを込めた歌である。アイヌ叙 景詩は基本的に3部構成の第1部でまず叙景の場所を述べる。この歌は非常に短いが、内 容的にはやはり3部構成と考えることができる。
Sarkiusnay kotan サㇻキウㇱナイ村で
kotuyma 遠くに
-rewke 倒れている
やはり最初にまず場所を示す。ただし、詩の中のSarkiusnayサㇻキウㇱナイ(サルキウ シナイ)村は、この詩の作者がこの詩を作ったときに立っていた場所ではない。というのは、
この歌は「『ある場所でサㇻキウㇱナイ村を想って歌っている』という内容の歌」だからで ある。アイヌ叙景詩は情景を述べる詩であり、常にその情景から離れた場所に語りの視点が ある。したがって語り(ナラティヴ)が常に枠構造を有している。この詩でもサㇻキウㇱナ イ村の情景をただ歌っているのではない。
ではなぜ作者はサㇻキウㇱナイについて歌うのか。自分のいる場所でないところを歌う のは、何か縁がある場所だからである。おそらくは作者の故郷なのであろう。つまり、この 詩は「遠くにあって、故郷のサㇻキウㇱナイ村を懐かしむ詩」である。サㇻキウㇱナイ村と
いうのはsarki-us-nayサㇻキ・ウㇱ・ナイ「葦・群生している・川」、つまり「葦が群生し
ている川のほとりの村」という地名である。つまりここで「遠くにゆれている」のは故郷の 川に生えている葦である。ただし、そのことはサㇻキウㇱナイという地名が示された時点で わかるので、ゆれているのがsarkiサㇻキ「葦」だとは詩では明示されない。さて、その葦 がさらに遠くに向かって倒れている。つまり風にゆれて倒れている。「遠くに」というのは、
「ここから故郷の方向に向かって」ということである。故郷を思う作者の立っている場所か ら、故郷に向かって風が吹いている。その風が故郷の葦を遠くに倒している。吹いている風 は「作者から故郷に向けられた思い」である。故郷への思いを、風に託して歌っているのだ が、その際にも風を直接描写せず、「(葦が)遠くの方向に倒れている」と表現するのである。
感情を込める歌は直接的に表さずに隠喩で表現する。遠く離れた故郷を思う思いがにじみ 出てくるようである。
104 詩法・鑑賞
2行しかない詩で、しかも行間では押韻されていない。
1 Sarkiusnay kotan
2 kotuyma rewke
第1行の行頭がSar、行末がtanで行内の母音韻となっている。
第2行の行頭がko、行末がkeで行内の子音韻となっている。
このように「はさみ込み型の韻」による行を並べる、という形式はしばしばみられる。だ が、この詩でなされている押韻はもちろんそれだけではない。この詩の場合は、半行単位で みると韻文形式が守られていることがわかる。この詩の半行は実際に歌うときには 2 打に 相当する。また、歌の抑揚(音の高低パターン)も半行単位(つまり半フレーズ)で繰り返 されている。音節数は4, 2, 3, 2 となる。半行(半フレーズ)を①~④で表す。
歌い方
|◆ |◆ |
① |Sar ki|us nay|
② |ko (o)|ta an|
③ |ko (o)|tuy ma|
④ |rew ke|(e) ○|
①kotanと③kotuyma-がkoで頭韻。
①・②・③が母音aで脚韻。
①の第2音節kiと④の第2音節のkeは歌うときのフレーズ内で同じ位置にくる行中韻。
しかも④は短いのでkeは行末つまり脚韻の位置でもある。
②の第3拍と③の第3拍は子音tによる行中韻。
①Sarkiusnayの最初の音節sarと④-rewkeの最初の音節rewはともに重音節、次にあ
るのがkiとkeであり、Sarki-と-rewkeは不完全韻になっている。
これらの韻は、(半行単位でなく)同一行内で同じ子音が頻出する、いわゆる子音韻と考 えることもできるかもしれない。だが、半行ごとに類似の抑揚(音の高低パターン)が繰り 返される歌謡形式であることを考慮すると、やはり頭韻・脚韻的なものと解釈すべきだろう。
105 リズム
重音節(●)と軽音節(○)の並び方は各行内できれいなシンメトリーをなす。
●○●●○● Sarkiusnay kotan
○●○●○ kotuymarewke
また、半行単位でみるとABBA形式の志向がみてとれる。
軽音節(○)と重音節(●)
① ●○●● Sarkiusnay
② ○● kotan
③ ○●○ kotuyma-
④ ●○ -rewke
だが、実際に歌われるときには、第2半行kotanの重音節tanは軽音節2つ(2拍)に 分割されるので、重音節は5つである。
歌い方(半フレーズ単位)
|◆ |◆ |
① ●○●● |sar ki|us nay|
② ○○○○ |ko (o)|ta (a)n|
③ ○○●○ |ko (o)|tuy ma|
④ ●○○× |rew ke|(e) ○|
①の最初と最後にある重音節Sarとnayは半フレーズという単位を明確にしている。① と④の最初にある「重音節+軽音節」(●○)Sarkiとrewkeは歌全体の形を明確にしてい る。③の第3・4拍の「重音節+軽音節」(●○)tuymaは、rewkeとの繰り返しとなって おり、この繰り返しの部分が歌全体を締めくくっている。
詩句自体に Sarki, tuyma, rewke など●○の語彙が多く含まれ、あとはkotan○●、
usnay●●、接辞ko○が1つずつである。そうしてみると一種のtrochaic meter(強弱格)
の詩といえなくもない。歌われる際にはkotan○●の重音節tanがta/n○○のように2つ の軽音節に分割されてしまうので、その印象はさらに強くなる。
106 他地域の伝承
阿寒の歌い手日川キク子氏は、同じ抑揚で
Sarkiusnay kotan koemusisanke サㇻキウㇱナイ村で 刀が降ってきた
(繰り返し)
という歌詞も歌っている。日川氏はこの歌詞の場合には、最終句-sankeをsan-keのように 重音節+軽音節(●○)ではなく、sa-n-keのように3つの軽音節(○○○)として歌って いる。
この2つめの歌詞にあるkoemusisanke「~に刀が降ってきた」は、初句sarkiと最終句
-sanke の韻がきれいだが、内容的には寿ぎの歌になっていて、叙景詩らしい展開が欠けて
いる。おそらくkotuymarewkeに合わせて後から作られたものであろう。とはいえ寿ぎの 歌としてみれば、この 2 つの歌詞が通して歌われた場合それなりに合っているように思わ れる。アイヌ伝統歌謡の様式を踏まえた素晴らしい続編といえる。
その他、最終句がrewkeではなくruykeになっている例も複数ある。直前句のkotuyma に引っ張られた、rewke≒riwke→ruyke という逆位転倒かもしれない。意味的にみると
rewkeでよいように思われるが、音自体はうまく韻を踏んでいる。
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