ある︒しかし︑もともと名号は﹁行﹂と言われうるものか︑ 宗祖の﹁行文類﹂の行が︑称名であるのか︑名号であるのかということは︑祖意を窺ううえについて重要なことで
① 或は名号はコ仔﹂とは言われ得ないものであるかという
こと
が論
点に
なる
︒
② 一説では︑名号は果名であって︑直ちに﹁行﹂と言われるものではないとする︒即ち名号は仏の果名であって︑因
行の成就されたものである︒それを行じ︑それを信ずるのが衆生であって︑行信という因の名は︑衆生の上から立つ
た名
であ
ると
する
また一説では︑名号直ちに行であると見るのであって︑名号は衆生には因行がないから︑ ⑤ ︒
︵能
行説
︶
仏が代ってこれを成就し
て︑衆生に与えるのである︒だから名号は我々の往生の因のはたらきをなすものであるから﹁名号Lを﹁行﹂と言わ
ねば
なら
ない
とす
る︒
︵所
行説
︶ 各 号 論 序 説
五九
各 号 論 序 説
六O
﹂こ が論
点の
岐れ 目で ある
︒
けだし︑名号は仏の果徳全体であって
これを衆生に与えるところの廻向法であるということは︑何人も認めうる こと であ ろう
︒
しかも︑名号は︑弥陀願行に酬うた果名であるが︑
それは何を成じたのであるかというに︑衆生の願 行を成就したものであることは言うまでもない︒故に名号は因の無いものの因となり︑
願行なきものの願行となった
もので︑衆生から言えば︑名号は直ちに因と言い︑名号直ちに﹁行﹂ということも言うて言えないこともないように
思え
る︒
ところが︑これに対して︑名号は衆生の困を成就したということはよいとしても︑
成就のところから言えば︑衆生
のためにも果名ではないかということも問題として残る︒
しかしこれもなるほど名号は仏の果名であるということは
④
その果名が果名であると同時に︑衆生にとっては因となるのである︒
つまり如来の願心は衆生の因を成就す
分る
が︑
るに ある ので ある
から
︑ 成就された上で申せば果名のままが衆生の囚行であるということが言われねばならない︒
︵今年の籾が翌年の種子となること︶
しかし強いて言えば︑従因至果という上からすれば︑
国は欠減の名で︑果は円満した上の名とされるから︑名号は 果の円満なる名で︑欠減の因の名を以つては呼ばれまいということになる︒
これも理窟の立つことではあるが︑仏は
因果 不二 であ って
︑ 果即凶として︑名号の果のままが衆生往生の困として廻向せられるのである︒
同時に因として廻
向せられるまま︑仏から言えば正覚の果名であることにはまちがいない︒
たとえば浄土の広門一不現相のように︑浄土
の広門の三厳のままが主伴不二であり︑因果不二であるとされるごときで︑
名号もそれと同じである︒即ち仏の正覚
の全体を一名号に施して︑衆生往生の因行となさしめられるとみるときは︑仏の果名のままが衆生往生の行と言って よい わけ であ る︒
⑤ このように仏の因果不二に約して言うとすれば︑仏から言えば正覚成就の名ひが︑衆生の果まで成就したと言われ
る一辺があるのであるから︑この立場から言えば︑名号は単に衆生の因行でなく︑因果共に成就された果名であると
一一 一一 口わ れね ばな らな いこ とに なる
︒と ころ がい まの 行信 では 名号 は衆 生の 上に 現行 して
︑
大行となり大信となってはた
らいているところで言わねばならない︒
つま り対 機門 の立 場で
︑
例えばお金が家となり︑食物となり︑衣服となって
あらわれるというが如く︑如来所成の願行が︑衆生の上に︑三信︑十念︑往生とはたらいていることの上で言うので
あるから︑行信託果の因果次第はおのずからなけらねばならない︒仏辺においては因果不二而二無碍であるが︑現在
の衆生の上で話るときには︑因の方で受けるのであるから︑名日万を往生の行因というのである︒名号は仏の果名では
あるが︑衆生往生の行因として成就され︑廻向されたものであるから︑名号直ちに﹁行﹂と名づけても筋は通るわけ
であ
る︒
⑤ ところが﹁往生礼讃しでは︑光明名号を一具の摂化法とし︑衆生がこれを信じ︑これを行ずるという言い方になっ
ている︒しかれば︑名号は果徳摂化であって︑果号のはたらきとしてみられるべきものであって︑衆生の行というこ
とではないように見える︒即ち行となるべき︑信となるべき︑というが如く︑﹁ベき﹂の法であって︑行信の名は
それを受けた衆生の上で︑はじめて言えることではないかということである︒しかしこのことは︑十七︑十八の別願
因縁のいわれをしらべることによって︑解明されることと思う︒もしそれが諸仏の名号であれば︑名号は全徳施名の
各 号 論 序 説
ムノ、
各 号 論
z仔 説
ムノ、
法として衆生に称えしむることによって摂化を成ずる︒それゆえに諸仏の名号度生ということは︑名号は果名で︑因
は衆生が行ずることによって︑衆生の行因となるのである︒
しかるに弥陀の名号は︑称えることによってはじめて悶となるのではなく︑名号直ちに困を成就し︑その摂化は因 となって向うのである︒だから果徳を衆生が行ずることによって因となるのではなく︑名号自体が困となって向い︑
衆生を救うのである︒それゆえに名号が衆生の因となって向うとは︑衆生に聞かれれば︑直ちに間信を成ずるという
﹂とである︒ここに信心正因の義が成立するのである︒
ざれば︑所聞所信の法体とは︑衆生の間信を成ぜしむるためのものであって︑衆生の因を成ぜしめつつあるものを 第十七願の名号というのである︒このように︑十七︑十八の行信は衆生の因を成じているすがたであって︑十七の名 号は十八の能聞に対する︒即ち所聞所信の位のものであるから︑名号即ち閃ということになる︒
以上の所論によって︑名号は︑衆生の大願大行の因を成就した法であって︑これを明示されたのが﹁行文類﹂であ るとせねばならない︒即ち﹁行文類﹂は大願大行を明かされたものとみるべく︑また行を願におさめて大願の書と申
しでもよいのである︒
それであればなぜに﹁行文類﹂と示されたかと言うに︑これには古来︑向内と向外の義がある︒向外門の立場では︑
聖道の教行証の三法に対して︑浄土の教行証の三法を明かさんがために︑仏の大行を押えて行の名を以て書目とされ たの であ り︑ また向内門の立場では下の大信に対して︑衆生の無作で往生を得るのは仏の造作に依るということをあ
らわさんがために︑殊に仏の造作ということを示す行の名を以て書名とされたと思われる︒
⑦ フ ト
力釈には﹁言ニ他力一者如来本願力也Lと示して︑他力を願によってあらわされ︑﹁信文類﹂の別序には︑
得 信 楽 一 発 z 起自ニ如来選択願心こと述ベて選択の願心に一切を摂しつくされているのがその訳である︒
そ
れゆ
ズー
そ
夫「 のν追
以Z釈
= r
のニ コ 他
またこの
その当体が願であり︑ ことを六字釈からすれば︑二字と四字を分けて願と行に配してある︒
しかも二字と四字は互に即するものであるから︑
またその当体が行であるということができる︒
四
如来の造作によって衆生をはたらかさず︑無作 かくして名号は︑当体願とも言いうるが︑ここの﹁行文類﹂では︑
だから名号は単に如来の象徴と
いうようなものではなく︑名号が直ちに願として︑
また 行と して
︑ で往生せしめるということをあらわすために︑行の名を以てしたとみるべきである︒
衆生の上にはたらきつつ︑間信を成じているので ある︒能行を立場とする側ではこのことは分っているとは思うが︑
名号直ちに行とは言われないとする︒しかしこれ
このことを示すのが﹁行文類﹂
までの論述によって︑名口万を直ちに行と申さねばならないことが分明になることで︑
いまはここまでとする︒
の所明である︒なお名号当面の行相とはいかなるものであるかを窺わねばならないが︑
① 註 僧叡 師﹁ 文類 述聞
L︑
﹁随
聞記
︵真
全︶
﹂︑
﹁柴
門玄
話︵
宣︵
叢 ︶
L等
の説
︒ 僧叡 師﹁ 述開
L一
7
二丁
︑﹁ 随開
﹂︵ 真全 一一 六| 一
O一
頁 ︶ ︒
深励 師﹁ 本典 講義
﹂一 一ノ 一九 頁︒ 善談 師﹁ 本典 敬信 記﹂ 真全
三
O
ノ一
七頁
︒ 僧銘 師﹁ 一狩 録﹂ 三ノ 八一 了︒ 道隠 師﹁ 略賛
﹂コ ア三 了︒ 鮮妙 師﹁ 決択 篇﹂ 七ノ 七丁
︑八 丁︒
③ ②
④ 各 号 論 序 説
﹁文
類車
部紗
聞書
﹂
⑤ 善
譲師
﹁敵
信記
﹂真
全一
一一
一ノ
四一
頁︒
一
O
一 一 良
︒
﹁安 心決 定紗
﹂本 一一 丁﹁ 面々 衆生 の機 ごと に願 行成 就 せし とき
︑仏 は正 覚を 成じ
︑凡 夫は 往生 せし なり
﹂︒ し かし この 場合
︑法 体成 就門 の衆 生往 生を 法体 に約 して 語 る立 場で
ある
︒い まの 行信 では 機に 対し ての 場合 であ る︒
往生
礼讃
四丁
﹁以
−一
光明
名号
一摂
一一
化十
方一
但使
ニ信
心求
念一
上尽
二形
一下
至ニ
十戸
一声
一以
ニ仏
願力
一易
レ得
−一
往生
一
L︒ 行文 類四
O
丁 ︒⑥
⑦
ムノ
、