第4章 日本のマネーロンダリング対策
4.2 FATF 対日審査と日本政府の対応
4.2.5 マネーロンダリング対策における日本政府、日本国民の課題(FATF40
何故日本政府は、2008年の審査のフォローアップ終了まで、かくも時間を要してい るのであろうか。筆者は、その要因を①イノベーションのジレンマ②場のオーガナ イザーの不在③認識のガラパゴス化と整理した。
その根拠は、以下である。
① イノベーションのジレンマ
FATF の40の勧告は、第三章で述べた通り、偶発的に完成されたものであり、そこ
には、デストラクティフイノベーション(偶発的な発想の転換)が存在したと考え られることは第3章で論じた。これは、ハード・ローをソフト・ローに統合させる という逆転の発想であったといってよい。では、このソフト・ローを自国の社会情 勢に合わせ、形を変え再適合させる。これも、逆に、発想の転換(=これをイノベー ションと呼ぶとすると)である。日本政府は、かかる着眼(すなわち法体系の再現地 化)にはジレンマがあったといえる。
59 http://www.fatf-gafi.org/ 2017/8/20アクセス。
60 元金融庁関係者K氏へのインタビュー。但し、2017年12月現在 FATFのフォローアップは終了
していない。
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② 場のオーガナイザーの不在
FATF 40 の勧告はその成立過程から、個々の法律を独立して適用するというより、
法律のクロスボーダー的な要素を含む。これら勧告は、担当するべき複数の省庁が 担当事項を、あるものは所管、あるものは所管外と分別を実施すると考えると作業 は滞る。本来であれば、金融庁、警察庁などがリーダーシップをとり、官庁を跨る 横断的な課題につき、「場」の提供を行い、いわゆるクロスファンクショナルチー ムを組成し、勧告指摘事項の解決に当たるのが、理想であったと考えられる。その ためには、政府の行政組織の中で、リーダーシップを発揮できる場のオーガナイザ ー(纏め役)の存在が求められる。官僚組織の弊害が現れている例だといえる61。
③ 「知識」の認識のガラパゴス化
ガラパゴス化現象とは、2008年に野村総合研究所が「2015年の日本」の中で提唱し た考え方であるが、主に製造業に焦点をあてて指摘した表現である。
本国内には、独特な環境(高度なニーズや規制など)基づいた財・サービスの市場 が存在する
海外では日本国内とは異なる品質や機能の市場が存在する
日本国内の市場が独自の進化を遂げている間に、海外市場ではデファクトスタン ダード的な仕様が決まりつつ、拡大していく
気がついた時には世界の動きから大きく取り残されているとし、市場だけでなく、
ビジネスルールも国の制度も社会インフラも、世界水準とかけ離れた特殊な国に なってしまった。(FATF 野村総合研究所 2015 年プロジェクトチーム 2007:114)
マネーロンダリング対策の社会現象に対する日本政府の対応から考察したいことは、
国策に関与する人たちが、日本は「知識」の先進国だと自負していたにも拘らず、
パラダイムシフトに伴うマネーロンダリング対策を行う必要性についての知識の高 度化から取り残されているということである。
FATFは、第4次相互審査において、加盟国の自主的な自国のマネーロンダリング 対策に関する評価書の公表を求めている。日本も2014年12月に「犯罪による収益 の移転の危険性の程度に関する評価書」を公表している。但し、評価書の内容は、
日本は世界の先進国の中でも極めて犯罪率が低い国の一つであること、組織的犯罪 集団もいわゆる「ヤクザ」に限定されていること、テロ犯罪にしても政治思想を多 分に反映した日本赤軍や宗教カルト集団であるオウム真理教による地下鉄サリン事 件を例示してはいるが、そもそも、日本では、一般市民を巻き込んだマネーロンダ
61 O氏(元金融庁関係者、2017年9月15日インタビュー)も参考意見とした。
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リングやテロ犯罪のリスクは極めて低いとの論調となっている。中東の混沌に端を 発したテロ集団「イスラム国」の増長や、アフリカでのテロ組織ボコ・ハラムによ る殺戮、更には、昨今の欧州、米国での、テロ思想に洗脳された民間人による自爆 テロが頻発している中、日本は「水と安全はタダ」と割り切っていいのかとの懸念 が生じる。
日本は、犯罪件数、殺人件数、窃盗件数といった、マネーロンダリングの前提と なるリスクの高いデータの比較を世界の主要先進国と行っても、非常に良好なデー タが確認される。
確かに、日本は、極東に位置する島国であり、単一民族である特殊要因から、他の 先進国のように隣国と陸続きで接し、多民族国家である国々とは事情が異なる。し かし、グローバリゼーションが進展する現代社会において、世界標準の知識を、自 らの生活様式や、習慣に適合すること(世界で広く受け入れられている知識の現地 化)が求められていると考える。
伊豫谷(2002)は、グローバリゼーションの時代とは、越境的な活動の拡大だけで も、世界的な共時性だけでもなく、越境的な拡大と共時性が、きわめて短期間の間 にせかされて、共有され、そして消費されつくす時代であるとし、ナショナルな制 度や機構を通して実現されるのであり、ナショナルな統合を推進するために、グロ ーバリゼーションの政治的実践が進行してきていると論じている。
日進月歩で世界に拡散するマネーロンダリングの手口を未然に察知し、自国の制 度の中で適合させることが、グローバリゼーションの時代の知識の現地化の意義と いえる。
犯罪率の推移
犯罪発生率の国別比較
表 4-3 主要先進国犯罪発生率
2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 主要な犯罪(件) 日本 1,491 1,420 1,330 1,239 1,159
フランス 5,833 5,751 5,639 5,491 5,447 ドイツ 7,635 7,436 7,383 7,253 7,328 英国 9,157 8,636 7,915 7,514 7,091 米国 3,748 3,673 3,473 3,350 3,295
殺人(10万件あたり) 日本 1 1 0.9 0.9 0.8
フランス 3 3.1 2.6 2.8 3.1
ドイツ 2.9 2.8 2.8 2.7 2.7
英国 2.6 2.3 2.2 2.1 1.8
米国 5.7 5.4 5 4.8 4.7
窃盗(件) 日本 1,117 1,072 1,015 948 887 フランス 2,906 2,746 2,728 2,680 2,669 ドイツ 3,112 2,972 2,859 2,814 2,940 英国 4,345 4,118 3,765 3,696 3,591 米国 3,276 3,215 3,041 2,946 2,909
1,491 1,420 1,330 1,239 1,159 5,833 5,751 5,639 5,491 5,447 7,635 7,436 7,383 7,253 7,328 9,157
8,636 7,915
7,514 7,091
3,748 3,673 3,473 3,350 3,295
1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 7,000 8,000 9,000 10,000
2007年 2008年 2009年 2010年 2011年
主要な犯罪件数
日本 フランス ドイツ 英国 米国
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図 4.5 主要国の犯罪率推移等
出典:JAFIC 『 犯罪による収益の移転の危険性の程度に関する評価書』 (2014:3)
をもとに筆者作成