3.2 MewāṛīGG Folio 48
3.2.5 Folio 48 に見られる情趣
以上のように、Folio を詳細に見てきたが、この絵画からはどのような情趣が体験できる だろうか。Kumbhāの註釈では、別離と愛着の恋のラサの両方の基本的感情が示されている と言われている。
まず、別離の恋のラサから考察していきたい。これまで述べてきたように、別離は悲哀の ラサとして描かれると仮定すると、SamSut では、悲哀のラサを表現する際の人物の描写と して「涙で頬の端まで濡れ、悲しみで目を閉じ、心が苦悶するのが、悲哀のラサと言われる」
と説かれている。このことに注目してFolioを見ると、場面3に描かれたうつむいて座る男 性の描写が悲哀のラサを喚起する条件として当てはまるだろう。
次に愛着の恋のラサについて考察したい。偈文では、マンゴーの愛らしい花の蕾を見つけ たカッコウの鳴き声が喜びを生じさせるとされており、絵画には三羽のカッコウが描かれ ている。さらに、ラーダーに恋情を引き起こそうとするカーマ神と、クリシュナと牛飼いの 女性たちの遊戯も描かれている。これらは、愛着の恋のラサを喚起させる要素であると考え られるが、カッコウとカーマ神は非常に小さく描かれており、ここから喜びを引き起こすこ とは少々困難であろう。そのため、クリシュナと女性たちに注目してみる。ViDhaでは、恋 のラサは「……美しく魅力的なもの、甘美で愛らしい姿のもの、華麗な衣装と装飾とい うものは、恋のラサにおいてあるべし」とされ、SamSutでは「震える眉毛と(流し目とと もに)、愛情に満ちた愛しい女性の仕草、それが恋のラサと呼ばれる」と説かれる。これら を考慮すると、クリシュナを囲む女性たちの仕草から愛着の恋のラサが表現されていると
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このように、芸術論書に従って人物にラサの条件を結び付けて考えると、詩が表現してい るように、別離と愛着の恋のラサが同時に描かれていると言える。しかし、絵画全体を見る と、蛇の住むマラヤ山から吹く風の描写や落ち着いた背景の色彩が、別離している者の苦痛 を強調しているかのように見える。そのため、クリシュナたちの遊戯は、愛着の恋のラサを 表現しつつも、別離している者の苦痛を浮き彫りにしている。そのため、絵画全体としては 別離に対する同情が示され、悲哀のラサとして喚起されるだろう。
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図版
図 25 Folio 48場面1の拡大図
図 26 山に避難するZumurrud Shāh、1570年作成、Brooklyn Museum所蔵 [24.48]
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図 27 Warren Hastingsの画集より Mansūr Hallājの死刑執行、
1600-1605年作成、
Brooklyn Museum所蔵 [69.48.2]
図 28 Folio 48場面2の拡大図
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図 29 Folio 48カーマ神と三羽のカッコウの拡大図
図 30 Folio 48場面3の拡大図
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