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形容詞と事象の参与者

ドキュメント内 博士学位論文(東京外国語大学) (ページ 156-160)

5. 考察

5.3 形容詞と事象の参与者

Vendler (1968) で指摘されているように、本質的に事象の性質を表すと考えられる形

容詞Iは、(406) のように統語的に結びつく先を事象の参与者(主体)に拡大できるこ とが、前章の調査結果で確認された。その際、形容詞が意味的に性質を表す事象は、読 み手にとってある程度想像できるものである必要がある。例えば (406) ではフェルナ ンドが「走る」ことが速いのである。一方、形容詞Iは本来的に事象の性質を表すと考 えられるが、述語的あるいは付加語的に参与者が排除された「事象」を表す語句のみを 叙述あるいは修飾している事例は少ない。これらの形容詞は、大半が (407) のような副 詞的用法で、すなわち参与者(主体)と事象の双方を明示する形で出現する。

(406) Fernando ist schneller als du. (=(132)) <形容詞I>

(フェルナンドは君よりも速い。)

(407) Nach Angaben von Zeugen ist der junge Mann nicht zu schnell gefahren. (=(134)) < 形容詞I>

(証人の説明によれば、その若い男はスピードを出しすぎてはいなかった。)

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このことは、形容詞Iが単に事象の性質のみを表すのではなく、事象の参与者(主体)

を念頭に置いている形容詞であることを示しているのではないか。117 つまり、形容詞 Iは「事象が速い/遅い」という意味ではなく、「主体が参与する事象に関して、その事 象は速い/遅い」という意味を持つ形容詞である。事象だけ、あるいはモノだけを表す 語句と統語的に結びつくこともできるが、モノ(事象の主体)と事象の両方と統語的に 結びつくことが、すなわち副詞的に用いられることが望ましいのだと思われる。

もちろん事象には、参与者(主体)が含まれないものもある。しかし、形容詞Iが副 詞的に用いられる際に、述語動詞が主体としての参与者の介在しない事象を表す事例は、

ほぼ (408) のような „es/alles geht.“(物事が/すべてが進行する)に限られる。参与者 がなく、かつ展開がある事象(例えばes regnet(雨が降る))と共起し、副詞的に性質を 表す事例が見られなかったことからも、形容詞Iは「主体としての参与者が存在する事 象」の性質を表す形容詞であると考えられる。

(408) Plötzlich ging alles sehr schnell. (Der Spiegel, 10.07.2006) <形容詞I>

(突然すべてが非常に速く進行した。)

一方、Vendler (1968) で指摘されているように、形容詞IIが (409) のように統語的に 結びつく先を事象の参与者(客体)に拡大できることも、前章の調査結果で確認された。

その際、形容詞が意味的に性質を表す事象は、形容詞Iと同様に、読み手にある程度想 像できるものである必要がある。118 例えば (409) では時代を「乗り越える」ことなど が簡単なのである。また、形容詞IIも形容詞Iと同様に、(410) のような副詞的用法で、

すなわち参与者(客体)と事象の双方を明示する形で出現することが多い。

(409) Ich würde sagen, Zeiten sind nicht per se schwierig oder leicht. (=(173)) <形容詞II

(私が言いたいのは、時代とはそれ自体が難しかったり簡単だったりするのではない ということだ。)

(410) Da sich ebenso leicht andere Beispiele aus anderen Zeitungen ([...]) finden ließen, […]

117 なお、ここでいう「主体」は必ずしも動作主ではない。ここでいう主体とは、能動文の 主格に立つ名詞が表示するモノであり、(i) の Medikament(薬)のような対象や経験主な ど、動作主以外も含まれる。

(i) Das Medikament wirkt dadurch schneller und besser. (Die Presse, 12.10.1994) (その薬はそのためより速くかつより良く作用する。)

118 なお、形容詞IIは多義であり、参与する事象が単語自体、あるいは文脈などから想像さ れにくい場合、「容易な/難しい」という解釈よりも、「軽い/重い」という解釈のほうが 優先されるものと思われる。

(i) Der Tisch ist leicht.(その机は軽い/?簡単だ。)

152 (=(198)) <形容詞II>

(同じくらい簡単にほかの例がほかの新聞([…])から見つけられるので[…])

このことは、形容詞IIが形容詞Iと同様、ただ事象の性質のみを表すのではなく、事 象の参与者(客体)を念頭に置いている形容詞であることを示しているのではないか。

つまり、形容詞IIは「事象が容易だ/難しい」という意味ではなく、「あるモノが客体 として参与する事象に関して、その事象は容易だ/難しい」という意味を持つ形容詞で ある。そして、事象だけ、モノだけを表す語と統語的に結びつくよりも、モノ(事象の 客体)と事象の両方と統語的に結びつく副詞的用法で用いられることが望ましいのであ る。なおその際、事象の客体が主格で表されるよう、(410) のように受動的な文が用い られることが多い。

ただし、前掲の表27に見られるように、形容詞IIは形容詞Iと比べて、(411) のよう に事象を表示する語句だけを主語に取る述語的用法で用いられやすい。これは、形容詞 IIが性質を表す対象として想定している事象には、主体があることが前提とされている ということと関係があると思われる。主体があることを前提にしてはいるものの、形容 詞 II が統語的に結びつく対象として共起しうるのは、事象に客体として参与するモノ であり、形容詞Iとは異なり主体を表示にくい。そのため、形容詞Iが事象の性質を表 す場合、その主体が必須である副詞的用法に現れやすいのに対し、形容詞IIは、客体に 焦点を当てない事象や、そもそも客体のない事象の性質を表す場合には、(411) のよう に副詞的にではなく述語的に形容詞が用いられ、zu 不定詞の形で取り出された事象と 結びつくのではないか。

(411) Es ist nicht leicht, über sich selbst zu sprechen. (=(187)) <形容詞II>

(自分自身について話すのは簡単ではない。)

一方、本質的に人の性質を表すと思われる形容詞III では、事象とその参与者の双方 を明示する方法に (412) のような述語的用法と、(413) のような副詞的用法が見られる。

(412) では形容詞は述語的に用いられ、主語の人が参与する事象が前置詞+名詞句とい

う文成分で示されている。(413) では形容詞は副詞的に用いられ、主語の人が参与する 事象が述語動詞で示されている。これは、5.1、5.2で考察したように、形容詞IIIが何ら かの事象を念頭に人の性質を表す形容詞であり、その事象が明らかであることもあれば、

そうでないこともあるからだと思われる。つまり、形容詞III は特に人の性質を表し、

事象を具体的にしない場合には (414) のように 1 価の形容詞として述語的に用いられ る。119 どのような事象に参与しているのかを明確に示す場合には、(412) のように補足

119 ただし、(414) のように形容詞 IIIが1価の形容詞として述語的に用いられている文が、

必ずしも事象の具体性を排除しているとは限らない。文脈から、具体的な事象が読み取れ

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成分を伴う述語的で用いられるか、(413) のように副詞的に用いられるのだろう。行為 が行われているまさにその時点で「慎重である/軽率である」ことを表したいのであれ ば、形容詞Iのように、副詞的に用いられることが多くなるのではないか。

(412) […] sind die Japaner vorsichtig bei grösseren Anschaffungen. (=(400)) <形容詞III>

(日本人は大きな買い物の際に慎重だ。)

(413) Andrea Büchler spricht vorsichtig, wählt ihre Worte mit Bedacht. (=(249)) <形容詞 III>

(アンドレア・ビューヒュラーは注意深く話し、自分の言葉を選ぶ。)

(414) „Ich war immer vorsichtig und werde es auch in Zukunft sein“ (=(247)) <形容詞III

(「私は常に慎重だったし、今後もそうだろう」)

最後に、形容詞IVは人の性質、具体的には何らかの対象に対する人の感情を表す形 容詞である。この形容詞は2価の形容詞であり、人と、その人の感情の対象の両方を常 に過不足なく表す必要があるようである。ここでの「感情の対象」は、必ずしも人が主 体となって参与する事象とは限らないし、対象がモノである場合、その背後に必ずしも 事象が読み込まれることもない。そもそも事象を念頭に置いていないという点で、形容

詞IVは形容詞I, II, IIIとは決定的に違っている。

本稿で扱った形容詞と事象の参与者の関係について、以下の表29のようにまとめら れる。また、これらの違いは、形容詞が副詞的に用いられる際の態の違いとなって確認 される。事象に主体として参与するモノとの結びつきが強い形容詞I, IIIは (415), (416) のように能動的な、客体との結びつきが強い形容詞 II は (417) のように受動的な文に 現れることが多い。

(415) Plötzlich ging alles sehr schnell. (=(408)) <形容詞I、能動文>

(突然すべてが非常に速く進行した。)

(416) Da sich ebenso leicht andere Beispiele aus anderen Zeitungen ([...]) finden ließen, […]

(=(198)) <形容詞II、受動文>

(同じくらい簡単にほかの例がほかの新聞([…])から見つけられるので[…]) (417) Andrea Büchler spricht vorsichtig, wählt ihre Worte mit Bedacht. (=(249)) <形容詞

III、能動文>

(アンドレア・ビューヒュラーは注意深く話し、自分の言葉を選ぶ。)

る場合もある。

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形容詞I 形容詞II 形容詞III 形容詞IV 形 容 詞 が 本 質

的 に 性 質 を 表 す対象

・事象 ・事象 ・人(動作主) ・人(経験者)

形 容 詞 が 表 す 性質の意味

・速度 ・難易度 ・ 人 の 内 面 的 な状態

人の感情

形 容 詞 が 念 頭 に置く事象

・ 主 体 を 含 む 事象

・ 主 体 ( と 客 体)を含む事 象

・ 動 作 主 と し て の 主 体 を 含む事象

述語対象語、被 修 飾 語 に 現 れ うる個体

・事象

・ 事 象 に 参 与 する主体

・事象

・ 事 象 に 参 与 する客体

・人

・ 人 が 主 体 と し て 参 与 す る事象

表 29 形容詞と事象とその参与者の関係

ドキュメント内 博士学位論文(東京外国語大学) (ページ 156-160)