第3章 アンチ・マネーロンダリングレジームにおけるアクターの機能と役割
3.1 FATF
3.1.2 FATF 設立背景
G7の経済宣言
1989 年にフランスが主催国となって開催された、G7のアルシュ・サミットにて、
当時拡散が懸念された麻薬汚染に端を発したマネーロンダリング対策を目的として、
FATFを立ち上げることが決定された27。 金融作業部会FATFの立ち上げ
G7 サミット参加国(米国、日本、ドイツ、フランス、英国、イタリア、カナダ、
及びEU共同体委員会)に、スウェーデン、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、
スイス、オーストリア、スペイン、オーストラリアの 8 カ国が作業部会に参加し、
各国の関連省庁、法執行当局、銀行監督局、規制当局から総勢 130 名以上の専門家 が収集された。
27 サミット参加者および麻薬問題に関心のある国も含め、金融作業議会を立ち上げる。金融システム
や金融機関のマネーロンダリングダリング防止のために法律・規制制度の適応など、予防的取り組み を検討するために、多国間の法的制度の追加措置を含め現状の実態を評価するとし、報告書の提出期 限を1990年4月とした。1989年7月16日、サミット経済宣言
http://www.g8.utoronto.ca/summit/1989paris/communique/index.html,2015/8/13アクセス。
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作業部会はフランスが議長国となり、作業部会の下に参加者の知識を活用するた めに、3つのワーキンググループ(①マネーロンダリングの統計と手口の分析:議 長国、英国、②法制度の見直し:議長国、米国、③行政・金融協力:議長国、イタ リア)を立ち上げ、報告書の作成に着手した。これらの議論は、報告書のパート I:
マネーロンダリングのプロセスの分析と実態、パート II:国際・国内を問わず有効な マネーロンダリング対策の検討、パート III:国内法制度の整備、金融システムの強 化、国際協力の強化に報告書としてまとめられることになる。
重要なことは、この報告書作成過程の中で、ワーキンググループに参加した専門 家は、可能な限りの統計と分析を駆使したにも拘わらず、麻薬の売買がどれだけマ ネーロンダリングされて犯罪収益に移転されているか特定できなかったことである。
その理由は、洗浄された資金が、国内外を問わず金融システムに正規のルート、非 正規のルートで入り込んでいるためで、この資金源の洗い出しを行わなければ麻薬 汚染問題は解決できないということを認識したからである。
報告書作成のために集まった専門家が着目したのは、既に麻薬汚染防止対策とし て 1988 年 12 月に準備された「薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合 条約(通称 ウイーン条約)」と、同じく 1988 年 12 月に公表されたバーゼル委員 会のプリンシパルである。ウイーン条約を評価しつつも、刑法の強化だけでは麻薬 汚染は解決できない。一方、バーゼル委員会のプリンシパルは普及に値するとの判 断となり、法制度の見直しや金融システムを含めたより広範囲な対策が不可欠であ るとの結論に達した。(FATF 1990:10-11及びGilmore 2011:95 )
3.1.3 40の勧告の原型
集められた多国籍の、様々な分野から集結した専門家は、報告書をもとに、マネ ーロンダリング対策の基本方針を作成していくことになる。その方法は、報告書に より確認された論点をひとつひとつ再検討していくことであった。そして最終的に 40 の勧告の原型が出来上がることとなった28。こうした専門家の論点の積み上げが 最終的に 40に集約され、40の勧告になった。「40」の項目に集約されたことは、偶 然であった29。
筆者は、この 40 の勧告の作成過程にイノベーションが存在したと考える。野中 (2017)は、イノベーションとは知識を新たに創り出すプロセスそのものであるとして、
そのプロセスは、SECI モデルで表される組織的な知識創造のプロセスであり、「場」
で起きるとしている。G7 という国家連合の主導であるとはいえ、マネーロンダリン グ対策の専門家が「場」に集まり、SECIモデルを実践したといえる。
28 FATF報告書1990年に”The group agreed”等の記載が確認できる。(FATF 1990:28)
29 前FATF事務局長へのインタビュー(2017年9月7日)。同氏は“accidentally”と表現。
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一般的にイノベーションは、組織内でおこる技術革新や、サービスの革新を事例 として取り上げられることが多い。しかし、イノベーションはあらゆるレベルで発 生している。クリステンセン(2001)のイノベーションのジレンマで論点となるの は、「持続的」技術と「破壊的」技術である。「持続的」「破壊的」ということが 過激かどうかは別として、これは、法体系の整備にも当てはまる。すなわちマネー ロンダリング対策として、持続的な思考では、世界各国の刑法・刑事訴訟法関連の 整備で事足りると考えるのが一般的あった。しかし、麻薬汚染の現状を目の当たり にした複合的な専門家(各国の官僚、法律家、さらには金融関係者等々)が「場」
で融合することにより、それまでの自らの専門領域を超えて知を結集する必要が生 じた。それが40の勧告であると考える。
野中・竹内(1996)は、イノベーションの本質は、ある理想やビジョンに従って 世界を創り変えることであるとしている。世界の麻薬から派生するマネーロンロン ダリング(その当時テロは論点ではなかった)の撲滅のビジョンが、40 の勧告を生 む原動力となったと言える。
こうして作成された 40の勧告は、1990年 5月までに G7各国の閣僚レベルでの承 認を経て、1990 年 7 月にヒューストンで開催された G7 サミットに提出された。
全会一致で承認され、効力を有することとなる。一方、40 の勧告の条文内容そのも のの詳細については、引き続き議論がなされた。1990 年パリに前年度の実績を踏ま え各国から 160 名の専門家が招集され、計5回のミーティングが実施された。一部 ワーキンググループの編成替えも実施、40 の勧告の表現につき、加盟国が自国の実 情を勘案した場合の、勧告の遵守の実現可能性等が議論された。
この一連のミーティングで、作業部会の期限を 5年30とすること、定例ミーティン グの開催、議長を輪番制にすること、事務局をパリの OECD 内に設置すること、加 盟国による自己評価の発案、加盟国の追加など現在の FATF の運営形態の原型が出 来上がっていった31。また、FATF は、自らの報告書の中で、こうした一連の試みが グローバルなコミュニティに対するユニークな試みであると認めている。
30 活動期間は、その後も延長され、1999年、2004年、2012年、2020年となり現在に至っている。
(FATF年次報告書2003-2004 (2004) 2011-2012(2012))
31 FATF年次報告書 1990-1991(1991)
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