3. 形容詞と、形容詞が項に取る事象の関係
3.1 付加語的、述語的な形容詞と事象
3.1.5 状態の特殊性
3.1.3では、形容詞と名詞の意味構造を捉える際に、Davidsonの存在論的な「出来事」
という概念を導入する方法があることを確認した。しかし、Davidsonの存在論的な「出 来事」という概念を導入するに際し、(87), (90) のように「出来事」と「状態」を「事象」
として同列に扱えるとする考え方については、異論もある。
2.3.4ですでに取り上げたとおり、本稿でいう無界的な動詞(状態・活動)は、時間軸
41 名詞の文法的な数の対立(単数/複数)については、Jackendoff (1991), Verkuyl (1993) な ども確認のこと。
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に沿った展開の有無という点で存在論的に異なる性質を持つだけでなく、統語的な用い られ方にも違いがある。例えば、Maienborn (2003: 59-61) によると、(100), (101) に見ら れるように、活動動詞とは異なり、状態動詞から成る文は、das geschah während …(そ れは…の間に起こった)という文で前方照応的に参照することができない((100), (101) はMaienborn (2003:59-60) による (59), (60) の再掲)。
(100) Shirin spielte Klavier. Das geschah während …
Shirin-NOM played-3SG piano-ACC that-NOM occurred-3SG while シリンはピアノを弾いた。それは…の間に起こった。
(101) a. Jürgen schlief. *Das geschah während …
Jürgen -NOM slept-3SG that-NOM occurred-3SG while ユルゲンは眠っていた。*それは…の間に起こった。
b. Cathrine hasste Mozart-Arien. *Das geschah während … Cathrine-NOM hated-3SG Mozart arias-ACC that-NOM occurred-3SG while カトリーネはモーツァルトのアリアが嫌いだった。
*それは…の間に起こった。
さらに、Maienborn (2003: 54-55) では (101a), (101b) のように状態を表す動詞を区別 している。(101a) のschlafen(眠っている)はsitzen(座っている)、hängen(掛かって
いる)、warten(待っている)、ankern(停泊している)などとともに状態動詞Iに属する
とされる。状態動詞Iが表す状態は、時間的・空間的に位置付けられ、時間軸に沿って 持続しうる。例えば「ユルゲンが眠っている」という状態は、いつ、どこで起こり、そ れがいつまで続くのかを問題にしうる。一方、(101b) のhassen(嫌っている)はlieben
(愛している)、wissen(知っている)、kosten(…の値段がかかる)、entsprechen(…に 相当する)などとともに状態動詞IIに属する。状態動詞II が表す状態は、時間的・空 間的に位置付けられない、恒常的あるいは内在的な属性である。42 例えば「カトリーネ がアリアを嫌っている」という状態は、特定の時間や場所で起こることではなく、述語 動詞が表す時点でカトリーネが備えている性質である。この種の状態は、状態動詞Iが 表す状態と異なり、本質的には時間の経過を問題としない。
このような状態動詞の区別は、様々な統語的な用いられ方の違いに現れる。例えば、
状態動詞Iは (102) のschlafenのように不定詞付き対格として知覚動詞の目的語になり
うるが、(103) のwiegen(…の重さがある)のような状態動詞IIはそうではない((102),
(103) はMaienborn (2007: 111) による)。
42 Maienborn (2003) では、それぞれの状態を規定した基盤的な立場から、状態動詞 I を
Davidson的動詞、状態動詞IIをKim的動詞としている(それぞれの立場における状態の
取り扱いの詳細はDavidson (1967, 1969), Kim (1969, 1976)を参照のこと)。
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(102) Ich sah Bardo schlafen. (=(50))
I-NOM saw-1SG Bardo-ACC sleep-INF 私はバルドが眠っているのを見た。
(103) *Ich sah die Tomaten 1 Kg wiegen.
I-NOM saw-1SG die-ACC tomatoes-ACC 1 kg weigh-INF 私はトマトが1キログラムの重さであるのを見た。
状態動詞Iと状態動詞IIの区別はMilsark (1974, 1977) やCarlson (1977) のいう、いわ ゆるstage-level predicate(場面レベル述語)とindividual-level predicate(個体レベル述 語)の区別に相当する。場面レベル述語と個体レベル述語の区別は動詞だけでなく形 容詞にも当てはまり、場面レベル述語は (104a) のbetrunken(酔っている)のように、
知覚動詞とともに用いられる。一方、個体レベル述語は (104b) のkaputt(壊れている)
のように、知覚動詞とは用いられない((104) はMaienborn (2003: 74) による)。このよ うな違いからKratzer (1995) は、場面レベル述語は出来事と同じく事象を叙述し、個体 レベル述語は属性を叙述するとしている。43 両者は、時間軸を認識するかしないかと いう点で、大きく異なっている。
(104) a. Angela sah den Kanzler betrunken.
Angela-NOM saw-3SG the-ACC chancellor-ACC drunk アンゲラは長官が酔っているのを見た。
b. *Angela sah das Glas kaputt.
Angela-NOM saw-3SG the-ACC glass-ACC broken
*アンゲラはグラスが壊れているのを見た。
ところで、(104) の den Kanzler betrunken や das Glas kaputt を述語文に書き換える場 合、„Der Kanzler ist betrunken.“ や „Das Glas ist kaputt.“ のように動詞(コプラ)が必要 である。このため、(104) の den Kanzler betrunken や das Glas kaputtは (102) „Ich sah
Bardo schlafen.“ のように動詞の不定詞付き対格として表されるべきであるように思わ
れる。しかしMaienborn (2003, 2007) によれば、(104) の文にコプラの不定詞seinを挿 入すると、場面レベル述語の形容詞であれ、個別レベルの形容詞であれ、(105) のよう に非文になる((105) はMaienborn (2003: 74) による)。このため、Maienborn (2003, 2007)
43 Kratzer (1995) の分析方法に従って表現すれば、場面レベル述語は、主語や目的語などの
統語的に要する項のほかに、抽象的な事象項を取り、個体レベル述語は事象項を取らない。
この意味的な項構造の違いが、統語的な振る舞いの違いに反映される。Maienborn (2003,
2007) も同様に、述語に事象項を想定できるか否かという意味的な項構造を分析している。
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に従えば、状態動詞Iで叙述されるのは、時間的・空間的に位置付けられる「状態」で、
これは出来事と同じく事象であるといえる。一方で、状態動詞IIやコプラの文で叙述さ れるのは、時間的・空間的には位置づけられない「属性」であり、これは事象とはみな せない。
(105) a. *Angela sah den Kanzler betrunken sein.
Angela-NOM saw-3SG the-ACC chancellor-ACC drunk be-INF
*アンゲラは長官が酔っているのを見た。
b. *Angela sah das Glas kaputt sein.
Angela-NOM saw-3SG the-ACC glass-ACC broken be-INF
*アンゲラはグラスが壊れているのを見た。
本稿では、コプラを伴う述語的な形容詞だけでなく、コプラを伴わない付加語的・副 詞的用法を含めた形容詞も分析の対象とする。コプラがない場合、形容詞に叙述される のが状態動詞Iが表すような場面レベルの状態なのか、状態動詞IIが表すような個体レ ベルの状態(属性)なのか、つまり形容詞に叙述されているのが事象であるか否かとい うことは、(104), (105) の例に見られるように、判断が難しい。しかしながら、いずれに せよ事象の中でも、出来事と状態は大きく異なっているといえる。第4章で形容詞が叙 述する対象としての事象を分析する際には、事象を有界的(達成・到達)か無界的か(状 態・活動)という点だけでなく、無界的であっても、状態か活動かという点には注意を 払うべきだと思われる。44