NŚによると、恋のラサ(śr̥ṅgāra rasa)には愛着・交媾の恋情(rati、saṃbhoga)と別離の
恋情(vipralambha)の二つの基本的感情があるとされる。その中でも別離の恋情による恋のラ
サ(以下、別離の恋のラサと呼ぶ)は、悲しみを伴っているのではないかという点で、しば しば悲哀のラサ(karuṇa rasa)と比較される90。NŚでは別離の恋のラサは、期待、物思いよ り生ずる〔再会の〕期待のある状態(sāpekṣa-bhāva)91と言われる。悲哀のラサは、「呪いや 苦悩に陥った愛しい人が、富貴を失うこと・死ぬこと・捕えられることから生ずる、〔再会 の〕期待の無い状態(nirapekṣa-bhāva)」92と規定されている。すなわち、この二つのラサは、
別離の状況において愛する者との再会の期待があるか、ないか、という点での違いが見られ る。
では、ViDhaとSamSutではどのように規定されるのか確認したい。ViDhaの恋のラサに は愛着の恋情と別離の恋情という二つの基本的感情の区別はなく、その内容は愛着の恋の ラサに依拠していると言えよう。一方、別離に関しては、哀れみを持つべきなので悲哀のラ サに描くべきだと説かれている。つまり、愛する者との再会の期待があるにせよ、ないにせ よ、哀れみに結びつくものは悲哀として表現されるということである。
89 ラサが鑑賞者、作者、演者、登場人物のどこに依拠するかという問題はここでは論じないが、Bhojaの
Śr̥ṅgāraprakāśaについて本田義央が「ラサをもつものは作品中の登場人物であり、読者や観客ではない」
[本田 2002: 963]とBhojaの考えを指摘していることから、SamSutにおいても同様のことが言えるだろ う。
90 [Nagar 1981 Vol. 1: 267-307]、[上村 1990: 371-372]
91 [上村 1990: 372]
92 Ibid., 372
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SamSut における恋のラサも、愛着と別離の区別はなく、内容は愛着の恋のラサに依拠し
ていると考えられる。ここでは、どの規定においても別離に関する明確な記述は見られない。
そこで、ここでは仮説を提示しておく。愛する者と別離している者は、愛着の恋情を伴って いるとは考え難く、おそらく悲しむ姿で描写されるのではないかと推測できよう。そのため、
悲哀のラサの規定にあるような「涙で頬の端まで濡れ、悲しみで目を閉じ、心が苦悶と結び つくもの」に当てはめられるのではないかと考えられる。
ここで、造形美術において悲哀のラサがどのように表現されるのか、Goswamy による先 行研究を見ておきたい。彼は「多くの文学作品において人気のあるテーマではない」と指摘 しつつも「彫刻家と画家は哀れみのより軽い側面にしばしば集中しており、それら(作品)
を悲哀のラサに属するものとして扱っているようだ」と述べ、実際の作品について「ここで 挙げる多くの作品は、厳格な理論家たちによって別離の恋のラサに属するとされるようだ。
しかし、たとえ共通の意見であったとしても、恋愛における苦痛に満ちた別れ93を除いて、
一時的に生じる哀れみが悲哀のラサの中心部分を形成するようになった」と述べる94。つま り、彼は厳密には別離による恋のラサを描いた作品であったとしても、その作品は実際には 悲哀のラサを体験させる作品として分類できるとしている。
このように、別離の恋のラサを造形美術で表現する場合、悲哀のラサとして喚起されると 考えられる。それは、ラサを最も体験できるのは演劇であり、鑑賞者は、俳優の動作や衣装・
化粧、舞台装置といった一連の流れによって体験するのに対し95、静止した状態の絵画は、
時間的流れを表すのが難しく、鑑賞者にラサを体験させるためには、より直接的な表現が用 いられていた、ということが要因であると考えられる。
93 ここでは死別のことを示している。
94 [Goswamy 1986: 123]
95 [デヘージア 2002: 21]
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Mewāṛī Gītagovinda 細密画について
Mewāṛ 派はラージプート画の流派において初期に現れたものであり、ラージャスターニ
ー派の中でも重要な流派の一つとされる。ここでは、MewāṛīGGが描かれるまでのMewāṛ派 の歴史的展開と、MewāṛīGGの絵画的特徴について概説したい96。