第2章 文献レビュー
2.4 大規模国際科学プロジェクト
2.4.2 高エネルギー物理実験の特徴
ザイマン(2006)は、高度に訓練された多くの「科学者たち」は、その技術 の完成に力を注いで実質は専門的技術者になり、「巨大科学」に必要なチームワ ークの中で、研究の長期的な学術目標をより理解していると思われる他の科学 研究者にその技術を提供することによって知識の進歩に重要な貢献をすると同 時に、技術の進歩があるかもしれない可能性を述べている。
高エネルギー物理学の研究は一つの「巨大な器械」を囲む世界的な規模の基 礎の上に組織化されることが必然となっており、この領域の科学者共同体はす でに地球的規模で組織化され、その機能を動かすためには国家を超えた政治的 な機構ができなければならなくなっている(ザイマン, 1995)。
大型加速器施設を統括する管理態勢はきわめて多様である。たとえば、CERN は多くの政府の集まった共同体で、巨額の予算は協定によって各政府が負担分 を拠出する形をとっており、自前のスタッフを雇用し、施設を実際に利用する 科学者たちの支配下に運営されるという伝統を形作ってきている(ザイマン, 1995)。
トーブス(1988)は、CERN における UA1 実験でノーベル賞を受賞したルビア と周囲の研究者達の活動を描くことで、素粒子物理学(高エネルギー物理学)の 分野では、カリスマ性・政治力・リーダーシップ・プライオリティ(先取権)の ための駆け引きのうまさといった側面も無視できない状況を明らかにした。
ビッグ・サイエンスのプロジェクトが進められていく中、加速器による研究 は、国際的な協力によって進めるべきであるという考えも強くあった。それは 核の問題と無関係でない物理学者として、世界平和と調和するように研究を進
めていくことの必要性と、加速器が大型化し一国の力では建設ができないもの になるであろうという予測に立っていた(平田・高岩,1999)。また、加速器が 巨大化し、超高精密化していったため、それぞれに特色を持ったウルトラマシ ーンを、国際チームで共同利用しあうという体制が自然に発達してきた(立花, 2009)。村上(1994、p.97)は、大規模実験物理学は資源が限られているため、
他人の業績についての追試が行われる可能性は極めて低くなると指摘している。
Knorr-Cetina(1999)は、高エネルギー物理学者の集団は彼らの実験の物質世 界の存在に依存していることを示した。集団内で「知識を有する個人」が消え ている一方、科学者の貢献と素粒子の検出器の貢献を分離できないような実験 に科学者は参加している。人間と装置を明確に区別できず、科学者はもはや彼 ら自身の実験結果を発表するためには会議に出席しない。チームや集団は研究 結果の発表者として、実験には全く参加していない研究者を選ぶこともある。
物理学者は社会学者より先を行っており、彼らは個人と集団の区別を越えてい る(カロン & ロー, 1999)。
ザイマン(2006)は、研究グループが大型化するにつれ、多くの異なる組織か らの科学者のチームで大規模な研究施設をし、それを利用するために適切な管 理システムが必要になるので、研究が個人モードから集団モードに変わり組織 の形が整えられると述べている。科学知識の生産とその応用との関係を組織的 に改善し、大型化に適した運営が必要になる。よって、高エネルギー物理実験 は資本集約型研究の代表例と言えるだろう。
まず目標のエネルギーを持った一時素粒子ビームを発生させるためだ けのために、数十億の単位のドルのそれも一括投資が必要である。さらに またそれぞれ個々の実験には、補助の器械、特別仕様の検出器、建設工事、
電子回路、コンピュータ・ソフトウェアが必要であり、それにまた何億ド ルとかかる。その上、1・2 年の間滞在する数百人の科学者、技術者、技官 のための人件費が加わる。新しい論文一編の生産にもこれだけの余分な資 材人材が必要であるが、その唯一の解決策は素粒子物理学者の労力と資金 を 10 大学ぐらいの、しかも多くの場合しばしば数か国にまたがったグル ープにまとめてプールすることである(ザイマン, 1995, p.72)。
ザイマンは、高エネルギー物理学が全世界の科学者たちが使えるような超巨 大加速器の建設へと向かい、巨大装置を使って研究する機会が最終的には割り 当てで決められてしまう官僚政治の中で、各研究チームが独立を保ちつつ競争 を続けるというシステムが組み込めず、このような組織の枠内で、不適当な研 究結果や誤りを取り除けきれるか、不安を指摘している(ザイマン, 1985)。 また、高エネルギー物理実験の研究者は、数少ない最先端の加速器の一つを定 期的に訪れることによってのみ研究を行うことができるため、彼らは皆知り合 いであることに加えて、学部及び大学院での公式の物理研究、長いポスドクの 期間まで続く見習い研究期間を含めた長い社会化のプロセスが存在し、生き残 った科学者は著しく均質になる(Traweek, 1992;ポーター, 2013)との報告も ある。
日本の事例では、吉岡(2006)は高エネルギー物理学研究所(KEK)における加 速器の運転に焦点を当てたフィールドワークにおいて、各部門を結びつけてい るのが加速器の一部である運転室であると報告し、装置と実践の共同体におけ る様々な資源のアクセスが、切り離せないものであることを示している。つま り、建築物を作ること、装置を作ることは社会組織を構築することであり、ま た、社会組織を構築することは、各メンバーの様々な資源へのアクセスの在り 方をデザインすることである(上野・ソーヤー, 2009; 吉岡, 2006)。
高エネルギー物理学者の中で分業が進んでいる状況も報告されている。トー ブス(1988)は、CERN 常勤の物理学者が、物理についてはタッチせず、ハード ウェアや検出器のメンテナンスを専門的に行っている状況を明らかにした。
同じく CERN の例では、多数の大学からやってきた何百人もの教授・講師・大学 院生が単一の巨大な実験の計画と実行のためにすべての科学的精力を注いでお り、「協働」により研究が進められいてる。それに参画した大多数の者は通常、
非常に強力なチームの指導者に個人的な科学的自主性を譲り渡しており、局所 的名声はあるとしても、その名声は学会発表や論文発表を通じて一般的なアカ デミック市場へと広まっていくわけではない(ザイマン, 1995)。高度に訓練 された多くの科学者たちは、その技術の完成に力を注ぎ、学問的な独創性を追 究するよりは専門的技術者になる者もいる。「巨大科学」に必要なチームワーク の中で、彼らは、研究の長期的な学術目標をより理解していると思われる他の 科学研究者にその技術を提供することによって知識の進歩に重要な貢献をする
(ザイマン, 2006)。
ビッグ・サイエンスにおいて不均質な集団が共同で科学論文という知識を創 造するにあたり、分業化が図られ、貢献度が一義的に分からない著者掲載を行 うことが、特に高エネルギー物理実験の特徴として言うことができる。しかし、
誰が貢献して想像したのか明確でない知識そのものを保証するには、不安定さ を除ききれないという指摘もある(Galison, 2003)。