5. 考察
5.1 事象を項に取る形容詞が表す性質
本稿で調査対象とした、事象を項に取る形容詞は、以下の4タイプである。
I. schnell, langsam II. leicht, schwer
III. vorsichtig, leichtsinnig IV. überdrüssig, müde, satt
これらの形容詞は、(390) ~ (393) のように、述語的用法で二つの文成分を伴って用い られるとき、その主語となるモノが、もう一つの文成分となる事象の参与者でありうる という点で共通している((390) ~ (393) は (118) ~ (121) の再掲)。
(390) Das Auto ist schnell bei der Fahrt.(この車は走行の際に速い。)
(391) Das Problem ist leicht zum Lösen.(この問題は解決のために容易である。) (392) Die Frau ist vorsichtig beim Kauf.(その女性は買い物の際に慎重である。) (393) Die Frau ist des Wartens überdrüssig.(その女性は待つことにうんざりしている。)
しかし実際には、4タイプすべての形容詞が、上記のような2価の形容詞として、よ く用いられるわけではない。4種類の形容詞がどのように共通し、どのように相違する のか、調査結果を整理して分析する。
まず、4種類の形容詞はどれも、事象を項に取るものである。しかし、前章の調査結 果から、これらの形容詞が本質的に性質を表す対象が、事象であるか、モノであるかと いう点で、形容詞I, IIとIII, IVでは異なっていることが見て取れる。
5.1.1 本質的に事象の性質を表す形容詞
前章の調査結果より、I. schnell, langsamとII. leicht, schwerの2タイプの形容詞に関し ては、(390), (391) のような 2 価の述語的用法で形容詞が現れる事例は実際には見られ なかった。それどころか、これらの形容詞はそもそもモノを表示する語句を主語とした 述語的用法で用いられることが稀であることが確認された。I及びIIの形容詞は実例で は大半が副詞的に用いられ、(394), (395) のように動詞句が中心となって表示する事象 の性質を表している。
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(394) Nach Angaben von Zeugen ist der junge Mann nicht zu schnell gefahren. (=(134)) < 形容詞I>
(証人の説明によれば、その若い男はスピードを出しすぎてはいなかった。)
(395) […] dass dieses Problem leicht zu lösen sei. (Protokoll der Sitzung des Parlaments Landtag Brandenburg am 23.03.2011) <形容詞II>
(この問題が簡単に解決できるということ[…])
また、I及びIIの形容詞が1価の述語的用法や付加語的用法で、モノを表示する語句 と結びつく際に、これらの形容詞がそのモノそのものの性質を表しているとは考えにく い。I及びIIの形容詞がモノを表示する語句と結びつく場合、そのモノが参与者となる ような事象が、文脈などから容易に読み取られ、形容詞はその事象の性質を表している ように解釈される。例えば (396) では、schnell(速い)は述語的にガトリンという人(モ ノ)を表示する語句を主語に取っている。ここでは「ガトリンは速い」という述語文が 表す意味が、「ガトリンの試合での走りが速い」であるということが、文脈から明らか である。そして、形容詞は意味的にはガトリンが主体として行う「走り」という事象の 性質を表していると考えられる。また (397) では、leicht(容易い)が付加語的にBeute
(獲物)というモノを被修飾語に取っている。ここで「容易い獲物」という名詞句は、
「容易く手に入る獲物」を意味していると考えられ、形容詞は意味的には、獲物が客体 として行われる「手に入れる」という事象の性質を表していると考えられる。
(396) In Brüssel lief der frühere Weltmeister in 9,77 Sekunden erneut eine Weltjahresbestzeit über 100 Meter. Gatlin ist mittlerweile wieder genauso schnell wie vor seiner Dopingsperre.
(Die Presse, 08.09.2014) <形容詞I>
(ブリュッセルではかつての世界記録保持者[=ガトリン選手]が9秒77で新しく 100メートルの今季世界最高記録で走った。ガトリンはこの間に再び、彼のドーピン グによる出場停止期間以前と同じくらい速い[=速くなった]のである。)
(397) Freilaufende Hunde sind derweil eine leichte Beute für Wölfe, beim "Gassigehen" im Wald sollte jeder Hundebesitzer die Leinenpflicht berücksichtigen. (Luxemburger Tageblatt, 19.10.2015) <形容詞II>
(リードを付けずに走り回る犬は、その間狼にとって容易い獲物であり、森の中で“犬 を連れて出る”際には、飼い主はそれぞれ、犬のリード義務を考慮すべきである。)
一方で、これらの形容詞が1価の述語的用法や付加語的用法で、事象を表示する語句 と結びつく際は、形容詞はその事象そのものの性質を表していると考えられる。例えば
(398) ではlangsam(遅い)が付加語的にFahrt(走行)という事象を被修飾語に取って
いるが、この時「遅い」はあくまでその行為が継続している間の「走行」の速さを表し
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ているのであり、その事象の参与者である車や運転手の性質を表しているとは考えられ
ない。(399) でも同様に、schwer(難しい)が表しているのは「説明する」という事象の
難しさであり、その事象の参与者である説明者の性質とは考えられない。また、ここで はそもそも事象の参与者が誰であるのか、つまり誰が説明をするのか、その主体となる 人が具体的に想定されているかどうかも定かではない。
(398) […] einen Parkguide, der bei langsamer Fahrt die Parklücken vermisst und anzeigt, ob ein Einparken möglich wäre. […] (Niederösterreichische Nachrichten, 22.02.2011) <形容 詞I>
(遅い走行の際に駐車余地を測り、駐車が可能かどうかを示す駐車ガイド機能[…]) (399) Es ist so schwer, zu erklären, was hier passiert ist. (=(169)) <形容詞II>
(ここで何が起こったのかを説明するのはとても難しい。)
このようにI, IIの形容詞は、(396), (397) のように統語的にモノと結びつく際には、
それが参与する事象に焦点が当てられる一方、(398), (399) のように統語的に事象と結 びつく際には、その参与者には焦点が当てられない。このことから、I. schnell, langsam
とII. leicht, schwer は、本質的に事象の性質を表す形容詞であると考えられる。統語的
にモノを表示する語句と結びつくこともあるが、そのモノは事象の参与者であり、背後 にある事象が読み手に無理なく想像できるものでなければならない。
なお、形容詞IとIIの違いは、事象の参与者として焦点を当てられるのが、主に主体 であるか、客体であるかという点にある。前述の例では、形容詞Iのschnellが統語的に 結びつくモノは、(396) のGatlin(ガトリン:人名)のように、事象(ここでは「走る」) に主体として参与するものである。一方、形容詞IIのleichtが統語的に結びつくモノは、
(397) のBeute(獲物)のように、事象(ここでは「手に入れる」など)に客体として参
与している。
この結果は、3.1.1で取り上げたVendler (1968) の英語形容詞の分類A3(fastなど)、 A4(easyなど)の特徴が、ドイツ語の形容詞I(schnellなど)、II(leichtなど)という、
同じような意味の形容詞にも当てはまることを示している。
5.1.2 本質的にはモノ(人)の性質を表す形容詞
一方で、III. vorsichtig, leichtsinnigとIV. müde, satt, überdrüssigは、I及びIIの形容詞と は異なる部分が多い。
まず、Vendler (1968) では形容詞Iの一種とされていたIIIに関して確認する。形容詞 I には、述語的用法で事象を表示する語句を主語以外の補足成分として取る、2 価の形 容詞としての事例が見られなかった。一方、形容詞IIIは (400) のような2価の述語的 用法で形容詞が用いられる事例が見られた。また、形容詞IIIもIと同様に副詞的にも
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よく用いられるが、一方で、述語的に用いられることが稀であったIとは異なり、IIIは 述語的用法での使用頻度も高い。さらに、1価の述語的用法や付加語的用法でモノを表 示する語句と結びつく際、Iとは異なり、必ずしもそのモノが参与者となるような具体 的な事象が文脈などから読み取れるとは限らない。例えば (401) では、形容詞vorsichtig
はich(私は)という人(モノ)を表示する語句を主語に取っている。ここでvorsichtig
が表しているのはあくまでichが指すシャルマという人の性質であり、その人が具体的 に行う行為、例えば「通りに出ていく」を指して、それが慎重だということを意味して いるとは解釈しづらい。その人が「何かを行う」ということは念頭に置いているかもし れないが、それは「通りに出ていく」以外にも「買い物をする」「誰かと話をする」な ど、いろいろな出来事が当てはまりうる。そしてvorsichtig は、そのさまざまな事象に 関わる際に常にその人が慎重だったということを表していると解釈できる。これらのこ とから、形容詞IIIは形容詞I, IIとは異なり、何らかの事象を念頭に置くものの、それ は必ずしも具体的である必要はなく、本質的にはモノの性質を表していると考えられる。
さらに、これらが述語的に用いられる際の述語対象語は基本的に人に限られるため、よ り正確には、これらの形容詞は本質的に人の性質を表していると考えられる。
(400) […] sind die Japaner vorsichtig bei grösseren Anschaffungen. (Neue Zürcher Zeitung, 23.06.2000) <形容詞III>
(日本人は大きな買い物をする際に慎重だ。)
(401) Was bleibt, ist die Angst von Frauen, überhaupt auf die Straße zu gehen. Drei Wochen zögerte Sharma. „Ich war immer vorsichtig und werde es auch in Zukunft sein“, sagt sie.
(=(258)) <形容詞III>
(残っているのは、女性たち、特に通りに出ていくことの不安である。3週間シャル マは躊躇した。「私は常に慎重だったし、今後もそうだろう」と彼女は言う。)
ただし、形容詞IIIは、形容詞I, IIほどではないものの、(402) のように副詞的に用い られることも少なくない。さらに、形容詞が付加語的に用いられる際には、(403) のよ うに被修飾語に事象を表す語が現れることもある。
(402) Die Therapie hat sich in den letzten Jahren gewandelt, man geht vorsichtiger mit Medikamenten um. (Die Presse, 18.10.2003) <形容詞III>
(治療法はここ数年変化しており、より注意深く薬が取り扱われる。)
(403) Da sollte man vorsichtige und vor allem objektive Kritik üben. (=(277)) <形容詞III
>
(そこで注意深く、とりわけ客観的な批判を行うべきだ。)
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このような場合にも、形容詞III は人の性質を表しているといえるのだろうか。つま り、本質的に事象の性質を表す形容詞schnellが、モノ名詞と統語的に結びついて „ein
schnelles Auto“(速い車)というときに、schnellはあくまでAutoが参与する事象(例え
ばFahrt(走行))の性質を表していると解釈されるように、本質的に人の性質を表す形
容詞vorsichtig が、事象名詞と統語的に結びついて „ein vorsichtiges Fahren“(慎重な運
転)というときに、vorsichtigはあくまでFahrenに参与する人(例えばMann(男性))
の性質を表していると解釈されるのだろうか。本稿では、付加語的ないし副詞的に事象 を表す語句と結びつく形容詞であっても、形容詞III は主体となる人の存在を念頭に置 き、その人の性質を表していると解釈する。つまり、(402) は、「ある事象が存在し、
それは人が薬を取り扱うという事象であり、その際にその人は慎重である」ことを意味 していると捉える。これは、本質的に事象の性質を表すと考えられる形容詞I, IIでモノ の背後に事象があることが、明示されていなくても読み取れるのと同様に、形容詞 III では、事象の背後に動作主がいることが読み取れるためである。というのも、形容詞III が統語的に結びつく事象名詞は、(403) の Kritik(批判)など、人の行いを表すのであ る。
さらに、形容詞IIIが現れる文では、(402), (403) のように、文の主語に代名詞manが 現れる例がしばしば見られる。この man は特定の人間を表すわけではなく、人間一般 や、世間の人々を漠然と指す。つまりこのような文では、vorsichtigなのは誰か、と問わ れればあくまで「任意の誰か」に過ぎず、特定されていないが、それにもかかわらず、
動作主が存在することを man によって明示するのが好ましいのである。このような代 名詞man が主語になる文は、形容詞I, IIの事例ではほとんど見られない。このような ことから、Vendler (1968) ではA3として一つにまとめられていたfast, carefulに関して、
少なくともドイツ語では、fast, carefulと同じような意味を持つ形容詞schnell, vorsichtig は、schnell は事象の、vorsichtig は人の性質を本質的に表すという点で、異なる種類の 形容詞と考えるべきだと思われる。
最後に、形容詞 IV は形容詞 I, II, III とは統語的な出現環境が大きく異なり、(404),
(405) のように基本的に述語的にしか用いられない。さらに、その際の述語対象語は必
ずモノ、正確には人であることから、形容詞IVは本質的に人の性質を表していると考 えられる。ただし、同じく本質的に人の性質を表している形容詞III とは異なり、付加 語的に事象名詞を修飾したり、副詞的に事象を表す動詞句と結びついたりしない。つま り、形容詞IVは見た目の上でも、その性質を事象に当てはめることはできないようで ある。そもそも形容詞IIIとは異なり、形容詞IVは性質を当てはめる人が参与する事象 を必ずしも念頭に置いていないのだと思われる。例えば (405) のHelden(英雄)のよう に、主語以外の補足成分は事象ではなくモノでもありうる。115 このことから、形容詞
115 ここでは形容詞 IV のすべての形容詞に共通してありうる補足成分としてモノを挙げて いる。sattについては、さらに命題が主語以外の補足成分に現れうる。