第6章 M &A及び提携が財務業績に及ぼす影響
第1節 M &Aの主観的な効果と客観的な効果に関する問題意識
6−1−1 この章のねらい
第6章では、M&Aや提携(注‖ によるコスト低減、研究開発、市場拡大の3つの活動と、
企業経営者(注2)による当該M&Aや提携への評価、及び財務諸表によって観測できる業績改 善効果、の関係について考察する。
競争戦略は、低コスト化、差別化の2つに類型され、このうち差別化については製品そ のもので差別化を図る場合と、マーケテイングや流通システムなどで差別化を図る場合が
ある(Por t er (1985),pp.1卜12.)。これに照らすと、M&Aや提携による外部資源の利用は、
コスト低減目的の活動は低コスト化、研究開発活動は製品自体の差別化による差別化に対 応させることが可能である。しかも、第4草で示したとおり、コスト低減を目的とするM&A は提携よりもコスト低減効果が現れやすく、研究開発を目的とする場合はM&Aより提携の 方が効果が出やすい傾向がある。つまり、企業間関係の構築によって生じる企業パフォー
マンスはM&Aと提携とでは異なる競争分野で出現する可能性があり、その点についての検 証もこの章の課題となる。
ところで、M&Aや提携の効果を財務指標に現れる数値の変化だけで捉えようとした先行 研究への反省が、本論文の第2章、第4章で提起した問題のひとつであった。経営の非財 務的側面へのM&Aや提携の効果を含む、企業経営者の評価と財務指標に現れるM&Aや提携 の効果の差を検証することも、この草の主題の一つとなる。
ここでの検証作業は、M&Aや提携による諸活動が経営上のパフォーマンスに影響すると ともに財務業績の向上をもたらす、という大まかな仮説に基づくモデルを作成し、質問紙
調査によって集めた主観点評価のデータ(注3)と有価証券報告書に記載された財務データ(牲
他1)本章でいうM&Aと提携とは、第4章第2節で定義したとおり(第4章の注2、3を参吼)。
(注2)企業経営者には、企業の経営管理部門の責任者等を含むものとする。
(注3)第4章及び本章では、本研究に際して実施した質問紙調査(「批Aに関する調査票」及び「提携に
関する調査票」、付録4−2を参照。)から得られたデータを用いた。
他4)ここでは、Ni kkeyNeedsのデータを用いた。以下、この牽では特段の断りがない限り、「財務データ」
という。
4)を共分散構造分析(注5)によって分析する。
この一連の作業は第2章で述べた「戦略策定のための情報システム」のうちの経営分析 システムと戦略的事業計画システムのサブシステムに相当する。そしてこの検証作業から
得られる結果は、M&Aや提携を検討する際の規範やその効果測定のための指標を提示し、
企業間関係の構築に関する管理会計の情報システムの具体化に資するものである。
6−1−2 検証方法と検証データに関する方向性
第4章では、コスト低減を戦略目的とするM&Aや提携が存在し、市場の成長力がM&Aや 提携を通じた低減対象コストの種類に影響することを実証的に示すとともに、コスト低減
を目的とする場合にはM&Aがコスト低減効果を得られる可能性が高く、研究開発を目的と する場合には提携が研究開発効果を得られやすい傾向があることを示した。第5章では、
①企業間関係の形態(M&A・提携)、②成長・成熟・衰退といった市場の成長力、③低減対 象コストと④損益ベースの財務的効果、の4要素間には複合的な相互関係が存在すること を示した。
第4章と第5章では、データ・ソースは異なるがいずれも質問紙調査のデータを扱った。
そこで効果指標となっている項目、すなわち「コスト低減効果」と「研究開発効果」(第4 章)、「損益面の財務的効果」(第5章)は、いずれも質問紙回答者の主観的判断に基づくデ ータとして測定されたものである(牲6)。
しかし、第2章で述べたように、他の多くの先行研究では、公表財務諸表に示された財 務データを用いてM&Aや提携の成否を判断している。M&Aや提携による外部資源の利用が 直接的に財務成績に反映されない場合があり、そのために、財務データでは此Aや提携の 成功・失敗を判別する基準として不完全なものであることは、すでに第1章で指摘した。
本章では、M&Aあるいは提携の前後の財務的利益(公表財務諸表に形状されている利益)
の増減と、質問紙調査から得られた主観的評価を対比することによって、これら2種類の 評価の差がどの程度なのかを明らかにする。また、質問紙調査で得られた他のデータを辛 がかりとして、どのような状況において主観的評価と財務データが節離しやすいのかを検
(注5)共分散構造分析は観測変数と構成概念の両方を扱って、その因果関係を明らかにする意味で、因子分析と 回帰分析を一体にした分析法と理解できる(山本・小野寺位001),p.1.)。
他6)この章で用いる質問紙調査では、搬Aや捷携を実行した企業におけるコスト低減活動、研究開発力活動、
市場対応活動の3活動とともに、企業経営者が自ら行ったM払や提携に対して如何なる主観的評価を与えている かが、いずれもカテゴリカノレデータとして測定されている。
討する。
また、第4章と第5章ではM&Aや提携によるコスト低減を軸に、当該企業間関係の構築 に関する質問紙調査に対する回答者の評価の傾向を検討したが、企業間関係の構築はコス
ト低減による財務的な業績改善のみを目的とするものではない点にも留意が必要である。
研究開発の促進や市場占有率の拡大といった領域も、第4章第2節で示したように、企業
間関係構築の重要な戦略目的である。もちろん、研究開発力の強化による差別化や、市場 占有率の拡大の結果として財務業績が向上する場合もある。しかも、第1章で述べたよう
に、そこには相当のタイムラグが存在する可能性が大きい。そのため、たとえ公表財務諸 表に記載された財務データ類を検証したとしても、M&Aや提携による研究開発や市場対応 の効果を、財務データが読み取ることには限界がある。
一方、企業間関係の構築は、競争優位の獲得を目的に他企業から経営資源を導入するた めの企業行動と理解できる。競争戦略には低コスト戦略と差別化戦略の2つの方向がある という前提に立てば、M&Aや提携が低コスト戦略の一環として実施される場合と、差別化
戦略の一部として行われる場合に類型できる。もちろん、その両者を同時に追求する場合 もある。つまり、企業間関係の構築を通じて実施される様々な経営活動は、低コスト戦略
ないしは差別化戦略を遂行し、競争優位を実現するための手段の一つと位置づけられる。
っまり、M &Aや提携は多目的であるので、多様な目的の部分集合であるコスト低減活動
が企業経営のいかなる側面に効果をもたらす可能性が高く、あるいは低いのかを検証する
ことの意義が認められる。そこから、コスト低減活動以外の研究開発活動や市場対応活動
の諸活動と企業パフォーマンスの関係も検証し、これらの活動のいずれが経営に寄与する 可能性が高いのかという点も論点となる。そこでこの章では、コスト低減活動を主に議論
しつつ第4、5章の研究対象領域を拡大し、企業間関係の構築による研究開発活動や市場
対応活動と、財務諸表に現れる客観的な財務的効果(江7)を含む企業パフォーマンスとの関 係も考察する。これは、コスト低減活動とその他の活動の対比を念頭に入れたためである。
これらの検証作業では、前述のように質問紙調査のデータと財務データを用いて企業間
関係構築の効果を総合的に測定する。このような測定方法を採用する第1の理由は、質問
紙調査のデータのみによる検証では、分析対象データが回答者の主観的判断に依存する程
度が高くなるからである。第2の理由は、先行研究では批Aに関する財務データによる効
(注7)以下、この章では、企業間関係の構築を契機として財務諸表上に現われる諸指標の改善現象を「財務諸表
果測定では効果を認める研究が少ないためである。第3に、質問紙調査のデー一夕用いる理 由としては、財務データで測定されない範暗に属する「M&Aの効果」も存在することが想 定されるからである。
6−1−3 企業間関係の構築に関する効果測定についての問題
日本企業のM&Aに関しては第2章でみてきたように、「鵬Aによる業績向上は期待できな い」など、先行研究の大勢は、財務的な業績の向上には結びつきにくいと結論づけている。
しかし、そうであるならば何故、現実の企業行動のなかで服Aが盛んなのか、という疑問 が依然として残る。しかも、第4草で示したように、我が国の製造業においてはコスト低
減を目的とするM&Aや提携が存在し、その場合、当該企業の市場環境と低減対象コストの 間には明確な関係性がみられる。さらに第5草では、企業間関係の形態、主薬事某の市境 環境、低減対象コスト、財務状況の4つの変数間に存在する関係性の検証を通じて、M&A や提携がもたらすメリットについて部分的に検証したところである。
その一方で、M&Aが財務的な側面で企業経営に影響を及ぼすか否かとは別に、「M&Aは財務 的な効果以外の経営上のメリットを持っているので財務業績の改善効果がなくとも行われ
る」ことも想定される。そこで、M&Aが盛んな理由について、 コスト低減や財務的効果以 外のM&Aの効果に関する広範囲な検証を実施する意味が生じるわけである。
また、財務データを用いたM&Aの効果の測定・検証という側面に関しては、質問紙調査 のデータと財務データを組み合わせるなど、先行研究とは異なる測定方法を用いることに よって、先行研究とは違った検証結果を得られる可能性もある。これは、先行研究で扱わ れているような財務データによるM&A効果の測定方法を、測定尺度となる財務指標なども 含めて批判的に見た場合、測定方法の再検討によって財務諸表上の改善効果を測定できる 余地を否定できないためである。
他方、M&Aが盛んな背景には、競争優位の獲得のために何らかの経営上のメリットを追 求する、あるいは、M&Aを選択した企業は自らの企業行動を肯定的に捉える傾向がある(水
野ほか(2002a),P.32.)。
そこでこの章では、M&Aに対して質問紙調査の回答者(M&Aを実行した企業の当事者)
が下す主観的評価と、M&Aの実行によって財務諸表上に現れる客観的効果は一致するのか
上の改善効果」という。