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AKI

HIV 感染症に伴う慢性合併症 ~ HIV 感染症と腎障害~

 ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus; HIV)感染症は、かつては致死性疾 患と考えられていたが、抗 HIV 療法(anti-retroviral therapy;ART)により慢性疾患へと疾 患認識が変貌し、劇的に生命予後が改善している。一方で、HIV 感染症患者は未だ死亡率は高 く、その原因として急性腎障害(acute kidney injury;AKI)や慢性腎臓病(chronic kidney disease;CKD)の発症リスクが高いことが一因に挙げられている。HIV 感染症に伴う腎障 害としては、HIV 関連腎症(HIV associated nephropathy:HIVAN)、HIV immune complex kidney disease(HIVICK)、種々の原因による AKI、ART による薬剤性腎障害、そして糖尿病、

高血圧など HIV 治療に伴う代謝異常に起因した腎障害などがあげられる。HIV 感染患者の生存 期間の延長により腎代替療法必要症例も認めるようになり、これについても概説する。

 1984 年に後天性免疫不全症候群を合併した HIV 感染症患者でネフローゼ症候群、急速に進行 する腎機能障害を呈する患者が報告された。典型的な病理像は collapsing 型の巣状分節性糸球 体硬化症を示し、数か月以内に末期腎不全に至る。病態生理はすべて解明されていないが、尿細 管細胞への HIV の直接感染が示唆されており、尿細管上皮の膜上にある tumor necrosis factor

(TNF)-αが尿細管内への HIV 侵入に関与していることが報告されている。臨床像としては米 国における HIVAN の 96%以上が黒人に発症することから遺伝的素因が強く関与すると考えら れている。治療に関しては ART による腎障害の進行の抑制が示されていることから CD4 陽性 細胞数にかかわらず ART の適応とされている。また ACE 阻害薬、アンギオテンシン受容体拮 抗薬、さらに TNFαなどのサイトカインの抑制目的にステロイドホルモンも用いられる

 典型的には C 型肝炎ウイルスなどとの重複感染患者に認められ、病態生理としてはウイルス の増殖やウイルスに対する免疫反応が発症に関与していると示唆されている。病理組織像はメ サンギウム増殖性糸球体腎炎を呈し、メサンギウム領域、上皮下、血管内皮下に免疫複合体の沈 着を認める。ART やステロイド治療が試みられているが、治療効果は一定ではなく、治療方法 は確立されていない。HIVAN、HIVICK を通じて言えることは HIV 感染患者には腎症あるいは 腎炎を合併することがあるため、定期的な尿検査を要するということである。

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 HIV 感染症患者は非感染者に比べて AKI の合併が多いことが報告されている。一般的に HIV 感染者の AKI は ART に伴う薬剤性腎障害よりも重症感染症と関連する。特にリスクファ クターとして報告されているものは、CKD、尿蛋白、低 Alb 血症、低 body mass index、心血 管合併症、低 CD4 細胞数、高ウイルス量である。しかしながら、AKI の要因は単一ではなく 複数に渡ることが多く、腎前性要因、使用薬剤(アミノグリコシド系、抗真菌薬、抗ウイルス薬、

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CKD

腎障害のモニタリングと専門医コンサルトのタイミング ART による薬剤性腎障害

 ART による生命予後が改善している反面、薬剤性腎障害が問題となっている。以下に各薬剤 の腎障害の特徴を記載する。

・Nucleoside analogue reverse transcriptase inhibitors(NRTI)

 代表的薬剤:Abacavir、Didanosine、Lamivudine、Stavudine、Zidovudine

 腎障害の特徴:ミトコンドリアの DNA polymerase 阻害による乳酸アシドーシス、Fanconi 症候群を呈する。

 代表的薬剤:Tenofovir

 腎障害の特徴:トランスポーター蛋白と薬剤の相互作用、または蛋白を合成する遺伝子の一 塩基変異などによりトランスポーター蛋白の輸送能低下による細胞内濃度の上昇に伴うミトコ ンドリア障害という説が有力である。頻度は本邦では比較的高く、ベースラインから推定糸球 体濾過量(estimated glomerular filtration rate; eGFR)が 25%を腎機能低下と定義した場合に、

19.6%の症例が腎機能障害を認める。すみやかな投与中止により腎障害が改善する可逆性変 化であることが多いが、投与期間が長いと回復率が悪い傾向が示されている。Fanconi 症候 群を呈する。

・Protease inhibitors(PI)

 代表的薬剤:Atazanavir、Nelfinavir、Amprenavir、Lopinavir、Ritonavir

 腎障害の特徴:特に Indinavir と Atazanavir は尿細管で結晶化することによる腎結石、尿 細管間質性腎炎、クリスタル腎症を引き起こす⒀。そのため、腎結石を予防するため少なくと も 1 日 1.5L 以上の飲水が推奨されている⒁。

 繰り返しとなるが、HIV 患者の生命予後の改善により CKD 合併患者が増加を認めており、種々 の報告によって異なるが約 10% とされている。CKD を合併するリスクファクターには今まで述 べてきたような低 CD4 細胞数、高ウイルス量、HCV 合併感染、ART、HIVAN、HIVICK が挙 げられる。しかし、最近はこれらに加えて糖尿病、高血圧症の合併も多く CKD とも関与するこ とが示唆されている

 腎機能障害のモニタリングには血清クレアチニン(SCr)、そして SCr から算出される eGFR が有用である。ただし、SCr は筋肉量によって左右されるため体格が極端に大きい場合、小さい 場合には他のバイオマーカーであるシスタチン C を追加検査することが推奨される。

 HIVAN、HIVICK の早期発見には一般尿検査が推奨される。ただし、一般尿検査は尿比重に より振れ幅が大きいため、尿潜血が陽性になる場合には尿沈渣での尿中赤血球の確認、また尿蛋 白で陽性になる場合には尿蛋白の定量評価が必要である。早期の蛋白尿の検出には尿中 Alb/Cr 定量が有用である。尿蛋白の定量評価は下記に示す。

 尿蛋白(g/gCr)=尿蛋白定量÷尿中 Cr  正常値(0.15g/gCr 未満)

ST 合剤、NSAID)にも配慮する必要がある。

HIV 感染症に伴う慢性合併症 ~ HIV 感染症と腎障害~

HIV 感染症の臨床経過 115

7 腎代替療法

 以前は日和見感染による死亡率の高さや HIV による免疫不全状態の患者に免疫抑制薬を使う ことのリスクなどから、HIV 感染は腎移植の禁忌であった。しかし、ART の導入に伴い生命予 後の改善が得られているため、HIV 患者の腎移植も可能になっている。ただし、HIV 患者の腎 移植が可能となる条件には CD4 細胞数 200 個 /㎣以上、ウイルス量が検出感度以下となること が条件に挙げられる。そのため、通常の CKD 患者と同様に腎代替療法には血液透析、腹膜透析、

腎臓移植の提示が必要である。本邦でも HIV 感染患者で血液透析を導入した症例が増えており、

2010 年に日本透析医学会から HIV 感染患者透析医療ガイドラインが発表されている。北海道で も北海道 HIV 透析ネットワークを立ち上げ、HIV 感染透析患者を受け入れる体制を整えている。

http://www.hok-hiv.com/for-medic/dialysis-network/

■参考文献■

1 Selik RM et al. Trends in diseases reported on U.S. death certificates that mentioned HIV infection, 1987-1999. Journal of acquired immune deficiency syndromes(1999).29 ⑷:378-387, 2002.

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6 Lescure FX et al. HIV-associated kidney glomerular diseases: changes with time and HAART. Nephrol Dial Transplant. 27 ⑹:2349-2355, 2012.

 NRTI による Fanconi 症候群の発見には尿酸、K、P の検査が有用である。

 尿沈渣は PI によるクリスタル腎症の発見にも有用であり、尿の結晶に着目する必要がある。

 以上をまとめると、腎障害の検出には Scr(eGFR)、シスタチン C、一般尿検査、尿沈渣、尿 蛋白定量、尿 Cr、尿 Alb/Cr、UA、K、P が有用である。

 CKD 合併 HIV 患者の腎臓専門医に紹介するタイミングは通常の患者さんと同様である。下記 に紹介するタイミングを示す。

腎臓専門医に紹介するタイミング

1 高度の蛋白尿(尿蛋白 /Cr 比 0.5g/gCr 以上、または 2+ 以上)

2 蛋白尿と血尿がともに陽性(1+ 以上)

3 GFR60mL/min /1.73㎡未満(CKD ステージ 3 以上)

HIV 感染症に伴う慢性合併症 ~ HIV 感染症と腎障害~

116 HIV 感染症の臨床経過HIV 感染症に伴う慢性合併症 ~ HIV 感染症と腎障害~

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(内科Ⅱ 腎臓グループ 石川 康暢 2017.04)

HIV 感染症の臨床経過 117 HIV 感染症に伴う慢性合併症 ~ HIV 感染症と脂質代謝異常 / 心血管障害~

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脂質異常症 / 心血管障害の病態・成因 脂質異常症 / 心血管障害の疫学

 HIV 感染者における脂質代謝の変化は① HIV 感染(腫瘍壊死因子による LPL 合成抑制→高ト リグリセライド血症)② ART(antiretroviral therapy)の副作用③体脂肪分布の変化④アディ ポカインの異常④宿主の遺伝的要因など複数の要因によって引き起こされる。

 ART の薬剤としては、アタザナビル(atazanavir:ATV)以外の PI、核酸系逆転写酵素阻害 薬(nucleoside reverse transcriptase inhibitor:NRTI)、NNRTI によって引き起こされ、イン テグラーゼ阻害薬は脂質への影響が少ない。抗 HIV 薬使用開始後 2 ~ 6 か月以内に ART によ る血清脂質の異常が認められる。NRTI のジダノシン(didanosine:d4T)、AZT やアバカビル

(abacavir:ABC)、エムトリシタビン(emtricitabine:FTC)、NNRTI のエファビレンツ(efavirenz:

EFV)も脂質代謝に影響を及ぼす。

 HIV 感染者における心血管障害は① HIV 感染(慢性炎症)② ART による脂質異常症③ ABC による心筋梗塞④喫煙などの要因によって引き起こされる。HIV 感染者の喫煙率は米国におい