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PHENIX グループの代表的論文を生産した事例

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第3章 事例分析

3.10 論文生産の小事例

3.10.1 PHENIX グループの代表的論文を生産した事例

2010 年に PHENIX グループが Physical Review Letter 誌に発表した 86 番78論 文は、PHENIX グループが実験提案時から狙っていた研究成果である。その論文 を主に執筆した日本人のシニア研究者 A 氏を取り上げ、長時間に渡る論文生産 のプロセスを述べる79(図 3-14 参照)。

A 氏は日本の研究機関に所属しており、大学院生の時に RHIC の一世代前の加

78 PHENIX グループの Web サイトに掲載されている一覧のリンクから、技術的なテーマの論文や プロシーディングスを除いた 140 報の論文 PDF を取得後、筆者が Web サイト掲載順に論文番号を 設定した。なお、Web サイト上、論文は論文が公刊された順で並んでおり、筆者が設定した論文 番号は、PPG の発足順、論文を投稿した順とは異なる。なお、PHENIX グループ内では PPG 発足順 に採番している。

79 主に A 氏インタビュー(2014 年 8 月 29 日、2014 年 10 月 21 日)と A 氏より提供された PHENIX グループ内部資料、A 氏とのメールでのやりとりに基づく。

速器 AGS での実験に参加して以来、BNL 訪問歴は 25 年以上になる。一時は家族 で BNL 近郊に居住していたが、現在は 1 年の半分以上を BNL に滞在し研究を行 っている。PHENIX グループの研究を提案した時から主要な役割を担っており、

当該論文のデータ収集の鍵となる検出器の提案・製作者である。A 氏は「PHENIX の装置のことは全て知っている」とインタビューで答えたが、別の PHENIX グル ープメンバー2 人も、「A 氏が PHENIX のことを一番知っている」と答えており80、 A 氏が PHENIX グループにおいて重要な役割を果たしていることは間違いない。

事実、ほとんどすべての PHENIX グループ論文の内部レビューでコメントを投稿 していることが、メーリングリストや内部ウェブサイトで追える状況とのこと である。また、PHENIX グループの論文 140 本中、約 5 本で論文の議長を務め、

20 数本の論文については PPG のメンバーとして重要な役目を担った。また、当 該論文等をはじめとした業績を認められ、日本の原子物理学分野で権威のある 賞を受賞した。

86 番論文が明らかにした理論的モデルは、1980 年代から議論されていた。RHIC 建設時の大きなテーマとして取り上げられ、PHENIX 検出器でも理論的モデルの 論争に決着をつけることが目標となった。2002 年に検出器を運転した時に収集 したデータにより、86 番論文の核になる測定方法を A 氏が思いついたが、デー タ量が足りず論文化できなかった。2004 年の検出器運転では衝突エネルギーが 増加したため、10 倍のデータが取得でき、論文生産のプロセスを進めていくこ とになった。なお、2004 年のランには 58 機関から 421 人が参加した。

BNL 近郊にある大学のポスドクであった B 氏は、A 氏と近接領域のデータ解析 を当時行っていた。どちらからも問わず「一緒にやりますか」というような自 然な流れで、A 氏と協力して研究を進めることになった。また、B 氏が世話係を していた博士課程の C 氏もデータ解析の一部を分担した。博士課程に在籍中の 日本人大学院生だった D 氏は、興味があるので参加したいと A 氏に表明し、デ ータ解析の一部を分担することになった。この 4 人が、86 番論文の PPG 構成員 である(図 3-15 参照)。D 氏は 86 番論文のデータ解析・執筆プロセスを経験す ることで、A 氏が創出した新測定方法を 2008 年の検出器運転データに適用し、

123 番論文の中心的役割を果たし、その結果博士号を取得した。

80 N 氏・X 氏インタビュー(2015 年 4 月 2 日)。

A 氏は当時、他の論文も手掛けていたため多忙であった。2005 年にプレリミ ナリーを取得し、その結果を 2005 年 7 月に開催された国際学会で発表した後、

しばらく進捗が止まった。独創的で複雑な手法のため他の実験グループが先に そのアイディアを発表する心配はなく、A 氏が他の作業を優先していた結果、プ レリミナリー取得から PPG 発足まで 2 年以上期間が空いた。

手法について理論的な補強をするために、A 氏はアメリカ人理論物理学者の F 氏と議論を繰り返した。F 氏の論文が 86 番論文の文献リストに明示されている。

また、手法の基礎となる数式について、当時 BNL に常駐していた若手日本人理 論物理学者 G 氏に確認の協力を得た81。ザイマン(2006, p.202)は、「巨大科学の 同じ分野の理論家と実験家でさえ研究所の別の会に研究室を構え、普段はほと んど会うこともありません」と述べているが、BNL の物理研究棟においても、理 論家と実験家の居室エリアは分かれている。しかしながら、セミナーやワーク ショップ等でお互いが交流する機会は多く、PHENIX グループのメンバーも理論 家と会話をすることが少なくない。

「想像力にあふれながら信頼できるモデルは、エレガントでありかつ精確な 実験測定とうまく対応しており、それを巧妙に作り上げるために、理論物理学 者と実験物理学者は互いに協力し合う義務がある(ザイマン, 1985, p.76)」が、

「PHENIX 実験データの登場に歩調を合わせ、理研 BNL 研究センターの理論グル ープが反応頻度や非対称度を理論的に予測するという見事な連係プレーが理論 家と実験家の間で行われている(理化学研究所史編集委員会, 2005, p.541)」

といった実績もあり、86 番論文を創出する過程には PHENIX グループ内部だけで はなく、F 氏や G 氏をはじめとした理論物理学者の知識・知恵も深く関わってい ると考えられる。

A 氏が論文案を執筆し、論文案は 4 回 PHENIX グループ内のレビューにかけら れ、のべ 24 人からコメントが寄せられた。

86 番論文は、A 氏が一貫して主導的に進めたものと言える。PWG においては他 の PHENIX グループメンバーに理解してもらうよう、苦労したとのことである。

81 クーン(1971)が、「事実の測定、事実と理論の調和、理論の整備で、経験的、理論的両面にわ たる通常科学の文献はすべて蔽われていると思う」と述べているように、PHENIX グループの研 究に理論物理学者も深く関わっており、実験のデザイン・実験結果の解釈では密接な議論が行わ れる(X 氏:2015 年 4 月 2 日インタビュー)

PWG での議論の状況について、A 氏は以下のように説明した。

皆さんに説明して、確かに間違っていないと納得しても らうことが重要ですね。それからもう一つ、間違ってい ない場合でも、ちゃんと皆が分かるように説明するとい うことが重要なのであって。皆さん確かに変なことはな いなと納得させる。説明することによって、問題点があ るかどうかというのは必ず明らかになるわけです。【中 略】常にオープンに議論することが重要だということで すね。経験ある人は分かっていてやっているつもりでや っていても、実は穴があったりすることもあるわけです から。

(A 氏インタビュー:2014 年 10 月 21 日)

また、PPG においては、A 氏の知識を若いポスドクや大学院生に移転しつつ協 調することで、論文を完成させ 2010 年 3 月に公刊された。独創的で複雑な手法 の内容を Physical Review Letter 誌の本文 4 ページ以内という制約では説明し きれなかったため、ほぼ同時期に 87 番論文も執筆し Physical Review C 誌に発 表した。

物理研究の品質 担保

公開議論 競争と協調

図 3-14 86 番論文のスケジュール82 出典:筆者作成

図 3-15 86 番論文の執筆体制 出典:筆者作成

82 理論物理学者が理論的モデルを提唱し、実験物理学者がそれを証明するまでに何十年もかか ることがある。たとえば、ヒッグス博士によって 1964 年にヒッグス粒子の存在が予言されたが、

欧州原子核研究機構 CERN に設置されている加速器 LHC でヒッグス粒子の存在が確認されたのは 2012 年である(CERN, 2013)。実験物理学者が示した実験結果について、理論物理学者が分析す ることも行われる。このように、理論物理と実験物理は相互補完的に進展してきた。

PHENIX検出器検討、建設

1980 1990 2000 2002 2004 2006 2008 2010

物理解析グループで議論 プロダクションジョブ

キャリブレーション ラン4検出器運転

論文の核となる測定方法を思いつく PHENIX検出器完成

様々な理論的モデルの提示

ラン2検出器運転、キャリブレーション、プロダクションジョブ

データ解析

プレリミナリー取得、国際学会発表 論文執筆チーム 論文公刊

A

PHENIX提案時から参画 シニア研究者

論文アイディア、データ解析、論文執筆 PPGの議長

B氏

A氏と近接領域の研究経験があり参加 ポスドク

データ解析のある部分を実施

C 大学院生 B氏が世話係 データ解析の一部を実施

D 大学院生

A氏の研究領域に興味を持ち参加 データ解析の一部を実施

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