第2章 文献レビュー
2.5 知の創造プロセスとしての科学
2.5.3 ナレッジマネジメント
かし、IT を導入して形式知を整備しただけでは知識の生産に寄与することはで きない。
フォンクロー・一條・野中(2001, p.5)は、「ナレッジ・イネーブリングとは、
組織または地理的な境界や文化の壁を越えて感情に基づく知識を共有し、組織 のケアを土台として会話や人間関係を促進することである」と定義している。
また、どのような組織でも、グループで正当化を行う際には、1)共通言語の必 要性、(2)組織のストーリー、(3)業務手順、(4)企業パラダイムの 4 つの障害が あり、知識は違いを明らかにすることからも生まれてくる。新しい知識を明確 にするには、違いをまず大きく捉えてそこから更に細かく分析していかなけれ ばならないと述べている。知識は個人のものの見方によって左右され、人々の 相互作用のあり方が暗黙知の浸透に影響を与える。イネーブリング・コンテク ストを、物理的空間(オフィス・デザインや業務手順)、仮想的空間(電子メール、
イントラネット、テレビ会議)、メンタルな空間(共有された経験、考え、感情) もあるし、さらにまたそれらが組み合わされた空間で、知識が共有、創造、利 用される場所として捉える。そしてそれは何よりも、参加者のケアと信頼とで 成り立っている交流の開始、会話の実践、会話の記録、知識の内面化という 4 つの相互作用のネットワークを指している。そしてこれは、生じる人間関係の 深さや質によって定義される、進化し続ける知識空間、知のスパイラルである とまとめている。
ディクソン(2003)は、コモン・ナレッジについて、社員が組織の仕事をやる 中で学び取る知識、個々の会社に特有な「ノウハウ」、組織全体を通じて多くの 人たちが、関連する同じような「ノウハウ」を持っており、行為に由来し、他 の人たちが行為する時に使える可能性をもっているものと定義し、知識は、人々 が心の中で作り出す情報と情報の間の意味ある結びつきであり、またそれを特 定状況での行為に応用したものと主張している。したがって、科学研究の現場 におけるナレッジマネジメントを分析するには、現場の状況を調査しないと、
意味のある知的資産の創造・共有・活用・蓄積に関する考察ができないのであ る。
福島(2001)は、ルーティンのなかの核である一定期間内に行う仕事をタスク と呼び、暗黙知の力によって習得している個人が、それを他者にどう伝達する
かが、コミュニケーションとの関係で問題をあらわすと述べている。ナレッジ マネジメントには、関係者のコミュニケーションを分析することが必須である。
さらに、ナレッジマネジメントは組織学習と縁が深いが、学習は時間の経過 とともに進んでいくプロセスであると定義し、学習する組織は知識の取得や理 解の進化、パフォーマンスの改善に結びつける特徴があるとガービン(2002)は 述べている。知識を創出・取得・解釈・伝達・保持するスキルを持ち、また新 たな知識や洞察を反映させるよう意図的に行動を修正していくスキルをもった 組織が、学習できる組織なのである。
伊丹(2005)は、類似の仕事の経験を異なった時期にしたことのある人間同 士の間にも「想像の場の共有」が可能であると指摘している。しかしながら、
一つの企業の中で、異なった国々で働く人々の間では、物理的接触は空間的距 離が大きいために難しくなる。文書的接触も、異なった言語圏の間では、それ ほど容易ではない。想像の場が生まれるように配慮し、アジェンダの共有と解 釈コードの共有によって行われる。共通の過去の体験や過去の接触をもつ人々 で想像上は共同体に近い状態になる。このような状況が、多国籍のメンバーで 構成される大規模物理学実験のグループ内でも起こっている。
また伊丹(2005)は、人々の間の情報と心理の相互刺激の舞台づくりをする こと、その舞台を、「場」という概念で呼んでおり、人々が そこに参加し、意 識・無意識のうちに相互に観察し、コミュニケーションを行い、相互に理解し、
相互に働き掛けあい、相互に心理的刺激をする、その状況の枠組みのことを指 している。場は、人々が多様な様式やチャネルを通じて情報を交換し合い、刺 激し合う動的な環境である。野中(2014)は、場を「動的文脈の共有」と定義 している。
ナレッジマネジメントの最も簡潔な定義は、「知の創造・共有・活用の実践と、
それを理解し説明する学問分野」であり、それをもう少し敷瞰すると、「個人や グループの持つ既存の知を共有・活用しながら、新しい知を創造し続ける経営の 実践と、それを理解し説明するコンセプトや理論的モデル」ということになる (梅本, 2012)。ナレッジマネジメントは、データ・情報・知識・知恵という知 のピラミッドを活用するものであるが、データから情報を抽出するのが「分析」
であり、情報から知識を創造するのが「体系化」であり、知識を知恵に昇華す るのが知識を実行するという「行為」である。ナレッジマネジメントのもう一
つの定義として、「データを情報に、情報を知識に、知識を知恵に変換すること」
(梅本, 2012)がある。