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HIV 感染症患者の心理的支援

HIV 感染症の臨床経過 173

2 初診時、服薬開始期、治療安定期における心理的支援

グ紹介のパンフレットなどを活用することも有効である。

⑴ 初診時

 HIV 感染判明から間もない時期の患者の心理的反応はさまざまであるが、緊張・不安、落 ち込み、怒り、悲しみ、恥、絶望感、死にたい気持ちなど、さまざまな思いが混ざり合ってい る。表面的には冷静に対処している様に見える患者でも、内心は今後の人生について言い表し ようのない不安で圧倒されている場合が多い。

 HIV の判明が自発検査(感染の可能性を自ら疑い、自発的に検査を利用する)による場合と、

ルーティン検査(妊婦検診や術前検査など)によってわかった場合で、結果の受け止めについて、

心の準備やその後の動揺が異なることがある。また、結果説明を受けた時の状況、その際の医 療者の言葉掛けや態度がどの様なものであったかが、患者のその後の疾患イメージに大きな影 響を及ぼすことがある。患者本人の元々の HIV 感染症に対するイメージがどの様なものであっ たかも、告知時のショックの大きさや、その後の精神面や社会生活面に影響を及ぼす。実際に は HIV 感染症は今や管理可能な慢性疾患の位置づけであるが、現在でも「HIV =死」という イメージを抱いて過剰な恐怖感や絶望感を抱く患者は少なくない。

 感染判明から間もない時期に患者介入をする際は、患者のニーズに合わせて各専門職がチー ムで関わることを伝えつつ、患者のプライバシーが守られるということを最初にしっかり保障 することが大切である。また、告知時にどの様な説明がなされていたか、十分な説明があった か等について確認し、適切なフォローを行うことも必要である。本人の語りに耳を傾け、気持 ちに寄り添いつつ、正しい情報を適宜伝えて間違ったイメージを払拭出来るように支援する。

 HIV 感染症に関する基礎知識、今後の治療、医療費助成制度、等の説明が次々と行われる 中で、患者は自分を取り巻く状況の目まぐるしい変化についていくのがやっとという気持ちに なる。よって、解決したい事柄の優先順位をつけることを手伝い、まずは安心して治療を始め られる為の準備を少しずつ整えていけるようにサポートすることが大切である。

⑵ 服薬開始期

 服薬開始期は、HIV 感染症について理解が進み、より現実的な悩みが出てくる時期である。

感染判明後、治療準備を着々と整える中で、徐々に心理的混乱は落ち着いていく。しかし、服 薬の開始は、患者にとっては「これから薬を飲み逃しのないように一生飲み続けなければなら ない、そのスタート地点に立った」ということであり、改めて病気と向き合う時期となる。ま た、長期的な服薬による副作用の心配や、制度利用にまつわるプライバシーへの不安、病気の 告知についての悩みが語られることも多い。

 患者介入の際は、患者の心配事を聴きながら、各専門職の介入によって解決出来る部分を見 極め、多職種にスムーズに繋げていく必要がある。患者の必要とするニーズにチームとして応 えながら、本人が主体的に治療に取り組めるようサポートすることが大切である。

 尚、認知機能の低下が服薬アドヒアランスに影響を及ぼすという観点から、認知機能面のア セスメントも重要である。日本における HIV 関連神経認知障害(HAND)の疫学研究(以下、

J-HAND 研究)において、患者全体の 25.3%(約 4 人に1人)に認知機能障害が見受けられる という結果が出ている。認知機能検査を上手く活用しながら、本人の不得意な能力とそれを補 える能力、得意な能力をアセスメントし、内服忘れ予防の際のポイントや具体的な対策につい

HIV 感染症患者の心理的支援

174 HIV 感染症の臨床経過

3 患者の抱える心理的背景とメンタルヘルス支援、チームにおける対応

⑴ トラウマ

 HIV 感染症患者の中には、トラウマ体験を抱える者が一定数存在している。HIV 感染告知 のショックそのものや、HIV に関わる社会や他者からの拒絶もトラウマとなり得る(エイズ パニックなど)。性感染での感染の場合、セクシュアリティに関わるからかいやいじめの体験 がトラウマとなり得る。また、カウンセリングにおいて、過去の身体的・精神的・性的虐待の 体験が語られることもある。トラウマの存在は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)をはじめ、

抑うつや薬物乱用などの他の精神疾患の増悪要因になり得るだけではなく、HIV 感染症への 治療にも影響する。より専門的で長期的な心理的ケアが必要である。

⑵ セクシュアリティ

 セクシュアリティは生物学的性(生まれながらの身体的な性)、性自認(自らはどの性だと 自覚しているか)、性指向(どの性を好きになるか)が一人一人異なる。また、セクシュアリティ は女性、男性、どちらかの性だけではなく、グラデーションとして捉える必要がある。セクシュ アリティのテーマは、その人の暮らしや生き方の根本に関わる部分であるだけに、セクシュア リティの悩みを抱いている相談者は、それを支援者にどの程度深く打ち明けるかを判断するべ く、特に初めて支援者に会う場面では、支援者自身のこの話題に対する態度を注意深く観察し ている。支援に当たる前に、支援者自らが自身のセクシュアリティの話題に対する態度を自覚 しておくことが、前提として大切である。

 支援者に当たる際には、先ずは患者がセクシュアリティの悩みを打ち明けやすい雰囲気を作 ることが大切である。相談室内にセクシュアリティ関連のパンフレットを配置するなどの工夫 も有効である。実際に患者から悩みを打ち明けられた際には、信頼して打ち明けてくれたこと に礼を言い、支援者自身がセクシュアリティの話題に開かれていることを伝え続けることが大 切である。セクシュアリティのテーマが話題に上がった際には、患者の今の暮らしの中での 様々な悩み事や、今後の人生についての不安についてじっくり話を聴き、その中で患者にとっ てセクシュアリティのテーマがどのように位置づいているのかを話し合っていくことが重要で ある。

て検査結果をもとに本人と一緒に考える機会を持つこと、そして服薬や日常生活に際する注意 点をチームに伝えていくことが大切である。

⑶ 治療安定期

 治療安定期は、治療が軌道に乗り、体調も徐々に安定に向かい、病気が判明する以前と変わ らないような社会生活を送ることが可能となる時期である。HIV 感染症を管理していく上で の疑問だけではなく、HIV 感染症を抱えながら地域で生活する者としての疑問が高まる時期 でもある。

 患者介入の際は、生活を再開する中での葛藤や不安、身近な人達(家族、友人)、職場、地 域コミュニティの中での人間関係についての話を丁寧に聴き、本人の意思決定を支援していく ことが大切である。また、同じ立場の陽性者同士の話を聴きたいというニーズが確認された場 合は、地域コミュニティにおける NGO/NPO の情報を伝え、活用を勧めることも一つである。

HIV 感染症患者の心理的支援

HIV 感染症の臨床経過 175

4 患者家族・パートナーへの心理的支援

⑶ 精神疾患

 HIV 感染症患者の中には、精神疾患を呈する者が一定数存在している。大うつ病の有病率 は一般人口に比して高く、精神疾患によって HIV 感染に繋がるリスク行動を取るリスクが高 くなると同時に、HIV に感染した結果として精神疾患を発症することもある。

 カウンセラーは患者の精神状態を常にアセスメントし、本人の意向に配慮しつつも、本人の 現在の状態を正確に見立て、患者にとって真に必要なケアが何かをチーム内でよく検討してい くことが重要である。尚、患者が精神科神経科に繋がっていない場合、今後精神状態が悪化し た際には専門科によるスムーズな介入へと繋げるため、必要時の情報共有や連携の仕方につい て事前に確認しておくことが必要である。例えば、緊急時を想定した院内マニュアルの作成や、

精神神経科スタッフをまじえた定期的なチームカンファレンスの開催、精神経科病棟への転科 や、精神神経科病棟を併設している他院との連携などが考慮される。

⑷ 認知機能障害

 HIV 感染症患者の中には、認知機能障害を呈する者が一定数存在している。HIV 感染症と いう後天的な要因、進行性多巣性白質脳症(PML)や中枢神経原発悪性リンパ腫(PCNSL)

など他の後天的な要因、うつ病などの精神疾患に伴うもの、あるいは元々の知的・発達的要因 など、原因はさまざまであり、これを特定することは難しい。

 診療場面において共通して見られることは、医療者の説明を患者が十分理解できない場面や、

医療者の意図と本人の理解が食い違う場面が多くなること、同じ内容でも繰り返し説明を要す るほど忘れっぽさが目立つこと、などである。その際には、なるべく易しくわかりやすい言葉 で説明を行い、面接の際には本人の同意を得た上でキーパーソンに同席してもらうといった工 夫が有効な場合もある。

 J-HAND 研究において、特に実行機能(頭の中で目標やそれを達成する為の段取りを組み 立てたり優先順位をつけ、時には状況を分析した上でその優先順位を入れ替えたり行動を修正 しながら一連の作業を進めていく)と視空間構成(目で見たものの空間的な位置関係の把握力)

の能力が低下することが言われているが、実際はその病態も患者それぞれでバラバラな場合が 多い。よって、本人の今後の療養生活をいかに支えていくかという視点で、認知機能検査、行 動観察、身近な人達からの情報収集などを駆使してアセスメントを行いながら、療養生活上の 対処法について患者と医療者が一緒に考えることが大切である。

 カウンセリングは患者だけではなく、家族やパートナーも利用することが出来る(遺族も含む)。

性感染症患者の家族の場合、パートナー自身の感染に対する不安を受け止め、検査に関する情報 を伝えることが必要となる。患者自身が心理的に混乱している場合、患者を支え切れない苦しみ や、病気について知る者以外誰にも悩みを話せない苦しみを家族・パートナーは抱えることとな る。医療者は、患者の心理状態の変化について少し先の見通しを伝え、患者への専門的支援を保 証する。また、家族としての苦しみに理解を示し、患者にとって家族が精神的な支えになってい る事実を伝え返すことなども大切である。また、患者本人のみならず家族にも気軽にカウンセラー を活用して欲しい旨を伝える。

 薬害エイズ患者の遺族の場合、遺族は両親であることが多く、死別の悲しみに加え、子どもの 療養生活を十分にサポート出来なかった罪悪感や自責感を抱くことが多い。遺族の心情を受け止

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