第一回の真宗連合学会は︑高田本山で行なわれました︒その第一回の研究発表は︑
確か御存命中でした高田派の生
桑完明先生と︑それから宮崎円遵先生と私とが研究発表をいたしました︒今日︑
その宮崎先生と共にお話をさせて戴
きますのは︑非常に感慨深いことであります︒
実は︑私に与えられました課題は︒真宗教学の近代化
e
とい
う問
題で
あり
ます
︒
その問題を戴きました時に︑先ず
感じましたことは一体真宗教学に近代化ということがあるのかどうか︑という聞いです︒
しかし︑世間では真宗教学
の近代化が常に言われていまして︑一体どこでその近代化が言われるのであろうか︑
色々
考え
てみ
まし
た︒
それで私の領解によりますと︑教学とは文字通り教えを学ぶことである︒
そうすると︑真宗教学とは真宗の教えを 学ぶことである︒そして︑真宗の教えそのものは近代化されることはありえない︒
このことは皆様にも御承知戴ける
のではないかと思います︒教えが近代化されることはありませんし︑
また近代化されて漸々変っていっては困ります︒
解 学 と 行 学
一 一 一 一
七
解 学 と 行 学
二ニ
八
そうすると変りうるものは何か︒それは学ぶこと︑つまり学び方です︒確かに人間は時代の子でありますから︑時代
に影
響さ
れま
す︒
そし
てま
た︑
それ
ぞれ
の個
性が
ある
︒
そういう時代とか個性とかが学び方を変えていくと思います︒
そこに伝統が形成されてくる︒つまり︑時代や個性の相違によって真宗の教えを学ぶ学び方が︑伝統を形成していく
のであります︒そういう意味で︑伝統が即己証になるとも言われるのでありますが︑どうしても学び方が問題なので
あり
ます
︒
学び方には色々ありますが︑大きく分けますと︑教えを知性の対象として学ぶ学び方と︑行道として学ぶ学び方の
二つに分けられると思います︒すなわち︑善導大師が指摘せられます解学と行学とです︒
先ず︑知性の対象として教えを学ぶ解学の場合︑
﹁解
を学
ばん
と欲
わば
︑
凡より聖乃至仏果に至るまで一切障りな
く皆学ぶことを得﹂とありまずから︑極めて自由なのであります︒そこではどのような解釈も自由であり︑また許さ
れま
す︒
﹁諸仏の教行数塵沙に越えたり︑識を票くる機縁︑情に従って一に非ず﹂であって︑どんな結論が出てもか
まい
ませ
ん︒
しかし︑行道として教えを学ぶ場合は︑道は一でありまして︑幾つもの道はありません︒たとえ道は沢山ありまし
ても︑私が歩く道は一であり︑同時に二つの道を歩いたり幾つもの道を歩くことは出来ません︒そうすると行学は一
であり︑他の道を許さない一乗の道であります︒そういうことを学ぶ態度として考え︑その上で親驚聖人のお言葉を
味わいたいと思うのです︒
親瞬時聖人は﹁大聖の真言に帰し︑大祖の解釈を閲して﹂正信念仏の意を明らかにせられたのであります︒
です
から
︑
真宗教学とは﹁大聖の真言に帰し︑大祖の解釈を閲してL正信念仏の道を明らかにしていくことである︒
先ず﹁大聖の真言に帰し﹂ですが﹁帰﹂の意味は﹁帰命﹂の﹁帰﹂でありまして︑﹃行巻﹄には解説して
﹁帰 の言 は至 なり
﹂
とある︒至り着くということでしょう︒何処へ至り着くかと申しますと︑浬紫の世界にです︒浄土教的に言えば浄
土に至り着く道である︒今日ではタお浄土eといいますと反擁されますが︑
︒浬
繋
4だと云えば承認されるようであ
ります︒私はやはり知性的になってきたのが大きな原因だろうと思います︒その為に︑教学の方向も知性的な面だけ
が強張されるようになり︑行学の面が忘れられているのではないでしょうか︒
﹂れ は私 自身 の儲 悔で もあ りま すが
︑
そういうことを特に痛感しております︒
そこ で私 は︑ 親驚 聖人 が﹁ 大聖 の真 一一 一口 に帰 し﹂ と言 われ た言 葉の 重み を感 ずる ので す︒
﹁帰﹂は﹁よる﹂とも読み
ます ので
︑
大聖の真言により︑ということでありましょう︒大聖の真言によらされば浬繋の道が聞けない︒そこに
﹁大聖の真言に帰し﹂と言われた意趣があると思います︒そういう親驚の立場で申せば︑真宗或いは仏教の道はどこ
までも行道であることが第一の前提である︒少なくとも真宗教学は行道であります︒けれども︑解学を許さないとい
うことでは勿論無いのでありまして︑そこに﹁大祖の解釈を閲して﹂と続いて出てくるのである︒
そこで知性的な学と行道的な学との関連を考えるにあたり︑
﹁大 聖の 真吾 一口
﹂が 問題 にな る︒
﹁大 聖の 真言
﹂と は︑
勿論お釈迦様のお仰せということです︒お釈迦様のお仰せとは︑今日蔵経の中に残されておる経と名づけられるもの
は︑仏教徒の素朴な信念によって総て仏説とせられております︒ところが︑明治以来入ってきました知性的な研究方
法によって︑経は一人の釈尊によって説かれたものではなく︑その中でどれが本当の釈尊の教えであるのかの問題が
起りました︒明治の中期に大乗非仏説が大変な問題になり︑また今日でも尚大乗仏説を強硬に主張する人々もありま
す︒それは行学と解学との立場の相違だろうと思います︒解学の立場では︑明らかに大乗経典は非仏説であることを
肯定しなければなりません︒私︑その方面には余り詳しくありませんが︑最近の新しい研究によれば︑少くとも釈尊
解 学 と 行 学
二ニ
九
解 学 と 行 学
一四
O
の直説である経典は︑僅かに一部のようです︒そこに経典に固執している小乗の立場から大乗への展開が出てきて︑
そして経典よりも教法を重んずることになりました︒
大体︑仏教には二つの研究方法がありまして︑一は経典を重んじる方法であり一は教法を重んじる方法です︒経
血ハを重んじる方法では︑例えば部派仏教のように経典に固執する︒一方︑教法を重んじる方法は経説よりも寧ろ経説
に含まれている︑経説があらわそうとする教法が眼目である︒そういうところに大乗仏教が興起したのであります︒
従って︑大乗経典が何時でも仏説とかかげられ︑そして経典作者の名前が残されていない︒ともすれば人聞は︑物を
主一くと白分の名前を出したがるにもかかわらず︑あの素晴らしい大乗経典を書いた作者達が自分の名前を戴せず︑仏
説の名において説いていったことは︑非常に旨趣が深いと思います︒おそらくそれは︑説きながら経典作者は仏陀の
教法を念じておったのではないか︒仏陀の教法を念じながら書かれたものが大乗経典である︑と言えるのではないか︒
そして教法をあらわすことが中心であるならば︑大乗経典こそ真実の教えであり︑仏説であり︑これこそ正しく仏陀
の真実の教法であると︑少なくとも言えると思います︒
そういう問題があるとともに︑その大乗経典の中ではどの経典が真実の教えであるのかという問題があります︒親
驚聖人では﹁大聖の真言﹂が﹃大経﹄であることは明らかである︒﹁教行信証﹄﹁教巻﹂は︑正しく真実教が﹁大経﹄
であることを証明する巻である︒そこで﹁教巻﹂を少し反省してみたいと思います︒
﹁教 巻﹂ には
︑
﹁夫れ真実の教を顕わさば︑則ち﹃大無量寿経﹄是なり︒﹂
と
﹃大 経﹄ が真 実の 教で あり
︑
﹁大聖の真言﹂とは正しく﹃大経﹄の教説であるとおさえられている︒ところが︑
このおさえかたは他から独断だと言われても仕方ないのです︒
大乗 経典 には 素晴 らし い程 沢山 あり まし て︑
﹃+ 掌厳 経﹄
を所依とする宗旨もあり︑或いは﹃法華経﹄を所依とする宗旨もあるわけです︒そこで︑何故叶大経﹄が真実の教で
あるのかを明らかにしなければなりません︒それが第二段の構成でありまして︑
そこ
に︑
﹁弥陀誓を超発し広く法蔵を開き︑凡小を哀んで選んで功徳之宝を施すことを致す︑釈迦世に出興して道教を光闘
し︑群粛を極い恵むに真実之利を以てせんと欲してなり︒是を以て如来の本願を説くを経の宗致と為し︑即ち仏の
名号
を以
て経
の体
と為
るな
り︒
﹂
と︑宗体釈が出ております︒
親驚聖人の聖教を見ますと︑釈迦と弥陀の関係は︑或いは﹁釈迦弥陀﹂であり︑或いは﹁弥陀釈迦﹂である︒この
二つはどのように異るかと申しますと︑教を中心にするときは﹁釈迦弥陀﹂で︑法を中心にするときは﹁弥陀釈迦﹂
であ
る︒
です
から
︑
いまは法の立場で寸大経﹄が真実の教であることを明らかにされますので︑
弥陀
釈迦
の順
序で
す︒
弥陀釈迦の順で︑非常に巧みな対応のもとにその大要が示されています︒
先ず﹁弥陀誓を超発し﹂とは︑これは﹁釈迦世に出興し﹂に対応しております︒
です
から
﹃正
信用
問﹄
でも
︑七
祖選
定の
根拠
を示
して
︑
﹁大聖輿世の正意を顕わし︑如来の本誓機に応ずることを明す︒﹂
とある︒昔から七祖選定の理由として三つ挙げられていますが︑七祖が選ばれた根拠はどこまでも﹁大聖輿世の正
意を顕わし︑如来本誓機に応ずることを明す﹂ところにあることは︑﹁正信偽﹄の上で明らかなのです︒そうすると︑
﹁弥
陀誓
を超
発し
﹂
﹁釈
迦世
に出
輿し
﹂で
あり
まし
て︑
﹂れは明らかに釈迦世に出興する所以︑それはただ弥陀の本
願海を説くことである︒すなわち︑釈迦によって顕わされようとしたものは︑﹁弥陀誓を超発し﹂ということ︑それ
が如
来の
本願
であ
りま
す︒
解 学 と 行 学
四