2. 事象とは何か
2.3 モノと事象の言語的な共通性・相違性
2.3.2 Leiss (1992, 2000) による分割可能性と累加性の組み合わせ
Leiss (1992, 2000) もEhrich (1991) と同じように、ドイツ語の名詞と動詞の並行性を
指摘している。それによれば、名詞は可算名詞と質量名詞に、動詞は完了相の動詞と未 完了相の動詞に大別されるが、これらは共通して、対象を外側の視点から見るか
(außenperspektivisch)、内側の視点から見るか(innenperspektivisch)という観点の違い で説明できる。
Leiss (1992, 2000) では、対象を外側から見る視点と、内側から見る視点の両者を区別
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する基準として、分割可能性(Teilbarkeit)と累加性(Additivität)を挙げている。25 分 割可能性は、ある一つの個体を分割した場合に、それぞれの部分が全体との同一性を保 てるか否か、ということを意味する。累加性は、ある一つの個体と同種の個体をまとめ て、全体として一つの個体をなすことができるか否か、ということを意味する。
Leiss (1992, 2000) によれば、完了相の動詞は分割不可能(unteilbar)と非累加的
(nonadditiv)という二点で特徴づけられる。finden(見つける)のような完了相の動詞 が表す事象は、外側の視点からその事象全体が一つのまとまりとして捉えられる。例え ば「見つける」という一つの事象の中から、ある時点の状態を分割して取り出したり、
それを積み重ねたりしても、それは「見つける」ということにはならない。この特徴は、
Haus(家)のような可算名詞にも当てはまる。一軒の「家」は同質の部分の積み重ねか ら成り立つのではないので、その性質を保ったまま分割したり増やしたりすることがで きない。
一方、suchen(探す)のような未完了相の動詞は分割可能(teilbar)で累加的(additiv)
という特徴を持つ。未完了相の動詞が表示する事象は、内側の視点から事象の一部に焦 点を当てて捉えられる。例えば、「探す」という一つの事象の中から、ある時点の状態 を分割して取り出したり、それを積み重ねたりしたとき、それらもまた「探す」という 事象であるといえる。この特徴は、Wasser(水)のような質量名詞にも当てはまる。つ まり、「水」とは同質の部分の積み重ねから成り、その性質を保ったまま分割したり増 やしたりすることができる。
またLeiss (1992) は、「分割不可能かつ非累加的」(可算名詞、完了相の動詞)と「分
割可能かつ累加的」(質量名詞、未完了相の動詞)という両極の他に、「分割不可能か つ累加的」という組み合わせが成り立つことを指摘している。名詞ではGewässer(水域)
のような集合名詞が、動詞ではstreicheln(撫でさする)のような反復相の動詞がこれに あたる。「水域」とはWasser(水)という同質のモノの積み重ねから成り、「撫でさす る」とは一回一回のstreichen(さっと撫でる)という事象の積み重ねから成るので、と もに累加的である。しかし、一部の水だけを指して「水域」と呼ぶことも、一度だけ撫 でることを指して「撫でさする」と呼ぶこともできない。つまり、これらは全体の同一 性を保ったまま分割することはできないため、分割不可能である。
さらに Leiss (1992, 1994) によれば、ドイツ語の名詞と動詞は、それぞれの品詞にお
いて、そのどちらが無標であるかという点で異なっている。名詞では、「分割不可能か つ非累加的」という特徴を持つ可算名詞が無標であり、「分割可能かつ累加的」という
25 Leiss (1992, 2000) はこの基準を、Bach (1981) の基準によるものとしている。すなわち、
再分割可能性(subdivisibility)と累加性(additivity)である。Bach (1981) によると、build a cabinのような限界的な生起の動詞(Event (telic) verbs)は、再分割不可能(antisubdivisible)
かつ非累加的(nonadditive)であり、この特徴はdogのような可算名詞にも共通する。一 方、runのような非限界的な過程の動詞(Process (atelic) verbs)は、再分割可能(subdivisible)
かつ累加的(additive)であり、この特徴はwaterのような質量名詞にも共通する。
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特徴を持つ質量名詞が有標である。しかし動詞では、「分割可能かつ累加的」という特 徴を持つ未完了相の動詞が無標であり、「分割不可能かつ非累加的」という特徴を持つ 完了相の動詞が有標である。ドイツ語動詞の完了相の有標性は、ゴート語には未完了相 の動詞に対して完了相の動詞のペアを作る接頭辞 ge- が存在していたことなどによっ て裏付けられる。現代ドイツ語には、完了相と未完了相を文法的に対立させる表現形式 がないが、形態論的な表現形式では、接頭辞を用いて未完了相の動詞を完了相にする方 法がある。(laufen(走る)- anlaufen(走り出す)、klingen(鳴る)- ausklingen(鳴り止 む)など)。
また、ドイツ語で「分割不可能かつ累加的」という特殊な特徴を持つ名詞や動詞は、
それらが表す対象を捉える視点が、名詞と動詞で異なっている。分割不可能で累加的な 集合名詞は、対象を外側の視点から見る名詞であると理解される。例えば「水域」は、
「水」の積み重ねであり、「水」そのものは内側の視点から見られ、その境界が意識さ れない。しかし、一つの「水域」としては、境界が区切られ、その全体を外側の視点か ら見るべきものとして理解される。一方で、同じく分類不可能で累加的である反復相の 動詞は、対象を内側の視点から見る動詞であると理解される。例えば「撫でさする」は、
「さっと撫でる」の積み重ねであり、それ自体は外側の視点から見られる、ひとまとま りの事象である。しかし「撫でさする」という事象になると、開始点や終了点が明確に されない。このように、「分類不可能かつ累加的」な名詞や動詞は、外側の視点から見 るか、内側の視点から見るかということが異なっている。ただしこれらは、それぞれの 品詞において無標なものに付随するという点では一致している。
Leiss (1992, 2000) による、分割可能性と累加性を基準とした可算名詞/質量名詞ある
いは完了相の動詞/未完了相の動詞の対立と集合名詞や反復相の動詞の扱いをまとめ ると、図3、4のように表せる。
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無標 有標
<外側の視点から見る名詞> <内側の視点から見る名詞>
(a) 可算名詞(分割不可能かつ非累加的) (b) 質量名詞(分割可能かつ累加的)
Haus Wasser
Haus Wasser Wasser Wasser Wasser
(c) 集合名詞(分割不可能かつ累加的)
Gewässer Gewässer
Wasser Wasser Wasser
図 3 可算/質量名詞の典型的な認識のイメージ(Leiss 1992: 50, 2000: 245を参考に)
有標 無標
<外側の視点から見る動詞> <内側の視点から見る動詞>
(a) 完了相の動詞(分割不可能かつ非累加的) (b) 未完了相の動詞(分割可能かつ累加的)
finden suchen
finden suchen suchen suchen suchen
(c) 反復相の動詞(分割不可能かつ累加的)
streicheln streicheln
streichen streichen streichen 図 4 完了相/未完了相の動詞の典型的な認識のイメージ(Leiss 1992: 48, 2000:245を
参考に)
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