第6章 M &A及び提携が財務業績に及ぼす影響
第2節 M &Aの経営効果と財務効果に関する検証
6−2−1 因果関係の分析に用いる潜在変数の定義
以上の議論を踏まえ、第2節では、M&Aを契機に実施される経営上の活動を、コスト低減 目的、研究開発目的、及び市場拡大目的の3つの側面からとらえる。その上で、それらM&A による活動が経営上のパフオ←マンスや財務指標の改替効果にいかなる影響を及ぼすのか という点に関して、後述の仮説を立てて、それを検証する。こうしたアプローチを取る理 由は、コスト低減などの活動目的と経営上のパフォーマンスや財務業績の間の因果関係、
及びそれらの項目を構成する要素とを考察することによって、M&Aにおいて財務上の効果を 得られる可能性の高い条件を整理するためである。
したがって、ここでは、M&Aによる活動を表す変数、経営上の効果を表す変数、財務指標 の改善効果を表す変数という3つの質的に異なる変数間の関係性と、それらの変数間の関 係に影響を与える具体的な経営上の事象を判別することを目的に分析モデルを棉築する。
第4章で詳述したように、2000年に実施した質問紙調査では、コスト低減目的について は、重視した低減対象コストをさらに7項目(費目)に分けて詳細に質問している。また、
効果についても、「コスト低減面での効果」「利益面での効果」「経営のスピード面での効 果」など6項目に区分して、それぞれの効果の程度を質問している。さらに、本草で初め て扱う公表財務諸表から得られる財務的効果を示す指標もー通りではない。
本章では上記の3つの質的に異なる変数を構成概念とし、それらの構成概念間の因果関 係を共分散構造分析によって検証するので、このように複数の観測変数から構成される変 数群(往8)を、上記の3つの質的に異なる変数に集約する必要が生じる。
共分散構造分析に際しては、構成概念を定義するモデルと因果モデル(構造モデル)と を別々に作成する。ここでは、まず共分散構造モデルを用いた一因子モデルによって構成 概念の測定モデルを規定した上で、次に構成概念間の因果関係(構造モデル)を検証する、
という2段階の手順を採用した。また、構成概念の測定モデルの作成では、標準化回帰係 数(パス係数)と倍額性分析(クロンバッハのα)を用いて、測定モデルの観測変数の候
(往8)これらの変数群は共分散構造分析においては構成概念を表す潜在変数として定義され、質問紙調査 や公表財務諸表から得られるデータによって観測される変数(観測変数)から、測定モデル(確証的因子 モデル)を通じて計測される。これは、コスト低減活動や経営上のパフォーマンスといった構成概念を単
一の変数で表すことが困難だからである。そのため、各構成概念はそれぞれに対応する観測変数から説明 される構造となっている。
補となる諸変数の中から、観測変数として信頼性が得られるものを選択した。
こうした前提のもとに、財務指標の改善効果、M&Aによる活動、経営上のパフォーマンス をそれぞれ構成概念として、次のように、5つの潜在変数を定義する(注9)。
Ⅹ:財務指標の改善効果 ml :コスト低減活動 m2:研究開発活動 m3:市場拡大括動 P:経営上のパフォーマンス
ここでは、本章で新たに導入する変数である財務指標の改善効果Xについての測定モデ ルの作成手続の概要を説明する。なお、Ⅹを含む上記5つの潜在変数の作成手続の詳細につ いては付録6−1で示す。
まず、第1の財務指標の改善効果Ⅹに関する測定モデルを求めるが、ここで用いる財務 データの特色は、質問紙調査の標本企業(M&Aを実施した企業102社のうち、上場廃止や新 規上場により財務データの入手が困難な企業を除く95社)の25種類の財務指標について、
M&Aを当該企業が実施した前後の3年平均の差を採用した点にある。
このデータに対して相関行列法による主成分分析を行った。主成分分析の目的は、25種 類の財務データを基礎に、サンプル企業の財務状況を説明するのに適した要因の数及び特 色を把握するためである。以上の手続により、標本企業の財務状況の変化を表すのに適し た因子を抽出し、構成概念を測定するための観測変数の候補には、第1因子を構成する財 務指標を充てることとした。ただし、因子数が多くなると財務指標の改善効果を表す潜在 変数の数が増加し、モデルを複雑化させるおそれがあるため、ここでは抽出する因子数を
3つに制限した。
ここで得られた第1因子には、使用資本利益率、使用資本営業利益率、使用資本経常利 益率、株主資本経常利益率、売上高利益率、売上高営業利益率、売上高経常利益率が含ま れる。第1因子に含まれる財務指標の共通点は、いずれも損益面の財務業績を主として表 すものである。これらの財務指標を、潜在変数Ⅹの観測変数候補とし、潜在変数‡ の測定 モデルを作成した。ただし、観測変数の冗長性を排除し、信頼性係数が過度に高くならな
(注9)なお、ml 、m2、m3、Pは、第4章で用いたもの。
いようにする観点から、複数の類似する観測変数の中からいくつかの変数を削除した上で、
変数選択を行った。その結果、売上高経常利益率Ⅹa、使用資本営業利益率Ⅹb、売上高営業 利益率ⅩCの3変数を潜在変数Ⅹの測定モデルの観測変数として選択した。
以上により、
(1)財務指標の改善効果(潜在変数Ⅹ)を測定する観測変数は、使用資本営業利益率れ 売上高経常利益率Ⅹd、売上高利益率ⅩgのM&A前3年間の平均値とM&A後3年間の平均 値の差を取った3変数とする。
また、ml 、m2、m3、Pの観測変数は次の通りとなる。
(2)構成概念であるコスト低減活動(潜在変数ml )を測定する観測変数は、物流(原材料・
部品調達)コストの低減md、管理的コストの低減mg、物流(製品の配送)コストの低減mh の3変数となる。
(3)研究開発活動(潜在変数m2)を測定する観測変数は、技術融合によるシナジー効果 r c、研究開発コストの抑制r d、研究開発期間の短縮r eの3変数となる。
(4)市場拡大活動(潜在変数m3)を測定する観測変数は、価格競争力の維持・強化s a、業 界標準の確立s b、市場での分業の確立s c、物流網の相互利用s f 、販売網の相互利用s g、
ブランドイメージの向上s i の6変数となる。
(5)経営上のパフォーマンス(潜在変数P)を測定する観測変数は、経営全般への効果pa、
コスト低減面の効果pb、利益面の効果pcの3変数となる。
6−2岬2 コスト低減㌧パフォーマンス・財務指標の関係性(基本モデル)
前述のように規定した構成概念(潜在変数)間の因果関係について、構造モデルを作成 してこれを検証する。考察の流れとしては、最初に、3つの潜在変数ml 、P、Ⅹから構成さ れる基本モデルを検証し、その後、このモデルのml をm2又はm3によって置き換えたモデル を扱う、という順序で因果関係の検証を行った。なお、5つの潜在変数m卜m2、m3、P、X すべての相互関係は付録5−3に示す。
まず、最初の3つの潜在変数ml 、P、Ⅹ間の関係については、次の3つの因果関係の存在を 推定できる。
①M&Aによるコスト低減活動ml は、経営上のパフォーマンスPに影響する。
②経営上のパフォーマンスPは、財務指標の改善効果Ⅹとして観測される。
③M&Aによるコスト低減活動ml は、財務指標の改善効果Xに影響する。
そこで、次の仮説を設定する。
仮説6−1:M&Aにおいては、コスト低減活動は財務指標の改善を促進する。
この中で、①の因果関係については、第4章及び第5章の結果にもとづくと、M&Aによる コスト低減活動と経営上のパフォーマンスの間には正の因果関係の存在が確認されている。
したがって、②と③の関係を検証するために、①、②、③の因果関係を含む潜在変数間の
構造と、3つの潜在変数ml 、P、Xそれぞれの測定モデルを前提に、共分散構造分析による 検証対象として、モデル1−1を作成する(図表6−1)。
図表6−1 モデル1−1(基本モデル)
凡 例 数字は相関係数 検定統計量
**
:有意水準5%
モデルの有意確率=0.124 CFI = 0.994
AI C=92.112(モデル1−1)
=108.000(飽和モデル)
=1,518.923(独立モデル)
ml :コスト低減活動
P:経営上のパフか−マンス X:財務諸表上の改善効果
:有意水準10%
モデル1−1の適合度検定の結果(標本数:95)、あてはめモデルの有意確率が0.124と 0.05を上回っており、モデルは棄却されなかった。さらにモデル適合の尺度(注10)として
CFI を算出すると、CFI は0.994と0.9を上回わりほぼl .0に近いこと、AI Cはこのモデル の場合が最小(92.112、飽和モデル108.000、独立モデル1,518.923)となっている。
(注10)一般的にはGFI やAGFI をモデル適合の尺度とすることが多いが、ここでは分析に使用したデータに 欠測値があるため、共分散構造分析に利用したソフトウェア(AMOS)では、これらは算出されない。AMOS では、MAR(ミッシング・アトランダム)の仮定を想定した上で欠損値を考慮した最尤推定を行っているが、
GFI やAGFI は欠損値の存在を前提としていないため出力されず、通常はCFI で代替する。なお、本章で 扱うこれ以外のモデルについても同様である。